2007年9月アーカイブ

2007年9月29日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(6)

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午前中、革製品とボタンを作り続けてきたジャンニさんという老職人に会いにいった。
70歳になり、現在は頼まれて特注で鞄を作ったり、鞄の修理などを生業としていますが、これまでパリのメゾンのオートクチュールの品を作ったりもしていた職人です。

昔は多くの人を雇ってモノ作りに励んでいたことは作業場に多くある古い機械が物語ったっていますが、現在は一人でこつこつ仕事をこなしているジャンニさんです。
人に会うことが少ない職人は、気心が通じると雄弁になります。22歳で職人になってからの48年間の職人人生を語り始めました。使われなくなった機械たちの使い方も事細かに説明してくださいます。

特別なことをしているわけではない。しかし70歳まで続けてきた。こんな人生もありなのかもしれない。
私も70歳になった時、違った形ではあるけれど、カバン作りを続けてゆきたい。

午後から、路面電車に乗ってバチカンへ。路面電車の速度は旅人には最適速度。街並みを確認しながら味わえる速度。トマソ・サルビニから終点のバチカンまでの19番路線はローマ山の手の優雅な風情が車窓に続く。

平日の午後のバチカンの美術館とシスティーナを見学するための列は思ったより短い。1時間かからないで入口へ。この時期の休日の午前中だと5~6時間並ぶのは当たり前だそうです。私たちはラッキーでした。

まずバチカン宮美術館。ここも途方もなく多くの絵画、絵画。出口で点呼をとっていざシスティーナへと思いきや、画伯だけは待てども来ない。タクヤ君が探しに一周してきたけれどいない。
画伯の場合、アルカイダと間違えられて機関銃を突きつけられても無事だった図々しさを持ち合わせた御仁だから、探し出すのは諦めてシスティーナへ。

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凄い、中世のヨーロッパにおいてキリスト教の存在の大きさを強く感じる。この回廊がず~と続く。そして多くの絵画、彫刻。途中画伯が通り過ぎる。このお人、人に迷惑かけながらも、うまぁ~く帳尻を合わせる人であります。追い越してゆく時、美術館にあったカラヴァッジョ見たぁ~?と。現在マイブームのカラヴァッジョがバチカン宮美術館にあったのかぁ~。わたしは見過ごしていた。これはいけません。

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ラファエッロの「アテネの学堂」、ミケランジェロの「最後の審判」と急ぎ見てユーターン。カラヴァッジョを見にゆきました。競歩のようなスピードで。結構きつい。

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バチカン美術館は人影まばら。ありました、「キリストの埋葬」。やはりカラヴァッジョはグロテスクなまでのリアリズムで圧倒的な存在感を感じてしまう。マイブーム続きそうであります。

そのまま出口に向かいました。女性二人は先に出ていてバールで休憩。閉館10分前画伯と樫本さんを最後に全員集合、、、、とお・も・い・き・や、でべそ氏がいません。ドアが閉じられます。でべそ氏は出てこない。その後いくら待っても来ない。もう一か所出口があったことに気づき、樫本氏とタクヤくんを残し捜索に出発。

でべそ氏が迷子になってしまったら大変です。順風漫歩平和な人生を送り、海外旅行の経験は私と同じ程度の海外旅行初心者。画伯のように海外でも野宿もできる図々しい心臓は持っていないだろし、宿にも一人では辿り着けないのではと考えると、心配がつのるばかり。

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心配する女性3人とボンジョルノ松本。画伯は、あまり心配ではないようで写真パチパチ写しながらのんきなもの。サン・ピエトロ寺院前は夕方人影まばら。見つからないはずはないと探しつづけるが見つからない。寺院内もさがしたけれど見つからない。もうだめだぁ~と思っていたら、H女史のところに樫本さんから電話。樫本氏とタクヤ君も私たちと合流しようとサン・ピエトロ前に向かう途中、うつむき歩くでべそ氏を発見したのです。ほっとした私たち。一人ニヤニヤしている画伯。この事件をどう脚色して酒の肴にしようか考えているのです。

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2時間ロスして夕暮れ時のサン・ピエトロ寺院。訪れる人も減ったこの時間帯のサン・ピエトロは良い感じ。天井から夕日の光が赤く差し込む。ミケランジェロの傑作「ピエタ」も夕日に映えてより美しい。
でべそ氏の迷子事件のおかげで、特別なサン・ピエトロを私たちは味わうことができました。ラッキーな副産物は得たけれど、大変でありました。

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サン・ピエトロの上の円形の塔の部分に夕日の光が内包しています。がカメラマン松本がへたくそなため、それが写真からはわからなぁ~い。

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その後夜のローマの路地をナボーナ広場近くのレストランまで歩く。
夜のローマの裏通りは、特別な味わいを持っている。何時までも歩き続けていたくなるローマの裏通り。
街灯が絶妙、お店お店が浮かび上がる。明日の夜は宿近くのレストランでの食事だし、明後日は昼過ぎまでで、その後帰国の途に就くから、夜の街中のローマを感じれるのは今夜だけ。しっかり味わいたい。気持ち良い風が吹いています。

2007年9月28日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(5)

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昨日見ていなかったパラティーナ美術館に朝一番、昨日午後一緒に街歩きした3人で行った。
ベッキオ宮殿にあるパラティーナ美術館は、圧倒的な数のルネサンス期の名画が所狭しと壁を覆い尽くしている。その展示は圧巻であります。私は絵ではラファエッロの絵が特に必見だとおもいますが、ボッチチェリもいっぱいあるし、注目のカラヴァッジオの異様な絵もある。他いっぱいです。
それ以上に私の目を釘付けにするのが象嵌細工が施されたテーブルの数々。こんな繊細で緻密な象嵌ここでしか見れないと思う。天才職人に金銭の制約を解き放つ注文をするパトロンがいた時代だから生まれた象嵌細工のテーブル。この象嵌の絵柄に似たデザインで、エルメスは多くのスカーフを作っています。

その後ベッキオ宮の中庭に面したバールの野外テーブルに腰をおろしてカプチーノとクロワッサンで朝食。私はシガリロをプカプカ。メディチ家の栄華を強く感じさせるベッキオ宮であります。

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マンニーナがあります。日本ではあまり有名な靴屋さんではないけれど、奥のオーダー靴の見本を見ると、丁寧な仕事の靴を作っている。私は前々からフォーマルな革靴を一足持っていたいと思っていたのだけれど、このイタリアンなら十分満足である。値段も既成なら、この丁寧な仕事で350ユーロは納得価格。しかし、、、悩んだ結果次回フィレンツェを訪れる時に購入することにしました。

その後サンタ・クローチェ・レザースクールに向いました。
途中、素材ゴミのように骨董が山積みなったお店を覗きました。でべそ氏その中からイギリス製スワンのアンティーク万年筆を発見、さすが万年筆くらぶ会長。私が入手したくて値段を聞くと100ユーロ。骨董屋のオヤジは欲しそうな私の顔を見てふっかけている。サンタ・クローチェからの帰りまで少し冷静になって考えることにしました。60ユーロまで値切ることができれば入手することにしようと思って戻る時覗いてみると、お店はお昼寝タイムで閉めていた。縁がなかったとあきらめました。今もあのオノトのような万年筆が思い出されます。後悔先に立たず。

