2006年3月アーカイブ

2006年3月31日

ビーちゃんの静かな日々

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ビーちゃんはこのところ活躍することが少なく、車庫で静かに眠っている日々が続きます。
昨日も、自宅と店の間数百メートルを荷物を運ぶために往復しただけ。
調子はすこぶる良くて、一発始動。ビーちゃんの場合、冬場エンジンが温まると自動チョークが戻り、そのとき走っていても一度エンジンが止まってしまうのですが、それはお決まりの事で、その後は快調にはしります。来週の休みには、ビーちゃんを連れて名整備士、古川さんのところに、健康診断のために行って来よう。前に古川さんのところに行ったとき、ビーちゃんにインダッシュナビを装着したいなと相談したら、滅茶苦茶バカにされました。

気に入った物と出会い、良い仕事をする人たちに出会えれば日々楽しく生きてゆける。
変化は少なく静かな毎日だけれど、感じながら豊かな毎日。それで充分。
名誉欲や金銭欲は終わりなき虚しい輪廻。他と比較するのではない、自分なりの豊かさを日々の生活の中に見つけ出せれば、なんと幸せなことか。ものはそんなささやかな幸せの日々を彩ってくれます。良い仕事は、無償の誠意を教えてくれる。
私も職人。お客様に気に入ってもらえる鞄を作り、より良い仕事をするための日々でありたい。忙しいことが偉いとは思わない、自分なり充実した日々を過ごすことこそ尊びたい。

2006年3月29日

白い薔薇の花束

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Sご夫妻にいただいた白い薔薇の花束。お店が華やいで見えます。
Sご夫妻は2年半の神戸生活にピリオドをうち、関東に帰って行かれました。一年前に始めてル・ボナーに来店された頃は、恋人どうしだと勝手に思い込んでいたのですが、何度か来店され親しくお話をするうちに、お二人がご夫婦であることを知りました。まるで恋人同士のようにチャーミングなお二人で、お話していて爽やかな気持ちを私たちはいただきました。
愛車の紅いアルファで600キロのドライブです。故障せずにアルファはお二人をスムーズに新居にお連れしたかな。
前にSご夫妻にいただいたアルファの新車時の車内で香る匂いの元のフレグランス、気に入ってまとめ買いしました。ある女性のお客さんは、イタリアのいやらし系のおやじの匂いだそうです。言い当てています。私はそれが気に入っています。今度ル・ボナーに来店される頃には店内はイタリアいやらし系おやじの香りと革の匂いで、アルファの新車時の車内のような匂いになっているでしょう。

ル・ボナーには多くのお客様が来店されます。特に夫婦同伴で来られるお客様が多く、仲の良いご夫婦との会話は楽しいです。昨日も神戸にご主人が単身赴任で来られていて、奥様が月に二度ほど神戸に来られる、私たち夫婦と同年代の横浜のご夫婦が、来店されました。奥様が神戸に来られたときは必ず二人で、ル・ボナーに立ち寄ってくださる、私たちと会話がはずむご夫婦です。
奥様は可愛い女性で人生を積極的に楽しんでいるように見え、ご主人はそんな奥様を大きく包み込み、優しく見ている、そんなご夫婦です。
そんなお客様たちがル・ボナーを彩ってくださいます。

センスの良いお客様と会話すると、色々な刺激を受けます。そんなお客様が満足していただける良質な鞄を作り続ける努力をしてゆかないといけないと思います。その先にはもっと魅力的な鞄に包まれたル・ボナーが見えてきます。

好きな鞄を作り、お客様との会話を楽しむ、そんな静かな毎日が楽しい。大きな変化や野望はもう持ちません。ワクワクはしないけれど、平凡なそんな毎日を過ごしてゆきたい。どうやらル・ボナーもこのあたりが良いあんばいの着地点のようです。あとはその中身を充実させてお客様たちにも喜んでもらえ、私たちはそれ以上に喜べるかばん屋を試行錯誤してゆきます。
強そうな鞄ではなくて、優しい鞄を作ってゆきたいな。

