2006年4月アーカイブ

2006年4月30日

オリジナル真鍮素磨きのバックル

真鍮削りだしバックル.jpg
真鍮の削り出しで、メッキをかけずに、素磨きのオリジナル、バックルが出来上がりました。
前のがそれで、後ろのが今までの真鍮削り出しに金メッキをかけたものです。

シルバー系(ニッケル)のメッキは簡単には剥げないのですが、ゴールド系のメッキは剥げます。
そのため、前々から金色系の金具は真鍮素磨きのものにしたいと思っていました。
真鍮の鋳物の金具を素磨きにするのは難しいことではないのですが、削り出しで作るものは大変でした。

このベルト用のバックルは今まで、真鍮の板から側面と前面を、それぞれ削りだして蝋付けしていて、メッキでなく磨きだと、つなぎ目が隠せないのです。
そのため磨きのバックルにするためには、一体で削り出さないといけないのです。手間がまるで違ってくるのです。
鋳物ではこのシャープなラインが出なくて、削り出しのほうが硬度が高いので、金具屋さんに無理を言って、がんばっていただきました。

出来上がった真鍮削り出しの素磨きバックルを見て、満足、満足。
真鍮は経年変化で色が鈍るけれど、味のある素材です。
内側の磨きが少々甘いのですが、そこまでしっかり磨くとコストがかかるそうなので我慢しました。

おそらく、真鍮で溶接せずに一体で削りだして、素磨きしたバックルを使用するのは、ル・ボナーが最初だと思います。だからどうしたと言われれば、作り手の自己満足なのかもしれません。
でも気になるところは、出来る限り満足のいく様に変えてゆきたい。
そうすることで、仕事はより楽しくなり、良い仕事につながると考えています。

金具で次に考えていることは、ステンレスで金具を作れないかと。
銀色系(ニッケル)のメッキは剥げにくいけれど、できればメッキしない金具にしたい。
シルバーは高価だのに、硬度がたりない。それに比べステンレスは硬度は充分。逆に硬度がありすぎて加工が大変です。チタンも考えたのですが、やはり価格が高くなります。
加工の問題をクリアーできれば、ステンレスはすばらしく適正な素材です。
じっくり腰を据えて、試行錯誤を繰り返して実現をめざします。

2006年4月29日

まだまだ途中

学手トチュウ.jpg
内装が出来上がりました。
次は、仕切りをまちと底に挟み込む、縫いに入ります。
クライマックスの橋の取り付け、手縫いはもう少し先になります。
シュランケンカーフに夢中な私には久しぶりのブッテーロですが、タンニンなめしの中ではとても好きな
革です。男性的な革だと思っています。
使い込むほどに、円熟味を増した紳士をおもわせる堂々とした風格が好きです。
(もちろん使い方にもよりますが、、)

型紙を出し、見つめながら手順を整理し、新たな工夫を考えているときから、胸が高まってきます。

お客様のI氏は、旅は旅行雑誌をみている時から始まる、と話しておられました。
物作りも共通するように思えます。

2006年4月27日

チャーの夢

うたた寝チャー.jpg
チャーは家での定位置で、うたた寝です。
時々寝言を言ってます。彼はどんな夢を見ているのだろうか。
彼が凛々しく、目をぱっちり開けて、いつものだれたお座りではなくて、ちゃんとしたおすわりをする時間があります。

松本家のマイホームは3LDKのマンションで、少し変わっているとしたら、リビング、ダイニングには何も置いてなくて、畳の6畳間にすべて集約しています。長方形の堀コタツを中心に、テレビも、パソコンとその周辺機器を設置している机も、チャーの安楽ソファーも、本棚も、この6畳間にあります。昭和40年代の家族団らんをイメージして、そうしました。
家に居る時は、チャーを含めて家族みんな、だいたいここに集まっています。

当然食事もこの6畳間のコタツでします。
チャーがお座りした時の目線の先の同じ高さに夕食のお皿が並びます。
その時だけ、しつけの良い犬に変身します。定位置はハミの横。食い入る様に,微動だせず、お皿のおかずを見つめています。
それに負けて、ハミはチャーにおすそ分け。
ビーグルは食べ物への固執が特別強い犬種だと言われていますが、チャーは特別です。
その結果、彼の体重は小型犬のビーグルとしては、あってはならない20キロオーバーです。そのため年に一度の注射も高くなりました。

