店主不在のお知らせ
6月4日から15日までボンジョルノ松本はお店を留守にします。
その間営業時間を前後短縮(11~18時)しての、
鞄職人のハミのみの営業となります。
定休日は水、木となります。
宜しくお願いいたします。
その間ヨーロッパから実況ブログを一日一回公開予定。
見てくださぁ~い。それでは行ってまいります。
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6月4日から15日までボンジョルノ松本はお店を留守にします。
その間営業時間を前後短縮(11~18時)しての、
鞄職人のハミのみの営業となります。
定休日は水、木となります。
宜しくお願いいたします。
その間ヨーロッパから実況ブログを一日一回公開予定。
見てくださぁ~い。それでは行ってまいります。

6月4日06時33分
六甲アイランドのシェラトンホテル前より、ハミとチャーに見送られて高速バスで関空へ。ドキドキワクワクして夜中の2時には目を覚ましてしまってた。
6月4日07時30分
関西国際空港に到着。
待ち合わせ時間にはまだ余裕があったので、まだやっていなかった換金をした。1ユーロ117円だった。
荷物検査でも大きな問題は無かった。私がキーと一緒にぶら下げていた小さなビクトリノックスの五徳ナイフを没収されたぐらい。
そして定刻10時00分ルフトハンザ741便でフランクフルトへ飛びったった。


エコノミークラスの座席を見て最初に狭いと思った。しかし座ってみると良いのだ。今まで乗った飛行機の中では最高のエコノミーシートではないかと思う。さすがレカロシートの国だと感心した。特にこの固定式枕部分。左右部分が自在に曲げられて頭にフィットする様になっている。こういった工夫があちらこちらに感じる事が出来て、12時間のエコノミーシートでの長時間フライトでの苦痛を少しやわらげてくれる。

機内食も思っていたより美味しかった。手前の吉宗さんがチョイスしたメインがコロッケ丼(白米にこだわる吉宗さん)のような方はイマイチな感じだったけれど、分度器さんとボンジョルノが選択したチキンスパゲティモドキは結構美味しかった。
ルフトハンザは今まで乗った飛行機の中では1番快適だ。そして12時間のフライトは続く。隣の席のご婦人にいただいた辛いせんべいバリバリ食べながら。
現地時間15時15分にドイツのフランクフルトに。そして最初の目的地ベルリンには17時30分には到着した。そしてホテルに荷物を置いてベルリンの街を歩き回った。ベルリンは良い街だ。しかし私は正味28時間寝ていなくてナチュラルハイ状態で、ヘラヘラしていて瞼はもう閉じる寸前。そして明日は朝早く蚤の市のはしごだそうですので、このあたりで寝る事にいたします。皆様お休みなさい。
ヨーロッパ時間6月5日03時40分
やはり問題が発生。分度器氏のいびきで4時間ほどしか眠れずこうして起きてしまった(それにしても吉宗さんは大丈夫なようだ)事が問題ではない。無線LANに繋がらないのでブログを書いているのに公開出来ないという問題が生じた。ネットの申し子分度器氏の動揺は尋常ではなかった。しかし今は二人はスヤスヤ寝ている。

ベルリンでのホテルは旧東ベルリン地域ではあるけれど、何処に行くにも便利な場所にあり、その上一人一泊日本円で3000円ほどのリーズナブルな宿。その宿の前で佇む吉宗氏。
その宿は5ユーロ払えば無線LANが繋がるはだった。確かに電波はキャッチ出来ていてパスワードも伝えられた記号を入れた。でも駄目なのだ。いつ繋がるのかぁ〜。
起こしてしまった分度器さんと、夜が開けてきた5時過ぎに野良電波を探しに街を散歩と言うか徘徊して電波を捕まえた。ひと安心。

今日は朝から蚤の市。異国の古道具と言うだけで面白い。その上ユーロ安のこの時期だときっと面白くてリーズナブルに素敵なモノとの出会いがあるはず。吉宗さんと分度器さんも蚤の市で入手した品も販売する予定。私は個人的趣味を満足させるためだけに少しだけ買った。

そして私はベルリンでの蚤の市巡り第一日目は、こんなモノたちをささやかに入手した。自転車のベルは3人から笑われたけれど、私は大変満足している。

今日は3日間有効切符(25,9ユーロ)を駆使しながらベルリンを縦横無尽に歩き回った。メタボな私と分度器さんは20キロの脂肪というハンディキャップを背負いながら歩き続けた。その事に配慮する事なく二人は早足で目的地を目指す。本当にきつかったぁ〜。でも面白かった。

