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ル・ボナーの一日 アーカイブ

2005年10月03日

ル・ボナーの一日を始めるにあたって

鞄を作り始めて三十年経ちました。
十九歳で手作り鞄のグループに加わり、二十一歳で結婚し、二十二歳で独立してから苦しい事の方が多かった。
鞄職人としての月日で、何度もやめようと考えましたが、今は続けていてほんとに良かったとおもいます。
今、続けられているのは、人との出会いだと思っています。
苦しくても心の貧乏人にはなりたくないといっしょに歩いてきてくれた妻であり鞄作りのパートナーであるハミ。物作りをつづける道筋を優しく教えてもらった村田さん夫妻。
手縫いの魅力を教えてくださった藤井さん。
本物を世に問おうといっしょにがんばろうとして下さった長島さん。
生き方の巾を広げてくれた卓ちゃん。
苦しいときでも逃げずに横に居てくれたイガ。
パターン(型紙)の豊かな可能性を教えてくださった金田さん。
夢を一緒に紡ごうとしてくれたタケちゃん。
二十年、見守りつづけてくれてる店長。
そして、名もない私たちの鞄を使ってくださっているお客様一人ひとり。
出会った多くの人たちに感謝しつつ、これからも夫婦二人で優しい鞄を作ってゆきます。
そんな鞄作りの日々をこれから綴ってゆきます。

2005年10月04日

お待たせしていたリュックキャッツが出来上がりました

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ネコリュックが出来上がりました。
今回は茶とチョコをつくりました。
前回はショルダー部分の革にイタリア、ワルピエ社のブッテーロを使っていましたが、
少し硬かったので今回は同社のマレンマを使いました。

2005年10月07日

フェルディーはこんな色もあります。

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ホームページに載せてない色の鞄もありますので、
メールで問い合わせてください。

2005年10月08日

ペーパームーンにはこんな色があります

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ペーパームーンには今クロ、チョコ、ベージュコンビ それとデュプイカーフとは違うデュプイ社の少し固めのカーフ革のチョコ色でつくったものがあります。
なじみはデュプイカーフのクロが一番いいようにおもいます。 
デュプイカーフはエルメスのメインタンナーとして有名なデュプイ社にオリジナルで作ってもらった革です。

2005年10月11日

取材がありました

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今日は月刊誌、サライの取材がありました。
鞄のこと、革のこと、ル、ボナーのこと、色々な話をし撮影をしたあと
カメラマンの方がいい時計をされていて、その話になりました。
このごろ、私は時計に興味を持ち始めておりお二人の時計の話はすごく楽しかったです。
お二人は時計の取材でよくスイス、ドイツに行かれるそうで、独立系時計士のフィリップ、デュフォーにも
何度か取材で会ったそうです。
今、ドイツの独立系時計士が面白いとの事。手ごろな価格で持っていて幸せな時計があるそうです。
ちなみにそのカメラマンの方が付けていられた時計もその一つでした。
同じ物作りをする私も、持っていて幸せになる鞄をつくって行こうと思う今日でした。

2005年10月14日

鞄作りをしながら思うこと

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私は元々、イギリス風の鞄が好きでそういったタイプの鞄を多くつくっていました。
その後エルメスや昔のグッチを知って、職人の精緻な技術によって広がる表現力に感動し、
そんな鞄職人のひとりになりたいと思いながら今日に至っています。
この頃、よく思うのですが、日本を表現した鞄ってなにがあるだろうかと。
現代の日本を表現しているのは、ラゲッジ゙レーベルのナイロンかばんだとおもいます。
しかしそれは、日本の文化や歴史を表現はしていないと思う。
銀閣寺や桂離宮の縁に座って庭を見た時に感じる安らぎのようなものと共通する鞄。
そんな鞄が作れたらと、試行錯誤の日々がつづきます。
写真の鞄も日本を意識して作ったものです。まだまだです。
時間をかけてこのことは、取り組んでゆきたいと思ってます。

2005年10月21日

テイカというタンナーがありました。

テイカのヌバックカーフ革で作ったトートバック
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ル、ボナーは輸入皮革だけを使いたいわけではありません。
ほんとは日本の革を使って鞄をつくりたいのです。
本来、日本のタンナーは世界トップレベルの技術力を持っています。
しかしコストを最優先に考えるため、なめしの甘い革を作り続けて私たちの希望する革を見つけることがなかなかできません。
なめしとはそのままにしていると腐ってしまう皮を、腐らない革に変える工程のことをいいます。
なめしが甘いと革が早く死んでしまいます。
しっかりなめされた革=時間をかける、時間=コストなのでその部分をはぶいてしまいがちなのです。
なめしの良し悪しはプロでも判別しにくい部分なのですが、長く使い続けるうえで一番大事なことです。
日本でいい革を探すのをあきらめかけていたとき、テイカの革に出会いました。
テイカの作る革に触れた時、その繊細で緻密な感触に驚かされ、そしてなにより日本の香りを感じました。
私たちはテイカのカーフ革がいきる鞄の試作を繰り返し、ようやく定番の革として使えるめどが立った矢先、テイカは解散しました。
理由は同じ値段ならブランド力のある輸入皮革を選ぶ日本の市場。
ごめんなさい。私たちのような小さな鞄製造業者には、良い革を作ろうとがんばっているタンナーを支える力がありません。とても残念です。

風景のある仕事場

工房の窓越しに見える風景
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150枚の手帳カバーの仕事もあともう少し。ちょっと一服しています。
ここでお店兼工房を始めて13年になります。
色々な事がありましたが、今はこの場所で過ぎてゆく時が愛おしいです。
私は今まで外が見えないショピングセンターやデパートでお店を持った事がなく
29歳で初めて持ったお店は東京の京王線沿線の聖跡桜ヶ丘で、お店の窓からジブリの映画 耳をすませばでよくでてくるいろは坂が正面にみえました。
その後、成城のお店も三宮のお店も外がみえました。
仕事していて一息いれるとき、私には外の空気が何より必要なんです。
ハミはジャズボーカルのライブを聞きに行ってます。
私はもう少し仕事をして、チャーと一緒に家路につきます。

2005年10月28日

突然、大御所がル、ボナーにやって来た

藤井さんウエブ.jpg
朝、電話がありハミがでると フジイです。神戸に行くのでお伺いしてもいいですかと。
あの渋谷の手縫い鞄の大御所のフジイさんです。
20年ほど前、フジイさんが吉田鞄をやめて国立に工房兼ショップを始められた頃私は府中に住んでいてカジュアルな鞄を作っていました。その時フジイさんの鞄作りに接して大きな衝撃をうけました。その後一時手縫いに夢中になりました。今は少し違った方向の鞄作りをするようになった私ですが、フジイさんの変わらぬ鞄作りの姿勢に尊敬しています。。
20年ぶりに会ったフジイさんは20年前の記憶のフジイさんのままで、私だけ年をとってしまったようです。
鞄の事、革の事、意気投合しながら話し、あっという間に時間が過ぎてゆきました。
方向は違うけれど鞄に対する思いは同じである事を確認出来た貴重な時間でした。
今度は私が渋谷の工房に行かせていただきます。こんな所まで訪ねてくださって
こころよりうれしく、ありがとうございます、でいっぱいです。

2005年11月01日

10年選手のひと時の里帰り

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10年前後使ったブリーフケースが修理でひと時、ル、ボナーに戻ってきました。
糸切れの修理でついでにコバを磨き直し、革の表面についた汚れを取りました。
ベルギーのマシュア社のサドルプールアップを使った鞄です。
色抜けはしていますが革はまだまだ現役です。
お手入れらしきことはされずに10年よくがんばったとおもいます。
少しの間休憩をとったらまた持ち主のもとに戻り寄り添ってがんばってください。
何かあったらル、ボナーに帰ってくれば、持ち主がこの鞄を愛しつづける限り修理します。
ル、ボナーから旅立って月日が経った息子が戻ってきた時、その鞄という息子は私に色々な事を語りかけてきます。

2005年11月02日

エルメスという孤高の皮革ブランド

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エルメスは皮革製品を扱うブランドでは別格です。
私もエルメスを研究し多くの影響を受けました。素晴らしいところは多々あるけれど、すべてを認めているわけではありません。
エルメスは他メーカーと違い組み立て段階からは一人一人の職人に完成まで任すため職人の技量の差が製品にはっきり出てしまいます。
若い職人が最初に手がけるのがボーグレネクーシュベルという皮革のためか、作りがいまいちの製品を多く見受けられます。それに比べ貴重品革を使った製品は震えがくるほど素晴らしいものを見ることができます。
また、エルメスは自社製品は全て手縫いと謳っていますが、実は皮革製品の大部分がミシンと手縫いの併用で、オールミシンの物も少なくありません。総手縫いの物は貴重品革に見ることが出来ます。
私はエルメスの素晴らしい部分は、手縫いをしている事より麻糸で美しくミシンステッチをいれる事。厚みのある革では使いにくい、いせ込み技法を使って縫製している事。革の性格を知り尽くしたうえでの贅沢な裁断。そして皮革製品の高級の世界基準を確定したこと。
ル、ボナーはエルメスに多くを学び、影響を受けました。
今、エルメスを卒業し、ル、ボナーの個性を創造しようとしています。見守っていてください。

2005年11月04日

手縫いにつての私考

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鞄好きの人には手縫いの鞄に憧れる人が少なくなくおられます。
私なりに手縫いについての考えを記したいと思います。
手縫いは時計のトゥールビヨンという機構ににています。
懐中時計であった時代には画期的な機構であったトゥールビヨンも、腕時計全盛の現在では複雑な機構のため組上げれる職人が限られ手間がかかり、そのため時計好きの憧れとなっています。
手縫いも、進歩したミシンが出回っている現在、鞄が手縫いである必要はないのだけれど
手間のかかる作業で、手縫いをする職人が少なく希少価値として欲する人は少なくない。
手縫い鞄を私なりにコスト計算してみると、ブリーフケースで30万円前後の価格で作らないとあいません。10万円前後で手縫い鞄を売っていたとしたら、作り手が無理をしているか誤魔化したものだと思う。
私も一時、手縫いに夢中で取り組んだ事があります。その時出来た鞄にどうしても高い値段が付けれずに苦しんだことがありました。その時思ったんです。
妥協せずに手縫いするなら、妥協しない値段をつけるべきだと。その代わり注文したお客さまの満足できるレベルのものを誠心誠意追求する。
手縫いはミシンと違って、運針を二度するようなチェーンステッチになります。
手縫いは右上がりのステッチになり、ミシンは左上がりのステッチになります。
ミシンで右上がりのステッチを縫おうとすると、ミシンの構造上糸が擦れて切れてしまうのです。ただミシンでも菱目打ちをして丸針で縫えば、手縫いモドキになり、素人には判別しにくくなります。
手縫いのステッチは一寸6目、8目までは初心者でもほどほどのステッチが縫えますが、一寸10、11、12、13目と細かくなるにつれてテクニックと精度が必要になります。
テクニックと精度を上げるとステッチは鋭利なものになってゆきます。
菱目打ちの良し悪し、菱切りの研ぎ具合、糸の選択と蜜蝋の含み具合、メリケン針の太さすべてステッチに影響します。
今まででこの手縫いだけは真似出来ないと脱帽した手縫い鞄がありました。
それはエルメスの80年前ほどに作られた横幅60センチほどの大きなソフトトランクで一寸11目のステッチ幅を、その幅より太い麻糸で革、板を突き抜いて縫いきったもので、ステッチ幅と糸の太さのセオリーを無視し、それでありながらステッチは安定した角が鋭利な四角に近い菱形の連続。その手縫いの迫力は今も私の脳裏にしっかり刻まれています。
手縫いからは少し距離をおいている今の私ですが、手縫いをやめてしまったわけではありません。手縫いという作業は非常にワクワクする作業ですから。

2005年11月06日

ル、ボナーの内縫いの鞄

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ル、ボナーの内縫いの鞄の特徴は、鞄を正面から見た時、正面後面とマチとの間を仕切るタマブチが前を向いてマチが額縁のように縁にみえることです。一般的な内縫いの鞄の場合は正面、後面とマチの間45度の角度にタマブチが見え、正面から見るとマチがやせています。この違いは鞄を実際に比べて見たとき大きな違いがあると思っています。
私は15年ほど前に鞄ブランドの企画として型紙を起こし初期サンプルを作り工場と打ち合わせをする仕事をしていた時期がありました。
その時一緒に企画をしていた金田さんという先輩がいました。
金田さんは元々オートクチュールの洋服を作っていた人でパターンを起こす事に秀でた人でした。金田さんにはパターンが創造する広がりと豊かさを教えてもらいました。
その金田さんがしようとしていた事が洋服の縫製技法を鞄作りに応用する事でした。
特に、いせ込みという技法を鞄で使えたら豊かな表情を生み出すと、力を入れていました。
いせ込み技法とは、スーツの袖と本体を縫い合わせるときなどに使う技法です。
これを鞄に応用する場合生地では計算にいれずにすんだ厚みも計算にいれないと適正パターンが出せず、その上革の固さが工場で量産した時に、豊かな表現を拒みました。
いせ込み技法を使って内縫い鞄を作っているのは、私の知る限りエルメスだけです。
この技法を使うとマチの厚い部分が外部とあたる事になり耐久性を格段に高め、
何より同じ鞄が別物のような豊かな表情をみせる。
私はル、ボナーを始める時、やっとこの技法を使った鞄作りが出来ると思いました。
少しの手間と工夫で手作りだから出来る表現方法を手に入れる事ができます。
手作りで鞄を作っている人には外縫い鞄を得意とする人が多い。内縫い鞄には豊かな表現方法が隠れているので試しで作ってみてください。

2005年11月07日

パターンって面白い

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私のパターンの師匠金田さんがイタリアのシホンベルベットを使って作ったベレー帽です。
竜が昇ってゆくような型紙で、同じものを2枚とり、それを縫い合わせるとこの形になります。
このパターンを考えるには幾何学が必要との事ですが、私はこのパターンを発想するきっかけを持っている引き出しの多さに関心しました。
その後、パターンについて師匠から出来る限り吸収しようとしました。
パターンを起こす上で一番大事な事は、デザインを見てより良く見えるようにするにはどうすればいいか自分なりに考え、創造し型紙を起こす事。
シンプルな形の鞄ほどパターンの違いが大きく影響する。
靴は木型によって曲線を作り出します。鞄はパターンと職人の指先のアンバイ加減で曲線を描きます。

2005年11月09日

ル、ボナーの取っ手

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今日は取っ手作りの日でした。
ル、ボナーの取っ手はエルメスの影響を受けた形状をしています。
エルメスだと100万円を越える鞄にしかこの形状の取っ手は使っていませんが、
ル、ボナーでは一本取っ手の場合、なんにでも使っちゃっています。
最初はこの取っ手の肉盛りには硬質ゴムを削って使っていましたが、
革の油分をゴムが吸ってしまって、革のひび割れが早いうちに起きてしまうことが分かり
その後吟面つきの革を重ねて使い、それだと少し硬いので、今は床革を重ねて削ったものに落ち着きました。
取っ手は鞄の顔なので気を使います。
30年の間に色々な取っ手を作ってきましたが、この形状の取っ手が一番気に入っています。取っ手に使うオサエとカンは真鍮を使ってオリジナルで作りました。
部品の一つ一つが丁寧な仕上がりを見せると、鞄本体の組上げにも力がいります。
鞄を作ることはほんとに楽しい仕事です。

2005年11月11日

ショルダーパパスについて

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ショルダーパパスはエッティンガーの真似をしたのかという問い合わせがありました。
エッティンガーというブランドを知らなかった私はインターネットでエッティンガーの鞄を見てみました。確かによく似ています。
ショルダーパパスは私自身が普段使うために、4年ほど前に作ったもので、アディダスカントリーの靴底をイメージして作ったオリジナルのデザインです。
ル、ボナーは敬意を払っている鞄は真似することもあります。エルメスの何点かは真似をしました。ケリー、バーキンなども作ってみましたが、エルメスとおなじ素材でエルメスの上級レベルの仕事をした場合、どうしても高いお値段になってしまうので今はやめています。
プリムを真似たキューブは、エルメスしか使っていない、いせ込み技法を適正価格で持っていただきたく思いつくりつづけています。キューブはプリムよりいせ込みを強くするためいせ込みに3工程使っています。ブリーフキューブは価格を抑えるため2工程です。それでもエルメス並のいせ込みです。
鞄のデザインにパテントはありません。見比べていいと思うものを買われる事を進めます。
ショルダーパパスは初めは英国資本のバングラキップを使っていましたが、なじみがイマイチだったので、今はイタリア、バトラッシュ社のミネルバボックスを使っています。
自分で言うのもなんですが、良い鞄だとおもいます。
ル、ボナーの鞄で定番として長く作り続けているものも、改良し続けています。
細ダレスも17年作り続けている定番ですが、今回も耐久性をあげるため二つの改良をしました。前にも増して、ル、ボナーを代表するメンズバックになったと思います。
良い鞄を作るという事が一番大事な事で、真似をされる、真似をするというのは小さなことに思えます。

2005年11月12日

私の尊敬する1970年代のブランド

私は尊敬する職人が多くいた60から70年代のヨーロッパのブランド、特に下記の3ブランドは色々な意味で影響をうけました。
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グッチ一族が経営権を持っていた頃のグッチのハンドバックです。私がいちばん注目したのはへり返しの厚みです。これだけ革を厚いまま綺麗にへり返すのはこの時代のグッチが一番です。日本の職人も綺麗なへり返しをしますが革を薄く漉いてへり返すので耐久性が劣ります。フィレンテェ職人の繊細な力仕事です。ステッチの糸はコットンでショルダーの部分のステッチはすぐ擦り切れてしまいますが、ヨーロッパ鞄の伝統を守って使っています。
この時代のグッチはエルメスにも劣らない存在感があり色香がありました。
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バレクストラはメンズバックを作る上で、バランスとセンスの良き教師です。かぶせのブリーフのサイズバランスは絶妙だと思います。そんなバレクストラが一番輝いていたのが、70年代であったと思います。私が二十歳の時バレクストラのシンプルでありながら高級を醸し出すソフトアタッシェのプルミエールを見て感動したのが、今でもこうして鞄作りをつづけているはじまりでした。今でもプルミエールは作っていますが30年前に見た時の感動はありません。何かちがうのです。写真のブリーフも黄金期のものです。革はフラスキーニのボックスカーフのようにおもいます。
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エルメスが高級鞄の世界基準になる前の一品です。エルメス的でないデザインですがハンパではない技術力を見せつけてくれます。ゆるみがまったく感じない緊張感のある鞄で恐れ入ります。この時代より前のエルメスの鞄を何度も見てるために、私にとってエルメスは特別なんです。
1970年代、ヨーロッパのほんとの高級鞄を手に入れることの出来る人は限られた人で、
その人たちを満足させるに十分な鞄がありました。今は色々なブランドの鞄が簡単に手にいりますが、オーラを感じる鞄は逆に見つけにくい時代になったように思います。
ファッションの名の下に大量消費されて職人の手仕事も宣伝広告のためで、ほんとに大事な事だとは思っていない。
そんな時代だから、逆に私たちのような個人の鞄職人が高い意識を持って鞄作りをしていかないとと思う今日この頃です。


2005年11月14日

夜のル、ボナーにて

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静かな街で、ゆっくり時間が過ぎてゆきます。
月に一度、仕入れで東京に行くのですがすべてのペースが速く感じてしまいます。
この大都市で走り続けていた自分が居たのだと、第三者のように思い出している自分がいます。今こうして東京から距離を置いた地でお店を出したことが、ほんとに良い選択であったと思います。東京にお店を出していたら、情報も早く得れるだろうし、マスコミに露出する度合いも多くなると思いますが、時代の流れに右往左往していたような気がします。
流行を気にせず、自分たちのペースで好きな鞄を作り、それを認めてくれる神戸という街。
神戸の人は東京を意識しない独自の文化を持っています。それが心地いいのです。
鞄作りで言えば、東京では黒、チョコ,茶中心でカラフルな色は挿し色ですが、神戸ではカラフルな色から売れていったりします。綺麗な色は作っていても楽しいんです。
街を歩いていても綺麗な色がいっぱいです。東京を歩くと印象は無彩色の黒です。
そんな居心地の良いこの街に根付いて、ゆっくり鞄を作ってゆきます。
まだ13年の新参者の私です。よろしくお願いします。

