2007年6月アーカイブ

2007年6月28日

フェルディー

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この婦人用のショルダーバッグの名前はフェルディー。
北欧のソフトカーフのしっとりした質感のフェルディナンドという革に出会い、ディズニーのアニメで花が大好きで戦う事が嫌いな優しい闘牛の牛さんフェルディナンドの事を思いながらハミが作り出したバッグです。今はそのフェルディナンドという革は入手できなくなり、カラフルなシュランケンカーフで作っています。

先日下関から新幹線に乗ってお客様。普段はパパスを使っている奥様ですが、ここ一番という時はフェルディー。その日も半年ほど前に購入されたフェルディー持って来店です。
福岡の街を歩いている時同じフェルディーを持った人とすれ違いニッコリ会釈したとお話していただき、私たちも幸せな気持。私たちの知らないところでフェルディーがコミニケーション。

神戸出張の度に来店されて楽しいお話をしてくださるtakaさんから電話。フェルディーを送ってほしいと。
大好きな奥様へのプレゼントだそうです。60歳間近なれど今でも恋人同士のようなご夫婦です。
私たちが勝手に中高年カッコイイグランプリに選んだtakaさん。日本人離れした体系、センスの良い着こなし、味のある顔(二枚目ではなぁ~い)、バランスのとれたこだわり、魅力的な会話、そんなtakaさんが愛する奥様にフェルディーをプレゼント。

昨日の夕方、小児科医のT先生から「今から行くから早く店を閉めたら承知せんぞ」と電話がありました。T先生は子供が大好きで土日も病院を開けている赤ひげ先生。私より10歳以上年齢が上だのに今もラクビーをしているロマンスグレーのカジュアル紳士。ル・ボナーに集うカッコ良いおじさん、勝手に決定戦でtakaさんと最後まで競ったお人であります。15年前からのお客様です。

1時間ほど車をとばして奥様と来て頂きました。
注文されている品の催促かと戦々恐々としていましたが、そうではなかった。一安心。
いつも以上に真剣に品定めに夢中のお二人。聞くと総合病院で大変な救急医療に従事している息子さんが結婚されるとの事。そのフィアンセの娘さんへのプレゼント探しだそうです。楽しそうに悩んだ結果フェルディーに決められました。
帰ってからその事をハミに話して、二人で幸せのおすそ分けを感じて満たされた気持になりました。

T先生が普段使っている封筒型のセカンドは10年選手。内貼りのアメ豚がボロボロになったので修繕し、表の革も結構傷んでいたので同じ形で新しく作ったのですが、先生は使いなれた10年選手の方がしっくりくるようであります。気に入って使っていただける限り、お世話させていただきます。

フェルディーが私たちに幸せを運んで来た1週間でありました。

2007年6月26日

松本家3人と1匹のマイホーム

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お店と同じ六甲アイランドにある我が家は、非常にポピュラーな3LDKの間取りの73㎡の分譲マンションです。賃貸を渡り歩いた私たちにとって初めて所有することになった住居です。ローンはあと30年続きます。月々の家賃よりローンの月々の返済の方が安く済むというのが購入の理由です。
夫婦二人死ぬまでは住めそうなので、良い決断であったと思います。

結婚して最初に住んだのが目黒通り沿いの油面商店街と清水商店街の中間地点。優雅な山の手生活と思いきや、6畳2間風呂なし45000円のアパート。生まれて間もない長男を乳母車に乗せて家族3人で目黒区銭湯めぐり。その頃(25年以上前)は目黒にも結構銭湯が沢山あった。そこでは工房も兼ねる住居としては狭すぎるので数年後都下府中の庭付き一軒家に引っ越しました。後に庭にプレハブの仕事場を建てた風呂付3K、月75000円のこの借家は相場より相当安い家賃。当然相当におんぼろでした。私達はここで10年近く住んでいました。雨漏り、隙間風などに耐えながら。
その後も賃貸を転々と移ってまいりました。私たち家族の銭湯好きは目黒以降もずーと続いた。
買うなんて全然考えもしなかった。

