2007年10月アーカイブ

2007年10月31日

日下さんとTAKUYA君からの贈り物

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札幌の独立系鞄職人の「日下公司」の日下ご夫妻さんから小包が送られてきました。
開けると中からインキが2つ。札幌の大丸藤井セントラルのオリジナルインキが4種類作られて、そのうち2つを万年筆好きの私達にとプレゼントしていただいたのです。
「薄紅の蕾」と「骨董喫茶」という名のオリジナルインキです。セピア色の風景を創造しながら、万年筆で色を楽しみたいと思います。「薄紅の蕾」は万年筆博士に、「骨董喫茶」は今一番のお気に入り万年筆、パイロット823プランジャー式コースニブ森山スペシャルに入れ替えて楽しませていただきま~す。
こんなにインキの色が一杯増えると、823を2~3本森山さんのところで、ハミのために購入しないといけないなぁ~と独り言を呟いていると、「またハミのためにと理由つけている、時計の時もそう言って何本か買って、あなたのコレクションボックスに納まっているだけで、私は使っていないよ!」と横から真実のお言葉がぁ~。
日下ご夫妻は、私と違ってバランスのよい趣味生活を送られていて、豊かさの視点が素敵なご夫婦です。良い感じです。

私は万年筆が好きです。決して数をコレクトする気はありません?がここ1年徐々に増えてきてしまいました。1本1本愛でながら書き味を楽しみ、カバンを購入しに来られたお客様たちに万年筆の魅力を伝導したりしております。カバンを売っていて万年筆は売っていない万年筆屋さんと言うお客様もおられます。

昨日も鞄を購入しに来られたお客さまと万年筆談義。お客様の何本かの万年筆の書き味を試したところ少し引っかかる気がしました。その中でお客様自身は一番気に入らない書き味というペリカンの書き味を試し書きしてみると、私にしてみればお持ちの万年筆の中で1番スムーズに書けるのです。
つまり好きな書き味も、人それぞれ千差万別。フルハルターの森山さんが研ぎ上げたペン先のなめらかな書き味が本道であるのは間違いないことではあるけれど、引っかかる書き味を好む人もおられるのだとあらためて思いました。万年筆趣味も奥が深ぁ~い。

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このお客さま、結局カバンは買わずにTAKUYA君の作ったオレンジのグリマルディーを買って行かれました。TAKUYA君の作る木型を削って二枚重ねの革を絞り上げて手縫いしているグリマルディー・ペンケースは思った以上にル・ボナーで売れています。1本差しのペンケースで、ブッテーロのオレンジで作ったペリカン800サイズのカブセ付きのもので43,000円です。市場の相場からすれば安くはありません。しかし作り手の手間の掛け方からすれば、この値段は致し方ないところだと思います。そのことを理解されているお客様が思った以上に多くおられるということなのでしょう。それ以上に愛着のあるマイ万年筆にジャストフィットするオーダーメードペンケースの心地よさを体験すると買わずにはいられないのかもしれません。私も宝物のKENSAKIにはジャストフィットのTAKUYA君の作ったペンケースがなくてはならない相棒となっています。私にはこの繊細な仕事は勘弁であります。

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そんなTAKUYA君から贈り物が届きました。
イタリア珍道中の時、私がクリスタルと銀のアンティーク・インクポットを探し求めていたことを覚えていてくれて、28~29日にあった年に1度のフェンテ(万年筆くらぶ)の集まり恒例のオークションに出品されたこの品を、とうさん(TAKUYA君は私とハミのことを、とうさん、かあさんと呼ぶ。私達は大変その響きを心地よく感じております)が喜んでくれるだろうからと気合の落札。
小さくてインキは入れることの出来ないインキポットだけれど、TAKUYA君の優しさが一杯詰まったスワロスキーのクリスタル・インキポットです。私のために落札してくれたのに、ハミが気に入って、ハミの作業机の片隅に鎮座しております。

2007年10月29日

独立系鞄職人への道

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私の独立系鞄職人としての30数年の大部分は七転八倒紆余曲折、お世辞にもカッコ良いモノではありませんでした。21歳で結婚し、すぐに子供が生まれ、それまで居た手作り鞄のグループは大変楽しく面白可笑しく鞄作りが出来る環境ではあったのだけれど、給料が安すぎて私一人の収入では、これから生まれる子供も含めて3人の生活には無理でした。

そこで独立して鞄を作って卸しをすれば生きていけると思い、無謀にも21歳で独立したのです。鞄を作り始めて2年目のことでした。その頃つくっていた鞄を今見ると恥ずかしくて目を覆いたくなるモノばかりでしたが、都内のモノ好きな鞄屋さんにおいてもらって、モノ好きなお客様が少しは買っていただいて、なんとかやっていけました。しかし大変貧乏でした。

その後も神戸にお店を持つまで、本当に貧乏で、何度鞄作りをやめようかと思ったことか。そんな時私の相棒のハミは「心の貧乏人になるのだけはイヤだ」と叱咤激励し、私達夫婦は貧乏と付き合いながら鞄作りを続けました。
ただその間、多くの人と知り合うことが出来て多くの技術を学び、自分達の作った鞄たちが、私たちの思いを表現できる技術力は身につけることが出来ました。

その後、神戸にお店兼工房を持ち、ほどほど余裕ができると、鞄職人を育てたいという野望を持ちました。ハミは反対したのですが何人かの、鞄職人になりたいと思っている若者を雇いいれました。自分が無給から鞄作りを始めた苦い経験から、雇うなら普通の給料は払いたいと思いました。しかし給料と職人見習いの生産力が見合いません。それをコントロールするのも私の仕事なのかもしれないけれど、その能力は私にはありませんでした。10年近く続けて破局しました。
その10年の苦い体験から、もう人は雇わないで私達夫婦だけでル・ボナーを守ってゆこうと決めました。それが私たちには身の丈に合っているようです。今が一番幸せなル・ボナーです。

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私達は鞄を作る日々を楽しんでいます。私自身で作るカバンが私自信を表現し、それを糧にして生活出来る日々に感謝しています。モノ作りは楽しい作業です。鞄作りしながら普通の収入があれば、それで十分幸せです。

私たちは不器用で頭が悪かったから大変遠回りしました。もっと楽に独立系鞄職人としてやっていける方法はあるとは思うけれど、独立系職人は気合い(情熱)と根性と、少しの感受性(センス)が基礎にないとプロとしてやるには難しいです。へらへら笑ってしまうほど作り続ける体験を繰り返した後に本当のカバン作りの面白さが見えてくると思うのであります。

マイホームを工務店や建築事務所に頼むのでなく、少し高くても大工さんにお願いするのと同じように、工業製品でない、アナログで生産効率の悪いモノ作りに価値を感じる人がいる日本という国は、私たちのような存在を容認してくれる国です。そんな日本で、カバン作りを通じて表現しながら生活出来ることを幸せに思っています。

百花繚乱、色々なタイプの独立系鞄職人と知り合い、楽しい企てをしたいなぁ~。

2007年10月27日

ホワイトホエルの村田さん

村田さんが来てくれました。私はアル君で新神戸まで迎えにゆきました。
改札口を出てきた村田さんは昔と同じインディアンです。一緒に同行したお友達も同じ、いやそれ以上に個性を感じるファッション。ビジネスマンが多い中、突出した存在感。そんな二人を見てホットする私がいます。ファッションは自己表現の形、伝える個性はエネルギーが必要です。それを忘れかけていた。

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ハーバーハイウェイを気持ち良いドライブで六甲アイランドのル・ボナーに。
チャーが迫力ある二人のおじさんに怖気づいて吠え続ける中、ハミは久々に村田さんに会います。
16年の歳月が経過しているのに、近況報告なしに自然に溶け込めるのは、柔らかな優しさを持った村田さんの包容力ゆえ。言葉はいらない、大事な人との再会。
「スタジオT&Y」の村田さんは、私たちにとっては20年前の店名「ホワイトホエル」の村田さんのままです。