ル・ボナーの親しいお客さんが飼っているジャック、タッセル、テリアのカノンちゃんが5匹赤ちゃんを産みました。今飼っていただける人を捜しています。生後1ヶ月ちょっとです。
映画のマスクで有名になった犬種で、マツダのプレマシーのCMにも出ている、人気の犬です。
子犬を抱いてしまうと飼いたくなるのですが、チャー1匹でテンヤワンヤしている私たちには2匹は無理です。

生後1ヶ月.jpg  5匹の赤ちゃん犬.jpg

夜、家路の途中、わぁー可愛い子犬のシェパードと言いながらおばさんが近づいて来ました。チャーを見て何だビーグルかと言ってそのおばさんは去って行きました。ビーグルで悪かったな。失礼なおばさん。
当然、チャーは島一番の良く響く吠え声で威嚇しつづけました。

2006年4月25日

ペーパームーン・ポシェット

ペーパームーン・ポシェット.jpg
ソニー・ファミリークラブの通販で、松本佳樹の名前で、5月中旬から発売する新作のポシェットです。
40代以上の女性に持ってもらうことを意識してデザインしました。
素材はフランス・デュプイ社にオリジナルで作ってもらったカーフを使っています。手袋や衣料用に適した、質感の柔らかな軽い革です。クロームなめしの革ですが、使い込むと良いなじみをします。

ソニー・ファミリークラブで販売している鞄は、私たちがデザインし、サンプルを作り、安心してお願い出来る、丁寧な仕事をする職人さんに量産を頼んでいます。
ソニー・ファミリークラブさんとは4年ほどつづいています。最初はミセスという雑誌にル・ボナーの記事が載ったのを見たファミリークラブの担当者が、ル・ボナーに直接来られて、それ以来のお付き合いです。
これからも、良い刺激になるので、つづけていきたいと思っています。

神戸の片隅で、細々と鞄を作っている私たちにも、国際情勢が影響するのだと思った出来事がありました。
ここ数ヶ月、フランス・デュプイ社の革が入荷しなくて、大変困ってます。
デュプイ社に問い合わせてもらうと、フランスの雇用制度の問題で、社員の半分以上が抗議のデモに参加していて、革の生産が遅れに遅れているとのこと。フランスの雇用問題が、私たちの仕事に影響するとは思いもしませんでした。待ってもらっているお客さまにご迷惑をおかけしています。
ユーロも高くなっていて、ヨーロッパ皮革を使うのは大変です。
でもヨーロッパの良い革を使いつづけます。日本のタンナーが作った、良い革が見つかるまでは。

2006年4月23日

私的自動車考

外国車.jpg
今日は、お店のすぐ傍の会場で、外国車の展示会があり、お店を抜け出してちょっと見物してきました。
私は68年式ビートルを手放す気はないのですが、普通の車も欲しいと思っています。
ビーちゃんは家族の一人で、移動のためにもう一台。
普通に走る車が1台あればそれで充分ではないかと言われれば、ごもっともなのですが、無駄な所有欲だと笑ってください。分かっているのですが、この我儘な欲求は捨てられないのです。

私が自動車に求める最も重要な要素はインテリアです。コンパクトに収まっていて居心地の良い空間。シートその他が質感のある革で仕上がっていて、上質な包まれ感のある空間。
理想はマセラティのクーペです。上質の革に包まれた空間は絶品です。しかしマセラティはあまりにも非現実的です。誰か乗っている人がいたら、載せてもらいたいな。