それが六甲アイランドの店舗兼工房を終のお店と決めて、東京では想像出来ない住宅価格の安さも相まって買ってしまった訳であります。今後儲かったら一戸建てをなどとは全然考えておりません。大部分の時間を仕事場で過ごしている私達夫婦には玄関の鍵さえ閉めれば安心の集合住宅は楽チンであります。老人性痴呆症の私達夫婦は鍵を掛け忘れたのではないか、ガスを止めわすれたのではないかと心配になってよく引き返して再確認することはありますが、仕事場と同じ島内にあるのでたいしたことではありません。

分譲であれば勝手に改装も出来るので自分好みのインテリアなんて思ったこともありましたが、我が家はいたってシンプル。リビングなんぞは家具職人のナンバ君に作ってもらった幅広のローチェイストがあるのみです。
家族3人と1匹は大部分の時間堀コタツのある6畳の和室で過ごします。パソコン机もテレビもこの部屋に集中。名古屋に住んでいる息子が帰って来ても、この6畳和室にギュウギュウ詰めです。チャーも滑るフローリングは嫌って、この畳の間で暴れまくり欲求を発散するため畳はボロボロ。もしかしたら部屋はこの畳部屋だけで十分な家族なのかも。

決してお洒落な室内ではないけれど、私達にとって大変落ち着ける住まいです。何より掘りごたつが良い。夏場は足を入れるとヒンヤリして、夏もまた良いのであります。
久しぶりに銭湯に行きたくなったなぁ~。

2007年6月24日

永遠を思いながら永遠でないモノたち

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私が日々酷使している革製品たち

日々の生活の中で酷使されるモノは、永遠を求めるのは厳しい。
大好きなアンティーク時計や万年筆を見ているとモノは何代にも渡って生き続けると思ってしまう。
しかし日々同じモノを使い続けた場合、どんなモノでも永遠では有り得ないと思う。

身の回り品は特に顕著です。
スーツは年に1~2着誂え続けても、その人の半生で完結する。次の代に残るのは使用頻度の少なかった厳冬用のコート程度。
靴だって1足を毎日履いていたら1年もたない。10数足をコンビネーションしながら靴底修理しながら丁寧に履いたとしても一生は厳しい。履かずにコレクションしているのならば永遠も可能だけれど。

毎日使われるブリーフケースなどのカバンを購入される時、「一生持ちますか?」と問うお客様がおられます。毎日使われた場合はいかに耐久性を考えて作ったカバンでもそれは無理です。
利用頻度の少ない旅行用のボストンバッグなどはお手入れと保管に気をつければ次世代に残すことはできると思いますが、毎日使うカバンの場合はスーツや靴と同じように何個かのカバンを交代で使わないと持ちません。

それでも私たち職人は永遠を信じてカバンを作りつづけます。より長く生き続ける革を使い、壊れた時修理が可能な縫製方法をチョイスし、そして何より大事な事は使う人が大事にしたくなるようなカバンを作ることを標榜すること。それが何より長持ちさせると思う。
ル・ボナーのカバンは本体を構成する革が死なない限りは、付属その他の補修は修理代と時間をいただければ可能であります。

革製品は使う人の思い出と歴史を内包する時を、同じように年老いていけば良いと思います。早く年老いるのはいけません、使う人と同じ歩調で年老いていかないと。
私は消費サイクルという企業論理を優先したモノ作りには抵抗を感じています。永遠を求めてモノ作りしてゆきたい。

2007年6月22日

ハミのバッグたち

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今日は朝早くお店に来て、工房の模様替え。
昨日来られたオーディオ好きのtakaさんの助言に従って音響環境重視の什器の配置に変えました。
模様替えしてみて、前回の方が良かったかなという思いはありありなのですが、間違いなく音は良く響く。少しの間、これでゆきます。すぐ変えるとは思うけれど、レコードのプレーヤーも引っぱり出してまいりました。

若い頃は私はボブ・マーリーのレゲエが好き。ハミはジャニス・ジョプリンのブルース好き。どちらもル・ボナーのお店で聴くには不向きな感じなので、無難に綺麗な音楽かけてます。モーツァルトはよくかけてる。今は静かな優しい音楽が良い。
カット台をお店と工房の間に配置したので、パーティーなんかするのには良い感じ。