泊まっているホテル近くの駅に到着したのは7時過ぎ。でもまだ明るく暑い。ベルリンは面白い街だと思った。ヨーロッパの大都市の中で、20世紀の歴史を多く語りかける街。インテリジェンスある豊かさを街行く人たちから感じ取れる街だと思った。

ベルリンでの私たちの宿は、旧東ドイツ時代の建物をリペアし宿泊施設として再利用した宿のようだ。ベルリンの中心にあり、移動するのに便利な立地。十分な朝食付いて1人あたり1泊30ユーロは、この旅行を手配した分度器K女史偉ぁ〜い。
食事の方もドイツ料理にこだわらず、初日は多国籍風料理、昨夜はベトナム料理食べたので、塩っぱ過ぎるというイメージはまだ受けていない。ニュルンベルクでの本格ドイツ料理が楽しみだ。

ベルリン蚤の市巡り2日目。今日は3カ所をめぐる。今日のベルリンは27度の暑さ。その上掘り出し物が全然見つからない一日となりました。こんな事の方が多いのが蚤の市。そして普段の歩く量の少ない私はヘトヘト。分度器ドットコムは、欧米の蚤の市などで入手してネットで販売したのが始まりだったそうだ。




6月7日04時30分
分度器氏の爆音で目が覚めた。ホテルでの3人部屋でのベッド位地はその都度ジャンケンで決めている。ニュルンベルクでは分度器氏と隣接する事になってしまった。そしてブログを書き始めたら「松本さんのいびきは凄いなぁ〜」なんて言いながら起きてきた。お互い様と言うことか。

その間分度器氏のブログ「文旅」を、旅行に来て始めて観た。いつの間にこんなに書いていたのかと驚かされた。このペースはiPadが寄与する部分が大きい。私が目をショボショボさせながらiPhoneで書いている横で、凄いスピードでブログ書いている。詳しくこの旅の状況を知りたい方は分度器さんのブログ「分旅」の方でチェックして下さい。

ニュルンベルクでの一日は分度器二人は「ステドラー」の工場見学。吉宗さんと私はニュルンベルクの旧市街を歩きまわった。分度器K女史がいない9時間のニュルンベルクでの街歩き。色々刺激感じたけれど、それにしても本当によく歩く旅だ。今日は体力消耗し過ぎてブログを集中してかけないのでこのあたりで〜。
6月8日05時10分









私以外の2社は、今は日本で入手しにくい文具を内外価格差を利用して買い付けるための旅行だ。町の文具屋さんの片隅に忘れ去られたように存在するデッドストックな品々。吉宗さんは魅力的な万年筆を多く入手していた。分度器組は小さな町々まで途中下車して、勢力的にデッドストック&日本未入荷の筆記具たちを購入する。それどれ違った切り口で文具と関わり、自身のアイデンティティーをカタチにしている。
そして今日は世界遺産のチェスキークロムロフに分度器組とバスで行く事に。チェスキーにはチェコ最大の文具メーカー「コヒノール」の直営店がある。吉宗さんは一人残りプラハを散策する。どうだったか夜再会して話しを聞くのが楽しみだ。





6月10日05時10分
チェスキークロムロフに行ったので、プラハをよく知る事なく11時にはイタリアへ。無線LANの電波が不安定で、ブログの公開はたまたま調子が良い時に出来たけれど、コメントの返事は何度も書いてはアップロードしようとするけれど出来ない。チェコのネット環境は厳しい。イタリアはどうかな。そんなネット環境の中でもブログ「文旅」を一日何回も公開している分度器氏は凄い。その逆にネットとの関係に一線をおいて万年筆使って旅日記を書いている吉宗さんを見ていると、万年筆との素敵な関係教えて頂ける。



ボローニャは始めて訪れるイタリアの街。やはり予想通り素敵な街。ヨーロッパ最古の大学があり、学生たちがこの街を彩る。そんな街だからか、初日から珍しいお宝色々見つかった。

