2005年12月アーカイブ

2005年12月30日

今年のル・ボナーは今日で終わり。

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2005年のル・ボナーの営業も今日30日で終わり。来年の営業は4日からです。
今日も帰省の途中寄ってくださった東京のお客さんや、常連のお客さんが顔を出してくれて、営業しながら大掃除をする予定でしたが出来ず、明日する事になりました。
ル・ボナーの2005年は大きなニュースはなかったけれど、充実した1年でした。
今年の初め、女性用のバッグの充実を最優先しようとハミと話し合い、そうしてきました。
其の事は上手くいったのですが、今度はメンズバッグが寂しくなり、小物も歯抜け状態になってきました。バランス良く品揃えするのは難しいことです。バランス良く品揃えをするのがこれからの課題です。ハミと話し合いながら少しずつ、夢のかばん屋を築いてゆきたい。
10月からはブログを始めました。其の事で新しいお客さんも増えたし、顧客も楽しんで読んでもらってるようだし、何より私自身を見つめ直すいいきっかけになりました。これからも更新してゆきますが、来年からは息切れしないために週2,3回のペースでゆこうと思ってます。
これからも、二人の鞄作りを暖かく見守ってください。

2005年12月29日

CL90のレストア

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40年ほど前のバイクです。5年ほど前まで動いていたのですが、その後鼓動を止めて我が家のベランダで眠っていました。その間、海風にあたり、あちこち錆びてしまいました。
このバイクを再生させます。エンジン、足回りはビーちゃんの主治医の名整備士、古川さんに任せ、私はせっせと錆びとりです。シートは革に私が張替えました。
ホンダの創世記の傑作CL90が春には復活します。楽しみです。
私はどうしてもコンピューターで制御された機械に愛情を持てないのです。レトロ趣味だと言われればそのとうりなのですが、スパーマンでない、そんな機械たちは人間と同じ喜怒哀楽を示し、オーナーの愛情があれば永遠にがんばってくれます。
優しい時間をそんな機械たちが彩ってくれます。

2005年12月28日

フルールが完成

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やっと、フルールが完成しました。
試作で色々な色で作り、その時のフルールはあっという間に売れてしまい、多くのお客さんを待たせてしまいました。そのフルールが5種類の色あわせでやっと完成しました。
エルメスが色指定したドイツ、ペリンガー社のシュランケンカーフを使って、その発色の良さを最大限生かしたカラフルなバックを作りたくて、このフルールをデザインしました。
お値段は36,750円です。内側の生地はナイロンを使い、ポケットも大小4つあります。
お店に並べると、色とりどりの花がぱっと咲いたようです。
写真が上手に撮れなくて、素晴らしい発色をお伝えできないのが残念です。
お店で実際に見てください。

2005年12月27日

心の時間

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10代は1日が長かった。放課後家に帰るまでの2時間あまりの時間でも、充実して遊べた。夏休みは思い出いっぱい作りました。
20代からは時間がどんどん加速して、50歳を目の前にした現在の私にはあっという間に1年が過ぎて行きます。
私には、心の時間の半分以上を10代の10年間が占めているように思う。
社会の歯車に組み込まれる前の10年間私は自由で無駄だらけの毎日でした。
その時自分が形成され、その後社会との順応性が少しついただけで、あまり変わらないと思います。時間だけは加速して行きます。
この頃思うのです。忙しいのが偉いわけじゃない。忙しい事もエンジョイできる心を持って時間を過ごそう。年齢とともに短くなる心の時間がそうでないともったいない。
私の思い出作りの日々がつづきます。

2005年12月26日

久しぶりに作ったメンズポーチ

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このポーチはここでお店を始める前、新宿にあるバーニーズ、ニューヨークというセレクトショップに卸していてよく売れた形で、その後お店を始めて、4,5年は作っていたのですが、ポーチとしてはすごく手間をかけているので、作るのがしんどくてやめていましたが、昔買ったお客さんが同じものが欲しいと言われたのでまとめて久しぶりに作りました。
今回はミネルバで作りました。内側にはピッグスキンを使いました。
12月は予想以上に忙しく、夫婦でへばり気味です。2005年もあと少し、ラストスパートです。

