2007年5月アーカイブ

2007年5月31日

水谷時計修理工房

時計ネタが連続してしまう。ごめんなさい。でも伝えたい、今日体験した至福の時を。

今日は一週間に一度の休日。午後からは仕事をしていましたが、午前中時計好きのM住職に紹介していただいた水谷時計修理工房に行って来ました。M住職には私の愛車のビーちゃんの主治医、古川さんも紹介していただいて、その後の豊かなワーゲンライフを送ることができたこともあり、私の時計ライフがより豊かになる期待を感じながらワクワクドキドキしながらビーちゃんに乗っていきました。

その時計工房は元町駅の山側、生田新道沿いの狭~い路地の奥の突き当たりを曲がった所にありました。小さなその時計修理工房を見た時、私は懐かしさを感じました。初めて訪れた場所なのに、昔訪れた事があるようなノスタルジア。

水谷さん一人のその工房は狭いけれど柔らかな空気が流れ、時計の天使が住んでいる気配を私は感じます。壁には修理を待つ古いボンボン掛け時計が時を刻む音色を奏で、部品を取るためのムーブメントがいっぱい箱の中に入っていて、時計の天使が隠れるには十分。


ムーブ、ルクルト.jpg

今回私は3個の時計を持ち込みました。
ハミの時計になってしまったルクルトのフューチャーマチックは非防水のケースの緩みとハーフローターという特殊な機構の具合が気になったので、調整兼ねて持ち込みました。初めて見る50年ほど前に作られたルクルトのハーフローターのムーブです。初めて見る特殊なムーブです。丁寧な仕事を感じます。

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ロードマーベルは絶好調なのですが、何せ50年経ったハイビート、メンテをお願いしました。水谷さんも私のロードマーベルの新品然とした外観に驚いておられました。ムーブメントも大変美しい。日本の時計職人の丁寧な仕事を感じさせてくれます。

昔の時計はそれどれのブランドが独自の工夫をしたムーブメントを作っていて修理していても面白いと時計修理40年の水谷さんはおっしゃる。現在の時計はそれに比べケースなどの見える部分は違っていても、中身は同じで修理していてもワクワクしない。

もう一つ、息子のフレデリック・コンスタント。これはそのどれも中身は同じというETAのムーブ。買った当初から腕につけるといつの間にか止まってしまっているという問題時計。
リューズを巻いて置いておくと機嫌よく動いている変な自動巻き時計です。

そんな3個の時計をお願いしました。正規のメーカーでのメンテの方が安心という人は多いと思います。でも市井の時計修理職人に大事な時計を託すと、プラスアルファーの楽しい時間を過ごさせていただけると思う私です。

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色々な時計のムーブメントを見せていただきました。その中で100年ほど前に作られたウォルサムの懐中時計のムーブメントが一番気に入りました。大事にされた時計は100年の時を越えて動き続けています。
私の時計趣味は古い時計へと向かっています。主治医がいれば安心です。
新しい高価な時計より、時を経ても色あせずに味わい深めるアンティーク時計は大変面白い。
水谷時計修理工房での一時間ほどの時間はあっという間でした。いつまでもこの場所で時計のお話をしていたいという思いを感じながら、仕事が待っている私の工房に戻って行きました。大好きな神戸の、大好きな場所が増えました。神戸は大人のワンダーランド。

2007年5月29日

M住職の銀無垢の懐中時計

時計好きのM住職がお勤め前に来店されました。当然僧衣姿での来店ですが、腕に時計がない。でも懐から銀無垢の懐中時計。制服の時はこの懐中時計なんだそうです。
この懐中時計は山里のお宝寺を訪問した時は見ていなっかった。あの時見た時計のコレクション以外にもまだまだあるのかぁ~。M住職恐るべし。

S懐中時計.jpg

でもこのアメリカの100年ほど前に作られた懐中時計は素晴らしい。
その時代のアメリカ時計産業は量産することでコストを抑えながら良質のムーブメントを作っていた時で、その時代のアメリカ製のムーブメントが世界で最も丈夫なムーブメントだったという人もいます。
その後、腕時計時代に移行するときに乗り遅れたアメリカの時計産業は先細りしていったのだけれど、この銀無垢の懐中時計は最も素晴らしかった時代のアメリカ製の懐中時計です。ムーブメントは感動的な仕上がりです。

S懐中時計ムーブ.jpg

次の休日は、M住職から譲ってもらって私の前を通り過ぎてハミのモノになったルクルトのフューチャーマチックを、住職に教えていただいた名人時計修理職人の工房に持ち込む予定なのでありますが、その方は非常に程度の良い懐中時計をコレクションされているお人で、当然その懐中時計たちは時計修理職人の持ち物なのだからコンディションはばっちり。その時計たちを拝見してしまうと譲ってもらいたくてしかたなくなりますぞとM住職。私の周りには誘惑がいっぱい。でも時計修理工房訪問はすご~く楽しみです。
市井の名職人に出会えて交流を持てることは私の鞄作りにおいても最も刺激を与えていただける時間なのであります。

