2007年1月アーカイブ

2007年1月31日

鳥取へ

特急はくと.jpg

特急はくと5号で鳥取へ。神戸から鳥取まで特急はくとだと2時間ちょっとで着いてしまいます。案外近いのであります。駅弁を食べながらうとうとしていたら、鳥取にあっという間に到着。鳥取は子供の頃、親父が家族旅行で鳥取砂丘に連れて来てくれた時以来です。
24時間睡眠なしの一日がスタートを切りました。

今回の鳥取行きは”万年筆の達人”の古山画伯が、鳥取のハンドメイド万年筆で有名な万年筆屋さんの”万年筆博士”の社長さんが革製品に興味を持っているので、是非行くべきだから私と一緒に行きましょうという誘いに乗った次第であります。商談?のための鳥取行きなのであります。

鳥取駅で古山画伯と合流して、万年筆の聖地”万年筆博士”へ。
古山画伯ともう一人、万年筆関連の革小物の製作では、知る人ぞ知るTAKUYA君が東京から参加。TAKUYA君とは初めて会ったのに、旧知の友のように不思議なほど自然。

”万年筆博士”は山陰の地方都市の商店街の中で、独特の存在感を醸し出すお店です。
店内の片隅の工房では、万年筆職人の田中晴美さんが無言の存在感をかもしだしながら轆轤(ろくろ)で万年筆の胴を削っています。田中さんは中屋万年筆の松原さんと双璧の日本を代表する轆轤職人です。轆轤で万年筆の胴を削るのは日本独特のもので、大部分の万年筆は旋盤で胴を削ります。私とTAKUYA君は田中さんの熟練の技術に見入ってしまいました。

田中さんが作り出すかけがいのないハンドメイド万年筆、1本は持っていたい。
私だったら、ニュージェードグリーンのセルロイドとオランダ水牛のコンビがいい。

万年筆博士で、田中さんとお話をしたかったけれど、仕事に集中していて話せなくて残念。でも新しい出会いと未知の世界に触れる充実した時間を過ごした後、鳥取の民芸運動の指導者、吉田璋也のコレクションを集めた鳥取民芸美術館に立ち寄った後、夜のカニ三昧の宴会にそなえて、今夜泊まる宿の温泉に入ってしばしの休息。鳥取市内に温泉が沸いています。知らなかった。


TAKUYA万年筆入れ.jpg

鳥取港近くで新鮮なカニを食べて飲んで充分満足して、古山先生ごちそうさまでした。
宿に戻り、古山画伯はそのままおやすみなさい。私とTAKUYA君は革製品談議。
彼の作る革小物は丁寧な仕事の品で、好感を感じます。話しは盛り上がり、翌日の朝を迎えました。眠気を吹き飛ばすため朝風呂に入ったのですが、出てから気持ちよくて逆に眠気が増してくる。いけない、いけない。
初夏を迎える頃には、ル・ボナーにもTAKUYA君の作る手縫いの革小物が並びます。関西では初めてお目見えすることになります。

智頭にて.jpg

是非、見せたいモノがあるからという古山画伯の案内で、智頭で途中下車して石谷家住宅を見学することになりました。
古山画伯が見せたいというだけに、ほんとに素晴らしい日本家屋。映画の”犬神家の一族”はここでロケをしたのではないかと思ってしまう地方の資産家の住宅です。
ここの持ち主が、万年筆博士の社長と知り合いで、そのよしみで去年はこの住宅の大広間を使って万年筆サミットなる会合を開いたんだそうです。素晴らしい趣味人たち。
個人住宅の庭とは思えない、素晴らしい庭を見ながら縁側でコーヒーを頂いていると、あまりの気持良さに、TAKUYA君と私は昨夜のオールナイトの会談のため眠気が襲ってくる。

石谷家以外の町屋も素晴らしい智頭の街並みを散策し、鳥取を後にしました。
車中の昼食は、私以外の二人はカンチュウハイと豆の詰め合わせ。私はコーヒーと柿ピー。TAKUYA君が夢の中を彷徨っている間、古山画伯と私は、TAKUYA君の爽やかな好青年の表の顔に隠された、悪魔の裏の顔について語り合っておりました。嘘です。

昼過ぎにはル・ボナーに戻っていた私なのですが、強烈な眠気が襲ってくる。もういい年なのに、自分をコントロールできない。店を8時まで頑張った後、家に戻って爆睡。

田中晴美さんの仕事をする姿が心に残る。黙々と確実な丁寧な仕事。
名声も、それをマネージメントすることも、職人には関係がない。目の前の仕事に向き合うことがすべて。今度会うときはお話がしたいなぁ。

2007年1月28日

私の時計たち

マイ時計.jpg

去年末購入したロードマーベルは、40年間眠っていたとは思えないほど調子良くて、平置きでも手に付けていても日差マイナス2秒で機嫌良く動いています。この時代のハイビートのの手巻きの巻く時の感触は、跳ね返りを感じる独特なもの。毎朝の楽しみです。
跳ね返りを感じる独特な感触が不安で、ライターのN氏にそのことを話したら、当時のセイコーのハイビートはみなそんな感触で、使い込むとその跳ね返りが薄れてくるんだそうです。それを聞いて安心しました。