2005年12月25日

港町神戸の海

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六甲アイランドの南端にあるマリンパークです。チャーとのいつもの散歩コースです。
神戸の港は、大型のコンテナ船が着岸できるように、沖へと港が拡大していきました。
阪神大震災後、船舶が他の港を利用するようにになり、その船舶は神戸港に戻って来ず神戸港は寂しい港になりました。神戸市は経済の復活を神戸空港に託していますがどうなることか。私は神戸が経済力のない地方都市になっていいと思ってます。ただ神戸の個性が残れば私はここに居ます。東京から神戸に引越して13年、神戸は根無し草が根をつけやすい地です。元々何もなかった地に港が出来、エトランゼが集まり住み、産業が根付き豊かになった資本家が豊かな文化を生んだ。現在の経済至上主義の世の中からは、金が金を生むだけで、豊かな文化も生活も生まれてこない。
写真の中央あたりに見える白い建物はフィールという1階がレストランで2階は美容室になっているお店です。犬を連れって行ってもいいレストランなので時々利用するのですが、商店街から離れた、六甲アイランドの端の端にあるこのお店がやっていけてるとはどうしても思えません。きっと他で儲けたお金でやっていると思うのですが、こんなお店を呼び込む魅力が神戸にはあるのでしょう。
神戸には他の地方都市にはない個性的な老舗のお店があり、個性的な新しいお店が生まれています。心豊かな神戸の人がそれを支えています。神戸に住む一人一人が作った文化です。
そんな神戸を包み込む海は年々きれいになっているように思います。

2005年12月24日

ル、ボナーの忘年会

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昨夜は友人や親しいお客さんと三宮の繁華街で忘年会。
夜の三宮は久しぶりです。神戸の安くてうまい店を知り尽くすお客さんの若夫婦の案内で、まずは割烹の富へ。20席ほどの2人でやっている小さなお店ですが、小奇麗で爽やかなお店です。美味しくお腹いっぱい食べました。中でも鍋ものは絶品。だしが絶妙のバランスでまろやかなのです。飢えた子供のようにいつも私が最初に箸をつけていました。私はアルコールが全然ダメですが、酒の席は嫌いではありません。よく、飲んでるヤツより酔ってるみたいと言われます。その時々を楽しまなくては。
その後、1度は是非行きたかった神戸の老舗のバー、ヤナガセへ。
ヤナガセは神戸のクラシカルな雰囲気を今も残すバーで、暖炉があり、その薪の燃える火を見ながらカクテルを飲み、静かに時間を過ごす、大人のお店だと聞いていて、是非行ってみたいお店でした。
行ってみてそのとおりのバーでした。それがまずかった。団体でガヤガヤ騒ぎながら行くところではなかった。静かな室内に私たち団体客の声だけが聞こえていました。ヤナガセのみなさん、ごめんなさい。
次からは場をわきまえます。今度はハミと2人で来よう。私はアルコール抜きのカクテルを注文して。昨夜は午前さまでした。

今日はクリスマスイブ。我が家の今夜の食卓にはシェラトンホテルで買ったクリスマスケーキと友人から貰ったダニエルのショートケーキが並んでいます。ケーキが一杯です。
なんとなく幸せなクリスマスイブです。

2005年12月22日

S君の彼女への結婚指輪

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神戸に雪が積もりました。神戸に住んで13年、雪ガ積もったのは数えるほど。
雪好きの私はチャーと一緒に銀世界に飛び出して、飛び跳ねていました。
今日は休日を返上してクリスマスイブに間に合うように鞄作り。サンタクロースになったような気分で仕事してました。
昨日、お店をオープンした頃からのお客さんのS君が、彼女の両親へのクリスマスプレゼントを買いに、二人で来てくれました。
S君はお母さん、お父さんと相次いで亡くされて,一人息子のS君の悲しみを、春の風のように柔らかな心の彼女が和らげました。
お父さんの一周忌を済ませた後、二人は結婚します。
お母さんがS君名義で残してくれたお金を、そのまま使わずにいたのですが、そのお金全部で結婚指輪を購入するそうです。天国のお母さん、お父さんもそんな使われ方が一番喜んでもらえると。
爽やかな風が吹き、私たち夫婦も幸せを頂きました。
二人にとって恋人としての最後のクリスマス。
メリークリスマス。

2005年12月21日

形にして表現したい心

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ハミの姪が作った陶器のオブジェです。私は彼女の作るオブジェは、彼女の心象風景をよく伝えていて大好きです。
物を作って表現することは人間にとってプリミティブな喜びです。
しかし、その事で食べてゆくのはむずかしいことです。
芸術家は世の中が評価しなければ一銭にもならないし、職人は数をこなさなければ、どんなに素晴らしい物を作っても貧乏のまま。それでも作りつづける。自分がこの世に生きている証だから。
アマチュアとプロの違いは逃げる場所があるかないかだと思います。プロは逃げれないから、世の中と折り合いをつけて物作りをせざる終えない。妥協出来ることは妥協しながら前に進む。その先にある自由な世界を夢見ながら。

