かけがいのないビーちゃん

フォルクスワーゲン・タイプ1、通称ビートルという車は私にとって特別な車です。
特にこの1968年式ビートル、私がビーちゃんと呼んでいるこのポンコツは、酷い状態で購入して、少しずつ普通に走るビートルに変えていった日々があったこともあり、私にとってはただの移動するための道具以上の存在に変わってしまいました。
ビートルと同じように思い入れを持って乗る人の多い車に旧ミニがありますが、旧ミニに乗って思ったことは、ビートルより全然普通に走る車で、狭いけれど快適な室内と走行安定性も優れている。
ビーちゃんが特別な旧ビートルなのかもしれないけれど、エンジンの調子は春夏秋冬、天気、日々の気分で違うし、100キロオーバーで走ろうものなら、悲鳴のようなきしみ音がボディーのあちこちから振動と共に響き渡り、壊れるのではないかという恐怖感を感じる。
雨の日は乗ってはいけない車で、雨漏りは当然、水溜りに突っ込んだりしたら床上浸水で、その後しばらくの間ビーちゃんのドラムブレーキはまるで効かない状態に陥る。
そんな欠点も含めて、私にとって特別な存在なのです。


私はアルファ病にかかっておりました。ハミは最終的にアルファロメオを購入することを了承してくれました。しかしその時のハミの一言 「ビーちゃんは手放さないと駄目、2台所有するのは無理」 。確かに冷静になって考えると維持費のかかる車を2台持つことは、我が家の経済状態を考えると無理なのである。
私にとって、アルファロメオは楽しく移動するための道具で、ビーちゃんはガレージに鎮座している姿を見ているだけで心和む我が家の相棒。2台の車は私にとってまるで違う存在。
でも2台の維持費がかかる事に変わりはないのです。そのことに目をつぶって、なんとかなるとアルファまっしぐら。しかし現実に直面すると決断しないといけない。

私はやはりビーちゃんを手放すことが出来ない。
アルファへの思いは変わらず持ち続けるだろうけれど、2台所有できる状態になるまでしばらく封印しまぁ~す。やはりビーちゃんは特別な存在になってしまっている。

迷犬チャーの指定席はしばらくビーちゃんのリアシート。似合っている。
アルファは遠くになりにけり、されどアルファのカタログ見続ける日々、、、、、
それ以上に愛しい存在、1968年式ビートルのビーちゃん。






