そのM住職に万年筆の魅力を熱く伝えたところ、思いの他興味を持たれたようです。
万年筆菌も怖~いですぞ。

2007年5月28日

遅れております。皆様ごめんなさい

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当店はお越しくださった方のみのご注文を受けておりますが、数にも比例して遅れています。
出来上がってきた錠前を取り付けました。これから、中央マチ、かぶせ(ふた)、前胴のトップのコバ処理に入ります。今回のご注文は全てシュランケンカーフで、4~5年前によく生産していたチェルケスと異なり、ソフト仕上げ。加えて書類鞄の場合、耐久性を考えるとどうしても厚め厚めに仕立ててしまうこと、裏地の革を含めるとコバは4枚、前胴は6枚合わせになります。
裏地(革)を控え薄みにすれば美しさが増し、コバ処理にかかる時間も軽減されるのですが、なかなか思い切ることができません。次回は挑戦してみようかなあ~。
さてと、ひたすら磨き、に入りますがご注文の順番に納めさせていただきます。
遅くなり、本当に申し訳ございません。

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以前の金具と違い、蝶番のあそびを最小限に抑えてあり、グラつくこともなく、閉じる時の感触と音も良いのです。蝶番の上のネジ、お解りになりますか?
くもりが出たらネジを外して、磨き直すことができます。お持ち下さっても良いですし、ご自身で楽しい時を過ごされても良いかもしれませんね。
本業でお忙しい中、無理を快く受けてくださったK社長さん、一体削りだしのプログラミングを考えて下さった
イケメン青年方、ご紹介下さったイタリアちょい悪おやじ様はじめ、この金具のために力を注いでくださった多くの方々に深く感謝しております。
次は何を作って頂こうかなあ~。
バックルもほしいし、デザインの異なるいろんな錠前もほしいし、札バサミ用のお洒落な止め具もいいな~。あまり無理を言って嫌われたら困るので、ゆっくり考えよっと!

2007年5月27日

町工場の事務所で秘密会議

昨日は夕方から「何を作るか決まっていないプロジェクトX」の話し合いが金属関係者の一人、天才鋳物職人?の工場で開催されました。
精密金属加工会社社長K氏に迎えに来ていただき秘密会議の会場へ。

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その鋳物工場は、土曜日で作業はお休み。工場の中は静まりかえっているのだけれど、モノ作りの残り香がありました。ハイテクな機械類は見当たらない。鋳物職人の経験と感が製品の良し悪しを決定づけるように思う。モノ作りの現場は美しい。人のいない工場だけれど、炉は熱を発し続ける。月曜日からのモノ作りのために。

モノ作りは大部分単調な作業の繰り返し。しかしその繰り返しの中で鋭意工夫することで特別なモノが生み出される。それがモノ作りの醍醐味であると私は思っております。

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鋳物工場の事務所ビルの一階の玄関から2階の事務所までの階段横には今まで作り続けた鋳物の数々。鋳物会社の社長のお父上(会長)は関西有数の鋳物職人。何でも鋳物で作ってしまいます。社長愛用の木製ギターもいつの間にかアルミ製のギターに変身していて玄関に鎮座していました。独特の金属音の音色のギター。

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50前後のオヤジ5人、缶ジュースのみながら、鋳物のオブジェに包まれながら秘密会議は始まりました。4時間あまりの話し合いの中で、「何を作るか決まっていないプロジェクトX」は「金属の高度な加工技術と素材に革を融合したモノ作りプロジェクトX」に決定しました。
凄いモノを作り出します。何が出来上がるかは出来上がってからのお楽しみ。現時点では秘密で~す。でも本当にモノ作りは面白い。

その後お腹が空いたので、セルフサービスの玉子焼きが売りの食堂でその玉子焼きと味噌汁と大盛りのご飯を食べてお開き。面白そうなモノ作りが始まります。
それと平行して、私のお願いしているモノも作ってくださぁ~い。精密金属加工会社のK社長さ~ん。

2007年5月24日

レジェボストンは使い勝手の良い鞄

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今日は休日返上で仕事してました。仕事がいっぱい、工房もゴチャゴチャ作りかけの鞄で収拾がつかない状態であります。一段落したらかたずけをしないといけません。すぐにゴチャゴチャになるのは目に見えて明らかだけれど。

一年以上待っていただいていたオーダーのレジェボストンが出来上がりました。
作るたびにこのボストンバッグは使い勝手がすこぶる良いなぁ~と思います。強い自己主張はしていないボストンバッグなのだけれど、ちょっとした工夫が良いバランスで調和していて、使ってみて使いやすさを実感していただいて愛着深める鞄だと思います。

まず軽いということ。大きなボストンバッグでありながら、今回作ったフラスキーニのパペーテ革のタイプは1キロ弱です。革のボストンバッグで強度を保ちながら1キロを切るものに仕上げた工夫は、偉いでしょう?褒めてやってください。
それとマチサイド部分をY字に絞り縫う工夫で、独特のバランスのフォルムに仕上がりました。使い勝手も格段向上した大きな要素です。このY字に絞り縫う位置は試作を繰り返す中で見つけ出した苦労の結果であります。ハミがやったのですが。
マチトップ部分の両側には長い財布が納まるファスナーポケットが目立たずありますので何かと便利です。
工夫とデザインのバランスが絶妙のボストンバッグだなぁ~と自画自賛。

シュランケンカーフのチョコ色で作ったレジェは、パペーテの1,2ミリ厚に比べて質感を大事にしたいと考え1,8ミリ厚で作り、内貼りがピッグスキン指定だったので少々重たく出来上がりましたが男性が使うので十分許容範囲。思った以上に質感のあるレジェに仕上がりました。

