東京出張2日目の午前中浅草界隈の材料屋さんと道具屋さんに行った。
問屋街のお店は午前9時には営業を始めているので助かる。
今では電話でまとまった量をお願いして送ってもらっていますが、
東京にいた頃は作る鞄に使う材料をギリギリしか買えなくて何度も足を運んだ場所です。
ここに来ると30年の歳月が止まったままのように変わらぬ街並みなのだけれど、
お店に入って顔馴染みの店主たちに会うと、年月が過ぎた事を感じる。
みなさん年をとった。でも変わらず商売を続けていて頂いているだけで、
同志と再会したような感慨を感じる。私も年をとったぁ~。
その後午後3時の打ち合わせまでの間を利用して、銀座の「ユーロボックス」に行った。
これは完全に私用です。出張中唯一の私用。
今まで一度しか伺っていない私の事を店主の藤井さんは覚えていてくれた。
目的は当然146テレスコープ。

ユーロボックスにはアンティーク万年筆がいっぱいある。何千本あるのかわからない。
この在庫過多は感動モノです。1本1本見てるだけで楽しいけれど、そんな事していたら何時間いや何日もかかってしまうし、店主の藤井さんの後には山のような在庫が隠されているのですから、一点集中目的の品を伝えるのがてっとり早い。

1本だけ146テレスコープがあったぁ~。
程度抜群ワクワクしながら書き味を試した。素晴らしい~!。でもペン先がオグリーブ。
私は146テレスコープの最初の1本はノーマルなペン先と決めていたので躊躇した。
私の希望の146テレスコープが見つかるまで待つことにした。
あせってはいけない。待つ楽しみも知らなければ。それが大人?。
で他の万年筆の書き味も楽しんだ。
するとこれは面白い~!という書き味の万年筆に出会ってしまった。

それがこのモンブランの50年代のウイングニブのペン先の#254。
面白すぎます。ペン先走らせ始めると快感一直線でいつまでも書き続けたくなります。
我慢できる私ではなかった。入手してしまいました。
そのまま持ち帰りたいと私は強く願った。
が藤井さんは調整が必要だから後ほど送ると言う。
それではハミにバレてしまう。こっそり購入しようと思っていたボンジョルノだったが。
いつまでも居て、万年筆と会話したい気持ち山々なれど、
仕事の打ち合わせが迫ってきた。午後3時過ぎに某所にて落ち合わなければいけない。
その某所とは大井の「フルハルター」~?。
いやいやこちらは本当に仕事なのであります。

上のロゴに関しての秘密の企て。他言無用の計画らしい。
フルハルターでは森山さんが怖い顔して「いよいよやる気になりましたか」と迎えてくださった。
後ほど万年筆くらぶ会長中谷でべそ氏が来られて、秘密の企て?のご相談。
あとはK氏の仕様が決定すれGO~です。
真剣な仕事の話はすぐに終わったので、色々四方山万年筆話。
新米万年筆コレクター・ボンジョルノ松本は現在50年代のモンブラン、
特に146テレスコープに強い興味を持っていることを二人の達人に伝えると、
お二人とも同意見。私の興味の方向性に共感していただいて新米としては心強い。
森山さんは50年代のモンブランの万年筆は特別だという。
モンブランの工房で最高の万年筆を作ろうとした
50年代現役だった誇り高きドイツの老職人たちに会った事があるそうです。
現在のように機械化され合理的に作れなかった時代だから、
鍛造の繰り返しから生まれたバネのような弾性を持ったペン先。
そのペン先をより魅力的な書き味にしようとする妥協なき工夫。
第二次世界大戦で敗れたドイツが復興しようとする時代に、
世界一の万年筆を作ろうと切磋琢磨した職人集団がいた。
それが50年代のモンブランの魅力的な書き味の万年筆を生み出した。
だから50年代のモンブランの万年筆は特別なのだと。
でべそ会長も146も大好きなお人。
先日雑誌の取材で持っているモンブランの146を並べて撮影することになったそうです。
その時初めてでべそ会長は自分の所有している146の数を知ったそうです。
全部で同じ146が18本。そのうちテレスコープが9本。
私はそんなに万年筆を持っていないなんて真顔でいつも会うと言うでべそ会長。
画伯が言うように悪魔だぁ~!。持っていないと言うのは、
何千本も持っている著名な万年筆愛好家に比べてということがその時わかった。

楽しく有意義な一泊二日の東京出張は休日を返上しての過密スケジュール?
結構エンジョイしながら一泊二日の東京出張は終わりました。
午後6時過ぎには新幹線の車中。
今回の私はライトグレーのボウラーハットに重~いウールのコート。
それに一眼ぶらさげおのぼりさんスタイル。一眼は実に重い、少し持ってきたのを後悔。
学手風ブリーフケースは思いの外いっぱい荷物が入る。太ダレスより沢山入る感じ。
車中私は熟睡モードですぐに神戸。神戸は優しく私を迎えてくれた。