ロードマーベルを気に入って付けていると、ストーヴァのアンテアがへそを曲げます。
今まで日差プラス1,5秒で機嫌良く時を刻んでいたのですが、付けずに置いておくとプラス30秒ほどになってしまいます。そんなこともあり普段はアンテアを付ける事が多い。
今アンテアにはジャン・クロード・ペランのライトグレーのクロコの革にオレンジのステッチのベルトを付けています。お客様にいただいたベルトですが、上等で良い感じ。7万円以下の値段で購入した時計だとは思えない存在感。
私のアンテアだけが当たりをひいたわけではなく、ル・ボナーのお客さまで、何人か購入されましたが皆精度はすこぶる良いようです。ノモスがバウハウスデザインの時計で有名ですが、同じETAのムーブメントを使い、この精度をだしていて、ノモスの約3分の1の値段で買えるストーヴァのアンテアは、このデザインがお好きな方には良い時計だと思いまーす。私は大変気に入っております。

奥に写っている時計は息子に買ったフレデリック・コンスタント。今不調で出戻って来ています。
デザインが上品で、ムーブメントがよく見えて面白かったので、1年ほど前に息子用に私が選んだ時計です。ムーブメントはアンテアと同じETA社ですが、この時計は腕に巻いていると止まってしまうし、平置きだと動いているのですが日差マイナス2分ほどになります。
そのため、お客様に教えていただいた時計修理屋さんに持ち込む予定にしています。はたしてちゃんとした時計になってくれるだろうか。

少し前まで、腕時計なんてなくてもいいじゃないかと思っていた私です。ケイタイでも時間は確認できるし、普通の車には時計が付いているし。
でも興味を持って分かりました。大人が、子供の心を忘れないための安全弁のようなもの。赤ちゃんのおしゃぶりのようなものなんです。
情報の洪水の中で生きる現代人にとって、手間隙かかるアナログなモノを身につけることで、癒しを得ることができる。機械式時計、万年筆、革靴、私が作っているカバンもそうです。作り手の思いが伝わるモノを、身に着けたい。永遠を信じて。

2007年1月27日

プティトートが出来上がりました

1.26プティトート.jpg

プティトートが出来上がりました。今回は水色、オレンジ、ゴールド、紫です。
紫という色は難しい色だと思います。微妙なさじ加減で上品な色だったり、そうでなかったりします。
シュランケンカーフの紫はほんとに良い色だと思います。さすがエルメスが色指定して作った革だけあります。気品のある紫色です。

プティトートは、ハミがデザインして作り始めてから25年ほど作り続けている息の長ーいトートバッグです。
最初は国内でなめしたタンニン革を使って、裏地も付けていませんでした。その後何度もマイナーチェンジを繰り返し、現在のシュランケンカーフを使ったプティトートに落ち着きました。

その間、本体の基本パターンは変えていません。マチと本体を仕切る内縫いの玉ブチのところで閉じずに台形に閉じたことで、特別なラインが生まれるところがこのトートバッグの特徴です。
そのことで小さく見えて案外収納力のあるバッグに仕上がっています。お弁当箱が納まる巾のマチにしたので、マチがサイズの割りに広いのですが、そのアンバランスを台形に閉じることで、収まっています。

取っ手の根革も本体上部ぎりぎりから持ってきているので、長く使いつづけても、使い込んで変形したプティトートは今のところ見ていません。無理なデザインをせずに作り出したカタチなので、安心してお客様にお勧めできます。

シュランケンカーフはカラフルな色がいっぱいあります。パステルカラーのクレパスのように。
多くのかばん屋さんが黒、チョコ、茶が中心で、カラフルな革で作ったバッグはさし色の立場ですが、ル・ボナーでは綺麗な色から売れていきます。色を楽しむ人たちが多く住む街で、鞄作りが出来て幸せです。色が一杯、作っていても、飾っていても楽しい。そのため、革の在庫も多色揃えないといけないので大変だけれど、楽しくモノ作りが出来ることが1番。まだ製品にしたことのない色のシュランケンカーフも革棚にあります。作らないといけません。

2007年1月25日

1月25日の休日

休日の散歩.jpg

今日はル・ボナーはお休み。休日恒例のハミとチャーとの散歩。
今年の冬は耳が痛くなるほどの寒さはまだ一度も味わっていない。今日も風がなくて良い天気。日向ぼっこをしながら、ル・ボナーの今年の方針の2者と1匹会談?。

その後私は行かなければいけない所があり、ハミとチャーをお店に残し、1月2日以来久しぶりにビーちゃんのエンジンを始動。走り出しても、あの恐怖の異音はしません。あの時の異音はなんだったのか。
実は私の必需品シガリロがきれてしまっていたので、杉本酒販にまとめ買いに行ったのであります。ついでに元町商店街にある帽子屋さんが店じまいセールをしていることを、常連客のF夫妻に聞いていたので、帽子好きの私が行かないで済ませるわけにはいかないのであります。