2005年11月15日

鞄職人になりたいと思っている人へ

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鞄は、靴や洋服に比べて基礎技術の鍛錬をあまりしなくても作れます。簡単に作れるだけにプロでやってゆく上で逆に大変なんです。
私は19歳の時、手作り鞄のグループに加わり鞄作りのスタートをきりました。
その後、21歳で結婚し独立してオリジナルの鞄の卸しを始めました。
手作りの、技術の幅のない鞄は色々な制約を受け、生活は苦しいものでした。
その頃は朝の8時から夜中の2時まで働いていましたが、それでも貧乏でした。
その後多くの物づくりをする人たちと出会い鞄作りの技術の幅を広げることで、
何とか30年続けられたのだとおもいます。
鞄職人の大半は問屋の製造を担うメーカーの組上げを歩合でやっています。
月に一人で200個ぐらい組上げれないと食べていけません。
私も一時やっていましたが量産のシステムを把握していないと、苦しいだけで無理があります。しかし大半の鞄職人はこのシステムに組み込まれています。
私たちのような鞄職人は隙間産業のようなもので、食べていけてるのはほんの小人数だけです。絶滅危惧種みたいなものです。
私も一時事業欲に燃え鞄職人になりたいという若者を何人か雇いいれていた時期がありました。しかし私に経営能力がないことを痛感し、今は夫婦二人でやってます。
鞄作りの教室に通って一生懸命覚えれば、センスの良い人なら月に2,3個の素晴らしい鞄は作れるようになると思います。しかしそれでは食べていけません。
一点一点鞄を作る作業は楽しいものです。しかし芸術作品ではないので、どんなに素晴らしい鞄を作っても数十万円です。それもブランドでない私たちの作るものは手間に比例します。手間に比例してつけた値段でもお客さんが納得しなければ一銭にもなりません。
それでも鞄作りに夢を描ける人は頑張って欲しいと思います。
お店に遊びに来たら、アドバイスは出来ると思います。

2005年11月18日

コバを磨くとは

コバ処理をしているところ
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メールでル、ボナーの鞄は本磨きですか?と言う質問がありました。
私は何を指して本磨きというのか解らないので、私なりにコバ(革の裁断部分)磨きについてお話します。
革のコバを処理する方法として大きく分けて、ヘリ返し、バインド、コバ磨きの3つに分かれます。
へり返しは一般に売られている財布などによく用いられる方法で、繊細な感じにみえます。ただ薄く漉かないと折り返せないので、カドの部分が擦り切れた場合ごまかすことはできても修理は出来ないのでル、ボナーではあまりやりません。
バインドは、テープの革が別部品なので、交換修理が可能なので使う事があります。
コバ磨きはよく使います。コバ磨きには染料磨きと顔料仕上げがあり、究極の磨きと言われるのが蜜蝋と熱ゴテを使った染料磨きですが、私の知っている製品でこの磨きをしているものは知りません。私たちも一時この磨きを使っていたのですがあまりに手間がかかりコストに反映することが出来ず今は使っていません。主にル、ボナーでは染料磨きを使いますが顔料仕上げのものもあります。染料の場合コバ色が黒か濃い茶になるので、カラフルな色の革のコバには向かない事があり、その時は顔料をつかいます。どちらにしても下処理に手をかけると美しく仕上がります。ただ顔料を使う場合厚塗りは避けます。早いうちに顔料がひび割れて取れてしまうからです。
切り身の処理は早かれ遅かれ痛みます。お手入れ、修理をしてくれるショップで買えば磨き直してくれるので心配いりません。美しいと感じれるものが良い処理です。手をかけた処理です。
ル、ボナーでは製品がより良く見えるようなコバ処理を心がけています。

2005年11月21日

6年使用の学手風ブリーフケース

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お手入れで6年使われたブリーフケースが里帰りです。
私はこのタイプのブリーフケースが好きです。
ベルトがあるために使い勝手の悪い鞄ですが、このベルトが鞄の型崩れを防いでくれる役目と、鞄本体の傷みをガードする役目を担っています。荷物を紐でくくる感じに似ています。
ル、ボナーのこの学手風ブりーフが他と違う箇所は、まずベルトが一周していることで、上に書いた二点のメリットを強化している事。斜め漉きした原厚の革を二枚貼り合わせたベルトは、細い人ならズボンのベルトに使えるほどしっかりとしています。
それとベルトを通しているループに、下駄を履かしていることです。下の写真で解るように、ベルトの両脇に革を重ねる技法です。この技法はエルメスのボストンバックに使われていて興味を持ち、使っています。鞄本体をガードするという意味でメリットがあると思ってます。ただ相当な厚みになり、ミシンではきれいなステッチが入れれないため手縫いになり、価格が高めの製品でないと使っていません。
あと、多くの学手風ブリーフの場合、内貼りをせずに一枚革で床部分をそのまま見せていたり、内貼りに生地を使うものが多いのですが、ル、ボナーではステア革かピッグスキンを内貼りに使っています。三層仕切りになると、表に使う革の倍ぐらいの革が内貼りに使う事になるのですが、革で内貼りをしたほうがいいと思ってル、ボナーではそうしています。
今ハミとふたりでダレスとブリーフ、キューブを作っているのですが、それが完成したら久しぶりにこの学手風ブリーフを作ろうと思っています。今回の改良点はベルトの位置を少し内側にすることと、ショルダーの取り出し位置を変えること、それと錠前を替えること。
特に錠前を何にしようか、今思案中。
使用後の、ブッテーロで作った鞄を見るたびに、ブッテーロという革は復元力のあるいい革だとつくづく思います。ル、ボナーにとって大事な革です。

2005年11月23日

ダレスを製作中

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ダレスももう少しで完成ですが、並行して他の鞄も作っているので大忙しです。
今,ワクと本体をつなぐ部分の手縫いをしていますが、手縫いはいつもながら時間を消費します。
8個作って4個はお店に並べようと思っていたのですが、作る途中で買い手が決まって、お店に並ぶのは黒のブッテーロだけです。嬉しいやら、淋しいやら。
時間に追われると、焦ってしまうのが私の悪いところなので、焦らず作ります。
太ダレスの定番で使っている錠前を作っているイタリア、OCS社が今年の初めに解散し、ある在庫を使ってきましたが、在庫も残りわずかになりました。新しく他の錠前を捜すか。オリジナルで作らないといけません。悩みの種です。
明日も休まず製作に没頭したほうが良いのかも知れないけれど、明日は前々から計画していたことがあるので休みます。週に一度の休みです。リフレッシュしないと。
日本のマチュピチュに行ってきます。

2005年11月26日

ブッテーロという革

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ブッテーロという革は、イタリアのワルピエという家内工業に近い小さなタンナーが作っているタンニンなめしの革です。有名なブランドではエトロ、トッズなどが使ってます。
革の部位はショルダーを使ってます。ヨーロッパの革はステア(成牛)の場合背中とお尻で分けます。背中とお尻の皮が性格が違うので、違ったなめしをするため原皮の段階で分けるのです。カーフ(生後6ヶ月まで)の場合はまだ若く性格の差が少ないので分けずになめします。アメリカの原皮は肉のついでのような扱いのため、お腹から背中を一気に割るため
性格の違うお腹と背中の半分がつながった半切という形になります。日本でなめされる革は大部分アメリカ原皮を使ってます。
ブッテーロという革には特別な思い入れがあります。私が始めて出合ったヨーロッパの革であり、今でも一番いいタンニンなめしの革だと思ってます。裁断するとき、包丁を革に入れると、ブッテーロの場合吸い付いてくるような感じがあります。他のタンニンなめしの革はパカっと開くような感じです。この違いはなめしの違いだと私は信じています。
この革はキズは付きやすい革ですが、歳月がそのキズを隠してくれる、復元力のある革です。
ブッテーロで作ったブリーフを買ってくださったお客さんが、川原のジャリ道で転んで、鞄の表面にジャリがめり込んだようなキズが付いてしまいました。見た時、これは治らないと思いました。それが何ヶ月か過ぎた後見てみると、キズは残っているのですがあの悲惨な状態からくらべると許せる、思い出のひとつのような模様として変化していました。
ブッテーロの復元力を実際に感じた出来事でした。
私はブッテーロをこれからも大事に使って行きます。大好きな革ですから。

2005年11月27日

鞄を作り始める前に

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私は鞄を作り始める前に図面のような絵を書きます。
デザイナーはイメージをスタッフに伝えるためにデッサンのような絵をまず書きますが、私の場合、サンプル製作を自分でするので、イメージを人に伝える必要がなく、絵は実際のバランスを見るために書きます。4分の1で正確に書くように心がけています。それを何度か書き直して、それから型紙を起こします。絵の段階の鞄は100以上あります。いつか形にしてあげたいと思ってます。
型紙になって1度は作ったことのあるものは数百はあると思います。ただ型紙を残しているのは100ちょっとです。財布などの小物は別に100ぐらいはあると思います。
ル・ボナーは統一感がないと言われることがあります。そのとおりです。
ただそれでいいと夫婦二人思ってます。ハミとわたしで作りたい鞄のタイプが違うし、好きで鞄を作っているので、企業ではないので、我がままな鞄作りを通していこうと思ってます。
ハミはドイツのシュリンク、カーフが好きで、このカラフルな革を生かしたバックを次から次へと作っています。それに比べて私は少しスランプ気味。そのため店内はカラフルなシュリンク、カーフ花盛り。私も頑張らないといけません。

2005年11月29日

家路の途中

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夜、チャーを連れての家路の途中、クリスマスのディスプレイが街を飾り付けています。
マンションのベランダをイルミネーションで飾り付けている家も何軒かあります。
写真はファション美術館のホールとスペイン階段を写しました。六甲アイランドには有名な建築家の設計した建物や風変わりな建物が多いのです。これはUFOみたいです。
神戸の旧居留地では阪神大震災の鎮魂のためにルミナリエが始まり、多くの人が訪れます。それに比べ、ここ六甲アイランドは夏に比べ人の往来がへります。初めてここを訪れた人はゴーストタウンのようだと言う人もいます。確かに特に冬は六甲おろしが吹いて寒々としています。商売をするには厳しい場所です。
ここでル、ボナーは13年つづけることが出来ました。これからも二人で鞄を作り続けれる間はここに居ます。多くの顧客に支えられてきょうまでつづけられ、これからも顧客を裏切らない鞄作りをしていこうと思っています。
人影少ない六甲アイランドにあるル・ボナーですが、それでも12月は1年で一番多くのお客さんが来店してくれます。ブランド品ではなくマイブランドのオリジナルの革製品を、愛する人にプレゼントするために。
幸福の手助けをさせてもらえるル・ボナーの12月です。メリークリスマス。

2005年12月01日

フィレンツェに行きたい

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私にとってフィレンツェは聖地です。一度はルネサンスの都の石畳を歩き空気を吸いたい。
写真はフィレンツェの革小物職人の工房です。フィレンツェに旅行する、お客さんの若夫婦に頼んで撮ってもらったものです。フィレンツェ市内を3日間歩きまわってやっと見つけた革の工房だそうで、観光でいっても鞄職人の工房は見つけ出せないとのこと。それでも私にはフィレンツェが鞄作りの聖地なのです。グーグルアースでフィレンツェの街を見るたびにこの中世そのままのおとぎの町への想いはつのります。
良い鞄を見るためならパリやミラノに行った方が見れるとおもいます。でも鞄の妖精はフィレンツェに住んでいます。
今日、革屋さんからデッドストックの革の情報が入りました。イタリアを代表するフラスキーニのカーフ革で、ユーロになってから値段が高くなりすぎて日本に輸入しなくなった、革たちです。フラスキーニはブレンダ地方にある、イタリアのクロームなめしの頂点に位置するタンナーです。古き良き時代のグッチがメインで使っていたのもここの革です。今回入手出来るのは、ムスタング、パペーテ、ビューカーフなどなど熟成されたワインを思わせる極上の革たちです。フランスのカーフは白ワイン、イタリアは赤ワインっていう感じに思えます。
事実革は湿度調整された倉庫で寝かしていると、なめしにムラがなくなり、より良い革に熟成されて行きます。だからデッドストックの革はより魅力的なのです。
手元に届き、実際に触るのが愉しみです。
イタリアの鞄は良い物と悪い物が混沌としててチョイスするのが難しい。イタリアの革も大部分ひどいもので、良い革は少ない。しかし良い革は特別魅力的なのです。イタリアものを購入するときは選択眼が必要です。

2005年12月02日

フラスキーニのカーフが届きました

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フラスキーニのカーフが届きました。このしなやかでねっとりとした手触りはフラスキーニ独特のものです。フラスキーニのカーフ革は、なめす時に漬けるクローム液を交換することなく、継ぎ足し使っている他のタンナーではやらない方法でなめすことで有名です。老舗のうなぎ屋の秘伝のタレのようなものです。
そして時間をかけてなめし、うわさではクローム液に牛の血をまぜることでフラスキーニ独特のねっとりとした触感を生み出しているといわれています。最高のイタリア、カーフです。
革屋の常務になぜフラスキーニの革をあまり輸入しなくなったのか聞いてみると、値段が高くてもイタリアカーフの良さを知ってもらいたいから、ほんとは輸入したいそうなんです。しかし現在のフラスキーニの主な取引先がトッズというブランドで、そこの指示で顔料厚塗りの革をメインに作っていて、本来フラスキーニを代表していた染料仕上げのねっとりとした革はあまり作っていないのです。無理を言って染料仕上げのねっとり革を作ってもらっても、イタリア人のいい加減な性格が災いして、顔料仕上げを送ってきたりするそうで、そのため昔のようには輸入出来なくなったそうです。イタリア、カーフは過去の遺物になろうとしているようです。寂しいことです。クロームなめしのタンナーはどこも厳しいようです。クロームなめしの革はある程度大きな規模を持つタンナーでないとつくれません。そのため規模を維持する経営をするには大ブランドに従う革作りをしていかなければならず、それぞれのタンナーの個性を無視した利益追求を最大の目的の革を作ってゆく。それが自分の首を締め上げてゆくのを知りながら。それに比べ小規模でもやれるタンニンなめしのタンナーは元気です。スエーデンのポルケ、ベルギーのマシュア、イタリアのバトラッシー、ワルピエ、個性的な革を作り続けています。
今回入手できた革は4000デシ程度。鞄約40個分ぐらいです。大事に使ってゆこうと思います。この素晴らしい革が活きる鞄を作ってあげないと革がかわいそうです。

2005年12月06日

ル・ボナーの12月

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今年の12月は特別忙しくなりそうです。残業はしない主義にしていたのですがやらざるおえないようです。元々注文品が12月に集中した上に、雑誌サライに載ったことで問い合わせが数多くありテンヤワンヤです。今まで色々な雑誌に載りましたが今回のサライの場合は今までと違う初めての年齢層からの問い合わせが多くありました。サライの読者の平均年齢は相当高いのです。そしてその年齢の人はメールをしたことがない人も多く、中にはファックスもつけてない人もいました。新鮮なカルチャーショックでした。団塊の世代より前に生まれた人には、今の若い人たちには必需品のパソコンもケイタイもいらないのです。
情報が洪水のようにあふれ出す時代、整理選択するだけで一仕事。なければないで困らない事のほうが多い。情報が少ないほうが優雅な生活が出来るような気がしました。
ここ数日急に寒くなりました。神戸の冬は風が厳しいのです。阪神タイガースの応援歌にでてくる六甲おろしが吹くのです。冬になると私はハミがプレゼントしてくれたシルクのマフラーとフランス製のベレー帽をしています。冬の私のトレードマークです。

2005年12月09日

シノさん、この革ではどうでしょうか?

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ペリンガーのシュランケンカーフの新色が入りました。
トープという色で見るまでどんな色か解らないまま買ってしまいました。
届いてみるとグレー系の色で、ライトグレーより茶色かかったグレーです。
奥様用に作られるボストンバックにこの色はどうでしょうか?
実際に見てみないと色は解らないので、お時間のある時に立ち寄って見てください。
エルメスの色作りには感心させられます。フルセットのパステル並に色があり、その一色一色が何色かの色を混ぜた微妙な発色をしています。
特にペリンガーで作るシュランケンカーフは、エルメスの使うシュリンク革の中でも一番良く出来ていると思います。

2005年12月11日

六甲アイランドの日曜日の夜

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六甲アイランドの日曜日は人影まばらで、飲食関係のお店はご覧のように日曜休日にしています。なんか違うんじゃないか、そんなふうな商売をしているから人がこなくなりお店が長続きしないのではないのかと思う。この街にすむ住民は魅力的な街づくりを願い、現に居心地の良い街だと思う。が、お店はなげやりで自ら努力することを忘れているお店が目立つ。それぞれのお店が、立ち寄ったお客さんに幸せな時間を提供できれば、長く楽しくこの街で商売がやっていけるのに。
ル、ボナーはここで13年かばん屋をやっています。繁華街ではなく、住宅中心の街には不似合いな手作りかばん屋のル、ボナーが今日までやってこられたのは、物好きな顧客が何度も足を運んでくれるからで、そんなゲストが寂しいこの街でも来てくれるのです。
現代のエトランゼの住む街、六甲アイランドが私は好きです。もっと色々なお店が元気になればもっと良い街になるのだけれど。

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2005年12月12日

革が好きです。

革在庫ウエブ.jpg
私は革が好きで、特に牛革のなめしのしっかりしたものが好きです。
此処で、お店を始める前の、東京で製造卸をしていた頃は、仕入れてくれる小売店で売れる価格に絞り込まなければならず、アメリカ原皮の国内なめしの革を使っていました。
その反動で、お店を持って鞄を作るようになってからは使う予定がなくてもいい革を見ると買ってしまいます。革屋さんからはヨーロッパの革のコレクターと言われています。写真の棚にある革はその一部です。
ワイン好きがワインをコレクションするように、私は革を寝かせて熟成を待ちます。だからデッドストックの良質な革があると聞くといの一番に手を上げてしまうのです。量産鞄やは数枚のデッドストック革は後が続かないので使いようがありません。それに比べ小ロット生産の手作り鞄やにはお金もないので、少しずつ買えるのは願ってもないありがたさ。しかし使い道は後で考えるとしてとりあえず買ってしまうので、どんどん貯まってコレクター状態になってしまうのです。自分達の生産力がたいしたことがないのを忘れているのです。
来年からはこのコレクションを使って、一点作りでないと出来ないエッセンスを加えて鞄を作って行こうと思っています。その鞄は売れなくていいので値段は高くします。鞄好きが見てウォーと唸らせる鞄を作れればそれでいい。人はその足跡を自分なりの形で残したいのです。私は鞄という形で。

2005年12月14日

ミネルバという革

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ミネルバという革は特別色変化する革です。手前の2点が私が使用しているもので、後ろ2点が新品です。茶は約1年使い、グレーは4ヶ月目です。どちらもすごく色変化しますがグレーは特別で、別の色の鞄のようです。
この革を作っているのは、イタリアのバトラッシーというタンナーで、元々イタリアの古来のなめし技法を調べていた大学の先生が実際に作りたくなって始めたタンナーで、今は2代目のシモーネという人がやっています。そのなめし技法はバケッタ製法と言い、この製法で革をなめしているタンナーは数軒ありますが、手抜きせず忠実に古来のバケッタ製法をやっているのはバトラッシーのみです。
この革の部位はショルダー部分を使っており、脂を含んだピュアータンニン革で、ミネルバリスシオはプレーンなバケッタ革でブリーフ、シカゴやビジーに使っています。ミネルバボックスはリスシオを手もみして柔らかい腰にしたシボのある革でショルダー、パパスなどに使っています。
一般的にタンニンなめしは馴染んで、クロームなめしは馴染まないと思われていますが、それは間違った常識で、しっかりなめされた、染料染めの革はタンニン、クローム関係なく馴染みます。ヌメ(無染色の革)はどんなヌメでもいい色に変わると思われがちですが、実際には汚れが先行して、いい感じにはなりにくい。
ミネルバという革は、扱いが悪くても間違いなくいい馴染みを見せます。ほんとに面白い革です。
バトラッシーはフィレンツェの郊外の村にあります。その村にはブッテーロを作っているワルピエもあります。美しい村だそうです。一度は訪れてみたい村です。

2005年12月15日

総手縫いダレスの5年目の里帰り

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5年ぶりに戻ってきた総手縫いのダレスバックです。
オーナーのT氏は10年来のお客さんで、最初の出会いは、イタリアの老舗ブランドのT社のオーストリッチのアタッシェケースを持って来られ、その中にピッタリ納まるセカンドバックのオーダーでした。私はあまり作りたくなく、それが接客にでていたようで、なぜだとT氏が聞くので正直に言いました。このアタッシェは良くない、高級皮革が可哀相だと。その中に納まるセカンドは作りたくないと言いました。だったらどこのブランドの鞄が良いのかと聞かれたのでエルメスと答えると、それ以来毎月のようにエルメスの革製品を購入して持って来られます。エルメスの革製品は作る職人の差があり、これは上手な職人の作ったもの、これは上手じゃない職人がつくったものでと説明し、今ではT氏の購入するエルメスの革製品は素晴らしいものばかりです。普段仕事の時はル・ボナーの鞄を使われています。その中でもこのダレスは一番お供をしている鞄で、お手入れで里帰りしたのは初めてです。素性の良い鞄なので、お手入れすると見違えるほどよくなります。革はブッテーロの黒で写真では分かりにくいのですがステッチはオレンジです。ショルダー革の特徴のスジがはっきり分かる革の表情が見てとれます。いい状態です。

