2006年10月アーカイブ

2006年10月31日

お祭り好き

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私は今やっているカバンたちを今週中に終わらせようと、集中モード。
平日は特に人影まばらでというよりゴーストタウンのようで、仕事ははかどります。もうひとがんばりします。

私は子供の頃から協同で何かをするということが好きだった。
小学校の卒業文集の編集委員に選ばれた時も、今度一緒にイタリアに行く幼友達のO君は編集委員長でありながら、ほどほどサボって遊んでいるのだけれど、私は夢中でガリ版の原稿をガリガリ書いていた。
高校の文化祭でも、クラスで落語をやることになり、変なぐらい長い落語を必死で覚えた。他の連中は15分あまりの短い落語なのに覚えてこないで、カンニングしながら棒読みする中、私は観客のつまらねーぞ途中飛ばせー!のやじを受けながらも1時間しゃべりつづけました。観客が途中退席する中意地になっていた気もします。
社会人になって草ラクビーチームで、何もここまでハードな練習をしなくてもと思いつつ、ゲロを吐きながら下手なのに夢中でやってました。

そんな風に私は元々仲間と一緒に何かをするということが大好きなのです。
社会人になり仕事において一番楽しかった時期はいつかと聞かれたら、ファーラウトという会社で企画をしていた1年余りの時期だと答えます。
世界に通用するカバンブランドを作るという大志を持って、少数精鋭のスタッフの一員として熱く仕事した1年でした。
しかし、それも潤沢な資金力のあるスポンサーがいたから。実際、自分でそんな文化祭をやるのは大変。

ここにお店を構え、何人かのカバン作りを志す若者を入れて、小さいながらもファーラウトでかなわなかった夢を私の手でと思ったのですが、現実は厳しい。私の会社経営力と管理能力のなさを痛いほど感じることになってしまいました。
ここ3年ほどの間のように、私が暴走しないようにハミに監視してもらいながら、夫婦二人でのんびりカバン作っているのが一番平和な状態であることは痛感しております。

でも、ちょっとだけお祭り好きの虫を満足させたい。
もう主役になるのは諦めます。実は今まで一度も主役にはなったことはない。小学校の学芸会の白雪姫でも私は小人の一人、王子さまはO君。ああ無常でも私は司教さまでした。
親しい連中がやろうとする魅力あるプロジェクトの末席で参加させていただきます。

2006年10月29日

ハロウィン・パーティー

ハロインパーティー.jpg
昨日、今日とル・ボナーの店舗前では収穫祭。
六甲アイランドは人工の島なので、当然古くからの祭りなんてないので、住民の人たちが意図的に祭りを作り出します。その中でこの収穫祭は私がこの島にお店を持った頃からずーっとつづいているお祭り。

子供たちにハロウィンの変装をさせてコンクールしたり、何組ものアマチュアのジャズバンドに演奏してもらったりして、結構盛り上がります。出店も一杯出て、子供連れの家族で賑わいます。
この島はエトランゼの住人が多い街で、一緒に楽しんでいます。

ジャズバンドはアマチュアでも結構ジャズしていて、いい感じの演奏だとハミはいつの間にか、お店を抜け出し最前列で聞き入ってます。
私は製作が遅れ気味のため、そんな余裕はありません。ジャズの演奏を遠くで聞きながら、リズムをとって鞄作っています。

シェーファー.jpg

そんな日曜日の夕方、親しくしているお客さんのS氏来店。カバン買ってくれるじゃなくて、このシェーファーの万年筆の事で。

来週、ナガサワ文具店で川口大先生のペン・クリニックがあるので書き味の悪い万年筆を調整してもらえることを前に話したら、その時神戸にいないからお願いと頼まれたのがこのシェーファー。一人2本までなので、今回ペンクリニックに持ち込むのは、この漆塗りのシェーファーと店長(ニックネーム)から貰ったモンブランのスマートな万年筆。どちらも見た目はカッコ良いのだけれど、書き味が引っかかる。これが満足な書き味になったら、ペンクリニックにS氏共々ハマリそう。

S氏は仕事ほどほどに、ゴルフばかりしているノホホーンとしたサラリーマンと思っていたら運転手付きのセルシオを条件?に横浜から単身赴任で関西の大手企業に請われてトラバーユした有能なビジネスマンであることをつい最近知りました。
S氏はル・ボナーの顧客となってから、それまで買い物をすることにあまり興味をもっていなかったのですが、カバンだけではなく他のモノも買うまでの時間を楽しむようになられました。
そんなS氏が昔から、関わったプロジェクトが無事終了するたびに、自分に御褒美と買い続けたのが万年筆。しかし万年筆のペン先を調整するということを知らなかったそうです。
そんなS氏の万年筆を見事調整してもらい、S氏の感動するお顔を見るのが楽しみ。