その前に、マイ散髪屋さんに決定した六甲道の2号線沿いにあるサン・バーバーに。
同じビートルに乗っていることで、初めて訪れた時から楽しい時間を過ごせました。今日も予約なしで突然訪れたのですが、すっきり。剥げている私はバリカンを購入すれば、散髪屋さんに行く必要はないと言えばないのですが、カミソリでヒゲをそっていただく時、任せられる安心感が気持良いので、月に1度は行きたいのであります。

特価帽子.jpg

その後、杉本酒販でジノを10箱買って、店じまいセールをしている帽子屋さんに。
買ってしまいました。チョコレート色の中折れはウールフェルトですが2000円です。ツイードのハンチングはボルサリーノ製で4500円。買わないわけにはいきません。
問題は兎毛のフェルトの中折れ。イギリス製で綺麗な帽子。デパートで買えば3~4万円以上はする品が7500円。しかし小さいサイズしかなくて被れない。でも諦めきれない。
ハミならぴったしサイズのはずと勝手に判断して、私の趣向の押し売り決定。ハイ、プレゼントとハミに手渡しましたが、私には似合わないと拒絶されてしまいました。うーん、まいったなぁ~。

少し寄り道して、元町高架下商店街を覗いてきました。三ノ宮の高架下は震災後綺麗になってしまったけれど、モトコウ(元町高架下商店街を地元民はそう呼ぶ)は神戸らしい怪しさを今も残す私好みの場所です。何軒かのアンティーク時計屋さんを冷やかしてきましたが、初期型のGSが目に止まりました。値段は12万。少し悩みましたが、良し悪しを冷静に判断することが出来ない怪しさがモトコウにはあるのです。やめました。

2007年1月23日

タンニンなめしの革鞄のお手入れ

お手入れの違い.jpg

同じブッテーロ革で作ったミニブリーフケースと細ダレスが、それぞれ修理とお手入れで里帰りです。丁度同じ頃作った鞄です。

ミニブリーフケースは取っ手の根革がちぎれてしまっています。原因は明らかです。
防水スプレーその他コーティングしてしまうようなものは塗らないでくださいと、お渡しする時必ず言っているのですが、この鞄の持ち主はラッカーのたぐいを塗ってしまったのです。
そのため革が呼吸出来なくなって硬化してしまい、一番負担のかかる部分が最初に悲鳴をあげた結果です。根革を取り替えたとしても、本体がもうしばらくするとひび割れてきて、無残な状態になるでしょう。そうなったら修復不可能です。

細ダレスは良い状態です。粘り腰のある経年変化をみせています。
実はこの細ダレスは、購入されてすぐに川原で転んで、錠前の下あたりに大きなダメージを受けた経歴をもっています。その時の傷は表皮が削れ小砂利がえぐり入った状態。
いくら復元力のあるブッテーロという革でも、この傷は治らないだろうと思っていました。
それが月日が、思い出の足跡程度のモノに変えてゆきました。ブッテーロという革の復元力恐るべし。

タンニンなめしの革は、経年変化を楽しめる魅力的な革ですが、デリケートです。過剰なお手入れは避けて、水拭きして塩分や汚れを取って、乾拭きするのが無難。

昨日もミネルバリスシオで作ったダレスを持って来られました。革表面のあちこちにシミが出来ています。聞くと、ドイツのヌメ革のカバンブランドで売っていた保革クリームを塗り磨いたんだそうです。そのブランドが使っている革はタンニンなめしの植物性のオイルレザーです。ミネルバリスシオは動物性のオイルレザーなので、そのため科学変化を起こしてしまったのです。保革クリームは植物性オイルレザーには植物性を、動物性オイルレザーには動物性を使わないといけません。ちなみにブッテーロは植物性のオイルレザーです。

バタラッシー社のミネルバリスシオ、ミネルバボックスなどのバケッタ製法の革は、特にオイルを多く含ませている革なので、水拭きして塩分、汚れ以外に古くなった表面のオイルもふき取ってあげると、内側からオイルが出てきて革が活性化して長持ちします。経年変化も均一に変化します。動物性の保革クリームだとしても、バタラッシー社の革には入れない方が無難だと思います。オイル過多になって、革の気孔を塞いでしまうおそれがあります。
そうなると革の寿命を縮めてしまうことになってしまいます。

タンニンなめしの革は過保護は禁物。冬でも水拭き寒風摩擦で厳しく優しく接しましょう。
そうすれば逞しく育ち、長く付き合うことができます。

2007年1月21日

ビーちゃんの寂しそうな後姿

ビーちゃん寂しそう.jpg

私の愛車1968年式フォルクスワーゲン タイプ1(通称ビートル)のビーちゃんの、後姿が寂しそうに私には見えます。
長期休暇と思っていたビーちゃんの主治医の西土居モータースの名整備士、古川さんが仕事をやめてしまいました。古川さんイコール西土居モータースだったので、西土居モータースも閉鎖です。
疲れちゃったというのが理由です。年齢はある程度いっていますが、まだまだ引退する年ではない。
あんなに車が大好きだった人が辞めるはずないと思っていたのに、残念です。

