自転車大好きの最近のブログ記事

2017年7月 4日

ある小さな尊敬〜

裁断場の壁にちょっと古いクロモリフレームの自転車が有り、それを見た通りすがりの自転車好きの方から「此処は自転車屋さんですか?」と聞かれる事がある。「いいえカバン屋です」と言うと怪訝そうな顔をされたりする。それでも見たいという人にはそれぞれの自転車のヒストリーを長々と自慢げに説明するボンジョルノでありました。

此の所乗っていない。どうも私はクロモリフレームバイクの優美なフォルムが好きで、それを体力維持の為に有効利用する事には強い関心を持っていないようだ。と言いながらどこか乗らない事に後ろめたさは感じている。また漕ぎ出すきっかけが見つかれば〜。

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お店前の喫煙場所で煙草をくゆらせていると、アマレスの試合着?にTシャツで泥だらけの私と同世代のおじさんが荷物をビニール袋に包んでハンドルに括り付けてこれまた泥だらけの自転車を押しながら近づいて来た。一瞬浮浪者かな?と思ったけれどよく見ると自転車は神戸では知る人は知っているフレームビルダーのネームシール。ただ汚いだけだと理解した。「これ、おっちゃんの自転車?」と尋ねられた。同世代におっちゃんはないだろうと思いながら裁断室の鍵を開けマイ自転車を自慢げに説明した。「東叡良いよね〜」「カンパはやっぱヌーボレコードだよね」なんて興味のない人には何言ってるのかという感じの会話を楽しんだ。

そしてその同世代の自転車好きおじさんに「どちらにお住まいですか?」と訪ねたら神戸の六甲山中腹?の鈴蘭台に住んでいると。だったら行きは良い良い帰りは苦しいですねなんて外交辞令のような事を言った。そのアマレス試合着おじさんライダーは何気ない顔で、実は昨日倉敷まで行って来て帰りに自宅に戻る前にもう少し距離を伸ばそうと六甲アイランドまで足を運んだと。がぁ〜ん、倉敷まで何キロあるんだ?全走行距離は300キロ?。昨夜は野宿したみたい、途中雨にもあったみたい、だから泥だらけなんだ。訝る悪しき気持ちから憧れと尊敬の念へと変わったボンジョルノでありました。

私も眺めてニヤニヤしてるだけでなくて漕ぎ出さないともったいないと思った日曜日の昼下がりの出来事。

2016年6月16日

ボンジョルノの「ノスタルジック・スポルティフ」完成形

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入手したスポルティフのプロムナードハンドルはドロップに換えたいと思いすぐに実行に移した。それにシュランケンカーフのジーンブルーのバーテープを装着して、我が青春のオマージュ「ノスタルジック・スポルティフ」の完成形(上画像はクイックすると大きな画像で見れます)。お尻が治るまではまだ乗れないけれど、それまで時間があればパーツのサビを磨き落としながら楽しみに待つ事にしよう。

私はクロモリフレームの自転車が好き、それもスマートなロードよりちょい緩めのランドナーやスポルティーフの方が好み。フランスのルネ・エルスには憧れあるけれど、東叡社のフレームにこのパーツたちは十分ボンジョルノの理想形。

(注)Wikipediaより 日本の自転車業界ではイギリスで発達していった自転車を手本としていたが、昭和20年代(1945年-1954年)頃よりヨーロッパ大陸の自転車についての研究を始めた[6]1954年、研究の一環として自転車業界団体の海外視察事業[6]において鳥山新一[注 4]らが、工房 R. HEASE より Randonneuse と Cyclosportif という自転車を持ち帰り、丸都自転車(現:東叡社)と共同研究を重ねて[7]ランドナースポルティーフの礎を生み出した。
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ブレーキレバーパットとバーテープはフレームカラーより少し薄めの青系のシュランケンカーフのジーンブルーをチョイス。日伊仏英に独も加わった。

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今までブッテーロを使っていてシュランケンカーフを使うのは初めて。クッション感が良い感じ。

