2006年11月アーカイブ

2006年11月29日

色々な人たちが来店された一週間

万年筆コレクション.jpg

イタリアから戻り一週間あまり、旅行の余韻を楽しむ間もなく色々な方が来店されました。
古山画伯に紹介されて、取材で来られた初老の新聞記者のS氏。週一回一ヶ月新聞に私とル・ボナーのことを記事にして載せるための取材で、今のところ5時間あまり2日間来られました。取材中カセットテープを回し続けるのですが、テープが何本も必要でした。
しかしその10時間あまりの録音の中身は大部分、新聞記者S氏のお話。一日目は私は六甲山のじねんじょ(山芋)堀名人のお話その他。2日目はばんから新聞記者の武勇伝、その他恋エトセトラ。インタビューされる側の私の会話はほんの少し。あんな取材で新聞の紙面を4回分埋めれるのか心配です。でもたいへん愉快な時間をすごさせていただきました。

そんなSさんに、興味がおありのようなのでと見せていただいた万年筆コレクション。1年半前古山画伯と知り合ってからのコレクション。半分ほどはモンブランですが、鳥取の万年筆博士や、松本の万年筆屋さんのもある。なんと手前のは、幻のKENSAKI 1号ではありませんか。素晴らしい品揃え。1年半でこのレベルの万年筆をこの数揃えたなんて、完全に万年筆菌に冒されている。これは完全に古山万年筆菌です。私も気をつけないと。

そんな愉快な新聞記者S氏は、団塊の世代の悪趣味か反骨精神か。アメリカ空軍が着ていた女性のセミヌードのイラストが背中に描かれた革ジャンパーを自慢げに見せびらかしながら去って行きました。私はきれない。

懐中時計表.jpg

懐中時計裏.jpg

ライターのN氏が来られました。N氏は時計をメインに活躍されていて、私の時計学の先生です。忙しい仕事の合間をぬって顔を見せていただきました。イタリア旅行直前のフィレンツェ情報とお計らいありがとうございました。非常に助かりました。
そんなN氏の時計のコレクションの一部を見せていただきました。
見せていただいた時計は、N氏のお気に入りの時計たち。決して高価な時計ではありません。良い仕事の時計たち。時計を見続けた人の誠意を感じるコレクションでした。

写真の懐中時計は、N氏がスイスで見つけたアンティークで、ケースは金無垢。シースルーバックではないのに手の込んだ裏蓋を開けて見せてもらうと、御覧のように美しい仕上げ。
誠意を感じる仕上げです。そんな清い時計を何本もみせていただきました。ありがとうございました。お金では買えない素晴らしい時計が一杯あるのですね。

そんな感じで、常連の多くの顧客の人たちも来店された、私が帰国してからの一週間あまりでした。
決して売り上げにはつながらないし仕事も遅れがちになりますが、私達夫婦にとっては至福の時間。色々な人たちが集うお店であり続けたい。
私は本腰いれて鞄を作り始めないと。生産計画は大幅に遅れています。仕事、仕事、頑張らないと。

2006年11月27日

イタリア旅行(6) ナポリ・ポンペイ

O君の朝飯.jpg

ローマ1日目の夜、ツアーでご一緒の同年代のご夫婦と同席してイタリア料理のフルコースを食しました。O君とご夫妻のご主人は、アルコールが全然ダメな他二人に遠慮することなく3本半のワインを飲みきり、その後参加した添乗員さんと5人で夜遅くまで大宴会。部屋に戻ってO君はそのまま爆睡。でありながら朝起きたらO君はあんたのいびきと歯軋りで眠れなっかったとおっしゃる。ツインではあるのだけれどベットの間は5cmほど。お互い様であります。

次の日はイタリア最後の日。O君と私はナポリ・ポンペイのオプショナルツアーに参加。
昨夜の大酒に影響されることなくO君の朝食はごらんの通りフルコース。私は朝6時から甘ーいケーキは勘弁です。
ナポリ.jpg

ナポリ・ポンペイは、路地裏ばかりではなく、もうイタリアには行けないかも知れないのだから名所旧跡は出来るだけ見ておきたいというO君の要望に答えつつ、一番イタリアらしい街ナポリを少しは体験できるであろうと思った私の思いが合致した結果のオプショナルでした。
しかし現実は、治安が悪いからとバスの中からのナポリ。窓から見える映画に出てくるイタリアンなおばさん、おじさんが闊歩し、道交法がないような無茶な運転を見ていると強い興味を感じる私です。
しかし私は遮断された車の中。ナポリの空気を体験することなく、イタリア最後の日の12時間ほどを拘束されることになりました。ローマも知ることなく、ナポリもバスの中。旅行前、フィレンツェだけは下準備ばっちりだったのですが、その他の都市は全然。もっと調べていればよかった。