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サンタ・クローチェ・レザースクールは一般の人でも革製品を製作しているところを見学しながら革製品を購入できる。タディーさんでも紹介した、木型に革を貼り込んだ独特の絞りの革製品が多いが、一般的な革のバッグや小物や衣料品も作っている。去年来た時、日本人の生徒さんが多くいて違和感を感じたのだけれど、今回もそれは同じでした。こんなに多くの日本人の生徒さんがこの学校を卒業しているはずだのに、日本に木型に革を貼り込んだフィレンツェ独特の絞りの革製品を作る職人さんがいないのはなぜなのだろう。

フィレンツェは2年連続だけれど、何度でも訪れたくなる街です。人類の宝と、鞄職人は見つけにくいけれど、色々な職人たちが街を彩っている万華鏡のような街だと私は思う。また訪れます。

それにしても物価が高ぁ~い。リラであった頃、西ヨーロッパで数少ないお得感を感じれる国であったのに、ユーロになって一変した。特に今回は1ユーロが170円での換金。住民が利用するようなお店でコーラを買っても1,25ユーロです。同じコーラを2,5ユーロで売っているお店もありました。ガソリンは1リットル1,5ユーロだそうです。日本の半分ほどの平均所得の国です。大変であります。


9月19日16:53
フィレンツェの宿のオーナーご夫婦に見送られながら、サンタ・マリア・ノッヴェラ駅からローマ・テルミニ駅へ1時間40分あまりの列車での移動。去年は、ポンペイ遺跡のオプショナルツアーに行ったためローマはバスからの市内観光しか経験していない。魅力的な街です。今度はじっくり歩いてローマを堪能したいと思っております。

ローマに着くと、H女史のお父様が友人と車で迎えに来ていただいておりました。恐縮であります。H女史のご両親は40年以上ローマに住んでおられる日本人です。会社を辞められた後も、ローマ郊外で暮らしておられます。今日はローマ市内の家でおよばれにあずかりまぁ~す。
お母様は私たちのために沢山の種類の料理を作って待っていてくれました。日本料理もいっぱい出て、少しさっぱりしたものが食べたくなっていた私には感涙ものでした。さば鮨まであり、なすの漬物でお茶漬けは体に染み渡りました。みんなも普段以上に酒が進み、宿に戻る頃には千鳥足。バチカンマーケットで買った最上級のワインは相当に美味しかったようで、遠慮なくグイグイ皆さん飲んでおりました。


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ローマの宿の近くの街並み

ローマの宿は山の手にある修道院の宿舎。門限があり午後11時半。酔っ払いを迎えるシスターは、少し厳しいお顔です。英語は通じません。H女史は里帰りでいないので、少し心細い。
明日は個人で鞄作りしている老職人にお会いして、その後システィーナとサン・ピエトロです。おやすみなさい。

2007年9月27日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(4)

9月18日早朝
いつものように早起きしてしまった。キッチンに行くとH女史がビスッケットをかじってた。
夜の雨も上がり、街散歩には絶好の日。フィレンツェの空気は気持ち良い。

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9月は欧米の観光シーズン。東洋系の人たちは少ないけれど、英語やドイツ語があちこちから聞こえてくる。まずはウフィッチです。人類の宝のような絵画目白押しであります。その中でもボッチチェリの「ビーナス誕生」と「プリマベーラ」は特別な存在感を発しています。大作でありながらその精緻な書き込みは天才職人画家の究極の作品であるように思いました。当然画伯はその前で動かなくなってしまいました。
しかしこれだけ沢山の絵画を一つ一つ真剣に見入っていると大変であります。私は要所要所を見て、お先に美術館を出て一服。前を通る人たちのバッグを見ていて、日本と違って高級ブランドのバッグを発見することは少ない。エルメスのバッグは旅行中1度も見なかった。それに比べ日本では、地方都市神戸ですら元町の大丸界隈を歩くと必ず目にする。日本は豊かなのか、価値観の貧困なためなのか。

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昼食は私が去年来た時も食べたポンテ・ベッキオが間近に見えるレストランに。ここは時計ライターのN氏お勧めのお店で、「スパゲティー・アラ・ボイア」が絶旨のお店です。観光マップに載っていないので、今年もアジア系のお客は私たちだけでした。窓を開け放ち、アルノ川の川面をながれる風を感じながら少しお洒落なイタリアンを食しました。みんな大満足。

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午後からは美術館めぐりをする画伯一行とは別行動することにしたでべそ氏とタクヤ君と私は街並み散策。小さなショップの奥が工房になっている個人店舗が多く目につきます。そんなお店お店がフィレンツェを魅力的なワンダーランドにする。
私はサンタマリア・ノッヴェラ薬局で加齢臭を消すための「キューバ」というオーデコロンを買わないといけません。中世の時代から続くお店で、店内の内装は見事なルネサンス。フィレンツェを訪れた時は、買わなくてもこのインテリアは必見です。でべそ氏も私もTAKUYAのグリマルディーをぶら下げている変なオジサン。

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その後フィレンツェの伝統的な革工芸品である、木型にヌメ革を張り込んで後染めする革小物を作って売っている「タディー」へ。去年は探し出すのに相当手こずった迷路のような場所にお店はあるのですが、今回は住所も控えておかなかったのにスムーズに探しあてられました。フィレンツェの道案内なら私にお任せあれ。

3代続くタディーさんは奥の工房で作りながら売っている革小物職人。個人で伝統的な革小物を作る工房はフィレンツェで他に見つけられない。継続すること、それが大事。また私がフィレンツェに訪れる時も作り続けていて欲しい。そして4代目が一緒に工房で作っていたら、素敵です。

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夜日本語に訳すと「いい女通り」という通りにあるレストランで食事。みんな昼夜の飽食続きで、食欲少し減退。そんな中、画伯だけは食べる気充分。食事制限しないといけない身体なのに、少しだけ心配。
今夜は野菜を中心にしたメニューにしました。いい女通りは良い感じ。フィレンツェの夜は更けてゆきました。

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明日夕方までフィレンツェを散策し、ローマです。玄関のドアのカギを開けるのに手こずっているところです。今日もよく歩いた。

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(3)

9月17日
雷と雨音で目を覚ましました。午前3時、ホテルは当然禁煙、窓から顔を出して雨に濡れながらシガリロ吸っております。イタリアの朝は早い、5時を過ぎると人が動き出します。窓から見えるバールでは開店前の準備、車で配達している人も窓越しに確認できます。雨は夜中の間ずっと雷をともなって降っておりました。

バールで朝食を済ませ、今日はH女史の勤めるテレビ局のネットワークを利用してセッティングしていただいたイタリアの中堅バッグメーカーを訪問します。男性陣はネクタイをしめて背広姿。女性陣もキャリアなお姿。商談に出かける日本人一行風ではありますが、画伯と私はフォーマルな服装はどこかはずしている。雨はあがりましたが、不快指数100パーセントのミラノ。