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ブレーキレバーの位置が高すぎるのではとのご指摘受けましたが、風景見ながらゆっくり漕ぐイメージでこの位置は確信犯。

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ブレーキもマファックのレーサーに交換して、気分だけはハイスピードラン。

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リムは懐かしやスパチャンです。

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カンパニョーロのヌーボレコード。このリレーラーのデザインは衝撃だった。クラシックな自動車のエンジンを思い浮かべた。

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チェーンホイールもヌーボレコード。いつかあの優美なルネ・エルスのチェーンホイールに交換したいな。

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サドルはEnglandの入った古いブルックスにこれも交換。

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実は今まで所有していたランドナーを壊してしまった。フレームエンドを曲げてしまい、慌てて元に戻そうとリレーラーを外してテコの応用で力ずくで戻したらリレーラーを止めるネジ部分が馬鹿になってしまった。フレームエンドの交換かフレームのみを新たに購入して組むかとも考えていましたがこの理想形と出会ってしまい入手する事にしました。他にも乗れる自転車は何台かあるのだから無くてもいいでしょうと言われればその通りなのですが、ランドナー(スポルティーフ)タイプが私の本命なのでどうしても。見てるだけで惚れ惚れしているノスタルジック自転車好きの私。

2016年6月 7日

術後の回復を促進する為「スポルティーフ」を入手?

7年以上患っていた「痔瘻」の手術をして2週間が過ぎようとしている。手術をする事を知人や顧客に伝えると何と経験者の多い事に驚いた。そしてその多くが10年以上前で、その頃の手術方法は患者に術後に恐怖の痛みを強いる手術だったらしい。しかし手術方法も進化して今では日帰り手術で、最も激痛に苦しむ術後一週間もその間効き続ける麻酔のおかげで休まず出社も可能だった。だがその一週間効く麻酔が切れた後は痛みが出てきた。でも多くのこの手術を昔した人たちに比べたら全然楽なはずで、完治には3ヶ月ほどかかるけれど不自由なのはあと半月ほどかと思う。発症した7年ほど前だったらその地獄の痛みを伴う手術方法しかなかったと思うので、7年辛抱して手術が今で良かった。

そんな状態なので自転車なんてとんでもなくて、漕ぐのは3ヶ月お預け。しかし治療の促進を後押しする為?に70年代を象徴するような「スポルティーフ」を入手してしまった・・・。術後検診からの帰り道に覗いた中古自転車屋さんにそれは眠っていた。私の自転車趣味の理想形がそこに隠れていた。そこには90年代のあのカンパの芸術的頂点パーツ「クローチェダウネ(当然ブレーキはあのデルタ)」が装着されたデッドスットクレベルのチネリのスーパーコルサもあり動揺したが、やれたこちらを持ち帰った・・・。痛いお尻で自転車屋に寄り道して車に押し込んで持ち帰った行為を想像すると呆れるとハミには言われたが、6台目の愛車を納得はしていなようだけれど一応許してもらった。

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その自転車がこの東叡社のスポルティーフ。大変狭い世界ですがランドナーフレームと言えば日本ではこのビルダーが伝説です。ランドナーフレームでトップのブランドネームはフランスの「ルネエルス」、そのフレームを研究し日本で再現したのが東叡社と言われているらしい。そしてリレーラー、クランク類はあのイタリア・カンパニョーロ社のヌーボレコードです。70年代垂涎の的だったロード用パーツ。特にリレーラーはオブジェとしての美しさも持った唯一の自転車パーツだと私は思っている。

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この有機的なフォルムに魅了される。そして角度、今のは横だがヌーボは縦方向。

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これは同じデッドストック品を持っているので交換しよう。

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前3段後5段15段変速でブレーキもカンチじゃないので「スポルティーフ」に分類されると思うのだ。

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ブレーキはフランスのマファック。マファックのレーサーを持っているのでそれに交換予定。

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サドルはブルックス。これもブルックスの下にイングランドの刻印入った古いサドルがあるので交換予定。