2005年12月18日

20年来の相棒TE-2S

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私は20年以上ミシンはセイコーの上下送り半回転のこのタイプを使っています。
神戸にお店を出した時、ヨーロッパの鞄職人は大部分ドイツ製のアドラーを使っていると聞き、見た目を大事にしてしまう私は、同じタイプの国内ミシンの、値段が倍程度する総合送りの全回転のアドラーをローンで買って使っていたことがあります。
同業者の人にはいいミシン使ってますねと憧れられるのですが、買ったのは間違いでした。
量産するにはいいのでしょうが、私のように数個ずつしか作らない、手回しを多用する職人には機構が複雑で機械音痴の私には手に余るミシンでした。
違うミシンを買ってみて、やはり私にはセイコーのこのミシンがピッタシくるとわかりました。
現在、工業用ミシンで半回転のものは生産されていないそうで、新品のTE-2Sは手に入れることは出来ません。もう浮気はしません、自分の手の延長のように動いてくれて、締りの良いステッチを奏でてくれるこのミシンを、私が鞄職人を辞める日まで大事に使ってゆこうと思います。

2005年12月26日

久しぶりに作ったメンズポーチ

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このポーチはここでお店を始める前、新宿にあるバーニーズ、ニューヨークというセレクトショップに卸していてよく売れた形で、その後お店を始めて、4,5年は作っていたのですが、ポーチとしてはすごく手間をかけているので、作るのがしんどくてやめていましたが、昔買ったお客さんが同じものが欲しいと言われたのでまとめて久しぶりに作りました。
今回はミネルバで作りました。内側にはピッグスキンを使いました。
12月は予想以上に忙しく、夫婦でへばり気味です。2005年もあと少し、ラストスパートです。

2005年12月30日

今年のル・ボナーは今日で終わり。

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2005年のル・ボナーの営業も今日30日で終わり。来年の営業は4日からです。
今日も帰省の途中寄ってくださった東京のお客さんや、常連のお客さんが顔を出してくれて、営業しながら大掃除をする予定でしたが出来ず、明日する事になりました。
ル・ボナーの2005年は大きなニュースはなかったけれど、充実した1年でした。
今年の初め、女性用のバッグの充実を最優先しようとハミと話し合い、そうしてきました。
其の事は上手くいったのですが、今度はメンズバッグが寂しくなり、小物も歯抜け状態になってきました。バランス良く品揃えするのは難しいことです。バランス良く品揃えをするのがこれからの課題です。ハミと話し合いながら少しずつ、夢のかばん屋を築いてゆきたい。
10月からはブログを始めました。其の事で新しいお客さんも増えたし、顧客も楽しんで読んでもらってるようだし、何より私自身を見つめ直すいいきっかけになりました。これからも更新してゆきますが、来年からは息切れしないために週2,3回のペースでゆこうと思ってます。
これからも、二人の鞄作りを暖かく見守ってください。

2006年01月02日

独立系鞄職人

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日本の大部分の鞄職人は、鞄問屋に鞄を供給するメーカーに組み込まれています。
それとは別に少数の独立系鞄職人が存在します。
前者は少しでも早く、品質の均一な大量生産に専念し、デザイン、営業、材料在庫などは、問屋、メーカーに任せ、分業による効率化で生産力を求めます。
後者は職人、メーカー、問屋の仕事を全部まかなうことで独立性の高いオリジナルを作ろうとします。
独立系鞄職人は、夢大きくて現実は厳しく生きています。
多くの場合、手縫い鞄の教室や同工房の出身で、量産システムを経験することなく、プロとして卸しやお店をしています。労多く実少ない経営を強いられます。
それでも鞄作りの素朴な喜びは充分味わえ、そのためそれ以外は目をつぶってしまいます。
また独立系鞄職人は組織や組合との関係も薄く、独立独歩、横のつながりのない人が多い。そのため、鞄作りの新しい知識、幅を広げにくい環境にあります。
私は独立系鞄職人どうしの横の交流を持ち、技術、経営のあり方などを話し、そのうえでそれぞれの個性を表現し、オリジナリティの花を咲かせ、競いあえればいいなあと思うのです。
今は鞄業界で何の影響も与える事の出来ていない、独立系鞄職人の存在が、全体的にレベルアップすれば、これからの日本の鞄作りに刺激を与えるグループとなり、若い感性のある職人たちが多く生まれてくると思うのです。

2006年01月03日

ノブさんへのお返事

2日のコメントへの私なりの考えを書きます。
鞄の好みはその人の趣向に起因するので、何が良くて何が悪いとは答えられません。
ラフな縫製をしたものを、ワイルドだと好む人もいれば、丁寧な仕事の鞄を爺くさいと思う人もいます。
価格にしても、人それぞれ基準が違います。
自分の趣向にあっていて、その物の価格が納得できればよいと思うのです。
丈夫さだけで鞄を選ぶ人は少なく、多様な要素で多くの人は選びます。
作る側も同じで、基本的には自分の作りたいものを作っています。 
作りたい鞄を作って、希望どうりの値段で売れれば最高です。
しかし現実はそうはいかず、そこでそれぞれ工夫します。その工夫も千差万別です。
時計を選ぶ場合でも、正確さだけならクオーツを選べばいいのだけれど、時計好きは機械式を欲しがります。それとおなじです。
エルメスの鞄が職人差があることも、作る側から見ればみえてくるけれど、買う人には分からない。分からなければエルメスを買ったということで充分満足できます。知りすぎるとややこしく考えるだけで、損をすることもあります。
ブランドについても、私の好き嫌いはあるけれど、良い悪いは買う人の判断です。
手間のかかる縫製をしている、していない。良い革かそうでないか。長持ちするかしないかといった部分的な事柄の判断は出来ても、良い悪いは人それぞれが決めることだと思います。個々の判断で満足のゆく物を購入すれば、丁寧に扱うので、長く付き合ってゆけると思います。
個人でしている私たちのような鞄職人は、試行錯誤しながら鞄を作ってます。
何が良くて、何が悪いかという判断も作りながら感じ、それぞれ違うと思うんです。

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明日から、2006年のル・ボナーの始まりです。
1日1日充実した鞄作りの日々を過ごして行こうと思ってます。
今年の第一目標は充実した品揃えです。それと妥協のない一品物を作ってゆくこと。
有言実行でいきます。見守っていてください。

2006年01月04日

2006年仕事初め

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私の2006年はこのベビークロコの名刺入れ作りから始まりました。
親しいお客さんにずーと前から頼まれていたのですが、躊躇して先延ばししてた名刺入れです。シンプルな形の名刺入れですが、ル、ボナーでは人気のあるタイプです。
普通の牛革であれば簡単至極なんだけど、クロコは別です。
クロコの表面の凸凹が、薄く割る時に邪魔するのです。
小物を作るとき、革を薄く割るのは絶対必要で、クロコは極端に凸凹していて割り損じする可能性が高く、割り損じするとン万円の材料がパーになってしまいます。
割る時、非常に緊張するのです。何とか失敗せずに割れました。
割りがうまくいけばあとは簡単です。
私は貴重品革をあまり使いません。理由は、しっかりなめされた革の好きな私には哺乳類の革のなめし具合は分かるのですが、ワニやダチョウ、トカゲなんかのなめしの良し悪しはわからないのです。それを説明して、それでも作って欲しいと言われたとき、時々作ります。貴重品革でも象革は別で、一時よく作りました。ワシントン条約後、手に入れられない時期がありましたが、保護する事で増えすぎてアフリカの草原の砂漠化を生み、今は人為的に間引きするので、革は手に入るようになりました。象革は好きなのでまた使い始めようと思ってます。象革が一番丈夫な革だと思います。

2006年01月08日

独立系鞄職人の独り言(1)

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この機械は革のコバ(切り口)を磨く時に使うバフ機です。この機械を使うことでコバ処理が数段楽になります。値段は2万円ちょっとです。それでもコバを処理するのは鞄作りの中で多くの時間を使うのでもっとスムーズにこの作業が出来ないものかと考えつづけながら鞄作りをしています。
そんな時、大手ミシン屋さんで、効率良く綺麗にコバ処理の出来るイタリア製のコバ磨き機を輸入していると聞き、見にゆきました。ヨーロッパの大手鞄メーカーの大部分がこのコバ磨き機を使っているとの事で、実際に持ち込んだ革をその機械で磨いてみると、コバ処理工程のある程度のところまではスムーズにゆきます。しかし多くの場合小ロットで鞄作りをし、染料で仕上げる私たちのような職人には必要がないと分かりました。このコバ磨き機はアタッチメントの交換が手間で、量産工場でパートの人に顔料仕上げで任せる場合はいいと思うのですが、値段が50万円強します。それだったら素人では難しいけれど、2万円のバフ機を数台買ってアタッチメントの交換をしなくて済むようにした方が独立系鞄職人の効率は良くなるとわかりました。
そのミシン屋さんに、コンピューターに型紙を記憶させて、効率よく裁断する機械がありました。これは2000万円で、よく売れているそうです。
このように、鞄作りの業界でも機械化が進んでいます。職人の技術をスムーズにさせる機械はいいと思うのですが、効率優先の機械化はどうかと思います。鞄作りもシステムエンジニアとパートの人が機械をスムーズに稼動させることを最優先させながら作るのが一般的になり、鞄職人という職業は絶滅するのではないかと思います。
効率最優先の中、昔からの優れた技術を効率が悪いからと放棄した鞄作りが横行しています。独立系鞄職人は優れた技術を後の時代に残す役目を担っているように思うのです。

2006年01月11日

シャーク革での特注鞄

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今、シャーク革とフラスキーニのカーフのコンビでブリーフケースを作り始めてます。
年に一度注文の鞄が出来上がると来て、次の注文をしてゆくお客さんで、年に一個ずつそのお客さんに毎年作っています。ほんとは12月完成予定だったのですが、遅れています。
シャークという革はお腹の部分はブヨブヨで使えなくて、側面だけを革にするので、こんなふうに巾が狭く、その上乱暴者の野生児なので傷だらけのため、裁断する時に苦労します。ブリーフケースのサイズになるとつないで作るか、今回のようにコンビで作る事になります。
貴重品革の中では、象の次に私は好きな革です。丈夫さも象の次に丈夫ではないかと思っています。使い込んだ時の独特のなじみ方も象に似ています。
多くの人がサメの革というと、わさびおろしの革や中央に乳白色の粒がある革だと思っておられると思いますが、あれはエイ(スティングレイ)の革です。
革について、誤解して理解されていることが結構あります。何点か記しておきます。
バッファロー革と呼ばれているのは、本物はワシントン条約で捕獲禁止になっていて、東南アジアやインドの水牛の革です。普通の牛より一回り小さな牛です。
コードバンという革は、馬のお尻の部分の表皮より下にコードバン層という繊維の緻密な部分があり、馬一頭から大きいもので60cm×45cmほどの楕円の部分が2枚とれます。コードバンのベルトはつながないととれません。つながない場合一番負担のかかる部分がコードバン層を持たない馬革になり、表皮の弱い馬革は牛革より傷みが早いです。また本来弱い表皮の部分をコードバン層まで削り落として磨き直すのがコードバン革なのですが、表皮の馬革を残したまま仕上げたコードバン革というのも多く見られます。
チンジャーレとペッカリーはどちらも野豚の革で、差はありません。
カーフも日本と欧米では違っていて、日本では牛革の生後3ヶ月までをカーフ、生後6ヶ月までをキップと言います。欧米では6ヶ月までをカーフ、3ヶ月まではベビーカーフと言います。ル・ボナーでは欧米と同じに統一しています。
それ以外にもいっぱいあるのですが、今日はこのぐらいで。

2006年01月15日

娘のショルダーバッグ

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娘のために、ハミが作ったショルダーバッグです。
ル、ボナーでは売っていませんが、私は結構気に入っています。
自由で、軽やかでいいのです。
私もハミも、量産したときの、革の表情の悪いバッグとかは使うのですが、自分のために作ったことはありません。
作ろうとした事は何度かあるのですが、考えれば考えるほど作れなくなってしまうのです。
一つのコンセプトに絞りきれなくて、結局諦めてしまいます。
神戸でお店を出す前は、私はイギリスの釣りバッグのハーディを使っていたし、ハミはミスター、ドーナツのおまけのトートバッグを使っていました。
車の名整備士、古川さんも乗っているのはいつも廃車にする前の車に乗っていて、今レストア中のカルマンギアも出来上がったら売ってしまうそうです。
紺屋の白袴とはよくいったもので、仕事としては天職と思っているのですが、マイバッグは死ぬまで作れそうにありません。

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今日のチャーは寝不足気味。
大嫌いなカメラを向けても、吠え叫びません。
1月23日で7歳になります。

2006年01月20日

修理

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内縫いの鞄の場合、玉ぶちというものを間に入れて縫います。
内縫いする時のガードの役目をするのでプラスティックの芯に薄く漉いた革を巻いて作ります。
カドのところでその玉ぶちの革が擦り切れてプラスティック芯がでてくることがあります。
ル、ボナーの今の鞄は芯を入れずに厚い革を二つ折にして玉ぶちにするように変えました。
変える前までの内縫いの鞄の玉ぶち交換の修理がここのところ何点か連続しました。
よい勉強になります。厚い革の二つ折りに変更して正解だったと思ってます。
今メジャーブランドでプラスティック芯を入れないで玉ぶちにしているのはエルメスだけだと思います。ビトンも20年ほど前のものは芯なしだったけれど、今は違うと思う。量産品の場合、芯なしの玉ぶちで内縫いするのは、大きな経済的ロスを生みます。
修理をするたび、色々と勉強になり、より良い鞄を作ろうと思います。
独学での鞄作りの30年、これからも手探りでの試行錯誤はつづきます。


2006年01月29日

オリジナル金具

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鞄を作る時金具類で悩まされます。独立系鞄職人の場合、資金力がないひとが多いので特に制約を受けやすいのです。既成のカバン用の金具の多くがダイキャストにメッキをしたものが多く、鞄好きの好む真鍮を使った金具は少ないのです。
バックルやカンなどは探せば日本製でみつかるのですが、錠前となると海外のものしかないのが現状です。独立系鞄職人の場合、日本で手に入る海外の真鍮錠前を使うことになり、その種類が少ないため錠前で個性をだすのが難しくなります。
ル、ボナーでは出来る限りオリジナルの金具を作るようにしています。写真の金具はオリジナルで作った金具たちです。錠前は図面を私が書いて、真鍮を削り出して作ってもらいました。ムーブメントの部分をオリジナルにしようとすると、型代だけで数百万円すると聞き、それは当然あきらめて既成のものを使い、表部分のみがオリジナルです。今後も、オリジナルの金具を作ってゆこうと思ってますが、頼む時ある程度のロット数が必要なため、新しく錠前を作るのは年に一種類がやっとです。それでも錠前は鞄の顔なので、大事なのです。
シルバー色はニッケルメッキをするのですが、ル、ボナーでは特別にそれを焼付けでやってもらっています。お店のある場所が海に囲まれているという金具には最悪の条件のため、一般のメッキだと鈍くなるのが早いため、特別にしてもらいます。
バレクストラのブリーフケースに使われているシャーロックホームズロックは錠前だけでオリジナリティーを演出しています。そんな錠前が作れたらいいなー。

今日、古山さんという陽気な鞄好きのお客さんが来店されました。前々からその脈絡のない鞄コレクターぶりには驚愕し関心していたのですが、その古山画伯が来られたのです。
その鞄好きには思わず拍手を送りたくなるほどこだわりのないおおらかなものでした。
古山さんのホームページは面白いですよ。
 町工場二階空目薬煙突工房http://www.entotsu.net/

2006年02月02日

独立系鞄職人の独り言(2)

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久しぶりに総手縫いの鞄を作り始めています。
鞄の手縫いは、靴やスーツと違って見せる手縫いなので、作り手の個性がでてしまいます。一目一目気を使って、それでいてリズミカルに縫ってゆきます。
手縫いは経済的なことを考えなければ、鞄職人にとって楽しい作業です。鞄を作る喜びが味わえて初心に帰れます。しかし手縫いの製品を作りつづけてプロとして鞄職人をつづけてゆくのは非常に難しいと思います。一個の鞄を作るのに時間がかかりすぎて、それを正当な価格で売った時、99パーセントの人は高いと思うでしょう。一番効率よくシステム化して手縫いをしているエルメスの製品の価格は適正とは思いませんが、その半値であれば適正だと思います。エルメスの半値で作りのしっかりした手縫いの鞄を独立系鞄職人が作ってもそれを買おうとする人はごくわずかです。倍の値段のエルメスの鞄を買う人は多いのですが。
手縫いという技術を継承してゆくのは大事な事だと思います。しかし若い独立系鞄職人の人たちは、そのこと以上に作りの良い鞄を適正価格である程度の数をまとめて作れるシステムを構築してほしい。それができれば、無理なく好きな鞄作りをつづけてゆけます。。オリジナリティをもったデザインをして世に問う余裕も生まれてくると思うのです。
美しい手縫いをするにはどうすればいいか、完璧なコバ磨きをするにはどうすればいいかといった技術的な工夫はしつづけなければいけないし、職人にとって楽しい作業です。しかし独立系鞄職人の場合、材料仕入れから生産、販売まで作るだけではなく、全部しなければなりません。トータルな中で鞄作りの日々を見つめることが大事だと思うのです。
30年遠回りをした私の実感です。

2006年02月04日

大正時代の鞄カタログ

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大正時代の鞄のカタログが20年ぶりに私の元に帰ってきました。
このカタログは、鞄問屋の青木が創業100年を記念して、昔のカタログを復刻したものです。渋谷のフジイさんに20年ほど前にお貸していて、お互いそれを忘れていて、フジイさんがル・ボナーを来店された時それにお互い気が付いて、返還の運びとなった代物です。
ファスナーがなかった時代の鞄は威風堂々とした風格があります。この時代、庶民の大部分は風呂敷を使っていて、革鞄は高級品でした。トランクが帝大卒の初任給と同じ金額だったそうです。鞄職人も充実した仕事ができる環境にありました。
ダンボールと鉄枠を革で包み込んだトランクは元々イギリスが発祥なのですが、現存しているものは大部分、日本製です。日本製は縦、横のサイズが畳からきていて1対2で外国のものは3対5サイズなので分かります。日本の鞄作りの技術が戦前は世界トップレベルであった証です。昔、日本製の戦前作られたトランクを分解したことがありましたが、強度を高めるための独特の工夫を見ることが出来ました。
戦後の日本は大量生産、大量消費の時代がはじまり、戦前の職人の技はどこかに忘れ去られてしまいました。戦前の日本の鞄を復刻したいなと、このカタログを見ていると思ってしまいます。

2006年02月07日

旅に誘う鞄

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海を見ていると、海外行きたい病がでてきます。どこよりイタリアに行きたい。アドリア海を見てみたい。一週間、目をつぶっていれば行くのは簡単なことなのだけれど、目の前の仕事が気になって行けないでいます。誰か押してくれる人いないかな。今日もグーグルアースでイタリアの町々を見ています。
海外に旅立つ人たちの多くが鞄の底にゴロゴロいうタイヤで、伸びる取っ手が付いた鞄を持ってでかけます。確かに荷物をいっぱい入れて移動しても楽です。でもかっこ良くは見えないのです。センスのよいあのての鞄を作れたらと常々考えているのですがなかなか形に出来ません。その最大の理由は、鞄を引きずってもつという姿自体がよろしく見えないということがあります。それに加え、既成の伸びる取っ手とかゴロゴロタイヤがプラスチッキーで、よしんば取っ手の横のバーが金属製だとしても安っぽいため、本体をかっこよく作っても、それらが台無しにしてしまうのです。その部品を特注で作るとしたら、あまりにコストがかかり私には現状無理です。良い既製品の部品が登場するのを待つしかありません。
私は大きな革製のボストンバッグをもって、旅には行きたい。
そのボストンバッグに思い出をいっぱい詰め込んでかえってきます。
きっと重くて、途中で放り出したくなるかもしれないけれど、気に入った皮製ボストンバッグならそいつと会話しながら旅をつづけることが出来ます。ゴロゴロ旅行鞄はあとから付いて来るだけで会話は楽しめないのではと思うのです。
大正時代の鞄のカタログをみていて、ファスナーがなかった時代の旅行鞄は威風堂々としていて、持つ旅人の姿にポエムを見ます。現代の旅人にもポエムを演出できる旅行鞄を持って欲しい。私たち鞄職人はそういう旅行鞄を作り出さなければいけません。
多少不便な方が雰囲気があるのは確かです。機能とロマンチシズムのバランスを考えて現代の旅行鞄を作り出さねば。