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このレジェボストンはお店にも並べておきたい品なのですが、今回はオーダー品のみの生産となってしまいました。今度作る時は是非お店にも並べたいと強く思っています。

紳士モノのカバンは、メンズの洋服や靴と同じように、セオリーに準じたデザインの中で、個々のセンスでアレンジした品を求められるお客様が多い。
それに比べ婦人モノは自由にデザインして、その後セオリーを合わせていく。
どちらも面白い。だからこれからも両方やっていきたい。

2007年5月23日

博士の万年筆が届いた

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いつ注文したか記憶定かでないけれど、確かにお願いしていた鳥取の万年筆博士の万年筆が届きました。ドキドキワクワクしながら包みを開けると中から私仕様の珠玉の一本が出てきました。
オランダ水牛の角とグリーンのセルロイドのコンビネーションの軸に細字用のペン先でお願いしていたその万年筆は決して洗練されたフォルムとは言えないけれど、温かみのあるふくよかな表情を伝えていただける。
細字のペン先にしていただいたので書き味はどうかと書いてみると、これがすこぶる気持の良いもので、私は大々満足であります。細字は調整が難しいと思うのだけれど、見事です。

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これで私は軸を轆轤で削った万年筆を3本所有することになりました。加藤セイサクジョカンパニーの加藤さんと中屋万年筆の松原さん、そして今回の万年筆博士の田中さん。
軸を轆轤で削る技術は日本独特のもので、轆轤で削らなくても旋盤で削れば簡単に削れるし精度も高いのは分かっています。これから先消えていく技術です。
それだけに私は万年筆に興味を持った時、まず轆轤で削った軸の万年筆を入手したいと思いました。人柄にじみ出る加藤さんの万年筆。美しくシャープな松原さんが削る軸。無骨だけれど味わい深める田中さんの削る軸。どれも大好きです。
轆轤で軸を削った万年筆は、作り手の顔が見えるから好きです。モンブランの149より、田中さんが作る博士の万年筆の方が私にとっては値打ちを感じるのです。

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現在ル・ボナーあたりで万年筆菌に感染した人が増えています。
屈折したアルファ好きのイタリアチョイ悪オヤジまっしぐらY氏までビスコンティーのオペラを買ってしまいました。Y氏はやはりイタリア製の万年筆かぁ~。それにしてもイタリア万年筆は軸の色合いは素晴らしい。
軽井沢のSさんは世界2000本限定のブルーのアウロラ買いましたか?。私は奥様のおっしゃる通りビスコンティーのポンテベッキオの方が好みであります。加藤セイサクジョカンパニーの加藤さんの技術指導で出来上がった万年筆がポンテベッキオで、ビスコンティー創業初期に作られて現在作られていないポンテベッキオをデッドストック品で入手できるチャンス、私が欲しいぐらいですが万年筆はちょっと買うのはお休みです。今年はこの万年筆博士でお腹いっぱいであります?。

2007年5月22日

ミセスはふくよかフォルム

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少し大きめのハンドバッグ兼ショルダーバッグのミセスが久々登場です。
このミセスは作り初めて5年ほどです。ハミがデザインし、婦人誌の「ミセス」で紹介されて独立系のかばん屋レベルですが、爆発的に一時大変売れたバッグです。その頃はタンニンなめしのミネルバボックスを使って作っていましたが、現在はシュランケンカーフを使って作っています。今回はオレンジと水色と黒、それに久々に多く入手できたパープルで作りました。

年に二度程度スポットで入荷するペリンガー社のシュランケンカーフは希望通りの量と色を買うことが出来ない革で、特に私たちのお気に入りのパープルとライムグリーンは手に入り難い。ライムグリーンに至っては今回入手出来たのは一枚のみでした。

ミセスの実物を見ると、多くのご婦人が大きいとお感じになる。しかしこの大きさが肩にさげて脇の下に絶妙なバランスで収まるのです。荷物を一杯入れても収まりが良いので軽く感じられる。それにふくよかな丸~い形が柔らかな優しさを伝えてくれます。

今回からミセスは60,900円での販売です。

2007年5月20日

K社長がスーパークロムメッキの錠前持ってやって来た

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先日、田舎の秘密基地の首領、精密金属加工会社のK社長が、仲間の金属関係者からはやり過ぎと言われた三重メッキシリアルナンバー入りのスーパーなクロームメッキの完成品と、チョットだけよとロジウムメッキの組上げ前の錠前の本体を持ってこられました。

市場に出回っているカバン用の金具の大部分はニッケルメッキの一重仕上げ。今回作ったノーマルタイプのクロームメッキでもニッケルとクロームの二重仕上げでバイクの部品のマフラーなどの過酷な条件下用のメッキレベル。その上メッキする表面を純水で洗浄したので鬼に金棒。

だのにやってしまいました。銅とニッケルとクロームの三重メッキ。どこかの最高級ブランドが自慢気に言っているパラジュウムメッキより全然凄~いメッキ。ロジウムメッキはまたまたそのスーパーなクロムメッキに輪をかけてみんなが呆れてしまったとんでもないメッキ。ここまで来ると趣味の領域。その趣味の領域をお客様に押し付ける気はもうとうありません。10個ずつ作ったスーパーなクロムメッキとロジウムメッキの錠前は大事に保存して見せびらかすだけで、当分は使いません。モノ好きなお人がどうしても使いたぁ~いと言われた時にはいつか使おうと思っておりますが。K社長もロジウムメッキの錠前は売るのが惜しいなどと言っておられたが、それはいけません。私のモノです。