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日伊仏ちょっとだけ英のボンジョルノ理想のスポルティーフ。

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私はクロモリフレームの自転車が好きだ。それも70年代の機能だけではない美しさも求めた自転車たちが。きっと青春の頃(40年前)憧れながら入手叶わなかった自転車たちを今になって後追いしながら慈しんでいるのだろうな。もうこの歳になると速さには全然関心がない、それよりロートル同士一漕ぎ一漕ぎ味わいながら前へ進めることが至福の時。

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プロムナードハンドルはやはりランドナー用のドロップハンドルに交換予定。

今はお尻の手術をしたので乗れない。でも見ているだけでニコニコしてきて乗れる日を楽しみに治療に専念できるなんて。屁理屈だよね、その自覚はボンジョルだってある。

2016年4月 3日

独断的自転車自慢

前にも書いた事があると思うけれど、私は幼少期自転車が欲しかったけれど買い与えてもらえなかった事がトラウマとなって?、今頃になって自転車が増殖している。それも極めてマニアックに私自身が幼少から青春時代にかけて造られた自転車ばかり。小学生の頃、漫画雑誌の広告で載っていたライトがいっぱい付いたデコラティブな仮面ライダー自転車というか趣味の悪いダンプのデコレーションのような自転車が流行った。そんな中で田舎では珍しいセンスのある大ちゃんが載っていたシンプルなスポーツ車が格好いいなと憧れたが親父は買ってくれなかった。初めてマイ自転車を入手したのはハミと結婚する直前二十歳の時、荷台に座布団括り付けて二人乗りして都内をナイトクルージングしたのが懐かしい。

革置き場兼裁断室(お店の隣スペース)は自転車屋さんと間違えられる有様。でも、ただ見てるだけで漕がない今日この頃。

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昨日外で煙草吸っていたら革置き場兼裁断室をまじまじと見る若者。そして「素晴らしい自転車コレクションですねー!売ってはもらえないでないのですか?」と。皆にガラクタ集めと揶揄され続け、家族からも見放された私の自転車趣味が日の目を見た瞬間だった。丁寧に一台一台の素性を説明した後、丁重に私物なので売れないと自慢げにお断りした。

上画像の中央に鎮座する70年代のロッドブレーキ自転車はヤフオクで15,000円で落札したデッドストック品。プライスレスな昭和のノスタルジー。あまりに状態良すぎて錆びるのが怖くて普段使いできないでいる。

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これはZUNOWのフレームにシマノのファーストデュラエースのパーツたちで組んだロード。日本製のビィンテージに特別な市場価値はないけれど私には宝物。

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きっとフレーム以上にパーツが好きみたい。何故かいっぱいある。

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カンパのヌーボーレコード。部品が芸術的オブジェに昇華した一品だと私は思っております。上画像のズノーのパーツはシマノのデュラエースのファーストたちで組まれていますが、このカンパのヌーボレコードを真似て作っています。その後カンパとシマノは競い合いシマノが勝つ訳ですが、美しさはこのヌーボレコードが頂点だったと思ってます。それがどうした?と言われれば元もこうもない訳であります。

許されるなら、イタリアの70年代のクロモリフレームにカンパのヌーボレコードで組んだロードとか、カンパのデルタブレーキ付いたクローチェダウネパーツの90年代のチネリとか、イタリアのロッドブレーキがフレームのインナーに収めた大衆車とか増やしたいなと思ってる。許されるならだけど。

2015年6月27日

クロモリが好き

私は自転車も好きだ。最新のカーボンとかそういう速さを求める自転車には全然興味がない(痩せ我慢に聞こえるかもしれないけれど)。何故ならば、スピードを競う気が全然ない事が最大の理由。それに加え私なりの解釈において美しさが何より大事で、若かった頃憧れたクロモリフレームの自転車たちの細さと曲線(フォーク部分など)の美しさに魅了される。そしてそんなに乗らないのに増えた。