2006年02月09日

鞄作りのプロを養成する学校

ヒコ、ポスター.jpg
渋谷にあるヒコ、みずのという専門学校の方がこられました。
いよいよ来年からバッグメーカーコースという鞄作りのプロを養成するコースを始められるそうです。今まで文化服装学院しか、しっかりとした鞄関係のコースを持った学校がなかったので、ヒコ、みずのさんには期待しています。
鞄関係の仕事に就きたい人の門戸が広がることで、閉鎖的な日本の鞄業界に新鮮な風が吹き込み,魅力ある職種に変わることを望んでいます。
私が協力できることは、手伝っていきたいと考えています。
独立系鞄職人の中では珍しく既存の鞄業界と関わり続けてきた私は思うのですが、鞄関係の専門学校に行く人の多くが、鞄メーカーの企画として就職し、デザイナーになることを夢見ていると思います。それはそれでいいと思います。しかし現状の鞄メーカーの企画の仕事は素材を選びデザイン画を書くだけで、サンプル作りは工場に丸投げのようです。そのためイメージだけが先行した鞄になりがちです。
洋服のデザイナーズブランドのように、デザイナーはデザインだけでなく、パターンも起こせるし、縫製もできる。出来るけれどシーズンごとのコレクションをデザインするだけで手いっぱいなので、スタッフといっしょにやる。コレクションのサンプルの洋服を作る所までは自社内でまかないます。
鞄メーカーの企画も、パターンを起こし最終サンプルまでを自社内で作るような企画に変われば、もっと魅力的な鞄が既存の鞄メーカーから生まれてくるように思います。
デザイナーを志すとしても、鞄をしっかり作れるようになった上で志してもらいたいと願っています。そうすれば日本の鞄業界が魅力的に変わって行くと思います。

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2006年02月12日

ル・ボナーの日曜日

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日本の多くの人が休日の日は、ル・ボナーにも多くのお客さんが来店されます。
遠方からわざわざ来てくださった人、いつも時間があれば顔を出してくれる常連さん。
そんなお客さんたちに支えられて13年間この場所でやってこれました。
見ず知らずのお客さん同士が、ル・ボナーというお店で、共通の会話の輪が出来た時、お店をやっていてほんとに良かったと思えます。そんな時私たち夫婦も手を休め会話の輪に加わらせてもらいます。
カバンのことは勿論、物好きが多いので、洋服、靴、時計、車のことなどありとあらゆる物についての会話、あと食べもののことなど色々なこだわりが会話のネタになります。そんな時人は明るく陽気です。それぞれお客さん一人一人,人生長く生きていれば重たい部分は当然持っているでしょうが、そういった部分を他人に見せる場ではないので、楽しい会話がはずむ時間を過ごすことが出来ます。
鞄バカだった私は、お客さんとの会話から多くの知識を得ました。鞄以外の神戸のお店の情報や美味しい食べ物屋のことはすべてお客さんに教えてもらったことです。
お店を持ったことは、経済的な事以上に、そんなお客さんたちとの交流が何よりの宝です。
ル・ボナーがお客さんたちの心の休憩所になれば何よりの喜びです。

夜、店を閉めようとする時間に初老のお客さんが入って来られました。四国の松山から車をとばしてこられたそうで、鞄のこと、革のこと色々な事を説明し、お客さんの疑問点にたいしてもお答えし、ブリーフケースとショルダーバッグを購入していただきました。
楽しく買い物が出来て、いい時間を有難うと言って帰っていかれました。
私は幸せをいただきました。

2006年02月14日

鞄作りの年月と共に増える道具たち

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写真の道具は、革を裁断した後、革に穴を開ける道具たちです。
ハンマーでたたく部分が丸いものは既製品で売っているのでそんなに高いものではないのだけれど、
四角いのは鍛冶屋さんで作った特注品なので結構します。だいたい2,3万は一つします。
30年の間に、こんなにいっぱいになりました。
クリッカー.jpgその上、量産をするときには昭和48年製のレトロなクリッカーを使って裁断しているので、鞄の刃型が山のように引き出しに眠っています。
長い間やっていると、色々な道具が山のようにたまってゆきます。
整理して、使わなくなったものは処分しようと思うのですが、もしかしたらまた使うかもしれないと思ってしまい、なかなか捨てられません。人から見ればゴミの山、しかし私たちにとっては思い出の山。

今日、モノマガジンを出版しているワールドフォトプレス社の取材がありました。
3月末ごろに出る<鞄の力>という雑誌にル、ボナーも出るそうです。
どういった形で載るのかはわからないけれど、ライターの人やカメラマンの人と楽しく会話ができました。
お二人共、東京からの日帰り取材だそうで、ご苦労様。それに比べ私は東京に仕事で行く時は必ず泊まりがけです。レトロなホテルに泊まるのが東京出張の最大の楽しみなものなので。                                             

2006年02月17日

東京出張

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15,16日と久ぶりの東京です。
新幹線の車窓から富士山が見えると、充実した出張を感じてしまいます。
のぞみの車内の棚には、出張の人たちのナイロン製の黒の出張用鞄ばかりが見えます。
この棚に、ル・ボナーのビジーが一緒に並んでいたら、他を圧する存在感を示しているだろうなと思いつつ、東京へ。

今回は、ヒコみずのの来年から始まるバッグコース設立室のスッタッフ二人とつい最近知り合った若手独立系鞄職人同伴での、私がお付き合いしている仕入れ先巡りでした。
私は仕入れ先との打ち合わせをしながら、ヒコみずのの人たちには鞄作りを取り巻く業界の現状を実際に見てもらい、どういうバッグコースにしていくか考えてもらうため、若手独立系鞄職人のKさんには広い視野で鞄作りを考えて欲しくて。
レンタカーを借りての東京下町ツアーは少しハードなものでしたが、それなりの成果はあったのではと私は思いつつ幕を閉じました。
その後、月島の赤ちょうちんの居酒屋で、締めの雑談をして散会しました。

私は思っています。知り合った人たちみんなが幸せな日々を過ごして欲しいと。
欲張らずに、やわらかな幸せを求める人には、きっと幸せは寄り添ってくれるはずです。
その日の東京は、春の優しい風が吹いていました。私はタクシーで今夜の宿、学士会館に。

2006年02月25日

ペリンガーのボックスカーフ

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今回の東京出張で最も楽しみにしていたのが、革屋の常務が世界一のボックスカーフと豪語していたドイツ、ペリンガーのボックスカーフを見て触って、良ければ買うことでした。
ボックスカーフといえば、誰もがドイツのカールフロインベルグを思い浮かべますが、今でもポーランドで同じ名前で作ってますが、ドイツで10年ほど前まで作っていたものとは別物です。そのため世界のボックスカーフのシェアをフランスのデュ、プイ社がにぎり、世界で流通しているボックスカーフの多くがデュ、プイのものです。
今回見て触って、さすが私の大好きなペリンガーが作ったボックスカーフ、素晴らしい物でした。
私は何に使うかはっきりした目的もなく、ヨーロッパ皮革コレクターの虫が疼き、革屋の常務の口車にのって高価な革を買ってしまいました。ベビーカーフを使っていることもあいまって、デュ、プイの倍近いお値段なのです。しかし確かに世界一のボックスカーフです。このなめしと仕上げはさすがペリンガーです。

ボックスカーフという革は、本来靴用に作られた革で、最後に熱を加えてスミイレしやすいようになってます。靴用のボックスカーフをそのまま鞄や小物に使うと、使い込んだ時、悲惨なことになります。そのため鞄や小物に使う時は、もう1工程くわえて、表皮の定着を強めます。このことを知らない人が多く、1工程くわえていない靴用のボックスカーフで作った、鞄や小物が結構世の中に出回っています。

今回入手したボックスカーフはベビーカーフ(生後3ヶ月までの牛革)を使っているため、革の厚みが薄いので、ハンドバッグと小物に使おうと考えています。クロームなめしのタンナーの技量は、ボックスカーフを見ると一番よくわかります。ごまかしがきかない、技術力のいる革です。

2006年03月02日

棒屋根ボストンバッグ

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昨日雨の中、九州から来ていただいたお客様がこのボストンバッグを買ってくださいました。
私にとって特別思いいれの強いデザインの鞄です。ル・ボナーを代表する鞄でもあります。
このタイプの鞄の名前は、日本では棒屋根鞄といい、イギリスではハンティングキットバッグと呼ばれています。ファスナーがなかった頃の、トランク、大割れ(ブラッドストーン)などと並ぶ、代表的な旅行鞄です。

この鞄を作りたいと思った時、まず最初にぶつっかた問題はトップに使う金具です。日本製ではいいものが見つからず、海外の金具のカタログから、フィレンツェの老舗金具屋、OBIのものを見つけました。
当時、インターネットも普及してなくて、知り合いの商社を通して個人輸入しました。まとめて買わなければならず、まだまだこの棒屋根の金具の在庫はあります。独立系鞄職人は良い金具の入手では特に苦労します。

表に見えるステッチはベルト以外は手縫いです。手縫いにこだわっているわけではないのですが、この鞄の場合は強度をだすために必要でした。ベルトを通すループはゲタを履かしています。手間なのですが気に入っていて、ル・ボナーの価格帯の高い鞄にはそうしています。

この棒屋根鞄は重くて、使い勝手の悪い鞄です。ル・ボナーでも年に1.2個売れるくらいです。
それでも、この鞄は作り続けます。あるライターが鞄を特集した本の中で、棒屋根鞄を評して下記のように書いていました。

今回の取材を通じて、非常に沢山のカバンを見る機会を得たが、そんななかでもっとも印象に残ったものがこの棒屋根型のカバン。カバンというものが、その革や金属や布の覆いのなかに、人間の移動と結びついた夢や、未知の可能性への期待を包みこんでくれるものであるとするならば、まさしくピッタリのカバンであると言っても言い過ぎではあるまい。持っているだけで、自由にイメージトリップが楽しめるカバンと言ったらオーバーだろうか。

買われたお客様のお孫さんが使いつづけていたら、なんて素晴らしい情景か。そんなことを想像しつつル・ボナーの棒屋根鞄は九州に旅立って行きました。

2006年03月07日

独立系鞄職人、バゲラ・高田夫妻

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http://www.bagera.jp/

先週、バゲラというブランド名で、神戸の垂水で、オーダーメイドで鞄を作っていられる高田夫妻が娘さんを連れて、ル・ボナーに来てくださいました。
作られたものを何点か見せてもらいましたが、丁寧な仕事に感心しました。私たちが高田夫妻の年齢の頃、作っていたものといったら、全然中途なもので、今思うと恥ずかしくなってしまいます。
独立系鞄職人の場合、作るものが偏る場合が多々見受けられるのですが、高田夫妻の場合、作るもののバリエーションも豊富で、オーダーする人も安心して自分の希望を伝え、満足のゆく品が出来上がってくるだろうと思いました。それは夫婦二人で作っているからと思うのです。

高田夫婦を見ていると、わたしたち夫婦の若かった頃を思い出してしまいます。
子供を育てながら、プロの職人として自己流で鞄作りを夫婦でつづけるのは、色々な壁にぶつかります。今考えると、ぶつからなくても良かった壁もたくさんありました。
高田夫妻もこれからも色々な壁にぶつかり、乗り越えて前に進んでゆかれることでしょう。そんな時私たちが少しでもお手伝いできれば幸いです。

ル・ボナーではフルオーダーは顧客の仕事で手一杯なので、新しいフルオーダーは休んでいます。小物は定番商品のみでフルオーダーはやっていません。そのためお断りするケースが多く、せっかく来店していただいたお客様の希望をかなえられないことがあります。そんな時バゲラさんであれば安心して紹介することが出来ます。良い仕事をされているから。

個人でモノ作りをする上で、ハンデのある地方都市。そんな地方都市、神戸で独立系の鞄職人、高田夫妻、靴職人の鈴木君など若い才能が育っています。一緒に刺激を受けながら、切磋琢磨して神戸が独立系職人が多く集う町になり、イタリアのフィレンツェのような町になればなんて素敵なことでしょう。

人は多くの夢を自分の人生の中に描きます。一生懸命生きていれば、その中の大事な何個かの夢はかないます。かなうようにしなければいけません。夢を現実にするため、一歩一歩着実に進んでゆきたい。

2006年03月13日

ビジィーがモデルチェンジ

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ビジィーのモデルチェンジ版のサンプルが出来上がりました。
経年変化が楽しめる出張用の鞄をという要望に答えてビジィーをデザインしました。生まれて3年ほど経ち、使ってもらっているユーザーの意見を聞きながら、改良することにしました。
使っている人の多くがまず感じることは重いということです。経年変化を楽しめるオイルを多く含んだタンニンなめしのミネルバリスシオを使った場合、重くなってしまうのですが、それを何とか少しでも軽く感じれる工夫をすることが最大の課題としてモデルチェンジを試みました。その結果、2本取っ手をやめ、マチの内側にハニカムというプラスチックの軽量の枠をいれ1本取っ手にしました。そのため正面の顔がシンプルになったため少しいじろうかと考え悩んでいて、顧客の何人かの人に意見を聞いたのですが、聞いた大半の人が、ビジネスシーンで使うのでシンプルな方がよいとのこと。このままでいくことにしました。
何点かの部分的な改良を加えて、5月には店頭に並べれるようにしようと思っています。

メンズの定番の補充は月に1型は作るようにしているのですが、去年の暮れからパパスショルダーが好評で連続して生産していたため、メンズの棚は寂しくなっています。4月はブリーフ・シカゴの在庫が黒だけになっているので、茶トチョコと今回はネイビーを作ります。5月は新型ビジィーです。新作も出したいのですが、まずは定番の充実が先です。

定番の鞄も、作るたびに少しずつ新しい工夫をしています。太、細ダレスは20年近く基本デザインは変えていないけれど、今でも作るたびに進化しています。次回の生産においては少しアレンジしたタイプも作る予定です。奇抜なデザインは目を惹きますが、長く付き合う時はオーソドックスなデザインの鞄の方が良いと思う。その中に作り手の創意工夫を注ぎ、センスというエッセンスを加えます。

今日は雪舞う寒い1日でした。そんな中、鞄好きのM氏が来店されました。M氏は鞄の保存のために湿度を一定に保ったワンルームをそのためだけに借りて鞄を購入しつづけている人です。ル・ボナーの鞄の何点かも買っていただいていますが、その事以上に、古き良き時代のヨーロッパの鞄を色々見せていただけるのが、私たちには良い勉強になります。

2006年03月23日

3月下旬のル・ボナー

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仕事机の位置を窓際に変えました。
ハミはこんなに忙しい時になぜ模様替えするの?と怒りますが、したいと思うといてもたってもいられなくなりしてしまいます。年に2,3度は変えています。今回は初めて窓際にしました。外から仕事を見られるのは恥ずかしいのですが、頭を上げると外の風景が目線の先にいつもあるのが魅力です。
仕事道具に包まれた、この仕事場に居るときが一番居心地が良いです。ごちゃごちゃしていても手を伸ばせば全ての愛用の道具に手が届く空間。
時計職人の仕事場は清潔でカッコイイと思いますが、鞄職人の仕事場はゴミがいっぱい出てしまうためごちゃごちゃとしてしまい、清潔で合理的な仕事場にはどうしてもなりません。そんな中では、私たちは大変恵まれた仕事場で鞄を作れていると思います。
また数ヶ月したら理想の仕事位置を求めて模様替えを私はしているでしょう。

今日は休日返上で、タイムリミットぎりぎりの鞄の製作をしていました。
Sご夫妻に頼まれていた、ペアのボストンバッグが明日には出来上がります。関東に戻られる前に、なんとか間に合いそうで一安心。
Sご夫妻は若く可愛いご夫妻で、そんなご夫妻の神戸を楽しむ様を聞いていると、私たちも楽しくなりました。知り合って1年、すっかり神戸の人となったSご夫妻ともお別れです。もっと親しくお付き合いしていればと思いつつ、いやいや、お客様とかばん屋のおやじの関係はこのぐらいのあんばいがいい関係。年月が経ってまた突然来てくださったら、今と同じように、北野坂のあのお店に行ってみましたか?と聞く私でしょう。
3月は出会いと別れが交差する月です。1年半前に転勤で神戸に来て、仕事が休みの日はいつもル・ボナーを手伝ってくれた15年来の悪友の店長(あだ名)も、横浜に戻って行きます。店長は神戸の人になることなく横浜に帰ってしまう徳島人でした。
別れの多いル・ボナーの3月ですが、新しい出会いがこの後あるのかな?

2006年03月25日

ペアでキューブボストン

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若いご夫婦がペアで使うために注文されたキューブボストンが出来上がりました。
中サイズはゴールド色に濃いグリーンステッチ、小サイズはトープと言う名のグレー色に淡いグリーンステッチ。いい表情しています。

キューブボストンのパターンは何度もの試行錯誤の繰り返しの末、今の形に落ち着きました。
ありきたりな形の台形のボストンバッグなのですが、台形の一辺一辺の曲線のバランスと鞄のサイズを何度も変えながら、気に入った今の形に落ち着くまで、何度作ったことか。

私たちは常々、優しさを鞄で表現したいと思っています。同じような形でも、ル・ボナーの鞄はどこか違うと思っていただける工夫をしています。持ってみて、幸せが感じれるような鞄を作ってゆきたいな。

2006年03月27日

シュランケンカーフを使ったクレール

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シュランケンカーフを使ってクレールを作りました。
ソニーファミリークラブの通販で3年ほど売り続けているクレールはオイルを含んだタンニン革で作っていましたが、今回お店だけの限定で、私たちの大好きなシュランケンカーフを使って、作ってみました。今までのものより軽くて、カラフルな色合いなので、春にはピッタシだと思っています。
ドイツのペリンガー社のシュランケンカーフはH社の指定革のため、年に2度程度スポットで買うことしか出来ず、安定供給が難しい革です。そのためこの革の方が良いと分かっていても、通販のような数が動く製品には使えないのです。お店で売る場合はそういったことを気にせず使えます。

このクレールはソニーファミリークラブで、オーダー店使用のショルダーバッグという名称で3年ほど前から売り始めたのですが、まだ続いている息の長いショルダーバッグです。優しくて安心感のあるデザインが長続きの理由のように思います。

5月にはシュランケンカーフが今年になって初めて、まとまった数量と多色入荷します。特別な色のものは無理しても買い込んでしまいます。今回初めての色はオリーバという名称の色で、どんな色かは来てのお楽しみです。きっとオリーブ系の色だとは思うのだけれど。H社の指定する色作りには感心します。色の種類の多さ、発色の鮮明さは特別です。
ケーキ屋さんのショーケースは色とりどりで、見ていて楽しい気持ちにしてもらえます。そんな色いっぱいで楽しい気持ちを提供できるかばん屋さんになりたいな。これからもシュランケンカーフは、ル・ボナーのお店にはなくてはならない大事な革です。

親しくなったお客さんも、ハミのことをハミさんと呼びます。ハミと呼ぶのは、彼女の旧姓が蓮見で、幼友達がみなそう呼んでいたので、私も30年間ハミと呼んでいます。その後親しくなった友人も、取引先の人もハミさんと呼ぶようになり、気が付くと親しいお客さんもそう呼ぶようになっていました。
そのことが、すごく幸せに感じました。何気ないことなのだけれど、親近感を感じていただけるそういった人たちに包まれて、私たち夫婦はありがとうと言います。
クレールは、そんなハミがデザインした、ハミらしいショルダーバッグです。

2006年03月29日

白い薔薇の花束

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Sご夫妻にいただいた白い薔薇の花束。お店が華やいで見えます。
Sご夫妻は2年半の神戸生活にピリオドをうち、関東に帰って行かれました。一年前に始めてル・ボナーに来店された頃は、恋人どうしだと勝手に思い込んでいたのですが、何度か来店され親しくお話をするうちに、お二人がご夫婦であることを知りました。まるで恋人同士のようにチャーミングなお二人で、お話していて爽やかな気持ちを私たちはいただきました。
愛車の紅いアルファで600キロのドライブです。故障せずにアルファはお二人をスムーズに新居にお連れしたかな。
前にSご夫妻にいただいたアルファの新車時の車内で香る匂いの元のフレグランス、気に入ってまとめ買いしました。ある女性のお客さんは、イタリアのいやらし系のおやじの匂いだそうです。言い当てています。私はそれが気に入っています。今度ル・ボナーに来店される頃には店内はイタリアいやらし系おやじの香りと革の匂いで、アルファの新車時の車内のような匂いになっているでしょう。