その前に今作っているカバンを完成させないと。今週は相当忙しくなりそうです。

今夜の食卓で、なんでそんな話しになったのか分からないのだけれど、ハミと娘と私で、忍者は明治以降どんな職業についたのか?。特殊技術を生かして警察官になったのでは。それとも薬屋さん?。どうでもいい事なのだけれど、疑問が解決できないともどかしくて、ますます熱い議論。インターネットで調べてみてもすっきりした答えは見えてこない。
3人とももどかしさ一杯。誰か教えて。

2006年10月27日

思わぬ贈り物

ハミの筆箱.jpg
一週間留守にして戻ってみると、机の上は郵便物の山。ほっとする間もなく、あー整理しなきゃと脳裏をかすめた時、その中に小さな包みがありました。にこにこ顔の主人は「あけてごらん」と。
丁寧に包まれた中身はこれ!
ブリキやセルロイド品が世の中から少なくなった頃、偶然みつけたセルロイドの筆箱を大切に使っていた20代、無くしてしまい悲しくて、でも今また出会えるなんて思ってもしませんでした。
いつも笑顔を絶やさない優しい青年からの贈り物です。
開閉時の音はセルロイドのもろさを感じ、大切にしてね、と聞こえてきます。
机上が明るくなり、太陽にかざしてみたりして遊んでいます。

私の留守をいいことに、幼い頃の写真を公開してしまいました。
チェック係りの私がいれば即、没ー!のはず。
それにしても、あんな幼い頃からショルダーを下げていたなんて。見るからにビニール製ですが、迷子娘には必需品だったのかもしれません。

過去のブログから想像する主人の人柄、どうぞそのままであります様、祈りたいものです。

2006年10月26日

時間がゆっくり過ぎて行く

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母親の看病で、千葉の実家に行っていたハミが戻ってきました。
8日間行っていたのですが、その間私と娘とで家事を分担してなんとかしたのですが、普段はハミに頼りきっていることを痛感する8日間でした。家庭が機能不全に陥り、日を重ねると共に悲惨な状況を呈します。私にいたっては洗濯機の使い方すら分からず、あらためて家事をまるで分担していなかった自身を反省いたしました。
ハミが戻って来た我が家は空気の鮮度も違います。

今日は休日。久しぶりに休日の朝の定番、ハミとチャーと私で六甲アイランドの遊歩道1周散歩。途中マリンパークで一服。
釣り人は何人か来ているのですが、数年前のように一杯色々な魚が釣れる場所ではなくなっています。埋め立て工事が原因なのか何なのかわからないけれど。
でもここでボーっと日向ぼっこする時間は心地良い。

吉田拓郎とかぐや姫の何十年ぶりかのつま恋コンサートをテレビでやっていた。
3万5千人の団塊の世代が集まって熱狂していた。私もハミも吉田拓郎やかぐや姫が特別好きな訳ではないけれど、私たちも参加したいよねとハミと話しました。
若い頃、ハミはジャニス・ジョプリンとローリング・ストーンズが好きで、私はサイモン・アンド・ガーファンクルが好きでした。

人は充実した生を求めます。その形は色々だけれど、短い人一人の人生、死ぬ前自身の人生を振り返った時、まあまあ楽しかったと思いながら死にたい。
充実した生を送るために、ひと時の休息。水面に跳ねる光の粒を眩しく見ていると、純粋な形で光の粒一つ一つも生きているんだと思う。

みんな好きな事やって、生きてたらいい。それが、ベリーハッピーやがなと万年筆職人の今年80歳になる加藤清爺は言います。波乱万丈の人生を送った加藤爺の言葉は心に残る。

私たち二人にとって、カバンを作ることが自己を表現する大事な事で、日々の中での躊躇や妥協は、その事をより良い状態にするためのモノでありたい。
まだまだ満足できる状態ではない。楽しみながら(苦しみながら)より良いカバン作りを求めて生きたい。これから先も試行錯誤を繰り返しながら、ル・ボナーの世界を創造していきたい。
時々自分に言い聞かせないと、寄り道をしてしまう私なので。

