2006年8月アーカイブ

2006年8月30日

取っ手の裏をご覧あれ

贅沢取っ手.jpg
ハミは取っ手の裏にデュプイ社のチェルケス(エルメスではボーグレネクシュベールと言う名で使われている革と同じ)を貼ります。
一般的には手縫いする部分だけ伸び止生地を貼って伸びるのを防ぐのですが、ル・ボナーでは2枚の革を貼り合せて伸びるのを防ぎます。その裏に貼る革にハミはチェルケスを使うのです。
せめて国内なめしのステア革を使えばと私は忠告するのですが、この革が一番伸びが防げるからと使い続けます。それも今回は、5年ほど前にチェルケスを初めて日本に輸入した時の革で、現在日本に輸入されているチェルケスより数段なめしがしっかりしている、私が革マニアコレクションの一枚として残しておいた明るい青色の最後の一枚なのです。

いくらなんでもこの青のチェルケスを、完成すれば見えなくなる部分に使うことはないだろうと言うと、革棚にある革で一番しっかりしてたからと平気です。
彼女には私のように物欲は強くありません。ただ革の裁断、革の使い方はメチャクチャ贅沢です。きっとエルメスの基準より贅沢な革の裁断、使い方だと思われます。

数年前だったら、こんな贅沢は許さなかっただろうけれど、今は二人だけなのでまあ良いかという感じ。私も逆に影響をうけ、ここのところ取っ手の裏にチェルケス使ってます。
ただ付け根の部分を手縫いするものだけ。スタンダードな手縫いしない取っ手の裏は国内のステア革です。時々カーフも使いますが、ヨーロッパのカーフを使うなんてとんでもない。

ハミが裁断する時は見張っていないといけません。ただ見えないところによい革を使うと出来上がったカバンが特別豊かな表情をみせます。材料費がかさんでもまあいいかと思ってしまう私です。いけない、いけない。

2006年8月28日

アンティーク時計

1960ロレックス.jpg
ル・ボナーのお客様がつけてられた、1950年代初頭のロレックスです。
親しくしているイギリスのアンティーク時計ショップに良いコンディションのロレックスが見つかったら連絡してもらうように頼んで、3年ほど前に購入した時計だそうです。

ケースや文字盤からは、これがロレックスだとは分からず、聞くとイギリス仕様のロレックスだそうです。
上品で控えめだけれど目立っている時計。イギリス人のセンスの良さを感じさせる一品です。古伊万里のような、上品な時計です。

私はアンティーク時計に魅力は感じていたのですが、怖くて手が出せないでいます。
車で、信頼のおける整備士と知り合うまで、無駄な出費と苦しみを味わった経験から、時計で同じ思いは味わいたくないと言うのがその理由です。
信頼のおける業者さんと時計の名修理人に出会えたら、アンティーク時計趣味にいっちゃうでしょう。
しかし今はまだこんなに魅力的な時計を見せられても、躊躇します。

シーマスター.jpg
1960年代の初期のオメガ・シーマスターです。
若いお客様が、京都の骨董市で3万円で購入されたもので、
手始めにこのあたりが良い感じと思うのですが、やはり信頼できる時計修理職人に出会えてからです。そんな主治医が見つかったら、時計趣味はもっと豊かな楽しみを持てます。

私は大量生産多量消費の社会のサイクルに否定的です。
そのモノを愛せば、いつまでも使いつづけたいし、作ったモノには責任を持って、お客様が使い続けたいと思い続ける限りバックアップ出来るモノ作りをしたい。
良いモノは、時間に淘汰されながらも残ってゆきます。

現代社会は、文明が発達すると、反比例して文化がしぼむと言っていたお客様の言葉は真実を言い当てていると思った今日この頃です。

2006年8月26日

聖跡桜ヶ丘

ボンド貼り機.jpg
23年前に購入したボンド貼り機です。
一時は毎日のように使っていた機械ですが、今は月に一度ベルトをまとめて作る時しか使わなくなりました。毎日のように使っていたころにはモーターから煙を出した事もありましたが、今でも元気にがんばってくれてます。
道具や機械たちは私たち夫婦の浮き沈み人生を共にがんばって来てくれました。