ル・ボナーには多くのお客様が来店されます。特に夫婦同伴で来られるお客様が多く、仲の良いご夫婦との会話は楽しいです。昨日も神戸にご主人が単身赴任で来られていて、奥様が月に二度ほど神戸に来られる、私たち夫婦と同年代の横浜のご夫婦が、来店されました。奥様が神戸に来られたときは必ず二人で、ル・ボナーに立ち寄ってくださる、私たちと会話がはずむご夫婦です。
奥様は可愛い女性で人生を積極的に楽しんでいるように見え、ご主人はそんな奥様を大きく包み込み、優しく見ている、そんなご夫婦です。
そんなお客様たちがル・ボナーを彩ってくださいます。

センスの良いお客様と会話すると、色々な刺激を受けます。そんなお客様が満足していただける良質な鞄を作り続ける努力をしてゆかないといけないと思います。その先にはもっと魅力的な鞄に包まれたル・ボナーが見えてきます。

好きな鞄を作り、お客様との会話を楽しむ、そんな静かな毎日が楽しい。大きな変化や野望はもう持ちません。ワクワクはしないけれど、平凡なそんな毎日を過ごしてゆきたい。どうやらル・ボナーもこのあたりが良いあんばいの着地点のようです。あとはその中身を充実させてお客様たちにも喜んでもらえ、私たちはそれ以上に喜べるかばん屋を試行錯誤してゆきます。
強そうな鞄ではなくて、優しい鞄を作ってゆきたいな。

2006年04月02日

ラウンドファスナー長財布製作中

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今、ラウンド財布の製作中です。この財布はバックオーダーを一杯いただいていて、やっとオーダー分は作り終え、今は店のストック分を作ってます。この財布はハミも使っていて、レシートとかカードを沢山入れる女性には絶大な支持を受けている財布です。
シュランケンカーフを使って、写真のライムグリーン、トープ、チョコの他、オレンジ、ジーンブルー、紫、ゴールド(茶)も作っています。
3月は一番革小物が売れる月なのに、ル・ボナーでは在庫が底をついています。生産計画が甘かったと反省しつつ、遅ればせながら小物作りの毎日です。

小物を作る時一番の要所は割り漉きです。割りとは革を平均して薄くすることで、漉きとは革のふちだけを削ぐ工程です。
財布などの場合革を0,3ミリに割って、その薄さの部品のふちを斜めに漉くという作業もあります。鞄の場合は割り漉きは自分達でやってしまうことが多いのですが、小物の場合は割り漉きを専門にしている職人さんに頼みます。
数年前まで小物の割り漉きは東京の浅草にある割り漉き名人といわれていた職人さんのところに送っていたのですが、遠くて細かな指示ができにくいことと手間がかかるので、今は知人に紹介してもらった大阪の西成の山西さんという職人さんにお願いするようになりました。
夫婦二人だけで割り漉き専門でやってられるのですが、お願いした割り漉きが出来上がってくるたびに誠意のある丁寧な仕事に感動に近い感謝を感じます。
山西さんに頼むようになってから、あとの作業が2工程ほど必要なくなり、小物作りがスムーズにいくようになりました。割り漉き後の作業をする人が少しでも楽につくれるようにと配慮した山西さんの仕事は、その後の作業をする私に心地よくバトンタッチされます。

素晴らしい仕事をする山西さんは決してそのことを自慢しません。丁寧で気配りの行き届いた仕事を淡々とこなしていく。私が無理な要望をしても嫌がらずにこなしていただける。山西さんは私にとって日本一の割り漉き職人さんです。
良い仕事を受け渡されたわたしは、良い仕事で終わらさないと。そんな仕事のリレーは気持ちが爽やかです。

0,3ミリに割った革は紙のようにかんたんに破れます。しかしそれを2枚貼りあわせると薄いけれど凄く丈夫になります。0,6ミリの一枚革より何倍も丈夫で耐久性を増します。
小物を作る時は、ル・ボナーではそれを多用します。丈夫で出来るだけ薄い革小物を作るために。 ル・ボナーの小物は裏地にも生地や合皮を使わず革を使って作っているので、普通に作ると厚くなるので、工夫します。
その時、精度の高い割り、漉きの技術が必要で、山西さんという職人さんに出会えて幸いです。

2006年04月04日

大正時代のケースの復刻

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戦前の旅する紳士は、ワイシャツはスタンドカラーで、襟だけは何枚も交換用に持ち,旅をつづけました。
上の写真は、その襟を入れるカラー入れです。
欧米では丸い筒型のものしかないのですが、日本ではこのような馬蹄型のカラー入れも作っていました。この形は日本独特で、正面には帯締めのようなひっぱりもデザインされています。ケースの内側の中央はカフス入れになっています。
手のかかった、この日本独特のカラー入れを、現在に甦らせたいと思い、下の写真のハンドバッグ、ジャポネを作りました。手縫いでないとこの形は作れないので、お値段は高めになってしまいますが、歌舞伎やクラシックのコンサートに行くご婦人をイメージして作りました。
ジャポネ.jpg
日本の戦前の鞄職人の仕事は素晴らしい。無名の名人鞄職人の技術を見つめ直し、継承してゆきたい。
戦前のトランクを分解してみたことがあります。トランクは厚ボール紙に革を貼り込んで、口元に鉄の枠を入れて、手縫いで作るのですが、日本製のトランクの場合だけ、革と厚ボールの間に新聞紙を大和糊で何枚も貼り、強度を高めています。そういった手間をかけているトランクは日本のものだけです。そういった見えない手間をかけた戦前の日本製トランクは平成の今でも古道具屋に存在します。欧米製の戦前のトランクは現存するものは少ない。消費社会の現代に逆行して、末永く使ってもらえる鞄を、戦前の日本の鞄職人のように作ってゆきたい。

2006年04月17日

薄いポーチ

ラウンドファスナー、ポーチ.jpg

ラウンドファスナー、ポーチ内側.jpgこのポーチはお客様の注文で作ったモノですが、常々、薄みのセカンドポーチで、さりげなくビジネスマンが持てるものを考え悩んでいます。
私としては、薄いセカンドポーチのほうがお洒落だと思っています。
試行錯誤の繰り返しの中から、ル・ボナーらしい無駄なものをそぎ落として、薄いセカンドポーチを作りたい。しかしこのポーチではないのです。
セカンドポーチは、求めるユーザーの希望に沿うために、マチ幅のある形になりがちで、その方が売れます。しかし紳士が持つ時、バランスがいただけない。
紳士が持って、さりげなく豊かさを感じれるアクセサリーのような薄いセカンドポーチ。
今、セカンドポーチは人気のないアイテムなので、なおさら作りたい。

多くの鞄は、今までにあった鞄をアレンジすることから生まれます。その繰り返しの経験からオリジナルなものも生まれてきます。過去にあった鞄を反芻せずオリジナルのデザインの鞄を考え出そうとすると、無理がある鞄になってしまう事が多い。無理のないオリジナリティは時間がかかります。
しかし鞄は私の自己表現方法。これが私のオリジナルだと言える鞄だけでル・ボナーを表現したい。
しかしまだまだです。試行錯誤はこれからもつづきます。

2006年04月21日

心の充電

06,4,20仕事机.jpg
ここに住んで14年、私たち夫婦は何度かの引越しを繰り返しましたが、この地が一番長くなりました。これからも、鞄を作りながら、この窓越しの風景を見続けます。

仕事に追われていると、見えなくなることがあります。
仕事場が一番居心地が良いはずなのに、その事が見えなくなる。
鞄作りをしている時が一番楽しいはずなのに、感じなくなる。
それではいけません。新鮮にそれを再確認したい。
私たち夫婦は、もう少し仕事が落ち着いたら、季節に一度一週間ほど休みをとって、美しい日本を旅しようとハミと話しています。
人は心の充電をしないと、気力も感受性も鈍ることが、この年になって感じてます。

ハミは海外の都市をダイジェストで旅するより、まだ見ぬ美しき日本を感じたいと言う。
ハミの希望を尊重したい。目的は自分達の居場所を、楽しみながら再確認することだから。

鞄職人として、やらなければならない事は、まだまだあります。
その事を、感受性豊かな美しい日本が教えてくれるような気がします。
体力が昔ほどなくなった分、経験とリフレッシュした感性で鞄職人としての明日に進んでいかないと。

窓越しに見える木々は新緑が芽吹いてきました。
淡い緑色は、老い始めた脳に活を入れてくれます。

2006年04月25日

ペーパームーン・ポシェット

ペーパームーン・ポシェット.jpg
ソニー・ファミリークラブの通販で、松本佳樹の名前で、5月中旬から発売する新作のポシェットです。
40代以上の女性に持ってもらうことを意識してデザインしました。
素材はフランス・デュプイ社にオリジナルで作ってもらったカーフを使っています。手袋や衣料用に適した、質感の柔らかな軽い革です。クロームなめしの革ですが、使い込むと良いなじみをします。

ソニー・ファミリークラブで販売している鞄は、私たちがデザインし、サンプルを作り、安心してお願い出来る、丁寧な仕事をする職人さんに量産を頼んでいます。
ソニー・ファミリークラブさんとは4年ほどつづいています。最初はミセスという雑誌にル・ボナーの記事が載ったのを見たファミリークラブの担当者が、ル・ボナーに直接来られて、それ以来のお付き合いです。
これからも、良い刺激になるので、つづけていきたいと思っています。

神戸の片隅で、細々と鞄を作っている私たちにも、国際情勢が影響するのだと思った出来事がありました。
ここ数ヶ月、フランス・デュプイ社の革が入荷しなくて、大変困ってます。
デュプイ社に問い合わせてもらうと、フランスの雇用制度の問題で、社員の半分以上が抗議のデモに参加していて、革の生産が遅れに遅れているとのこと。フランスの雇用問題が、私たちの仕事に影響するとは思いもしませんでした。待ってもらっているお客さまにご迷惑をおかけしています。
ユーロも高くなっていて、ヨーロッパ皮革を使うのは大変です。
でもヨーロッパの良い革を使いつづけます。日本のタンナーが作った、良い革が見つかるまでは。

2006年04月30日

オリジナル真鍮素磨きのバックル

真鍮削りだしバックル.jpg
真鍮の削り出しで、メッキをかけずに、素磨きのオリジナル、バックルが出来上がりました。
前のがそれで、後ろのが今までの真鍮削り出しに金メッキをかけたものです。

シルバー系(ニッケル)のメッキは簡単には剥げないのですが、ゴールド系のメッキは剥げます。
そのため、前々から金色系の金具は真鍮素磨きのものにしたいと思っていました。
真鍮の鋳物の金具を素磨きにするのは難しいことではないのですが、削り出しで作るものは大変でした。

このベルト用のバックルは今まで、真鍮の板から側面と前面を、それぞれ削りだして蝋付けしていて、メッキでなく磨きだと、つなぎ目が隠せないのです。
そのため磨きのバックルにするためには、一体で削り出さないといけないのです。手間がまるで違ってくるのです。
鋳物ではこのシャープなラインが出なくて、削り出しのほうが硬度が高いので、金具屋さんに無理を言って、がんばっていただきました。

出来上がった真鍮削り出しの素磨きバックルを見て、満足、満足。
真鍮は経年変化で色が鈍るけれど、味のある素材です。
内側の磨きが少々甘いのですが、そこまでしっかり磨くとコストがかかるそうなので我慢しました。

おそらく、真鍮で溶接せずに一体で削りだして、素磨きしたバックルを使用するのは、ル・ボナーが最初だと思います。だからどうしたと言われれば、作り手の自己満足なのかもしれません。
でも気になるところは、出来る限り満足のいく様に変えてゆきたい。
そうすることで、仕事はより楽しくなり、良い仕事につながると考えています。

金具で次に考えていることは、ステンレスで金具を作れないかと。
銀色系(ニッケル)のメッキは剥げにくいけれど、できればメッキしない金具にしたい。
シルバーは高価だのに、硬度がたりない。それに比べステンレスは硬度は充分。逆に硬度がありすぎて加工が大変です。チタンも考えたのですが、やはり価格が高くなります。
加工の問題をクリアーできれば、ステンレスはすばらしく適正な素材です。
じっくり腰を据えて、試行錯誤を繰り返して実現をめざします。

2006年05月02日

小さなちいさなダレスバッグ

太ダレスA5.jpg
横24cm×縦17cm×巾12cmの小さなダレスバッグを現在製作中。
前にフルオーダーで、ベビーカーフのグレー色で作り、気に入っていただき、追加でこの2つ。
今回はシュランケンカーフのこの2色での注文です。
セカンド・ポーチとして使われるのですが、注文されたのは男性です。
作り手の立場から言うと、定番商品として作る事はまずない、こういったタイプのフルオーダーは、作っていて楽しいです。
定番商品として作っても、値段がほどほどであれば、ほどほど売れると思うのですが、製作の手間ひまを考えると、サイズの割りに高い値段になってしまうので。  でも可愛いなぁー。

今ル・ボナーでは新規のフルオーダーはお休みさせてもらっています。
今まで何度か買っていただいた顧客のオーダーで手一杯で、新規でオーダーを受けると、お店の定番商品の補充に支障をきたしてしまいます。

私たちは、鞄を通じて私たちを表現したいと願っているので、オリジナルの定番商品メインの鞄作りを大事にしたいと考えています。
おかげさまで、定番の鞄のバックオーダーも多くいただき、フルオーダーに頼らなくても、お店を続けていけてます。
私たちのオリジナルバッグで、お店の中がいっぱいになったら、限定的な形でフルオーダーは再開しようと思っています。その時は、オートクチュールのような形式で出来たらいいなと考えています。

日本の多くの人は、ゴールデンウィークに突入です。
私たち夫婦は逆に休日の木曜日も返上して、お店を開けて、鞄作ってます。
常連の若夫婦はローマだそうです。去年の秋にフィレンツェに行って来たばかりなのに、なんと優雅なことか。  嫉妬。今週末にはローマのみやげ話を聞かせていただくことになりそうです。
私のイタリア好きは、顧客の間では、周知の事実で、何度もイタリアに行っていると思われています。
しかし、一度も行った事がなく、観光ガイドマップなどを見ながら、心だけはイタリアに飛んでます。

2006年05月08日

ゴールデンウィークのル・ボナー

4月8日ル・ボナー.jpg
今年のゴールデンウィークのル・ボナーは、接客で大忙しでした。
去年までのゴールデンウィークは、逆に静かなぐらいで、鞄作りに集中していたように思います。
今年は、ほんとに多くのお客様に来ていただき、嬉しい悲鳴をあげてしまいました。
特に、遠方からのお客様が多く、大分や北海道からも、足を運んでいただき感謝、感謝です。

遠方より来られたお客様に、ル・ボナーを知ったきっかけを聞くと、ホームページを見てと言われる人が多く、ホームページを持ってほんとに良かったと思います。
ブログの方は、私の趣味と化し、こまめに更新しているのですが、ホームページの更新はペースが遅く、がんばって充実をはからないとと思案しています。

顧客が何組か重なっても、仲間同士のように沸きあいあい、楽しく出来るのですが、初めてのお客様が何組か重なると接客しづらい、什器の配置になっています。模様替えした方がいいかなと考えています。
年に何度もあるわけではない、いつもは静かなル・ボナーですが。

お店に並べる鞄が寂しくなってきました。がんばって補充しないと。
新型のビジィーも好評で、バックオーダーを何個かお受けしたので、急いで生産しないと。
これから作る方で忙しくなるル・ボナーです。

祭りの終わった後のような、今日のル・ボナーです。
常連の若夫婦がイタリア旅行のみやげにいただいた葉巻を一服燻らせて、気分一新鞄作りを始めます。

2006年05月10日

キーホルダー  ル・ボナー

ベルトキーホルダーウエブ.JPG
20年近く作り続けているキーホルダーです。
ル・ボナーの商品の中で、買いやすい値段の商品ですが、ル・ボナーを特徴付ける技術を盛り込んで作っています。いせ込み、斜め漉き、コバ磨きなど。ナスカンもニッケルメッキではなくて、クロームメッキで仕上げています。
私にとって思い入れの強い小物です。それ故、名前もル・ボナーと付けてます。

一番厚みのあるところで6ミリ強あるのですが、その厚みを感じさせないで、質感は残す工夫をしています。

同じタイプのベルトキーホルダーは他のブランドからも出ています。
でもル・ボナーのベルトキーホルダーは比べると手をかけて作っていることを、解っていただけると思います。
シンプルな小物ですが、ル・ボナーの技術の多くを入れ込んだ一品です。私も愛用しています。

私は物の良し悪しは、値段の高い安いとは関係ないと思っています。
作り手の思いが入っていて、買う人がそれを感じれれば、良い物だと思います。
マーケティングや宣伝力から作られたモノは、消耗品で、飽きてしまいます。
いっぱいなくてもいいから、心を感じれる物たちと一緒に過ごしたい。作ってゆきたい。

Fポーチ.jpg

10年近く前に、特注で作ったポーチがハンドル交換で戻ってきました。
本体はシャークスキン(サメの革をヌバックのように起毛させたもの)で、ハンドルなどの部品はオーストリッチを使って作りました。
シャークスキンはまだまだ現役ですが、オーストリッチの部分が弱い。毎日ご主人さまのお供をして、この状態なら合格点かな。
ハンドルその他を交換して、綺麗にお手入れしてあげれば、このポーチ、毎日使ってもあと10年は大丈夫でしょう。出来れば、何個かのポーチを交換しながら使っていただくと、一生ものですが。

このポーチの持ち主は、ここにお店を出した14年前からのお客様で、爽やかで魅力的な人です。
彼が驚くほどに、綺麗な状態に復活させてみせます。

2006年05月16日

革に埋もれながら

革棚.jpg

革の在庫がますます増えてます。革屋の棚に保管してもらっている革もお店に持ってくると、仕事をする場所がなくなるほどに、今革がいっぱいです。
無謀に見える在庫量ですが、1年の前半に気に入った革は買えるだけ買って、後半は買い控えて、鞄を作り続けて、在庫を減らす計画をたてているのですが、計画どうりになるかどうか。
夏より冬の原皮が質が良く、そのためもあるのですが。
あれも作りたいし、これも作りたいと頭では考えて革を買い込むのですが、なかなか生産力が追いつきません。がんばって作らなければ。

1枚の革を買うのにも躊躇しながら、鞄を作っていた時期が長かったため、その反動で作りたくても革がないために作れないというのだけはイヤで、買えるときには過度に買い込んでしまいます。
在庫を出来るだけ持たずに、材料を必要量仕入れて作る事が、製造業の商売成功の最も重要な事と言われていますが、私たちはその反対を、確信犯的に続けています。
鞄を作ることが私たちにとって一番大事なことだから、そのことを制約されたくないのです。

良い革は、ワインのように、寝かしていると熟成され、より良くなめされるので、まあいいかと自分達を納得させています。

06・5窓越し.jpg

今の仕事机の位置は、結構気に入っています。
機械と道具が、私の周囲にあり、包まれている感じです。
頭を上げると、窓越しに新緑が美しい。
なかなかこんな恵まれた仕事場はないと思います。
20年経って70歳になっても、同じように此処で大きくなった木々を窓越しに見ながら、常連のお客さんたちと楽しく会話をしながら、鞄を作りつづけられていたら、最高に幸せです。
その時、20年前に仕入れた革がまだ棚に残っているなんてことはないと思うのですが。

2006年05月20日

ボストンバッグと流行について

ミネルバ・ボストン.jpg
4年ほど前に作ったボストンバッグです。その後、目の前の仕事に追われ作っていません。
カジュアルなデザインのカバンが、ほんとは私の一番得意とするところなのかと思います。
ボストンバッグは、カバンらしい、夢を包み込んだ感じがして、大好きなタイプのカバンです。
色々な形のボストンバッグをお店に並べたいと思うのですが、旅行で使うカバンはゴロゴロ付カバンが主流に使われるようになり、ボストンバッグの需要が減ったので、ボストンバッグを色々並べるのは勇気がいります。

メンズのファッション雑誌を見ると、ここ数年トートバッグの特集を多く見ます。意図的に業界がコントロールして流行を作っているように思えて抵抗がありますが、私たちもその流れを無視は出来ません。
トートバッグは少し前までカジュアルな場所で使用するカバンでした。それがここ数年、ビジネスシーンでも普通に使われるようになってます。

情報が洪水のように流れている現代社会で、長く付き合っていける自分らしいモノに出会うのは、逆に難しくなってしまっているように思います。
失敗を繰り返しながら、自分らしいお気に入りのモノに出会えたら幸せです。
流行ではなく、自分らしいモノを身に着けている人は素敵です。