吉宗さんはこの大迫力のアウロラの「チェレリーニ」。他にもイタリア万年筆の箱つきデッドストックな万年筆色々。


そして私も参入して、このアウロラのスターリングシルバーにシャープペンシル。皆欲しそうにしていたので思わず手を上げてしまった。日本では発売されていない赤のアウロラマーククラシックなメカニカルペンシルの佇まいが絶妙な一品。ハミのお土産にしようか、大和出版印刷の武部社長へのプレゼントにしようか思案中。でも本当は私がほしいなぁ〜。
その後大きく道を迷いながらホテルに戻り、常連客F夫妻のお勧めのレストラン「トニーのお店」に行った。やはり美味しさ格別で皆大満足。やはりイタリアが良いと思うボンジョルノでありました。
6月11日05時起床。どうも歳を重ねるにつれて早起きしてしまうボンジョルノです。隣りではひと回り若いさる年の2人はガァ〜グァ〜と二重奏を奏でながら熟睡モード。羨ましい〜。

今日の午前中はイタリアの老舗万年筆ブランド「オマス」の工場見学。このブランドのビンテージモノのペン先は色気タップリで大好きな書き味だった。現行品はしっかりした書き味の正常進化した事と高級思考を強めた事でボンジョルノにとっては距離のある万年筆ブランドだった。吉宗さんが「オマス」を扱うようになり、今回の工場見学となった。

最初通された部屋でオマスの製品と制作姿勢の説明を聞く。その時見せてもらった創業当時作られたオマスの代表的な万年筆であるドクターペンの復刻バージョンに深い感銘を受けた。高くて私は買えないけれど、吉宗さんに仕入れるように勧めた。オマスの中でこれは特別な存在感だ。誰かこのドクターペンを吉宗さんの所でオーダーする人いないかなぁ〜。




昨日は旅の疲れがピークに達し、ホテルに戻る(戻る前から)と直ぐに完全ノックダウン状態。ブログを書くどころではなくて8時間爆睡した。これで元気復活して最後に向かう街は、私の愛しきイタリアの都市、フィレツェだ。
昨日はボローニャ近郊のパルマとモデナに行く事になった。それぞれの都市で多くの事を感じたけれど、その時の事はiPhoneでないカメラで撮った画像と共に紹介したいので、神戸に戻ってからという事で。




しかし今回は観光は一切なく、フィレンツェも例外ではなく文具探索。だがやはり日曜日は文具店は観光目的のお店意外は閉まっていて不発。それにしてもイタリアでの文具発掘旅行は厳しかった。平日でも多くの個人店舗が12時30分から3〜4時間休みになる。そのため強行軍でデッドストックな文具&萬年筆を探し回る今回の旅において大変ストレスが生じる。
なのでこの旅行の最終日は、ゆっくりと過ごす事になった。そして明日帰国の途へ。


フィレンツェからフランクフルト経由で帰路に就きます。ブログ職人などと言われるボンジョルノではありますが、今回は分度器谷本氏のエネルギッシュなブログ更新に完敗した。この旅行の詳細は分度器谷本氏のブログ「文旅」をご覧ください。

それにしても今回の旅行はハードだった。分度器氏から今回の旅は文具買い付け旅行で、基本的に観光はないと思って下さいと言われていた。そして実際にそうだった。小さな街を含めると10の街を歩き続けた。ゆっくり味わう暇すらないハードな旅行だったけれど、後で多くの事を思い起こさせる旅だったのではと思う。私は毎日よく食べたけれど、間違いなく体重は減った。

ドイツ、チェコ、イタリアの都市を歩き続け色々な事を感じたけれど、それは帰ってから書くことにしよう。このiPhoneではブログを記するのはやはり私にとって厳しかった。この旅行中の出来事を臨場感持って伝える文章綴るにはキーボード画面が小さ過ぎた。老眼が邪魔して流れるようにボンジョルノ風には書けない。でもなんとか皆勤賞
は無理だったけれど一休でいけた事は大満足。やっぱりiPadいるのかなぁ〜。

万年筆を含む筆記具は、このメンバーで行くのだから充分過ぎるほど楽しめた。ただ入手したいと願っていたアンコラの万年筆は一本も遭遇しなかった。その代わり何本かの魅力的な万年筆たちと出会った。アンコラの万年筆は今でも本当にイタリアで作っているのだろうか。益々欲しくなった。