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イ サンティーという名前のバッグメーカーは知らなかった。帰りのミラノ・マルペンサ空港の免税店にショップもあり、日本などにも輸出しているらしい。今回の目的は同社が所有している古いバッグを見せてもらうのが目的。その前に社長さんとお会いし、画伯の著書「鞄が欲しい」を手渡し、「鞄が欲しい 2」の取材もどき。

その後工場内を見せていただいたのだけれど、日本の大手バックメーカーの工場に来たような錯覚を覚える私です。まず匂いが同じだし、殺風景な色気のなさも似ている。違いと言えば、チャーミングな絵がいっぱい飾ってあったことかな。日本もイタリアも同じ問題を鞄業界は抱えているように思う。夢が語れる職場。

その後古い鞄のコレクションを見た。古くてボロボロのカバンたちからは豊かな個の表現を感じる。表現力が生き生きと伝わってくる。そんな鞄を私は作ってゆきたいと思った。

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レストランの名刺と地図

昼食は魚介類を使ったイタリアン。店は大変なにぎわい、活気がある。昼過ぎまで席が開かない活況ぶり。H女史の前交渉で飲み放題お任せコース一人40ユーロで決定。予想をはるかに超える品数とボリューム。手長海老(スカンピー)いっぱい、食べた事のない貝が色々入ったオリジナルペスカトーレ、その他いっぱい。この量を昼食で食べていたら、無茶苦茶だぁ~。それでも最後の締めでエスプレッソをクイッと飲んだら、夜もまたいっぱい食べられる。それがイタリア式?。
ミラノに来たら、このお店お勧めです。観光マップには載っていませ~ん。

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17日16:00ミラノ中央駅からフィレンツェへ。
列車は海外からの旅行者の事を配慮して、大きなスーツケースが収まる棚が上部にあります。その棚にスーツケースを持ち上げ収めるのがひと苦労。タクヤ君が率先して頑張ってくれます。彼は配慮の人であります。オヤジたちは我儘な人であります。

列車は2時間45分でフィレンツェです。途中愉快な会話で大盛り上がりでありましたが、注意する客室乗務員もいない訳ですから、野放し状態。フィレンツェのあるトスカーナ地方に入ると、記憶のどこかにある風景に変わります。味わい深い風景です。そうだ!モナリザのバックに描かれている風景です。車窓から見える風景はダビンチが見たトスカーナの風景とそんなに変わっていない。

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10ヵ月ぶりのフィレンツェです。大好きな街です。
フィレンツェの宿は街の中心にある3Kのアパートメントに泊まります。オーナーご夫妻が駅まで迎えに来てくれました。スーツケースをオーナーの車に乗せると助手席しか空いてません。重いスーツケースの出し入れを手伝うためタクヤくんだけ車でお先に。残り7人はオーナー夫人の引率で歩いて10分宿まで。夫人は途中、何人もの顔見知りに挨拶を交わす。私たちもフィレンツェの住人になったようで、いい感じ。

フィレンツェで2泊するアパートメントは凄い場所にあった。大聖堂とシニョーリア広場をつなげる道沿いにあるのです。一階はブティックになっています。
手動金網レトロエレベーターで4階に上がったところに2日間泊まります。オーナーが素晴らしい風景を見せてあげようと屋上のテラスに連れて行って下さった。ドゥオモが間近かに見えて素晴らしいフィレンツェの風景が広がります。

部屋はボロイ、しかし中世に迷い込んだようで普通のホテルでは味わうことのできない特別なフィレンツェを味わえる予感。世界の樫本氏にこんなアパートメントを買っていただき、煙突工房フィレンツェアトリエを作っていただき、タクヤ君や私もそこを利用して新鮮な発想を感じて新作を作るのは良い考えだと話していたのだけれど、樫本氏は聞く耳持たぬ。
広いキッチンには生鮮食品以外はたくさん揃っていて、使い放題だそうです。朝飯はこれで事足りるけれど、2日しかいないフィレンツェで外のレストランで美味しい食事をしないで済ませる訳がない食いしん坊の8人であります。

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夜はH女史お勧めのトスカーナ牛のステーキを食べに行きました。
宿から徒歩15分ほどの距離にあるということでありましたが、いくら歩いても目的のステーキ屋さんに辿り着けない。旧市街を区切る凱旋門のようなところを越えてもまだ歩き続ける。徐々にみんなの表情もひきつり始める。歩き始めて1時間以上、やっと到着。その日からH女史の歩いて何分というのを最低4倍にして考えることにしました。

トスカーナ牛は赤身の噛みごたえのあるステーキです。噛めば噛むほど味がでる肉で、神戸牛などの日本の牛肉の旨さとは違います。炭火で焼いたそのステーキがテーブルに置かれた時、その量にたじろぎました。昼もミラノで限界の量を食べてきた私たちには多すぎる。いくら美味しいからといっても完食は無理だぁ~。前菜もとったし、特産キノコ(これもまた半端な量じゃない)も焼いてもらった。それでもなんとか2切れほどを残しはしたものの、完食に近い状態。8人の食欲に驚かされる。特に画伯とタクヤ君。画伯の血糖値大丈夫なんだろうか、大丈夫なはずはなぁ~い。


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帰りはタクシーを呼びました。タクシーでも宿まで結構な距離でありました。
玄関のドア立派過ぎます。フィレンツェ中心部のこの宿、1泊1人5000円であります。
おやすみなさい。明日は午前中ウフィッチ美術館であります。

2007年9月26日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(2)

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9月16日08:00 inミラノ
H女史が8時半にダビンチの「最後の晩餐」が見れるよう予約していていただいたので、8時にホテル・アウロラを出発して見に行きました。それにしても私たちのミラノでの宿、一つ星ホテルのアウロラという名前、どこかでよく聞く名前。万年筆好きにはお馴染みの名前であります。レッド安く売っていれば私は購入しまぁ~す。

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ミラノでは地下鉄での移動が多かった。おじさんたちだけであればメトロにのるだけでドギマギしてしてしまうけれど、H女史がいるから大丈夫。東京で地下鉄に乗るみたいにスムーズであります。

地下鉄でスリの若い女性にも遭遇しました。まず最初に古山画伯に接近。画伯に異常接近する女性がいて、もの好きな女性もいるものだなぁ~と思っていたらそれはミラノ式スリだそうで、すぐにそのスリは画伯はお金はそんなに持っていないと悟り、次に狙ったのが世界の樫本、それが正解ですが幼稚なそのスリの技法では百戦錬磨の樫本氏の財布をかすめ取ることはできません。諦めて次の駅でおりてゆきました。私は全然狙われませんでした。

でべそ会長の今回の旅のお供は、総手縫いのヌメのショルダーバッグです。松本の山奥で木こりをしながら鞄を作り続けている鞄仙人の作った品であります。好き嫌いは個人差あるけれど、作った人の迫力を感じるカバンです。そんな鞄作りもありかな、間違いなく無二のモノです。