気持の良い、秋晴れの朝でした。

2006年10月24日

モノって面白い

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コンピューター関連の会社にお勤めするF氏は、デジタルカメラが好きではなく、アナログなフィルムのカメラ、それも一眼レフカメラではなくコンパクトカメラのこだわったタイプが好き
数ヶ月前にブログ上でボロチンカメラと書いてお叱りを受けたT3とTixも知る人ぞ知る名機だそうで、カメラについて何も知らない私は失礼なことを書いてしまいました。
そんなF氏が今回購入したカメラがこのTC-1。性能は私にはチンプンカンプンなのですが、チタンで出来たボディーは質感があり、絞りが手動式で可愛いアナログなカメラです。
F氏はデジタルのスペシャリストなのにカメラはなぜコンパクトフィルムカメラなのか聞いてみると、楽しみで写真を撮る場合、より楽しむにはフィルムカメラが良いそうです。デジタルカメラだと撮ったその場で確認できてダメな写真は削除することが出来る。それに比べフィルムカメラはその場で確認できないし、失敗写真を撮ったとしても現像されるまで分からない。そのためお金も時間もかかるけれど、その分シャッターを押す1回1回が真剣勝負、楽しみも倍増すると言うのです。その説明に納得。
じゃあ一眼レフでないのはなぜと聞くと、大きいのを首からぶら下げて持つのがどうしてもできないからだそうです。さりげなさを大事にするカメラマニア?なのであります。
私はカメラ好きではないのですが、もう少しブログの写真のレベルアップを望んでおります。そのためF氏推薦のGRデジタルをいつか欲しいなぁーと考えております。その前に撮影技術の上達が先かな。弘法筆を選ばず。
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夜、カズボン(ハンドルネーム)さんが来店して、ブログを見て今加藤セイサクジョ・カンパニーに興味をお持ちのようだからと、ハミと私にこのセルロイドの筆箱をプレゼントと言って買ってきてくださった。なんと加藤セイサクジョ・カンパニーの加藤清爺作のセルロイドの筆箱。
私は狂喜乱舞。加藤さんは筆箱も作っていたのか。こだわりのないモノ作りの姿勢に拍手喝采。どこかの工場を使って作ったモノだと思いますが、きっとセルロイド加工技術のノウハウでは世界有数の人物、大事に扱えばこの色合いを永遠に持ち続けるセルロイドの筆箱でしょう。
プレゼントしていただいたのに、失礼は承知の上で値段を聞くと1000円以下だったそうです。加藤さんが作ったデッドストックの万年筆が置いてあるナガサワ本店のすぐ近くのクロワッサンという雑貨屋さんにあったそうです。特別なセルロイドの筆箱です。

その後カズボンさんはナガサワ本店の5階の万年筆売り場に行き、担当の吉宗さんに加藤セイサクジョ・カンパニーの万年筆のことを聞くと、誰からお聞きになったのですか?もしかして六甲アイランドのかばん屋さんですか?とニッコリ。確かに私たち夫婦も含めてル・ボナー関係者が相当買ったようです。私は作った人の思いが、押し付けでなく感じれるモノはその人にとって宝物になると思うのです。加藤さんの作るモノはそれを感じれるのです。
ナガサワにも加藤さんの作った万年筆はあとわずかのようです。

モノって面白い。人それぞれ好みは色々。若い人はまだ試行錯誤の途中だから定まらないけれど、歳と共に持ち物がその人の思いや趣向を伝えてくれる。
そんなモノ好きがル・ボナーに集う。そんな人たちのお話は楽しい。

2006年10月22日

さよなら銀座堂

銀座堂.jpg
親しくしている印刷屋さんの若社長は暇があると、社長室で靴磨き。靴好きにとってお気に入りの靴を磨く時間が至福の時のようです。神戸っ子の彼が磨いている靴は三ノ宮高架下の銀座堂で買ったクロケット・ジョーンズ。神戸の靴好きには特別なお店です。

その銀座堂が今年の8月末でお店を閉めました。
神戸だけでなく、靴好きであれば知る人ぞ知る特別なお店です。扱う靴は世界の一流品と言われる靴は全部と言っていいほどの品揃え。初めて銀座堂に足を踏み入れた時、靴がブランド別に専門店化する時世に、このお店はどうやってこんなに色々な高級靴を揃えれるのか驚きでした。
でありながら店構えは三ノ宮高架下らしい庶民的なものです。雑多に並べられた靴をよーく確認しないと、プライスを一桁間違いそうになります。