自転車趣味においては衝撃的だった。イタリアのパルマを訪れた時レンタサイクルを借りて街を巡った。その時自転車を愛しく思いながら自転車を楽しんでいる多くの人たちを見た。その数がパルマでは尋常な数ではない。特に私以上の年齢だろう人たちが、クラシックな風情の普通車にオシャレな服装して乗ってる。それがメチャクチャカッコ良い。日本では見ない素敵な普通車。その日のパルマでの素敵な自転車たちは写真が整理出来たら紹介したいと思ってます。こんな普通だけれどどこか味わいのある自転車をお洒落に乗る事を楽しんでいる文化って素敵だと思う。
今回はモノとの豊かな関わり合いを考える旅だったように思う。2社の日本未入荷品andデッドストックな筆記具たちを探し求める今回のこの日々にしても、もっと効率的な方法はあるとは思うけれど,汗かきながら身体のあちこち痛めながら集めたればこそ、より輝き増すのではないでしょうか。それらの品は分度器さんはネットで、P&Mさんは店頭で、近々紹介されます。
特別なモノたちは価格に比例するとは思わない。心豊かにしてくれて、いつまでも大事に使い続けたいと思う品々との良好な関係が何より幸せ。
錆びていながらひかり輝いて見えた古い自転車に自慢げに乗っているお洒落した老紳士淑女をパルマで見た。心から素敵だと思った。
ドイツでは消費サイクルを隠し持つ製品作りではない、長く使い続けられるモノ作りを感じた。
そんな事色々思いながら現在シベリア上空。あと4時間で関西国際空港。そしてハミが留守番してくれているル、ボナーに戻って行きます。
帰ってきましたぁ~!。
私の留守中お気遣い頂き来店頂いた皆々様本当にありがとうございました。
今日早朝帰国し時差ボケ解消のため、眠くても夜までは起きていなければならないこともあり、
お店番しています。なんて仕事熱心なボンジョルノでありましょうかぁ~・・・?。
でも朦朧とした脳で仕事にはなりません。なのでブログ書くことにしました。
今回の御題は、一緒に行った仲間たちの写真を一挙・・いや何枚か紹介します。
我々おじさん3人組を完全サポートして頂いた分度器スタッフK女史も、
ブログへの登場を了承頂いたので、
キャノンEOS50Dに50mmF1,4の短焦点レンズで、
ヨーロッパ旅行中の仲間を撮った写真を一部紹介。
ベルリンのミッテ地区にて初日の夜撮った写真。
8時過ぎてもまだ明るさ残るベルリン。
地図とのにらめっこしながら日々がこの日から始まった。

ベルリンの地下鉄を分度器スタッフK女史は完全に把握出来るほど、
地図とにらめっこの日々がこの時から始まった。
三日券を十分元取れるに十分なほど、よく地下鉄を利用した。

ニュルンベルグ近郊の町に降り立った時に撮った3人。
分度器の二人はスタビロの工場見学。
吉宗さんと私は町の文具店巡り。
こんな小さな町でも、お宝は色々みつかった。

世界遺産のチェスキークロムロフを背景に撮った分度器二人組。
この町でも目的は文具。記念的建物には行く事無く町を歩きお宝発見。

プラハの繁華街に夕食食べに行く4人。
年長者への配慮することなく、スタスタと先を歩く3人。
「おおーい待ってくれぇ~。」と言いながら追いかけるボンジョルノ。

気温33度のボローニャでの厳しい直射日光にも負けず、文房具を探し続ける私以外の3人。
私は写真を撮っては小走りで皆に追い着きながらついてゆく。

陽ざしが沈むと急に過ごしやすくなるボローニャ。
そんな夜のボローニャの街角のカフェでたたずむ3人。

分度器さんは渋い風情。
お腹から下を写さなければ。

吉宗さんが天然ボケだと言う事を今回の旅行で初めて知った。
深く考えているように見えたのは、単に1テンポずれているだけだったのかもしれなぁ~い。
私が言える立場でないズレズレボンジョルノではあるけれど。

分度器スタッフK女史が今回来ていなければ、
おじさん3人組は完全にヨーロッパの地で路頭に迷っていただろう。
この旅の成果は彼女の功績大だ。本当にありがとう。

そして最後に訪れたフィレンツェの夜の路上を歩く3人。
次の日帰国の途に就いた。
やはりiPhoneで書くより書きやすい。
ボローニャから鉄道で1時間弱かけてパルマに行った。
駅を出ると何軒かのレンタル自転車屋さんがあった。
他の都市でもレンタサイクルを見たけれど借りようとは思わなかった。
でもこの街では借りて街を効率良く回りたいと皆が思った。
街の中心の通りまで来ると、自転車を楽しんでいる人の多さに驚いた。
それも流行りのマウンテンやロードのタイプではなくて、
日本ではママチャリと呼ばれるタイプの実用車。しかしどこか違う。