アルファ147が気になっています。今日もドライバーズシートに座ってみました。
革シートの質感と包まれ感のあるコックピットは絶品です。
去年、アルファ147が欲しいと、家族会議にかけたところ、娘はセミのようなフロントマスクがイヤだといい、ハミは安心して載れないイタリアの車はイヤと2対1で却下されました。
ハミが美しいと言っていたジャガーXJにも座ってみましたが、家の応接間のようなインテリアは私の好みではなく、そのうえ広すぎて包まれ感がない。その前に値段が、私の欲しいアルファの4倍近く。
革も贅沢に使っているのですが、顔料がいっぱいのった私の嫌いなタイプの革。これではいけません。
それに比べ、アルファの使用する革は手入れ次第で、良い艶がでてきそうで、経年変化を楽しめそうな革です。ランボルギニーが使っている革と同じだと思います。

調べてみると、アルファを作っている工場は、イタリアの物作りを一手に担っている北イタリアではなくて、美味しい料理と、仕事ほどほどで井戸端会議をする人たちしかいないと思っている南イタリアのナポリ近郊にあるのです。
アルファの営業マンは、この車は問題は多々あるけれど、面白い車ですよとセールスする。日本車のセールストークでは、決して言わない、割り切った言葉。
怖いもの見たさに似た魅力?も含めてアルファ147は面白い。

アルファ147の1600ccMTにオプションでタン色の革のタイプがいい。
マイナーチェンジをしてセミのような顔ではなくなった( 私自身は残念な事 )ので、もう一度へ理屈を考えて、家族会議に提案してみようかな。
イタリアおやじに憧れる私には、あのエンブレムが魅力なのです。
ル・ボナーの常連のお客さんと一緒に見に行ったのですが、アルファのエンブレムの絵柄はすぐ剥げるんだそうです。そうなのかぁー、でもそれもアルファ・ロメオ。

2006年4月21日

心の充電

06,4,20仕事机.jpg
ここに住んで14年、私たち夫婦は何度かの引越しを繰り返しましたが、この地が一番長くなりました。これからも、鞄を作りながら、この窓越しの風景を見続けます。

仕事に追われていると、見えなくなることがあります。
仕事場が一番居心地が良いはずなのに、その事が見えなくなる。
鞄作りをしている時が一番楽しいはずなのに、感じなくなる。
それではいけません。新鮮にそれを再確認したい。
私たち夫婦は、もう少し仕事が落ち着いたら、季節に一度一週間ほど休みをとって、美しい日本を旅しようとハミと話しています。
人は心の充電をしないと、気力も感受性も鈍ることが、この年になって感じてます。

ハミは海外の都市をダイジェストで旅するより、まだ見ぬ美しき日本を感じたいと言う。
ハミの希望を尊重したい。目的は自分達の居場所を、楽しみながら再確認することだから。

鞄職人として、やらなければならない事は、まだまだあります。
その事を、感受性豊かな美しい日本が教えてくれるような気がします。
体力が昔ほどなくなった分、経験とリフレッシュした感性で鞄職人としての明日に進んでいかないと。

窓越しに見える木々は新緑が芽吹いてきました。
淡い緑色は、老い始めた脳に活を入れてくれます。

2006年4月19日

村田ご夫妻との出会い

スタジオT&Y.jpg
私が鞄職人として独立して間もない、20代半ばの頃、10歳年上の村田ご夫妻と知り合いました。
その頃村田ご夫妻は、国立で自分達で作った革製品のショップを開いておられました。今は自分達の好きなインディアン・ジュエリー中心のお店に変わりましたが、30年近く村田ご夫妻のお店は内装を何度か変えながら、今も個性を放って国立の街になくてはならない存在としてあります。

今はスタジオT&Yという名に変わりましたが、出会った当時はホワイトホエルという名でした。
その当時、私の仕事場兼自宅が府中で近かったので、頻繁にお伺いしていました。
まだまだ職人として未熟だった私は、多くの事をご夫妻に教えていただきました。
初めて聖跡桜ヶ丘にお店を出せたのもご夫妻の紹介だったし、ファーラウトという夢のような職場を世話していただいたのもご夫妻でした。
村田ご夫妻の、さりげない心遣い、私たち夫婦は今も感謝の気持ちで思い出します。