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お店の入り口付近のディスプレイは、ハミがデザインしたバッグたちで夏バージョン。
革の鞄だけのル・ボナーですが、シュランケンカーフというカラフルで清潔感のある革の製品が多いから暑苦しくない。

ハミのデザインするバッグはバラバラです。一つのデザインが思いついたら、そのエッセンスを持った色々な用途のバッグをトータルに発想すると楽に商品数を増やせると思うのだけれど、それがハミには出来ない。お気に入りのシュランケンカーフと出合ってから、色々な形のバッグを生み出したけれど、デザインの共通性はまるでない。共通点は革が同じということだけです。

ハミは自分が使いたいなぁ~と思ったバッグしかデザインしない。私も含めて人に強制されて作ると窮屈な感じの魅力のないバッグになってしまう。
彼女は自由人です。昔も今も拘束されずに楽しく鞄を作ると、特別な鞄が生まれる。お客様の要望に応えながら作るオーダーメイドのバッグを作るのには不向きな職人です。

自由人のハミは金銭感覚は全然皆無で、プロの職人としての生産力は30年以上作り続けているけれどますます退化しております。欠点だらけの私と結婚して唯一良かった事は、生産性を考えずにカバンを今でも作っていられることでしょう。そんなハミの悩みは作りたいバッグは頭の中にいっぱいあるけれど、頼まれている仕事がこなせてなくて作れないでいる事。私もハミの新作が見たい。

彼女の作り出すバッグが大好きな私は、彼女に比べて大変不自由なカバン作りをしている。今までの経験と知識の枠の中で、少し好みを部分的に入れてカバンを作っている。
私はハミに比べて生産性のある鞄職人なので、それはそれで良いと思ってはいるけれど、ハミの自由な発想には憧れを感じる。

50歳を越えた私たちです。若い時は沢山の不自由や拘束を受けてカバン作りしてきたのだから、これからは我儘にカバン作りしてゆきます。私とハミは全然正反対のカバン職人です。だから面白い。

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フェルディーは今回生産分から67200円になりました。

2007年6月20日

ル・ボナーの充実したランチタイム

私は神戸に来て15年になりました。その間に体重が15キロ増えました。完全にメタボリであります。
夕食は茶碗一杯のご飯で我慢し。晩酌代わりの楽しみであるハーゲンダッツのバニラのアイスクリームは我慢し体重減の努力をしておりますが、なかなか減りません(御免なさい、今夜は食べてしまいました)。

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ル・ボナーのとなりのカフェの店長さんが代わりこの方料理自慢の奥様、平日はランチを始められました。これがヘルシーで美味しい。私達の月、火、水、金のランチはこのカフェでお願いする日々が続いております。ここ一ヶ月以上同じメニューの日はありません。それもドリンク付きで690円なのです。
私達二人は今まで経験したことがない充実したランチタイムを日々味わっております。

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関西は安くて美味しいお店が多いのです。そのためメタボリの危険度は、自制心が乏しい者にとって増大します。お昼のこのランチ、低カロリーを意識してのメニューなので私にとってありがたいことです。
再び60キロ弱の健康体に戻るなんてことは無理だろうなぁ~。

2007年6月19日

錠前のムーブ思案中

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オーソドックスなダレスバッグやブリーフケースに使う錠前のムーブメント部分の仕組みを考えております。
そのため既製の錠前のムーブメント部分をこじ開けて、最適な仕組みを只今思案中。

前面の見える部分のデザインは色々変えたとしても裏のムーブメント部分は共通化しないと無駄に高価な錠前になってしまいます。
鞄の錠前の場合複雑な構造にする必要はありません。鍵は簡易的程度なので、出来るだけシンプルな構造にした方が、後々発生するであろう問題を最小限に抑える事ができます。
ただ表のデザインの自由度を妨げないような構造を配慮しながらのムーブメント部分の部品の形状の決定は、考慮しなければいけないことが一杯あって私を悩ませます。

ハードなフタ式のブリーフケースやダレスバッグの場合最初にインパクトを感じる部分は錠前です。オリジナルデザインの錠前が作れれば、クラシカルなハードな鞄もより面白くなります。
バレクストラのシャーロック・ホームズ・ロックが良い例です。あの錠前でバレクストラだと誰でもわかります。