2005年12月20日

私の車遍歴

免許を取って初めて所有した車が、このいすずのユニキャブです。4WDのような格好をしていてそうじゃない車で、直進安定性が最悪の車で、第3京浜を走っていて突風で隣車線までかってに移動してしまうほど横風に弱く、危険を感じつづけて、1年ほどで手放しました。
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その後サニーバネットという箱バンに乗っていました。仲間と1週間仕事をせずにエクステリアに絵と文字を描きまくり、近所の人はこの車を見て私の職業が前衛劇団の団員だと思っていたようです。
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その次がジムニーSJ10です。いつもオープンで乗っていました。雨の時は傘をさしてのっていたのですが、上からの雨は防げるのですが、対向車、特にトラックが巻き上げる水しぶきはまともにかぶり、はみと私はずぶ濡れになります。零下15度の霧ガ峰極極寒キャンプもこの車でいきました。床が錆びて抜け落ち手放しました。
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そして昔からの憧れであったジープ J37です。私は今でもこの車が一番好きです。程度の良いJ37が手に入れれるなら今でも欲しいくるまです。あの頃私は人生で一番貧乏でJ37を手放すことになったけれど、そうでなければ今でも乗り続けていた車です。
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スバルのサンバーは結構気に入って乗ってました。燃費がよくて、維持費が安い、荷物もいっぱい載って、4WDでサンルーフまで付いてました。首都高速でエンジンが焼き付きアイススケートの選手のように何回転もして、それでも事故を起こさずにすんだその日まで。
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ランドクルーザー40系はいい車でした。ヘッドコンソールを自作しそこにオーディオをセットし、リアシートはハイエースのシートを取り付けてリクライニング、ベットになるようにしました。神戸に来てからも乗っていたのですがNOX規制をクリアー出来ず手放しました。
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そして今フォルクスワーゲンに載ってます。
今まで一度も新車を買ったことがありません。それと所有した車は全部ヘッドライトが丸目です。

2005年12月19日

大和出版印刷が作ったポスター

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大和出版印刷は同じ六甲アイランドにモダンな社屋を持つ、才能ある若き社員が集う印刷屋さんです。社長さんを筆頭に多くの社員の人たちがル、ボナーの鞄を買っていただき、大和出版印刷の人たちは制服の変わり?にル、ボナーの鞄を持って貰ってます。
そんな印刷屋さんの今年の最後を飾る行事が、印刷技術のコンクールにポスターを出品する事で、その素材にル、ボナーを使うことになり、決定したポスターの原案をパソコンからプリントアウトして持ってきてくれました。実際に出来上がるポスターは最新の印刷機の限界に挑戦するので、色も図柄も超鮮明になるそうですがこれでも十分カッコいいです。
バックには革の表面を撮影し、色加工したそうで、出来上がりを見るのが楽しみです。
ル・ボナーのホームページも大和出版印刷に頼んで作ってもらいましたが、センスのいい美しいホームページに仕上がって私は大満足で、頼んで良かったと思ってます。
文化祭のノリで、大和出版印刷の若い才能を結集したポスターがコンクールで何かご褒美が出ることを祈ってます。

2005年12月18日

20年来の相棒TE-2S

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私は20年以上ミシンはセイコーの上下送り半回転のこのタイプを使っています。
神戸にお店を出した時、ヨーロッパの鞄職人は大部分ドイツ製のアドラーを使っていると聞き、見た目を大事にしてしまう私は、同じタイプの国内ミシンの、値段が倍程度する総合送りの全回転のアドラーをローンで買って使っていたことがあります。
同業者の人にはいいミシン使ってますねと憧れられるのですが、買ったのは間違いでした。
量産するにはいいのでしょうが、私のように数個ずつしか作らない、手回しを多用する職人には機構が複雑で機械音痴の私には手に余るミシンでした。
違うミシンを買ってみて、やはり私にはセイコーのこのミシンがピッタシくるとわかりました。
現在、工業用ミシンで半回転のものは生産されていないそうで、新品のTE-2Sは手に入れることは出来ません。もう浮気はしません、自分の手の延長のように動いてくれて、締りの良いステッチを奏でてくれるこのミシンを、私が鞄職人を辞める日まで大事に使ってゆこうと思います。