去年、久しぶりに村田ご夫妻にお会いしました。15年ぶりです。
ご夫妻は、昔のままです。お店もご夫妻の個性を感じる、居心地の良いショップです。違いと言えば、ワンちゃんが3匹も我が物顔でいることで、それもまたご夫妻らしい。
ご自宅に泊めていただき、朝方まで色々な話をしました。
15年ぶりに会うのに、全然違和感なく、昔のまま。優しい時間を過ごさせていただきました。

私たち夫婦は、村田ご夫妻のように、自由で柔らかく生きたいと常々思っています。
軽やかで変なこだわりは持たない生き方。なかなか真似できません。

中央線の沿線で、一番お洒落な国立の街で、スタジオT & Y は村田ご夫妻の個性を表現しつづけています。

2006年4月17日

薄いポーチ

ラウンドファスナー、ポーチ.jpg

ラウンドファスナー、ポーチ内側.jpgこのポーチはお客様の注文で作ったモノですが、常々、薄みのセカンドポーチで、さりげなくビジネスマンが持てるものを考え悩んでいます。
私としては、薄いセカンドポーチのほうがお洒落だと思っています。
試行錯誤の繰り返しの中から、ル・ボナーらしい無駄なものをそぎ落として、薄いセカンドポーチを作りたい。しかしこのポーチではないのです。
セカンドポーチは、求めるユーザーの希望に沿うために、マチ幅のある形になりがちで、その方が売れます。しかし紳士が持つ時、バランスがいただけない。
紳士が持って、さりげなく豊かさを感じれるアクセサリーのような薄いセカンドポーチ。
今、セカンドポーチは人気のないアイテムなので、なおさら作りたい。

多くの鞄は、今までにあった鞄をアレンジすることから生まれます。その繰り返しの経験からオリジナルなものも生まれてきます。過去にあった鞄を反芻せずオリジナルのデザインの鞄を考え出そうとすると、無理がある鞄になってしまう事が多い。無理のないオリジナリティは時間がかかります。
しかし鞄は私の自己表現方法。これが私のオリジナルだと言える鞄だけでル・ボナーを表現したい。
しかしまだまだです。試行錯誤はこれからもつづきます。

2006年4月15日

ほんとに大事なもの

テンチョウ.jpg

転勤で、大嫌いな関西で1年半居て、頻繁に顔をだしていた20年来の友人の店長(アダ名)が、安住の地、横浜に戻って行きました。
彼は、私が始めてお店を持った、多摩の聖跡桜ヶ丘のショッピングセンターで、その当時大手チェーン店の店長をしていて、お店で仕事をしている時間より、私のお店に居る方が長く、休日も若い連中と体力勝負の遊びを一緒にしていました。松本家の浮き沈み、喜怒哀楽を見てきた友人です。
1年半、店長が居てくれて楽しかった。
彼のダークグリーンのアウディTTロードスターに、オープンにしてオカマのカップルに勘違いされながら乗ることも当分出来ません。

数日前、此処久しく来られていなっかた、仲の良い老夫妻のお客様が来店されました。
ここ1年、ご主人が入退院を繰り返して、やっとこうして散歩ができるようになったとの事。
お仕事のお手をとめさせてごめんなさいね、でも会えてうれしかったと言って、奥様がご主人の手をとって帰っていかれました。
いえいえ、私たちはル・ボナーを大事に思っていただけるお客様とお話が出来ることが大好きです。
小さな幸せですが、一番大事な幸せのように思います。
また来て下さい。ダンディな老紳士のご主人とハミのことを幸子さんと呼ぶ可愛い奥様。
私たちはいつでも仕事の手を止めて、楽しくお話をしたい。

私たち夫婦にとって、一番大切なものは人との出会い。
出会いがあれば、同じ数の別れがあります。出会えた一人一人との一期一会を大切にして、固執はしないけれどかけがいのない宝物。
明日も新しい出会いが待っているのかな。

2006年4月13日

4月13日の休日

北野坂のビーちゃん.jpg
今日は休日。雨がちらほら降っていて、ビーちゃんで外出するには少しの不安を感じつつ(ビーちゃんは雨に弱いのです)出かけました。
まずは、チャーの大嫌いなオタニ動物病院に、狂犬病とワクチンの注射。案の定チャーは恐怖で金縛り状態でした。

