2005年10月アーカイブ

2005年10月31日

キューブ ボストンの完成

キューブボストンウエブ.jpg
重さは2kgありますが、提げてみるとさほど重さは感じません。
このサイズはゴルフバックとして使われているお客様が多いのですが、その分使う頻度が多く、うれしく思っています。旅行用のみですと、たんすの上で淋しく自分の出番を待つことになりますから。
持ち手、私が握りやすい太さにしていますが、注文時、その方に合わせて太さ、長さ、もちろん革の色、
内装の革の色も選んでいただきます。でも、作れるのは来年かな、、、。

2005年10月29日

私の仕事椅子

マイチェアーウエブ.jpg
私は今まで仕事用にいろいろな事務椅子を使って来ましたが満足する椅子には出会えませんでした。一年ほど前初めて満足出来る椅子に出会えました。それがこの椅子です。米軍払い下げの家具を扱うお店で出会いました。クッションがないのに座ってみると全然お尻が痛くなく自然な姿勢ですわれました。私には少し高かったけれど買ってしまいました。
一年経った今でも非常に気に入ってます。
日本の60代より上の鞄職人の多くは床に腰をおろし仕事をしていたのですが、私たちの世代は机で仕事をするので自分にピッタリ来る椅子に出会えることはけっこう大事なことです。
あとで分かったことなんですが、同メーカーの椅子をアメリカの画家のノーマン、ロックウエルも使っていたようです。彼の絵にもでてきます。
作業用の机は科学の実験室で使っていたものを使ってます。カッコウはよくないですが安定感があるので気に入っています。

2005年10月28日

突然、大御所がル、ボナーにやって来た

藤井さんウエブ.jpg
朝、電話がありハミがでると フジイです。神戸に行くのでお伺いしてもいいですかと。
あの渋谷の手縫い鞄の大御所のフジイさんです。
20年ほど前、フジイさんが吉田鞄をやめて国立に工房兼ショップを始められた頃私は府中に住んでいてカジュアルな鞄を作っていました。その時フジイさんの鞄作りに接して大きな衝撃をうけました。その後一時手縫いに夢中になりました。今は少し違った方向の鞄作りをするようになった私ですが、フジイさんの変わらぬ鞄作りの姿勢に尊敬しています。。
20年ぶりに会ったフジイさんは20年前の記憶のフジイさんのままで、私だけ年をとってしまったようです。
鞄の事、革の事、意気投合しながら話し、あっという間に時間が過ぎてゆきました。
方向は違うけれど鞄に対する思いは同じである事を確認出来た貴重な時間でした。
今度は私が渋谷の工房に行かせていただきます。こんな所まで訪ねてくださって
こころよりうれしく、ありがとうございます、でいっぱいです。

2005年10月27日

今日は再度山(4)

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ビーナスブリッジから見た神戸です。ここから見る夜景が神戸では一番と言われているビューポイントです。
神戸は小さな街だけれど、豊かな街だと思います。
少し足を延ばせば自然があり、街には沢山のカラフルな色があり、こだわっているお店がいっぱいあります。時計、宝飾のカミネ、婦人帽子のマキシム、靴の銀座堂、他にもいっぱい、名前をあげればきりがありません。
この街でこれからも鞄を作って行こうとおもいます。

今日は再度山(3)

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外国人墓地は部外者は入れません。外からやっと撮れた写真です。

今日は再度山(2)

ふたたび8ウエブ.jpg
この先に外国人墓地があります。
神戸の文化はこの先にある墓地に安眠してるエトランゼが作ったものだと思います。

今日は再度山(1)

ふたたび6ウエブ.jpg
阪神4連敗で私の甲子園デビューは夢と消えました。来年は必ず行くぞ!
今日は再度公園にいきました。
三ノ宮から車で15分ほどでこんな別世界に来れてしまいます。
神戸の良いところです。
此処で深呼吸をするとカラダに良いものを吸っているって感じます。