23年前、私は東京の京王線沿線の聖跡桜ヶ丘に始めてお店を出しました。
ショッピングセンター内の4坪ほどのお店でしたが、私たちの夢のお城でした。
国立の村田ご夫妻に紹介していただき、ラグビー仲間の工業高校出で、一生懸命勉強して一級建築士の資格をとったばかりの友人が、材料費にもならない10万円で内装、電気
系をやってくれました。

その友人は、我々草ラグビーチームのキャプテンで、口数少ないけれど、先頭に立って苦しい練習をすることでチームをひっぱる男でした。仕事でも前向きな人間で、一級建築士の資格を取ったあとも他の資格をとるため、夜間の専門学校に平日は通っていました。
そんな自分を厳しく律する友人は、30歳を少し越えた時急死しました。愛する奥さんを残して。私の50年の人生の中で、一番悲しい死でした。

技術的には、まだまだ素朴な手作りカバンの域を出ていない製品しか作れなかったけれど、お店はそれなりに順調でした。
まだ若かった私たち夫婦のお店には、10代から20代になる多感な若者たちが多く集まりました。私たちと一回り歳が違う若者たちです。将来に対しての不安と希望、恋愛の喜怒哀楽、そんなこんなを見た、今は40歳を前にする友人たちとは、今も久しぶりに会ってもあの頃と同じに話せます。

久しぶりにジブリのアニメ”耳をすませば”を見ました。私の大好きなアニメです。
”耳をすませば”の舞台は聖跡桜ヶ丘近辺です。ショッピングセンターのお店の大きな窓からは地球屋のあるいろは坂の上の、多摩の高級住宅地が見えました。
雫と聖司のような、他人の責任にせずに、内なる自身を見つめた若者たちが私たち夫婦のお店に集いました。地球屋は今でも私の憧れのお店です。

この映画を見ると、私の聖跡桜ヶ丘での20年ほど前の日々が思い出されます。
8月23日で50歳の大台に突入した私は、聖跡桜ヶ丘のスクエアーのアウム(当時の店名)に集ったみんなに会いたいと思います。
聖跡桜ヶ丘の始めてのお店は、私の大事な思い出です。

2006年8月24日

新プロジェクトの準備

プロトウエブ.jpg

年末に揃い踏みして、発表しようと考えている新シリーズのカバンたちのプロトタイプの製作も佳境に入りました。後2点カバンを作ってその後、小物たちを作れば形は見えてきます。
細部の型紙修正を加えながらのサンプル製作のため、時間がかかります。
何か違います。決定するまでにはまだまだ煮詰め込まないといけません。試行錯誤の繰り返し。

ル・ボナーのカバンは基本的にネットでの販売はしていません。実際に見て触って購入して欲しいという趣旨からで、これからもその方向でいきます。
ただ今回の新シリーズは別で、東京堀切の猪瀬さんのフラソリティーのスタッフに本生産をお願いしてネットで販売する予定です。フラソリティーとル・ボナーの共同作業です。そこにル・ボナーのホームページを作ってもらっている印刷屋さんが加わった、私にとっては責任の重いプロジェクトなのです。

良い素材を使って、日本のカバン職人が負担なく楽しく作れて、そのカバンを手頃な値段でお客様に提供する方法はないかと考え、始めることにしたプロジェクトです。

このプロジェクトが予想どうりの順調なスタートをきり好評であれば、お客様の希望を聞きながら、このシリーズの新作を毎年増やしていきたいと考えています。

私の希望としては、経年変化が楽しめてカジュアルなカバンはこのシリーズが担って、ル・ボナーのメンズはもうひと手間かけたカバンに移行してゆこうと思います。
数日前、お客様が見慣れないカルティエの大ぶりのショルダーバッグをお持ちでした。バックスキンの革の表裏を上手にコンビネーションしたそのワイン色のカバンに、一昔前のディルボーやロエベが創造していた、上等なカジュアルのセオリーを見ました。
高級カジュアルのセオリーを守りながら、ル・ボナーのカジュアルを創造できたら、なんて楽しいことでしょう。シンプルなデザインで贅沢に革を使い、金具は最小限に抑え、丁寧な縫製。
ここのところ巷では、そういうカバンを見ることが少なくなりました。きっと作っても売れないと思うけれど、豊かなんです。そんなカバンが並んだル・ボナーを想像するとワクワクします。
でもその前に、目の前の仕事こなしていかないと。