店主の金岡さんに、ル・ボナーのカバンを卸さないかと言われたことがありましたが、その時は丁重にお断りしたのですが、銀座堂というお店には尊敬を感じていました。
金岡さんの迫力と、圧倒的な品揃えが独特の銀座堂ワールドを築いていました。

神戸の名店がまた一軒消えました。残念です。寂しいです。
40年間、靴好きの聖地であった銀座堂は最後に大盤振る舞い。3分の1以下の値段で在庫一掃したそうです。ジョン・ロブも、エドワードグリーンも、ベルルッティーも、持ってけ、持ってけ。何足もまとめ買いする顧客でにぎわったようです。

ありがとう、そしてさようなら銀座堂靴店。

2006年10月21日

半年経ったストーヴァ・アンテア

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半年前に購入したヨルク・シャウアープロジュースのストーヴァーの自動巻きアンテアはすこぶる調子がよく、購入した時日差+5秒でしたが今やクロノメーターなみの日差+2、3秒です。当たりを引いたという感じです。

今年中に、私には少し高価な手巻き三針の時計を購入しますが、手に巻く頻度はこのアンテアの方が多いと思います。値段は手頃でしたが私はこの時計が大好きで気に入っています。
なぜかドイツ的な時計が好きになります。装飾性が強くなく、機械を感じる時計。
本職のカバンと車も含めたモノたちは、日本以外ではイタリアモノに欠点も含めて興味を持つのですが、時計だけは魅力を感じるものはドイツ的な時計。

私はこの時計のベルトを自作で作って楽しんでいるのですが、アンテアに付いていたベルトのサイズで作ったこれまでのベルトだと着けているとずれるのです。
今回はバックルの付いている側を1cm延ばしました。するとゆるく巻いてもずれないのです。
私は長い間手首を過度に使う仕事をしてきたため、手首が普通の人より太いみたいです。
バックル位置が時計の逆側中心に位置しないとずれやすいようです。
クロノタイプの厚みがあって重い時計は特にその問題は出やすいと思います。

今回はイエローのチェルケスで作ってみました。グレーのオーストリッチでも作ってみましたが、この時計には貴重品革は似合わないようです。水色、ライムグリーン、イエローと時計より目立つカラフルなベルトをつけ続けています。これからもこの時計には派手な色のベルトでいきます。

2006年10月19日

私の一番大事な人

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私の妻であり、同志のハミの2歳の時の写真。
ハミのお父さんはお店を持たない顧客相手のテーラーでした。出来上がったスーツを何度か見ましたが丁寧な仕事で仕上げられたスーツを見る時、尊敬を感じます。
そんな丁寧な仕事のわりにそれに見合った値段を要求できないお父さんでした。
そんな蓮見家の次女としてハミは、東京の板橋で生まれました。

高校を卒業して、丸の内のOLに。数年後、夢捨てきれずモノを作り出す仕事がしたくて文化服装学院に行き、バッグを作る会社へ。
そのまま丸の内のOLしてれば、帝大出のエリートサラリーマンと結婚なんてこともあっただろうに、カバンなんかを作りたいと考えたから、私のような男と出会い結婚するはめにあいなりました。私の一方的な情熱からの恋愛でした。
貧乏な二人のデートは、早朝の神宮のポプラ並木や絵画館を散歩したり、自転車に二人乗りして都内全域走り回るというようにお金をかけない(お金がなかった)ものでした。それでも楽しい日々でした。

結婚して28年、私の社会順応性のなさと夢多き性格が、我が家に経済危機を何度も発生させ、家族を右往左往させました。きっとハミ以外の女性と結婚していたら、今頃別の仕事をしていたと思う。
心の貧乏人にだけはなりたくないとハミは言います。金銭的には苦しいことが多かったけれど、思い出はたくさん作りました。

ハミはカバンを作るのが大好きです。ハミの作り出す優しいカバンが大好きな私です。しかし私の我儘につき合わされてきたハミは、自由にハミらしいカバンを作れないで来ました。もうオバサンになってしまいましたが、これからはハミに自由に作ってもらいたい。私の我儘はもう打ち止めにして。

私にとって一番大事な人です。

2006年10月17日

一年ぶりの太ダレス組上げ開始

ふれーむとっぷ.jpg
太ダレスの組上げが始まりました。現在トップの枠を作っているところです。
軽量に仕上げるため、フレームはアルミを使っています。その他強度、質感を殺さずに色々なところで軽く仕上がるように工夫したことで、本場イギリスのドクターバッグに比べれば半分ほどの軽さになっています。
このアルミ枠は金具屋さんに図面を送って特注で作ってもらうのですが、穴の位置が微妙に狂っていることが多々あり、組上げる前にドリルとヤスリで調整しないとネジがしっかり締め付けられなくて長く使っていると緩むことがあるので、調整は大事です。