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村田さんから私とハミに、作ったアクセサリーのプレゼント。
私たちのモノ作りの方向性とは正反対のモノ作りの品。しかしその中に感じられる村田さんの素朴な個性という味わいは、特別な愛おしいモノに昇華しています。楽しくモノ作りして、頑張らずに自分を表現できれば幸せだよと話しかけます。

何を話した訳でもなく、柔らかな優しい時間が過ぎてゆきました。もう別れの時間。
今度東京に行く時は村田さんご夫婦にまた会いにゆきます。ナチュラルにモノ作りを楽しむ気持ちを吸収させてもらいに。

説教がましいことは一言も言わない心の師に比べ、私はランドセルオヤジだのに説教がましい事を言ってしまう。言ってしまってから後悔する連続であります。大人にはなれなぁ~い。

( ハミから )

写真嫌いの私ですが、村田さんとなら是非に、と。

村田さんご夫妻の作る革製品はどれも美しかった。
渋なめしの革なのに、ふんわりした小物たち
こしのある革なのに、柔らかく見える鞄たち

同じ国内の渋なめし革を使いながら、技法を沢山教えていただきながら
私たちはなかなか近づくことが出来なかった。

あの頃、女性がお手伝いでははく、
一からバッグ作りをされてる方は皆無に近かっただろう。
いつしか私は、奥様の由美子さんが目標になった。
迷ったり、躓いたりすると、由美子さんを思った。

今、使う革は違えど、由美子さんはバックを作り続けている。
「私はバック作りが好きなのよねー」と電話口で話されていた。

私の目標は変わりなく、そしてお元気だ!
あぁ~、会いたくなっちゃった!

2007年10月25日

「Pen and message」の静かな午後(PM)のひと時

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三宮のペンシルビルの5階の居心地のよかった万年筆売り場がなくなって半年ほどになります。
神戸で筆記具を時間をかけて愛でる場所はもうなくなってしまうと悲観した私でした。そんな気持ちを持った筆記具好きの神戸人は多くいたと思うのです。そんな神戸人に朗報です。

もう行かれた方も多いと思いますが、あの時あの場所で柔らかな時間を提供して下さった吉宗さんが万年筆を中心とした文具のお店「Pen and message」を始められました。オープンして1ヵ月、私は開店の日がイタリア旅行から帰ってきた日で、その後何やかやと週に一度の休みの日は忙しく?していて今日が初めての訪問でありました。

JR元町駅から北へ歩いて5分、車で行っても横にパーキングがあるので便利な場所にあります。私は当然アル君での訪問であります。
駅近の場所なのに元町の喧噪から少し距離を置いた静かな、近くには旧県庁のレトロな建物もあり素敵なロケーションに吉宗さんの文具店はありました。


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「Pen and message」のお店の扉を開けると、ペンシルビルの5階の万年筆売り場のあの居心地の良い時間の流れが蘇ったのを感じました。ジャズがBGMで流れる店内の空気の感触は、半年前まであった、私の三宮の安息の場所と同じです。居心地の良い場所は人が創るのだと思いました。

ゆったりとした時の流れの中で、文具を愛でる場所が神戸に戻ってきました。
コーヒーをいただきながら、文具が大好きな吉宗さんと筆記具やその他四方山話。
心が柔らかになれる時が流れる「Pen and messege」での午後(PM)のひと時。


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今日は「Pen and message」でこんな品を購入いたしました。品数は多くないお店ですが、趣味の良い吉宗さんがチョイスした品々は魅力的なものばかり。あれも欲しいな、これも欲しいなと思う気持ちは強くあるのだけれど、その気持ちに忠実になっていてはお金がいくらあっても足りません。文房具は面白い。

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まずはデビッド・ヘイワードの3ミリ芯ホルダー。これは軽井沢からやってきたSさんも「Pen and message」で購入して帰途前に見せびらかしに来た品です。私も買ってしまった。
イギリス人が作った品らしく、ゆるみのある味わいを持っています。沈没船から引き上げられたトナカイの革を巻いているというのが、革好きの私の琴線に触れたぁ~?。

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このイタリアのボルギーニのローラーボールは面白い。面白いので4本も買ってしまいました。
万年筆用のカートリッジインキ交換用の珍しいローラーボールペンです。その上スケルトン好きにはたまりません。スケルトン好きのI さん、これは買いですぞ。1本たったの840円です。
カートリッジインキ交換用ということは、万年筆用コンバーターも使えるということではありませんか。調べてみるとペリカンのコンバーターがジャストフィットのようであります。スケルトンの胴の部分にメカニカルなコンバーターが見えれば、これはお値打ち品であります。しかし待てよ、、、ローラボールをインキ瓶につけて吸引できるだろうか?。やってみないと分かりません。もしダメでもコンバーターに直接スポイドか注射器で入れれば大丈夫。万年筆でいうペン芯の部分もなぜかあるイタリアンな面白い筆記具です。

私はモノを購入する時、その時間を大事にしたいと思っている人間です。その時間を楽しめて購入できれば、その品を使ったり愛でる時、その品の値段の高い安いは関係なく大事な品となります。
「Pen and message」はそんな時間を提供していただける文具店です。

2007年10月23日

大事な人が来ます!

私たちにとって、大事な人が今週初めてル・ボナーに来てくれます。
東京の国立でインディアン・ジュエリーを中心に作る「スタジオT&Y」の村田高詩さんが始めてル・ボナーに来てくれるのです。私とハミにとって無償の優しさを教えていただいた人であり、村田さんご夫婦のように生きたいと願った私達です。今もその気持は同じです。私たちの心の師です。

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「スタジオT&Y」の30周年を記念して渋谷のビームスで行われていたイベントが終わり、神戸のビームスで現在そのイベントが行われていて、そのイベントに出席するための来神で、その時ル・ボナーに来て頂けるのです。私もハミも会えるのがすご~く楽しみです。特にハミは神戸に来てから15年間村田さんには会っていないのでなおさらです。

私たちが初めて村田さんご夫妻にお会いしたのは26年ほど前のことでした。その頃の村田さんご夫妻は主に革製品を作っておられれた。その当時取引先の革屋さんが同じで、その革屋さんの紹介で初めて国立のお店に行きました。その頃モノ作りする若者には「ゴローズ」という名は特別で、畏敬の念を持つ存在でした。その「ゴローズ」出身の村田さんです。すごく緊張したことを覚えています。

初めて会った時から、色々なことを教えていただいた。それまで素人丸出しのカバンを作っていた私に、革という素材を使ったカバンを、より魅力的に表現することが出来る縫製技術を懇切丁寧に教えていただいた。
同じ取引先の革屋さんが「そんなに何でも教えたらもったいないよ」と言った時村田さんは「方法は教えても、それを自分のものにするのはその人自身の問題だから」とその後も隠すことなく色々なことを教えていただいた。

初めて多摩の聖跡桜ケ丘にショップを持てたのも、村田さんの紹介だった。村田さんのお店がある国立とは車で15分ほどの近距離に、同業のお店が増えることになるのに、私たちにとって良かれと思い紹介していただいたのです。

その後若気の至りでお店を失い先行き真っ暗になっていた私に、世界を目指したバッグメーカー「ファーラウト」の企画の仕事を紹介していただいたのも村田さんだった。面接の時のためにと、その時イッセイミヤケのパンツをいただいた。

若かったこ頃いつも村田さんご夫婦に助けていただいた。それもさりげなく。
私たちは村田さんご夫婦にどうすれば恩返しできるだろうかと尋ねたことがあります。その時村田さんは「その気持ちを、モノ作りに真剣に取り組もうとする若い人たちに向けて」と。その輪廻が素敵です。

わたしはバッグの縫製技術やビジネスの方法は多くの先達に教えていただきました。しかしモノ作りしながら心豊かに暮らす生き方を教わったのは村田さんご夫婦だけです。名声とか、金銭的豊かさよりもっと大事な心の豊かさをご夫婦に教わりました。

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私はいつもこの村田さんが作ったアクセサリーをお守り代わりに身に付けています。
私たち夫婦にとって、とても大事な人です。説教がましい事は一言もいわない心の師です。