ポンペイ.jpg

しかしポンペイは面白かった。2000年前の人たちの生活をリアルに想像できる場所は世界でもここが一番ではないでしょうか。現在の私たちの生活とそんなに変わらない2000年前の生活をポンペイの遺跡は体感させてくれる。バタラッシィーの作る革は、イタリアの古来からあるなめし技法のバケッタ製法を忠実に再現した革です。ポンペイでもバケッタ製法の革が使われていたのかな。

ナポリタン.jpg

ポンペイの傍のレストランで食べたスパゲティは名前は違っていたけれど、まさに喫茶店で昔食べたナポリタン。決してアルデンテでないうどんのような麺はトマトソースをいっぱい吸い込んで、懐かしいナポリタンスパゲッテー。すごく声量のあるながしのカンツォーネ付きでした。

ナポリ・ポンペイの一日はイタリア最後の日を飾るかのように、O君は多くの人に迷惑をかけました。その内容を記すのはO君の名誉にも関わることで、事実を記すると私を訴えかねないので書きません。
ただあそこまで脳細胞をOFFにして、我儘にリラックスできるO君を羨ましく思えました。
あらためて相棒の私から、ご一緒に8泊6日のイタリア旅行をご一緒された方々と添乗員さんに感謝しお詫び申し上げます。

翌日午前2時半に起床しイタリアを後にしました。スキポール空港では7時間の滞在となったためアムステルダムの街に行きました。綺麗な街ですが、私には強い興味は感じませんでした。最後のチェックでO君はまたまた家庭用のビッグサイズの歯磨チューブを没収されていました。彼は最後までOFFのままでした。
楽しく充実したイタリア旅行でしたが、何かを置き忘れてきたような気持。また行かなくては気がすまない。その時もO君たちと行くのだろうなぁ~。

2006年11月25日

イタリア旅行(5) ローマ

サンピエトロ大聖堂.jpg

私はローマに二日間泊まった。しかし私はローマを知らないまま帰国したのです。
たしかにサンピエトロ大聖堂もコロッセオもトレヴィの泉も、ツアーの市内観光で行った。しかしバスの中から見るローマの町並みや路地は素晴らしく魅力的で、それを歩かなければローマの真髄を感じれない。
でありながらローマの自由行動の一日に、欲張ってナポリ・ポンペイオプショナルツアーを入れてしまったため、ローマを体験せぬまま帰ってきました。今回の旅行の最大の後悔です。

面白い街のように思えます。街並みは紀元前から現在までがバランス良く調和した魅力的な街です。
もう一度行かないと納得できません。次はローマとパリかな?

ローマの町並み.jpg

ツアーの市内観光の最後を飾るのは指定の場所でのお買い物。ローマ三越でした。
私は何も買う気がなかったので、高級ブランドのバッグを見て時間をつぶしていました。
ピレネー産の子羊の革でソフトなバッグを作る老舗ブランドのバッグが目に留まりました。私はこのブランドのバッグのシンプルでありながら色香を持った質感の革と高い縫製力に敬意を持っていました。
大ファッショングループの傘下になってからのバッグを見ていませんでした。
デザインは今までどうりなのですが、遠くから見ていて何か違うのです。近づいてまじまじと見てみると、革の質感が昔とまるで違うのです。顔料を厚塗りした、最初は扱いやすいけれど後々悲惨な状態になる革に変わっています。縫製も安易になっています。私は怒りに近い悲しみを感じました。

老舗ブランドの歴史が育て築きあげたイメージだけを利用して、目先の利益を追求するために、ファッションとしてブランドを切り売りしている。10年後20年後に後悔しても、一度捨てた技術を復活させるのは並大抵なことではない。
ヨーロッパの老舗ブランドの多くが同じ方向を向いている。個性を守り残すことに目をつぶって、マーケティングの良し悪しでモノを売っている。
私の属する業界が心貧しいものになってゆく。冷たい風が吹いています。

ローマのカフェ.jpg

イタリアの人たちは屋外で食事をするのが大好きです。車が一杯走っていて排気ガスいっぱいのところでも平気で屋外のテーブルから埋まってゆきます。
きっと自分達の住む街並みが大好きで、その空気を出来る限り感じていたいのでしょう。
私も屋外のテーブルで食事をしたりカプチーノを飲むと、その街の一員になったようでウキウキします。