取っ手をつなぐカンとオサエは、既製の7000番のオサエとカンはダイキャストにメッキをかけたものですが、ネジ式のカンにして真鍮で作り変えてもらっています。どうしても金属どうしが擦れるところは長く使うと磨耗するのでいつか修理をすることになる部分で、ネジ棒にすることで、修理の時間と費用がかからなくてすみます。ネジにする前はフレーム部分全体を交換しなければいけなかったのですが、このネジ式のカンに変えたことで、お持ちいただいたその場でネジ棒を交換するだけで済みます。

コバ底鋲.jpg時々お客様で、ドクターバッグの底のコバの部分に写真のような底鋲を付けて欲しいと言われる方がおられます。ル・ボナーではそれはお断りしています。付けることで底の部分が傷みにくくなると思われているようですが、付けると重力の関係で同じ高さになろうとするため、底鋲を付けた部分だけ変形してしまうのです。変形を生みやすい作りは極力しないようにしています。

革に無理をかけたデザインや工夫は、長く使い続けたいと考えるなら避けた方が良いと思う。
革に優しいデザインや工夫をしてゆきたい。そうすれば良くなめされた革であれば、長く使い続けることができます。

2006年10月15日

ハミは型紙製作中、私は、、、

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今、ハミは頼まれていたリュックにとりかかっています。まず基本的な型紙を起こして、その後生地でどんなフォルムになるか形にした後、修正を加えながら本生産の型紙を起こして、いよいよ本番という運びになるのです。

今回は古き良き時代のグッチのバッグの写真を見本に、ハミのアレンジを加えて作ります。
私達はグッチ一族が所有していた頃のグッチのバッグが大好きです。フィレンツェの名人鞄職人がイタリアらしいねっとりとしたクローム革を使って作った厚みを残したヘリ返しのハンドバッグたちは、現在のブランドのバッグで見つけ出すことは出来ません。あの頃のグッチのバッグを作っていた名人鞄職人は何処にいってしまったのか。
10年以上前には居た、尊敬するフィレンツェの職人と勝負です。

フラソリティー・サンプル.jpg


私はフラソリティープロジェクトのサンプル製作中ですが、苦戦しています。
手頃な価格の革カバンにするため、本体を国内なめしのキップ、付属をバタラッシーのミネルバリスシオで構成したカバンにしようと作りはじめたのですが、これがうまくいかない。思った雰囲気が出てこないのです。コンビのカバンの場合、お互いが引き立てあわなければいけないのですがそれが出来ていません。

初期サンプルはミネルバボックスで作りお店に並べているのですが、来店するお客様にも好評で、デザインそのものはこれで良いのだと自信をもったのですが、希望価格帯に絞り込む段階の今回のサンプルでつまずいてしまいました。

決断を迫られています。希望価格を少し上げてミネルバボックスでいくか、スタートを遅らせて他の革を探すか。お客さんたちはミネルバボックスがいいと言ってます。私もそちらの方向に傾いています。
普通のかばん屋さんと違い、デザイン、材料指定だけでなく型紙、サンプルまで私自信がやるので、この後はスムーズに進むのですが。

30年カバンを作り続けても、新しい課題を克服していく毎日です。
人一人の短いモノ作り人生の中で、そんなに色々なことが出来るわけではありません。
分かっているのですが、色々な事をしてしまう私です。

2006年10月13日

毒薬には毒薬で?

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私は高校2年生の時、親に隠れてタバコを吸い始めてから今日までタバコを吸い続けてきました。
アルコールを全然受け付けない私ですが、その分タバコは一日2箱吸います。体に良いわけないし、減らしたいとは考えているのですが、なかなか難しい。

しかし、最近紙巻タバコがまずいと感じて吸う量が減っております。体調が悪くなったからではなく、実は
葉巻の紙巻タバコサイズのシガリロというモノを知ったためです。
悪い顧客の一人の、海外旅行土産とし貰ったのが最初で、吸ってみても全然興味は持たなかったのですが、20本入りの箱が空になる頃には、その旨みと香りの魅力にはまってしまいました。その後紙巻タバコを吸っても美味しく感じなくなったのです。私は紙巻タバコからシガリロに変えようと決心しました。