2007年10月22日

千客万来、ル・ボナーはてんやわんや

ル・ボナーに初めて来店されるお客さまたちは、人影まばらな閑散とした街でお店を続けている私たちに同情し、15年続けてこられたことに感心していただける。これみなル・ボナーを支え続けてくださった顧客の皆々様のおかげであります。本当に感謝しています。

普段は本当にお客様の来店の少ないお店なのですが、10月20日の土曜日は滅茶苦茶にお客様がいっぱぁ~いル・ボナーのお店部分を埋め尽くしました。これは秋の珍事であります。ゆっくり接客できなくて、その時間に遭遇した皆々様ゴメンナさぁ~い。

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まずは午後一番、Oさんが改造が無事終了したバイクに乗って来店。このお人、ハーレー好きで限定解除の免許も取得しているのに、諸事情あってこのKAWASAKIの400ccのバイクにハレー1台購入出来る資金を投入して自分好みに改造しつづけている。他にもオリジナルなモノにこだわって身の回りの品を購入する困ったモノ好きです。私は最少の資金で最大の喜びを得る道を模索しておりますが、彼はその逆で、私には理解できないことに資金を惜しみなくつぎ込みます。これもモノ好きの悲しい性なのかぁ~。

途中、いつものF夫妻が自転車で。ここ数週間Fご夫妻は対岸の自宅から長ぁ~い橋を中年まっしぐらの体力体型克服のため自転車でやってくる。いつまで続くかはわからないけれど、頑張ってくださぁ~い。まだ流線型のヘルメットにぴったしフィットのスーツというサイクリングファッションは恥ずかしいと思う、お二人であります。

そこにキャリアなN氏が、帰神してバランザックに行く前に寄っていただきよもやま話し。今日はとっておきの森山スペシャル持参で万年筆談義。普段は霞が関界隈で、部下に指図してバリバリ深夜までフルスロットルで働くキャリアなN氏ですが、ル・ボナーでは神戸文化をこよなく愛する不良な中年オヤジ。

モノ好きOさんは大きな排気音奏でながら帰っていったけれど、交互してgonnosukeさんとお友達のSさんが来店。gonnosukeさんにはバッグよりフルハルターの森山さんに研いでいただいたパイロット823の書き味を試してもらう方が大事。そこにキャリアなN氏の特別な万年筆も参加。gonnosukeさんのお友達のSさんは「ここは何屋さんなの?」。それでもバッグと財布を買っていただいた。

そこに前に購入していただいた外国人のご夫婦がお友達を連れて来店。私は英語は勘弁なので、見て見ないふり。人がいっぱいいると、安心して入って来られるようで、ぎゅうぎゅう状態のお店に初めてのお客様たちも次から次へ。私は万年筆談義で忙しく?、接客はハミとお客様のはずのF氏やキャリアなN氏が頑張っていただいた。なんていうお店なんだぁ~。

万年筆菌を私が会社全体に感染させってしまった印刷会社の若社長とスケルトン万年筆大好き人間のIさんもそこに参入。私の823プランジャーを見て書いて、動揺の色隠せない様子。Iさんは間違いなく823プランジャー買います。その時は森山さんよろしくお願いしまぁ~す。

そんな感じで、4時間あまりてんやわんやのル・ボナーでありました。みなさんともっとゆっくりお話したかったのでありますが、あわただしくてごめんなさい。そんな風に忙しく接客している時に電話が鳴りました。イタリア旅行に一緒に行った連中からの電話です。東京で私以外の7人が集まって反省会をしているそうであります。何が反省会だぁ~!。酔っ払っている上機嫌の声が聞こえまぁ~す。今度みんなで神戸に来るそうです。怖い、怖い、でもすご~く楽しみ。

みなさんお帰りになり、いつもの静かなル・ボナーに戻った夕方、金属プロジェクトの穏健派のお二人とその一人のお母様が来店。このお母様は80過ぎのおばあさんなのですが、シュランケンカーフのライムグリーンが大好きな可愛いおばあちゃんなのです。ハミと仲良しなのです。
仕事でと言いながら、東京モーターショーを見に行く二人に、バッグを売り込むのではなく、森山さんに研いでもらったパイロット823プランジャーの素晴らしい書き味を得々と説明し、二人は今回の東京出張の合間を縫ってフルハルターを訪問することになりました。また私は新しく万年筆菌発症者を作ってしまった、、、、、。

そんなふうに千客万来でてんやわんやのル・ボナーの一日でした。

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翌日午前中、Sご夫妻が軽井沢に戻る前に立ち寄っていただいた(混乱の昨日でなくてよかった)。
愛車のアルファ147での神戸でした。トランクルームにはキューブボストンの小と中と、世界で一つのシュランケンカーフとミネルバリスシオのコンビで作ったビジィーが収まっています。年末のイタリア旅行にもこのキューブの大と小は、Sご夫妻のお供をすることになります。Sご夫妻のお持ちのル・ボナーのバッグたちは、Sご夫妻の幸せを詰め込むためになくてはならないアイテムになっています。次お会いする時には幸せがもっと詰め込まれて重くなったバッグたちと再開することになるのでしょう。

ル・ボナーは私たちのお店というより、ル・ボナーを愛して下さるお客様たちが守り育て、そのお店を私たち夫婦が預かっているだけなのかもしれません。ル・ボナーに集うお客様の皆様、ありがとうございます。これからも、とぼけた私たち夫婦とお付き合いくださぁ~い。

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Sご夫妻を乗せたアルファ147は軽井沢までの帰途へ。走行距離6万キロです。試乗してみましたが気持の良い車で~す。Sご夫妻またこの赤いアルファ147で来てくださぁ~い。

2007年10月20日

心に残る文

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革棚を新しくしました。15年の歳月の間に今までつかっていた棚は革の重みで変形し歪んでいて、革が居心地悪そうにしていたので、新しい革棚に変えたのですが満足であります。私にとってこの革棚はワインセラーのようなものです。

軽井沢から1年半ぶりに赤いアルファで来て下さったSご夫妻、棚がまだホームセンターから届いていなくて革が山積みになっていて、ゆっくりお話できなくてごめんなさぁ~い。イタリア旅行前までに詳しいフィレンツェ情報ご連絡しまぁ~す。フィレンツェではネイティブと言われたボンジョルノ松本ですから、まかせておいてくださぁ~い。

私は万年筆や時計をいっぱいコレクションしているように勘違いされそうですが、全然持ってません?。好きなのでブログで数少なく持っているモノをすべて紹介する露出癖が災いしているのであって、ル・ボナーに集うお客様たちの所有するモノたちを愛でて楽しんでいるわけであります。私など可愛いものです。

しかしヨーロッパ皮革のコレクションは趣味と実益を兼ねて、独立系鞄職人中一番多種類ストックしていると思います。この棚の革は大部分デッドストックコレクションです。この何倍かのまとまった革がサライ商事の棚とお店の裏にあり、それで日々の鞄作りをしています。

良い革は、長い年月保存していると熟成してより風合いを増します。ハミも革の購入だけは私以上に積極的で、魅力的な革が見つかると使う用途がなくても購入を躊躇わないので、ル・ボナーの革のデッドストックコレクションは増え続けます。小出しに使っているのですが、購入するペースの方が上回ります。時々フラスキーニのブレンダカーフを鞄の内貼りに使うなんていう、バカなことをしてしまいます。
仕事の合間、この棚を見て、ニコニコしてしまう私であります。

私はこの空間が大好きです。私たち二人とお客様たちが居心地良い場所であって欲しいと願っております。15年経ち大々的に改装したいとも考えたりするのですが、日々の仕事に追われて(本当は資金の捻出が、、、)ままなりません。
鞄を作り始めると、整理整頓がおろそかになってしまう私たち二人なので、工房はいつもゴチャゴチャ。時々ショップ部分まで製作途中のカバンたちが侵食して、収集がつかなくなる始末。
そんなル・ボナーですが、居心地が良いと言ってくださるお客様たちがおられます。
そんなお客様たちに支えられて(甘えて)15年間ここで鞄作りを続jけて来れました。