革靴なんか履いて少しお洒落して自慢げに愛車をこいでいる。
何台もの通り過ぎる自転車をファインダー越しに見送りながら、
こんな自転車の楽しみ方って素敵だなと思った。

このオジサンは同じ通りを何往復もしていた。
暑い日だのにマフラーしているみたいに写っているけれど、これは髭です。
どうもそれらの自転車を良く見てみると、ブレーキとブレーキレバーをワイヤーでつなぐタイプではなくて、鉄の棒の連結でつなぐ日本でも魚河岸などの作業用自転車で今も残っているシステムのブレーキ付けた自転車に乗っているのがパルマのオジサンオバサンたちの自慢のようだ。このタイプのブレーキは日本ではもう生産していない。イタリアではまだ作っているのだろうか。どちらにしてもそのタイプを自慢げに乗るパルマのオジサンオバサンたちの自転車は相当古い。錆も出ている。でもカッコ良いのだ。



イタリア人は自分の住む街を愛している人が多くて、街々でそれぞれ個性を強く感じる。パルマは他のイタリアの都市とは違って、路上のオープンカフェが少ないように思う。これももしかしたら自転車を楽しむパルマの人たちの邪魔にならないよにする配慮からなのかと思ってしまうほど。
ドイツではロードにサイクリングウェアにヘルメットかぶって颯爽と街を走る姿を日本と同じぐらいは見た。しかし高級自転車いっぱい作っている国であるイタリアでは、そのタイプはあまり見ない。アァー!ロードタイプだぁ~と珍しく見つけたとしても、ドロップハンドルではなくてストレートタイプ付けたりしている。

この自転車天国パルマの通りを眺めていて、普段の生活の中での自転車との素敵な関係を見せて頂いた。錆びていても乗る人が愛おしく思いながら年月乗り続けて特別になり、普通な自転車が特別になる。そしてそれが高価なモノより価値あるモノと思う共通認識。なんて素敵なモノとの関係だろうか。

こんな自転車が欲しいと思った。街をレンタサイクルで走っていて見つけた自転車屋さんで同じようなタイプの自転車を販売していた。入手して持ち帰りたいと思ったけれど、どうやって持ち帰ればいいのか見当つかなかった。次回イタリアに行くまでに持ち帰る方法を調べて捲土重来することに。
それにしてもこのパルマのレトロチックファミリー自転車は、日本の実用車との違いはほんの少し。でもそのほんの少しのこだわりの違いが大きい。思いもかけずエミリアロマーニャ州の地方都市で素敵な風景見せて頂きました。

(ベルリンの壁のモニュメント。ベルリンは20世紀の歴史の交差点)

(ベルリンの街の中で一番居心地良く感じた通り。70年代の風情。)
旅行から戻ってきて一週間、本調子ではなかった。日曜日に分度器氏が来られたが、彼もこれほど帰国後だるい日々は初めての経験だと言っていた。元気溌剌の分度器K女史ですら昼間に眠くなるそうだ。P&M吉宗さんとも電話で話したけれど、日中倦怠感がぬけないと言っていた。そんな3人に比べて年長の私もまた夜熟睡出来ず昼間眠くて倦怠感感じる帰国後の一週間を過ごした。丁度ブログをいつも書く時間帯が特にだるさがすこぶる高まり書けないでいた。
その事を親しいお客様に話したら、それは全てボンジョルノが悪いと言われた。
ヨーロッパ旅行中本能のまま夜4時前後に起きてしまうことを続け、そのままじっと目を瞑って静かにしていればいいものを、皆も道連れにして短睡眠でハードな日程。そのためヨーロッパ時間に順応した頃帰国する事になり、日本時間への順応も同じ時間必要になってしまった。その上睡眠不足で毎日ハードに歩き続けた疲労が重なって、帰国後4人絶不調の時差ボケ。
私は特に普段は同じ六甲アイランド内の自宅と仕事場を往復するだけで、健康に良い事は何もせず下半身を使う仕事でもない。そんな私が突然1日12時間以上歩き続ける旅行に加わり、その間体調を気遣うことなく本能のまま行動した結果、帰国後も尾を引いた。