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ズノーのフレームに初期デュラエースのパーツたちが美しい。ハンドルとブレーキカバーはブッテーロ革、サドルはデュプイのソフトカーフ使った自作。職業柄の特権。タイヤは唯一イタリア国内生産の超高価な品。空気を目一杯入れてもパンクしていないのに半日で抜けてしまうけれど、これはそういうイタリア製らしいタイヤなのだそうだ。

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テライのフレームのランドナーはまさに70年代ど真ん中。やはりハンドルとブレーキのカバーは自家製だけど、サドルはイングランドと記された古いブルックスなのでそのまま。ハンドル前とサドル後部に革製のバッグを作りたいと思い続けているけれど、意匠も決定済みなのだけれど、まだ作れていない。

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これは親しい顧客が家庭の事情で置く場所がないという。その結果あげないけれど置いておく事になった、その時代世界最軽量のクロモリフレームのTANGE。そしてなんとリムだけはカンパニョーロじゃありませんか。正直この自転車たちの中で一番楽で早く走るのはこれ。タイヤは私のおこずかいでチェコ製を付けたので、半分以上は私に所有権は移っているはずだと私だけは思ってる。

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そして最後に控えるのは、70年代のロットブレーキの大衆車。ヤフオクでデッドストック品を15,000円で入手した。こういった自転車に価値を感じる人が少ないのか無競争で最低落札価格にて私の元へ。パーツ一つ一つが丁寧な仕上げで、これが一番好きな自転車かも。

TANGE以外はフレームの色がマルーン色。これはル・ボナーのショップカラーで神戸や阪急のカラー。これは意味あると思われがちだけれど偶然の賜物。でもこだわって集めているなんて言っちゃたりしている私。そんな風に増えた。後はイタリアの70年代のフレームがあれば、これまで収集してきたその時代のカンパのパーツで珠玉の一台を組めれば良いなと思ったりしている。あと一台一番乗った自転車があるのだけれど、それはサビも出ていて転んだ時あちこち痛めているので、一度分解してフレームは再塗装して、パーツ類は磨き直し&交換でいつか蘇らせたいと思ってる。それまでは公の場には・・・・やはり一番色々な思い出があるのでこの自転車も。

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2014年7月 3日

遊歩道をランドナーで2周ちょっと

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いつもは、六甲アイランドの外周道路をピチッとしたサイクリングウエアーに身を固めヘルメットかぶってレトロなロードバイクを走らせている。その内側に六甲アイランドの住宅地を囲むように一周5キロの遊歩道があるけれど、ここは舗装されてない部分も多くある為、ロードのタイヤだと滑ってしまうので利用しなかった。でもよく考えてみたらランドナーのタイヤなら全然大丈夫ではありませんか。そしてこのところその遊歩道を2周以上しております。

ランドナーはピチッとしたサイクリングウエアーにヘルメットは似合わない。ニッカポッカにハンチングだとランドナーには似合っているのだろうけれど持っていません。でもって上の画像の感じで漕いでおります。これだと遅くても負い目を感じなくて済む。フィットしたパナマ帽は風を受けても飛びません。ロードバイクがスポーツカーなら、ランドナーはステーションワゴン。こまめにギアーを変えないと上り坂はめちゃくちゃきつい。遅いけれど体力使います。

そして時々止まって写真撮影。こういう時はコンパクトなGRD3。埋め立てた人工の島だけれど20年以上経って木々が育ち、この遊歩道を一周しただけで色々な景色と出会える。この街良い〜。

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色々な楽しみ見つけながら、自転車漕ぎ続けていければと思っております。

2013年3月 5日

「自転車趣味」で取材を受けちゃった

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今日は朝からそわそわしているボンジョルノ。
本職の鞄関連の取材なら何度も経験して慣れているけれど、今日は初めての趣味部分。
全国に配布する自転車関連のフリーペーパーの取材です。