ル・ボナーを紹介していただいた雑誌の記事の中で、今でも時々読み返す文章があります。
この文章が私たち夫婦は大好きで、妖精が住みついているようなかばん屋でありたいと思っています。
この文を書いて下さったお人は、今もル・ボナーに月に一度は来店してくださるお客様です。

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暮しの手帖2005年春4・5月号より

「神戸の鞄屋さん」
夜、旅先の神戸でひっそり静まり返った街を、ホテルに向って歩いていました。
ふと、ウインドウから漏れる灯りに誘われて近づいてみると、そこは鞄屋さんで、壁に飾られた幾つかのバッグがライトアップされています。
色を楽しむかのように、明るいブルー、深い茶色、上品なベージュに元気なオレンジ、どれも使いやすそうなつくりです。
歩道に面した一面がガラス張りのお店で、ひとつづきになった工房の様子も、薄明かりのなかにぼんやり浮かんで見えました。
工房の片隅に小さな妖精がいて、鞄を作ってやしないかしら、、、、、。
職人さんがいるこのお店が、昔読んだ童話に重なってみえるのでした。

翌日、そのお店を訪ねました。
工房には、ミシンが数台、壁際の棚には革が積み上げられ、作業台では、ジーンズの青年と前掛けをした鼻めがねのおじさんが、一心に手を動かしています。
その足元には、大きなビーグル犬が、暖かそうな座布団を敷いてもらって気持ちよさそうに寝ていました。
扉を引いて中に入りました。
「いらっしゃいませ」
工房から声がかかり、ビーグルがひょっと頭をもたげましたが、静けさはそのまま。
店内のバッグは、上質な革の風合いが生かされたシンプルな形のものばかり。同じデザインで、材質や色の違うものが数点ずつ置かれ、ほかにお財布やベルトなどの小物も並んでいます。
お店の一番奥の棚で足が止まりました。つやのある栗色の旅行鞄に高鳴るむね。この鞄なら長いおつきあいができそうです。思い切っていただくことにしました。
工房から出てきたおじさんは、
「この革にはしっかり油を染み込ませてありますから、ときどき乾いた布で拭いてやるだけで、傷が目立たなくなります」
そういって、同じ革の切れ端を取り出して爪ですっと傷をつけ、布で拭いてみせました。そして、
「使い込むほど手になじんで、いい表情になりますよ」
と言いながら、いとおしむようにていねいに鞄を包んで下さいます。

神戸の六甲アイランド、アイランドセンター駅の北側にある「ル・ボナー」さんというお店です。

2007年10月18日

お休みの日はホームセンター

日下さんは新店舗になって今まで以上に綺麗なお店になっただろうし、まるさんのペッレテリアは美大出の元インダストリアルデザイナーだったセンスを発揮した素敵なお店だったし、今日、立ち寄ってきたバゲラさんのアトリエも素敵だった。TAKUYA君のアトリエは店舗は兼ねていないので、修行僧モードだけど、私たちのル・ボナーはショップですから、もう少し綺麗にして仕事しないといけません。私たち二人は仕事モードに突入すると、いつもゴチャゴチャ。いけません。

今私たちが一番注目している独立系鞄職人のペッレテリアのまるさんはブログ改造中。人柄と縫製技術の高さとセンスの良さが伝わるブログを毎夜拝見するのが楽しみでしたが、ますます充実したブログに変わっています。製品の価格、サイズその他の情報もわかるようになり、ホームページの役目も持ったブログになりましたよ。覗いて見てくださぁ~い。

今日は念願だった革棚改造計画を実行するため、ホームセンターにお洒落?で丈夫な棚を購入しに行きました。私たちはよくホームセンターを利用します。東急ハンズのような小ざっぱりしたところより、ゴチャゴチャとモノがいっぱいあって、町の金物屋が大きくなったようなホームセンターが好きなのです。近くにある理路整然と合理的に並べられたホームセンターには行かずに、私達は石屋川のコーナン・ホームセンターが好みであります。このホームセンターは本当にゴチャゴチャしているのです。

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私以上にハミはホームセンター好きで、行くと1時間以上戻ってきません。その間私とチャーはホームセンターの屋上の駐車場で、アル君ことアルファロメオ145クワドリフォリオ前期型(もう、長々と正式名書かなくてもいい!という声が聞こえます)の中でお留守番。

リアシートは倒して広々チャーのリビング状態のため、愛しのビーちゃんのリアの指定席より居心地よさそうにしているチャーであります。私もコックピットでシガリロ吸いながら、良い音のカーオーディオでリラックスタイム。音楽を車で楽しめるのって初めてのことだねとハミがしみじみと今日言っていた。たしかに今まで乗り継いだ車たちは騒音が激しくて、オーディオが騒音にかき消されて満足に音楽を楽しむことがままならなかったなぁ~。なぜか玉置浩二の歌が好きな二人です。

アル君は一般道でのドライブもすこぶる楽しい。2車線以上の道で巡航速度(約60キロ)で走行中に追い抜く時、アクセルの踏みこんだ量に比例した加速感が気持ち良い。ついついスポーティーな運転がしたくなってしまう。この車面白い。アルフィスタまっしぐら~。

石屋川のコーナン・ホームセンターに行く前に、バゲラさんに寄りました。ご主人はボローニャで毎年この時期に開催される世界一の革の見本市であるリニアペレに行っていて留守でありました。
イタリアへ行くのにしても、私と違って完全仕事モードのバゲラさんのご主人であります。
それに比べ私は「美女とランドセルを背負ったオヤジたちの珍道中」などと遊びモード90%のイタリア旅行でありました。いやいやこれも感性を刺激するため、クリエーター?には必要なのだと、自分を正当化する私でありました。

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夜チャーの散歩も兼ねてお店に。明日は開店前に革棚のリニューアル作業であります。

2007年10月16日

「てつじ屋」さんで靴のオーダー

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秋です。パナマ帽の季節は終わり、私の服装も秋冬モードに切り替わりました。秋冬の定番はウールのベストにボーラーハットであります。この帽子どう考えても違和感ありありですが、昔から憧れていた帽子なので、かぶり続けまぁ~す。淡いグレーかブラウンのボーラーが見つかれば手に入れたいと思っております。帽子は私の必須アイテムであります。

それにしても、私は昔からどこかバランスの悪い服装であります。ハミにチョイスしてもらった服を着るようになってから、相当にマシにはなったけれど、秋冬の服装になると特にアンバランスが顕著になる。鏡に映して見ると、メタボリ傾向のお腹が一番いけないのは分かっているけれど、それを差し引いても変であります。どうやら靴のように思われます。この服装でスニーカーはちょっと変です。

私は革靴には基本的に興味がなかった。鞄職人である私は同じ革で作る品なので、靴の縫製方法や良し悪しは理解している方ですが、実際に普段履いている靴はスニーカーで、革靴は友人から頂いた冠婚葬祭用のリーガルのアッパーが固ぁ~い黒のフォーマル用しか持っていない。若かった頃は、近所のおばあさんが亡くなった時、お通夜は暗いからわからないと長靴履いて行って、お葬式は靴がないという切羽詰った理由で行かなかった。

51歳にして、私は始めて革靴を購入することを決意しました。
大好きな靴はジョン・ロブのシティー、でもここのところの値上がりで既製靴だのに、15~18万程度するらしい。私には理解不能な値段になってしまっています。オーダー靴は良いと思うけれど、これはこれで25~30万はするらしい。どう考えても、鞄で使う革の量に比べて、全然材料がかからない靴がここまで高い値段するのが納得できませ~ん。

フィレンツェを訪れた時、「マンニーナ」という靴屋さんでオーダー靴の見本を見て、それが気に入った。既製の靴も同じ感じですという店員の言葉に誘われて購入寸前、その時の懐具合を思い出してとどまった。そのことをブログで書いたら、私の時計学の先生、ライターのN氏から、やめたのは正解で、マンニーナで修行した日本人の靴職人がオーダー靴を作っていて、納得価格でオーダー靴を誂えることができますよと教えていただいた。