イタリアで飲むエスプレッソは日本で飲むそれより全然量が少ない。クイッ クイッと二口ほどの量。イタリアに来るまで苦いだけのあんな少量のコーヒーをなぜ飲むんだろうと疑問に思っていました。イタリアに来て分かりました。食べ過ぎて胃がもたれている時、エスプレッソをクイッと飲むとまた食事をしたくなるのです。そんな時のエスプレッソは美味い。エスプレッソは美味しい胃腸薬なのです。それが判明してから私はエスプレッソのファンになりました。

2006年11月24日

イタリア旅行(4) フィレンツェ

フィレンツェ下町.jpg

フィレンツェの西側、アルノ川の両岸がフィレンツェの下町です。
この地域はあまり観光客は行かない場所ですが、フィレンツェの職人たちが多く住んでいる地域です。
家具の修復職人、鍛冶屋さん、額縁職人、靴職人、鞄職人その他材料屋さんなど雑多なモノを作り出す個人の工房を窓越しに見ることが出来ます。そんな下町を歩いていると、素のフィレンツェの人たちと接することが出来る。名所、旧跡よりそんな通りを歩いている方が楽しい。

歩いていて思ったのですが、どこかに似ているのです。どこだろう?と考えているうちに分かりました。私が30年間通い続けた浅草の今戸界隈に似ているのです。
親近感に似た不思議な居心地の良さを感じている私です。

チェレリーニの工房.jpg

チェレリーニの店舗の2階にある工房にはライターのN氏のはからいもあり、快く見せてもらえることができました。この時ばかりはO君が通訳をかってでてくれて感謝感謝でした。
職人頭のジーノさんはあいにく休みの日で会えなかったけれど、チェレリーニ御大みずから工房に案内してくれました。ここの工房はサンプルだけを作っているようでしたが、イタリアに来て10年。この工房で働き始めて2年という日本人の青年が働いていました。
すべての壁に鱗のように、カバンの型紙で覆われています。日本のカバン作りの職場とは相当違う道具や製造スタイルを興味深く見せてもらうことができました。

タディーさんと.jpg

タディーさんのお店兼工房はフィレンツェの中心地にあるのですが、迷路のような路地にあり見つけ出すのに苦労しました。教えてくれたF夫妻はよく見つけたものだと感心させられます。
タディーさんはフィレンツェらしい革小物を作る職人さんで、3代目になります。
商品数は少ないですが、丁寧な仕事の小物ばかりです。日本の言い方だと絞り技法の小物です。ミシンを使わない接着だけで組み上げる小物ですが、美しい。
フィレンツェ独特の革小物の伝統を残していって欲しい。

サンタクローチェ.jpg

サンタクローチェ修道院に隣接してあるサンタクローチェ・レザースクールを訪問しました。
第二次世界大戦後、孤児たちにカバン作りの技術を教えるため開校された、日本では有名なカバン作りの専門学校です。
行って驚いたことは、生徒の多くが日本の若者だったことです。私は何か違和感を感じました。

フィレンツェの街を歩いていて思いました。
大量生産大量消費の日本では画一的なモノを作り、消費し、また新しい画一的なモノをつくる。その繰り返しを消費者に強いる。そのサイクルには技術者は必要だけれど、職人はほんの少しでいい。それに比べフィレンツェは古いものをそのまま残しながら近代社会に順応しようとしているため、画一的な量産品だと対応できない部分が多くあるため、非効率でも小さな職人工房が多く存在する。
イタリアは日本に比べて色々な部分で不便です。平均所得も低い。しかし心豊かに私には見えました。

しかしブランドショップの建ち並ぶ通りを歩く時、そんなフィレンツェにも、もっともっとと過剰な利益を追求するグローバル経済の波が忍び寄ってきているのを感じます。それをフィレンツェに居るモノ作りの天使が力合わせて押し止めているように思えます。

スパゲティ アラ ボイア.jpg

ライターのN氏お勧めのベッキオ橋近くのレストランで食べたスパゲティ アラ ボイア 絶品でした。
スパゲティはイタリア滞在中何度か食べましたが、これが一番でした。
値段は9ユーロ。ガス抜きの水が3ユーロ。