型紙を整理していると、少し前までよく作っていたのに、ここのところ作ってない定番のカバンがいっぱいあることに気づかされます。生産計画をしっかりたてて、お店に並べるようにしなといけないなと思います。

夫婦二人の小さな鞄屋、ル・ボナーは多くの人を満足させることは出来ないけれど、買っていただいたお客様が気に入っていただいて、自分らしさを表現するカバンであってくれることを希望しながら、作りつづけます。

2006年05月24日

平和な日曜日

5・24ボナー.jpg
平日のル・ボナーは来店されるお客様もまばらで、鞄作りに専念しています。
でも土日は、多くのお客様が来店してくださいます。

前の日曜日も多くのお客様が来店していただきました。
いつものローマ帰りのF夫妻がじっくり腰をすえ、前日のパーティーのお話。
行き付けのバーに集まる常連客で、数ヶ月に一度催されるブルジョア遊び人のパーティ。今回はシステムキッチンのショールームを使っての蕎麦うちパーティー。F夫妻はその末席に、借りてきた猫のように座り別世界を体験してきたそうで、ある人は趣味のジャズの私的なCDを作るため、ニューヨークからジャズの大御所を呼び、録音スタジオを借り切ってセッションをしたそうです。遊びのレベルが違う人たちが世の中には居るのです。

そんな話をしていると、いつもは奥様と一緒にBMWのM3を思いっきりチューニングして大きな排気音を奏でながら来られる、60歳を充分過ぎたお客さんが、今日はハーレイの刺繍が背中に大きく入ったGジャンで来られ、お目当ての小物を買われて颯爽と帰っていかれました。その後30分ほどして戻ってこられ、乗ってきたハーレイダビットソンのローライダーのエンジンがかからず、30分ほどの間四苦八苦されていたようです。F氏と私が押しがけしハーレイは去って行きました。久しぶりに体力を使いました。

お店に戻ると、ル・ボナーの顧客の中でも一番の若々夫婦が。この美男美女の若々夫婦のご主人は結婚前、学生だった頃からの10年以上のお客さんです。鞄や時計の話しをみんなでしていて、若々夫婦の奥様はジャガールクルトのレベルソをされています。女性がつけるならベストチョイスの時計と私は思っている時計です。その選択に拍手。

顧客の若夫婦二組とワイワイガヤガヤ話している時、初めてのお客様。仙台から来られたそうで、飛行機の時間が迫っていて大慌てのル、ボナー滞在。ゆっくりお話できればよかったのだけれどと、少し後悔。
仙台からのお客さまがお持ちだったカメラは、良いカメラだったとF氏。私も良いカメラを入手すれば綺麗な写真が撮れるようになるのかなあと言うと、その前に技術とセンスを磨く事が一番と全員一致の意見。確かにF氏のローマの写真は、ボロいバカチンカメラで撮っているのに良い感じ。カメラの腕もあげなければ。

そんなこんなで、あわただしく時間が過ぎっていった日曜日。でも幸せな日曜日。
顧客のお客様に招待状を出して、ル・ボナーの店内と野外を使ってパーティをしたいな。
お金はかけれないけれど、楽しい思い出が残るようなパーティーを。

2006年05月28日

若き鞄職人たちの明日

http://www.flathority.com/about.htm

猪瀬.jpg

猪瀬さんは三代つづく老舗の鞄メーカーです。
ル・ボナーは通販の仕事でお世話になり、2年近くお付き合いをさせてもらっています。
東京出張の時は、必ずといっていいほど顔を出しています。
社屋は下町の綾瀬にあり、昔懐かしい木造校舎のような建物で、気の良いベテラン職人と鞄作りに夢をもった若者が働く、居心地の良い職場です。

日本の多くの鞄メーカーは、鞄問屋の企画をどう効率良くこなしてゆくかを考え、鞄作りの本来の楽しさに目をつぶって、商売の部分ばかりが目に付く会社が多いように思います。海外に工場を作って、国内に若い鞄職人が育ち難い環境を作っているメーカーも多くなりました。

そんな中、猪瀬さんは若い人の感性と、ベテラン職人の技術を合体させて、オリジナルブランドを立ち上げました。それがFlathorityです。
いくつかの鞄メーカーで、オリジナルのブランドを作っていますが、特にメンズ系の鞄メーカーは既存の縫製方法と型紙を使って、素材を変え、目先を変えただけのものを多く見ます。
猪瀬さんのFiathorityは違います。型紙の段階から工夫と努力が見えてきます。若い感性が感じられます。商売ではない、鞄作りの楽しさがFlathorityの鞄たちにはあります。

営業部分を持たない鞄メーカーがオリジナルブランドを始め育てるのは、実りが目の前には見えない、五里霧中を歩むようなもの。でも、希望の光を信じて、投資を続ける。
独立系鞄職人と違って、鞄業界の中枢である鞄メーカーは背負っているものが大きいから
保守的な部分も守らなければならない。

Flathorityのプロジェクトはワクワクします。
一度は諦めた一つの夢が、この企てのせいで、私の中にフツフツとわいてきました。
デザインする人が、実際に作ることで生まれる鞄には一貫性があり、製造の現場では老いも若きも対等のデスカッションがなされて鞄が生まれる。
文化祭のようなそんな現場が羨ましい。
お金ではない、夢を紡ぐそんな共同作業のお仲間に入れて欲しいな。

2006年05月30日

新ビジィーが出来上がりました。

新型ビジィー.jpg
出張用カバン、ビジィーがモデルチェンジして登場です。
今回は黒、チョコ,茶の3色で作りました。
内側にプラスチックの軽量ハニカム構造のワクを入れて、一本取っ手にしたことで、持ちやすくなりました。ミネルバリスシオを使っているので、軽いとはおせいじにも言えませんが旧作よりは軽くなりました。適正な進化をしていると考えています。二本取っ手の旧作に比べデザインがシンプルなものになりましたが、ビジネスシーンで使用する場合、その方が良いというお客様の意見を尊重しました。

今回、関東に戻られたSさんに頼まれていた本体をシュランケンカーフの茶、付属にミネルバリスシオの茶を使ったコンビの新ビジィーも一緒に作りました。同じ茶のコンビなので新品の状態では大人しく見えますが、使い込むと、シュランケンカーフは変化するのに時間がかかるのに比べて、付属に使っているミネルバは凄く変化するので、どんなコンビネーションを見せるか、何年か先の使用後のこのビジィーを見るのが楽しみです。

バトラッシーが作るミネルバ系の革のお手入れは、特に水拭きを奨励しています。
元々オイルを多く含んだ革なので、これ以上別のオイルを含ませると革が油過多になり、アップアップして早く老化します。
全体を濡れたタオルで水拭きして、汚れと汗に含まれる塩分を取ってあげて、ついでに古くなった油分を取ってあげると、革の内側から新鮮な油分が表面に出てきて革を活性化させ、良い状態を長く保ちます。
水拭きした後、乾拭きすると爪傷なども収まります。
どんな革でも水拭きが良いわけではありませんが、ル・ボナーで使用している革は大部分、その方法の手入れが適当です。革によってはその後、保湿油を入れた方が良いものもあります。

2006年06月04日

エルメスのバーキン

バーキン特大.jpg
ル・ボナーのお客様のお持ちのエルメスの大きなバーキン。素材は、成牛をシュリンク加工したデュ、プイ社のラグーンブルでした。エルメスではトリオン・クレマンスという名称の革で、大きな鞄を作る時に良く使われている革です。
エルメスの場合は、流れ作業ではなくて、縫製を一人の職人がこなすので、製品の良し悪しが個々差がでます。このバーキンは丁寧な仕事で、美しい仕上がりでした。収め難いラグーンブルのフワフワしたコバを顔料での処理ですが美しく収めているし、麻糸のミシンステッチも素晴らしく、当然手縫いの箇所も美しい。素晴らしい技術を見せて頂きました。

エルメスは生地で作ったトートetcなんかの量産品以外の鞄作りの姿勢は尊敬しています。多くの事を学びます。あの値段を出せる人には一押しのブランドです。

昔、光輝いていたブランドが色あせてきたように思います。
多くのブランドが大資本のグループの傘下に収まり、利益追求が最大目的となり、作り出すモノが魅力的でなくなったように思います。
20年ほど前は、強い色香を放っていたヨーロッパのブランドが作る作品が、利益追求のための商品にかわり、夢や憧れを求められなくなってきたように感じます。
その中で、エルメスは独立独歩、色香を放つ作品を創り続けている数少ないブランドだと思います。
私はそんなエルメスに刺激を受けます。

適正価格の商品のニセモノはつくらないし、技術力のいるすぐニセモノだとばれてしまうモノは、ニセモノが出回らない。
良い仕事から生まれるモノは、かけがいのない価値を持ってます。
そんな仕事をしていきたい。

2006年06月09日

手縫いの馬蹄型小銭入れ

小銭入れ馬蹄.jpg
手縫いのオーダーをする前には、手縫いの感覚を取り戻すために、試運転的にこの馬蹄型小銭入れを作ります。手縫いはリズムが必要で、時々しかしない私には試運転が必要なのです。
鞄や小物の手縫いは、スーツや靴と違って見せる手縫いです。一目一目気を使います。
楽しい作業ですが、工賃換算すると割のあわない作業です。でも面白くて夢中でしてしまいます。

馬蹄型小銭入れは多くのブランドから出ています。斜め縫いは手縫いの専売特許だと思っていたら、斜め縫い出来るミシンがあることを知り、恐れ入りました。
馬蹄型小銭入れも、外国製のものは大きくて、日本製のものはそれより小さめのものが多いです。
ル・ボナーではその中間ほどのサイズのパターンで作っています。
また日本人はキューと締まるのを好みますが、外国ではそのことにあまりこだわりません。エルメスの作る馬蹄型小銭入れはゆるゆるプカプカです。私は日本人なのでキュッと締まることにこだわってしまいます。

馬蹄型は小銭入れの中の王様だと私はおもっています。バランスが絶妙な小銭入れです。
ダービーハット.jpg話は変わって、この帽子ボーラー(ダービー)ハットと言います。昔からこの形の帽子が欲しかった。 私の普段のスタイルで、この帽子はアンバランスなのは分かっているのですが、この形が大好きなのです。
本格的な英国製のボーラーハットはウールフェルトを型だししてその後表面をバーナーで焼き固めるので、叩くとコンコンいうほど硬い帽子です。
日本では戦前、かぶっている人は普通にいたみたいですが、今では芸人さんが舞台でかぶるのを見るぐらいで、巷では見かけることはまずない帽子です。
神戸堂のご主人に相談したところ、英国の老舗ブランドのボーラーハットをオーダー出来るとの事。
帽子は自分が似合うと思ってかぶり続けると、どんな帽子も似合ってくると信じて、私は本格的な英国製ボーラーハットを入手します。
この帽子をかぶっている私自身を明確には想像出来ないのだけれど。

2006年06月17日

バトラッシー社のナッパシーディー

ナッパシーディー.jpg

今、イタリアのバトラシー社のナッパシーディーという革でボストンバッグを作っています。
この革はバトラッシー社の専売特許のようなイタリアに古くから伝わるバケッタ製法で作られた革で、基本的にはミネルバと同じです。違うのは最後に独特のツヤを出すため、卵の白身を塗って磨き上げていることです。たんぱく質をコーティング剤として使っているのです。
一般的に革の表面にツヤを出す方法は、ラッカーなどを塗るか摩擦をかけることでだします。前者の方法の方が光沢が強く、後者は鈍めのツヤになります。使い込んだときは後者の方が革が長生きします。
そのバランスをとった方法が卵の白身なのだそうです。
どんな風な表情のボストンバッグになるか楽しみです。
ニューボストン.jpg
数ヶ月前に、デュプイのカーフで作ったサンプルのボストンバッグです。
これを少し変更しての本生産です。良い鞄になる予感がします。
イタリアのフラスキーニのデッドストックのカーフのパペーテでも一つ作ってみます。

革は国によって、個性がありました。イタリアはねっとりした質感を重要視し、フランスは美しい発色を大事にし、ドイツはなめしに力を注ぎました。
しかし今は国による個性の差は弱まり、平均的な革に統一される傾向にあります。
そんな中で、魅力的な革を見つけ出すのは、大変苦労します。
日本人は、色落ちやキズつきやすいことを極度に嫌う傾向があるため、その傾向に沿った革をつくり、そのため革でなくてもいい様な合皮のような革を作り出してしまいます。
そういった革は、ル・ボナーでお手入れ方法で勧めている水拭きは、危険です。

ル・ボナーでは、出来る限り魅力的な革を取り揃えるようにこれからもがんばっていきます。その革が生きるデザインを心がけて鞄を作ってゆきます。
頑張りすぎずに、柔らかで優しい鞄を。

2006年06月28日

ベルトの製作

6末注文ベルト.jpg

月に一度、オーダーのベルトを作ります。バックルを止める部分を手縫いで処理しているので、サイズを調べてから作ります。毎月月末の数日、平均10本前後の注文をこなしています。10本前後の数であればプレッシャーも感じず、楽しく仕事ができます。

1年前までは、毎月40本ほどのベルトを作っていましたが、長さ、革の種類と色、糸の色など全部違うオーダーベルトを毎月40本こなすのは、頭の中がパニックをおこしてしまいました。時間的な負担もバカになりません。あの頃に比べて今は良い按配。ストックしている革で、ベルト用の革としてカタログに載せていない革でも、ベルトに適しているものであれば作れる余裕も今はあります。
ベルト断面.jpgル・ボナーのベルトは革を3枚重ねて作っています。真ん中の芯に使う革は斜め漉きをかけています。一般的に売られているベルトの場合、多くがこの芯材に紙系のものを使っています。紙系の芯材を使うとベルトは長持ちしません。
ル・ボナーでは紳士ベルトの場合、厚みが薄いベルトを厚く見せる工夫ではなく、厚みがあるのに薄く見せる工夫をしてベルトを作っています。使い続けると、その差がわかります。

北欧の革で、厚みが7ミリ強あるものを入手しました。一枚革で7ミリ強の厚みを持った革はあまり見たことがありません。既製の一枚仕立てのベルトで厚いなあと思って見てみると、とこ革を圧着して厚みを足してるものが大部分、ほんとに一枚で厚いものはなかなかみません。
この革で、一枚仕立てのベルトを作ります。
厚い革.jpgブッテーロの原厚と比べても、3倍ほどの厚みです。
作るのが楽しみです。この一枚仕立てのベルトには、オリジナルで作ったバックルは似合わないので、それ用のバックルを用立てしないといけません。浅草の三筋にある柳場で真鍮の雰囲気のあるバックルを探してきます。ヤナギバは古き良き時代の金具屋の雰囲気を今でも残している貴重な金具屋さんで、真鍮の無骨なバックルを多く扱っています。ヤナギバのおばあちゃんが元気だった頃は、夏には冷たい砂糖入りの麦茶をだしていただきました。今でもカウンターにはいつでもどうぞと飴ちゃんが籠に入ってあります。ヤナギバに行くと必ずトイレを貸してもらいます。初めての人は少し恐怖を覚える、もう見ることも少なくなったクラシックな水洗トイレが今も使われています。

2006年07月04日

新型ボストンバッグの完成

ボストン、バタフライ.jpg
新しく型紙を起こして作った、軽くて使いやすいボストンバッグが出来上がりました。
横から見るとパターンが作り出す絶妙なバランスを感じていただけると思います。
ハミがパターンを起こし、私が作りました。このパターンに決定するまで、何度かサンプルを作りディスカッションを繰り返しました。その結果生まれたボストンバッグです。

縦31cm×横45cm×巾22cmの大きさで重さは1000gです。軽いと思います。その上、外側の目立ち難いところに長財布が入る大きさのファスナーポケットが2つ付いています。それでいて革の質感は充分。耐久性のない馬革などの軽い革を使って軽量に仕上げるような小細工は使っていません。

ボストン横.jpg
黒はイタリア、バトラッシー社のバケッタ製法のナッパ(ミネルバボックスより厚みを薄く仕上げた革)を使っています。チョコと茶はナッパCD(ナッパの革の表面に卵の白身を塗って磨いて光沢をだした革)を使っています。
一番前の緑のだけは、イタリア、フラスキーニ社のデッドストック革のパペーテで作ってみました。フラスキーニ社はイタリアを代表するクロームなめしのタンナーです。数年前まで、独特のなめしをしていたタンナーです。うなぎのタレのように、先祖代々の使っていたクローム液に継ぎ足し継ぎ足ししながら革をなめしていました。他で聞いた事のない方法です。
そのため、非常にねっとりとしたイタリアらしい美意識をもった革に仕上がっています。その代償に強い刺激臭がします。もう作られることのない愛すべきイタリアンレザー。
緑以外は税込み77,700円です。緑だけは88,200円にします。

ボストンバッグという鞄が好きです。ボストンバッグは良質の革で仕上げたものがいいと思う。夢を一杯詰め込めるような気がします。
今年中にもう1型、カジュアルなタイプのボストンバッグを作ります。

2006年07月08日

デュ、プイのロダニール

ロダニール.jpg
ヨーロッパの皮革業界も、大ブランドの消費サイクルに追従する形で、クローム系の革は特に傷がつき難く、色止め効果のある顔料染め仕上げの革が巾をきかせています。そのことは反比例して耐久性が弱まる革、馴染みを楽しめない革ということです。そんな中で、私が好きな耐久性があって、馴染みを楽しめる染料仕上げの革を探し出すのは困難な状況になっています。

この革は、フランス、デュプイ社のロダニールという革です。デュプイ社の作るカーフで、久々にドキドキする感情を懐かせていただいたクロームなめしのカーフです。
染料のみの仕上げで、フランスのタンナーが得意とする、爽やかな染め色で清潔感があります。肌触りもしっとりときめ細やかです。
ここまでの染料仕上げの革になると、原皮段階の傷を隠すことは出来ず、相当厳選した原皮を使わないといけない。そのため値段が高い。うー 使いたくても使いずらい革です。

マットでソフトな仕上がりのロダニールのようなカーフは、ボックスカーフなどの腰のある革で作る、シックな装いの鞄には向きません。カジュアルタイプの鞄に向いています。そのため価格が高いと厳しい。
市場性がないため革屋さんも仕入れてストックはしてもらえず、今回だけはサンプルという名目で少しだけ入手しました。20年ぐらい前までのグッチが作っていた、縫製のいい上品なカジュアルバッグをル・ボナーなりに再現したくて。

上品なカジュアルバッグの代表格はロエベでした。大ファッショングループの傘下に入り、昔あった独特の色香は薄まったような気がします。私にとって良き先生であったそういったヨーロッパの老舗ブランドがお金儲け優先で、心豊かなもの作り文化をこの頃軽視しているように思えてなりません。
それが私が使っているヨーロッパ皮革の品質にまで影響しています。
現在の大きな経済輪廻の中で、ほんとの豊かさが軽んじられているような気がします。

そんな中、ル・ボナーは心豊かな鞄作りをしてゆきたいと思っています。
ル・ボナーの革の棚には、イタリア、フラスキーニのデッドストックのカーフやデュプイのロダニールなど一番使うのに困るタイプのカーフ革が増えています。ゆっくり鞄に仕立ててゆきます。


2006年07月10日

ハミの贅沢な裁断

ハミの贅沢裁断.jpg
ハミが裁断するとこうなります。真ん中の綺麗な場所から裁断を始め、周りを多く残します。こんな裁断方法が許されるのはエルメスぐらいです。取り都合から考えれば最悪ですが、出来上がった鞄の行く末を考えるとベストな裁断方法です。

コンピューター裁断機だったら、1,5倍は取りきるパーツの量が違うでしょう。
昔、製造卸しをしていた頃の私だったら、もったいないと烈火のごとく怒っていたでしょう。しかし今はお店を持って売っているので、鞄にとってはベストの裁断方法なんだからと私もハミの影響を受けて、私の裁断も同じようになってきました。

革は放射線上に伸びません。それに反した方向に裁断すると伸びます。端にいけば行くほどその性格は顕著にでます。取り都合だけを考えて裁断すると、伸びてしまうパーツも多くなるので芯材を多用してそれを防ぎます。裁断に気を使えば、伸びるのを防ぐための芯材を使わなくて済みます。
革の表情感を損なわずにカバンを作る場合、出来るだけ芯材は使わない方が良いと私たちは考えています。

ル・ボナーのカバンは統一性がないとよく言われます。その通りだと思います。
しかしそれで良いと思っています。それぞれの革が一番活きるであろうデザインと縫製を大事にしてカバンを作ろうと、ハミと私は思っています。

2006年07月11日

ル・ボナーの模様替え

6,29工房模様替え.jpg
仕事場の模様替えをしました。ハミと私は今回の模様替えは大変気に入っています。
仕事がし易くなったし、仲の良い顧客の人たちが来ても、仕事場の裁断台が憩いのテーブルに早代わり。
ただお店から仕事場への敷居をまたぐにはチャーの許可が必要です。彼が威嚇して吠え始めるとうるさいので、どんなに親しいお客様でもチャーのために制限されてしまいます。