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予約していた8時半きっかりに「最後の晩餐」のある建物の前に行くと、ドアは閉まっていて何か張り紙がしてある。H女史に読んで貰うと、ストライキで今日は閉館と書いてあるそうです。予約しているのに、そんなぁ~!みんな大変落胆、特に画家の古山画伯の落胆はいかばかりか。後で知ったのですが、文化庁管轄レベルの美術館はその日全土でストライキで閉じていたそうで、フィレンツェのウフィッチもその日はやっていなかったそうです。ツアーできた観光客の人たちとツアー会社は、私たち以上にイタリア全土で大変なことになっていたでしょう。

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気持ちを落ち着けるため、バールでカウンター越しに立って朝食。カウンターで食べると日本より安い値段でコーヒーが飲めるのだけれど、テーブルを利用すると同じコーヒーが何倍にもなってしまう。それがイタリア式。考えてみれば合理的な方法です。
私たちはこの旅で何度もバールを利用した。食後の2口クイッ、クイッで飲み終わってしまうエスプレッソは美味しい胃薬、トイレに行きたくなったら1~2ユーロで飲めるカウンター越しで飲むカプチーノを頼みトイレに一目散。バールは午前7時前からやってます。イタリアの大衆文化です。

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その後、管轄が違うので開いていた、アンブロジアーナ絵画館に行くことに。
世界最古の公共図書館として作られた建物は現在も図書館としても使われています。ダビンチの「楽師の肖像」やラファエッロの「アテネの学堂」のカルトーネもありますが、注目はカラヴァァッジオの小品「果物籠」。ルネサンス期の画家の絵とは思えない、リアリティーを持った絵を描く不思議な魅力を持っています。

その後どうしても見ておきたかったプラダ本店に立ち寄った。30年前のプラダのカバンには興味があるけれど、今の現行のプラダのバッグには全然興味はないのだけれど、内装が見たかったのです。特に写真で見た、螺旋の階段から地下道のような部分を通りぬけて地下の店舗部分に続く場所のイタリアのクラシカルな風情は1度実際に見ておきたかった。階段は私の予想していた通り良い感じだったけれど、地下道のような部分はポップに装飾されていて、私の期待を裏切った。脳裏に刻んでいるクラシカルな風情に塗り替えてその場所を眺めている私です。
しかしこのアーケードは素晴らしい。ここに店舗を構えるお店は誇りであります。

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午後からは路面電車に乗って、ミラノの昔の風情が残っていると観光マップに書いてある地域に行くことに。日陰は良い感じなのだけれど、日の当たるところは強烈な日差し。普段エアコンの効いた仕事場で座って鞄を作っている私には、この直射日光直撃の中での街散策は体力を消耗する。その上エスコートしてくださるH女史は歩調が速い。私はしばしばバールでの休憩をお願いする。日陰の外の席は気持ち良い。外だと煙草が吸えるのでシガリロ吸ってカプチーノ飲んで充電完了。隣で68歳世界の樫本氏はアメリカの取引先と国際電話。その流暢な英語が心地良い。樫本氏は英語は当然、フランス語とポルトガル語もペラペラ。その上このハードな街歩きツアーも苦にしない(瘦せ我慢かもしれないけれど)。

日曜日で多くの個人店舗は休みの日。大手ブランドショップより、そんな町の小さなお店の方に強い興味を持つ私たちは少し残念。観光客が誰も行かないような教会などを中心に見ておりました。画伯は名もないフレスコ画に興味がおありのようです。忘れていた。画伯は万年筆と鞄が好きなただの酔っ払いのおじさんではなくて、画家だったのだ。バールやベンチに座って休憩するとき、スケッチの筆を走らせている。

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ミラノはアルファロメオの街です。アルファロメオ博物館もありますが、私以外は全然興味はありません。
私は私の愛車と同型同色のアルファロメオを見つけてご満悦。

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ホテル・アウロラ前の通り

夕方一度ホテルに戻り、その後イタリアでの最初のディナー。H女史いわく、宿は最安値で面白そうなところをチョイスし、食事はお金の事は考えずにベストなチョイスを選択したそうです。その通り、その後も毎夜飽食の日々が続きました。途中お茶漬けが食べたくなった私でありました。ただそんな飽食の日々ではありましたが、エスプレッソが功を奏し胃もたれも起こさず、過度な街歩きという有酸素運動がエネルギーを消費し、我が家に帰って体重計に乗ってみたら1,5キロ減っていた。

ディナーには鞄も含めたアパレル系の仕事を、ミラノ拠点にしている大手商社マンの日本人の若者が加わり会話がはずみます。ホテルに戻ってもその商社マンも来て話が盛り上がったようですが、私はお先におやすみなさい。明日はイタリアの中堅バッグメーカーのイ・サンティー社を訪問してバッグのコレクションと工房を拝見させていただきます。その後大好きなフィレンツェまで列車で移動です。おやすみなさい。

私は今頃になって時差ボケがおきております。昼間眠くて夜中起きてしまいます。そのためこんな時間にブログ書いております。早く元に戻さないと。

2007年9月25日

年下の幼なじみと再会

 髪が長く、付き合いも長い親友と共に

 まるさんが来た。

 子供の頃、縦の社会で毎日一生懸命遊んだ仲間が、大人になり再会した、
 そんな思いにさせてくれるお二人。

 ほんの数週間前、メールで知り合えたばかりなのに、懐かしい。
 なぜだろう。
 人見知り(これ、本当)の私が、私のままでいられる心地良さ。
 初対面で、慣れる事ないチャーまでも甘えている。

 時を越え、話が弾み、はしゃいでしまったひと時。
 時間が足りない・・・

 またひとつ、大切な心をいただいた。
 大事にしたい。

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 S先生ご夫妻に頂いた差し入れ、まるさんからのお土産
 常連さんとお客様へ、しあわせのお裾分け。
 中身はみんなのお腹の中。
 美味しかった~! ありがとうございます!