2006年11月22日

イタリア旅行(3) フィレンツェ

フィレンツェ遠景2.jpg

ベニスがあまりにも特別な街なので、フィレンツェの街が見えてきても最初普通にみえました。車も普通に走っているし、建物も平均してきれい。しかしそれはベニスで麻痺していただけで、きれいだけれど中世に立てられた建物のままだし、道も中世の馬車道をそのまま使っている。ただその街をそのまま大事に守りながら中身をリフォームして現在社会でも充分暮らせる街になっています。ホテルにはネット回線も来ているし、狭い馬車道でもバスが通れるようにバスを小さく作っている。
文化遺産の中世のルネサンスの街が近代社会と良い按配で共存している。
ブルネレスキの大聖堂もウフィッチ美術館も素晴らしいけれど、私は他の方向に視線が向いている。

サンタクローチェ教会前.jpg

この街だけはO君に譲れない。私の思うとおり散策させていただきました。観光客はあまり行かない下町を中心に一日中歩き回りました。鞄作りの工房を何軒か回り、その他モノ作りの現場を覗き見しながら歩き続けました。そのことは次回のフィレンツェ2で書くとして、私はどうしても行きたい美術館がありました。それはビッティ宮殿にあるパラティーナ美術館。
旅立つ前から気になっていました。写真で見る限り変なのです。アメリカの家庭の居間に家族の思い出の写真を一杯飾っているように、壁が見えないぐらいに無秩序に一杯飾ってる。それも歴史の遺産レベルの絵で。こんな美術館見たことない。その中に埋もれるように大好きなラファエッロの絵も沢山あるのです。

8時30分開館にあわせてパラティーナ美術館へ。
ピッティ宮が見えてくると、写真撮影に夢中のO君は石畳に足をとられてすっ転んだ。大事なカメラを包み込みながら受身をしながら一回転。こんな時に高校の体育で強制的にやらされた柔道が役立つとは良かった良かった。
パラティーナの中は写真で見るより凄い。壁を名画が埋め尽くした広い部屋がいつまでも続く。お目当てのラファエッロまで辿り着くのに両手の指では足りないぐらいの部屋を越えてやっとラファエッロの小椅子の聖母のある部屋に。人の手で描いたとは思えない筆のタッチのラファエッロの傑作を見てしまったのです。拝みたくなるほど神々しい絵です。そんな絵が沢山の絵の中に埋もれているのです。

パラティーナには絵以外に天板に象嵌細工を施したテーブルが各部屋に置いてあります。
そのテーブルの象嵌細工の精緻な仕事には、絵に負けないほどの感動を感じました。
名もない中世のフィレンツェの家具職人の技術のすべてを込めて作り上げたテーブル。
素晴らしい仕事は500年の時を超えて私たちに感動を伝える。このテーブルたちを見るにはパラティーナを訪れるしか方法はありません。

フィレンツェホテル.jpg

フィレンツェで泊まったホテルは貴族の館を改装した4階建。
エレベーターは螺旋階段の中央に通された網目のクラシックなタイプ。部屋は狭いけれどシックで良い感じの最上階の部屋。部屋と同じほどの広さのベランダもあり、喫煙にも困らない。ベランダからは屋根越しにブルネレスキの大聖堂も見える。良い感じ。
しかしなぜか部屋が暑い。暖房を止めても暑い。しかたなく唯一の明かり取りのベランダに通じるガラスドアを開け放ったまま寝ることにしました。これで寝れると思ったら、11月だというのに蚊がブーン。O君と私は夜中に痒くて目を覚ましました。11月に蚊にかまれるなんて考えてもいませんでした。

ベランダから.jpg

フルール久々登場

フルール11、22.jpg

私がイタリアを楽しんでいる間に、フルールが久々登場。
今回はブラック本体にライトグレーを合わせたものとライトグレー本体にバイオレットを合わせたタイプを新しく加えました。
お待ちいただき、ありがとうございました。

2006年11月21日

イタリア旅行(2)

カフェ.フローリアン.jpg
                                 カフェ・フローリアン

イタリアから帰ってきて最初の夜、私は爆睡しました。
イタリアでの一週間、私の体内時計は日本時間で動いていました。8時間の時差のあるイタリアでは、夕方から体の動きが鈍くなり、12時頃眠るのですが3時間から4時間眠ると目が覚めてしまいます。
明るくなるまで手紙を書いたり、写真のチェックをしたりしながら過ごします。
パソコンを持って行けばブログを書いたりして有意義にその時間を過ごせたのですが、軽くてコンパクトなパソコンを持っていないことと海外でネットに接続する自信がなかったことなどが理由で残念しました。