2006年8月22日

醤油味比べ

醤油味比べ.jpg
醤油の味比べをしました。
小豆島で丹波の黒豆を使って天然醸造で作ったヤマロクの菊醤(きくびしお)。この醤油はテレビのどっちの料理ショーの厳選素材として紹介された、気合のいった一品。
それと醤油の聖地?和歌山の湯浅の天保12年創業の老舗、角長の火入れしてなくて保存がきかない濁り醤(にごりびしお)と火入れして保存がきくようにした手作り醤油(もう少し気の利いた名をつければ良いのに)。コレも両方天然醸造。
それとスーパーでも売っている寺田家の有機さしみ醤油(本醸造)。あと普通の市販醤油。

なめてみると確かに違うのです。
菊醤は爽やかな旨みがあり、突出したところがなくてまろやか。濁り醤は日本酒のような、みりんのような独特の香りがして既存の醤油とは違う。手作り醤油はそれに火入れしたことで独特の香りが弱くなり濃厚な旨みに変わる。
寺田家のは若干の旨みは感じる程度で柔らかな感じ。市販の醤油は他の醤油に比べて塩分が特別強い。

確かに味覚がお子ちゃまと言われる私にでも、なめてみると違いは分かります。
ただ、冷奴をそれどれの醤油で食してみると私にはどの醤油も同じ醤油に思えました。

相当な味覚の持ち主か、木の樽で発酵させ、機械を使わずすべて手仕事にこだわった作り手の思いに強く共感できる人にはお勧めです。
小豆島のヤマロクに行って直接買えば、ご主人の天然醸造の醤油にたいする熱き思いを聞くことができますし、湯浅の角長に行けば、古き良き時代の醤油屋を体験できます。

天然醸造の醤油は要冷凍のため、家の小さな冷蔵庫は醤油ビンがスペースを占めてます。醤油はそんなにすぐにはなくならないので、当分はこの根性の入った醤油たちと付き合うことになりそうです。

2006年8月20日

トナカイの革

tonakai.jpg
北欧で作られたトナカイの革が届きました。鹿やカリブーの革は今まで何度か使った事はありますが、トナカイの革は初めてです。
革屋さんの常務の、こんな肌触りの良い革は初めてだという言葉が、私の革マニアの琴線に触れ、使う予定のない革を購入してしまいました。
届いて触ってみて、感動しました。こんなに柔らかくてしっとりとした感触は始めてのものです。
しかしこれが値段が高い。高くて製品にして市場に出すには厳しい。手作りの工房で一点作りで作るところしか使えない。それも柔らかすぎる革だから、作る工房も制限される。

ル・ボナーが取引しているサライ商事という革屋さんは、世界から色々な革を仕入れてきます。
日本でヨーロッパの高級皮革を使っているところは大部分この革屋さんと取引しています。日本を代表する、ヨーロッパの高級皮革を扱う革屋さんです。

多くの革問屋が在庫を極力持たない商売をする中、サライ商事はアメリカ原皮を日本でなめした革の2倍から3倍するヨーロッパの高級皮革を一杯在庫していて、見に行って楽しい。革好きのワンダーランド。
日本の皮革業界の中で、売り上げ高とは関係なく、特別な存在感を持った、革を熟知した革屋さんです。