グラス用の複雑な錠前を異業種の精密金属加工会社さんにお願いして、なんとか作り上げることが出来次が本番です。少ロットでオリジナル錠前を作るシステムが構築出来れば、既製の錠前の制約から解放されます。
しばらくハードなフタ式のブリーフケースやダレスバッグの製作をしていないのはそんな理由からです。
現在太ダレスなどに使っている丸型の錠前はオリジナルで金具屋さんに作ってもらったのですが、金具屋さん主導での錠前製作だったので知らないうちに他のブランドでも使っているなんてことがおきてしまいました。

鞄業界とは全然関係ない精密金属加工会社さんでの錠前製作がスムーズに始動したら、錠前で困っている独立系鞄職人のみんなにも声をかけて、オリジナルの錠前を作ればいいと思っています。

錠前の表のデザインは、まずはクラシカルな感じでいこうと考えております。
イギリスのビクトリア時代の鞄の錠前を参考にしたデザインで、無垢素材でコーティングなし。金色は真鍮で決定ですが、銀色は洋銀、白銅それともステンレス、悩みどころです。

2007年6月17日

カバン作っていて幸せ

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ハミは一泊二日で千葉の実家に行ってました。
今回のお供のバッグはシュランケンカーフのジーンブルー色のクレールとタンクトート。
シュランケンカーフと出会ってから5年ほど。非常に取り都合に苦しむ革ですが表現力豊かな革です。
私達は革の質感からそれにあったデザインを創造するタイプです。この革と出会ってからハミは多くの定番モデルを生み出しました。

身の回り品の多くはそれぞれバランスをとりながら控えめに自己主張しているけれど、バッグは強く主張していると私は感じています。他の身の回り品に比べると、デザインの自由度も格段にあり、作り手は拘束されるセオリーが少ない。それだけに百花繚乱、作り手の選択は多岐に渡ります。

私達のような小さな工房のバッグは、自身が作ったカバンと街中で出会うことは稀です。
それでも時々はあります。そんな時すごくドキドキします。一言声をかけたい気持は山々なれど、お客様のお顔を覚えられない私はチョコンと会釈して心の中で「ありがとうございます」と言っています。
作った品を見間違えることは絶対ありません。

ハミから大感激と電話がかかってきました。
東京駅で待ち合わせしていたら、「その素敵なバッグはどこのブランドで購入されたのですか?是非お店を教えてください」と知らない方に声を掛けられたそうです。それを聞いた私も大感激。カバン作り冥利に尽きます。

2007年6月15日

雨の木曜日

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昨日は雨降る休日でした。
水谷時計修理工房にメンテナンスを頼んでいた腕時計を引き取りに行って来ました。写真の路地の突き当たりを左折して2軒目に黙々と仕事をこなしている水谷さんの工房があります。ここは居心地が良い。つい長居をしてしまう。長居している途中近所のオバサンが置き時計の修理を持ち込んだり、遠方から修理の時計が宅配便で届けられたり、忙しそう。でも時間はゆっくり進んでいます。
磁気除去と分解掃除とオイルで8,000円、ハイビートの分解掃除とオイルで6,000円でありました。

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印刷会社の若社長に頼まれた懐中時計を今回持ち込みました。
20年ほど前に亡くなられたお爺様が使っていたモノを探し出してきて、元気な状態に復活させることにしたわけであります。お父さんやお爺さんが雰囲気のある時計をお持ちだったお人は幸せだと思います。元気に動き続ける限り、思い出をさかのぼる大事なアイテムとして機能しつづけます。

水谷さんもニコニコしながら愛でておられました。懐中時計の入ったケースに印刷された昔あった神戸の時計屋さんの名前を確認しながら懐かしそうにエピソードを話していただきました。
今回持ち込んだ懐中時計から察して、お爺様は相当な趣味人(道楽者)であったであろうと思われます。

それとOさんから預かったお母様の時計も直るそうです。針もひげゼンマイも入手可能だそうです。子供の頃いじって壊したお母様の時計が復活しますよ。お母様にとって何よりのプレゼントだと思います。