2005年10月26日

エトランゼの住む街六甲アイランド

シェラトンホテルから見たリバーモールイースト
リバーモールイーストウェブ.jpg
真ん中に見える三角の塔の下辺りにル、ボナーのショップが在ります。
此処にショップを出して13年になりました。
安藤デザインのこの建物も現代建築でありながら、日本の文化が感じられて気に入っています。
この人工島には外国人居住者が大変多く、おそらく関西で一番多いと思います。
左の方に見えるオレンジの高層ビルは外国人専用賃貸マンションです。
阪神やオリックスの外国人選手もここに住んでます。
英語が話せない私たち夫婦は、日本語で外国のお客さんに接しています。
神戸の中心の三宮から少し離れているこの街は商売をするにはハンディが多く、13年前一緒に出店した仲間の大部分は店を閉め、今も続いている所は数えるばかりです。
ただ、人工島でありながら緑が多く春夏秋冬を感じさせてくれて住みやすい街だと思います。
明日は週に一度の休日です。ハミとチャーと一緒にビーちゃんに載って再度山公園に鋭気を癒しに行きます。神戸の外国人墓地のあるところで私たちのお気に入りの場所です。そこで食べるおばあちゃんが作るやきそばが大好きなんです。
その後、もし今日阪神が勝ったら日本シリーズ第五戦を甲子園に見にゆきます。
お願いだから阪神勝ってください。

ドラえもんのポケットになるといいな

ボストン途中ウエぶ.jpg
ボストンバックの内ポケット、ふ~。出来寸の倍が必要で、内張り全部で2枚のピックスキンを使いました。今までは生地仕様でしたが、ピックスキンの質感がギャザーとタックにより十分に出ていてうれしくなります。私はいつも今、製作している商品が一番好き。これは何度同じ商品を作っても昔から変わりなく、はじまりから完成までのワクワク感は初めての地へ旅するそれと同じように思っています。
ボストンはあと2パターンありますが、年内に出来るかなー。

2005年10月24日

ビーちゃんが車検から帰ってきました。

ビーちゃんの後姿ウエブ.jpg
私の1968年式フォルクスワーゲンタイプ1が車検から帰ってきました。
車検のたびに若返るビーちゃん。今回は手を入れた部分はすくなくてすみました。
ドアウインドウのハンドルが異常に硬くなっていたのでその部分の部品の交換、バックミラーの交換、サンバイザーの取り付け、ヒーターが効かなくなっていたのでその部品も交換。
ヘッドライトの電球の交換、ワイパーのモーターの交換ぐらいです。
今まで、車検のたびに大手術をしていて小さな部分に手がまわらなくて今回やっと小さな問題に手をつけることができました。
あとは内装です。これは自分でやるしかありません。ぼちぼちやって行きます。
ビーちゃんは私にとって等身大のオモチャなんです。世話がやけるけれど現在の車では味わえない楽しみをいっぱい味あわせてくれます。

私が愛用している革小物たち

画像 002.jpg
私は使い込むと馴染んでくれる革小物がすきです。
19歳の時初めて茶利革というタンニンなめしの革に出会った時から30年間そのことは変わっていません。タンニンなめしの革は思い出も一緒に染み込んで自分色に変わってゆきます。
ただ100パーセントピュアタンニンでなめされた革は少なく、合タンの場合馴染みません。
クロームなめしの革もよくなめされた染料染めの革は、タンニンなめしの革とは違った形で馴染んでゆきます。
ただ、私のようなカジュアルな生活をしている者にはタンニンなめしの革小物があっているように思うのです。

2005年10月22日

迷犬チャーの遠吠え

チャーウエブ用.jpg
チャーの我が家での指定席です。彼は居心地のいい場所を見つける名人です。
彼の吠え声は素晴らしく嫌になるほど大きいので、甘やかしている私たちは色々な
制約をうけます。
彼が来てからの6年間、家族で一緒に外食をする事は一度もありません。
外食をする時は誰かがチャーと留守番です。
いい猟犬か番犬にはなる素質はあると思いますが
集合住宅で暮らす我が家では無用の長物です。
愛玩犬に程遠いこいつとこれからも付き合っていきます。

2005年10月21日

風景のある仕事場

工房の窓越しに見える風景
窓の外.jpg
150枚の手帳カバーの仕事もあともう少し。ちょっと一服しています。
ここでお店兼工房を始めて13年になります。
色々な事がありましたが、今はこの場所で過ぎてゆく時が愛おしいです。
私は今まで外が見えないショピングセンターやデパートでお店を持った事がなく
29歳で初めて持ったお店は東京の京王線沿線の聖跡桜ヶ丘で、お店の窓からジブリの映画 耳をすませばでよくでてくるいろは坂が正面にみえました。
その後、成城のお店も三宮のお店も外がみえました。
仕事していて一息いれるとき、私には外の空気が何より必要なんです。
ハミはジャズボーカルのライブを聞きに行ってます。
私はもう少し仕事をして、チャーと一緒に家路につきます。