サライ商事の常務が担当する取引先は、取引金額とは関係なく、扱い難い問題児を担当しているそうです。酔った勢いで言ってました。私もその一人だそうです。

しかし、この革屋さん。売れそうになくても懲りずに面白い革が見つかると、サンプルでヨーロッパから仕入れて来ます。常務はしっとりしたソフトな革が好きです。
そのたびに味見役で、私のところに色々な革が送られて来ます。
味見役なのだから、特別に安くしてくれればいいのに、高い請求書が後から届きます。

何度も、もっと手頃な値段の革を少しは使ってみようと考えたことはあるのですが、一度良い革を使ってしまうと、戻れません。私は高級皮革依存症のカバン職人です。

2006年8月18日

A氏のストーヴァの手巻きのアンテア

ストーヴァ手巻き表.jpg

ストーヴァ手巻き裏.jpg

エリートサラリーマンのA氏が日本では販売していない、ストーヴァの手巻きのアンテアを得意の語学力で、ドイツ本国から取り寄せ購入しました。

これが美しいのです。私の購入した自動巻きのアンテアとはムーブの仕上げがまるで違うのです。コート・ド・ジュネーブ仕上げ(私に写真の腕がないから、その仕上げの美しさを撮ることができない)で、青焼きのネジが美しく、スケルトンで見るに値する手をかけたムーブメント。私の自動巻きアンテアと同じETA社のムーブメントなのに手の掛け方がまるで違う。その上色気のあるブレスで注文して、ユーロ高のご時世でありながら込み込み83,000円。

ストーヴァのアンテアは同じドイツのノモスに似ているのですが、私の買った自動巻きのアンテアは値段が安い分、ノモスのムーブの仕上げに負けていると感じていましたが、A氏の購入したアンテアの手巻きは、正直ノモスのムーブの仕上げより美しい。その時計をノモスの半値以下で入手したのです。

私は少し嫉妬を感じました。私もこの手巻きのアンテアの方が良かった。同じアンテアなのに手巻きと自動巻きで仕上げがこんなに違うなんて反則だぁ。
でもマア良いか。私の最初の相棒になった自動巻きのアンテア。見えるムーブは丁寧な仕上げではないけれど、自作の水色のシュランケンカーフで作ったベルトとの良いコンビネーションで私らしい時計に変身してます。良い感じです。自分で勝手に納得。

時計は年々値が上がっているように思います。その時計がその値段の価値を有しているのか疑問に感じる昨今の時計価格。そんな中、ストーヴァの手巻きは対費用効果は抜群。その誠意に脱帽です。

値段に比例しない、自分のお気に入りのモノが見つけられて購入できた時、思い出というもう一つの宝物を同時に手に入れられる。その時、モノはお金では買えない大事なモノに変身します。

2006年8月17日

チャーの真夏の夜の悲劇

チャーの遠吠え.jpg
帰宅途中、子猫を3匹つれた猫親子に遭遇しました。
チャーが威嚇するのを避けるため、その場を足早に通り過ぎました。
すると突然チャーの悲鳴。見ると母猫が音もなくチャーに襲い掛かって爪を立ててチャーの背中に乗っかっているのです。突然のことでチャーは逃げ惑い悲鳴をあげ、私はその光景を瞬時には理解できず呆然としていました。

子供を連れた母猫恐るべし。何もしていないチャーに、音も立てずに後ろから襲い掛かるなんて卑怯だぞと後で思ったのですが、その時は子供が襲われると勝手に思い込んだ母猫の母性本能のすさまじさに圧倒されていました。

その場を何とか逃げ延びたチャーはビッコをひきながら、しっぽを下げて、後ろをちらちら母猫がまた襲ってこないか気にしながら、足早に家路を急ぎました。
家に帰って、チャーの体を調べてみるとあちこちに母猫の爪痕が。

チャーは猫とは相性が悪い。額に三日月型の爪傷を受けたり、今回の出来事。
体重は倍以上あるのですが俊敏さがまるで違う。なにせチャーは野生を忘れた、強がりはするけれど臆病なペット犬なもので。私にそっくりという声が、後ろの方から聞こえてきます。