(ニュルンベルクの旧市街。ドイツの中世を思い描ける重厚な街並。)

(ニュルンベルク駅中央。シャッタースピード長めで写してみました。)
しかしもう私は大丈夫。
この時差ボケも含めてよどんでいた脳も心機一転。
鞄職人・松本佳樹をリスタートします。

(プラハ中央駅。この内装に遭遇した時、それだけでプラハは十分堪能出来た。)

(チェスキークロムロフ。この街角を歩いた時ハリボテと感じた。しかし後で知った。このチェスキークロムロフは、ナチスドイツに破壊され社会主義時代は廃墟だったのを、解放後石を積み直し復元したのだそうだ。知っていれば印象も違っていたと後から後悔した。)
私以外の3人は今回の旅行は完全仕事モードだった。それもハードな。それに比べ私は異国の雑踏の中に身を置きリフレッシュするため。それにしてはハードになり過ぎた。皆は仕入れを考えるとドイツが良いという。イタリアはリスキーだと。でも私はやはりイタリアが好きだ。海外を旅行するたびに思うのだけれど、住むのは日本のそれも神戸が良いと再確認する。ベルリンは電車の駅舎とかを見ていると阪急神戸線を思い出す。他にもベルリンの街角歩いていると、神戸の街角がオーバーラップする。そしてドイツは日本並みにスムーズに事が運ぶ国。それに比べイタリアは理不尽な国だ。無駄も多く経済活動するには障害多い国。サミットのメンバー国であるのが似つかわしくない先進国。偉大な歴史的遺産に恵まれながら、その豊かさに無頓着なイタリアというワンダーランドを歩いていると、私に夢のひと時を与えてくれる。今回の旅は私にとっての四国お遍路めぐりのような。帰国してから充実した日々にするためのきっかけが得れると思うボンジョルノであります。


(ボローニャは日中は暑さに意識朦朧。なので過ごしやすい夜の素敵な街角が印象に残る。)
50過ぎてからイタリアに3度訪れ、なぜか回を重ねるごとにハードな旅行になって行く。今回は分度器ドットコム企画のハードな日程と体力勝負の旅に便乗したボンジョルノ。午前中は睡眠不足ながらテンション高く歩みも軽やかだけれど、午後3時を過ぎる頃には高温多湿な直射日光に体力消耗しながら、ランナーズハイ状態で歩みを進めた今回の旅。この体育会系の合宿のような海外旅行を終えた50歳半ばの私は、澱んだ脳下垂体に喝を入れて今年の後半戦の仕事を充実した気持ちで邁進していこうと思う次第であります。

(フィレンツェは今回多くの思い出作らずに終わった。でも私にとってイタリアの特別な街)
夢の時間は終わりを告げ、
その後の時差ぼけの洗礼を享受して、
ボンジョルノの覚醒~

手始めに修理から。修理も楽しくやれた。
さあ本格的に鞄作り始めます。

「分度器ドットコム」の谷本氏のご要望にお答えする形で作る事になったディプロマ・トートバッグ。ディプロマ・ショルダーバッグのデザインを意識してハミが発想したスマートなトートバッグ。初期サンプルをブログでアップした時、思った以上に反響あり改良加えてセカンドサンプル製作となりました。

マチは2cm巾広に。しかしスマートさは変わらず内容量アップ。うねるような質感はスマートでありながら量感感じれるようになったと思います。A4ファイルがぴったり収まる縦×横の比率はそのまま。

取っ手を女性だと肩からぎりぎり提げられる長さに伸ばしてみました。出来上がってみるとどっちつかずな印象感じたので本生産ではこの中間の長さで作る事に決定。肩から提げられないトートバッグでいくことにしました。2頭追う物1頭も得ずと言う事でありましょうか。

ディプロマ・ショルダーと同じように内貼りせずに1枚仕上げ。でもコンビネーションした色違いのシュランケンカーフのポケットが本体両側に付きます。ファスナーポケットと2個のベタポケット。
色は6色作ります。何色かは出来上がってのお楽しみ。確定サイズは外寸 縦325×横270×巾100。お値段は税込み46,200円での販売となります。7月中にはル・ボナーの店頭及び分度器さんのオンラインショップにて登場です。