2005年12月17日

アメリカ西海岸の旅

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初めてアメリカ西海岸を旅したときにフリーマーケットで手に入れたレミントンのタイプライターです。購入価格は当時10ドルでした。
その旅は、当時親しくしていた10歳年上の靴のアドバイザーのNさんと2人でのレンタカーを借りてモーテルを泊まり歩く2週間の貧乏旅行でした。
Nさんはその頃、三菱商事の仕事をしていて、アメリカブランドのコーチを直接仕入れるか、日本でパテント生産するかという問題に関わっていて、コーチ製品に使っている革の大部分を作っているサンタクルーズにあるサルツ社というタンナーを視察するというのが表向きの理由で、ほんとはアメリカの面白さを私に教えるためでした。アメリカ大好き人間のNさんにとって、アメリカには見るべきもの作り文化はないと思っていた私の考えを変えさせたかったのです。行って見て私の考えはますます強固なものになりました。ただアメリカでの2週間はほんとに楽しかった。最先進国でありながら文化的でないアメリカという国は居心地がいいのです。特にカリフォルニアだったからだと思いますが、大雑把でいい加減なのが、悔しいけれど私にあっていました。
旅のコースはロスからサンフランシスコにフリーウエイをいっきに北上し、そこからゆっくり海岸線をサンディエゴまで南下し、ロスに戻るというものでした。英語がまともにしゃべれない2人の貧乏旅は新鮮な驚きと緊張感に満ちたものでした。食べ物では甘すぎてバカデカイ、アップルパイのせいで2日間胃もたれしたことと、アメリカ庶民を感じさせるチリビーンズドックとまずいチェリーコークで、あとは大雑把だったとしか覚えてない。
宿泊代は高くてもツイン40ドルを守りました。その当時ハードゲイが闊歩することで有名だったサンフランシスコのカストロ通りを興味がてら歩いていると、向こうから革ベストを着たそれらしきカップルが通りすがりににこにこしながら、肩をたたいていったのです。どうも私たち二人も同じ部類と勘違いしたようです。ブルブル  その頃エイズが話題になりかけた時期でした。
アメリカは貧乏旅行がいい。アメリカのいいところが見えてくる。また行きたいな。車だけはMGのポンコツ車ではなくて、少し程度のいいのをレンタルして。

2005年12月16日

レマン湖のライトアップ

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ライターのNさんが独立時計士の取材でスイスに滞在されていて、スイスからメールが届き添付されていたライトアップされたレマン湖の写真です。幻想的な、日本ではなかなか見ないライトアップです。冷たく美しいロマンチズム。
今神戸の旧居留地では、神戸の冬の最大イベントのルミナリエがおこなわれています。ルミナリエは暖かなライトアップです。
私は冬が好きです。幼い頃、雪降る町で育ったためか雪が好きなのです。東京に住んでいた時も、雪が見たいだけのために信州まで車をとばしたことが何度もありました。
雪の積もった世界は音が雪に吸い込まれ、無音の世界になります。その世界がたまらなく心地良いのです。、日本の雪国の冬は暖かさが心に残る、寒い季節です。
神戸の数少ない不満は、六甲山が邪魔して雪ガ積もらない事。雪を求めてこの冬も雪降る町に車を走らせるでしょう。

2005年12月15日

総手縫いダレスの5年目の里帰り

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5年ぶりに戻ってきた総手縫いのダレスバックです。
オーナーのT氏は10年来のお客さんで、最初の出会いは、イタリアの老舗ブランドのT社のオーストリッチのアタッシェケースを持って来られ、その中にピッタリ納まるセカンドバックのオーダーでした。私はあまり作りたくなく、それが接客にでていたようで、なぜだとT氏が聞くので正直に言いました。このアタッシェは良くない、高級皮革が可哀相だと。その中に納まるセカンドは作りたくないと言いました。だったらどこのブランドの鞄が良いのかと聞かれたのでエルメスと答えると、それ以来毎月のようにエルメスの革製品を購入して持って来られます。エルメスの革製品は作る職人の差があり、これは上手な職人の作ったもの、これは上手じゃない職人がつくったものでと説明し、今ではT氏の購入するエルメスの革製品は素晴らしいものばかりです。普段仕事の時はル・ボナーの鞄を使われています。その中でもこのダレスは一番お供をしている鞄で、お手入れで里帰りしたのは初めてです。素性の良い鞄なので、お手入れすると見違えるほどよくなります。革はブッテーロの黒で写真では分かりにくいのですがステッチはオレンジです。ショルダー革の特徴のスジがはっきり分かる革の表情が見てとれます。いい状態です。

2005年12月14日

ミネルバという革

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ミネルバという革は特別色変化する革です。手前の2点が私が使用しているもので、後ろ2点が新品です。茶は約1年使い、グレーは4ヶ月目です。どちらもすごく色変化しますがグレーは特別で、別の色の鞄のようです。
この革を作っているのは、イタリアのバトラッシーというタンナーで、元々イタリアの古来のなめし技法を調べていた大学の先生が実際に作りたくなって始めたタンナーで、今は2代目のシモーネという人がやっています。そのなめし技法はバケッタ製法と言い、この製法で革をなめしているタンナーは数軒ありますが、手抜きせず忠実に古来のバケッタ製法をやっているのはバトラッシーのみです。
この革の部位はショルダー部分を使っており、脂を含んだピュアータンニン革で、ミネルバリスシオはプレーンなバケッタ革でブリーフ、シカゴやビジーに使っています。ミネルバボックスはリスシオを手もみして柔らかい腰にしたシボのある革でショルダー、パパスなどに使っています。
一般的にタンニンなめしは馴染んで、クロームなめしは馴染まないと思われていますが、それは間違った常識で、しっかりなめされた、染料染めの革はタンニン、クローム関係なく馴染みます。ヌメ(無染色の革)はどんなヌメでもいい色に変わると思われがちですが、実際には汚れが先行して、いい感じにはなりにくい。
ミネルバという革は、扱いが悪くても間違いなくいい馴染みを見せます。ほんとに面白い革です。
バトラッシーはフィレンツェの郊外の村にあります。その村にはブッテーロを作っているワルピエもあります。美しい村だそうです。一度は訪れてみたい村です。