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(1)

美女3人ととぼけたおじさん5人のイタリア周遊の貧乏旅行?です。私が勝手に名付けたこの旅行の名は 美女3人とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中。無事にはすまない雰囲気ムンムンであります。

今回のイタリア旅行は、すべてイタリアを熟知するH女史に、私たちはおんぶにだっこすべてお任せの無責任旅行であります。私たちオジさんは何があろうがこの旅においてH女史の言い付けを守ってハメを外すことなく従順に行動しなければいけません。しかしそうもできなさそうなおじさんでもあります。

今回の旅には美女3人(一般のうら若き淑女ばかりなので名は伏せます)と古山万年筆画伯、世界を駆けめぐるなぞの紳士KENSAKI万年筆の生みの親 樫本氏、そして温厚一筋?万年筆くらぶ会長の中谷でべそ氏。すごい皆さんとの9泊7日の旅がはじまりました。あっ、忘れていた、今話題の手縫い革小物職人のTAKUYA君も一緒でありました。それに私を加えた8人でのイタリア鞄行脚の旅であると画伯は言っていたが、はたして、、、

15日13時20分、JAL417便はミラノに飛び立ちました。機内は超満員、中央の4座の前はオジさん4人。後ろが、、、女性3人とTAKUYA君。JALは粋なはからい。
まずい、私達4人のオジさんは怪しまれ監視されているようです。ちょっとした不備な行動にも客室乗務員のおばさんに叱られます。画伯はアルコールを注文し過ぎ、飲みすぎだと断られ、大きな声(赤ちょうちんで飲み叫ぶように)で議論というか酔っぱらい(古山画伯)の独宴会は厳しく注意されます。回りのお客様にご迷惑ですと。ボンジョルノ松本も同罪だとみんなに言われましたが、私は酒も飲まずに(飲めない)ただこれからのイタリアでの日々を想像し、はしゃぎ過ぎているだけ。

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マルペンサ駅でミラノ行きの電車を待つ私以外の7人

15日18:45(イタリア時間)
ミラノ・マルペンサ空港に到着。時差が7時間あるので12時間25分の空の旅でありました。当然足は欝血ですが初めてのミラノの街に心はウキウキ。イタリアで一番豊かな都市、ミラノはどんな街だろうか。
ミラノ市内まで電車で約1時間。そこからタクシーでミラノでの宿、ホテル・アウロラへ。今回の旅で一番高い宿泊費の宿です。一泊一人7000円。でも良い雰囲気、エレベーターも金網手動ドアのクラシカルタイプ。部屋も狭くてバスなしシャワーのみですが、見える中庭はミラノ庶民の生活感が伝わりカジュアルで良い感じ。

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中庭から見たホテル・アウロラ。

私は去年のイタリア旅行と同じように3時には目を覚ました。ホテルは無線LANが無料で使えるということなので、ブログを書き始めるがインターネットにつなげることができない。イタリアでの初日からイタリア実況中継は残念。同室のでべそ会長を起こしてしまい、朝まで鞄の事、筆記具の事を話しておりました。でべそ氏とは今回の旅行で初めてお会いするのだが、画伯と違って温和な人柄が良い感じ。
明日はダビンチの「最後の晩餐」を見に行きます。その後ミラノの街散歩です。

2007年9月24日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中 序文

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神戸の夜景はやはり特別です。私にとって安住の地。

昨夜10時に自宅にもどってまいりました。ローマの宿泊場所の修道院を出発して24時間かかりました。
イタリアでの実況ブログを書こうと画策いたしましたが、出来ませんでした。御免なさぁ~い。今回のイタリア旅行は結構体力勝負の旅行でありました。メンバーの半分は50歳を越したオヤジたちであります。
もっと優雅な旅行も考えられただろうに、なにせこの旅行の首謀者は古山画伯とその昔の教え子H女史、思った通りヘトヘトでの帰神でありました。しかし特別な経験と、若かった頃お金は使わず(使えない)工夫して遊んだ仲間たちとの日々を思いおこさせられた、有意義で特別な旅行でした。楽しかった、しかし疲れたぁ~。

私は今回の旅行で一番強く感じたことは、今回参加したみんなが遊ぶことに良い意味で貪欲です。ヘラヘラになるまで一日一日を楽しみ尽くそうとする。メンバーの最年長、世界の樫本氏は68歳です。毎月のように海外を仕事で移動されるお人で、当然ここ何十年もエコノミークラスは経験されたことはないし、いつもは高級ホテルに宿泊される方です。途中でこの旅行を放棄して帰ってしまうかもという考えがよぎりましたが、ヘトヘトになりながらも顔をひきつらせながら、楽しんでおられました。しかしビジネスクラス以上しか長らく乗っていなかった氏にとって、きつかったようです。楽しかったけれど90度で座ったままの12時間はいやだぁ~と。今月末で会社を勇退される樫本氏の最後の天国と地獄、泥沼?への入り口であったのかも。

明日からしばらく「美女とランドセルを背負ったオヤジたちの珍道中」が続きます。途中それ以外の内容の日も入ってくるとは思いますが、この旅行記残さない訳にはいかない。しばらくの間お付き合いくださぁ~い。

2007年9月14日

ライトグリーンのミセス完成

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先月、ご夫婦で
「ハミさんはきっと忘れているかもしれないね」、とオーダーの再確認に来られました。

その通りでした。正式な注文とは受け取らず、聞き流しておりましたのが2年前。
さ~大変!
忘れていたライトグリーンのミセスは、日差しの元気なうちに持って頂きたいし、今月末完成約束の鞄が2型、どう段取ろうか・・・と回転の悪い頭で手順を考えながら、それぞれのパーツを全て作りあげ、
2年待ちのミセスを先に組上げました。
今回は1枚しか手元に届かなかったライトグリーンでしたが、救われた気持。

やっぱりこの革はいいなぁ。
ブッテーロが経験を積み重ねたうえで成り立つ落ち着いた紳士だとすると、
シュランケンカーフは一昔前のお母さん、と勝手に解釈しています。
ふくよかであたたかくて、のイメージを崩さぬよう縫い代の漉きに気をつけています。
繊維の方向や密度により、巾、厚みなどに差ができ、左右対称でなくなるとフォルムに影響するため
漉き機の微調整は欠かせません。

小さなかぶせ、毎回もう少ししっかりふくよかに、と考えてしまうけど、開閉しにくくなるのでは、と結局
薄みにしていますが、全体のフォルム
叩いて形成することなく、ふくよかなミセスに仕上がったと思っています。

主人の、もしかしたら・・のお土産付きでお客様をお待ちいたしましょう。

只今、あと2型製作中。遅れ気味のため、店頭用は作れませんでした。


まだメールだけですが、素敵な方と知り合うことができました。
特注も受けておられる鞄屋さんです。

細部まで気配りのある丁寧なお仕事も然ることながら、
感性、デザイン、アイディア、どれも素晴らしく、欲しい!と思ったほど。
近々お来し下さるようで、待ち遠しい半面、失望されたらどうしよう・・・の思いでドキドキしています。

目白でお店を構えておられますので、皆様是非どうぞ!

http://pelleteria.blog89.fc2.com/   (初挑戦の貼り付け、やったぁ~!)