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戻る途中バゲラさんの新店舗にお邪魔しました。
ル・ボナーから車で10分強の場所にバゲラさんのお店は移ってこられました。
神戸山の手の落ち着いた住宅街の幹線道路沿いの素晴らしいロケーションにありました。
内装工事が遅れていて大変な状態でありますが、遣い勝手のよさそうな工房に仕上がりつつあります。
あいにく高田ご夫妻は留守されていて残念でしたが、職人見習いの可愛い女性二人のお仕事の邪魔をしながらお店見学。機械類の充実度には驚かされます。

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バゲラ高田ご夫妻はオーダーで革製品を製作されている工房です。フルオーダーをお休みしているル・ボナーが安心して紹介出来る丁寧なお仕事の工房です。革も私達と同じようにヨーロッパ皮革を中心に取り揃えておられます。

内装が完成してバゲラ新工房が稼動し始めたらハミと一緒にオリジナルで作った錠前とお花を持ってお伺いいたします。お互い刺激し合いながら切磋琢磨していきましょう。
神戸はそんな職人たちを暖かく包み込んでくれます。

2007年6月12日

KENSAKIの樫本氏来店 !

幻のKENSAKI万年筆を作った樫本氏が来店されました。前々から古山画伯から色々とお聞きしていて、まだ一度もお会いしていなかったけれど夫婦で会いたかったお方です。
樫本氏は神戸で生まれ育った神戸っ子です。現在東京に居を構えておられますが、神戸を感じさせる紳士です。同窓会での帰神、その前に来てくださいました。

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万年筆秘密結社?KENSAKIのリーダーの樫本氏が100本限定で作ったKENSAKI万年筆1号は傑作万年筆モンブラン149を凌駕する大タンク容量、大インクフローの車で言うならアストンマーチンのような万年筆です。
金ぺんはドイツ、ペン芯はフランスで、軸はアメリカ。樫本さんが世界を駆けて作り上げた稀有な万年筆です。軸のデザインは見ればすぐ解る古山画伯が担当。おとぎの国の王様のよう。金ペンのデザインも一部ロジュウムメッキを使った魅力的なオリジナル。ペン芯もエボナイトの削り出し。現在の大メーカーでエボナイトのペン芯を使っているところはありません。その方が良いのは解っていても。

KENSAKI万年筆は万年筆を愛するロマンスグレーの紳士、樫本氏の夢の結晶です。その思いに共鳴したプロフェッショナルたちが集結して作り上げた妥協なしの幻の傑作万年筆です。その万年筆が目の前にある。

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秘密にしておくべきなのだろうけれど、私の暴露癖は私の中だけに閉まっておけない。
実はこの日本限定38本の中の36番を頂いたのです。確かに私の知りうる限りの万年筆の中で一番欲しかった万年筆ではあったのだけれど、それは見果てぬ夢と思っていました。頂けるなんて夢にも思わなかった。配慮ある大人であれば欲しくても遠慮すべきところ、ランドセルを背負ったオヤジの私は狂喜乱舞し感動で目頭熱くしながら、その申し出を断るなんて出来なかった。その上私だけではハミさんが可哀相と、ハミには漆塗りのシェーファ・タルガ。

差し上げる条件として、必ずペン先研ぎ調整名人のフルハルターの森山さんの所に持ち込んでから使ってくださいと樫本さん。喜んでそのためだけに東京に行きま~す。
その時また東京でお会いしましょうと、神戸的風情の紳士はル・ボナーを後にされました。

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このKENSAKI万年筆用のペンケースはTAKUYA君にオーダーすることにします。自分で作るのも良いのだけれど、ペンケース作り日本一のTAKUYA君に頼みたい。
物欲から開放された彼が唯一心から欲しいと思っている万年筆がKENSAKIです。その万年筆を入れるペンケースですから、特別な思い入れを持って作ってくれるでしょう。
樫本氏が帰られた後すぐTAKUYA君に電話しました。彼は羨ましそうでした。