テイカというタンナーがありました。

テイカのヌバックカーフ革で作ったトートバック
テイカ革トートウエブ.JPG
ル、ボナーは輸入皮革だけを使いたいわけではありません。
ほんとは日本の革を使って鞄をつくりたいのです。
本来、日本のタンナーは世界トップレベルの技術力を持っています。
しかしコストを最優先に考えるため、なめしの甘い革を作り続けて私たちの希望する革を見つけることがなかなかできません。
なめしとはそのままにしていると腐ってしまう皮を、腐らない革に変える工程のことをいいます。
なめしが甘いと革が早く死んでしまいます。
しっかりなめされた革=時間をかける、時間=コストなのでその部分をはぶいてしまいがちなのです。
なめしの良し悪しはプロでも判別しにくい部分なのですが、長く使い続けるうえで一番大事なことです。
日本でいい革を探すのをあきらめかけていたとき、テイカの革に出会いました。
テイカの作る革に触れた時、その繊細で緻密な感触に驚かされ、そしてなにより日本の香りを感じました。
私たちはテイカのカーフ革がいきる鞄の試作を繰り返し、ようやく定番の革として使えるめどが立った矢先、テイカは解散しました。
理由は同じ値段ならブランド力のある輸入皮革を選ぶ日本の市場。
ごめんなさい。私たちのような小さな鞄製造業者には、良い革を作ろうとがんばっているタンナーを支える力がありません。とても残念です。

2005年10月18日

出来上がりました

カラフル1.jpg
散歩道、落ち葉の中にひっそりと咲いていた花。
花の形そのままを鞄に取り付けたり、アップリケにしたり、は見かけるけれど、他にないかな、、と思い
作ってました。見かけは花とほど遠いけれど、上から覗くとね。自己満足(笑)

携帯入れポケット。底板、底鋲付き。長札もすっきり収まります。
沢山仕入れた革も少なくなり、いくつ作れるかしら、と考えつつその前に大切なことがありました。
皆さんに喜んでいただけるかしら?

こんな風に勢揃いすると色の氾濫?にも見えますが、明るい色を身に付けると、沈んだ心を励ましてくれ
空いっぱいに両手を広げたくなります。

2005年10月16日

どんなバックになるか、お楽しみに、、。

カラフルトート.jpg
新作サンプル
2色使いのため、6本製作。
それにしても、シュリンク革のコバ処理にかかる時間は果てしなく、毎回何か良い方法はないものかと考えています。手軽に持っていただきたい商品のため、今回は特にその思いが深く、、、。
あっ!そうか。もっと楽に自由に考えてみると、何か見つかるかもしれない。
うーん?少しひらめきましたよ!早速試してみます。

2005年10月14日

鞄作りをしながら思うこと

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私は元々、イギリス風の鞄が好きでそういったタイプの鞄を多くつくっていました。
その後エルメスや昔のグッチを知って、職人の精緻な技術によって広がる表現力に感動し、
そんな鞄職人のひとりになりたいと思いながら今日に至っています。
この頃、よく思うのですが、日本を表現した鞄ってなにがあるだろうかと。
現代の日本を表現しているのは、ラゲッジ゙レーベルのナイロンかばんだとおもいます。
しかしそれは、日本の文化や歴史を表現はしていないと思う。
銀閣寺や桂離宮の縁に座って庭を見た時に感じる安らぎのようなものと共通する鞄。
そんな鞄が作れたらと、試行錯誤の日々がつづきます。
写真の鞄も日本を意識して作ったものです。まだまだです。
時間をかけてこのことは、取り組んでゆきたいと思ってます。

2005年10月11日

取材がありました

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今日は月刊誌、サライの取材がありました。
鞄のこと、革のこと、ル、ボナーのこと、色々な話をし撮影をしたあと
カメラマンの方がいい時計をされていて、その話になりました。
このごろ、私は時計に興味を持ち始めておりお二人の時計の話はすごく楽しかったです。
お二人は時計の取材でよくスイス、ドイツに行かれるそうで、独立系時計士のフィリップ、デュフォーにも
何度か取材で会ったそうです。
今、ドイツの独立系時計士が面白いとの事。手ごろな価格で持っていて幸せな時計があるそうです。
ちなみにそのカメラマンの方が付けていられた時計もその一つでした。
同じ物作りをする私も、持っていて幸せになる鞄をつくって行こうと思う今日でした。