2005年12月13日

チャーは元気になりました

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足のケガから立ち直り、元気なチャーに戻りました。
チャーは本来臆病な性格なのですが、それを隠すためによく吠えます。お店に訪れた若い女性には吠えないのですが、おじさんとかには吠え続けます。商売の上ではお店においておきたくないのですが、まだチャーが若い頃、家に一匹で留守番させようとした時、遠く離れた場所まで、鳴き声が響いてこのまま留守番させると近所に多大な迷惑がかかると諦めて以来、毎日お店に連れて来ています。
お店のアイドルというには程遠く、お客さんが来るたびに吠えつづけています。
夫婦ゲンカをするたびに、ハミは私に対して、あなたはチャーそっくりと言われます。娘曰くそのとおり。その言葉を聞くと私は何も言えなくなります。いくらなんでもあんな甘えたでかんしゃく持ちのチャーといっしょにするなと心の中でつぶやいています。(涙)
チャーは散歩の時鼻を地面にするほどに近づけて匂いを嗅ぎながら歩きます。カッコ悪くて下品なので何度もやめさせようと試みたのですが直りません。今日はその罰が当たったのでしょう、小石を鼻の中に吸い込んでブヒブヒもがき苦しんでいました。ざまあみろ。今日で3回目です。
今夜もチャーを連れて帰宅途中、ニコニコしながら婦人とワンちゃんが近づいてきます。ほんとは仲良くしたいのですが、私はニコニコしながら手で静止のポーズをとって離れます。
チャーは至近距離に入ると、吠えまくり威嚇します。婦人と可愛いワンちゃんの恐怖する(あきれた)顔を見たくないのです。
彼は体重で分けると中型犬ですが、犬種的には小型犬の部類に入ります。ここなら大丈夫と思い鋳物でできたベンチにチャーをつないで離れたところに居ると、彼はそのベンチを引きずりながら近づいてくるのです。彼の鬼気迫るパワーに呆れてしまいました。
そんなチャーとこれからも一緒に暮らして行きます。

2005年12月12日

革が好きです。

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私は革が好きで、特に牛革のなめしのしっかりしたものが好きです。
此処で、お店を始める前の、東京で製造卸をしていた頃は、仕入れてくれる小売店で売れる価格に絞り込まなければならず、アメリカ原皮の国内なめしの革を使っていました。
その反動で、お店を持って鞄を作るようになってからは使う予定がなくてもいい革を見ると買ってしまいます。革屋さんからはヨーロッパの革のコレクターと言われています。写真の棚にある革はその一部です。
ワイン好きがワインをコレクションするように、私は革を寝かせて熟成を待ちます。だからデッドストックの良質な革があると聞くといの一番に手を上げてしまうのです。量産鞄やは数枚のデッドストック革は後が続かないので使いようがありません。それに比べ小ロット生産の手作り鞄やにはお金もないので、少しずつ買えるのは願ってもないありがたさ。しかし使い道は後で考えるとしてとりあえず買ってしまうので、どんどん貯まってコレクター状態になってしまうのです。自分達の生産力がたいしたことがないのを忘れているのです。
来年からはこのコレクションを使って、一点作りでないと出来ないエッセンスを加えて鞄を作って行こうと思っています。その鞄は売れなくていいので値段は高くします。鞄好きが見てウォーと唸らせる鞄を作れればそれでいい。人はその足跡を自分なりの形で残したいのです。私は鞄という形で。

2005年12月11日

六甲アイランドの日曜日の夜

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六甲アイランドの日曜日は人影まばらで、飲食関係のお店はご覧のように日曜休日にしています。なんか違うんじゃないか、そんなふうな商売をしているから人がこなくなりお店が長続きしないのではないのかと思う。この街にすむ住民は魅力的な街づくりを願い、現に居心地の良い街だと思う。が、お店はなげやりで自ら努力することを忘れているお店が目立つ。それぞれのお店が、立ち寄ったお客さんに幸せな時間を提供できれば、長く楽しくこの街で商売がやっていけるのに。
ル、ボナーはここで13年かばん屋をやっています。繁華街ではなく、住宅中心の街には不似合いな手作りかばん屋のル、ボナーが今日までやってこられたのは、物好きな顧客が何度も足を運んでくれるからで、そんなゲストが寂しいこの街でも来てくれるのです。
現代のエトランゼの住む街、六甲アイランドが私は好きです。もっと色々なお店が元気になればもっと良い街になるのだけれど。