ただその変更の前には大きな問題がありました。それは値段です。何種類かのシガリロを吸った結果、一番私が旨いと感じたのはダビドフでした。しかしこのシガリロ、20本入りで2800円です。今まで吸っていたピース・アコースティックの9箱分です。これは経済が許しません。
その後も色々なシガリロを試してみて、ありました。ダイビドフのB級品ジノというシガリロ。1000円で旨みがある、対費用効果がベストのシガリロ。それでも1000円します。
私はこのジノというシガリロを吸うため、一日10本で収める努力をしなければなりません。
ついでに10本の喫煙だと少し健康的だと自分を納得させようとするのですが、フィルターなしのシガリロのニコチン量は相当なものだから本数が少なくなったからといってはたして、、、、。ただタールは少ないはずです。紙で巻いていないタバコなのだから。勝手に納得。

まずは一日10本を目標にがんばって、いつか一日5本程度で済むようになれば、喫煙するということに制約さず、私の紫煙人生も豊か?に味わえることでしょう。一日5本であればシガリロの王様ダビドフも手が届きます。葉巻というモノが高価でよかった。楽しむためには色々な制約を設けて、自分を律しなければいけないから。紙巻タバコのようにプカプカ吸っていたら経済がもたないということはメリットです。辛いけれど痩せ我慢。

私は新たなる紫煙人生のスタートをきります。禁煙が世の中の流れ、今時タバコなんてやめるべきなのは重々承知なのですが、そんな時代に遠慮しながら、お許しください。

2006年10月11日

大事にしたくなるモノ

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我が家で毎夏がんばってくれている、1970年代につくられた扇風機です。
数年前に買った仕事場で使っていた扇風機はもうこわれました。それに比べ羽根とスイッチ以外は鉄で出来ているこのレトロな扇風機は40年ほどがんばってくれています。
そこまで頑張ってくれると、モノは大事なモノになります。

私は特別なモノって何かと考えます。この基準は人によって違うと思いますが、人の手が加わっていて、作った人と使う人の思いが共鳴した時大事なモノになると思います。そして時間と思い出が熟成させます。
世の中益々便利になってゆきます。合理的で豊かな生活、、、、豊かって何だろう?

現代社会が高度になればなるほど、人を感じれるアナログなモノや変わらぬ自然に、心の平安を感じる人がいる。私もそういった人間の一人で、長い時間を経ても使われ続けるモノに愛おしさを感じ、変わらぬ自然の中に身を置く時、心は洗われる。
高度化する社会に多くの人は順応してゆく。しかし息苦しい。そんな時アナログなモノはガス抜きの役目を担う。

独立系鞄職人の作るカバンもそんなモノの一つです。私たちも私たちなりの思いを注いでカバンを作り続けます。作った私たちと使う人が共鳴し合うカバンであって欲しい。

私たちのカバン作りは前時代的なもので、ゆっくり時間が過ぎていき、私たちの生活にストレスはないように思うけれど、私たちは私たちなりにノーテンキな頭が情報の洪水に翻弄されそうになることがあります。そんな時アナログな人の手が加わったモノが救ってくれる。

消費されてゆくモノではなくて、一緒に歳をとってゆくモノたちは愛しい。
手間隙がかかっても、長く共に生きていけるモノは大事にしてゆきたい。

2006年10月 9日

加藤製作所カンパニー

加藤製作所カンパニー.jpg

加藤製作所カンパニーの万年筆。
80歳になる加藤清御夫妻が作る手作りペンです。

古山画伯の”万年筆の達人”の中で書かれている、アラブの万年筆の父と呼ばれた加藤清さんの波乱万丈の万年筆人生を読んでいると、そんな加藤さんが作る万年筆を手元に置きたくなりました。

決して特別な万年筆ではないと思うのだけれど、この万年筆で字を書くと優しい気持になれます。ナガサワの吉宗さんにペン先を調整していただき、スムーズな書き味。
緑色のインクを入れて使っています。セルロイドの青竹縦縞の柄も気に入っています。
私の初めての万年筆です。

加藤さんと同じように、モノを作る職人を生業とし、市井の中で作り続けている自分を幸せに思う。そんな思いを私はカバンに注ぎます。
私も加藤さんのように80歳近くまで作り続けることができればと思います。みんな好きな事やって、生きてたらいい。それが、ベリーハッピーやがなと加藤さんは言います。

