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見知らぬ方からの手紙

今年の夏は、二人して例年の夏以上に雑用も含めてよく働いた。
しかし予定通りには製作は進んでいなくて、
多くのお待たせしているお客様の顔が浮かんでくる。

製作だけに専念できればいいのだけれど、
あれもこれもと、やらなくてはいけないことがいっぱい。
年齢と正比例して衰えていく私たちの体力を恨めしく思いながら、
「頑張ろう~!」と二人励まし合いながら、
鞄作りに精を出す暑い夏の8月であります。

そんな時、見知らぬ名前の方から手紙が届いた。
開けて見ると、手紙と数枚の写真。
「この鞄を作ったのは貴方ですか?」との問いかけ。

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見ると私が20数年前に作った鞄です。懐かしい~。
戦前にはよく作られた大割れ鞄を、アレンジして作った枠の入ったボストンバッグ。
その頃カジュアルな鞄作りから脱皮し、トランク、大割れ、平屋根、棒屋根と、
クラシックな鞄に魅力を感じ、それらをアレンジしてオリジナルな鞄を試行錯誤していた。
作りはまだまだラフな仕上げの鞄ですが、一生懸命作っていた。
この鞄のプロトタイプは鞄問屋の要望で、コンクールに出品するので作って欲しいと頼まれて、
サンプル代が高めに頂けることと、そのコンクールで賞をとった場合、
賞金は全部あげるというので頑張った。結果その鞄は東京商工会議所会頭賞をいただいた。
不労所得は、その頃の私には大変ありがたかった。

お店を初めて持つ事ができたのに、私が勝手な野望を持ったばかりに3年でお店を失い、
再スタートを切った頃で、借家の庭に無断で8畳ほどのプレハブを建て、
その工房で作った鞄です。プレハブの建設費は工賃込み45万円だったと記憶している。
当時の私には大変厳しい出費で、当然ローン。
エアコンなどないその工房で、暑い夏に夜中まで夢中で作ってたなぁ~。

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ラベルはまさにその当時使っていたモノで、
ル・ボナーという屋号を使う前まで「アウム」だった。
オウム真理教事件の時に、勘違いされて大変迷惑したので変えたのだけれど、
15年ほど使い続けた思い出深い屋号です。

英語の文章は、その頃よく遊びに来ていた都立国立高校生と辞書片手に考えたのですが、
文章が変だと、後で英語が得意な人に言われた。
手彫りの刻印を作った後だったので、
そのままGO~してしまった。
その後、この刻印のままのラベルをつけて、
バーニーズ・ニューヨークでもアウムの鞄を売っていた。

この鞄の持ち主を、私は知らない。
でもこの私が作った鞄が寄り添い、思い出を共有した。
そんな見知らぬお客様のエピソード。

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1988.11.大きなツアーの下見と打合せでシンガポールと香港へ出張しました。
シンガポールから香港への移動のおりシンガポール航空がオーバーブッキングをしてしまい、
ファーストクラスにグレードアップしてくれました。
着たきり?スーツで気後れしながら搭乗したのですが、
機内で預ける際チーフパーサーにあのトランクをほめられたのです。
トランク以外ほめるものがなかったのだと思いますが、そのおかげで、
気持ち豊かに香港までの約2時間を過ごすことが出来ました。
後にも先にもファーストクラスに乗ったのはそのときだけですが。
                         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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その当時はヨーロッパ皮革など高嶺の花で、
この鞄はアメリカ原皮の国内なめしのタンニン革で作っているので、
20年の歳月は、いくら大事に扱われていたとしても、革の寿命もそう長くはないかもしれない。
でも持ち主が大事に思う限り、少しでも長く生き続けさせてあげたい。
そのお手伝いを私たちはしたい。そして新しい思い出を、この鞄と作っていって欲しいな。

長く作り続けた事のご褒美のような手紙頂いて、
作り人が得られる幸せ感じています。ありがとうございます。
鞄を作り続けていて、よかったと思います。
鞄作りはこれからもエンドレスでつづきます。
この鞄を作っていた頃の気力を再び、と思う私です。
明日からまた頑張るぞぉ~!。