私も帰国後心機一転?して鞄を作り始めています。今日は裁断していました。内貼りに使う革はフランスのデュ・プイ社のソフトカーフ。しっとりとした質感で高級です。こういう良い革を惜しみなく使って作れるのは職人冥利に尽きます。そんな立場でいられる幸せをしばらく忘れていた。ヨーロッパの街を歩きながら、歩き過ぎてランナーズハイな状態になりながら、ここでエンドルフィンを分泌する事はないだろうと思いながらヘラヘラしていた。やはりデザイナーでもなくプロジューサーでもなく鞄職人としてカタチ残したい。その過程でランナーズハイな状態になれればそれが最高。モノ作りする事を生業としている事を幸せと思うボンジョルノでありました。50歳過ぎて体力の衰え強く今回の旅行で感じました。しかしこのまま身をまかせていてはいけません。もう一度花咲かせないと。そんな事しみじみ思った。

今回のヨーロッパ3カ国周遊旅行の日々を終え、心の燃料は1年分満タン状態。
仕事頑張ります。有言実行~自分に渇入れながら今年の後半戦へ。
昨夜恒例の月に一度の食事会をした。
今回は工房「楔」の永田君の都合でいつもの土曜日開催でなくて日曜日になったため、お留守番ご苦労様のP&MスタッフK女史は不参加。可哀想~美味しかったのに。
そして和食とイタリア料理のどっちにする?と工房「楔」の永田君に選択を委ねたら、イタリアから帰ってきたばかりの3人のメンバーの事は配慮することなく、イタリア料理をチョイス。
そしてお客様の間で評判の「ファットリア・ルッカ」に行く事に。
魚介類を中心にしたイタリア料理は大変美味しくて、特に「アクアパッツァ」を美味しかったぁ~!。その「アクアパッツァ」は食べてから写真撮るのを忘れていた事に気が付いた。その後いっぱい料理が出てお腹いっぱい美味しく頂いたけれど、写真は最初の2品だけ。それにしてもやはりイタリアは美味しい。南イタリアにも行きたくなった。
今回は6社勢揃い。
大和出版印刷株式会社社長も参加して今回のイタリア旅行の裏話しなどで会話ははずんだ。
神戸から遠く離れているのに深く関わり続けている工房「楔」の永田君。
そこにあの独立系鞄職人の「カンダミサコ」の神田さんも加わって6社になった。
気が合う異業種がそれぞれの得意分野の能力を出し合って、神戸をキーワードに楽しい企てをやっていきたいと願う皆です。
大和出版印刷株式会社以外は小さな個人だけれど、個性だけはそれぞれ十分持っている。
新しい切り口で文房具を紹介し続ける「文房具業界の風雲児」分度器.comの谷本氏は、
オリジナルな70年代風ファッションにお腹を隠し、今日も伊達眼鏡だ。
西ノ宮商工会議所では話題の人物らしく、ヨーロッパ旅行から帰国早々パネルディスカッションのゲストとして呼ばれ壇上でビジネスの成功&失敗談を語ったそうな。
Pen and message.の吉宗氏は終始眠そう。
「体育会系合宿風ヨーロッパ3カ国周遊旅行」に行った4人の中で、
未だに時差ボケから脱しきれないでいる唯一の人物。
だがあの旅行で入手した万年筆たちはもうあと残りわずかなのだそうだ。
魅力的な万年筆いっぱいだったもんなぁ~。
大和出版印刷株式会社の私たち担当&連絡役の多田さんであります。
皆に言いたい事をずけずけ言われながら、日々耐え忍びながら頑張っていまぁ~す。
遠く愛知県に近い岐阜から、この集まりに参加し続ける工房「楔」の永田君。
何か初めて会った頃に比べて太ったよなぁ~。結婚して子供が生まれて幸せ太りなのか。
近々メタボな私より、いやそれ以上の分度器氏より、メタボの道を進むかも。
いやいや昨日は私の我儘を聞いて頂いたので、悪口は慎もう~っと。
写真登場は初めての「カンダミサコ」さん。小さいけれど力持ち?。
一味違うバッグ&革小物を創造する独立系鞄職人。
モノ作りを通して素敵な生き方探し求めている。
真打登場。大和出版印刷株式会社社長のタケベちゃん。
浪速商人風な物言いと行動に騙されてはいけない。
内に秘めたナイーブな感受性を私は見逃さない。
彼が裏支えすることで、このシンジケートは新たな企て発想出来る。
今度会う時は真剣に大和さんの会議室あたりで、