2006年3月27日

シュランケンカーフを使ったクレール

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シュランケンカーフを使ってクレールを作りました。
ソニーファミリークラブの通販で3年ほど売り続けているクレールはオイルを含んだタンニン革で作っていましたが、今回お店だけの限定で、私たちの大好きなシュランケンカーフを使って、作ってみました。今までのものより軽くて、カラフルな色合いなので、春にはピッタシだと思っています。
ドイツのペリンガー社のシュランケンカーフはH社の指定革のため、年に2度程度スポットで買うことしか出来ず、安定供給が難しい革です。そのためこの革の方が良いと分かっていても、通販のような数が動く製品には使えないのです。お店で売る場合はそういったことを気にせず使えます。

このクレールはソニーファミリークラブで、オーダー店使用のショルダーバッグという名称で3年ほど前から売り始めたのですが、まだ続いている息の長いショルダーバッグです。優しくて安心感のあるデザインが長続きの理由のように思います。

5月にはシュランケンカーフが今年になって初めて、まとまった数量と多色入荷します。特別な色のものは無理しても買い込んでしまいます。今回初めての色はオリーバという名称の色で、どんな色かは来てのお楽しみです。きっとオリーブ系の色だとは思うのだけれど。H社の指定する色作りには感心します。色の種類の多さ、発色の鮮明さは特別です。
ケーキ屋さんのショーケースは色とりどりで、見ていて楽しい気持ちにしてもらえます。そんな色いっぱいで楽しい気持ちを提供できるかばん屋さんになりたいな。これからもシュランケンカーフは、ル・ボナーのお店にはなくてはならない大事な革です。

親しくなったお客さんも、ハミのことをハミさんと呼びます。ハミと呼ぶのは、彼女の旧姓が蓮見で、幼友達がみなそう呼んでいたので、私も30年間ハミと呼んでいます。その後親しくなった友人も、取引先の人もハミさんと呼ぶようになり、気が付くと親しいお客さんもそう呼ぶようになっていました。
そのことが、すごく幸せに感じました。何気ないことなのだけれど、親近感を感じていただけるそういった人たちに包まれて、私たち夫婦はありがとうと言います。
クレールは、そんなハミがデザインした、ハミらしいショルダーバッグです。

2006年3月25日

ペアでキューブボストン

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若いご夫婦がペアで使うために注文されたキューブボストンが出来上がりました。
中サイズはゴールド色に濃いグリーンステッチ、小サイズはトープと言う名のグレー色に淡いグリーンステッチ。いい表情しています。

キューブボストンのパターンは何度もの試行錯誤の繰り返しの末、今の形に落ち着きました。
ありきたりな形の台形のボストンバッグなのですが、台形の一辺一辺の曲線のバランスと鞄のサイズを何度も変えながら、気に入った今の形に落ち着くまで、何度作ったことか。

私たちは常々、優しさを鞄で表現したいと思っています。同じような形でも、ル・ボナーの鞄はどこか違うと思っていただける工夫をしています。持ってみて、幸せが感じれるような鞄を作ってゆきたいな。

2006年3月23日

3月下旬のル・ボナー

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仕事机の位置を窓際に変えました。
ハミはこんなに忙しい時になぜ模様替えするの?と怒りますが、したいと思うといてもたってもいられなくなりしてしまいます。年に2,3度は変えています。今回は初めて窓際にしました。外から仕事を見られるのは恥ずかしいのですが、頭を上げると外の風景が目線の先にいつもあるのが魅力です。
仕事道具に包まれた、この仕事場に居るときが一番居心地が良いです。ごちゃごちゃしていても手を伸ばせば全ての愛用の道具に手が届く空間。
時計職人の仕事場は清潔でカッコイイと思いますが、鞄職人の仕事場はゴミがいっぱい出てしまうためごちゃごちゃとしてしまい、清潔で合理的な仕事場にはどうしてもなりません。そんな中では、私たちは大変恵まれた仕事場で鞄を作れていると思います。
また数ヶ月したら理想の仕事位置を求めて模様替えを私はしているでしょう。