2006年8月15日

ジープJ30系

J38フロント.jpg
ル・ボナーの常連客の若夫婦が購入したJ38です。東京まで行って見つけてきて、排ガス規制をクリアーするため触媒を装着して若夫婦の所有となった20年以上前に生産された車です。まるで新車のようなエクステリア、ワンオーナー車で走行距離は5万キロ弱です。こんな程度の良いJ30系は、私が20年前に乗っていたブルーとクリーム色のコンビのJ37以来見たことがありません。こんなに程度の良いJ30系を現在入手するのは奇跡に近い。

J37は2600ccガソリンでワイパーが3本、J38は2400ccガソリンでワイパーが2本という違いで、興味のない人にはどうでもよい違いです。

私は今でもこのJ30系が一番好きな車です。
経済的諸事情で、J37を手放して以後、何度か再購入を考えたことがあったのですが、私の愛したJ37より程度が劣ったモノしか見つからず、思い出の中に大事にしまって置くことにしました。

J38リア.jpg

ジープJ30系は、車としての大部分の性能が現在の車、いや私が今乗っている38年前のフォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)よりも劣ります。移動手段としては、相当な負担をドライバーと乗員に与えます。
しかし車に別の価値を見る、一部の人間には大きな喜びを与えてくれる乗り物です。
それは不思議なノスタルジー。幼児が始めて描く車の絵はこんな形の車。それが実際に動くのです。

思い出の中にしまい込んだ大事な私の宝物が目の前にあります。
私の所有物ではないけれど、こんなに程度の良いジープJ30系を見れたことが幸せです。
鉄板が厚くて、制御系にコンピューター使っていないから、楽な車に乗りたい浮気心がでなければ、一生相棒として付き合える車です。もし、普通の車に後々乗り換えたいと思った時は私が責任を持ってJ38の面倒見ますから連絡してください。

でも、ほんとに新車並の程度抜群のJ38。コックピットも良い味出してる。
時代に取り残された宝物見つけた。

J38運転席.jpg

2006年8月13日

祝ブログ”ル・ボナーの一日”200話目

ブログ200話.jpg
今回で200話になります。
ル・ボナーのホームページはあまり更新されないのでつまらないというお客様からのご指摘があり、ブログを始めることにしました。
去年の10月3日にスタートしたのですが、コンピューターとまるで縁のなかった私にとっては、新鮮な経験と苦痛の日々が始まりました。なにせ、キーボードの打ち方も理解していなかったのですから。
ホームページを作成してもらっている印刷会社の人たちには、分からないことがあると来て貰い、手取り足取りお世話になりました。いやいや今も同じようにお世話かけてます。

コンピューター関係の会社にお勤めの常連客のF氏には、ブログを多くの人に見てもらうには毎日更新と言われ、最初3ヶ月毎日更新しました。これはなかなか大変な事で、平凡な鞄職人の日々は変化に乏しく、何を書けばいいのか困った時も多々ありました。
今は1日1話の呪縛から開放され、2日に1話のペースになり、苦痛なく更新しています。
おかげさまで、ブログを始めてから、多くの方がル・ボナーのホームページに訪問してもらえるようになりました。

元々、文章を書くのは嫌いではなかったので、お客様とのコミュニケーションの一つとして、ブログを楽しく更新しています。多くの場合自宅に帰って夕食を済ましてから自宅の旧式パソコンで書いているのですが、仕事場のパソコンでも時々書いています。

多くのブログ訪問客と、コメントを投稿してくださるみなさんに支えられこれからも続けて行きます。読んでくださるみなさん、これからも長い付き合いをお願いします。
常連客のM女史には、文章が長くてお腹が一杯になっちゃうと言われますが、このスタイルが私なので、このままの文章長めのブログでいきます。
今日も暑い日になりそうです。皮革製品の販売は鈍る季節です。しかし製造は秋、冬に向けて一番がんばらなければいけない季節です。今日も1日がんばってカバン作ります。