今回のイタリア旅行は、海外旅行を多く経験している人たちの忠告に従って添乗員付きのツアーでの旅行を選択しました。
初めてのヨーロッパ、一都市に滞在する旅でなくて多くの都市をダイジェストに回るのであればツアーの方が効率が良いと。実際それが正解で、効率良く各都市を見て回れました。余裕のある日程のツアーを選んだのも正解で、私的海外旅行アドバイザーのF夫妻には感謝、感謝です。今日もF氏から電話があり昨日のブログの写真はひどいから、私の撮ったベニスの写真貸しましょうかと。確かにそのとおりですがヘタな写真で御容赦を。

完全に脳細胞をOFFにして、無防備に海外を彷徨う日本人観光客と化したO君でも、なんとか添乗員さんに迷惑をかけながらも、無事日本に帰国出来ました。彼は空港でチェックを受けるたびに何かを没収されるか念入りなチェックを受けていました。
ただ、フィレンツェのチェレリーニやタディーさんの工房で英語が全然ダメな私を助けてくれた時だけ、O君がインテリである事を思い起こさせてもらったけれど、それ以外は、、、、、

平均年齢が相当高いメンバーでの13人のツアーだったので、親しく会話も出来て和気あいあい楽しい時間を過ごせました。ベテランの添乗員さんにも色々助けてもらって、最初のイタリアとしてはベストの旅行だったと思います。
ただ次回からは一つの都市に滞在する旅にします。じっくり街を味わう旅行を。そのための今回は下準備。
次回は問題のO君は奥様が手綱を締めてくれるだろうから、私たち夫婦と4人で行くでしょう。
ブログはいよいよフィレンツェ編に突入です。色々なことを感じた、モノ作りの天使が住む街でした。

2006年11月20日

イタリア旅行(1) ベニス

私にとって初めてのヨーロッパ、それも大好きな国イタリアへ旅立ちました。
今回は初めてだし、欲張ってベニス、フィレンツェ、ローマとナポリ?です。
イタリアの空気を吸って、カバン作りその他に新しい刺激を感じる旅にしたいと願いつつ。
一緒に行くのは幼なじみの弁護士のO君。彼と一緒に行くことで私の我儘な行動を抑えていただけるのではと考えていたのですが、現実はそうはいかず彼は私以上に自由気ままで、私の思惑は完全にはずれる旅となりました。

水上タクシーにて.jpg

自宅を出てからベニスのホテルに着いたのが夜中の12時過ぎで、スキポール空港でのトランジットが5時間ほどあったため24時間ほどの移動時間。50歳のオヤジには堪えるものでした。
しかし水上タクシーに乗ってベニスの夜中の町並みが見えてくると、モウロウとしている脳細胞が元気を取り戻すのが感じられてきます。こんな街見た事がない。

ベネチア.jpg

私の本命はフィレンツェなので、ベニスはO君に譲り、美術館や教会を見て回り、その合間をぬって迷路のような町並みを散策しました。私は美術館や教会より、街中を散策する方を好みます。
そこで強く感じたことは、物販のお店が、みやげ物屋もブランドショップも雑多に同じ目線に並んでいる事。日本のお店の場合、財力に比例して有利な立地に大ブランドが並ぶけれど、ベニスはそうじゃないように見える。それが気持良い商店街を形成している。それがベニスの魅力の一部であり、私が一番魅了される部分です。

ベネチア/レストラン.jpg

ベニスの建物は大部分ボロい。でありながらなんて味わいのある町並みなのだろう。水が
古い建物を清めているみたいに。
宿泊したホテルも外観はベニスの町並みに馴染んでボロい。フロントもクラシックで良い感じ。しかし部屋は予想を裏切って改装したばかりのきれいなお部屋。でも初めて泊まるヨーロピアンスタイル。
上の写真の赤い蔦の建物は、泊まったホテルのすぐ傍にあるレストランの外観。
スカンピをオーブンで焼いたのと魚貝類のリゾットが美味しかった。

ベニス/テラス.jpg
O君は昼間からワインを飲み夜は2本もワインを空ける大酒のみなのに、私の喫煙にはうるさい。そのため私はホテルの部屋の40cm×100cmほどのベランダとはお世辞にも言えない危険なスペースでの喫煙を余儀なく強いられ、朝6時荷物を運搬する船を見ながら、ベニスの蛍族。

8日間の留守番

はな.jpg
8日間、ひとりでしたが、ひとりではなかった。
お客様方とゆっくりお話出来ましたし、毎日メニューの違う昼食を届けてくださったY姉さん、だし巻き卵は絶品でした。外国人にゆっくり日本語での接客をしてくださった、知識多きゆかいなF夫妻。
おやつを届けてくれた資格取得勉強中のS兄さん。淋しくないよう気遣っていただいた8日間、
みなさんの優しさが心に響く8日間でした。ありがとう!
これから主人の視察旅行?談のはじまり、はじまりー!