今日は休日返上で、タイムリミットぎりぎりの鞄の製作をしていました。
Sご夫妻に頼まれていた、ペアのボストンバッグが明日には出来上がります。関東に戻られる前に、なんとか間に合いそうで一安心。
Sご夫妻は若く可愛いご夫妻で、そんなご夫妻の神戸を楽しむ様を聞いていると、私たちも楽しくなりました。知り合って1年、すっかり神戸の人となったSご夫妻ともお別れです。もっと親しくお付き合いしていればと思いつつ、いやいや、お客様とかばん屋のおやじの関係はこのぐらいのあんばいがいい関係。年月が経ってまた突然来てくださったら、今と同じように、北野坂のあのお店に行ってみましたか?と聞く私でしょう。
3月は出会いと別れが交差する月です。1年半前に転勤で神戸に来て、仕事が休みの日はいつもル・ボナーを手伝ってくれた15年来の悪友の店長(あだ名)も、横浜に戻って行きます。店長は神戸の人になることなく横浜に帰ってしまう徳島人でした。
別れの多いル・ボナーの3月ですが、新しい出会いがこの後あるのかな?

2006年3月21日

ファーラウトでの一年

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私は30歳なかばの頃ファーラウトという会社に1年ほど企画で勤めていたことがあります。
この会社は、商社がスポンサーになって、世界で有名ブランドと対等に競える日本の鞄ブランドを構築しようという、高い目標を持った会社でした。資金の面でも、驚くほど余裕のある事業計画で、3年間はどんなに赤字を出しても商社が支え続けるというもので、夢を一緒に構築したいと思い、勤め人になりました。

場所は東京の広尾にあり、ビルの1フロアを使っていました。総勢15人の小さな会社でしたがすべてが贅沢な会社で、私はそれまでも、その後も経験しない夢のような仕事環境でした。先輩のパターンの天才、金田さんと二人で企画の部屋をもらい、そこで型紙作成、サンプル作り、工場との打ち合わせ、素材の吟味などをしていました。必要だと私たちが思った道具や機械はどんなものでも買うことができました。鞄の素材も驚くほど高価なものを海外、国内問わず取り寄せました。そんな中で出来上がった鞄たちは今見ても豊かな表情を持った素晴らしい鞄です。

しかし、夢のようなブランドは夢のまま終わってしまいました。スポンサーの大手商社が倒産し、資金が止まったファーラウトは解散しました。3年続いていれば、黒字になり独立独歩やっていけただろうと今でも思っていますが、バブルの泡の中に夢は消えてしまいました。

私にとってファーラウトでの1年は、贅沢な文化祭でした。仲間と一緒に夢をかなえるために。
私にとっておとぎ話の龍宮城のような1年はこうして終わりましたが、その後の独立系鞄職人として生きてゆく上で、多くの経験と知識を得ることができました。
今、こうして神戸でお店を14年続けられているのも、あの1年は大きな経験でした。

2006年3月18日

迷犬チャーの今日この頃

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昨夜はチャーの大嫌いなお風呂に入れました。
月に二度のこの行事はいつも繊細な注意を払って行います。彼は私たちの気配で今日はお風呂の日であることを察知するので、そのことについての会話は彼の前では絶対してはいけません。でないといつもはピョンピョン跳ねながらの帰途も、足取り重く、仕事場に戻ろうとするし、家の前まで来ると、ご主人さまであろうが誰であろうが、鬼のような顔になって暴れまくります。
獣医さんからもらう薬用シャンプーで二度洗い、そのシャンプーは無臭なので、最後に私たちが使っているシャンプーでもう一度洗います。チャーが綺麗になった代償に、彼の死にそうな悲鳴と彼のもがいた痕跡であるつめ傷を私はいただきます。

彼は冬場、家に居て一家団欒のとき、いつもコタツに頭を突っ込んで、お尻だけ出して寝ています。のぼせないのかと心配になるのですがそうしてます。きっと、野外で一夜を過ごすと凍死するでしょう。
夜、寝る時も彼は私のベットにもぐりこみ、私の右手を枕に高いびきで寝ています。寝相が悪く、熟睡のままベッドから落ちたこともありました。過保護に育てた私たちの責任だとあきらめています。

チャーは猫を見ると追いかけようとします。ある日垣根に隠れている猫を見つけ飛びかかろうとしたとき、猫はとっさに前足を目に見えないほどのスピードで振り下ろしました。チャーは静止して固まっています。そしてチャーの額が斜めに切れて血が流れ出しました。野良猫恐るべし。その日からチャーは猫を見ても見て見ぬふりで、避けて通ります。
彼の数少ない野生はその時を境に終わりを告げ、ペットになりました。