文字は大型工作機械に0,1ミリのドリルをセットして削り書きました。この作業だけで3時間あまりをかけた呆れた採算無視の作業。一般的に使われている方法は刻印かレーザーですが、刻印だと押した縁にバリがでるし、レーザーだと焼き跡が残り酸化の要因をのこすからとK社長の発言。実際は私の予算の関係で既存の設備を使って字を彫りたいという苦肉の策。しかし顕微鏡で見ると凄く綺麗な削り文様がみえるそうです。誰も顕微鏡で見るお人はいないでしょうが。

モノ作りはこだわり始めるときりがありません。いい塩梅でやめておかないと、深みにはまってしまう。でもやれるなら、やれるところまでがんばっちゃいたくなるのであります。
この後も順次金具製作はつづきます。これからが本番なのです。メッキに凝るのはこの錠前まで。次回からは無垢素材の真鍮とジャーマンシルバーでの金具作りです。K社長とスタッフの人たちにはまだまだ頑張っていただかないといけません。

アルミの不思議.jpg

今日はK社長が推し進めている「何をするか決まっていないプロジェクトX」のメンバーの金属関係者の中の穏健派お二人が来られました。お祭り好きのK社長とは対局にある常識人?です。良いバランスを保っているお仲間たちです。

私が無垢の金属で独特の模様は作り出せるのか尋ねたことを覚えていただいていて、このサンプルのアルミの板を持ってきてくださいました。
上2枚の波模様のような木目模様のような紋様は、アルミを板状に伸ばす時にでる模様で、手を加えるともっとはっきりと模様の明暗もでるそうです。
下の3枚は再結晶化という技術で模様を出しているもの。厚い板でも中までこの模様になっているので削ってもこの模様なのだそうです。アルマイト加工で色々な色に出来るのだそうです。知らなかった業界の技術や工夫は私に大きな刺激を与えます。異業種の交流は特別なモノが出来る予感が一杯です。ドキドキします。

2007年5月18日

フューチャーマチックのベルト作っちゃいました

ライムグリーンのベルト.jpg

ルクルトのフューチャーマチックは完全にハミの時計になってしまいました。
今まで時計には全然興味を示さなかったハミなのに、この時計には夢中。
私の元にはもう戻ってくることはなさそうです。

そのフューチャーマチックのベルトを作ってみました。
休日を半日返上してハミのために作ったのですが、ハミにはただ作りたかっただけなんでしょうと言われ、そんな時間があるのなら注文のカバンを早く作ってよというお客様のお顔が浮かびます。でも作りたかったぁ~。

この時計を見た時に、直感的にシュランケンカーフのライムグリーンが思い浮かびました。
それから作りたくて作りたくてしかたなくなりました。ループはパワーリザーブの赤と黒が印象的なのでその2色を使い、手縫いのステッチはレモンイエロー。
フューチャーマチックにぴったしのベルトに仕上がったと自画自賛。

ライムベルト.jpg

ベルトの穴もハミの腕に合わせた一つ穴なので私の腕には巻けません。
こんなはずではなかった。私の三本目の時計になるはずだったのに。
アンティーク時計は面白い。このフューチャーマチックは私の年齢とだいたい同じ歳月の間時を刻んできた時計です。丁寧に扱わないと壊れそうな繊細さが、哀しげな美しさを醸成する。次世代まで残してあげたいと思ってしまう私です。

2007年5月17日

吉宗さんの万年筆屋さん

オリジナル万年筆.jpg

夢を持って生きられると人生楽しい。人は実現しない夢は見ないと信じています。一生懸命生きればおのずと夢はかなってゆくはずです。私は夢を見続けます。

先日吉宗さんが来られました。老舗文具店を辞められて、万年筆を中心とした理想のショップ開店を目指して日々忙しくされている合間をぬって来られたのです。
文具に携わって15年。関西屈指の筆記具のスペシャリストで、そんなところをひけらかすことなく柔らかな接客で私たち夫婦と接していただき、私たちは吉宗さんのファンになりました。私たちだけでなく、ル・ボナーの顧客の方の中で文具を買うなら吉宗さんからと思っている人は沢山おられます。

そんな吉宗さんの夢は豊かな時間をお客様に提供できる筆記具サロン。その夢の実現のため日々忙しく行動している最中です。まずはホームページを開設して、その後お店を神戸で始められるのですが、センスの良い吉宗さんの始められるお店は居心地の良い文具店になるのは間違いなしなので、すごく楽しみです。
私たちが出来ることはお手伝いさせていただこうと思っております。ハミは吉宗さんが始動しはじめたら、まずヤード・オ・レッドのシャープペンが欲しいと言っております。

神戸は個人のこだわったショップが街を彩っています。事業ではなく家業として頑固にこだわりを貫いているお店お店が神戸の夜景の中の特別目立つ光のように、忘れられない光を放ちます。神戸の人たちはそんなお店を大事にしようとする強い意志があるように思う。
新参者でもホンモノを主張するお店は拒まない。私たちもこの神戸という町でお店を始めて15年になりました。神戸の商圏から少し離れた六甲アイランドにお店があるのですが、顧客の人たちが、私たちを育ててくれています。
吉宗さんの筆記具ワールドも、そんな神戸人が支持するはずです。