その靴屋さんの名前は「てつじ屋」。丁度半年に一回(10月と3月)、芦屋のギャラリーで採寸受注会をされていることを知り、靴好きで、三宮高架下の銀座堂が店を閉めてから失意のうちにいた?印刷屋の若社長を誘って行くことにしました。

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「てつじ屋」の作る靴はマッケイ製法の靴です。しかしライターのN氏いわく、既製の機械式グッドイヤー製法の靴より、木型をオリジナルで作ることで履き心地抜群に出来上がるそうです。

私は私だけの足の木型を削るのだから、フォーマルなジョン・ロブのシティーのような内はねのストレートチップを最初に作りたいと考えていましたが、内はねのフォーマルな靴は木型がピッタシ納まってから作ってくださいと言われ、外はねの靴から作ることになりました。

採寸して、何足かのサンプルの靴を履いて具合を見て、注文です。「てつじ屋」ではバタラッシー社のミネルバボックスをメインで使ってます。このタンニンなめしの革を使って靴を作っているのは珍しい。ヒロカワさんのところで、ブーツを作っていたのを知っている程度です。ル・ボナーでもよく使っている革なので、その面白い味わいは知っているので、躊躇なくミネルバボックスで頼みました。

値段は木型代 30000円、靴代47,000円です。木型は靴が出来上がった時一緒に送られてきて、次回作る時からはその木型を持参して、靴代のみです。木型の微調整は、無料だそうです。木型がピッタシの状態に育った時点で、いよいよフォーマルな内ばねの靴です。その時は私の持っているデッドストックの希少ボックスカーフで作っていただけるとうれしいなぁ~。

ハミには、まず私が実験台になって履き心地がよろしいようであれば、外反母趾で悩み普段ドイツの健康靴を履いているハミが、靴の悩みから解き放たれる靴を頼む道筋が出来るよと説得し(完全に屁理屈)、了解を得ました。靴が出来上がってくるのが楽しみであります。

2007年10月15日

エレファント他色々な革で小物作りだぁ~!

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現在小物作りの下準備中です。暮に向って、いくらなんでも小物がお店に並んでいないとまずいでしょうと、自らを叱咤激励しながら小物作りです。十分な量を作るのは困難ではありましょうが、頑張って作りまぁ~す。

その中でエレファントで作って欲しいと頼まれた品があるので、一緒に作っています。貴重品革はあまり好みではない私ではありますが、エレファント革は結構好きです。

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このラウンドファスナー財布も20年前に作って現在も使っています。修理を一度もせずに20年使い続けて、まだまだ現役でいられる財布は珍しいと思います。それもファスナーモノで。これはエレファント革が大変強度のある革だからで、薄く漉いてへり返したファスナー周りのコバも擦り切れていません。それとこの当時のスイスのリリー社のファスナーに使われていた生地が特別丈夫だったからでしょう(現在は違う素材になっています)。

一時ワシントン条約で、輸入できなかったエレファント革ですが、アフリカで象を保護したことで増えすぎて、大食漢のためサバンナの砂漠化が進み、間引きしないといけなくなり、エレファント革と象牙はまた手に入るようになりました。でも値段はします。国内なめしの牛革の7倍ほどします。高価ではありますが、革の中で一番丈夫ではないかと私は思っています。

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0,3ミリに割って、縁を斜め漉きした内貼りに使う革。お見事

小物を作る場合、割り漉きが一番のキーポイントです。特にル・ボナーの小物は内貼り部分も生地や合皮を使わず革を使っているのでなお更です。小物の場合厚みが出てしまうと中身が思ったより入りません。そのため薄く作りたいのですが、その場合裏貼りの素材を薄い生地や合皮を使って作る場合が大部分なのですが、ル・ボナーの小物の場合裏も革です。
革は0,6ミリの1枚の革より、0,3ミリの2枚の革を張り合わせた方が何倍も強度を増します。なので革の貼り合わせを多用して小物をつくります。当然一個の小物は見た目の倍の量の革をつかっていることになります。この方法での小物作りは特に割り漉きが重要になってきます。

割り(厚みを減らす)は0,2ミリが限界と言われています。割り損じを覚悟して頼む厚さです。その薄い厚みの縁を漉いてもらいます。この厚みを漉ける人は限られます。当然元々鞄職人の私にはできません。そのため私は小物を作る時は、割り漉き名人の大阪の山西さんに頼みます。山西さんの割り漉きは見事です。

小物の場合、自分で作るとしても割り漉きを外部にお願いするので、ある程度の量が必要です。
そのため久々に、小物作りがばっと頑張っちゃいます。

今日からハミは実家に里帰りであります。決して放蕩の夫に愛想をつかしての里帰りではありませんので念のため。しばらく私独りのル・ボナーであります。あっ、チャーはいます。仕事を黙々とこなそうと思っておりますが、誰か遊びに来ないかなァ~。

2007年10月13日

ペッレテリアの圓山さん

つい最近、圓山省吾さんという独立系鞄職人と知り合いました。圓山さんからメールをもらい、早速圓山さんのブログを見てみました。手縫いとかコバの処理云々といったことを重要視する独立系鞄職人が多い中、そういう方向性でないデザインされた鞄が登場します。そして美しい。圓山さんが作った鞄を実際に見たくて、イタリアに行く前日TAKUYA君と一緒に圓山さんのお店「ペッレテリア」に突然訪問することにしました。

「ペッレテリア」は目白通り沿いにあり、店内はル・ボナーと違ってセンスの良い綺麗なお店です。
圓山さんは突然の訪問に驚きながらも歓迎していただき、早速作られた鞄たちを拝見させていただいた。
細部まで誤魔化していない丁寧な縫製の鞄たちです。その上圓山さんの感性がデザインに生きています。私は大いなる刺激をいただきました。

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私達も大好きなペリンガーのシュランケンカーフを使ったカバンが多く、独立系鞄職人には珍しくカラフルなカバンたちが多い。それゆえ益々共感してしまう。
素敵なカバンを作る独立系鞄職人に出会うことができました。本当に素敵なカバンたちを創造する人です。

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若い人たちで鞄職人に憧れを持っている人がこの頃増えているように思う。それも独立系の職人になりたい人が多くいるように思う。それは喜ばしいことですが、プロとして長く続けるには、地道な仕事を集中力を持って持続できなければ、夢を現実にするのは厳しいと思う。

圓山さんの場合も、長く大手バッグメーカーの初期サンプルを型紙作りも含めて月35個作りつづけた。
一点もののサンプル35個を一ヶ月でこなし続けるというのは大変なことです。それを7年つづけたのです。すごいとしか言いようがない。私も脱帽であります。睡眠不足連続の7年間であったでしょう。
圓山さんがすごいのは、そんな過酷なサンプル職人時代を過ごしていた時も、自分らしいバッグを作りたいという気持が萎えなかったことです。
そんなバックボーンを持って独立系鞄職人を続けている人は強い。多くの人はその部分に目をそむけがちですが、そんな体育会系の経験が、役立ちます。それでいて文化系の感性を持ち続ける。

プロの革小物職人として1年半のTAKUYA君の場合も、真似できない独自の革小物を創造する感性とセンスが、今の彼を支えている一番の原動力であることは間違いないことだけど、それと同等に仕事中の集中力があることが大きいと思う。工房での作業中のTAKUYA君に接したことがあるけれど、その時の集中力は凄まじい。それゆえ彼は、針灸がかかせない。

夢だけ見てても成就しない。夢を失わずに現実と真摯に向き合うことが大事だと思う。

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まるさんのお店にはいつもお菓子がいっぱい。まるさんとTAKUYA君といっしょに。

そんな若き職人たちと知り合えて、私は多くの刺激をいただきます。

前々から思っていることですが、独立系の職人たちが一同に介して作った品を持ち寄り、展示会を開くことができたらと思い続けています。独立系鞄&革小物職人が多く集って、それぞれの個性を表現した品を展示し、刺激し合い交流が持てたなら、素敵な新しい世界が生まれるように思うのです。いつの日にか実現させたいと思っています。