今日は一日中雨でした。昨夜チャーを洗った、あの努力はなんだったのか。

2006年3月16日

安心できる散髪屋を求めて

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私は今までハミに髪は切ってもらっていたのですが、旅先の散髪屋に入ってから、散髪屋さんで髪を切り髭を剃ってもらうことがことのほか気持ちよいことだと知り、今では月に一度散髪屋さんに行くようになりました。私の場合ハゲているので、髪はバリカンを使って2ミリで揃えてもらい、あとは髭を剃ってもらうだけなので、仕事としてはいたって簡単だと思います。ただ髭はどうしても剃ってもらいたいので、美容院ではだめで、理髪店なのです。しかし安心して任せられる散髪屋さんがまだ見つからずにいます。
マイ散髪屋さん探しは月に一度の行事になっています。ここ2ヶ月は恐怖の散髪屋2連続でした。

先月入った散髪屋は若いお姉さんとお兄さんがやっているお店で、お姉さんは目の周りを真っ黒に塗った厚化粧の女性で、そのお姉さんが担当したのですが、バリカン2ミリで揃えてと頼むと、7ミリの刃しかないので、はさみで揃えていいかと言うので、ちゃんと切り揃えることが出来るならいいですよと了承すると、2ミリに揃えることは出来ずひどい虎刈り、その上髭剃りは剃り残しだらけ。それで値段は4500円。酷すぎると思いつつその場を早く逃げ出したく、言われるままにはらいました。外に出てから心の中で二度とこんな床屋に来るものか、バカ野郎と叫んでいました。

今月は前回の失敗の反省から、じっくり吟味して散髪屋さんをチョイスしようと思い、マイ散髪屋さん探しを始めました。しかしその日はどこも休みで、行きたいと思うとどうしても行きたいと思う性分のため、次の日もマイ散髪屋さん探しをしました。なんと運悪く、月一度の週休2日の週で、開いていません。それでも開いている散髪屋さんはないかと街を彷徨った末に、住宅街に見つけました、営業している散髪屋さんを。

入ると、そこのおやじは、待つお客のいない椅子にコートを着て横になってテレビをみてます。電気代の節約のためか暖房を切っているのです。私を見るなり、いらっしゃいではなくアーと一声。よほど客とは無縁の店のようで、客が来たことに驚いている様子。私はまた失敗したと思いつつ散髪椅子に付きました。腕の方は予想していたより良かったのですが、あまりにも汚い、不衛生なお店で、鏡周りの棚はほこりが層を作っており、使うことの少ない道具はサビがでていて恐怖を覚える不衛生感。変にモダンな電動で出てくる洗面台も、収める時途中でモーターが空回りしておやじが手動で納めていました。
値段は1900円で2000円を出すとおつりがないと言うのでそのままおつりの100円をもらわずにその散髪屋を退散しました。

私は散髪屋さんによほど縁がないのだと思ってしまうここ2回の恐怖の体験でした。
来月はもう少し下調べをして、マイ散髪屋さん探しをつづけようとおもいます。衛生的で、安心して任せられて、写真のような昔懐かしい散髪屋さんはないのかな。少しぐらい遠くてもいいから探し出したいものです。

2006年3月14日

お久しぶりのプティトート登場

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久しぶりにプティトートがお店に並びました。今回はアップルグリーンとブルージーンとネイビーで作りました。3年ぶりに仕入れることができたシュランケンカーフのアップルグリーンの革も残りわずかになってしまい、あと小物を少し作れる程度しかありません。5月に入ってくるシュランケンカーフはどんな色があるか、ドキドキで心待ちにしています。
作って間がないのに、ブルージーンの在庫は残りわずかになってます。この形を作り始めてもう25年近くなりますが、変わらぬ人気を保っている、ル・ボナーの定番中の定番です。
一緒にタンクトートも、オレンジ、ブルージーン、ゴールドを作ったので、ル・ボナーのお店の中はカラフルで、先に春が来たようです。色々な色のバッグが咲き乱れると、気分もウキウキします。