車の構造に詳しくない私は、見た目の可愛さから、このビートルを購入しました。買ってから、酷すぎるレストアゆえに、普通に乗るために多くの問題を解決していかないといけない日々が始まりました。あちこちのワーゲンショップに持ち込みましたが、お金ばかりかかって完調には程遠い状態のまま。
そんな時、ル・ボナーの顧客で、旧車好きのお坊さん(その当時5台の旧車を所有)に相談し、西土居モータースの古川さんを紹介していただきました。
古川さんに整備してもらったら、問題だらけの68年ビートルは、今までが何だったのかと思いたくなるほど完調に走り始め、その後消耗品の交換以外に大きな問題を経験することなく、ビーちゃんとの快適?な日々を過ごすことが出来るようになりました。

ビーちゃんと過ごした年月も10年近くになります。古川さんという名整備士と出会わなければ、続かなかったビーちゃんとの10年です。
初めてビーちゃんを持ち込んだ時、客を客とも思わない接客態度ながら、仕事は素晴らしい。その後も無愛想なのは変わりませんでしたが、徐々に親しくなって、西土居モータースに顔を出すのが楽しみになりました。古川さんに整備してもらえないと、私の車趣味の楽しみが半減してしまいます。オイルのシミと匂いの下町の整備工場で、頑固オヤジと車の話しができなくなってしまう。私にとって至福の時間だった。

古川さんは趣味でも古い車のレストアをします。レストアが終わるとレストアにかかった車体と部品の値段で売ってしまう車バカです。レストアが終わった初年度登録のカルマンギアも、1950年初頭のベンツも、そして私が買おうと悩んだ1962年の新車のような綺麗なビートルも業者に安く売っちゃった。ビートルは50万です。教えてくれれば、、、。

新車を買って、3年ごとに乗り換えるのが一番経済的というグローバル社会が勝手に作ったルールは大嫌い。永遠を信じて車とも接したい。古川さんはそんな私の願いを可能にしてくれる魔法の技術を持った唯一の自動車整備士だったのです。
ますますフェイクが多くなる時代、古川さんの経験と車への愛情が育てた技術はホンモノです。コンピューターに頼らない感ピューターは抜群の性能。
今年の秋、私の1968年式ビートルは車検です。古川さんに整備してもらえないのなら、私はビーちゃんとさよならしようと思います。趣味でいいから、古川さんが整備して車検を通していただけると信じています。あんな車バカが、車いじりから手を洗うなんてできるはずがない。

市井の名人職人が消えて行く。つまらないよぉ~。

2007年1月19日

大和出版印刷がおもしろい

daiwa.jpg

ル・ボナーのホームページを作ってくれている大和出版印刷は、若い社員の才能を生かして、ここのところ色々な新しい試みをしています。
その一つがノートその他紙製品。長年の印刷技術と紙の知識と若い社員のセンスで、一味違う紙製品を生み出そうとしています。
ダイアリーノートも、去年いただいたモノとは中身が全然違いデザインされています。使いやすいかどうかはこれからの検討課題ですが、楽しくなる美しくデザインされた1ページ1ページ。手がかかっています。
メモ帳もロディアを意識はしているけれど、その域を越えようと苦心していて、あともう少し。
煮詰め込んでKOBEメイドの特別なメモ帳が生まれる予感。
ル・ボナーの新年の年始に配るために作った卓上カレンダーは神戸の石屋さんに頼んで黒御影石を削って作ってもらったスタンドにシンプルなカレンダー。センス良くデザインされていて特別な感じ。

新しい試みをつづけ、見ていて楽しい会社。私はそんな大和出版印刷に関わりながら、楽しく無責任に遊ばせていただきます。

今年も印刷技術を競うコンクールにル・ボナーのカバンのポスターで出品します。去年は無欲で審査員特別賞を受賞しました。今年は欲いっぱいでの出品。はたして、、、、。

フラソリティー バイ ル・ボナープロジェクトの原稿の催促が大和の若い担当者からメール。
ホームページのシステムとデザイン、構成は大和さんのセンスに任しているけれど、中の文章は私の仕事。夜な夜なライター気分。
大和出版印刷の社内では、KOBEメイドのショッピングモールを作る計画があり、私達のフラソリティー バイ ル・ボナーはその挑戦のファーストモデルです。
誤魔化しのないほんまもんが好きやが若社長の思い。
是非成功させたいフラソリティー バイ ル・ボナープロジェクトです。今年のル・ボナーの最も大事な企画です。それだけに、あせらず万全の状態でスタートを切りたい。

一つの目的のために多くの人が力をあわせて作り上げる日々は、紆余曲折あるけれど大好きです。そんな関わりを繰り返し、何度も失敗している私ですが、文化祭好きの私の性分は死ぬまで直らないようです。だって面白いんだもの。