2007年9月13日

ビスコンティーのヴァンゴッホ

明日から私は少しの間お店を空けます。去年に続き2年連続イタリアです。昨今海外旅行は当たり前になってきましたが、私にとっては特別なことであります。私は今まで海外には4度しか行っておりません。一度はアメリカ西海岸を2週間かけてレンタカーを借りてモーテルに泊まりながら旅した貧乏旅行。それとお店のあるショッピングセンターのテナント会の旅行で、上海と台湾。あと幼なじみの弁護士O君と行った去年のイタリアツアー。今回はテレビ局に勤めるH女史がすべてセッティングしていただいて、オジさんたちはすべてH女史にお任せでの旅行であります。去年のイタリア旅行で一番強く感じた事はツアーの添乗員という仕事は本当に大変だなぁ~ということでした。旅行好きだから出来る仕事ではない。特に我儘なおじさんたちを統率するのは大変であります。去年もルイビトンの工房見学の旅を企画し、今年はイタリア鞄と美術館の旅を企画しクセのあるおじさんたちの世話をしてくださるH女史は偉ぁ~い。出来るだけH女史に迷惑かけないように努力しつつ、イタリアを楽しんで来ようと思っております。
この旅の名称は「イタリア三都市えんとつツアー」なのだそうですが、私は「美女とランドセルを背負ったオジさんたちのイタリア珍道中」と命名することにします。

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旅行に出発する前日、完全に万年筆菌に侵された印刷会社の若社長がビスコンティーのヴァンゴッホを持って来店しました。ヴァンゴッホも手に入れていたのかぁ~、それも色違いで2本も。
TAKUYA君にグリマルディーを注文するためです。とうとうTAKUYA君にペンケースを特注するまで病状は悪化してしまっている。もう普通の人には戻れない。

この若社長元々革フェチ?なのであります。私は革を吟味する時、指先でつまんでみた感触を大事にしますが、若社長は匂いを嗅いで選ぶのです。これもまた独特の選択基準。
そんな若社長の万年筆たちが革のペンケースに納まらないでいることは許されません。TAKUYA君とじっくりこのヴァンゴッホを引き立たせるグリマルディーペンケースをイタリア旅行中に相談してくることにします。

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それにしてもこのビスコンティーのヴァンゴッホの軸の模様は魅力的です。油絵の具をキャンバスに塗ったようなマーブル模様は見れば見るほど惹きつけられます。新興のフィレンツェに本店がある万年筆メーカーですが、独自の美意識を軸に表現していて、この文様は同じものは作れないはずです。それが良い。

去年フィレンツェを訪れた時、ビスコンティーの小さな本店の前を通ったのだけれどお店には入らないままでしたが、今回は万年筆好きのお歴々と一緒なのでじっくり見て来ようと思っております。
フィレンツェのモノ作り文化は同じ工程での作業でありながら、一つ一つ違う表情を見せる品を生み出す。マーブル紙がその最たるもので、革製品にしても成形後に染料を筆で塗る独特の技法が、同じ形の品でも違う表情を見せます。そんなフィレンツェもの作り文化を万年筆で表現しているのが、このヴァンゴッホです。私も1本欲しぃ~い。

2007年9月12日

安倍首相辞任

私は「ル・ボナーの一日」の中で政治のことは書かないようにしてきました。しかし私は政治に対して主義主張は持っている方の人間だと思っていますが、偏って受け止められると思い、このブログにはあえて書かないできました。
しかし、今日の出来事は一言言いたい。日本国の首相が辞めるにしては、あまりにもお粗末です。
これはいけません。安倍首相は私達と同じ世代です。その後の世代とか3無主義世代とか言われた団塊の世代後のエアポケットのような時代の世代です。そんな中途半端な世代の印象のまま安倍さんは首相になってしまったようで、一国のリーダーとしてはあまりにも軽る過ぎます。唐突過ぎて唖然としてしまいました。

私は必ず選挙には投票に行くし、政治が私たちのような社会の隅で細々生活している者にも色々な影響を与えていると考えています。それだけにこの辞任劇は無責任です。それでも私たち庶民は生きてゆくのですが。

私がイタリアに行っている間に後継総裁が決定するんだなぁ~。ここまでグチャグチャになったら衆議院解散して、すっきりした方が良いと思うのだけれど、そうはすっきりしないのが日本の政治。

ル・ボナーは私のイタリア出張?のため、9月14日から23日まで、営業時間が午前11時から午後7時までになります。よろしくお願いいたします。

2007年9月10日

ウォーターベリーの掛け時計

アンティーク趣味の私の師匠であるK氏が、ご夫人と一緒に来られました。何やら大事そうに小脇に抱えておられる包みを開くと、中から先日話しておられたアンティークの掛け時計ではありませんか。ル・ボナーのお店に似合う掛け時計をと、K氏がたくさぁ~んコレクションしている中から選んで持ってきてくださった掛け時計は100年ほど前のウォーターベリー社が作った金色が渋い味に馴染んでいるハチカク時計。

早速K氏にセッティングしていただき時を刻む音色を聞くと、子供の頃の思い出が甦る。子供の頃学校から帰り玄関の戸を開けて「ただいまぁ~」というと、いつもは「お帰りなさい」と迎える母の声がしない時もある。そんな時の家の中は静寂に包まれて、ボンボン時計の時を刻む音だけ妙に記憶に残っています。掛け時計は過去にタイムスリップするノスタルジア。

今回貸し出していただいた掛け時計の音色はチックタク、チックタクではなくて私にはタントン、タントンと聞こえます。時を知らせる音は抑えたボ~ンボ~ンボン。なんて平和な心休まる音色なんだろうか。時を知らせる音色がボ~ンボンと店内に響くたびに、ハミと私は顔を見合わせて笑顔で無言の会話を交わします。ル・ボナーのBGMはタントン、タントン静かな時の刻み。

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アンティークは優しく深い。当時高価な品であった訳で、そのため作る職人の思い入れも強く、使うオーナーも大事に思いながら使用し、そのことで時と共に艶やかにやれた風情が深みを増す。特別なモノとして長い時を越えて愛され続ける。そのことを重いと感じる人もいるだろうけれど、私はそんなアンティークが好きです。

K氏から借り受けたこのウォーターベリーの100年前の掛け時計はこれからル・ボナーを飾る大事なアイテムとして馴染み、来店するお客様たちをなごましてくれるのでしょう。ル・ボナーのこれからを一緒に一喜一憂していただける多くの顧客の人たちと知れ会えた私たちは幸せ者です。これからのル・ボナーも見守り続けてください。それぞれの顧客の人たちの人生の片隅に関わらせ続けさせてください。そんな関わりがかけがいのない事と思っている私たちです。

神戸でお店を持って良かった。柔らかな心根のモノ好きたちと知れ会えて、カバン作りを続けることで、多くの楽しい時間をこの場所でいただきました。ここ数年の間に、それまで鞄一筋だった?のに、抑えていたモノ好きの虫が疼き始めたのは困ったことではあるけれど、そのことで益々多くの顧客の人たちと親しくなれた訳で、人間万事塞翁が馬でありまぁ~す。

2007年9月 8日

久々、独立系鞄職人の独り言

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多くのカバンを作る職人は、段取り全般をするメーカーから裁断されたバッグの部位と付属品を受け取り組をみ上げることに集中することを仕事としている。鞄1個の縫製工賃×数で収入は決まる。そのため効率の良い生産システムを組める一部の人しか高収入は得られません。そんな中、一人で量産職人として丁寧な仕事を心がける職人さんを私は尊敬しています。そういった職人さんたちは高齢化が進み、若い人は育っていません。日本のカバン業界はこれからメーカー自身が工場ラインを構築して作っていかないと、鞄売り場にはメードイン ジャパンのカバンはなくなってしまうよな危惧を持つ私です。