2006年3月13日

ビジィーがモデルチェンジ

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ビジィーのモデルチェンジ版のサンプルが出来上がりました。
経年変化が楽しめる出張用の鞄をという要望に答えてビジィーをデザインしました。生まれて3年ほど経ち、使ってもらっているユーザーの意見を聞きながら、改良することにしました。
使っている人の多くがまず感じることは重いということです。経年変化を楽しめるオイルを多く含んだタンニンなめしのミネルバリスシオを使った場合、重くなってしまうのですが、それを何とか少しでも軽く感じれる工夫をすることが最大の課題としてモデルチェンジを試みました。その結果、2本取っ手をやめ、マチの内側にハニカムというプラスチックの軽量の枠をいれ1本取っ手にしました。そのため正面の顔がシンプルになったため少しいじろうかと考え悩んでいて、顧客の何人かの人に意見を聞いたのですが、聞いた大半の人が、ビジネスシーンで使うのでシンプルな方がよいとのこと。このままでいくことにしました。
何点かの部分的な改良を加えて、5月には店頭に並べれるようにしようと思っています。

メンズの定番の補充は月に1型は作るようにしているのですが、去年の暮れからパパスショルダーが好評で連続して生産していたため、メンズの棚は寂しくなっています。4月はブリーフ・シカゴの在庫が黒だけになっているので、茶トチョコと今回はネイビーを作ります。5月は新型ビジィーです。新作も出したいのですが、まずは定番の充実が先です。

定番の鞄も、作るたびに少しずつ新しい工夫をしています。太、細ダレスは20年近く基本デザインは変えていないけれど、今でも作るたびに進化しています。次回の生産においては少しアレンジしたタイプも作る予定です。奇抜なデザインは目を惹きますが、長く付き合う時はオーソドックスなデザインの鞄の方が良いと思う。その中に作り手の創意工夫を注ぎ、センスというエッセンスを加えます。

今日は雪舞う寒い1日でした。そんな中、鞄好きのM氏が来店されました。M氏は鞄の保存のために湿度を一定に保ったワンルームをそのためだけに借りて鞄を購入しつづけている人です。ル・ボナーの鞄の何点かも買っていただいていますが、その事以上に、古き良き時代のヨーロッパの鞄を色々見せていただけるのが、私たちには良い勉強になります。

2006年3月11日

モスのシドニーが欲しい。

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テントを造形芸術の域まで高めたビル・モスの最高傑作のシドニーです。
20年ほど前、このテントが発表された時、私は衝撃をうけました。それまでテントは機能を優先するものばかりで、こんな無駄なフォルムのテントが世に出るとは思いもしませんでした。
私は猛烈に欲しかったのですが、その頃私は大変貧乏で、シドニーは超高価なテントで高嶺の花でした。その後モスのテントもなくなり機能優先のテントばかりになってしまいました。

私はその後、シェラデザインズを創業したジョージ・マークスとボヴ・スワンソンが、ノース・フェースに買収されたため、新しく作ったブランドのウォーラスの最初に発表したオービットというテントを15年近く使っていて、それはそれで大好きなテントで、私のキャンプのマストアイテムでありつづけています。

しかし、シドニーは欲しい。こんなテントは他にありません。
インターネットオークションでモスのシドニーを検索するのですが今まで一度も見つかりません。

私は想像します。私にとっての理想のキャンプを。
収納力のないビーちゃんにキャリアをつけて、小川が横を流れる草原のキャンプ地へ。テントはモスのシドニーとウォーラスのオービットがあり、ターフはモスのヘキサゴンを張ります。その中央に木で革張りのデレクターズチェアとテーブルがあり、その横には石で組んだ釜があり、夜になるとその火を見ながらシェラカップでコーヒーを飲む。そんなキャンプスペースを照らすのはコールマンの赤い200Aランタンです。
このシチュエーションにどうしてもモスのシドニーが必要なのです。
私は貧乏で、テントはホームセンターの5000円のもので、ターフは工事用のブルーシートを使っていた時(その頃一番キャンプに行ってた)でさえ、キャンプの空間をより快適にするため努力しました。ブルーシートをターフとして美しく張る工夫をし、5000円のテントでもより快適な睡眠を求めて、ダンボールと敷き布団を持ち込んだりしました。
私ももう50歳です。理想のキャンプ空間を体験したい。