2007年1月17日

神戸に来て14年

東灘山手.jpg

私達が東京から神戸に来て14年になります。
今日で、阪神淡路大震災から12年目になります。あの出来事は決して忘れない。多くの人が傷つき、心も傷ついた経験を共有した日々は、故郷を持たなかった私達夫婦が、神戸という地を終の棲家と考えたきっかけでもありました。たまたま私達家族は全員無事でしたが、もし半年前まで住んでいた芦屋の長屋に居たら無事ではすまなかったと思います。1月17日の日は、朝起きると黙祷します。

神戸の街の良さは全てがコンパクトに収まっていることだと、神戸を愛する人は言います。
馴染みの物販のお店も、三宮を中心とした繁華街に集中していて徒歩で回れる範囲。飲食のお店のレベルも高く、安くて美味しいお店が多い。港は身近に感じられて、海水浴場も市内にある。自然もすぐ近くに六甲山があり、お金持ちの場合、自宅から20~30分車を走らせたところに、自然いっぱいの別荘を持つ事ができるのです。
そんなコンパクトな街を、少し距離をおいて接することのできる六甲アイランドは、私達には神戸を好きになるのに良いバランス。

神戸は震災で多くの古い建物が壊れ、神戸らしい味わいを残した街並みは少なくなったけれど、神戸を愛する人々と、神戸らしいお店が、神戸を彩る。新しくなった街並みの路地裏に、ハイカラ好きの神戸人とエトランゼが作り出した文化が今も脈々と続いている。
そんな神戸が大好きです。私達はそんな神戸で年老いてゆきます。

2007年1月16日

キューブボストンの製作に入りました

キューブ 19,1、.jpg

棚卸しの整理が終わり、キューブボストンの製作に入っています。
昨年は持ち手のことでしたが、今回は根革。根革というのは、持ち手の下のカンを押さえているパーツのことです。大きな本体をたった2cmの巾で支えてくれる頑張り屋さん。しっかり強く、作ります。

キューブパーツ 19,1.jpg

2枚合わせの上にステッチ3目位入るところまで、もう1枚革を張り合わせています。
当然のことですが、染めムラや傷などは避けて裁断しますが、伸び難く丈夫な部分の革はまとめて山西さんに厚みを変えて割って頂き、強度の必要な箇所に使用しています。
今回の根革の裏にはロダニール、その上にブレンダを使いました。ロダニール、表面はデリケートですが割ってみて解ったこと。なかなかどうして、非常に強い革です。革の個性の新たな発見、うれしいなあー。
お客様のご希望で、中のピッグシルキーはオレンジ、若草色、薄チョコ色と、どれも綺麗な色で裏地製作が待ち遠しい。

2007年1月14日

シェーファーのタルガ

シェーファー・タルガ.jpg

私はお客様がお持ちだったシェーファーのタルガという万年筆を見てしまってから、私も手に入れたいと強く思いました。胴と一体になったペン先の流れるようなラインに惚れこんで、特にペン先の反り上がった感じに魅了されました。これは1本手に入れないと絶対後悔すると思い、調べてみると製造をやめってしまった形なのです。
ヤフオクしか方法は残っていません。見てみると何本かのタルガが出品されています。その中で特に気になったのが胴がスターリングシルバーでペン先が14金のタイプ。落札日に入札開始。私の予想を大きく超える額まで最高落札額が上がってしまったので、私は今回は残念せざるおえない。次回がんばろう。がその後、私の希望するタイプのタルガは出品されない。長期戦を覚悟しました。

突然、愛知のK氏から小荷物。何だろう?と開いてみると中には2本のシェーファーのタルガ。一緒に入っていた手紙は、達筆ゆえ一部解読不明なれど、お二人で使ってくださいと書いてある部分は読めた、、、、、。え?えー!ほんとに。そんな困ってしまいますと言いながらも、返してなんて後で言われても返さないと思いながら、もう有頂天。
万年筆コレクターのK氏に年末に、注文されたカバンのことで電話したとき、今タルガを探していることを確かに話したけれど、プレゼントしていただけるなんて下心は全然なかった。
それだけにこの2本のタルガは喜び100倍。それも夫婦ケンカにならないよう2本のタルガの心遣い。2本とも私の大好きな未使用デッドストック品。それに加えてなんとそのうち一本は私が恋焦がれていた胴がシルバーのタルガ。

ペン先.JPGphoto by F氏

コンバータが装着されていなかったので、早速ハミが吉宗さんがいるナガサワ本店の5階万年筆売り場に。ついでにナガサワで購入した万年筆ではないのに丁寧にペン先を吉宗さんに調整していただいて、天にも昇る書き心地。K氏の手紙のインクと同じチョコレート色のインクを入れました。