前回の土日も多くの顧客がル・ボナーに来店していただきました。
九州から、関西出張の時は必ずル・ボナーに立ち寄ってくださるT氏。今回は奥様と自分のカバンの下見。趣味の良い選択をされるT氏の持ち物は私にとっていい勉強になります。レトロ過ぎず、モダン過ぎず良い感じ。

ル・ボナーの顧客の中で一番の若々夫婦は26年前登録のジープのJ37を購入したことを報告に。
私が一番愛した車のJ37を購入するのです。東京まで行って程度の良い、まだ走行距離が5万キロのJ37を買ったそうです。見るのが楽しみです。ご両親を連れて来てくれたのに、商売そっちのけでJ37の話をしていました。

その後、カバンと靴のためだけに湿度調整したワンルームを借りているM氏。出来たばかりのボストンバッグを見に来て、フラスキーニのパペーテで作った緑色の革の質感を気に入られたのですが、刺激臭に抵抗があって、泣く泣くナッパCDの茶を購入。M氏のカバンと靴だけのワンルームにル・ボナーのカバンがまた一つ増えます。

ビンテージのアロハとジーンズで、インディアン系のシルバーを一杯つけて来られるO氏はル・ボナーの顧客の中では独特のファッション感覚の中年青年です。その日はいい感じの雪駄を履いて来られました。
値段を聞くと47,000円。欲しいけれど買えない。O氏は履物が特に好きで和洋合わせれば60足はもってます。ムカデじゃないんだからそんなにいらないだろう。
O氏はここ半年、ダイエットに成功して10キロ痩せました。私も見習って頑張ってみようかな。

イタリアの車が好きで、私にアルファ147を強く勧めているY氏が来店。マセラティを買ってまだ1年も経っていないのに、大きな異物?が転がってきて、人は大丈夫だったのですが車は再起不能になってしまったそうです。他にも変な車持っているのに、次に買った車がアルファ147GTA。この人の病気は治らない。
今時計に夢中だと話すと、私は時計だけは手を出さない。時計に凝ると身の破滅という。車狂いの貴方にだけは言われたくありません。

日曜日の午後からはブランディング(ブランド構築)の仕事で東京と神戸で半々生活しているM女史と、エリートサラリーマンのA氏と、いつものF氏が同じ時間帯に。今日はいつも対の奥様は社員旅行で留守のためF氏一人。奥様が一緒でないといつもの覇気がありません。
裁断台を囲んでコーヒーとお茶でパーティーモード。神戸と東京のどっちがいいかなんていうどうでもいいような議論。一人がんばった東京派のM女史。多数決で神戸に軍配。

エリートサラリーマンのA氏は、私が購入したストーヴァの日本の代理店が取り扱っていない手巻きスモールセコンド付きの3針時計を得意の語学を駆使して購入するそうです。ドイツ本国のストーヴァのホームページを見るとすごく良さそうです。届いて見せてもらえるのが楽しみです。

M女史とは去年のプロ野球日本シリーズの第5戦に一緒に阪神応援グッズで身を固め、甲子園球場のアルプススタンドで声援するはずだったのだけれど、阪神の4連敗で第5戦は消滅してしまった。今年は是非とも甲子園で、阪神の雄姿を見たいものです。
月曜日の朝にM女史からメール。イタリア優勝ばんざーい。私は優勝の歓喜の中で、イタリアのリッピ監督が太い葉巻を燻らせているのを見過ごしてはいませんでした。しかしその事は大きな話題にはなりませんでした。

ル・ボナーには色々な人たちが集います。私たち二人はそんなお客様たちが大好きです。

2006年07月20日

新作考え中

カバンの絵.jpg
新作を考える時、まず絵型から始まります。
独立系鞄職人の場合、問屋さんのように季節ごとの展示会などはないので、新作を出し続ける必要はないのですが、それでも新しく考え出すことをやめたら鞄を作り続けている楽しみを自分から放棄することになってしまいます。楽しくもあり、苦しくもあるこの作業を、鞄を作り続けている限り、続けてゆくのです。

私の場合、頭の中でイメージは出来上がっていて、それを誰かに伝える必要はないので、作る時のバランスを見るために正確に縮小した絵を書きます。そのことで型紙が作り易くなります。

軽くて柔らかな鞄と小物を今考えています。
今まで、ル・ボナーを支持していただいた年齢層より少し若い世代を意識してデザインしています。
革のカバンだのに、ナイロンと革のコンビの今流行りのカバンのように軽やかに持てる物をと。

若い人たちは鞄が革であることに、特別こだわらない人が多くなりました。そんな人たちに革の鞄の良さを知って欲しいと思い、そんな革鞄を思案しています。

私はイギリス風のしっかりした固そうな鞄が元々好きです。しかしこの手の鞄は堂々としていて存在感があるのですが、日々使うのに使い手の配慮と辛抱を必要とします。
その配慮と辛抱を要するゆえに紳士的な雰囲気を演出できるのですが、楽ではありません。
多くの人は革鞄にも、軽くて使い勝手の良い、それでいて革の良さを感じられるモノを求めます。その流れは無視できません。

50歳の脳は柔軟性に欠け、柔らかな発想がなかなか出てきません。
でも、その事も楽しんで、新作を考えます。

2006年07月26日

オブレ登場

オブレ.jpg
3年ほど前に、イタリアで特注した生地とコンビで作っていたオブレを、今回はミネルバボックスで復活させました。生地あわせのカバンはどうしても長く使っていると、生地が擦り切れてきます。
これはどうしょうもないことで、その修理はむずかしい。そのことに抵抗を感じて、生地あわせのカバンを作るのをここのところやめています。

そのため、このオブレも革のみでの復活です。
横17cm×縦21,5cm×幅、本体8cm+前ポケ2,5cmのサイズで少し大きめのポシェットというサイズで、セカンド、ポーチ代わりに持つのにいいサイズだと思います。ポケットが前ポケットと本体の間にもあって使い勝手のよいバッグだと思います。
私も、いつも使っているパパスショルダーだとモノがいっぱい入るので、ものぐさな私は整理せずにいっぱい入れてしまうので重たくなってしまいます。オブレに変えて、必要なものだけを整理して持ち歩こうと考えています。
重さは600g、お値段は税込み35,700円です。

夏になり、街のかばん屋さんは生地やナイロンを使った鞄にディスプレイをシフトしているのに、ル・ボナーの店内は革カバンばかりです。
女性もののカバンはシュランケンカーフ中心で水色やライムグリーンがあり、夏でも涼しげなのですが、奥に並ぶメンズはイタリアのタンニン革が中心なため暑苦しいです。
特に秋に向けて、メンズの充実をはかっている最中なので、この後も暑苦しい鞄が増えてゆきます。

昨日、革屋の常務と話していて、オイルを含んだ革でもその油質はそれぞれ違っていて、バトラッシーのバケッタ製法(ミネルバ、ナッパCDなど)の革は牛の油を入れていて、ワルピエのブッテーロは植物性オイルを入れているそうです。オイルを含んだ革は、お手入れで後から別のオイルは入れると科学反応を起こす場合があるそうです。水拭きしてその後乾拭きするのが一番無難です。

2006年07月31日

メンズポーチ、サントス

ダブルファスナーポーチ.jpg
この少し大振りのメンズポーチ・サントスを作り始めて10年を越えました。
同じ様な形のメンズポーチは当時多くのかばん屋で作っていましたが、このサントスはそういったものより少し大振りで幅がありました。それが受けて沢山作りました。

最初、尼崎青年商工会議所の若き、実は中年の経営者のお一人が注文され、その後その会のメンバーの方が代わる代わる注文され、メンバーの大部分の方がこのサントスをもっていたのではないかと思うほどよく買っていただきました。
その後も30代から40代の経営者の方たちの支持を受けて、現在に至っています。同じこの形で、何個も色違いでお持ちの方も多くおられます。

このメンズ・ポーチを作り始めた頃は、既成のカバンと同じ様に内縫いの間に入れる玉ブチは、プラスチックの芯に薄く漉いた革を巻いて作っていたので、その革が擦り切れてプラスチックの芯が出てきて、その玉ブチの交換修理で、初期に作ったサントスが里帰りしてきます。
今はプラスチック芯を入れないで、厚い革の二つ折りとという方法に変えたので、今後作るサントスはこの修理はなくなります。

今回はミネルバボックスの黒、チョコ、茶、グレーの4色で作りました。内張りにはピック・シルキーを使い肌触りが良いですよ。
横27,5cm×縦14,5cm×巾11,5cmで税込み35,700円です。

2006年08月04日

プロトタイプ

ソフト・ブリーフ.jpg
年末にトータルで登場させる予定の鞄の一つ、ブリーフケースのプロトタイプが出来上がりました。細部を修正してから、最終サンプルです。
今回の商品群のトータルテーマはソフトです。ソフトな仕上がりを前提に統一したデザイン・コンセプトで作ります。そのため最初のサンプルが最も重要で、これさえ決定すれば、ポーチもボストンもリュックもそんなに悩む必要はありません。これから味付けを考えます。

部品の厚みを少し変えるだけで、カバンの表情は変わります。
パターンを直線ではなく、少し曲線を入れるだけで、豊かに見えます。プロトタイプはパターンを直線で仕上げているので、これからが腕の見せ所です。今のところ予想どうりの表情を見せています。

革という素材は、ナイロンや生地素材と違って、カバンを作る時厚みがあるため、割り漉きという工程が必要です。そのため手間がかかるのですが、内縫いのカバンの場合、豊かな2次曲線がカバンに生まれます。
今回のシリーズでは、その2次曲線をうまく生かせたらと考えています。
意図的に革のドレープが出せたら、大満足。革でないと出せない緩やかなドレープ。

パターンを曲線で構成し、いせ込みを使った内縫いで組み上げると、直線に見えるラインにも、微妙な2次曲線を生みます。その事がシンプルなデザインのカバンでも、豊かな表情を生み出します。

靴は木型を、洋服はマネキンを使い立体パターンを生み出しますが、カバンの場合、三角関数と職人の感と経験から立体を創造します。私は数学は苦手なので、感と経験オンリーです。そのため出来上がってみると、意図していたラインと違う場合があります。予想していたより豊かなラインが生まれて満足したり、その逆で、パターンをやり直してサンプルの作り直しをしたり。その試行錯誤の繰り返し。

この頃、巷では部品や付属物がジャラジャラついたバッグが流行っています。
私はそういったバッグは飽きが早いと思っています。パターンの工夫で生み出されるシンプルでありながら豊かな表情を持ったバッグの方が良いと思う。

プロトタイプがどんな風に変身するか、パターンを起している本人が楽しみです。
豊かなシンプルを創造したい。

2006年08月13日

祝ブログ”ル・ボナーの一日”200話目

ブログ200話.jpg
今回で200話になります。
ル・ボナーのホームページはあまり更新されないのでつまらないというお客様からのご指摘があり、ブログを始めることにしました。
去年の10月3日にスタートしたのですが、コンピューターとまるで縁のなかった私にとっては、新鮮な経験と苦痛の日々が始まりました。なにせ、キーボードの打ち方も理解していなかったのですから。
ホームページを作成してもらっている印刷会社の人たちには、分からないことがあると来て貰い、手取り足取りお世話になりました。いやいや今も同じようにお世話かけてます。

コンピューター関係の会社にお勤めの常連客のF氏には、ブログを多くの人に見てもらうには毎日更新と言われ、最初3ヶ月毎日更新しました。これはなかなか大変な事で、平凡な鞄職人の日々は変化に乏しく、何を書けばいいのか困った時も多々ありました。
今は1日1話の呪縛から開放され、2日に1話のペースになり、苦痛なく更新しています。
おかげさまで、ブログを始めてから、多くの方がル・ボナーのホームページに訪問してもらえるようになりました。

元々、文章を書くのは嫌いではなかったので、お客様とのコミュニケーションの一つとして、ブログを楽しく更新しています。多くの場合自宅に帰って夕食を済ましてから自宅の旧式パソコンで書いているのですが、仕事場のパソコンでも時々書いています。

多くのブログ訪問客と、コメントを投稿してくださるみなさんに支えられこれからも続けて行きます。読んでくださるみなさん、これからも長い付き合いをお願いします。
常連客のM女史には、文章が長くてお腹が一杯になっちゃうと言われますが、このスタイルが私なので、このままの文章長めのブログでいきます。
今日も暑い日になりそうです。皮革製品の販売は鈍る季節です。しかし製造は秋、冬に向けて一番がんばらなければいけない季節です。今日も1日がんばってカバン作ります。


2006年08月20日

トナカイの革

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北欧で作られたトナカイの革が届きました。鹿やカリブーの革は今まで何度か使った事はありますが、トナカイの革は初めてです。
革屋さんの常務の、こんな肌触りの良い革は初めてだという言葉が、私の革マニアの琴線に触れ、使う予定のない革を購入してしまいました。
届いて触ってみて、感動しました。こんなに柔らかくてしっとりとした感触は始めてのものです。
しかしこれが値段が高い。高くて製品にして市場に出すには厳しい。手作りの工房で一点作りで作るところしか使えない。それも柔らかすぎる革だから、作る工房も制限される。

ル・ボナーが取引しているサライ商事という革屋さんは、世界から色々な革を仕入れてきます。
日本でヨーロッパの高級皮革を使っているところは大部分この革屋さんと取引しています。日本を代表する、ヨーロッパの高級皮革を扱う革屋さんです。

多くの革問屋が在庫を極力持たない商売をする中、サライ商事はアメリカ原皮を日本でなめした革の2倍から3倍するヨーロッパの高級皮革を一杯在庫していて、見に行って楽しい。革好きのワンダーランド。
日本の皮革業界の中で、売り上げ高とは関係なく、特別な存在感を持った、革を熟知した革屋さんです。

サライ商事の常務が担当する取引先は、取引金額とは関係なく、扱い難い問題児を担当しているそうです。酔った勢いで言ってました。私もその一人だそうです。

しかし、この革屋さん。売れそうになくても懲りずに面白い革が見つかると、サンプルでヨーロッパから仕入れて来ます。常務はしっとりしたソフトな革が好きです。
そのたびに味見役で、私のところに色々な革が送られて来ます。
味見役なのだから、特別に安くしてくれればいいのに、高い請求書が後から届きます。

何度も、もっと手頃な値段の革を少しは使ってみようと考えたことはあるのですが、一度良い革を使ってしまうと、戻れません。私は高級皮革依存症のカバン職人です。

2006年08月24日

新プロジェクトの準備

プロトウエブ.jpg

年末に揃い踏みして、発表しようと考えている新シリーズのカバンたちのプロトタイプの製作も佳境に入りました。後2点カバンを作ってその後、小物たちを作れば形は見えてきます。
細部の型紙修正を加えながらのサンプル製作のため、時間がかかります。
何か違います。決定するまでにはまだまだ煮詰め込まないといけません。試行錯誤の繰り返し。

ル・ボナーのカバンは基本的にネットでの販売はしていません。実際に見て触って購入して欲しいという趣旨からで、これからもその方向でいきます。
ただ今回の新シリーズは別で、東京堀切の猪瀬さんのフラソリティーのスタッフに本生産をお願いしてネットで販売する予定です。フラソリティーとル・ボナーの共同作業です。そこにル・ボナーのホームページを作ってもらっている印刷屋さんが加わった、私にとっては責任の重いプロジェクトなのです。

良い素材を使って、日本のカバン職人が負担なく楽しく作れて、そのカバンを手頃な値段でお客様に提供する方法はないかと考え、始めることにしたプロジェクトです。

このプロジェクトが予想どうりの順調なスタートをきり好評であれば、お客様の希望を聞きながら、このシリーズの新作を毎年増やしていきたいと考えています。

私の希望としては、経年変化が楽しめてカジュアルなカバンはこのシリーズが担って、ル・ボナーのメンズはもうひと手間かけたカバンに移行してゆこうと思います。
数日前、お客様が見慣れないカルティエの大ぶりのショルダーバッグをお持ちでした。バックスキンの革の表裏を上手にコンビネーションしたそのワイン色のカバンに、一昔前のディルボーやロエベが創造していた、上等なカジュアルのセオリーを見ました。
高級カジュアルのセオリーを守りながら、ル・ボナーのカジュアルを創造できたら、なんて楽しいことでしょう。シンプルなデザインで贅沢に革を使い、金具は最小限に抑え、丁寧な縫製。
ここのところ巷では、そういうカバンを見ることが少なくなりました。きっと作っても売れないと思うけれど、豊かなんです。そんなカバンが並んだル・ボナーを想像するとワクワクします。
でもその前に、目の前の仕事こなしていかないと。

2006年08月30日

取っ手の裏をご覧あれ

贅沢取っ手.jpg
ハミは取っ手の裏にデュプイ社のチェルケス(エルメスではボーグレネクシュベールと言う名で使われている革と同じ)を貼ります。
一般的には手縫いする部分だけ伸び止生地を貼って伸びるのを防ぐのですが、ル・ボナーでは2枚の革を貼り合せて伸びるのを防ぎます。その裏に貼る革にハミはチェルケスを使うのです。
せめて国内なめしのステア革を使えばと私は忠告するのですが、この革が一番伸びが防げるからと使い続けます。それも今回は、5年ほど前にチェルケスを初めて日本に輸入した時の革で、現在日本に輸入されているチェルケスより数段なめしがしっかりしている、私が革マニアコレクションの一枚として残しておいた明るい青色の最後の一枚なのです。

いくらなんでもこの青のチェルケスを、完成すれば見えなくなる部分に使うことはないだろうと言うと、革棚にある革で一番しっかりしてたからと平気です。
彼女には私のように物欲は強くありません。ただ革の裁断、革の使い方はメチャクチャ贅沢です。きっとエルメスの基準より贅沢な革の裁断、使い方だと思われます。

数年前だったら、こんな贅沢は許さなかっただろうけれど、今は二人だけなのでまあ良いかという感じ。私も逆に影響をうけ、ここのところ取っ手の裏にチェルケス使ってます。
ただ付け根の部分を手縫いするものだけ。スタンダードな手縫いしない取っ手の裏は国内のステア革です。時々カーフも使いますが、ヨーロッパのカーフを使うなんてとんでもない。

ハミが裁断する時は見張っていないといけません。ただ見えないところによい革を使うと出来上がったカバンが特別豊かな表情をみせます。材料費がかさんでもまあいいかと思ってしまう私です。いけない、いけない。

2006年09月01日

新しくミシンがやって来ます

ミシン.jpg
ミシン屋さんにお願いして4ヵ月半、セイコーのTE-2が見つかりました。
今、サーボ付きモーターと一本足で組んでいただき、納入間近です。

私たちは、色々な皮革用ミシンを使ってきました。半回転片送り、全回転上下送り、総合送り。
その結果、私たちにはこの半回転上下送りのTE-2が一番相性が良いことがわかりました。
生地を縫う場合は、最新の総合送りが最善なのでしょうが、革を縫う場合、ステッチの締まり具合が大事で、TE-2は私たち好みなのです。絶妙なステッチの締まり具合と、手回しする時の楽さは最高のアームミシンと思っています。問題点は高回転で狂いを生じやすいということなのですが、そういう条件がうまれるのは大量生産の場合、私たちの今の生産規模であれば関係ありません。

しかしこのTE-2は、量産に適したミシンの開発という流れの中で、生産をやめてしまいました。そのため中古を見つけ出すしか手に入れる方法がありません。
このTE-2は見つかるまで4ヶ月半かかりました。ミシン本体以外は新品で、体力に自身がない私たち夫婦でも使い易いように組んでいただきました。
日本の名人鞄職人の多くも使っている、名機です。

今あるTE-2もサーボ付きモーターに変えてもらい、調整をお願いしてル・ボナーにはTE-2が2台になります。ミシンはこの2台と平ミシンが1台。ミシンはこれでもういいかな。
これでハミと私1台ずつTE-2を使うことになります。

このミシンを探して組んでもらったミシン屋さんは、神戸の下町、長田にある田中ミシンさんです。田中ミシンさんが神戸にあり知り合えたことは、私たちの幸運でした。
阪神大震災の時、神戸で一番の被害を受けた長田の場所で、工業用ミシンの販売、修理を続けられている田中ミシンさんは、ミシンその他鞄縫製に使う機械類の、ル・ボナーにとって主治医でもあります。
TE-2の、今ではメーカーでもストックしていない部品も、田中ミシンさんはストックしています。なので安心して古いミシンも使えます。