モノ作りしながら、楽しく生きたい。そんな風に思いながら、現在革小物のまとめ作りをしています。
素敵な職人の人たちと知り合えることは、大変幸せなことです。私も頑張らないと!。

2007年10月11日

さよならビーちゃん

卓袱堂の卓ちゃんが来てくれた。卓ちゃんは陶芸家です。知り合って23年になる、私にとって大事な心許せる10歳年下の友です。卓ちゃんが高校生の時、私たちが初めて持った多摩の聖跡桜ケ丘のお店でアルバイトとして知り合ったのが最初でした。その頃卓ちゃんは将来の進路で悩んでいた。そんな時人生を右往左往している私たちと知り合い、陶芸の道を選ぶことになった。その後も折にふれ一緒に遊んだ。卓ちゃんは遊び名人で、私たちにとって忘れられない思い出の多くの場面に卓ちゃんは登場する。

そんな卓ちゃんが、個展開催中の合間をぬって来てくれた。彼は現在の魯山人、料理の美味しさを引きたてる器を作り続けています。陶芸に興味を持っている方、見に行ってみてください。お気に入りの器が見つかるかもしれませんよ。11月4日まで葉山のギャラリー「蓮REN」で開催しています。

今回来てくれたのは、私の窮状を助けてくれるためです。
私は現在車を2台持っています。これは現実問題無駄だし、私の経済状況を圧迫します。しかしビーちゃんは可愛い。知らない人に買われていくのも、廃車にするのも忍びない。そんな時卓ちゃんが面倒を見てくれると言ってくれたのです。これはありがたい申し出であります。卓ちゃんなら大事に乗ってくれるだろうし、愛くるしいあの姿をこれからも見ることができます。その上で、私はアルファ145クワドリフォリオ1台に集中することができる。卓ちゃんだったらビーちゃんが朽ち果てるまで乗ってくれるだろう。

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卓ちゃんと会うのは1年8か月ぶり。そんなに長い間会っていなかったなんて、全然感じることなく話がはずむ。
夜、神戸の繁華街に久々行った。食事は少し贅沢して神戸牛のステーキ。ここの神戸ビーフが一番美味しいのではないかと、ル・ボナー界隈では話題のKOKUBUに行くことにしました。ここなら食通の卓ちゃんも参ったと思うでしょう。口の中でとけてしまいそうなレアで焼いた神戸ビーフは、ジューシーで甘く至福の味。他では味わえない絶品神戸ビーフです。

その後、バー「バランザック」へ。前回訪れた時N氏が持ち込んだ特別なグラッパを味わってもらうためです。私は全然アルコールがダメだけれど、なめるだけだけれど、このグラッパの芳醇な香りと口の中で広がるドラマチックな舌触りには魅了される。
バランザックは静かに時間が過ぎてゆく、特別なバーです。


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六甲アイランドを後にし、湘南茅ヶ崎に向かうビーちゃん。

翌日の午前中に正式名1968年式フォルクワーゲン・タイプ1のビーちゃんは卓ちゃんの住む茅ヶ崎までの長旅に出発しました。卓ちゃんらしく高速道路は使わず寄り道しながら帰ったので、無事茅ヶ崎に到着したのは15時間後でありました。

ビーちゃん、10年間ありがとう。整形美人で、それにだまされ多くの思い出(アクシデント)に遭遇しながら、修理しつづけ現在の元気なビーちゃんに育ちました。今のビーちゃんは、名整備士の古川さんに出会えたことが大きい。会っていなければ2~3年で買い替えていたと思う。その古川さんも引退し、湘南で腕の良い整備士さんと出会えることを願っています。
趣味の良い卓ちゃんだから、このビーちゃんをもっと魅力的な車に育ててくれるでしょう。育ったビーちゃんを見るのが楽しみです。

ビーちゃんが旅立ってから数時間してから、毎日の日課である昼のチャーの散歩に行った。するとチャーはいつもの散歩コースとは違う方向に引っ張って行く。どこへ連れて行くのかと思っていたら、ビーちゃんが最後に止まっていた場所に連れてゆき、その場所の地面を念入りに嗅いでいるのです。チャーが我が家にもらわれてきてから、車はビーちゃんしか乗ってない。ビーちゃんが大好きなチャーでした。少しジ~ンとした私でありました。

2007年10月10日

「アファンの森」で集う

私の親父は林業試験場に勤めていて、森が大好きだった。私が小さかった頃、私たちの気持ちとは関係なく、休みになるとお弁当を持って家族みんなで、山に行っていた。怖い親父だったけれど、子供たちに日本の自然の素晴らしさを伝えたいという気持ちの強い親父だった。

大人になり東京で鞄職人をしていた時代、仕事の合間を利用して、家族と若い友人たちと頻繁に信州に行って、森の中で遊んだ。それが私にとって東京時代の何よりの贅沢でした。私は日本の豊かな森が大好きです。

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「アファンの森で語る会」に行って来ました。これは作家、C・W・ニコルさんと仲間の人たちが作っている、人が手を加えながら、人と森が共生する「アファンの森」を散策しながら、自然について語る集まりです。この企画はニコルさんと親しい古山画伯が毎年続けていて、私は今回始めて参加します。

イタリア旅行で長期不在であったし、仕事はいっぱい。でも行きたい。森林環境学を名古屋で研究している息子と一緒に行くのであればいいというハミの了承を得て、論文の提出日が迫っていて焦っている息子を無理やり連れ出し、行って来ました。久しぶりの自然であります、しかし遠かった。

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黒姫にある「アファンの森」を育てておられる松木さんとニコルさんのお話を聞きながら散策した。
豊かな森は多くの事を語りかける。森は、森を守る人の通訳を介して、豊かに生きるヒントもいっぱいいただける。それにしてもなんて多様な樹木たちの森なのでしょう。夜、人気がなくなったら木々たちが会話を始めるのではないかと考えてしまう、生き生きと生命を感じる森です。
この森は松木さんたちが育て豊かにしています。次世代に受け継ぎ伝えるために。
2時間ほどの散策では足りない。ここでキャンプして一夜を過ごしてみたいと思った。多くの木々たちの会話を聞くことができるはずです。
日本は欧米に比べて、街は面白くない。しかし自然は多くの違った豊かな表情見せ、世界有数の魅力的な国だと思っています。そんな日本の自然がいつまでも豊かな表情を持ち続けて欲しい。

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今回、この会に集った人たちは多種多様、老若男女あわせて30人強。
夕方、食事前にミニコンサートがあり食事(こんなに美味しい脂の載った肉いっぱいのスペアリブは始めてだぁ~)。その後の全員の自己紹介に私は感動した。特に若い人たちの自己紹介に。10分程度を強いるこの会恒例の自己紹介タイム、自分の現在の状況を話さないと時間がもたない。そのため個々の生き方が浮き彫りになる。悩み試行錯誤を繰り返しながら、自分らしい生き方を模索している若者たちが、この会には集っていた。日本の将来は、まんざら捨てたものでもないと思った。
最後に若者男女5人「アファン合唱隊」がこの日のために練習した楽曲を4重合唱で披露していただいた。爽やかな愛おしさを持って聞き入った。

翌日C・W・ニコルさんを囲んでお話を聞いた。自然に強い関心を持った少年時代のことを話していただいた。ヨーロッパの多くの国が、日本ほど自然が豊かではない。長い年月の間に無秩序に森の木々が伐採されて、牧畜のための牧草地が広がる故郷。それに比べ日本の森は豊かです。その森を何世代にも渡って残してゆきたい。日本に生まれた日本人よりも、日本の自然を愛しているニコルさんです。

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今回黒姫山まで、マイアルファでの始めての長距離走行です。往復1400キロを走ってきました。
皆さんが期待していたアクシデントは起きませんでした。というより益々アルファ145クワドリフォリオ前期型が好きになりました。この車良い~。
単調な高速道路を長時間走行しても眠くならない。エンジンはもっとアクセルを踏みこんでぇ~!とせがむし、ハンドルとサスペンションは路面の状況をシビアに伝える(空冷のポルシェを運転させてもっらった時に似ている)。まるでガンダムかパトレーバーのロボットを操作しているかのように、五感で感じながら手足の延長線上でパワーアップした分身が動いているという感覚。当然ドライバーに緊張感を持たせ眠くならない。その分疲労はいっぱい。これは面白い。が、往復1400キロもあるとは、考えていなっかった。黒姫山は遠かった。