吉宗さんがいるナガサワ本店の5階は繁華街の中にあるにもかかわらず、静かに時間が流れる特別な場所。吉宗さんに調整していただきながらの会話は、モノを買う売るだけでない豊かな時間をいただきます。私達夫婦はお客様の顔をすぐ忘れてしまう(鞄を見れば思い出すのですが)のですが、吉宗さんは覚えておられる。半年ほど前、一度しか会っていないハミを、それもマスクをして怪しげなおばさんを覚えておられる。お客様とお話することで、沢山のことを教えていただけると吉宗さんはいつも謙虚。
吉宗さん、最近ブログを始められたようです

当然私達夫婦はシルバーのタルガの奪い合いになりました。私は屁理屈3段論法にて勝利し、私のモノに。ハミはステンレスタイプを渋々。ペン先は同じ14金なのにシルバータイプの方がしっくりするのです。良い方のタルガを使うのだから、もう少し綺麗な字を書いたらとハミ。万年筆好きは個性的?な字を書くお人が意外と多いのであります。ペン習字でも習おうかな。

万年筆という魅力的な筆記具を知ったことで、私達夫婦は多くの人たちと知り合うことができました。
万年筆は私達に豊かな時間と新しい出会いをプレゼントしてくれます。ありがとう。

2007年1月13日

小物製作

07,1小物製作中.jpg

オーダー品の割り漉きが届くまでの間を利用して小物の製作に励んでおります。
半年近く、小物の品数が全然なくて、お客様たちに多大なご迷惑をおかけし続けております。
小物の品薄状態は、この程度の生産では全然間に合っていなくて、遅れているオーダー鞄の製作がひと段落ついたら、真剣に取り組まないといけないと思ってますが、いつのことになるやら。

今回作ったのはブックカバー、キーホルダー、シンプルな名刺入れその他です。
ブックカバーは文庫本サイズで、多くのお客様に頼まれていてやっと作ることが出来ました。ハミはお客様から頂いた”マイブック”というまるで文庫本の、ダイアリーを入れて使っています。
文庫本用ブックカバー5,460円。
ベルトキーホルダーはル・ボナーのアイテムの中で一番数多く作って売れてる小物です。
斜め漉き、コバ処理、その他ル・ボナーの特徴を見ることの出来る革小物です。
ベルトキーホルダー3,990円。
折り紙名刺入れはシンプルだけれど、シュランケンカーフの質感の魅力を伝える、使いやすい小物です。
色一杯折り紙名刺入れ4,830円。

マイブック.jpg

私達の創造し作った革製品で、お店が一杯になることを強く望んでいます。
その夢はいつ実現するのか分からないけれど、目の前の仕事を一つ一つ丁寧にこなしてゆくことで実現するはず。ベルトキーホルダーのコバ処理を染料と蜜蝋でしました。やはり蜜蝋で処理すると綺麗だなぁー。

今日の六甲アイランドは土曜日だというのにほんとに静かです。それでも何人ものお客様がル・ボナーのお店に来ていただき、ほんとにありがたいことです。明日は誰と会えるかな。

2007年1月11日

ライターN氏の突然の訪問

マサズ表.jpg

マサズ裏.jpg

ライターのN氏が今1番気に入っているマサズ・パスタイムで組んでもらった時計

私の時計学の先生、ライターのN氏が突然来店。
今回は知り合いの吉田スーツさんの仕入れに同行して、2人で来ていただきました。
そのためか、初めて見るスーツ姿での来店。ただお二人供ちょいと個性的なスーツです。

ライターのN氏のコレクターぶりは多岐にわたります。時計の100~200個は仕事を理由に許される範囲?だし収納スペースをそんなに必要としない。カメラ、シャープペンその他小物も同様。問題はギターです。100本ほどのギターが部屋を占領しているそうです。
このコレクターぶりはやはり病気と言わざるおえません。

ライターのN氏は、街の片隅で眠っている価値あるモノを、その価値を知らずに安く売っているお店を見つけ出し購入することに喜びを感じる人です。
両国の洋服屋、神田須田町の靴屋、四谷の文房具屋、青山の帽子屋。デッドストックの名品の格安モノが店の片隅に眠っているそうです。次回の東京出張の時には、お宝探索ツアーに私を招待してくれるそうです。楽しみです。

N氏がよく行く、新宿の楽器屋さんに9800円均一で沢山のギターが山積みで売られていたそうです。その中に何本かの名品も一緒にあり、価値の分かる私が買ってあげないと可哀相と思い、5本も一度に購入。奥様に呆れられながら。
そのお店での価値ありながら安売りされていたギターの最安値購入価格は3500円だそうです。ハードケース付き。

N氏は万年筆にはそんなに興味がないと言いながら、聞いてみると数十本はお持ちのようで、その中には私が欲しいモンブランのヘミングウェイも未使用で持っておられて、困ったものです。
元来持っていた私のモノ好きの虫がくすぶり始めています。危ない危ない。

2007年1月10日

TANBA NANBA のホームページオープン

丹波の工房にて.jpg

本棚を作っていただいた若き家具職人難波さんのホームページがオープンしました。
難波さんのホームページを見ながら、私達の注文した本棚はこんな感じの仕事場で作られただぁーと思いつつ、我が家のリビングに鎮座するこの家具への愛情が今まで以上に深まってきます。私達は難波さんに作っていただいたこの本棚を大変気に入っております。