2006年3月 9日

神戸人の帰神

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先日、神戸生まれの神戸育ちで、転勤で東京に住むお客さんのN氏がお店に立ち寄ってくださって、成田一徹著のトゥー・ザ・バーという本をプレゼントしていただきました。
N氏は帰神(神戸に帰ってくることをそう呼ぶそうです)すると必ずバーに立ち寄るそうです。N氏は肝臓を患ったためアルコールはだめで、タバコも健康のためにすいません。それでもスコッチウイスキーと葉巻の香りが好きで、バーに行き、バーテンダーとの会話を楽しみ、好きな香りに包まれた空間に身を置くことが居心地がいいそうです。

私は神戸に移り住んで14年になろうとしていますが、つい数年前まで神戸の良さがわからず、東京に戻りたいと思っていました。しかし、神戸を愛する人たちと出会い、ずっと神戸に居続けたいと思うようになりました。皆が皆そうだとは言えないけれど、神戸を愛する人は中庸の豊かさを求めます。頑張りすぎて、はるか先の豊かさを求めて目の前の日々を犠牲にするような生き方はしません。身の丈にあった幸せを合理的に感じ取って生きてます。
モノを買うときも、時間とその空間も含めて買います。ファッションはシックな色の中に、ポイントとしてカラフルな色を好みます。生活をエンジョイするのが上手な人が多くいます。

その中でも、センスの良い老夫婦が目立ちます。年をとっていても身なりに気を使い、夫婦で時間を楽しんでいる様子は、豊かさを共有させてもらえます。三宮のバーに立ち寄ったとき、シックな老カップルが静かにその場の時間を楽しんでいる様は、あまりにも絵になっていました。

街を楽しむ達人たちが多く住む神戸。そんな神戸で私たち夫婦も年をとってゆきたい。日々楽しみながら。ボヘミアンの旅もどうやら神戸が終着駅になりそうです。

N氏にいただいた本に、海文堂のカバーがしてありました。海文堂は昔は海関係の本しか扱っていなかった本屋さんで、元町商店街にある神戸らしい本屋さんです。神戸をあまり知らなかった頃歩いた道も、今歩くと違って見えます。あちらこちらから神戸らしさが顔を見せます。

2006年3月 7日

独立系鞄職人、バゲラ・高田夫妻

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http://www.bagera.jp/

先週、バゲラというブランド名で、神戸の垂水で、オーダーメイドで鞄を作っていられる高田夫妻が娘さんを連れて、ル・ボナーに来てくださいました。
作られたものを何点か見せてもらいましたが、丁寧な仕事に感心しました。私たちが高田夫妻の年齢の頃、作っていたものといったら、全然中途なもので、今思うと恥ずかしくなってしまいます。
独立系鞄職人の場合、作るものが偏る場合が多々見受けられるのですが、高田夫妻の場合、作るもののバリエーションも豊富で、オーダーする人も安心して自分の希望を伝え、満足のゆく品が出来上がってくるだろうと思いました。それは夫婦二人で作っているからと思うのです。

高田夫婦を見ていると、わたしたち夫婦の若かった頃を思い出してしまいます。
子供を育てながら、プロの職人として自己流で鞄作りを夫婦でつづけるのは、色々な壁にぶつかります。今考えると、ぶつからなくても良かった壁もたくさんありました。
高田夫妻もこれからも色々な壁にぶつかり、乗り越えて前に進んでゆかれることでしょう。そんな時私たちが少しでもお手伝いできれば幸いです。

ル・ボナーではフルオーダーは顧客の仕事で手一杯なので、新しいフルオーダーは休んでいます。小物は定番商品のみでフルオーダーはやっていません。そのためお断りするケースが多く、せっかく来店していただいたお客様の希望をかなえられないことがあります。そんな時バゲラさんであれば安心して紹介することが出来ます。良い仕事をされているから。

個人でモノ作りをする上で、ハンデのある地方都市。そんな地方都市、神戸で独立系の鞄職人、高田夫妻、靴職人の鈴木君など若い才能が育っています。一緒に刺激を受けながら、切磋琢磨して神戸が独立系職人が多く集う町になり、イタリアのフィレンツェのような町になればなんて素敵なことでしょう。

人は多くの夢を自分の人生の中に描きます。一生懸命生きていれば、その中の大事な何個かの夢はかないます。かなうようにしなければいけません。夢を現実にするため、一歩一歩着実に進んでゆきたい。