その後、前から一度は顔を出したかった田中ミシンさんへ。
田中ミシンさんは新品から中古まで多くの工業用ミシンなどを扱っておられて、修理調整に定評があるミシン屋さんです。手入れの行き届いたマシーンが並んでいて、気持ちの良いお店です。70歳代の社長ご夫妻も下町の良い味がにじみでてます。
今では生産されていないミシンを捜していただくお願いをしてきました。倉庫の奥にあったコンパクトでクラシックな箔押機も手に入れたいな。

その帰り道、北野坂にあるインド綿を使って、オリジナルの婦人服を売っているSATORIへ。
ハミはこのお店の洋服が気に入っていて、コムセギャルソン風の洋服を10分の1ほどの価格で数枚買いました。その間一時間、私とチャーはビーちゃんでお留守番。

ケルンのパン.jpg
ケルンでパンを買って、家で遅い昼食。
神戸はほんとに沢山パン屋さんがあります。全国区のパン屋さんも多く、レベルも高いです。
そんな中で、私はケルンのパンが好きです。異論はあると思いますが、私はケルンです。
肩肘張らずに、能書き言わずに優しいパンを作っているケルンが一押しです。
特に、ここのコッペパンは美味い。コッペパンが美味いと思ったのは、府中刑務所の近くにあったパン屋さん以来です。
今日は、私の大好きなコッペパンの間にごぼうサラダを挟んだサンドが売り切れていて残念。

神戸での私たち夫婦の休日は静かでゆったり過ぎて行きます。

2006年4月11日

私の居場所

店長の椅子.jpg
私はよほどの事がない限り、休日でも仕事場に来てしまいます。
製作を始めると、ずぼらな私は道具など全てを身近なところへ置くため、
スペースが狭まり決してきれいではないのです。
研究所からの払い下げの机、古びた安い椅子。
でも、ここが私のいちばん居心地のいい場所です。

以前、古くからの友人と主人の三人で海辺のレストランで昼食。
優雅に飛び交うかもめを見つめながら、誰とはなしに、何とはなしに、しあわせの話になりました。

友人は「ハミさんのしあわせは簡単さ。自分の作った鞄がお客様に喜んでもらえることだろ!」って。
解ってくれてるうれしさと、初心を再確認できたことで、より一層製作が楽しく、
自分の居場所を大切に思っています。

この椅子は、その友人が転勤で神戸に住むことになり、用意したものです。でも、
彼はもうすぐ、彼のいちばん居心地のいい横浜へ、
桜の花びらと共に戻ってゆきます。
この椅子は、彼が留守の間、いま愛用しているこのバックの居場所になります。
そして、今度来てくれるときには、
彼の大切な人のための椅子を、もう一脚用意することになるでしょう。

続きを読む: 私の居場所

2006年4月 9日

フィリップ、デュフォーさんとパパス・ショルダー

デュフォーさんとパパス.JPG
ライターのNさんからメールが届き、今バーゼルの時計フェアーの取材でスイスに行かれているとの事。
私の憧れの独立系時計士のフィリップ、デュフォーさんがル・ボナーのパパス、ショルダーをかけている写真が添付してありました。ミーハーの私はワクワク、どきどき、単純に嬉しくて、ニコニコ。

フィリップ、デュフォーという独立系時計士の名は、NHKでアントワーヌ、プレジウソさんと二人の違った形の独立系時計職人の日々を綴った特集番組を見たときから、私にとって、尊敬する職人となりました。
彼のもの作りの姿勢は清く純粋で、モノを作る職人すべて(私も含めて)に、本来あるピュアーな美しい喜びを思い起こさせてもらえます。

デュフォーさんは、作っているシンプリシティーが、2009年まで予約の生産で手一杯で、新作を作る余裕がないそうです。嬉しいことですが、新作を作るということは、作り手にとって大きな楽しみだし、ファンのひとりとしては、デュフォーさんの新作が見てみたい。