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2005年12月10日

パソコンとのお付き合い

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パソコンと毎日接するようになったのはブログを始めるようになってからです。
それまではキーボードもマトモに打てませんでした。今もパソコンのことは全然無知で、分からない事があるとコンピューター関連の会社に勤めている親しいお客さんに助けてもらってます。色々説明してもらうのですが頭の中が固くなっている私には、馬の耳に念仏で何も頭に入りません。それでもブログはつづけられているのですから、パソコンは偉いです。
私は形から入るタイプなので、マックのパソコンが欲しかったのですが、みんなにそれはやめろと言われ、しぶしぶマックに少し似ているデルのこのパソコンにしました。
17インチの画面で老眼の私でも見やすくて気に入っています。ただデルは基本の状態は安いのですがアレも欲しいコレも欲しいとオプションを加えていくとあれよあれよと高くなり、
必要のないオプションいっぱいの厚化粧パソコンになってしまいました。まあいいか。
高校の頃勉強が嫌いだったので、授業中も小説ばかり読んでいて、物書きになれるといいなあとぼんやり考えていた文学少年だったので、ブログを毎日更新するのは全然苦になりません。
ただパソコンにアクシデントが起きたときはあたふたします。親しいお客様の暖かいご協力なしには私のパソコンライフは維持しません。みんなありがとう。
ホームページは大和出版印刷というところに頼んで作ってもらいました。元々そこの社長さんや社員の人たちがル・ボナーのお客さんで、ホームページを作ったほうが良いよと勧められ善意で作ってもらいました。今年中にリニューアルします。楽しみです。
それとル、ボナーのポスターを今、大和出版印刷で製作中で、それを印刷技術を競うコンクールに出品するそうです。完成するのが楽しみです。

2005年12月 9日

シノさん、この革ではどうでしょうか?

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ペリンガーのシュランケンカーフの新色が入りました。
トープという色で見るまでどんな色か解らないまま買ってしまいました。
届いてみるとグレー系の色で、ライトグレーより茶色かかったグレーです。
奥様用に作られるボストンバックにこの色はどうでしょうか?
実際に見てみないと色は解らないので、お時間のある時に立ち寄って見てください。
エルメスの色作りには感心させられます。フルセットのパステル並に色があり、その一色一色が何色かの色を混ぜた微妙な発色をしています。
特にペリンガーで作るシュランケンカーフは、エルメスの使うシュリンク革の中でも一番良く出来ていると思います。

2005年12月 8日

休日のル、ボナー

今日はビーちゃんに乗ってチャーの足を診てもらいに兵庫の山手にあるオタニ動物病院に
行きました。途中郵船ビルが見えました。親しいお客さんがこの3階の海が見える場所に事務所を持ちます。仲のいい連中の隠れ家風に使うとのこと。遊びに今度行ってきます。
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オタニ動物病院ではチャーの激しい抵抗にあい、押さえ込むのに大変な体力をつかいました。やはりチャーの右足の肉球は深く切れていて、レントゲンと注射2本と沁みる消毒とチャーにとっては悪夢の時間でした。今日はいつもより早めに車の中で震えだしました。その後に起こる悪夢の時間を予期していたかのように。
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帰り道、お世話になっている人に贈り物を買うためにまずは大井肉店へ。神戸ビーフを買うならここでと言われている老舗の神戸ビーフ専門店です。創業明治4年というまだ肉を食べた事のない日本人が大部分の頃からやっているという事。偉い
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その後六甲道にあるメツゲライ、クスダというハム、ソーセージ専門店へ。専門店は売っているものへの思い入れが違うので好きです。あれもこれもと買っているうちに結構な金額になってしまいました。猪肉のパテは買わずにはいられなかった。
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最後に阪神御影駅前のケルンというパン屋さんへ。神戸は人口あたりパン屋とケーキ屋が日本一多い都市と言われています。私たちはここのパンが好きです。とくにコッペパンは絶品です。お昼ごはんは猪肉のパテとコッペパンにごぼうサラダをはさんだサンドイッチとコーヒーでした。美味しかった。
写真は御影駅の高架下の入り口です。昔この先に多くの個人店舗があり、にぎわっていたのだろうなと想像し、今はその賑わいはなくその寂しさをこの扉が象徴しているように思えました。
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今夜は囲碁クラブの懇親会です。一番若くて最後まで生きているだろうからと幹事をさせられています。結構雑用が多くて後悔してます。