1点1点作るモノ作りは魅力的であり楽しい。でも大変です。
工芸品と世の中の人が認めたモノ以外のモノ作りは労働に見合わない。それでもその仕事を愛しているから続ける。家具の場合、多くの量産品は合板と補強金具で組上げられていて、それでいながら見栄えは良くて高い値段で売っていたりする。そういったモノたちに私は愛情を持てないのです。

切磋琢磨して難波さんの個性と技術を注ぎ込んだ家具を作り続けて欲しいです。
お金が貯まったら、次は食テーブルと椅子をお願いしようとハミと話しています。
誤魔化していないモノたちが私達は好きです。誠意を感じるモノが好きです。
そういったモノを作っていきたいし、そういったモノに包まれていたい。

多量生産大量消費の現在社会の経済システムから少し距離を置いた、独立系の職人たちが作り出すモノは、非効率だけれどかけがいがないと私は思うのです。

2007年1月 8日

完成です

リュック完成(2).jpg


年を越してしまいましたが、出来上がりました。如何でしょうか、革の質感、感じられるかしら?
小物を入れるポケット、本体に通じるファスナーを付けました。そのファスナーを隠したい故に手順等考える時間が多かったように思います。
裏地はピッグシルキー、ショルダーは柔らかですが中に革をサンドイッチしての3枚合わせです。
持ち手等細かなパーツは、私好みのチェルケス合わせです。外からは見えませんが、底、背、上下の帯の裏にも革を貼っています。でも出来上がってみると、上の帯の裏にピックシルキーを貼りあわせたこと、少し後悔しています。しっかりしすぎました。
私は昔のあるブランドが好きで、以前見せて頂いたハンドバッグは、強度の必要な箇所はしっかり厚く仕上げてあり、繊細とは言いがたいのですが注意深く良く考えられており、感銘を受けてから、ついつい厚めに仕立ててしまいます。厚めのミシン縫い、苦労するのですが。
試作から改良して、背中に馴染み背負い易くなり、位置も変更したため変形を防げたと思います。
試作のリュックは私が使い始めています。種類は違えどカーフ、がんがん使ってどんな風合いになるか楽しみです。
紐の先.jpg
先っぽ、かわいいでしょう~。

2007年1月 6日

神戸人 N氏のブルー

N氏のブルー.jpg

里帰りしていたN氏が、注文されていたブルー色のブッテーロに黄色のステッチをきかせた太ダレスを受け取りに来られました。
神戸生まれのN氏は、東京の虎ノ門で働く神戸人。神戸を愛するN氏は、色を愛する。
N氏の色は中年チョイ悪風なブルー。イタリアンブルーです。
時計はお祖父さんが使っていた初期型のグランドセイコー。それにブルーのクロコの時計ベルト。現行のGSの手巻きより良い感じ。それにブルーのクロコで合わせるのが神戸風?。
万年筆はブルーのアウロラ。これはフルハルターの森山さんにペン先調整してもらった1品。書き味なめらか、インクはパステルブルー。
それにブルーのル・ボナーの太ダレスが加わります。大変満足していただいて私もニコニコ。
そんなN氏の選択に私も共感します。ちなみにN氏の愛車はブルーのプジョーだそうです。


ダビゾフNO2.jpg

お土産にダビゾフのNO2の葉巻を2本。私にとって何よりのプレゼント。1本の葉巻で1時間ほどの至福の時を過ごせます。ゆったりした心持の時楽しみたいと思います。
葉巻とモルトウイスキーの香りを愛するN氏はその後、神戸に帰神すると必ず訪れるバー バランザックへ。2日連チャンでの訪問のようです。

2007年1月 4日

エレファントの時計ベルト

エレファント時計ベルト.jpg

昨日2007年のル・ボナーのスタートをきり、予想以上にお客様が来られて良かった良かったです。今日は木曜日なのでお店は休んで、自宅の大掃除をする予定でしたが、私はいそいそと工房へ。

年末に入手したロードマーベル。私は手首が太いため純正のベルトだとしっくりこなくて、マイ ロードマーベル用のベルトを作りに行った訳であります。年末からの念願がやっと実行できます。今日まで腕に付けることなく仕事机の隅に鎮座していたわけで、早く使ってあげないと宝の持ち腐れです。

金張りのロードマーベルにはどんなベルトがいいかと半月近く考えた結果、私としましてはチョコ色のエレファントの革で作ることにしました。ステッチは悩みましたが少し目立つようにグレー色の糸で手縫いしました。最初ワイン色の糸で縫ってみたのですがピッタリこなかったので、解いて縫い直しました。

完成した時計ベルト、厚みもほどほどで、エレファントのシボもほどほど細かい部分を使って作ったのでマイ ロードマーベルにドンピシャと自画自賛。グレー糸のステッチも控えめにオーダー時計ベルトであることを主張しています。当然バックルの穴は一つ。が、ベストサイズの位置を決定するのは躊躇する。私の長さは19cm。