引退宣言をした加藤さんのペンはもう少ししたら、なくなるでしょう。その前に一本手に入れておきたかった。普通だけれど私には特別な万年筆。

2006年10月 7日

在庫調べして、3連休に突入

整理した革棚.jpg
棚卸しも兼ねて、休日返上で革棚の整理整頓。
まとまった量の革は裏の方と、革屋さんの棚に置いてあり、細かな枚数にになった革のみこの棚に並んでいます。そのために在庫調べはこの棚の革が一番手間取ります。

自他共に認める革コレクターの私は、一枚ずつ開いては見入ってしまうので、仕事が手間取ってしまいます。それでもなんとか片付いて、久々に整理整頓された革棚。いつまで綺麗な状態でいられるか。

革という素材は食用の肉の副産物ですが、面白い魅力的な素材です。生地に比べると良い革は抜群に摩擦強度が高く、馴染みも楽しめます。
ただそんな革本来の利点を無視した、革でなくてもいいような革で作ったカバン、巷に増えてきています。使い込むと表面がビニールと同じような科学変化を起こしている革カバンを見ると興ざめします。そんな革を使ったカバンを、ブランド品でもよく見ます。
私は私自身が良いと思った革だけをこれからも使って行きます。

フランク・ミューラー.jpg

今日来店されたお客さまのつけていた時計、見せてもらうと珍しいフランク・ミュラーの時計。私は大ブレークした後のフランク・ミュラーしか知らず、私好みのこんな時計を作っていたとは知らなかった。上品で丁寧な仕事の一品でした。

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午後に、前にアンティーク・ロレックスを見せていただいたお客様が来られ今日見せていただいたのはアンティークの鼻メガネ。面白い。実はこのお客様、ビクトリア時代の英国趣味のアンティーク・コレクターなのです。特にシャーロック・ホームズ好きで、許されるならホームズのようなファッションで日々過ごせれば幸せ。しかし会社勤めの氏にはそれは許されない。きっと氏の書斎はベーカー街221Bのホームズとワトソンの部屋のようなインテリアだと思います。コナンドイルの事件簿というテレビドラマのシリーズのDVDをまとめて貸していただきました。古き良きビクトリア調が満載だそうです。楽しみ、楽しみ。

そんなこんなで3連休初日の今日は多くのお客様が来店されました。
カバン作りは思うように進みませんが、この3連休はお客様との楽しい接客に専念します。
明日はどんなお客様が来店してくださるのかな。

2006年10月 5日

迷犬チャーも熟年?

だれ犬.jpg
彼ももう7歳半で、人間でいうと50歳過ぎ。私と同じです。
深みを増さなければいけない年齢なのですが、ランドセルを背負ったおじさんと顧客から言われる私と同様、チャーも変わらず迷犬として磨きをかけています。ペットは飼い主に似ると言いますが、私はチャーが私に似ているなんて全然思わないのですが、ハミも娘もお父さんそっくりとよく言います。

上の写真を見てください。チャーの寝相の悪さは天下一品です。
私たちが寝る時も、ソファーでそのまま寝てればいいのに、ベットの真ん中で小さいくせに一番偉そううに図々しく寝ます。私とハミはそれぞれすみで小さくなって寝ています。

彼は由緒正しい?薩摩ビーグル(江戸時代に薩摩犬とイギリスのビーグルをかけ合わせた犬種)ですが、一度別の家に貰われて行ったのですが、吠え声がうるさ過ぎると戻されたのを、貰いました。元来臆病な犬なのですが、若い頃は気性が荒い方が強く出ていて、自分より相当大きなシベリアンハスキーを追い掛け回したりしていましたが、臆病な本来の部分が歳と共に強くでてきています。宿敵のコーギーに吠えられて、吠え返そうとした時裏声になってしまったり、チャーが他のワンちゃんに気づかず匂いをかいで歩いている時に、急に吠えられたりするとシッポをさげてびびっています。だのに車の中とか仕事場のガラス越しだと偉そうに立派な声で吠えてます。それカッコ悪い。

良い寝姿.jpg

チャーはウンチをする時、動物園の欲求不満の白熊と同じように、同じ場所をぐるぐる回ってなかなかウンチをしてくれません。数日前、やっとウンチポジションが決まったと思ったら、両後ろ足が滑ってシリモチ。犬がシリモチをつくなんて聞いたことがない。恥ずかしいやら、可笑しいやら。

迷犬 チャー でグーグルで検索してみたら、ル・ボナーの一日がトップでした。チャーも世界デビュー?です。ちなみにフィレンツェ 鞄職人で検索してみたら2番目でした。検索で遊べるとは思わなかった。