2006年8月11日

ランドセルを背負ったオヤジ

机上の風景.jpg
親しい連中に、松本さんはランドセルを背負ったまま50歳のおやじになった人と言われました。
人の話は上の空で、自分の興味あることだけに夢中になり、社会と協調しようとせずに生きていると言うのです。

良識ある大人は、まず人の話に耳を傾け、巾のある考えや行動を吸収身につけ歳を重ねていくもの。
それに比べ、私は人生自転車操業、目の前の興味だけに必死で取り組み、大局を見ることなくいい歳になった。私の囲碁の問題点と同じ、視野が狭い。

言われなくても、分かっているのだけれど、このまま年老いていくのでしょう。
子供の頃、中間、期末テストはなんとか一夜漬けでそれなり出来たのですが、実力テストは実力ないから全然ダメ。長く続けられたことと言えば、カバン作りと結婚生活ぐらい。前者は不器用な私は、それ以外の生き方を見つけられなくて、それが功を奏した結果。結婚の方は、ひとえにハミの辛抱。

私は益々、子供の頃のように好きなことしかしなくなっています。あと人生20年か30年。折り返しました。それもハイスピードで時間が過ぎてゆきます。我儘に生きちゃいます。ただ回りの人には、出来るだけ迷惑をかけない様に配慮して。不可抗力はお許しあれ。

お盆も休みません。長期の休みは何か目的があるか病気にならない限り取らないでしょう。
週休一日で充分。カバンを作る事とお客様とお話するのは大好きな事の最たること。
好きなことしかしない私は、ル・ボナーのお店兼仕事場に居続けます。

イタリア旅行は楽しみです。子供の頃、田舎を一緒に冒険遊んだO君とのイタリア旅行。小学生だった頃のワクワクドキドキをもう一度体験出来るような予感がします。当たり前のように、多くの人が何度も海外旅行を楽しんでいる昨今。それに比べ、私たちは諸事情がその事を許さないまま50のオヤジになってしまいました。そのため特別な思い入れがあり、修学旅行の前のような、ときめきを今から感じております。そのように、私は目の前の事や楽しみだけに目がいきます。我儘なイタリア旅行をしようと思っています。

私の作ったカバンには、ランドセルを背負ったオヤジの後ろ姿を、タグ・デザインにして刻印しようかな。
ハゲおやじがランドセルを背負った後姿。気持ち悪い。

2006年8月 9日

キューブシリーズ

取っ手裏.jpg

学手が終わり、キューブボストン(中、小サイズ)、キューブ(大、小サイズ)あわせて9本製作中で、店頭にはボストン小サイズが1つ並びます。
これは、大裁ちした持ち手で伸びを防ぐため革を二枚あわせています。シュランケンカーフの裏に、デュプイ社のチェルケスを使っています。張りとこし感が、シュランケンカーフと合わせたとき絶妙なのです。
以前は主人の激怒を恐れ、目を盗みながらチェルケスの革を使用、いつも主人には「仕事でなく趣味だ!」と言われ続けたのは、採算を度外視して製作する所以なのでしょう。お前は本当に頑固だよな、とも言われ続けていますが、自分では素直だと思っているのだけれど。ファスナー口.jpg

ファスナー口の裏にも革を貼ります。開閉を繰り返すことでの歪み、よれを防ぐためです。
キューブシリーズは、見た目シンプルなゆえ隠れた箇所に気を使います。斜め漉き.jpg

キューブの内装はステアの革を使用。
マチを包み込むため、ゴロゴロ厚くならぬよう斜め手漉きはかかせません。
すべての内装がもうすぐ出来上がり、表のパーツ磨きに入ります。

2006年8月 8日

N氏のバーゼル、ジュネーブ・サロン

グラス.jpg
シュランケンカーフの水色で作ったグラスが時計雑誌のクロノス9月号に載りました。
私の時計学の先生のN氏が担当しているコラムのページで紹介されたのですが、エッセイ風な文章がすごく良くて、私は幸せです。ハミが思い入れを込めて一点作りで作ったグラスで、それが伝わる文章なのでうれしくなりました。
それと写真が綺麗。伝え難いシュランケンカーフの質感が良く撮れているのです。やはり、プロのカメラマンは違うと感心しました。ル・ボナーのホームページの写真もこんな風に撮れるといいのだけれど。