2006年11月12日

優しいつながり

単身赴任しているS氏の横浜の奥様からメールがありました。
前回ナガサワであった万年筆クリニックに持ち込んだS氏のシェーファーの書き味に満足されたようで、その思いを奥様に葉書に記して投函されたみたいです。
メールや電話でこと足りる時代、万年筆で書いた葉書を送ることはより特別で豊かな心を一緒に送ります。
アナログなモノたちが作り出す豊かな世界のお仲間でいたい。そんなモノをつくってゆきたい。

S氏は持っている万年筆(30本ほど)を順次調整していって新しい万年筆はいらないとおっしゃっていますが、ペンクリニックに行くようになると、必ず新しい万年筆を買ってしまうのです。万年筆菌はペンクリニックで増殖するのです。私も注意しないと。

シャウワー氏.jpg
ライターのN氏からメールが届きました。添付されていた写真はストーヴァのプロデュースをしている独立系時計師のヨルク・シャウアー氏の写真。
今来日していて、ストーヴァのアンティーク時計を多く持ち込みミニ・ミュージアム風のイベントが新宿であって、インタビュアーとしてN氏も参加されていました。その時写した写真。俳優かと思うぐらいカッコ良い。シャウアー氏の後ろに写っているタペストリーかTシャツが欲しいなぁーと思っているミーハーなわたしです。

私のストーヴァ・アンテアは時計のライターであるN氏の推薦で購入した時計です。良い時計です。心豊かにいつも身に付けています。N氏から値段とは正比例しない豊かなモノを教えていただきます。
そのモノに対する見方は共感します。またお会いして色々なお話をしたいなぁ。

ここにお店を持ってから多くの人たちと知り合いました。
私達夫婦がこれからどんどん年齢を重ねて、商売でない楽しみとして鞄が作れるようになって、お店にはモノ好きな人たちが遊びに来てくれるサロンのようなお店になって行けば、なんて幸せなことでしょう。
そんなお店として、神戸という地に根付きたい。昨日も姫路のOさんと西宮のAさんが長く居られました。今日もF夫妻がいつものように来てくれました。なんか幸せ。

13日から20日まで営業時間を午前11時から午後7時までとさせていただきます。
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご容赦お願いします。

2006年11月10日

寝台急行銀河A寝台で東京出張

銀河外観.jpg

寝台車に乗って東京に行ってきました。
時間の使い方、過ごし方のうまい息子に勧められ、今回それを実現させました。それもA寝台。

1日を最大限有効に使う東京出張として考えた時、深夜バス利用という方法が経済的で有効です。何度か利用しましたが、体力消耗が激しく疲れが残るので、もうよほどの事がない限り、これからますます老いてゆくので使うことはないでしょう。
他の方法で有効なのが寝台車利用。それも最も安楽なのがA寝台利用。しかしこれは新幹線のグリーン席利用と同じ程度お値段が高い。決して経済的ではないのです。

しかし私は、まだ東海道に新幹線が走ってなかった頃、一流企業の部長さん以上の出張でしか利用できなかった銀河A寝台での東京出張を敢行しました。
古い車体はよく揺れ、値段に見合ったスペースとサービスではないようにに思うのだけれど、JRが国鉄であった頃のレトロな風情をあじわいながら、やはり熟睡モードには入れぬまま東京駅に午前6時40分に到着。面白い経験でしたが、1度でいいかな。

煙突工房内部.jpg

今回の出張の目的はフラソリティー・バイ・ル、ボナープロジェクトの最終サンプルその他の打ち合わせで猪瀬さんのところに行くことと、古山画伯たちと計画している秘密の企て?を相談することなのであります。

最初に古山画伯の煙突工房のある、茨城県の牛久へ。これが結構遠い。常磐線を乗り継ぎ牛久へ、途中降りる駅を間違え迷いつつも煙突工房に到着。
煙突工房は広々としたビルの建築予定地に孤立無援に建つボロボロのプレハブのアトリエ。
中もグチャグチャなのだけれど広い。今日は絵画教室の日で、生徒さんたちがはるばる東京からやってきて絵を書いている。その絵がみんな良い。生徒さんたちの絵に見入ってしまいました。
そのど真ん中で、古山画伯との密談。はたしてこの計画うまくいくかな。計画が始動し始めたらブログで公表します。ワクワク、ドキドキ、、、、、、、、