時計ベルト1本作るのに半日かかりました。生産システムを考えずに趣味で1本だけ作ると時間がかかります。でも、気に入った時計ベルトが出来上がって良かったよかった。
ストーヴァのアンテアはカラフルなベルトで楽しみますが、ロードマーベルはシックでいきます。
新年最初の囲碁クラブはこの時計をつけていきます。気分一新連戦連勝といきたいところです。

2007年1月 2日

ボルサリーノの中折れ帽

見つめるチャー.jpg

今日は雨の中、親父の墓参りを決行。
雨天のドライブは色々なアクシデントを発生させてきた68年式ビートルなので、少し不安を感じつつ出発。大人4人と1匹にはビーちゃんは狭くてぎゅうぎゅう。アクセルも吹かし気味。ワイパーもキーキー鳴っている。
墓参りの帰りに姉の家でお食事。姉は料理名人で美味しく頂きました。
チャーも図々しく一緒に着座して、物欲しそうに料理を見つめています。こら!チャー、よだれがぁー。

ボルサリーノなかおれ.jpg

帰路途中、神戸堂に。
息子は名古屋で森林水文学という、私にはチンプンカンプンな学問の研究をしていて、やっとお給料がいただける身になりました。レトロ趣味のそんな息子が欲しかったのが中折れ帽。中折れ帽を買うのであれば、やはり神戸堂でしょう。
いつものように老紳士二人に出迎えられて、中折れ帽をかぶってみます。同じ品でも被った感じが微妙に違うのです。息子が選んだ帽子は、ボルサリーノのうさぎのフェルトのもの。イギリスの中折れ帽に比べてソフトできめ細かな肌触り。息子の安給料には負担が大きいけれど、妥協せずに気に入ったモノを買った方が、大事にするし、かけがいのないモノとなる。
正月早々、良いお買い物に付き添いました。まだ20代だのに鉄道と温泉を愛するおじさん臭い息子です。
ちなみに、娘はゴスロリファッションが大好きです。これには私はついていけないのであります。

2007,1,2ビーチャン .jpg

帰途雨が上がり、大渋滞を突破しスムーズに走り出したかと思いきや、走行中の車内をキーンという異音がし始めました。アクセル、クラッチ、ブレーキ、ハンドルに異質な感覚はないし、途中止めて下回りをチェックしても変なところは見当たらない。
我が家に辿り着くまでそのキーンという異音は続き、その音にあわせるようにチャーが吠え続け、もう大変なドライブ。ビーちゃんの主治医、西土居モータースの古川さんに見てもらわないと。あっそうだ、今古川さんは長期休暇中。古川さんが仕事再開するまでビーちゃんはお休みさせておきます。古い車はやはり世話がかかります。可愛いけれど。

2007年1月 1日

2007年元旦

2007、1、1マリンパーク.jpg

あけましておめでとうがざいます。
神戸の元旦は風もなく良い天気。のんびり家族4人と1匹で六甲アイランドを散歩。

今年のル・ボナーは3つのラインをはっきりとひとり立ちさせることが、最大の課題だと考えています。
デザイン、企画を担当し、製作はフラソリティーにお願いしてネットでも販売するフラソリティー バイ ル・ボナー。
職人さんに多くの仕事をお願いして、仕上げはル・ボナーでするル・ボナーの多くのカバンたち。これは基本的にネットでは販売しません。
そして私たち2人が1本ずつ作り出す特別なカバンたちのライン。

今までごちゃ混ぜ状態でル・ボナーのカバンたちはあった訳ですが、洋服にプレタポルテとオートクチュールがあるように区分けする方が、誤魔化しがなく自然だと思うのです。
価格は材料のコストより、製作手段や工程の影響を多く受けます。それを明確化した方が気持良くカバンを作っていけると思うのです。

私とハミはカバンを作ることが大好きです。それと同じぐらいカバンをデザイン想像することが大好きなのです。その全てを2人でするのはむずかしい。多くの人たちに手伝ってもらって、その両方を満たしたいと思っている私たちです。

私たち2人は作りたいカバンを作りたくてカバンを作り始めました。その気持は30年の時を経て益々強くなっています。カバンを作ることで日々の糧を得てきた30年。妥協もあれば、紆余曲折もありました。しかし根っこでその気持は持ち続けてきました。
これからその思いを形にしていきたい。

今年も忙しい1年になると思います。そんな日々の中で、ル・ボナーらしいカバンたちを生み出していきたい。どんな製造工程で作り出したカバンも、ル・ボナーの二人が責任を持って愛情を注ぐカバンたちです。

明日は私の親父の墓参りに家族全員で愛車の68年式のビーちゃんで出かけて、3日からル・ボナーの2007年が始まります。皆さん宜しくお願いしまーす。

月別 アーカイブ

このアーカイブについて

このページには、2007年1月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2006年12月です。

次のアーカイブは2007年2月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。