神戸のこだわりの職人たちが集ってモノ作りするプロジェクトが進行しています。
ステーショナリーは吉宗さんにも参加していただき、オリジナルデザインで特別なモノを作っていこうと思っております。楽しく一生懸命に多くの人たちが協力して作り上げたモノは特別なモノに昇華する。なんてワクワクする企てだろう。私欲に走らず、夢を共有するから素晴らしい。

2007年5月16日

お気に入りの万年筆が戻ってきた

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ペンケース作りの達人TAKUYA君の持っているペリカンの万年筆の書き味は私の大好きなもので、ヌラヌラと気持ちよい書き味。知る人ぞ知るペン先研ぎ名人に調整していただいたのだそうです。私もヌラヌラ書き味の万年筆を所有したぁ~い。

ゴールデンウィーク中に東京で年に一度の”ペントレーディング”という万年筆好きのイベントがあり、古山画伯からも是非参加すべきですぞとお誘いを受けていたのですが、零細企業の小売かばん屋にとっては大事な稼ぎ時であるゴールデンウィークに、ハミだけにお店を任せて遊び呆けるわけにはいきません。行きたかったけれど、そのお誘いを泣く泣くお断りいたしました。

しかしそのイベントで知る人ぞ知るそのペン先研ぎ名人に調整していただけるのです。
私はそのイベントに出店するTAKUYA君に私の所有する中屋の万年筆を託しました。
この漆塗りのシガータイプの万年筆は私の一番のお気に入りなのですが、少し引っかかるのとインクの出が悪いという問題を抱えておりました。それをヌラヌラ書き味に調整していただきたいと願ったわけでありました。

ペントレーディングも終わりヌラヌラ書き味になって戻ってくるであろうと思っていた矢先、ペン先研ぎ名人の書いておられるブログ(5月11日)になんと私のその万年筆の持ち主の捜索願いが出されているではないですか。私の中屋の万年筆は迷子になっていたのであります。犯人は分かっています、TAKUYA君です。
しかしそのおかげで調整内容が詳しく分かったことは不幸中の幸いでありました。

その中屋の漆塗りの万年筆が今日私の手元に戻ってきました。ありがたいことにTAKUYA君が作ったペンケースに入ってのご帰還です。ありがたく頂いちゃいます。あれ?どこかで見たことのある革だなぁ~。
早速書き味を試してみると、ヌラヌラ書き味天にも登る気持ち良さ。大好きなこのシンプルなフォルムの万年筆がますます好きになりました。万年筆趣味は奥が深~い。色々な視点で楽しむことができます。

2007年5月15日

私は鞄職人です。

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昨夜電話でTAKUYA君と鞄作りについて色々話しました。話しながら自身の鞄作りの現状と夢と妥協を思い浮かべました。
30年間鞄を作り続けて七転八倒し、多くの人たちと知り合ったことで多くのことを学び現在に至り、今が今までで一番幸せな状態ではあると思うのですが、鞄職人として作りたい鞄を作っているかと自分自身に問うと、ハイとは素直に答えることは出来ない。

TAKUYA君はプロとして革製品を作り始めてまだ日が浅いけれど、純粋にハンドメードで革製品を作ることをビジネスとして成立させている。これからの技術の蓄積が、より豊かな革製品作りにつながってゆくだろうと思う。彼の革製品作りの姿勢は、私に多くの刺激を与えてくれます。

それに比べ私は30年間七転八倒しながら鞄作りをしてきて多くの知識は蓄積されたけれど、作りたい鞄を素直に作るという部分には目をつぶっているように思う。
流行を意識し、価格バランスも考えながら、自分達の趣向もそのバランスの中で入れ込んでいくカバン作りをしていてそれはそれで楽しくやっているけれど、カバン職人としての自我はひとまずしまっています。

多くの独立系の工房とは違って、ル・ボナーの多くの製品は量産工房の職人さんたちに手助けしていただきながら、その共同作業から製品を生み出しています。
その合間に、オールハンドメイドの鞄を作っているというのが現状です。

オーダーメイドでお客様の要望に沿った鞄を作る工房とは異なり私たちの望む形態が、オリジナルデザインの鞄作りをしていきたいというもので、そのためには価格も考えないといけないし、スムーズな生産システムも構築しないといけない。夫婦二人ですべての鞄をオールハンドメイドで作るのは無理な状況になっています。

そのため現在の形態でル・ボナーの製品は生み出されています。
しかし、私たちは鞄職人です。純粋に作りたいという欲求を強く持ち続けています。
TAKUYA君と話をしていると、その欲求がますます強くなってゆきます。
鞄職人としてこの時代を生きた痕跡を、特別な鞄たちという形で残さなければいけない時期にさしかかってきたように思います。そんな鞄たちを作る日々を想うとワクワクします。
革棚に蓄積された大好きなデッドストックのヨーロッパ皮革を使って、技術のすべてと夢を紡ぎ入れて。