私の少し屈折した懐古的自転車趣味を熱く語ってしまいました。
本業ではない事は無責任に語れるから楽しかったなぁ〜。
お店隣りの倉庫に置いてある7台の自転車を見た取材の方が、
「まるで自転車屋さんみたいですね」と嬉しくなるご意見。
出来ればそこに昭和のという言葉が加われば、
ボンジョルノ感謝感激有頂天。

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70年代のロッドブレーキタイプの愛車に二人乗りしているところを、
取材の方にお願いして撮ってもらいました。
少し悪のりが過ぎたかもしません。

このところ乗っていないなぁ〜。
何人かの顧客の方から「少し太ったのでは?」と言われました。
イヤ少しではありません。相当太りました。
また六甲アイランド周回コースを疾走?する日課を復活させないといけません。

2012年10月17日

ハミのママチャリ

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私に比べてハミは自転車の利用頻度が高い。
往復の通勤、買い物等大活躍。

そんなハミのママチャリを新車に乗り換え。
先代は綺麗に磨き直してボンジョルノ自転車陳列場に。

結構ママチャリとしては恰好良いのではないでしょうか。
やはりこれまたル・ボナーカラーのワインレッドのフレーム。
ハンドルグリップ部分はおいおい革に換えましょう。
当然ブッテーロのワインの革で。

2012年7月 9日

六甲アイランド市民サイクリング大会

今日も六甲アイランド外周道路を一周して来た。
一番長ぁ〜い直線部分が向かい風でヘトヘトになったけれど、
この健康に良い事だけは続けられている。

この人工島では有志が集まって毎日曜日この島の外周道路を走っている。
仲良くしている自転車屋さんに一緒に走ろうよと誘われるけれど、
「徒党を組んでは走らないよ」と言って断っている。
でも実はそれは言い訳で、
アンティークなロードバイクで体力の無い私が。
ヒィーヒィー言いながら遅れてしまうのが、
目に見えて明かでその屈辱は勘弁というのが本音。

なので一人で走る道を選んでいる。
一緒に走りたいという気持ちが無い訳ではない。
でも今の体力では最新のロードバイクで走らないとついていけない。
それは私の美意識?(ポンコツ趣味)が許さない。
体力がついたらいつか。

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それにしても毎日曜日自転車で走っているそのグループの行動力には敬服する。
趣味をこの六甲アイランドの活性化に役立てようと、色々なイベントを計画している。
その一環として今度「市民サイクリング大会」というのをするという。
外周道路の一部を使ってアマチュアロードレースを決行するのだ。
と言う事は、公共の道を信号を止めてイベントを開催する事になる為、
当然自治体や警察との交渉が必要になってくる。
それを無償で行動するというのは大変な事です。
是非成功して欲しいと願うボンジョルノであります。
私は参加しないけれど、見には行こうっと。

2012年5月29日

負荷のかかる自転車でこれからも

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プンちゃんのロードバイクで漕ぎ出すボンジョルのの後ろ姿。ハミ撮影。

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でも昨日はこの35年前製造のワイン色のロードバイクで走った。
早くは走れないけれど、やはりこの70年代のロードバイクは良い。
この自転車でひぃーひぃー言いながら走り続けたら、
巨人の星の大リーグ養成ギブスと同じ効果が期待出来るはず。

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そして今日は雨が上がった直後の走行だったので、
水たまりでもへっちゃらなランドナーで走った。
こちらは重くてその上タイヤは太くて、
35年前のロード以上に漕ぐのに相当な負荷がかかる。
なので走り終えたらヘトヘト。
いつかこの自転車でサイクリングに行きたいなぁ〜。

自転車は私の心のノスタルジー。
早くなくてもこの面構えを相棒に、健康に良い事出来ればそれで十分。
昔アルペンスキーが上達しなくて、テレマークスキーでゲレンデスキーを楽しんだ。
それに似ていると言えば言えない事はないなぁ〜。
どちらにしても続ける事が大事。頑張ります。

下2枚の写真はiPhone4Sのカメラ機能で撮りました。十分です。
でもそれじゃぁ楽しめない。それに似ている。

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