N氏が中心の一人として取材された、時計雑誌TIME SCENEvol7のバーゼルとジュネーブ・サロンの特集記事は良かった。
時計の好きな私には新作の揃うバーゼルは興味深いのですが、N氏たちの特集記事は、新作は当然紹介しながら、そこに集う人と空気を伝えようとしています。
ビジネスの一環であるのは確かなのだけれど、世界規模の大人の遊び、文化祭のような、同窓会のような。
独立系時計師の作品も、大手メゾンと同じようにバイヤーの目に留まります。資金力のない独立系時計師は一つのブースを共同で借りて展示します。ライバルでありながら同志でもあるみんな。時計職人とデザイナーが主役のお祭り。
この特集を読み進めると、それが臨場感をもって伝わってきます。
時計を地道に作り上げている人たちの年に一度のご褒美のようなひと時。それを多くの時計関係者が祝福し、ついでに関係者みんなが楽しんでいる祭典。

そんな忙しく楽しんでいる?最中N氏は、私の大好きなフィリップ・デュフォーさんとパパス・ショルダーの写真を送っていただき、感謝、感謝。

カバン業界も、日本規模でいいから、一同に集うお祭りがあればいいのになぁー。
私たち独立系鞄職人は、お金ないからグループを組んでブースを借りて展示します。
ビシネス的にも大手問屋と対等の条件を得ることができます。大手問屋も刺激を受けることが出来て、業界全体が活性化すると思うのです。
その時には、N氏に特集記事を書いてもらいたいなぁー。
そんな夢を描かせていただいた、N氏のバーゼル、ジュネーブ・サロンの特集記事でした。

2006年8月 6日

六甲アイランドの夏

水遊び.jpg
ル・ボナーの工房の前の人工の河で、エトランゼの親子が水遊びしています。
すぐ傍に、高層の外国人専用マンションがあるので、よく目にする光景です。
その横の方では、カナディアンスクールに通う子供たちが、薄いビニール袋に水を入れて、雪合戦ではなくて、水合戦をしています。この街はエトランゼが元気です。

この人工の街は良く出来ていると感心します。
街の中央を人工の河が流れ、その周りが1,5キロ近く公園状態になっていて車は通れません。
それゆえに、子供たちを安心して遊ばせることが出来ます。
河の両側にお店が集中的にあります。下のマップの左右、マップに載っていないところに住宅街の多くがあります。

マップ・ウエブ.jpg
住んでいる多くの人は、この街を気に入っています。しかし此処でお店をしている人の多くは、選択を誤ったと思っています。
神戸の観光スポットからは離れていて、島外からこの島にお客さんを呼び込むネタが少ないため、商圏としては厳しいところです。
此処にお店を出して良かったと言っているのは、親しいお店の中では、クラシコイタリアのオーダースーツを作っているお店と世界からペットグッズを専門に仕入れているお店の店主たちと私ぐらいです。
と言うことは、特徴のあるお店ならやっていける場所だということです。
個性あるお店が多く出店して、既製ぽくない商店街になったらなんて楽しい事だろう。
この街で、お店を始めた最古参の私は思っています。

ここのところイタリアの本を夜な夜な読んでいます。
ベニスはアドリア海の浅瀬に、人力で作られた不思議な街です。ベニスに住む住民が育て豊かにした人工島です。ベニスに足を踏み入れるのが楽しみです。新鮮な驚きが待っているような気がします。
六甲アイランドも住民と事業者が協力して、21世紀の日本のベニスになると良いなぁー。豊かさは時が育ててくれると信じて。