2007年5月13日

レジェ・ボストン製作中

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現在レジェ・ボストン作っています。今回は店頭に並べる分までは作れなくて、注文のシュランケンカーフのチョコ色一個とデッドストック革のイタリアを代表するクローム革のタンナーのフラスキーニのパペーテ・カーフのグリーンの二個、合わせて三個作っています。

現在フラスキーニの作り出すカーフはヨーロッパブランドの意図に沿った魅力のない革を作るようになってしまって全然興味はなくなったけれど、このパペーテという革を作っていた頃のフラスキーニは本当に魅力的なタンナーでした。
その頃のフラスキーニが作るクロームのカーフ革は、イタリア的美意識が結実したモノでした。ねっとりとしていて柔らかく、それでいてよくなめされた革。

なめしの技法も独特で、皮を腐らない革に変える工程をなめしと言いますが、その時クローム液に漬けるのですが、そのピット槽のクローム液は交換することなく付け足し続けて使っていました。まるでうなぎのタレのように。この技法はその当時のフラスキーニしかやっていなかったやり方でした。
この技法を使ったフラスキーニの革は、独特のねっとり感を生み出す代償に独特の異臭を持った革です。裁断する時その刺激臭が切り口から出てきます。

今のフラスキーニはもうそんな個性的な革は作っていません。うなぎのタレのようなピット槽も取り壊したのではないかと思います。
古き味わいのあるイタリアンカーフは新しく手に入れることはもう出来ません。パペーテのグリーン色はこの二個のボストンバッグでもう終わりです。

ボストンの部品は完成しました。製作工程の3分の2は終わり、あとは本体を組み上げて完成です。それにしてもフラスキーニというタンナーは、良い革作っていたなぁ~。
フラスキーニのデッドストックのクローム革は本当に大好きな革です。

2007年5月11日

山里のお宝寺

2週間ぶりの休みです。私はミニの試乗とチェックをするためM住職のお寺までドライブです。
空は雨模様、風も強~く吹いている。私は不安を感じレンタカーを借りて行くことにいたしました。案の定六甲トンネルを越えて裏六甲に出るとそこは暴風雨状態。ビーちゃんで行かなくてよかった。もしこの状況でビーちゃんでのドライブであったとしたら命がけ。

それにしても借りた車はトヨタのヴィッツだったのですが、なんて現代の車の運転は楽チンなんだろう、運転に集中しなくても苦痛なくA地点からB地点に運んでくれる。これは凄いことではあるのですが、私はつまらないと思ってしまう。暴風雨の中でのハイスピードクルージングでもあくびが出てしまう私であります。

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M住職のお寺は、三田市の奥のもっと奥の山里にあります。私の携帯電話だと音信不通になってしまいます。レンタカーに付いているナビの使い方が分からない私は迷い迷いながらやっとのことで到着。

まずはM住職の時計コレクションを見せていただきました。興味のある人にはドキドキワクワクのアンティーク時計の数々。前回公開した時計たちはほんの一部。

その後、ミニの試乗。名整備士古川さんが組み上げた足まわりは予想どおり素晴らしい。しかしエクステリアとインテリアは相当に手を加えないといけない状態で、一時的に所有するには厳し~い。所有すると泥沼、アルファ145が見えてこなぁ~い。私はミニ所有は断念することにいたしました。

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ミニは断念したけれど、、、、、このルクルトのフューチャーマチック譲ってもらっちゃいました。M住職が撮ったボケボケ写真からは想像できない素晴らしいコンディションの時計たちの中でもこのルクルトがすご~く気になったのです。
50年以上前に作られたこのレトロモダンな時計は、私の脳裏に「不思議の国のアリス」が思い浮かびました。

ハミになんと言い訳しようかと思い悩む帰路でありました。
ハミにこの時計を見せると予期せぬ対応。すご~く気に入ったようで、腕に巻いて私が使うと宣言。怒られなくてよかったけれど、困ったなぁ~。

2007年5月 9日

M住職の懺悔?(後)

M住職は時間が研ぎ澄ましたアンティークなモノが大好きです。私の想像ですが、お金には固執しない、貯金通帳の残高は全然気にしないお人で、もしかしたら達観した凄いお人なのかもしれないという錯覚をもってしまうのであります。物々交換に近い感覚で、大事にしているモノを売って、新しく手に入れたいモノを手に入れる。その繰り返し。モノは好きだけれど固執せず、思い出の量に比例して大事なモノになる。不思議な柔らかなお人です。

それにしても時計も一杯持っておられる。飽きれてしまうけれど凄~い。
相場より相当お安いお値段でコンデションの良い時計を放出いたしま~す。
どうぞ、ご覧あれ。M住職の撮った時計の写真少しボケボケですがお許しを。

フィーチャーマチック.jpg

1950年代のルクルトのフューチャー・マチック。リューズが変な場所に付いていて、特殊な自動巻き機構の時計です。10金貼り。価格は10万中あたり。

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ルクルトの1950年代のメモ・ボックスで、ケースは18金無垢です。お値段は20万後半。

インカブロック機構.jpg

両面時計のインカブロック機構付きの時計。裏返すと普通の2針時計です。ケースはステンレスです。
お値段は10万円プラスアルファー。

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1960年代のエベルの2針時計。ケースはプラチナです。値段は20万後半。