今年のエンジョイタイムはこれで終わり。これから師走までノンストップで仕事をします。多くの誘惑にも目をつぶって働きます。今よりも楽しく過ごすために。

2007年10月 6日

クリスペルカーフのグラス

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画像からでは分かり難いかもしれませんが(フォト、主人)
ほんの少しの膨らみや、カーブでも明暗ができ、見つめていると幻想的な世界へ引き込まれ、
つい手が止まってしまいます。パーツを光にかざし、角度を変えて眺めていると、映画「2001年宇宙の旅」の世界へも・・・。
細かな捨型の成せる技でしょうか。

美しいクリスペルカーフ
指先のほんの汚れでも曇ってしまう、デリケートな肌。
傷付けぬよう、指先を見、手を洗い、慎重に慎重に作りましょう。

でも・・・先日、
ピーマン切ってて皮膚切った!大きくしっかり皮膚を切り取ってしまった。
幅広傷テープ、左人差し指をピン!と立て、革に触れないよう作っています。

高貴なまでに美しいクリスペルカーフ
とんでもない価格のクリスペルカーフ
久しぶりに出会え、ドキドキするほど良くなめされたカーフ
シュランケンカーフの製造元、ドイツ、ペリンガー社の革です。

革屋さんがサンプルとしてのみ入荷したため、後がない。もっとこの革で鞄が作りたい!でも後がない。
ねぇ、革屋さ~ん。 独立系鞄職人みんなが、2~3枚ずつ買ったら定番で仕入れてくれるかしら?
(そーんな数じゃダメっすよ~。高くて誰も買わないっすよ~)と、担当のA氏の声が聞こえる。

たなか様、もうしばらくお待ちくださいね。

7日、8日は、主人が留守になるため営業時間は夜7時までとなります。
宜しくお願い致します。

2007年10月 4日

フルハルター・森山スペシャル

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フルハルターの森山さんから荷物が届きました。
イタリアに旅立つ前日、私はタクヤ君と一緒に、東京の大井町にあるフルハルターにお邪魔しました。
前々からの念願であった、世界の樫本氏から頂戴したKENSAKI万年筆をフルハルターの森山さんに研いでもらうためです。その森山マジックの洗礼をうけたKENSAKIが手元に戻ってきました。早速書き味試してみるとウゥ~ンビューティフル。

森山さんのペン先調整技術は無二のものです。多くの万年筆好きの皆様の、森山さんに研ぎ調整してもらった万年筆で何度も試し書きさせていただきましたが、その滑らかな書き味は特別なもので、甘美な快感すら伴う書き味でした。その書き味の万年筆を私も手に入れることができました。
今日からKENSAKI万年筆フルハルタースペシャルとTAKUYAのKENSAKI専用グリマルディーは一心同体で、私にとってお守りのように、首からぶら下げていることでしょう。

フルハルターは小さなお店です。接客スペースは2坪ないほどの狭さ。しかし特別なお店です。
私たちがお邪魔している間も、来店客は後を絶たない。色々な万年筆を見せていただいたけれど、どの万年筆を選んだとしても、森山マジックにかかればすべて特別な万年筆になる。

フルハルターの常連客で、ル・ボナーでもバーガンディーの学手風ブリーフケースを購入されたSさんが、限定品のアウロラのレッドがまだフルハルターにはありましたよという誘惑に心揺れていて、現物を見せていただくと、これが良い。色気抜群、バランス特別、それを森山さんに研いでいただければ、マイアルファのセカンドシートにそっとレッドを置くと完璧イタリアン?。しかし値段が高ぁ~い。躊躇しながらそのレッドを愛でていると、同席していた赤の他人のお客様がペリカンやめてそのレッドを買っちゃった。私は悔しいような、ホットしたような。

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接客テーブルの上に茶色に染色された半透明の万年筆があった。スケルトンなので見える、変なインク吸入方式で、書いてみると特別な書き味の極太。これが画伯と会うたびに「買わなければ後悔しますぞ」と言い続けていたパイロットカスタム823プランジャー コースニブです。画伯にたぶらかされないぞと思っておりましたが、実物見て試し書きしてみると、、、、、、買ってしまいました。完全透明スケルトンタイプのものを。

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プランジャー(真空)式インキ吸入方式は現在あまり使われていない吸入方式で、幻の万年筆、イギリスのオノトが有名です。水鉄砲を逆にしたような吸引方法でインキを一気に大容量タンクに吸入します。スケルトンだからその様子が見えて、これは面白い。

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それに特製のコースニブ(極太イリジュウム)がついているので、森山マジックによっていかようにもペン先を砥ぎあげてもらえる。せっかくのコースニブなのだから、わたしは極太書き用に研いでいただきました。届いた823で書いてみると、天にも昇る書き心地。大容量のタンクに入ったインキが、潤滑なインクフローを約束し、森山さんに研いでいただいた極太イリジュウムが滑らかで、筆で書くような特別な書き味を提供していただける。この滑らかさは今まで私の所有している万年筆の中で1番だし、クロスポイントや団子3兄弟やふでDEまんねんなどの万年筆の神様、長原さんの考案した特殊なペン先は別にして、1本のペン先でイリジュウムを使って書く万年筆の字の太さは、今まで見た中で最も太く書けます。

茶色に染色されたタイプが上等に見えて、それでも十分中の機構は見えるので良いと思ったのだけれど、知り合いにスケルトンタイプの万年筆好きがいて、その彼に「エヘヘ、良いでしょう?」と自慢するには完全透明のタイプの方が効果抜群と思い選んでしまいました。完全透明だとインキ色によって色々な表情も楽しめるし。

ペン先を研ぐ達人、フルハルターの森山さんは、私の尊敬する職人の一人です。ペン先を研ぐ技術を特別な領域まで持ち込んだ稀有な人物です。私は万年筆がますます面白いと思った次第であります。

2007年10月 3日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(8)

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9月22日06:30
今日で楽しかったイタリアでの日々も終わりであります。早朝煙草吸いたくて、修道院の敷地から脱出して散歩しながらプカプカ。キューンと冷たい早朝の空気の中、朝日が昇り始めました。
今日は男5人で街中散策。路面電車に乗って行き馴れたバチカンまで行って、そこから裏通りを歩きます。4時には空港に向かいます。

画伯バチカンの近くの露天のかばん屋に。2日前でべそ会長迷子事件の最中、捜索ほどほどにチェックしていたようです。小さなモロッコ革のメイドインイタリー?のネームプレートが縫い付けてあるバッグの値段を聞いている。75ユーロという店員に30ユーロでどうだと無茶と思える値切り方。当然店員はNOと答えるところを、じゃあ3個で80ユーロでとごり押し。すったもんだしてそれで商談成立。
画伯大したものであります。それにしても画伯のカバン好きの守備範囲は広~い。

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ローマの裏通りは不思議いっぱい、魅力いっぱい。この壊れかけたような何世紀にも渡って継ぎ足し継ぎ足しして出来た建物の1階には、時間があったら体験してみたいクラシカルだけれど清潔な散髪屋さん。

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パンティオン近くのレストランテのショーケース。とても奇麗で、美味しそうに見えるところに限って、そんなでもないというのがイタリア的。

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ナボーナ広場のカフェで休憩。いつでもお祭りのように人が集う、ローマの広場。


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大きな扉の奥に見えるパティオ。奥まで侵入してみたいけれど、掃除をしているおばさんがカメラで写している不審者をにらんでいる。これ以上入ることはできません。

もっともっと裏通りを歩いてみたい。ローマの裏通りは迷路のようで、住んでいる人たちも通ったことのない裏通りもいっぱいあるのだろうなぁ~。私にはおとぎの世界のように思える。