私も20年ほど前に一時メーカーから請け負った量産のカバン作りをしていた時期がありました。レノマというブランドのカバンでした。月に200個作り上げないとまともな収入にはなりません。月200個作り上げるため朝の8時から夜中の2時まで同じ形のバッグを作り続けましたが、200個は厳しい。
その時分かりました。私には多くの量産職人の方たちのようには満足な量を、均一なレベルで作ることで鞄職人としての道を進んでいくことは無理だということを。

最近、若い人で鞄職人になりたいと思っている人が多くなっているように思う。しかし量産をする職人ではなくて、私たちのような独立系のオリジナルのバッグを作ったり、オーダーの一点モノのバッグを作る職人になりたいと。収入はそんなにいらないから1点1点満足のいく鞄を作り上げるような鞄職人になりたいと願っている。その思いを貫けるならそれはそれで素晴らしいことです。

ただ鞄は芸術品ではありません。夢を食べて生活はできません。
私は独立系鞄職人の道を選びました。それは苦肉の策です。量産職人の道は、自身の個性を表現できないもどかしさと量がこなせなくて収入がすくなかったこととで無理だと思い、オリジナルのバッグを生産し自身のブランドを立ち上げ卸しをしようとしたこともありましたが、それも事業としてのビジネスプランが甘く、立ち行かなくなってしまいました。

ショップ兼工房を持って自分の目の届く範囲内での鞄作りが最善だと思いました。
ありがたいことに、いろいろな経験をし多くの人たちと知り合えたことで、鞄作りの技術の幅は持っている鞄職人ではあると思っています。それに量産職人の方たちほどは早く鞄を組み上げることはできないとしても、気合と根性で数をこなすことができるというバックボーンは、私にとって大きな支えです。職人にとって長く続けられる秘訣は、単調な仕事の繰り返しに耐えることのできるというのは大事な要素だと思っています。

こんな風に書くと、夢も希望もない鞄職人の世界と感じている人も多いと思います。それが現実なのです。しかしそれでもなおそこに夢と希望を描ける人が、鞄職人として育ってゆくことを望む私です。
鞄を作るというのは楽しい作業です。本当の鞄作りの醍醐味は、苦しみを土台にしたとき、より実感できると思います。スポーツ選手が日々の苦しい練習の繰り返しの先に、栄光の歓喜を味わえるように。
そんなたくましい鞄職人が多く育つことを望んでいる私です。私も頑張って鞄作りしていかないといけません。まだまだ鞄作りの面白さを味わいつくした訳では全然ありません。まだまだ奥深くミステリアス。

2007年9月 6日

イタリア旅行前のル・ボナー

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作業机から窓越しに見える風景は目に優しい。夏真っ最中は子供連れの家族で賑わっていたけれど、学校も始まり普段の人影まばらな、お店から見える風景に戻っています。15年間この静かな環境でお店を続けられたことを感謝します。これからもこの風景を見ながら、カバンを作り続けていきます。

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今ル、ボナーというベルトキーホルダーを作っています。このキーホルダーはル、ボナーらしい皮革縫製方法をコンパクトにお伝えできる製品として常時店頭に並べて置くように心掛けている品です。そんな思いもあり、ユーロ高の影響もあり大部分の製品の値上げをしましたが、このル、ボナーというキーホルダーは3990円のまま据え置きました。

他の小物も作っていかないといけません。今まで型紙を起こしてサンプルを作って、その量産は信頼できるコバ磨きのできる小物職人さんにお願いしていましたが、その浅草の職人さんも技術があるので、中国の量産革小物工場の技術指導者として海を渡ってしまいました。他に小物量産職人の方はおられるのですが、ル、ボナーが望むコバ磨きの小物の職人さんとなると本当にすくない。何人もの職人さんに挑戦してみていただいたのですが、私たちが満足できる革小物が出来上がってこなかった。そのため1年以上小物が極端に少ないル、ボナーでした。やはり自分で作らないといけないようです。財布などの量産も今後私自身ががんばりまぁ~す。

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途中、神戸セレクションに出品する絞り技法の3本差しのペンケースの最終サンプルができあがりました。絞りの木型の微調整がうまくいって安定した絞りができるようになったら量産スタートです。これをフラソリティーのみんなのところに型紙と一緒に送ります。私がイタリアから帰ってきた頃には、生産体制が整ってスタート出来る状態になっていることを願っております。

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昨夜、万年筆菌にどっぷり侵された患者が来ました。私から移ったと彼は言っておりますが、こんな豪華なウッドケースに入った限定万年筆を入手するなんて思ってもいませんでした。困ったお人です。私は知りませ~ん。

今日は休みだったので、私はイタリアで着る服をユニクロで買ってきました。チノパンツ3本、ワイシャツ3着、下着のTシャツ3枚、パンツ4枚、靴下6足。あわせて18,000円とちょっと。イタリアではフォーマルな服も必要だと言われていたので、スーツカンパニーで12000円のブレザーも数週間前に購入しました。私は普段着るものはこれで十分であります。

今日もX01HTでブログを書いてみました。写真がイマイチであります。目も疲れま~す。無線LANうまくイタリアでつながるかなぁ~。そのことが気がかりであります。ダメな時はダメで、その時はおゆるしを~。

2007年9月 4日

フェラーリとシーマスター

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8月2日の日曜日、東京では今回のイタリア旅行の打ち合わせ説明会がありました。今回の旅行は女性3人オヤジ5人の旅です。テレビ局に勤めるH女史が、そのネットワークを駆使してすべてセッティングしていただきました。私以外はみな関東近郊に住んでいるので、私を除く7人が集合しました。私も行って詳細を聞いておきたかったのですが、いくらなんでもお客様が多く来店される日曜日に遊び呆けている訳にはいきません。イタリア旅行までがんばって仕事、仕事。集まった私以外の7人は持ち寄ったワインで大宴会。もうイタリアに心は行ってしまっているようであります。

そんな日曜日、モノ好きな顧客の方々が多く来店されました。
フェラーリに乗って来られたT氏は10年以上前からのお客様。最初来られた時、イタリアの老舗ブランドのオーストリッチを使ったアタッシェを持っておられて、それに対して否定的な見解を私が言ったのが始まりで、その後Y氏の購入されたモノはいっぱい見せていただきました。カバン小物ではエルメスのオーストリッチのグレー色のデペッシュ(ブリーフケース)と紫色の長財布の縫製の素晴らしさは、エルメスの職人の中でも名人級の職人の仕事で、特別なものです。エルメスは一人の職人が組み上げるので、製品の縫製レベルが作る職人の技術の差でばらばらなのですが、なかなか凄い職人のエルメスの品は見ることかないません。

T氏は独立独歩、財を成した人です。それを最高最強のモノを購入することに変える人でした。
そんなT氏が散財の末、T氏のモノの選択が洗練されてきたなぁ~とこの頃感じています。T氏は本当は最高最強より、職人が作る無二の一点モノというのが好きなことに気付いたという感じです。