2007年6月11日

松本氏お酒を楽しむ

まるで仕事とは関係ない変なおじさん5人組みで絶品「鳥鍋」を富に食べにいきました。
久しぶりです。富の鳥鍋ほど鳥の臭みは全然ないのに旨みだけが凝縮されたようなスープを味わったことがなかった。そのスープで最後に食すラーメンは圧巻であります。

今回のメンバーは、私以外は職種も年齢も違うけれどダイナミックに仕事し遊ぶカッコ良いおじさんたち。そんなおじさんたちの豊かな会話を聞いているのが楽しい。
その中のお一人の大型貨物船の船長就任祝いを兼ねた宴会であります。

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富でお腹いっぱいになった後、バー「バランザック」へ。神戸生まれのNさんが帰神した時必ず立ち寄るバーです。バーをこよなく愛するNさんにとって隠れ家のようなところです。
私はバランザックは今回始めてです。「和」を感じさせるシンプルな内装は心をリラックスさせてくれます。

私はアルコールが全然だめです。何度か飲めるようになろうと努力したことはあるのですがそのたびに急性アルコール中毒のような状態で死ぬ思いを繰り返すだけで強くならないのでやめました。今回もアルコール抜きのカクテルと葉巻でその場を楽しむはずでした。

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Nさんが貴重なお酒を持ってきたのです。そのお酒はワインの絞りかすから作ったグラッパというお酒。バルバレスコ産の「ロマネ・ルビー」という手作りのグラッパでラベルも手書きです。香りの強いお酒で、飲まずに香りだけを楽しんでみたらと勧められ試してみると、これが面白い。香水のような強い香りとはまた違った嗅覚を刺激する芳醇な香り。
これは面白いと他のメンバーが飲んでいるシングルモルトの香りも嗅いで見る。それぞれ違った香り。口に少し含むとこれまた凄い。香りがぱーっと広がる未体験世界。
アルコールが全然駄目な私でもお酒の楽しみ方があるのだと50歳にして知った。
そんな風に楽しみながら帰宅は午前3時でありました。

2007年6月 8日

個室B寝台で東京出張

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6月6日12時12分、サンライズ瀬戸の個室B寝台で東京に。
東京出張は出来るだけ時間を有効に使うためと格安ということでよく夜行バスを使って出張していたけれど今それはキツイ。前に寝台急行銀河で東京出張を決行したことがあるけれど70年代そのままの寝台車両は思いの他厳しかった。それで今回は最新のB個室寝台、これはなかなか良い。でも新幹線のグリーン車利用ほどの価格、また利用するかは、、、、、、

今回の出張は絞り技法を専門にされている職人さんにお会いして、現在進めている絞り技法を使ったペンケースの打ち合わせが主な目的。午前中まずはその職人さんのところへ。
同行してくれるのは小物職人TAKUYA君。彼とはなぜか気が合う。

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量産の絞りはまず木型屋さんで絞り用の凸と凹の木型を作り、絞り職人に絞っていただき木型の修正を繰り返し煮詰め込む。頑固な東京下町風職人だと聞いていた70歳中ほどのその絞り職人さんは納得、その通りでした。しかし神戸からわざわざ来てくれたと喜んでいただき、小さなサイズの絞りは難しいけれど協力してくれると言っていただきました。

作る現場が私は好きです。演出なんて何もしていないけれ道具と職人が格闘している現場は美しい。一緒に絞りのペンケースを作り上げていきます。このペンケースはフラボナでネット販売する予定です。
ワルピエのブッテーロを使って作ります。

その後、材料や道具屋さんを回り久しぶりにエース東京本社にあるバッグ博物館にTAKUYA君と訪れました。私はここに並ぶ無名の鞄職人が作った素晴らしい鞄たちが大好きです。何度訪れても大いなる刺激を与えていただける鞄たちです。特にイタリア製の鞄がすきです。精緻でありながら大胆な仕事が色気を発散させる。革が大好きでその魅力を最大限引き出せる技術がないと出来ない仕事です。
普遍の良い鞄をいっぱい展示してあるバッグ博物館のある日本一のバッグメーカーはそんな鞄を作り出そうという気持は持っていないようで、そのギャップはう~ん。