ミニッツリピーター.jpg
これは凄い。1890年代の18金無垢の懐中時計。ミニッツリピーター機構が付いていてチ~ンチ~ンと良い音色を奏でます。ゼンマイを巻く方法もリューズを巻くのではなく、10年ほどの期間しか使われなかった特殊な方法で巻きます。お値段は相当します。

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1920年代のローレックスです。ケースはステンレスで値段は10万円強。この時計はブログに公開する前に、ル・ボナーに集う時計好きのある知り合いが予約しちゃいました。実物見ていないのに。

モバド.jpg

好きな人は大好きなMOVADOの1940年代のトリプルカレンダー、ムーン・フェイズ付きです。ケースは18金貼り。現在ヤフオクに出品しているので見てみてください。お値段は25万円オーバーで~す。

カルティエ・タンク.jpg
カルティエのタンクの2本セットは、ヤフオクで10万円ですぐに売れてしまったのでもうありませ~ん。

どの時計も調子良く動いております。順じヤフオクに出品して処分してゆくそうですが、素晴らしいアンティーク時計の数々。他にもいっぱいあるそうで、唖然としてしまいます。

近いうちにM住職のお寺に行ってきま~す。古川さんが組んだミニに試乗してみるのが目的で行くのですが、時計その他お宝も拝見しようと思っております。M住職のモノ好きは、部外者の立場から覗き見ると大変面白い。なんか可笑しくていいのです。

2007年5月 8日

M住職の懺悔?(前)

M住職は高野山で厳しい修行をしたお坊さんで、非常に魅力的なお人です。
私がお陀仏する時は、是非M住職の念仏であの世に送っていただきたいと思っております。

そんなM住職はアンティークなモノ好きです。特に車と時計に対しては物欲まっしぐら。
車は一時6台ほどを所有し、時計のコレクションは相当高価なモノを多数持っておられます。
一時物欲地獄を経験したM住職は、仏教の極意中庸を悟り、ほどほどが肝心という境地に解脱されたのであります。

そしてM住職は現在自分の所有するお宝を順次処分されておられるのであります。
私もその手助けをさせていただこうと、処分する品を一部私のブログで紹介することにしました。

まずは1970年式フォルクスワーゲンタイプ1アンティーク仕様。
私が調子の悪いビーちゃんに困り果てていた時、名整備士古川さんをを紹介していただいたのがM住職で、その古川さんが組み上げたビートルです。古川さんは現在整備士の仕事を引退して、四国にお遍路に行っています。徒歩で本気で回っております。帰ってきたらやる気が復活し、趣味程度でいいので私たちの古い車の面倒をまた見ようと思っていただければ有難いのだけれど。

エクステリアとインテリアは6ボルト風でいい感じ。エンジンは1800ccにボアアップしてツインキャブレターに改造していて、パーワーのあるビートルに仕上がっています。
古川さんが組み上げ面倒をみてきた車なので安心してワーゲンライフを楽しむことができます。車検切れで70万。面白いですよぉ~。

1970年フロント.jpg

1970リア.jpg

1970インテリア.jpg

1970エンジン.jpg

もう一台、3台のミニの部品を古川さんが合体させた1000ccのミニです。この車の詳細は分からないのだけれど、一時的に私が所有する破目になりそうであります。私にとって古川さんが組上げた車は特別で、その気持はハミも同様なのであります。それと私は近い将来ビーちゃんとアルファ145の2台を維持所有する計画があるので、その前に2台を維持する既成事実を作っておきたいという思惑も絡み合って、一時的ではありますが私の手元に置くことになりそうです。いつでも欲しいと思っている人が登場すれば譲ろうと思っていますが、ビーちゃんと同じようにペット化してしまいそうで怖い。

ミニエクステリア.jpg

ミニインテリア.jpg

後編は時計を紹介します。
M住職は車や時計たちを売ったお金で、1970年式ビートルの写真の奥の屋根付き車庫にこっそり見えるポルシェ356カブリオレの再レストア資金に投入するそうであります。本当に物欲から解脱したかは疑問でありますが、愛情が集中投入されるポルシェは幸せモノで~す。

2007年5月 6日

オヤジの二眼レフカメラ

オヤジの二眼レフ.jpg

15年ほど前に亡くなったオヤジが使っていた二眼レフカメラ。
私のオヤジはカメラが好きで、ジャバラで伸ばすタイプのカメラから当時最新の一眼レフまで持っていて、モノを大事に扱う人だったのですべて使用可能だった。
その中でお店の飾りに良いと思ってもらったのが、この二眼レフ。手入れさえすれば実用可能です。
オヤジは白黒写真時代は現像も自前でやっていた。現像液の匂いは今も私の脳裏に残っています。

現在私はオヤジが使っていた品は、このカメラと真冬に着るウールのコートを持っている。
時代を経ても残る品はホンモノだと思う。ユーザーの愛情が特別なモノに育てる。
ル・ボナーに訪れるお客様たちの腕にある古い時計が気になって尋ねてみると、お父様やおじい様が使っていた品だったりします。
40~50年前のオメガのコンステレーション、グランドセイコーのファーストモデル、中にはおじい様から譲り受けた古~いバセロンの手巻きをされていたお客様もおられました。

革鞄はカメラや時計と違って経年変化が早く、厳しい部分は多々ありますが、私のオヤジが50年前に誂えたコートが今でも十分に着れるように、作り手の思いと使う人の思いが紡がれた時には長い生命を宿すことになると思っています。そのことを信じてカバン作りをしてゆきます。