2006年8月 4日

プロトタイプ

ソフト・ブリーフ.jpg
年末にトータルで登場させる予定の鞄の一つ、ブリーフケースのプロトタイプが出来上がりました。細部を修正してから、最終サンプルです。
今回の商品群のトータルテーマはソフトです。ソフトな仕上がりを前提に統一したデザイン・コンセプトで作ります。そのため最初のサンプルが最も重要で、これさえ決定すれば、ポーチもボストンもリュックもそんなに悩む必要はありません。これから味付けを考えます。

部品の厚みを少し変えるだけで、カバンの表情は変わります。
パターンを直線ではなく、少し曲線を入れるだけで、豊かに見えます。プロトタイプはパターンを直線で仕上げているので、これからが腕の見せ所です。今のところ予想どうりの表情を見せています。

革という素材は、ナイロンや生地素材と違って、カバンを作る時厚みがあるため、割り漉きという工程が必要です。そのため手間がかかるのですが、内縫いのカバンの場合、豊かな2次曲線がカバンに生まれます。
今回のシリーズでは、その2次曲線をうまく生かせたらと考えています。
意図的に革のドレープが出せたら、大満足。革でないと出せない緩やかなドレープ。

パターンを曲線で構成し、いせ込みを使った内縫いで組み上げると、直線に見えるラインにも、微妙な2次曲線を生みます。その事がシンプルなデザインのカバンでも、豊かな表情を生み出します。

靴は木型を、洋服はマネキンを使い立体パターンを生み出しますが、カバンの場合、三角関数と職人の感と経験から立体を創造します。私は数学は苦手なので、感と経験オンリーです。そのため出来上がってみると、意図していたラインと違う場合があります。予想していたより豊かなラインが生まれて満足したり、その逆で、パターンをやり直してサンプルの作り直しをしたり。その試行錯誤の繰り返し。

この頃、巷では部品や付属物がジャラジャラついたバッグが流行っています。
私はそういったバッグは飽きが早いと思っています。パターンの工夫で生み出されるシンプルでありながら豊かな表情を持ったバッグの方が良いと思う。

プロトタイプがどんな風に変身するか、パターンを起している本人が楽しみです。
豊かなシンプルを創造したい。

2006年8月 2日

ジャガー・ルクルトのビッグ・マスター

ビッグ、マスターウエブ.jpg
この時計好きです。ジャガー・ルクルトの作る時計の中では一番欲しくなる時計です。
シンプルでクラシカルな面持ちを持っていて質感があり、私的嗜好でカレンダーがなければ年末の購入対象になっていた時計です。ただ、ビッグ・マスターは今は製造をやめており良く似たタイプはムーブメントを新設計して出ていますが、クラシックな感じが薄れています。
ベルトはジャン・クロード・ペランの特注モノで、良いバランスです。

欧米のブランドの常で、ジャン・クロード・ペランという会社にはジャン・クロード・ペランのおじさんは居ません。辞めたのか辞めさせられたのかは知りませんが、今はパリでアトリエ・ドゥ・ブレスレット・パリジャンという時計ベルトと革小物のお店を家族経営でやってます。左端の髭を蓄えたおやじさんがジャン・クロード・ペラン本人です。
今の方が幸せに見えるのは、私だけかな。

私もここのところ、時間を見ては時計ベルトを試しで作っています。
時計ベルト.jpg
上の写真のベルトはつい最近作ったものです。迫力は充分すぎる位あるのですが、バランスが悪い。
何度か試作して、自分なりのバランスのセオリーを見つけ出さないといけないと思っております。
既製の時計ベルトとは明らかに違う雰囲気を持った時計ベルト、しかしバランスは良い時計ベルトが作れるのではと思っています。試行錯誤が続きます。

しかし、この時計ベルトの表に使ったペリンガーのビューカーフは素晴らしいなめしです。薄く漉いても、ゴムのような跳ね返りがあるボックスカーフです。10数年前に手に入れたことのある良かった頃のカールフロインベルグのボックスカーフに匹敵するレベルです。良い仕事をしたモノに接すると、感謝したい気持ちになります。ペリンガーというタンナーは私の知る中では、現在最高のクロームなめしの革を作るタンナーだと思います。

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