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夜人と待ち合わせ。時間があったので上野駅前の喫茶ルノワールに。今流行りのイタリアチックなコーヒーはあえて飲もうとは思わない。出来れば昔ながらの純喫茶風でタバコ吸いながら飲む濃いコーヒーが良い。出来ればモカで。
私の東京出張の活動範囲は皇居を境に東側限定であります。東京の東側は居心地が変に良い。西側に行くとドギマギしてしまう私であります。本籍はなぜか目黒区なのだけれど。

今回の東京出張の宿はいつもの学士会館ではなくてTAKUYA君宅に無理やり泊めてもらっちゃいました。
彼は今月中旬から革の聖地、浅草界隈に工房を移します。そんな忙しくてゴチャゴチャの現工房に無銭宿泊。革小物作りのこと、独立系職人のビジネスのこと、色々話しました。彼のもの作りのセンスと姿勢には大いに刺激を受ける私です。


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次の日はフリータイム。前からお約束していた時計ライターN氏のお宅訪問。新宿からあずさに乗って観光気分。N氏のお宅は東京というより山梨県のご近所というほどの場所にあります。なぜか忙しい時間をやりくりしてTAKUYA君もご一緒。帰ったら徹夜の連続でしょう。

N氏に車で迎えに来ていただきN氏宅へ。
N氏の自宅は雰囲気のある広~い日本家屋。そこでいっぱいの時計を中心としたモノを見せていただきました。時計のコレクションはとんでもなくありすぎて吟味しながら拝見するレベルではないのです。
しかしN氏のモノに対する一貫した思いの感じるコレクションだと思いました。値段の高低ではない良いモノをという考え。
奥様に作っていただいたスパゲティ・カルボナーラが美味しくてお腹いっぱい。それにも増していっぱいのコレクションで大満腹。モノもお金も寂しがり屋なのですね、いっぱいあるところに引き寄せられるのでしょう。ひとつひとつのモノの入手までの経緯と思い出話は大変魅力的でありました。N氏はこれからもコレクションし続けるのでしょう。がんばってください。私はさわりでいきます。

神戸に戻るのが夜になりました。バスで新神戸からハミのいる六甲アイランドへ。ハーバーハイウェイをバスは走り、神戸の素晴らし夜景がお帰りなさいと迎えてくれます。充実した東京出張でありました。

2007年6月 5日

こだわりのノート作り

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先日筆記具サロン作りを計画している吉宗さんとご一緒して大和出版印刷に行ってきました。現在大和出版印刷と一緒に万年筆の書き味にこだわった高級ノート作りプロジェクトを進めています。そのプロジェクトに文具一筋吉宗さんにも参加してもらいたいと思ったわけです。

このプロジェクトは私の知り合いの万年筆好きの人たちの、ほんとに上等な書き味のノートが欲しいという要望があることを大和出版印刷に話したのが始まりでした。
本業ではないけれど、ほんまもんの好きな社長がやる気満々になっていただき現在進行中のプロジェクトです。

高級洋紙「コンケラー」を使ったノートが欲しいから始まりました。
コンケラー洋紙を使ったノートは海外製のものはありますが大変高価です。日本製はありません。まずそこから始めました。調べるともっと凄い洋紙もあるようです。紙の決定はサンプルを揃えた段階で万年筆好きの人たちに実際に書き味を吟味していただいて決定することにしています。

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製本は神戸の製本屋さんが一目置くMさんにお願いします。Mさんは75歳になる名人製本職人です。一人ですべての製本作業をする製本のスペシャリストなのです。
Mさんにこのプロジェクトの話をしたところやる気満々。技術を注ぎ込んだ製本をすると言って頂きました。本棚に並べて置いても違和感のないノートが出来上がります。

もう使っている印刷屋さんも天然記念物状態に少なくなった写真の活版印刷機で罫線は刷ります。微妙な凹みとインクのスレが生じる活版での印刷は味わいがあります。
罫線は万年筆界の有名人に手書きで書いてもらった線を使おうとかんがえています。
それとシリアルナンバーも入れる予定です。

消耗品でないノート。緊張しながら書き味楽しみながら未来に残すノート。
書くという行為を最大限豊かに楽しむアイテムとしてのノートが産まれます。
出来上がるのが楽しみです。私のできることは最大限協力したいと思っております。
そんなノートを一番欲しいのは私なのかもしれません。