ライターのNさんは時計の取材で、年に何度もスイスやドイツに行かれます。そのたびにメールを送ってくださり、私のツボをつく写真を添付してくださいます。今回もスイスに旅立つ前に、パパス、ショルダーの良い写真を送りますねというメールがあり、この写真。
最高のプレゼントです。
今度、神戸に来られた時は、富の絶品、鳥鍋をご馳走しますよ。

それにしても、パパス、ショルダーいい馴染みをしています。近年でのル・ボナーの鞄の中では最大のヒットです。

2006年4月 8日

マイ腕時計 探し中

時計カタログ.jpg
私は時計には全然興味がなかったのですが、ル・ボナーに来店されるお客さまの腕時計を見る機会が何度とあり、素晴らしい時計にはその中に職人が作り上げた小宇宙を内包していることを知り、今では時間があると、カタログを見たり、雑誌をみたり、インターネットで調べたり、実物を見たりしながら、マイ腕時計探しの毎日です。

時計が欲しくなったターニングポイントは、雑誌の取材があり、その時カメラマンの方が付けてられた腕時計が魅力的で、その時計がドイツの独立系時計士のヨルク・シャウアーのもので、値段もがんばれば私でも買える値段だったのです。
それまで独立系時計士と言えば、フィリップ・デュフォーやアントワーヌ・プレジウソしか知らず、私には高価で手の届かないものとあきらめていました。
その日から私の時計探しに火がついてしまいました。私でも買える気に入った時計がきっとあると確信しました。

最初はクロノのような派手な時計に興味をもち、調べれば調べるほどシンプルな3針の時計の美しさに魅了されてゆきました。
どんな時計が欲しいのかを考え、贅肉は削ぎ落としてゆきました。最後まで残ったシースルーバックという希望も捨てた時、私を満足させる時計が見えてきました。
お金がちょっと足りないので、小遣いを貯めて今年の暮れには買います。

時計屋さんに買いに行き、その時計を手渡される前に、お店の人に頼んで時計の裏蓋を開けてもらおうと思ってます。2度と見ることのないその時計の美しいムーブメントを、しっかり脳裏に刻むために。そしてその時計は私の時を刻み始めます。手巻きの地味な3針時計、しかし今の私にぴったしの等身大の時計。満足、満足、これで決まり。無理していなくて良い感じです。

2006年4月 6日

桜の季節

桜のトンネル.jpg
遅ればせながら、神戸もやっと桜が咲き始めました。
関東はもう散り始めていると聞いています。関西の春は関東より遅く始まったようです。
六甲アイランドは、生まれて20年弱の街なので、桜の木はみんな小さく桜の花のトンネルもまだまだですが、10年、20年と経った時、私たちの思い出とともに成長して、立派な桜の花のトンネルになっていることでしょう。

六甲アイランドは住宅街を囲むように一周5キロの遊歩道が整備されています。遊歩道には色々な木々や花が植えてあり、四季それぞれに目を楽しませてもらえます。
その道を、散歩やジョキングを日課にしている人がいっぱいいます。
今は桜とユキヤナギが目立つ遊歩道です。

この街は、関西では一番外国人が多く住む街だと思うのですが、エトランゼたちは日々の生活を楽しむ名人です。今居る場所で精一杯楽しもうとする姿勢は、街を彩ってくれます。
野外で遊ぶ子供たちもカナディアン・スクールの子たちが、街の中で目立ちます。

そんな六甲アイランドに住み、お店を開いて14年になります。
ここは商売するには厳しい所ですが、神戸の中心の繁華街の三ノ宮、元町の喧騒から距離をとった位置にあり、そのバランスが絶妙なのです。高級住宅街のある山の手は、庶民には歳をとると坂道が厳しそうで、この人工島が住み良い。
10年、20年後もここに住み、お店を続けたい。その頃には、立派になった桜の花のトンネルを私たち夫婦は散歩しています。