2006年3月 4日

ランゲ・アンド・ゾーネの時計

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ドイツ時計の最高峰ランゲ・アンド・ゾーネのランゲ 1 です。
私のブログを読んだお客さんが、私の時計好きを知り、見せていただきました。
私の財力ではまず買えない時計を実際に触って、間近に見れて、感激、感激です。
機械式時計は職人の緻密な仕事から生み出される絶対美を見ることが出来るので好きです。

お店を出して良かったと思う一つに、お客さんが持たれている良い物をたくさん見れるということがあります。古き良き時代のヨーロッパの鞄もたくさん見ることができたし、憧れの車たちに乗ることもできたし、大好きな時計も見れます。お店を持っていなければ、そういう品々に接する機会はこんなにはなかったと思います。所有物でなくても、良い仕事をしている品に接すると心臓がドキドキします。

そのお客さんに、メンテナンスに出しているランゲのダトグラフが6月に戻ってきたら見せてもらいます。私は数千万円するトゥールビヨンより、ダドグラフのムーブメントの方が美しいと思っているほどで、そのマイ世界一のムーブメントを見ることができるのです。今からドキドキします。その時に私の憧れの職人、フィリップ・デュフォーが作ったシンプリシティーも見せていただける。余韻を残す、独特の音色を聞くことができるのです。
私はこの二つの時計を見る日、感動で泣くと思います。

ここの所、時計を見る機会が多いのですが、気になっている時計があります。
横須賀駅前にある3代つづいた老舗の時計屋、太安堂のスイスのミネルバ社で作ったオリジナル時計です。この時計がいいのです。裏はスケルトンになっていて、今ではあまり見ないランゲと同じスワンネックを使っています。値段もがんばれば買える値段だったので、欲しいと思いました。でも製造をやめており、在庫もないそうです。残念です。今度東京に行く時には横須賀まで足を伸ばそうと思っています。太安堂のような気合の入ったお店は行って実際に見てみたい。
taianndou.jpghttp://www.taiando.com/index.html

2006年3月 2日

棒屋根ボストンバッグ

棒屋根.jpg
昨日雨の中、九州から来ていただいたお客様がこのボストンバッグを買ってくださいました。
私にとって特別思いいれの強いデザインの鞄です。ル・ボナーを代表する鞄でもあります。
このタイプの鞄の名前は、日本では棒屋根鞄といい、イギリスではハンティングキットバッグと呼ばれています。ファスナーがなかった頃の、トランク、大割れ(ブラッドストーン)などと並ぶ、代表的な旅行鞄です。

この鞄を作りたいと思った時、まず最初にぶつっかた問題はトップに使う金具です。日本製ではいいものが見つからず、海外の金具のカタログから、フィレンツェの老舗金具屋、OBIのものを見つけました。
当時、インターネットも普及してなくて、知り合いの商社を通して個人輸入しました。まとめて買わなければならず、まだまだこの棒屋根の金具の在庫はあります。独立系鞄職人は良い金具の入手では特に苦労します。

表に見えるステッチはベルト以外は手縫いです。手縫いにこだわっているわけではないのですが、この鞄の場合は強度をだすために必要でした。ベルトを通すループはゲタを履かしています。手間なのですが気に入っていて、ル・ボナーの価格帯の高い鞄にはそうしています。

この棒屋根鞄は重くて、使い勝手の悪い鞄です。ル・ボナーでも年に1.2個売れるくらいです。
それでも、この鞄は作り続けます。あるライターが鞄を特集した本の中で、棒屋根鞄を評して下記のように書いていました。

今回の取材を通じて、非常に沢山のカバンを見る機会を得たが、そんななかでもっとも印象に残ったものがこの棒屋根型のカバン。カバンというものが、その革や金属や布の覆いのなかに、人間の移動と結びついた夢や、未知の可能性への期待を包みこんでくれるものであるとするならば、まさしくピッタリのカバンであると言っても言い過ぎではあるまい。持っているだけで、自由にイメージトリップが楽しめるカバンと言ったらオーバーだろうか。

買われたお客様のお孫さんが使いつづけていたら、なんて素晴らしい情景か。そんなことを想像しつつル・ボナーの棒屋根鞄は九州に旅立って行きました。

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