それにしてもなぜなんだろう。グチャグチャ、ボロボロの煙突工房の空間に身を置くとき感じた居心地の良さは。団塊の世代の青春時代、学生運動やフーテン(ヒッピー)があった。それに遅れてきた私達の世代にはその空気への憧れがあるのかもしれない。それが煙突工房の空間にはあるのです。また訪れたい空間です。煙突工房は、ビルがいつまでも建たずに存在し続けてほしい秘密基地です。

その後堀切の猪瀬さんのところへ。フラソリティー バイ ル・ボナー プロジェクトも最終サンプルを製作してスタート間近です。ホームページ新しく作りますので楽しみに待っていてください。
それにしても、(株)猪瀬の工房は若者とベテランの職人さんがレトロな建物で活き活きと鞄を作っていていつも訪れると、鞄作りの情熱をいただいて帰ります。私もがんばらなければいけないと。
furuyamagahaku.jpg

今日お店で仕事をしていると宅急便が大きな荷物を届けてくれました。開けてみると古山画伯からの、鞄と物々交換した絵が。昨日会った時には出来たの一言も言ってなかっただけに、突然届いてワクワクドキドキしながら包みを開くと、ご覧の絵が!
私達夫婦、絵を見入ってニコニコ大感激。

2006年11月 7日

修理完了のA4サイズのグラス

A4グラス.jpg
7,8年前に特注でブッテーロを使って作ったA4サイズのグラスが修理で里帰りです。
取っ手を付ける根革の部分が切れかかっていて、その交換です。
前のベルト部分を取り、かぶせ部分の糸をほどいて、新しく作った根革部分を付け替えて元どうり縫い直して、磨き直してできあがりです。今回は今まで付いていた根革より厚みを増した根革にしました。これで大丈夫。

それにしても、ブッテーロは良い革です。この年月使い続けると、多くのタンニンなめしの革鞄は老化した人の肌のようになっているモノを多く見るのだけれど、ブッテーロはまだまだしっとりと油ギッシュ。薄い色だけに、シミやキズは年月に準じてあるけれど表皮は元気そのもの。これからも頑張ってくれるでしょう。根革だけが新品の革で今は違和感がありますが、数年経てば最初からこの根革であったと思うほど同化していることでしょう。

このカバンの場合、現在も定番で使っているブッテーロなので修理のための革を心配することはありません。今は使っていなくて昔使った革のカバンの修理も困らないように、ル・ボナーでは革を残しています。私たちがこのお店を続けている間は、修理は同じ革でやれます。私たちの年齢が増すと共に、里帰りの日数がどんどん増していってしまいますが、丁寧に修理しますので、長い里帰りを我慢していただければいつまでも使い続けてもらえます。

いつまでも使い続けたいと思ってもらえる鞄を作り続けたいと思ってます。

2006年11月 6日

ペン・クリニック

中屋、漆.jpg
3.4.5日の3日間ナガサワ文具店本店の5階万年筆売り場で、セーラー万年筆の川口さんのペンクリニックがありました。
私は初日の午前中に行ってきました。ペン先を調整してもらうと、今までインクの出が悪かったり、書いていて引っかかっていたペン先が、驚くほどスムーズな書き味に変わります。
書くときペンを持つ角度が個々違っているし、書き癖もそれぞれ。そのため自分にあったペン先調整をしてもらうと、自分用のオーダーメイドの万年筆に変身します。

今私は字を書くことが楽しくてしかたありません。調整してもらった万年筆で字を書くことがこんなに気持ち良いこととは今まで知らなかった。理由もなく暇をみては下手な字を書いている私です。下手な字でも万年筆で書いた字は味があるように思うのです。ただ調整した気持ちの良い書き味の万年筆で字を書くようになると、ボールペンで字を書きたくなくなってしまう私です。

私は万年筆マニアにはなりません?。作った職人の思いが伝わってくる良い仕事の万年筆が数本あればそれでいい。その万年筆たちが気持ちの良い書き味であればそれで大満足。
万年筆マニアの古山画伯に伝えたら、万年筆菌は結構しつこいのでご注意をと。