2005年12月 7日

身の丈の幸せ

15年前の私たち家族
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私は今幸せです。好きな鞄作りを生業とし、家族4人が食べて行ける。
身の丈にあった私の幸せです。この幸せを充実したものにすればそれでいい、もっともっとと欲張ろうとは思わない。
大きな夢を求めて高みを目指す人は美しい。しかし自分の金銭欲や名誉欲を満たすためにもっともっとと走りつづける人は悲しい。目指すものが抽象的なためにいつまでも求め続けもっともっとと走りつづける。多くの人を踏みつけて登った高みの先にはもっと高い欲望という高みがあり、それは永遠につづく。
それに比べ身の丈の幸せを規定できると自由になれるように思う。背伸びして前だけ見てると見えなかったいろいろなことが見えてきます。五感が自由になるのです。その時その時を感じながら生きていける。美しいものが見えてくる。
私はずっと宝くじを買っています。2年ほど前まではもし当たったら人生が変わると色々想像していました。それがこの頃、もし当たっても大きく変わらないなと思うようになりました。
決してお金持ちになったからではなく、求めるものが変わったからだと思います。
身の丈より少し背伸びしたものを買うときのドキドキとする幸せ感。それに比べどんなに高いものでも余裕で買ったものにはそれはない。
事業拡大をしようとした時期もありました。それが私の身の丈を越えていたことを悟ったとき自由になれました。今その時その時を感じながら生きてます。

2005年12月 6日

ル・ボナーの12月

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今年の12月は特別忙しくなりそうです。残業はしない主義にしていたのですがやらざるおえないようです。元々注文品が12月に集中した上に、雑誌サライに載ったことで問い合わせが数多くありテンヤワンヤです。今まで色々な雑誌に載りましたが今回のサライの場合は今までと違う初めての年齢層からの問い合わせが多くありました。サライの読者の平均年齢は相当高いのです。そしてその年齢の人はメールをしたことがない人も多く、中にはファックスもつけてない人もいました。新鮮なカルチャーショックでした。団塊の世代より前に生まれた人には、今の若い人たちには必需品のパソコンもケイタイもいらないのです。
情報が洪水のようにあふれ出す時代、整理選択するだけで一仕事。なければないで困らない事のほうが多い。情報が少ないほうが優雅な生活が出来るような気がしました。
ここ数日急に寒くなりました。神戸の冬は風が厳しいのです。阪神タイガースの応援歌にでてくる六甲おろしが吹くのです。冬になると私はハミがプレゼントしてくれたシルクのマフラーとフランス製のベレー帽をしています。冬の私のトレードマークです。

2005年12月 5日

傷心のチャー

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チャーは先週の木曜日の散歩で、足の裏の肉球を何かで切ってしまったらしく、今日もびっこをひいて歩いています。足の裏を見るとそんなにたいした傷ではないので、過保護ゆえにオーバーな態度をとって甘えているだけだとほっておいたのですが、よくならず、獣医さんに見てもらいにゆこうかと声をかけると急に元気な足どりになります。獣医さんに行くのがチャーにとって最大の恐怖で、獣医さんのところへ行くぐらいなら、傷みは我慢できるという精一杯のチャーの意思表示なんでしょう。
今週の木曜日にはどちらにしてもオタニ動物病院に連れて行きます。ついでにお腹にできたデべそのようなおできも切ってもらおかな。
チャーはちゃんとお座りと言わないと写真のようなお座りをするだらしないビーグルです。
骨がまがっているのかと最初は思っていましたが、親のナナも同じ姿勢でお座りをするのを見て血筋だと分かり安心しました。
体重は20キロを越えデブビーグルです。

2005年12月 4日

ル・ボナーの家具

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私はフランスのアンティック家具がすきです。写真の鏡台とテーブルもそうです。
フランスのものはウォールナット(クルミ)が多く使われていて、硬質な木目がわたしは好きです。日本に輸入されるヨーロッパのアンティック家具はイギリスの物が多く、イギリス物はオークを使った塗料の厚塗りの家具が多くて、好きになれません。
特に写真の鏡台はクルミの根をつかった象嵌細工を表面に使った手のかかったもので天板の大理石の年代から推測して200年は経っているとの事。テーブルはフランスのウォールナットの家具らしいキメの細かい木目を松脂のワックスで磨き上げ、それぞれの足に控えめな彫り物がしてあります。
この鏡台とテーブルは東京の国立にあるタイムジャックというフランスアンティック家具を専門に扱うお店で購入しました。お店は小さいのですが、郊外に3箇所倉庫があり、そこには宝物がいっぱい隠してあります。それに都内のお店に比べて値段が安くて、質がいいのです。
ル、ボナーの年末の大掃除の仕上げはこの家具たちをフランス製の松脂のワックスで磨き上げることです。
家具も鞄も革も人の手仕事は、それぞれの国の文化や民族性に起因していると思います。百花繚乱だから面白いのです。グローバルスタンダードという言葉は私には無機質なつまらないものを感じます。好き嫌いは別として、色々あるから楽しい。無駄は豊かさだと思う。