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歩き疲れて修道院に帰還。玄関の階段あたりが、一番気持ち良い風を感じられて、空港までの迎えの車が来るまで、ここで休憩。靴を脱いで腰をおろしてリラックス。

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左のシスターが私の喫煙を厳しく?とがめた人、右がこの修道院の最年長の可愛いおばあちゃんシスター。毎日泊まった部屋を掃除していただくので、そのたびチップを枕元に置いて外出していたのですが、必ず返されます。神に仕える人に対しては、チップは失礼だったようです。

9人乗りの大型タクシーで空港に向かいました。修道院を出発する時、二人のシスターは車が見えなくなるまで手を振って見送っていただいた。空港では私たちを見送るためにH女史のご両親が来られていた。これからもローマを終の棲家として過ごされるご両親も、私たちが見えなくなるまで手を振って見送っていただきました。また来ます、イタリアへ。

私が今回のイタリア旅行で一番幸せであったことは、年齢差40歳ほどの8人が集って、年齢ギャップを感じることなく一緒に遊べたことです。遠慮なく我儘に、助け合い(私は助けられたことばかりだった)、旅を楽しんだ。シャワーのみでバスタブに浸かって疲れをとる事の出来る宿には最後まで泊まることはなかったけれど、飛行機は超満員直角エコノミーだったけれど、それを楽しめる仲間たちとエンジョイした7泊9日が素敵でした。7人は知り合い、それに比べ私は新参者。そんな私が一番図々しく楽しんでいたようで、すみません。包容力を持った国、イタリアにはこれからもお邪魔させていただきたいと思っています。その空気を感じ刺激を受けて、イタリアが過去の扉の中に封印してしまった、夢や希望が詰め込めるカバンたちを、日本の地方都市神戸で作れたらと思っています。私は断言します。昔、世界一色気のあるカバンをイタリアのカバン職人は作っていました。その時代の残り香は、今もイタリアの空気の中に残っています。それを感じるため、これからもイタリアに行くと思います。イタリア万歳。

2007年10月 1日

美女とランドセルを背負ったオヤジたちのイタリア珍道中(7)

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私たちのローマの宿は修道院の宿舎です。シスターはみな英語も通じません。H女史が里帰りしているので、ジェスチャーで伝えるしか方法がありません。
昨日宿に戻るとシスターがフマーレ、フマーレと怖い顔。フマーレ(煙草)を吸っていたことがばれたのです。トイレの換気扇に顔を近づけて吸えばばれないと高をくくっていたのですが、分かったようです。その後会うたびに、フマーレ、フマーレと注意されます。私は二コレットを噛んで宿での喫煙を我慢する日々が2日続きました。海外旅行はシガリロの消費が半分以下になります。望んでそうしている訳ではないのですが。

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修道院の宿舎の朝食は質素です。飽食続きの私たちにはこの方がいいのかも。


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9月21日08:30
今日は8人乗りのベンツのワゴン車で市内観光。H女史以外の7人とイタリア人運転手さん。英語が話せる運転手さんなので、助手席にはネイティブな英語が話せる樫本氏に座っていただき出発。
コロッセオ、ホロロマーノ、トレビの泉、パンティオン、スペイン階段という風にお決まりのローマ観光コースを回る。途中運転手さんお勧めのローマ一美味しいカルボナーラを食べさせてくれるレストランで昼食をいただき、ローマの休日。日本人の観光客とはあまり会わなかったけれど、欧米の団体観光客が非常に多い。

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私は遺跡などにはあまり興味がない。2000年前の人々の生活を想像するイマジネーションが欠如しているのか、ローマの日常が垣間見える街並みや裏通りに興味がそそられる。

今回の旅行は、H女史のおかげでイタリアの3都市を戸惑うことなく旅行できました。メンバーの中の世界の樫本氏はイタリア語は全然ダメといいながら3カ国語を自由に話せるし、2人の女性も一人で海外旅行に行っても不自由することのない英語力を持っています。それに比べ残りの男4人はダメです。画伯はその図々しい精神力でなんとでもなると思いますが、3人は国際社会に出遅れた内弁慶であります。英語ぐらいは話せるようになるといいなぁ~と思いますが、このままなのだろうなぁ~。

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パンティオン近くのカフェの名物、エスプレッソをシャーベットにして両方から生クリームでサンドイッチしたデザート。おじさんたちには甘さがちょっと強烈。女性陣は次の日もこの名物を食べにいったようであります。

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ダンテも通ったという、スペイン階段近くのカフェ・グレコの店内。良い雰囲気でありますが、お値段が高いからなのか、観光客ばかり。

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時間があると、万年筆を走らせスケッチする画伯。彼の本職は画家であったことを気付かされる瞬間。

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夜H女史とご両親、友人のご夫婦と一緒に宿近くカジュアルなレストランテで、イタリアでの最後の晩餐。H女史のご両親は40年以上イタリアに住み、これからも住み続けます。娘さんのH女史はフランス駐在を終え今は日本、息子さんはアメリカ。お父上はテルミニ駅に日本のゲタを履いて迎えに来てくださり、そのゲタを履いたままイタリア的な運転で宿まで送っていただき、お母上は新鮮で美味しいさば寿司を作って迎えていただいた。お二人は年に一度は東京のH女史のマンションに滞在されるのだそうですが、近所付き合いが希薄になった都市生活者が多くなった日本に来ても、ご近所に、来るたび挨拶をし、住んでいるH女史より近所の方は知っているという日本に住む日本人より日本的なイタリア在住日本人のご夫婦です。ご夫婦のお話を聞いていると、現在の多くの日本人が失いかけている人情のようなものを、感じさせていただきます。

今回の旅行で、イタリアのバッグ作りの現場や、個人でバッグを作っている職人さんに会ってきました。去年訪れた時と同じような感想なのですが、イタリアも日本と同じような問題を抱えているように思いました。作る職人のことを考えていない。フランスやドイツのように作る人を大事に思う社会ではない。そのため素晴らしい物作り文化が昔あったイタリアは、グローバル経済の輪廻に飲み込まれつつあるように思えた。そんな中でも、もがき頑張っている人たちにエールを送りたい。過去にはカバン好きがドキドキするようなカバンをいっぱい作っていた。ルネサンスから続く職人の魂が、カバンからも感じられた。今は残念ながら見つけ出せない。しかし私はイタリアが大好きです。街の路地裏に不思議がいっぱいあって、大きな刺激をいただけます。

日本も同じような現状ですが、私達のような独立系の職人が頑張れる余地は残っている国だと思う。
過去の素晴らしい技術に刺激を受け、それを乗り越えてゆくカバン作りが日本でだったらできるように思う。ストレートにユーザーと接して作る独立系のカバン職人一人一人が切磋琢磨し、表現しつづければ、日本だったら伝えることができるように思った。今回のイタリア旅行も前回のイタリア旅行と同じ思いを強く持った旅でした。
イタリアはそんな私の感想などどうでもいいから人生楽しもうよと、おおらかな包容力で包み込む。そこがイタリアの最大の魅力。人生、仲間と一緒に遊んで、楽しければそれがなにより。

バチカンで迷子になりかけたた中谷でべそ万年筆くらぶ会長から年に2度、モンブランのヘミングウェイで手書きした封筒に入った会報が送られてきます。必ず「一緒に遊ぼう!!」と手書きしてあります。この言葉が私は大好きです。
今回のイタリア旅行の趣旨は、画伯の「鞄が欲しい2」の取材と鞄好きと革鞄、小物職人視察旅行ということになっていますが、それは表向きののもので、実際は楽しく一緒に遊びたい、それが異国のイタリアならなお楽しいというのが本音。苦楽は背中合わせ、プラスマイナス 0。要は感じるかどうか。
ドキドキし続けたい。みんなといっしょに。

11時30分の門限にギリギリセーフ。私は今夜もフマーレ(煙草)は部屋ですいません。
明日は夕方イタリアを後にします。その前にイタリアの裏通りを堪能したいと思っております。
シスター、お休みなさい。

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