2007年6月 4日

玉ブチの交換修理

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長く鞄作りをしていると毎月いくつかの修理が持ち込まれてきます。その中で多いのが内縫いの間に挟む玉ブチの交換修理です。

一般的に玉ブチはプラスチック芯に薄く漉いた革を巻いて作ります。その方が均一の綺麗な見え方をするのと、そのでっぱりがガイドの役目をして気をつけなくてもスムーズに縫製が出来るからなのですが、薄く漉いた革は破れてプラスチック芯が見えてきてしまいます。
ル・ボナーで現在販売している内縫いの鞄はプラスチック芯を入れないで厚い革の二つ折りにして作っているのでこういった修理の必要のない鞄になっていますが4~5年前まではプラスチック芯を入れてつくっていたのでその頃までの鞄の玉ブチ交換修理があるのです。ただ修理した後はプラスチック芯なしの二つ折りに直すのでこれからは大丈夫。

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量産ブランドの内縫いの鞄で芯を入れない玉ブチにしているところを私は知りません。量産をスムーズにするには芯なしの玉ブチは難しいのです。唯一大ブランドで芯なしの玉ブチなのはエルメスですが、ここは内縫いを手縫いでするのでミシン縫製と違って玉ブチにガイドの役目をもたさなくてもいいので特別です。
芯なし玉ブチは職人泣かせです。しかしその方が後々の修理の可能性が極端に少なくなります。

玉ブチの交換はカバン本体を解いてから再度組み上げるので手間のかかる修理です。
分解せずに貼るだけの修理をしているところもあるのですが、そういった修理だとすぐ駄目になります。

それでも付属品は交換すればなんとかなりますが、本体の革が死んでしまうと修理は不可能です。大敵は人の汗に含まれている塩分です。この塩分が革の老化を進めます。
よく触れる部分は水拭きして塩分を緩和してあげるとより長く良い状態で使うことができます。
それとほこり(雨に含まれている汚れも)。これも水拭きがいい。
そんなところを気をつければ長く気持ちよくつかえます。本体の革さえ大丈夫であればそれ以外の修理は大丈夫です。お金と時間はいただきますが。

2007年6月 2日

経年変化(エージング)

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今日昔からのお客様が2年ほど前に購入されたミネルバリスシオのグレー色の枠ポーチを持って来られました。良い状態でエージングしていました。
ポーチの下に敷いている革がミネルバリスシオのグレー。違う色のようです。
色止め加工をしないバケッタ製法のミネルバリスシオの革は、薄い色ほど別の色かと思うほどの経年変化をします。面白い革です。

同じミネルバリスシオで作った枠ポーチがファスナー交換の修理でル・ボナーの工房に里帰りしていますが、こちらは経年変化がうまくいっていない。理由はほこりです。
土ぼこりなどが多い場所で使い続けた場合は良い感じの経年変化をさまたげてしまうようです。そういう場所での使用の多い人は出来るだけ多く水拭きしてほこりを取り去る努力が必要のようです。

エージングが顕著に出るのはタンニンなめしの革です。クロームなめしの革の場合でも良くなめされた表面コーティングしていない革の場合お手入れを上手にするとエージングします。
しかしバタラッシー社のバケッタ製法の革ほど均一なエージングをする革とは初めて出会いました。特別気を付けて使わなくても満足な経年変化を楽しめます。

エージングというのは革という素材の大きな魅力ですが、それは年をとっていくという事ででもあるのです。
時計や万年筆が次世代に手渡す事が出来るモノであるのに比べて、革製品の大部分はそんなに長い寿命は期待できない。大正時代のトランクなどは現代でも存在しているけれど、その革は弾性も消え革は生命力は失っています。
しかし生地よりは寿命は全然長い。生命力が金属と生地の中間に位置する素材です。
そのはかなさと味わいが魅力の素材です。

革鞄は使う人の分身のように一緒に年齢を重ねて行きます。
愛しい素材です。出来るだけ長く元気な状態で頑張って欲しい。
永遠を信じて作るし、永遠を求めて使う。それでいいと思う。

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