2005年10月 8日

ペーパームーンにはこんな色があります

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ペーパームーンには今クロ、チョコ、ベージュコンビ それとデュプイカーフとは違うデュプイ社の少し固めのカーフ革のチョコ色でつくったものがあります。
なじみはデュプイカーフのクロが一番いいようにおもいます。 
デュプイカーフはエルメスのメインタンナーとして有名なデュプイ社にオリジナルで作ってもらった革です。

2005年10月 7日

私の愛車ビートル

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私は68年式フォルクスワーゲンタイプ1にのってます。
ジムニーSJ10、ジープJ37、ランドクルーザー40系、とちょっと癖のある4WDを乗り継いできた私が初めて手に入れた乗用車です。
買って1年ほどは問題てんこ盛りで、高速道路の継ぎ目を通過するたびに左右にジャンプする、30キロ以上の距離をはしると必ずエンストしてしまう、その他いろいろ。
あちこちのワーゲンショップに持ち込んで修理を繰り返したのですが、本調子にはほど遠く
手放そうかと思っていたとき、ル、ボナーのお客さんで旧車を4台ほど所有しているM氏が
愛想は悪いけれど腕の良い整備士がいるから、1度見てもらったらといわれ、
これが最後と持ち込みました。
それからの5年間大きな問題もなく幸せなワーゲンライフを送っています。
つくづく旧車を乗り続けるには、腕のいい主治医がいない無理だとおもいます。
家族で遠出をするときはレンタカーを借りてしまう軟弱な私ですが、
このカブトムシが可愛くてしかたありません。

フェルディーはこんな色もあります。

画像.jpg
ホームページに載せてない色の鞄もありますので、
メールで問い合わせてください。

愛車とその主治医と私

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左が名医、古川氏。
古川氏とめぐり合うまでの長い月日と修理代も無駄?ではなかったのかと思う。
寡黙な中に、時おり見せる笑顔が私たちをやさしくしてくれる。
兵庫区、西土居モータースの古川さん。
名医といえば、動物のお医者さん、尾谷氏。近じかリンクします。

2005年10月 4日

お待たせしていたリュックキャッツが出来上がりました

CAT.JPG
ネコリュックが出来上がりました。
今回は茶とチョコをつくりました。
前回はショルダー部分の革にイタリア、ワルピエ社のブッテーロを使っていましたが、
少し硬かったので今回は同社のマレンマを使いました。

迷犬チャーのプロフィール

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仕事で店を離れる時以外は、いつも私と行動を共にしている次男のチャーです。
今年で6歳になる彼は薩摩ビーグルという犬種で、
猪狩のために、江戸時代に薩摩犬とイギリスのビーグルを交配してできた犬種だそうです。
そのため気性が激しくて、よく吠えます。
犬嫌いの人はル・ボナーでの買い物が落ち着いて出来ないとおもいます。
よく吠えるのを見かねたお客さんに警察犬の指導をしている人を紹介してもらったのですが、
ビーグルは無理といわれ、それ以来野放し状態です。
それでも可愛い我が家の次男坊チャー。

2005年10月 3日

ル・ボナーの一日を始めるにあたって

鞄を作り始めて三十年経ちました。
十九歳で手作り鞄のグループに加わり、二十一歳で結婚し、二十二歳で独立してから苦しい事の方が多かった。
鞄職人としての月日で、何度もやめようと考えましたが、今は続けていてほんとに良かったとおもいます。
今、続けられているのは、人との出会いだと思っています。
苦しくても心の貧乏人にはなりたくないといっしょに歩いてきてくれた妻であり鞄作りのパートナーであるハミ。物作りをつづける道筋を優しく教えてもらった村田さん夫妻。
手縫いの魅力を教えてくださった藤井さん。
本物を世に問おうといっしょにがんばろうとして下さった長島さん。
生き方の巾を広げてくれた卓ちゃん。
苦しいときでも逃げずに横に居てくれたイガ。
パターン(型紙)の豊かな可能性を教えてくださった金田さん。
夢を一緒に紡ごうとしてくれたタケちゃん。
二十年、見守りつづけてくれてる店長。
そして、名もない私たちの鞄を使ってくださっているお客様一人ひとり。
出会った多くの人たちに感謝しつつ、これからも夫婦二人で優しい鞄を作ってゆきます。
そんな鞄作りの日々をこれから綴ってゆきます。

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