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コメント (8)

ご無沙汰しております、とてもいいお話で感動しました。私もちょっと前の事を思い出してしまいました、昔私が作っていた肉まんが好きで15年後に探して訪ねていらした方がいましたが物作りをやっていて良かったと嬉しい気持ちになりました。松本様の鞄には嬉しい気持ちが一杯入りそうですね。感謝

六甲アイランドのS:

久しぶりに素晴らしいお話を読みました。感動いたしました。毎日を真剣に生きなけばいけません。

pretty-punchan:

「風情」とか「趣」や「佇まい」という言葉が似合う鞄ですね。自分の持ち物に対して自分自らがこれらの表現を感じることって実は中々無いのかも知れません。自分と共に長い歳月を過ごし、自分にとって「あって当然の物」になると改めて「風情」や「趣」を感じる感性が眠る(決して鈍るのではなく)のかも知れません。それだけ交流が深いという証とも言えるのでしょう。そんな時に他人が愛でている愛用の品に出会うと、かなりドキッとします。今、この鞄を見て私はまさしくドキッとしています。

ル・ボナー松本:

Re:夢待ち人 さん

モノ作りする仕事を生業として来られて幸せに思います。これからもモノ作り人でいたいです。夢待ち人さんの会社で作る豚まん食べてみたいです。

Re:六甲アイランドのSさん

誰だかわかりませ~ん。でも地元六甲アイランドでもこのブログを読んでいただいている方がおられるのですね。少し背筋を伸ばして?書くことにいたします。

Re:pretty-punchan さん

私もドキッとしました。私の作りたかった鞄たちの原型を昔作ろうとしていたんだと、思い起こさせていただいた。一番苦しい時代だったのに、流通に乗せて作るのには手間のかかる形の鞄たちを、世に問うていた。忙しかったのに貧乏だったのは当たり前ですね。私の作りたかった鞄をもう一度似詰め直して作りたいと思います。でもそれらの鞄をお店に並べた時は、高ぁ~い価格つけようと思います。売れないでいつまでもお店に飾っていられるように。

orenge:

この鞄を使うために,旅に出たくなるバッグですね。革のボストンバッグ(ボストン レジェ,キューブボストン)が欲しくなってきました。 AUM時代のオーダーのキーフォルダーやサイフ(両方とも国産の革で緑色)が色が濃くなり風格を増しています。こばは染料仕上げですが,ポケットに入れていたにもかかわらずまだきれいです。当時1,900円か2,100円?だったパスケースも今でも愛用してます。

ノブ:

夢を大切にされ、信じて生きる姿に乾杯です。売れないように高い価格を付けるという発想が羨ましい。やはり幸せですね。

三好:

素敵な鞄が素敵な想い出を作る、その話を聞いているだけで、我々も幸せな気分になります。
こんな素敵な鞄を作る松本さんご夫婦の為に、私の出来る事は、鞄作りに集中して頂くために、工房にあるアンティーク時計と万年筆をお預かりすることでしょうか?

ル・ボナー松本:

Re:orengeさん

10年以上前に作った革小物たちを使って頂いているんですね。ありがとうございます。来られた時に見せて欲しかったなぁ~。次回来られた時にはお手入れさせてください。

Re:ノブ さん

だって昔の体力はありませんし、あの頃作っていた品よりは経験を積んだ分良い鞄に仕上げないと恥ずかしいじゃないですか。と言う事はもうそんなに数は作れません。私が鞄職人として存在した分身を作ることになるのですから。
年に1~2個作れるか。

Re:三好 さん

無事上海から帰国されたんですね。よかった、よかった。
何をおっしゃいます。アンティーク時計と万年筆は私の衰え始めた感受性を刺激する大事なアイテムなのですぞ。
これからも鞄を作り続けるために必要?なので~す。

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2008年08月21日 06:59に投稿されたエントリーのページです。

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