2006年4月 4日

大正時代のケースの復刻

カラー入れ外.jpg        カラー入れ内.jpg
戦前の旅する紳士は、ワイシャツはスタンドカラーで、襟だけは何枚も交換用に持ち,旅をつづけました。
上の写真は、その襟を入れるカラー入れです。
欧米では丸い筒型のものしかないのですが、日本ではこのような馬蹄型のカラー入れも作っていました。この形は日本独特で、正面には帯締めのようなひっぱりもデザインされています。ケースの内側の中央はカフス入れになっています。
手のかかった、この日本独特のカラー入れを、現在に甦らせたいと思い、下の写真のハンドバッグ、ジャポネを作りました。手縫いでないとこの形は作れないので、お値段は高めになってしまいますが、歌舞伎やクラシックのコンサートに行くご婦人をイメージして作りました。
ジャポネ.jpg
日本の戦前の鞄職人の仕事は素晴らしい。無名の名人鞄職人の技術を見つめ直し、継承してゆきたい。
戦前のトランクを分解してみたことがあります。トランクは厚ボール紙に革を貼り込んで、口元に鉄の枠を入れて、手縫いで作るのですが、日本製のトランクの場合だけ、革と厚ボールの間に新聞紙を大和糊で何枚も貼り、強度を高めています。そういった手間をかけているトランクは日本のものだけです。そういった見えない手間をかけた戦前の日本製トランクは平成の今でも古道具屋に存在します。欧米製の戦前のトランクは現存するものは少ない。消費社会の現代に逆行して、末永く使ってもらえる鞄を、戦前の日本の鞄職人のように作ってゆきたい。

2006年4月 2日

ラウンドファスナー長財布製作中

ファスナー長財布.jpg
今、ラウンド財布の製作中です。この財布はバックオーダーを一杯いただいていて、やっとオーダー分は作り終え、今は店のストック分を作ってます。この財布はハミも使っていて、レシートとかカードを沢山入れる女性には絶大な支持を受けている財布です。
シュランケンカーフを使って、写真のライムグリーン、トープ、チョコの他、オレンジ、ジーンブルー、紫、ゴールド(茶)も作っています。
3月は一番革小物が売れる月なのに、ル・ボナーでは在庫が底をついています。生産計画が甘かったと反省しつつ、遅ればせながら小物作りの毎日です。

小物を作る時一番の要所は割り漉きです。割りとは革を平均して薄くすることで、漉きとは革のふちだけを削ぐ工程です。
財布などの場合革を0,3ミリに割って、その薄さの部品のふちを斜めに漉くという作業もあります。鞄の場合は割り漉きは自分達でやってしまうことが多いのですが、小物の場合は割り漉きを専門にしている職人さんに頼みます。
数年前まで小物の割り漉きは東京の浅草にある割り漉き名人といわれていた職人さんのところに送っていたのですが、遠くて細かな指示ができにくいことと手間がかかるので、今は知人に紹介してもらった大阪の西成の山西さんという職人さんにお願いするようになりました。
夫婦二人だけで割り漉き専門でやってられるのですが、お願いした割り漉きが出来上がってくるたびに誠意のある丁寧な仕事に感動に近い感謝を感じます。
山西さんに頼むようになってから、あとの作業が2工程ほど必要なくなり、小物作りがスムーズにいくようになりました。割り漉き後の作業をする人が少しでも楽につくれるようにと配慮した山西さんの仕事は、その後の作業をする私に心地よくバトンタッチされます。

素晴らしい仕事をする山西さんは決してそのことを自慢しません。丁寧で気配りの行き届いた仕事を淡々とこなしていく。私が無理な要望をしても嫌がらずにこなしていただける。山西さんは私にとって日本一の割り漉き職人さんです。
良い仕事を受け渡されたわたしは、良い仕事で終わらさないと。そんな仕事のリレーは気持ちが爽やかです。

0,3ミリに割った革は紙のようにかんたんに破れます。しかしそれを2枚貼りあわせると薄いけれど凄く丈夫になります。0,6ミリの一枚革より何倍も丈夫で耐久性を増します。
小物を作る時は、ル・ボナーではそれを多用します。丈夫で出来るだけ薄い革小物を作るために。 ル・ボナーの小物は裏地にも生地や合皮を使わず革を使って作っているので、普通に作ると厚くなるので、工夫します。
その時、精度の高い割り、漉きの技術が必要で、山西さんという職人さんに出会えて幸いです。

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