ル・ボナーに来店する人たちにペン先調整のこと話すと、知らないで使っている人が多い。
今回のペン・クリニックには結構ル・ボナーのお客様たちが行ったと思う。エリートサラリーマンのA氏は使っていたペリカンの万年筆が驚くほどの書き味に変わったとメールをいただいたし、福井のKさんはつい最近ナガサワで買った2本の加藤製作所カンパニーの万年筆を調整してもらうためわざわざ来られ、ついでにイタリアの綺麗な万年筆を購入。他にもル・ボナー関連の何人かが行ったはずです。
どうやら、万年筆菌はル・ボナーで発症している人が何人かいるようです。私は責任はとりません。あしからず。

最近、私はインクの乗りが悪かったり滲む紙質のノートやメモ帳を使ってしまった時、不愉快な気持になってしまう。
ル・ボナーの革小物のアイテムに、首からぶら下げる万年筆を一本入れるホルダーと仕切りがしっかりあるペンケースを作らなければと考えている私がいます。
やはり私も万年筆菌に侵されているのかなぁー。いやいやそんなはずは、、、、。

2006年11月 4日

太ダレス、もうすぐ完成

11,4ダレス.jpg
久々のハードなメンズバッグの量産もあと少しで終わり。
ル・ボナーの太ダレスはオーソドックスな形のダレスバッグ(ドクターバッグ)ですが、縦と横のバランスが独特です。一般のブリーフケースには少ない四角に近いバランスなのです。
かっこ悪く見えるギリギリまで縦を高くしています。これはダレスの場合、上がしぼんだ形でマチも内側に入れ込む形をしているため、見た目より容量が少なくなってしまうまうので、マチの幅がしぼんでゆく場所より下の部分で、B4書類が収まるようにしたいためです。
余った上の部分にセーターなどが収まります。このサイズバランスはあまり見ないはずです。

今まで使う革を1,8ミリの厚みに割って本体を作っていましたが、革の質感が薄っぺらく感じるという意見があったので、今回からは厚みを2ミリで作りました。そのため厚み感は増したのですが、少し重くなりました。それでも同じサイズの他社のダレスバッグに比べれば
まだまだ全然軽いダレスバッグです。

11,4ダレス手縫い.jpg

トップの枠を手縫いでつければ完成。
ミシンでも枠を縫いつけることは出来なくはないのだけれど、しっかりと枠を縫い付けたいので手縫いします。
手縫いという作業は、ミシン縫いに比べて時間は途方もなく消費しますが楽しい作業です。
コストを考えなければ、カバン作りの作業の中でこれほど楽しい作業はない。
カバンの手縫いは、靴や洋服と違い見せる手縫いなので、縫う職人の個性がでます。手縫いのステッチを見れば、縫った人の性格判断がある程度できるくらい違いがあります。
面白い作業です。

2006年11月 3日

散髪屋さん決定!

サン・バーバー.jpg

私は散髪屋さんに縁がなかった。ただバリカンで2ミリに揃えてと頼んだだけなのに虎刈りにされたり、よく磨がれていない剃刀でヒゲをそられたり、散々な思いを何度か経験してきました。私にとって安心して任せられる散髪屋さんを見つけ出すのは悲願のようなものでした。

ル・ボナーの一日の安心できる散髪屋さんを求めてを読んだお客様に教えていただきあちこち散髪屋さんに行ってみるのですが、帯に短したすきに長しでここで決定と言うまでには至っておりませんでした。

今回は何人かのお客様に紹介されていたのですが、なぜか今まで行っていなかったサン・バーバー。JR六甲道近くの国道2号線沿いにあります。車で行くと通りすぎてしまいそうになるほど散髪屋さんっていう感じがないサロン風なお店。レトロな散髪屋さん風を好む私には少し躊躇があったけれど、清潔な店内と身奇麗な御主人と息子さんは好感を感じました。

息子さんに担当してもらったのですが、安心して任せられる至福のの時間。こんな近くにこんな居心地の良い散髪屋さんがあったとは。終の散髪屋さん決定です。
確かな技術で仕事をし、居心地の良い時間を提供してくれる散髪屋さんがやっとみつかりました。

散髪が終わったあとエスプレッソをサービスで頂きその後、私の乗って来た68年式ビートルの話しに。息子さんは親父さんから譲り受けた76年式ビートル・カブリオに乗っていて、私と同類の車好き。親子と私でマニアックなビートル仲間の会話で盛り上がりました。
楽しい時間をありがとうございました。これから月に一度サン・バーバー。

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