値段とは関係なく、消費サイクルを考えたモノが氾濫しています。それに異を唱えるモノ作りをしてゆきたい私です。息子や娘に残してあげれるモノを買いたいと思うし、作ってゆきたいと思っています。
最新は刹那(便利で楽しいけれど)、磨かれたローテクは永遠を夢見ることが出来る。
思い出というおまけ付きで。

2007年5月 4日

ル・ボナーはイタリアン

昨日のル・ボナーはイタリアンな一日でありました。
お昼頃、10年来の顧客であるT氏が久々に来店されました。T氏のモノ好きは相当なもので達人の域であります。特にエルメスの革製品は相当なものです。その収集に火を付けたのは私なのかもしれませんが、今回も新しく購入された革製品を見せていただくのを楽しみにしていたのですが、ここのところの大胆な値上がりに対して、その姿勢に抵抗感を感じ少し距離を置かれておられるようです。正しい選択だとおもいまぁ~す。

フェラーリ・フロント.jpg

フェラーリ・インテリア.jpg

前回来られた時は最新の白いランボルギニーに乗ってこられて、その圧倒的な存在感を持った重戦車のようなスーパーカーは、日本の公道を普通に走らせることが出来るのだろうかという思いを持った私でした。
T氏も同じ思いを実感したようで、今はフェラーリです。これなら普通にドライブできる。インテリアもイタリアンスポーツカーのあるべき落ち着き感。しかしフェラーリのエンジンルームはすご~い。でも私はこのモンスターよりアルファ145前期型のドライビングの方が面白いと、やせ我慢でなく思っています。

フェラーリ・リア.jpg

普段はパンダに乗っているT氏は、イタリアの噛めば噛むほど味が出る魅力にどっぷりであります。今度は時計の魅力にどっぷり浸かっていただこうと思っております。

ロマーニャ.jpg

午後からは、ボローニャを中心にエミリア・ロマーニャ州の町々を歩き続ける旅に、連休プラスアルファを利用して行っていたF夫妻が帰国し、自慢報告に来られました。歴史的な旧跡を調べ上げて訪問することが大好きなF夫妻の今回の旅行の最大の目的地は、シーザーが「賽は投げられた」の有名な言葉を言ったルビコン川の橋を訪問すること。日本人は誰も行かない場所。行ってみると何の変哲もない小さな小川。地元の人たちもここは自然が一杯だと言うだけ。イタリア人にとっても忘れ去られた歴史遺産のようであります。この地でF氏は日本から持ってきた大きなサイコロと一緒に写真に納まっております。

”カノッサの屈辱”で有名?なカノッサ城跡に行こうとして、語学はほどほどだけれど今まで図々しさと下調べを綿密にすることで、行きたいと思ったら誰も知らない旧跡にもなんとか辿り着いてきたF夫妻でありましたが、今回は辿り着けなかった。海外自由旅名人のF夫妻にとってのカノッサの屈辱であります。

ボローニャ、パルマ、レジョエミリア、モデナ、サビィニャーノ スル ルビコン、パエンツァ、フェラーラ、ラベンナ、リミニ、サンマリノ。F夫妻はエミリア・ロマーニャ州の町々を歩きつくしました。ジプシーの襲撃にも大声で叫んで撃退しながら。

イタリア老夫婦.jpg

そんなF氏が夕方のモデナの街角で撮った一枚の写真。老夫婦がお互いをいたわりながら歩く後ろ姿。夕食を何処かのレストランで食するのだろうか、ネクタイをしてきちっとした服装。夫婦で時間を大事に過ごしている風情が、色々な思いを感じさせる一枚の写真。

ル・ボナーはイタリアな一日でした。純粋に生を楽しむ人達が多く住む国イタリア。いい加減さと天才的が混沌と混ざり合った魅力的な国。私もまた行きたい。

2007年5月 3日

悩み多き小物不足

らうんどふぁすなー.jpg

久々にラウンドファスナー財布を組上げました。多くのお客様の要望があり、お店に並べられる数はそんなに多くありませんが、紐長財布と並ぶシュランケンカーフを使った人気定番小物です。
今回から値上がって26,250円での販売となります。

現在ル・ボナーは小物が不足しております。定番の小物は常時お店に並べていたいと思っているのですが、少ない状態が続いております。折り財布の要望はすごーく多いのですが、作れない日々が続いております。最大の原因は、バックオーダーの生産に追われていることです。

現在新しくオーダーを受ける事はお休みして、今まで受けていたバックオーダーをこなすことを一番に考えながら日々仕事をしているのでありますが、遅れ遅れなかなか終わりません。その合間に小物やお店に並べる一点もののカバンを作ろうと考えているのですが、うまくは事が運びません。

この場所でお店を始めて15年目になります。つい最近までオーダー中心のかばん屋さんとしてやってきましたが、私達二人が自由に創造したカバンたちを提案してゆくかばん屋になろうと思っています。
そんなかばん屋になるために、今年一年バランスの悪い品揃えのままいくなかなぁ~。
でもその先には、今よりワクワクする手作りかばん屋に生まれ変わったル・ボナーを夢見ています。

それにしても、小物の品数が少ない。「ごめんなさい、ありません」とお客様に言い続ける日々がつづきます。

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