迷犬チャーは今日も我儘に過ごしています。食べ物を目の前に持ってきたときだけ従順になる自分に素直な犬です。お父さんにそっくりと言う声が聞こえてきます。

2006年10月 3日

今日で”ル・ボナーの一日” 一年

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               お手入れで里帰りしているドイツ鹿で作ったリュック。良い感じです。

ル・ボナーの一日を書き始めて今日でちょうど一年になりました。一年で228話です。
ブログを始めたことで、多くの新しいお客様とも出会え、古くからのお客様も好意的に受け止めていただき、始めて良かったと思います。これからも末永く続けて行きたいと考えています。

私は自分を伝えたいという欲を持っています。自分の作るカバンが自己表現の最たるものなのですが、もっと直接的な形が欲しかったのでしょう。そんな欲求を満たす手段としてブログは最適な手段でした。
ル・ボナーと私達夫婦の日々を綴ることで、お客様とも親近感を持った関係が生まれ、より良い、楽しい関係でル・ボナーのこの一年が送れたように思います。

これからも支離滅裂な文章が続くと思いますが、お付き合い宜しくお願いします。
去年の10月3日の最初に書いた文章をもう一度

鞄を作り始めて三十年経ちました。
十九歳で手作り鞄のグループに加わり、二十一歳で結婚し、二十二歳で独立してから苦しい事の方が多かった。
鞄職人としての月日で、何度もやめようと考えましたが、今は続けていてほんとに良かったとおもいます。
今、続けられているのは、人との出会いだと思っています。
苦しくても心の貧乏人にはなりたくないといっしょに歩いてきてくれた妻であり鞄作りのパートナーであるハミ。物作りをつづける道筋を優しく教えてもらった村田さん夫妻。
手縫いの魅力を教えてくださった藤井さん。
本物を世に問おうといっしょにがんばろうとして下さった長島さん。
生き方の巾を広げてくれた卓ちゃん。
苦しいときでも逃げずに横に居てくれたイガ。
パターン(型紙)の豊かな可能性を教えてくださった金田さん。
夢を一緒に紡ごうとしてくれたタケちゃん。
二十年、見守りつづけてくれてる店長。
そして、名もない私たちの鞄を使ってくださっているお客様一人ひとり。
出会った多くの人たちに感謝しつつ、これからも夫婦二人で優しい鞄を作ってゆきます。
そんな鞄作りの日々をこれから綴ってゆきます。

今日はメールを送らなければいけないところが沢山あるのに、ネットワークが変で送れないでいます。
頼りにしている印刷屋さんの課長さんは今日お休み。明日彼が来るまでお手上げ状態。パソコン上にアクシデントが起きると私はひたすらパニくってしまいます。パソコン音痴の私ですが、ブログだけは今日も書いています。周りの皆にたすけられながら、ル・ボナーの一日は続きます。

2006年10月 2日

豆カンナと念引き

豆カンナと念.jpg
私達がコバを処理する時、豆カンナと念引きは必需品です。
豆カンナはコバの角を削るため必要なのですが、私達は刃の厚みが薄くて、削る部分に真鍮の板がついているタイプのものが良いと考えていますが、道具屋さんでは見かけなくなってきました。刃が厚くて真鍮の板が着いていないものは沢山あるのですが、それだと繊細な削りがし難いのです。
最近の鞄は、カンナをかけずにコバを処理しているものを多く見ますが、やはりカンナがけは必要だと思うのです。

念引きはコバとステッチの間に念を入れるため引く道具です。念を引くことによってステッチが締まって見えます。タンニンなめしの革の場合はそのままでも引けるのですが、クロームなめしの革の場合熱を加えてひきます。一手間かけることで鞄が良くなります。

こういった、大量生産だとあまり使われなくなった道具は、手に入れにくくなってます。
手縫いに使う一寸13目の菱切りも作れる職人さんがいなくなったようで、一寸12目までしか売っていません。
より早く作るための道具は進化しつづけるのですが、より良く作るための道具は消えていきます。

会社は利益を求め続けなければいけない宿命を持っています。それは鞄業界の会社も同様です。だから非効率な作業や道具は消えていく方向に向かいます。
ただ独立系鞄職人の場合は食べてさえいければ、自分の信じた方向性で我儘なカバン作りが可能です。そんな私達が古き良き時代のカバン製造技術を守ってゆく役目を担っているのかもしれません。

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