車にしても、AMGの最強スペック、ランボルギニーと強烈な選択の後このフェラーリに落ち着いた。
モンスターであることは変わらないけれど、やれた風情と走らすことでイタリアンスポーツカーの魂を満喫できる車。最高最強ではない味わいに着目した選択。ずーっと乗り続けようと思っているとT氏。

私がアルファ145で狂喜乱舞している心境と似ている。財力の差で違うイタリア車ではあるけれど、選択した趣向は共通している。T氏は200キロオーバーでの快感を求め、私は80キロあたりの快感を求めているところは違うけれど、イタリア人のスポーツする心を車に宿している部分は共通します。

T氏はイタリア製の特別なマフラーに交換したフェラーリを、爆音とどろかせながら帰っていかれました。野蛮なまでのそのエキゾストノートは近所迷惑甚だしいけれど、なんて魅力的な音色なんだろうと私は思った。同じスーパーカーでも、ランボルギニーのような強烈な存在感はあえて求めず、ポルシェのように最高の技術を投入した量産車の道を選ばなかった(選べなかった)フェラーリしか持ち得ない、スペックではない五感を高次元で刺激する豊かな表現力を伝えてくれると私は思う。
そしてフェラーリの後姿を見送っていて、イタリア車のエクステリアデザインはリアの姿に凝縮されるのだなぁ~と感じた。イタリア的な車はリアデザインが特別魅力的なのではないでしょうか。

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夕方、Kご夫妻が注文されていたパープル色のティアを引き取りに来られました。大変気に入っていただけたので、私達夫婦も幸せな心持ちであります。それにしても今回のティアは、ハミが厳選に厳選を重ねたシュランケンカーフをエルメスでもやらないような贅沢な裁断で作っただけに、シボの均一感となめし具合の均一感がクラス上の特別なシュランケンカーフの風情を醸成している。見比べるとその差は歴然です。その代わり高価になってしまう。そのことを理解していただいて購入されたならば、大変お得な特別なシュランケンカーフのバッグです。

K氏は私に相当に影響を与えたアンティーク趣味のお方です。その趣味は多岐にわたります。最初イギリス、ビクトリア朝時代をこよなく愛するシャーロキアン一筋だと思っていたら、日本文化にも造詣深く、十手にまで手を伸ばしておられるご様子。守備範囲が広すぎまぁ~す。12月に建つ新居は、一階がい合い抜きの道場、書斎はシャーロックホームズばりのビクトリア朝の和英折衷家屋になるのでしょう。アンティーク趣味の私の師匠のお家の完成が楽しみであります。

そんなK氏に今回見せていただいたのが、私も入手した同じ100年前のウォルサムの金無垢の懐中時計。私の持っているウォルサムと違うところは鎖。私のは金メッキの現在のモノ。K氏の鎖は当時のモノで金無垢。持ってみるとずっしり重い。その鎖が風格を増幅しています。その鎖についている小さな方位磁石を見てハミは、その方位磁石がお伽の国の扉を開く鍵のように思えるわと言っていました。

K氏の腕を見ると40年ほど前のオメガのシーマスターではないですか。多くの味わい深いアンティーク時計をお持ちのK氏ですが、普段はこのお父様から譲り受けたシーマスターを付けることが多いそうです。
このシーマスターすご~く私好みであります。誠意を感じる時計です。私がセイコーの50年前のロードマーベルが一番しっくりするように。時計自身が強い主張をせずにその人に馴染むように控え目に存在する時計が私は好きです。その40年前のシーマスターはそんな時計だと思いました。私も欲し~い。
時計は現在持っているモノで十分なのだけれど、将来購入希望のリストに入れておきまぁ~す。

K氏は次回来店するときに、お持ちの10数個持っているアンティーク掛け時計(掛け時計にまで手を伸ばされていたなかぁ~)の中から、ル・ボナーに似合う掛け時計を見繕ってきてお貸ししましょうと嬉しいお申し出。もう少ししたら、ル・ボナーの店舗に似合うアンティーク掛け時計が、ボンボンボ~ンとお客様をお迎えします。楽しみだなぁ~。

2007年9月 2日

新兵器にあたふた

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イタリア旅行実況ブログを書きたいと考え、キーボード式の携帯電話、X01HTに変えました。実況ブログ期待していますよ!という顧客の優しいご夫人のお言葉を信じて、その実現のため夜々この機械と格闘しております。常連のF夫妻は、それは外交辞令で、誰も期待してなぁ~いと冷たく言い放つけれど、そんなことはなぁ~い。頑張って絶苦手なモバイルを使いこなしてみようじゃありませんか!

私がこの最新のモバイルの設定に四苦八苦している時、パソコンの事では色々助けてもらっている常連のF氏がご夫婦で来られました。F氏はコンピューターのシステムの専門家なのであります。携帯電話にはあまり興味を持っていないけれど、私のお願いをいやいや聞いていただき、小さな画面にイライラしながら、設定を試みていただきました。

しかし専門家のF氏ですらうまくいきません。特にパソコンと同じ操作だとブログの書き込みページに画像をアップロードできないのです。F氏はアイイーがパソコンのものとは違うのでしょうと、私の知らない専門用語を使ってそっけなぁ~い。アイイーというのはインターネットエクスプローラーのことだそうです。このままでは画像なしのイタリア珍道中ブログになってしまうではないですか。それはいけませ~ん。

私は眠い目をこすりながら深夜までモバイルの小さな画面と格闘し続けました。専門知識のない者は気合と根性であきらめずに色々な方法を模索するしかないのであります。
そして私は方法を見つけ出しました!。今私は手縫いする時に使う度数の高い老眼鏡を使って小さな画面を克服し、新兵器のX01HTを使ってブログを書いていまぁ~す!。それになんと画像のアップロードにも成功したのです。写真はアップロードーに成功したもので~す、ばんざぁ~い。あきらめずに深夜まで小さな画面と格闘した結果であります。F夫妻、こんなランドセルを背負ったオヤジの執念を、ほめてやってくださぁ~い。

これでイタリア珍道中ブログが画像入りでかける!、、、、と思いきや、もう一つ大きな問題が残っております。2カ月間メールもインターネットも無料で使い放題というのでこの時期に機種変更をしたのですが、その特典が海外では適用されないということを後で知った。そんなの反則だぁ~。もしイタリアでブログを携帯のサーバー経由で書いたりしたら、一話書くのに数万円かかってしまうことになってしまう。それでは私は破産してしまう。しかしこのモバイルは無線LANに対応できるではないですか。これを使うしかない。宿泊するホテルが無線LANに対応していることを願うばかりであります。

やっとこさ最新兵器のモバイルでのブログ書き込みにめどがたったのです。お願いだからイタリア珍道中ブログを書かしてくださぁ~い。でないと退化した脳細胞を駆使して苦手中の苦手のモバイル操作を克服した私の夜な夜なの執念が無駄になる~う。

今回のブログの写真と文章は全部キーボード付きの携帯電話X01HTを使って書いてみました。
この執念と努力を他の事でも使えるといいねぇ~と奥さんの声。

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