2005年12月 3日

ハミが書いた絵

ハミの絵ウエブ.jpg
私はハミの描く絵が好きです。
この写真の絵は、ル・ボナーが三ノ宮のギャラリーで展示会をしたときポスター用に数分で描いた絵です。
伸びやかで物語を感じるこの絵が特に好きです。
私の妻であり鞄作りの相棒であるハミがいなければ、鞄職人をつづけていなかったと思います。金銭的に苦しい時も、精神的に行き詰った時も、ずっと傍に居てピュアーな心を持ち続け柔らかな人であり続けた。感謝しています。
ハミの作る鞄は、ハミの描く絵と同じで自由で柔らかな感性を表現してます。その時々の流行とは無縁のデザインで、好きなものをつくります。
それに比べ私は俗人で、これ見よがしの鞄を作ったりします。
ル・ボナーの工房の壁には少しずつハミの絵が増えて行きます。もっともっと描いて欲しいなー。私の宝物です。

2005年12月 2日

フラスキーニのカーフが届きました

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フラスキーニのカーフが届きました。このしなやかでねっとりとした手触りはフラスキーニ独特のものです。フラスキーニのカーフ革は、なめす時に漬けるクローム液を交換することなく、継ぎ足し使っている他のタンナーではやらない方法でなめすことで有名です。老舗のうなぎ屋の秘伝のタレのようなものです。
そして時間をかけてなめし、うわさではクローム液に牛の血をまぜることでフラスキーニ独特のねっとりとした触感を生み出しているといわれています。最高のイタリア、カーフです。
革屋の常務になぜフラスキーニの革をあまり輸入しなくなったのか聞いてみると、値段が高くてもイタリアカーフの良さを知ってもらいたいから、ほんとは輸入したいそうなんです。しかし現在のフラスキーニの主な取引先がトッズというブランドで、そこの指示で顔料厚塗りの革をメインに作っていて、本来フラスキーニを代表していた染料仕上げのねっとりとした革はあまり作っていないのです。無理を言って染料仕上げのねっとり革を作ってもらっても、イタリア人のいい加減な性格が災いして、顔料仕上げを送ってきたりするそうで、そのため昔のようには輸入出来なくなったそうです。イタリア、カーフは過去の遺物になろうとしているようです。寂しいことです。クロームなめしのタンナーはどこも厳しいようです。クロームなめしの革はある程度大きな規模を持つタンナーでないとつくれません。そのため規模を維持する経営をするには大ブランドに従う革作りをしていかなければならず、それぞれのタンナーの個性を無視した利益追求を最大の目的の革を作ってゆく。それが自分の首を締め上げてゆくのを知りながら。それに比べ小規模でもやれるタンニンなめしのタンナーは元気です。スエーデンのポルケ、ベルギーのマシュア、イタリアのバトラッシー、ワルピエ、個性的な革を作り続けています。
今回入手できた革は4000デシ程度。鞄約40個分ぐらいです。大事に使ってゆこうと思います。この素晴らしい革が活きる鞄を作ってあげないと革がかわいそうです。

2005年12月 1日

フィレンツェに行きたい

フィレンテェウエブ.jpg
私にとってフィレンツェは聖地です。一度はルネサンスの都の石畳を歩き空気を吸いたい。
写真はフィレンツェの革小物職人の工房です。フィレンツェに旅行する、お客さんの若夫婦に頼んで撮ってもらったものです。フィレンツェ市内を3日間歩きまわってやっと見つけた革の工房だそうで、観光でいっても鞄職人の工房は見つけ出せないとのこと。それでも私にはフィレンツェが鞄作りの聖地なのです。グーグルアースでフィレンツェの街を見るたびにこの中世そのままのおとぎの町への想いはつのります。
良い鞄を見るためならパリやミラノに行った方が見れるとおもいます。でも鞄の妖精はフィレンツェに住んでいます。
今日、革屋さんからデッドストックの革の情報が入りました。イタリアを代表するフラスキーニのカーフ革で、ユーロになってから値段が高くなりすぎて日本に輸入しなくなった、革たちです。フラスキーニはブレンダ地方にある、イタリアのクロームなめしの頂点に位置するタンナーです。古き良き時代のグッチがメインで使っていたのもここの革です。今回入手出来るのは、ムスタング、パペーテ、ビューカーフなどなど熟成されたワインを思わせる極上の革たちです。フランスのカーフは白ワイン、イタリアは赤ワインっていう感じに思えます。
事実革は湿度調整された倉庫で寝かしていると、なめしにムラがなくなり、より良い革に熟成されて行きます。だからデッドストックの革はより魅力的なのです。
手元に届き、実際に触るのが愉しみです。
イタリアの鞄は良い物と悪い物が混沌としててチョイスするのが難しい。イタリアの革も大部分ひどいもので、良い革は少ない。しかし良い革は特別魅力的なのです。イタリアものを購入するときは選択眼が必要です。

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