共同の企て話し合おうという結論でお開きとなった。
それぞれの生業を大事にしながら、そのプラスアルファな部分で有機的に関わりながら、
一緒に楽しい夢を紡ぐ事が出来たら楽しい。
そんな風に何かやれそうな仲間たちが集まってkobe.jpシンジケートはこれからも続く。
神戸で仕事場持って心豊かな人たちと出会えて幸せだなぁ~と思うボンジョルノでありました。
先週の金曜日。ル・ボナー開店時間の10時前にお店を覗いている人がいた。
よく見ると万年筆の伝道師・森 睦 氏ではありませんか。
WAGNER関西大会があり、前日の来阪で朝一番に初めてル・ボナーを訪問して頂いた。
明日販売&見せびらかすために持って来られた万年筆いっぱい見せて頂き、
「ワァ~ワァ~」言いながら書き味楽しませて頂いた。
私は今回のヨーロッパ周遊旅行において、「アンコラ」の万年筆は入手したいと思っていた。しかし一度も見る事無く終わった。イタリアのお店で尋ねても「アンコラ?」と知らないようだ。どうしたことなんだ。その事森さんに言ったら、アンコラに強い興味を抱いているのは私の知る限り貴殿ともう一人だよと。世界的万年筆コレクターのすなみさんも「アンコラ」は問題多い万年筆ですぞと出発前に忠告を受けていた。
達人たちが否定すればするほど天邪鬼な私は欲しくなる。旧アウロラ88のようなハイレグペン先でその上18金だぁ~!。切り割りが5分5分だったら調整してもらって最善の状態に持ち込めるだろう。これからも求め続けよう。
そのアンコラは入手かなわなかった。でもドイツで3本のビンテージを入手した。今年になって金ペンは確か1本も購入していなかった禁万年筆状態のボンジョルノであった。でもヨーロッパ周遊中の大部分万年筆&文房具を見続ける旅だった訳だから、3本しか購入しなかったボンジョルノはなんて自分を律する事の出来る大人でありましょうかぁ~。
今回購入した万年筆は3本とも最初に訪れたベルリンの蚤の市で。その後期待しながら数か所の蚤の市をはしごしたけれど徒労に終わった。P&Mの吉宗さんは少し高価でも程度の良い品を物色する。私は使用には問題ない格安品狙い。そしてそのベルリンの蚤の市で入手した万年筆は~。
まず1930年前後のウォーターマンの「レディー・パトリシア」。これは見た瞬間ピピッときた。なんて上品なセルロイドの色だろう。その上書いてみると薄くてバネの効いた鍛造ペン先の独特の書き味に魅了される。普段使いするには繊細過ぎる書き味なれど、私のように時々書き味楽しむ人間には、現行品とは別世界の書き味を伝えてくれる。
1955年以前製のペリカン400。柔らかなペン先でありながら独特のペン先の曲線が硬さ感じる書き味を生み出すビンテージ400シリーズの独特な書き味。そしてこの個体はペン先オグリーブ。初めて所有するオグリーブのペン先。茶縞の柄もこの時代のペリカンが特に私は好きだ。
これは1950年代後半から60年代前半に製造されたペリカン400NN。大好きな形状した400NN。この個体は緑色のインキが同軸にしみ込んでしまっていた。でも私は気にしない。
そして買った訳ではなけれど、オマスの工場見学したらこの「ミロード」を貰っちゃった。インク入れて書いてみたら、現行品では今まで味わった事のない柔らか書き味にびっくり。これは良いではありませんかぁ~!。
という風に4本増えてしまった。もう万年筆はそんなに多くはいらないなんて言っているボンジョルノではありますが、やはりこれからも少しずつ増えてゆくのだろうなぁ~。今回入手した4本の万年筆の中でボンジョルノ一押しは「レディーパトリシア」。やはりエボナイトのマーブル柄のウォーターマン№7はいつか手に入れたぁ~い。
それにしても毎日のように万年筆のある場所に誘導されたヨーロッパ周遊旅行であった訳ですが、その誘惑に打ち勝ち帰還したボンジョルノはなんて意志強固な賢人でありましょうかぁ~。今回のオマス工場見学に味をしめたボンジョルノは、P&M吉宗氏に万年筆ブランド工場見学ツアーいや取材旅行を要望している。特に輸入元を通じてイタリア全ブランドを回るとしたら・・・・取らぬ狸の皮算用。