東京、神戸と鞄縫製用の機械を色々と、何軒かのミシン屋さんで買ったり修理してもらったりしましたが、今までで一番気持ちの良いミシン屋さんです。商いというより、売っているものに思い入れを持ち、その仕事に愛情を持って接しているのを感じられるミシン屋さんなんです。
田中ミシンのお店に行くと、美しく手入れされた工業用ミシンと70歳を越えた社長と奥さんの笑顔が迎えてくれます。何人かの職人さんが忙しそうにミシンを組んだり修理をしています。奥の倉庫兼社長の工房には再び息を吹き返してもらうのを待つ機械類が山のように眠っています。

私は神戸に来て、一生付き合いたい主治医の何人かに出会えて幸せです。
鞄縫製用の機械は田中ミシンさん。車は西土居モータースの古川さん。チャーはオタニさん。なぜか私の主治医は長田、兵庫という神戸の下町に集中しています。

2006年09月06日

フルオーダー

9,5フルオーダー.jpg
今フルオーダーのカバンを作っています。
定番の形の色違い(イージーオーダー)の注文はお受けしているのですが、型紙から新規に起こすフルオーダーは古くからのお客様の注文をこなす程度です。
理由は、価格が上がってしまうという事と、お店に並べるカバンたちを充実させることが出来なくなるということです。

私たち夫婦がお店を持ちカバン作りを続ける本来の目的は、自分達を表現する手段なのです。
自分達を表現するカバンたちでお店を充実させなければ、お店を持っている意味がないのでは。
そう考え、定番かばんの充実に力を入れているため、フルオーダーをお受けする数を減らしています。

それでも、昔からのお客さまの注文は毎月何点かはあります。
そういった注文は、納期の制約を勘弁してもらい受けています。
今回オーダーされたお客様も10年以上のお付き合いになります。大学を卒業して就職される時、ル・ボナーのカバンを購入され、その後毎年ル・ボナーの製品を購入していただきました。
今は結婚されお子様が生まれ、一児のパパさんです。カバンを通じて、お客様の人生のプロフィールに少しお供させていただきます。

先日も、ここでお店をオープンした頃よく来店していただいたお客様が散歩がてら、久々にお顔を見せていただきました。背が高く、イギリス紳士風の着こなしは今も変わりません。
今年で85歳になり、もうカバンはいらなくなったと。たしかに古き良き時代のヨーロッパのカバンたちも多く持っていられてもういらないでしょう。仕事の関係で海外の生活が長かったその老紳士は、今は神戸らしいお洒落な85歳です。

私は、歳をとっても、元気にカバンを作り続けこのお店を続けたい。今親しくしているお客様たちが、カバンが必要でない歳になられても、顔を出していただきお茶のみ友達でいられたら、なんて幸せなことでしょう。

2006年09月07日

フラソリティープロジェクト始動

フラソリティー職人.jpg
http://www.flathority.com/
フラソリティー バイ ル・ボナープロジェクトの3社会議(そんなに大げさなものではないけれど)のため(株)猪瀬の3代目が来神しました。
カバン業界は個性的なキャラクターの持ち主が多くいる業界なのですが、そんな中(株)猪瀬の3代目は控えめでありながら、これからのカバン職人とメーカーのより良い未来を模索する好青年です。
東京から離れることが少ない猪瀬3代目はどんな服装でくるのかなと思っていたら、猪瀬さんの工房でお会いする時と同じカジュアルな服装。自然体でうれしくなってしまいました。

午後過ぎまで製作手順その他の打ち合わせをした後、大和出版印刷で3社会談?というのはオーバーで、親しくお付き合いしているのにまだ大和出版印刷の社屋に行った事がなく、ついでに最新の高性能の機器で武装した印刷会社だと豪語する若社長の言葉を確かめて見たかったのです。

若社長の関西商人風の喋り口調からは想像できない、洗練されたオフィス。応接室の家具は洗練モダンの極致、カッシーナです。OA機器、印刷機器も最新の高性能なもの。
それを若社長に印刷の仕組みといかに優れた機械かを熱心に説明してもらいながら見て回りました。
正直私たちはチンプンカンプン。でも会社を愛してる若社長の情熱は強く伝わりました。
レトロ趣味の私は,最新印刷機の横でけなげに頑張っている古い活版印刷機が一番心に残りました。

その後ホームページの構成とネット販売その他の煮詰め込み。
話しながら、若いスタッフとベテラン職人を擁する猪瀬さんと、若い才能が集う大和出版印刷の人たちと私がタッグを組んで、作り手から買い手まで全員幸せになれるクリーンな商いを創造したいと思いました。私の責任は重い。でもワクワクする。

夜は猪瀬さんと二人で、私のいつものパターン。絶品鍋の富で食事して、二人とも全然アルコールはダメだのにバー、パパヘミングウエーへ。
このバーは居心地が良い。お酒の飲めない私だけれど、心地良い時間を提供してくれる。
ノンアルコールのカクテルを作っていただき、葉巻初心者の猪瀬3代目に太いコイーバを勧める。40分ほどかけて二人して一服。店を出て歩き出すと、葉巻で少しふらつく。ほろ酔い気分ってこういう感じなのかなーと二人ヘラヘラしながら、夜風が気持ち良い。

2006年09月09日

青砥の名人

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染料仕上げ.jpg
丁寧なコバ処理。顔料仕上げ(上)と染料仕上げ(下)。丁寧な処理をしたモノだと違いを見極めるのは素人の方では難しいと思います。


私たちのように小ロットでカバンを作る職人は独立系の職人かサンプルを専門にしている職人ぐらいで、大部分の鞄職人は多くの数をまとめて作ります。工場でなく個人の工房でも最小30個、普通100個ぐらいをまとめて作ります。
数をまとめて作る場合集中力の持続と合理的な生産システムが必要です。
特に集中力の持続というのが私には不得手で、丁寧な仕事をする量産職人の人を尊敬しています。

そんな量産職人の中の名人が東京の下町、青砥に居ます。
その名人は私より少し年上で非常に頑固な職人です。どんなによい工賃の仕事でも、自分の手を汚す仕事と思うと受けません。量産職人の場合、工賃×数が収入のため、いかに名人と言えども仕事を選り好みしていると収入はそんなに望めません。

数年前に、老舗鞄問屋のカバンで亀のようなデザインのものがありました。腕のよい職人を多く擁する老舗鞄問屋でも、この亀カバンは美しく組み上げる職人は見つからず青砥の名人に声がかかりました。
みんながねをあげたと聞くと、反骨精神の塊である青砥の名人はやる気満々。苦労はしたようですが見事美しく組み上げました。当然工賃は名人の言い値のため、その亀カバンはヨーロッパの高級ブランド並の値段になりました。

基本的に青砥の名人は、メンズのコバ磨きのカバンを作ります。
コバの処理は顔料での仕上げなのですが、その仕上げの美しさは他の追随を許しません。表面張力と熱ゴテによる仕上げはまるで漆器の塗りのようです。
30個ほどのダレスのコバ処理をする時は、集中力を高め一気に処理するそうなのですが、それが終わった後必ず熱が出て、そのあと1日寝込んでしまうそうです。
私は染料での仕上げが良いと考えていますが、青砥の名人は顔料仕上げの俺のやり方が本磨きだと言います。顔料仕上げだといくら美しくてもコバにのっかった顔料がいつかポロっと剥がれるじゃないですかと言うと、俺の魂の入った顔料磨きは絶対剥がれないと烈火のごとく怒ります。使い込まれた名人作のカバンを見ていないので、それ以上のコバ磨き論争はクワバラクワバラ。

量産職人は名人と言えども、デザインはしません。青砥の名人の作る鞄のデザインの多くは、日本らしい平凡な形の紳士鞄です。コバの美しさ、緻密なステッチの締り具合、手断ちでないと見ることの出来ない、革のパーツとパーツの連続性。そういった部分を感じ取れなければ、ただの平凡な鞄です。青砥の名人はどんなデザインの鞄であろうが、より美しく組み上げることに全力投球して、今日も鞄を作っています。

仕事をお願いすることは今のところかなわないけれど、今度東京に行く時にはお会いして刺激を感じたいと思っています。

2006年09月19日

太ダレス裁断中

ムスタング.jpg
現在、定番の太ダレスの裁断中です。
今回太ダレスは12個作りますがメインはブッテーロを使ったモノですが、デッドストックの良き時代のイタリア、フラスキーニ社のカーフ、ムスタングと、今ボックスカーフでは世界ナンバーワンの出来だと私は思っているドイツ、ペリンガー社のクリスペルカーフでも作ってみます。

フラスキーニ社のムスタングは生後六ヶ月のカーフをマットな感じで仕上げています。今回はベージュ色のモノを使いますが、カーフなのに半裁です。普通カーフは下の写真のクリスペルカーフのようにお腹で割いただけの状態なのですが、作業が楽だからと半分にしてなめしています。そういったところ、イタリア人はいい加減です。でもなめしは素晴らしい。イタリアンカーフ独特のしっとりしたきめ細かななめしは現在のイタリアのクロームなめし革ではなかなかお目にかかりません。

クリスペル・カーフ.jpg

クリスペルカーフは生後3ヶ月までのベビーカーフを使い、ボックスカーフに仕上げています。
クロームなめしの牛革では最高とされているのがボックスカーフです。カールフロインベルグ社のボックスカーフがドイツ本国で生産されなくなってからほんとに素晴らしいボックスカーフは見れずにいましたが、この革は素晴らしいボックスカーフです。
何度も繰り返しなめされのがわかる、ゴムのような跳ね返りが感じられる質感。染色も深みがあり独特の光沢を見せます。タンニンなめしの革とは違うクロームなめしなりの独特のなじみを将来見せることを約束してくれる上等ななめしです。
でも値段も素晴らしく高い革です。コードバンより高いのです。イギリスのブライドルレザーの倍近くする値段。なかなか定番の革として使うには躊躇があります。

今こうして良い革、好きな革だけを使ってカバン作りが出来る環境に居れて幸せです。
この2種類の革以外は私の大好きなブッテーロを使って作りますが、その中の一つは青のブッテーロに黄色の糸を使って組上げます。去年もネイビーのブッテーロで太ダレスを作られた、神戸生まれで今は転勤で東京に住んでおられるモルトウイスキーと葉巻の香りを愛するNさんの注文。神戸人はシックな中にも綺麗な色を加えるお洒落を好みます。そんな太ダレスに今回はしたいとの希望でこの配色の太ダレスです。どんな太ダレスになるか、私も楽しみです。

裁断が終わったら、漉屋さんに厚みを指定して割ってもらいます。私達はいつも割り漉きは大阪の山西さんにお願いします。今まで何軒かの職人さんに割り漉きをお願いしてみましたが、山西さんが一番私達にはあっています。小物用の繊細な漉きも丁寧だし、独立系の私達の少ない量の仕事でも嫌がらずしていただけます。感謝しています。
その間、月に一度のベルトも今回は多いし、最終サンプル作りもせいています。オーダーも何点かあるし9月後半から10月一杯今年で一番忙しい時期になりそうです。気合をいれてがんばりまーす。

2006年09月21日

独立系鞄職人の独り言(3)

うちぬい.jpg

私たちはひと世代若い独立系鞄職人の日下さんご夫婦と親しくさせていただいています。
日下さんご夫婦は、札幌で鞄作りをされています。一度神戸に来られ、そのやわらかな人柄に好意を持ち、メールその他で今も交流をつづけています。
日下さんの友達で同業の鮎藤さんという方が工房兼ショップを新宿にオープンしたそうです。
日下さんに鮎藤さん、と川口で鞄作ってられるGOさん。横の関係で長く仲間(同志)として付き合えていいなーと思います。

利害関係のない同業の仲間が居てくれるのは心強いものがあります。
独立系鞄職人は、個性の強い人が多いので、孤立しやすい。個々の個性を尊重し、その上で交流が持てれば良いのだけれど、なかなか難しいことです。

私は独立系鞄職人として鞄作りをしていますが、既存の鞄業界にも関わり続けているので、中途半端なポジションに居ます。ただ両方を経験しているので、両方の魅力や問題点が少し見えています。

プロとして独立系鞄職人を続けていく時、教室やオーダー中心の鞄作りになってしまうのはしかたのないことだと痛いほど分かるのですが、自分らしいオリジナルの鞄を出し続けて欲しいと思う。そしたらなんて楽しことだろう。お互い切磋琢磨して刺激を受け合って。

私の一つの夢は独立系鞄職人の同志が一同に介して、展示会を開くこと。それぞれの自信作を持ちよって展示会を開くことが出来れば、一人ひとりは小さくても集まればパワーを持ち、話題性が生まれ、評価されると思うのです。
参加条件は、鞄作りを生業とし、自分の手で作った鞄。そんな文化祭をやってみたい。
横のつながりで、多くの独立系鞄職人の交流があれば、なんて素晴らしいことでしょう。

2006年09月22日

返したらご覧のとおり

表キューブ.jpg
今日メールがあり、昨日の写真に写っているのは何かと。
食卓にて夫婦の論争?になったそうです。ご主人は新作の鞄だと主張し、奥様はキューブの内側でしょうと。正解はご覧のようにキューブでした。
内縫いの鞄は昨日の写真のように裏返した状態で組上げ、返して、後は取っ手をつけて完成です。

週に一度の休日返上でハミががんばって組上げていました。私は夜の戦い(趣味の囲碁)のために、頭をクリアーにするためチャーとお昼寝。その甲斐もなく昨夜は3戦3敗。

厚みのある内縫いの鞄をしわを出さずに返すのには、コツと力が必要なので私の仕事です。
エルメスの工房の映像を見たことがあるのですが、内縫いの返しは、体格の良いおばさんが太い腕で、ヘルメットのような丸いトップの大きな角のような道具に沿わせて一気に返していました。エルメスには返しを専門にする腕太のおばさんがいるみたいです。

隣の外資系企業に勤める若い女性社員何人かが店の前を通りすぎる時、返す前のキューブ・ボストンのプリーツのポケットを見て、鞄前面のデザインと思ったのか可愛いー!と。
このプリーツのポケットは出来上がると内側に隠れて、オーナーになった人だけが見ることの出来るドラエモンのポケット。

今回は大部分注文品。その中に水色の本体に付属の一部がライトグレーのコンビのキューブがあります。コンビの配色の鞄は、実際のところ作ってみないとどんな風になるか分かりません。出たとこ勝負。今回は良い感じで収まったかんじです。
取っ手を手縫いで取り付ければ完成です。

2006年10月02日

豆カンナと念引き

豆カンナと念.jpg
私達がコバを処理する時、豆カンナと念引きは必需品です。
豆カンナはコバの角を削るため必要なのですが、私達は刃の厚みが薄くて、削る部分に真鍮の板がついているタイプのものが良いと考えていますが、道具屋さんでは見かけなくなってきました。刃が厚くて真鍮の板が着いていないものは沢山あるのですが、それだと繊細な削りがし難いのです。
最近の鞄は、カンナをかけずにコバを処理しているものを多く見ますが、やはりカンナがけは必要だと思うのです。

念引きはコバとステッチの間に念を入れるため引く道具です。念を引くことによってステッチが締まって見えます。タンニンなめしの革の場合はそのままでも引けるのですが、クロームなめしの革の場合熱を加えてひきます。一手間かけることで鞄が良くなります。

こういった、大量生産だとあまり使われなくなった道具は、手に入れにくくなってます。
手縫いに使う一寸13目の菱切りも作れる職人さんがいなくなったようで、一寸12目までしか売っていません。
より早く作るための道具は進化しつづけるのですが、より良く作るための道具は消えていきます。

会社は利益を求め続けなければいけない宿命を持っています。それは鞄業界の会社も同様です。だから非効率な作業や道具は消えていく方向に向かいます。
ただ独立系鞄職人の場合は食べてさえいければ、自分の信じた方向性で我儘なカバン作りが可能です。そんな私達が古き良き時代のカバン製造技術を守ってゆく役目を担っているのかもしれません。


2006年10月07日

在庫調べして、3連休に突入

整理した革棚.jpg
棚卸しも兼ねて、休日返上で革棚の整理整頓。
まとまった量の革は裏の方と、革屋さんの棚に置いてあり、細かな枚数にになった革のみこの棚に並んでいます。そのために在庫調べはこの棚の革が一番手間取ります。

自他共に認める革コレクターの私は、一枚ずつ開いては見入ってしまうので、仕事が手間取ってしまいます。それでもなんとか片付いて、久々に整理整頓された革棚。いつまで綺麗な状態でいられるか。

革という素材は食用の肉の副産物ですが、面白い魅力的な素材です。生地に比べると良い革は抜群に摩擦強度が高く、馴染みも楽しめます。
ただそんな革本来の利点を無視した、革でなくてもいいような革で作ったカバン、巷に増えてきています。使い込むと表面がビニールと同じような科学変化を起こしている革カバンを見ると興ざめします。そんな革を使ったカバンを、ブランド品でもよく見ます。
私は私自身が良いと思った革だけをこれからも使って行きます。

フランク・ミューラー.jpg

今日来店されたお客さまのつけていた時計、見せてもらうと珍しいフランク・ミュラーの時計。私は大ブレークした後のフランク・ミュラーしか知らず、私好みのこんな時計を作っていたとは知らなかった。上品で丁寧な仕事の一品でした。

鼻メガネ.jpg

午後に、前にアンティーク・ロレックスを見せていただいたお客様が来られ今日見せていただいたのはアンティークの鼻メガネ。面白い。実はこのお客様、ビクトリア時代の英国趣味のアンティーク・コレクターなのです。特にシャーロック・ホームズ好きで、許されるならホームズのようなファッションで日々過ごせれば幸せ。しかし会社勤めの氏にはそれは許されない。きっと氏の書斎はベーカー街221Bのホームズとワトソンの部屋のようなインテリアだと思います。コナンドイルの事件簿というテレビドラマのシリーズのDVDをまとめて貸していただきました。古き良きビクトリア調が満載だそうです。楽しみ、楽しみ。

そんなこんなで3連休初日の今日は多くのお客様が来店されました。
カバン作りは思うように進みませんが、この3連休はお客様との楽しい接客に専念します。
明日はどんなお客様が来店してくださるのかな。

2006年10月15日

ハミは型紙製作中、私は、、、

katagami.jpg
今、ハミは頼まれていたリュックにとりかかっています。まず基本的な型紙を起こして、その後生地でどんなフォルムになるか形にした後、修正を加えながら本生産の型紙を起こして、いよいよ本番という運びになるのです。

今回は古き良き時代のグッチのバッグの写真を見本に、ハミのアレンジを加えて作ります。
私達はグッチ一族が所有していた頃のグッチのバッグが大好きです。フィレンツェの名人鞄職人がイタリアらしいねっとりとしたクローム革を使って作った厚みを残したヘリ返しのハンドバッグたちは、現在のブランドのバッグで見つけ出すことは出来ません。あの頃のグッチのバッグを作っていた名人鞄職人は何処にいってしまったのか。
10年以上前には居た、尊敬するフィレンツェの職人と勝負です。

フラソリティー・サンプル.jpg


私はフラソリティープロジェクトのサンプル製作中ですが、苦戦しています。
手頃な価格の革カバンにするため、本体を国内なめしのキップ、付属をバタラッシーのミネルバリスシオで構成したカバンにしようと作りはじめたのですが、これがうまくいかない。思った雰囲気が出てこないのです。コンビのカバンの場合、お互いが引き立てあわなければいけないのですがそれが出来ていません。

初期サンプルはミネルバボックスで作りお店に並べているのですが、来店するお客様にも好評で、デザインそのものはこれで良いのだと自信をもったのですが、希望価格帯に絞り込む段階の今回のサンプルでつまずいてしまいました。

決断を迫られています。希望価格を少し上げてミネルバボックスでいくか、スタートを遅らせて他の革を探すか。お客さんたちはミネルバボックスがいいと言ってます。私もそちらの方向に傾いています。
普通のかばん屋さんと違い、デザイン、材料指定だけでなく型紙、サンプルまで私自信がやるので、この後はスムーズに進むのですが。

30年カバンを作り続けても、新しい課題を克服していく毎日です。
人一人の短いモノ作り人生の中で、そんなに色々なことが出来るわけではありません。
分かっているのですが、色々な事をしてしまう私です。


2006年10月17日

一年ぶりの太ダレス組上げ開始

ふれーむとっぷ.jpg
太ダレスの組上げが始まりました。現在トップの枠を作っているところです。
軽量に仕上げるため、フレームはアルミを使っています。その他強度、質感を殺さずに色々なところで軽く仕上がるように工夫したことで、本場イギリスのドクターバッグに比べれば半分ほどの軽さになっています。
このアルミ枠は金具屋さんに図面を送って特注で作ってもらうのですが、穴の位置が微妙に狂っていることが多々あり、組上げる前にドリルとヤスリで調整しないとネジがしっかり締め付けられなくて長く使っていると緩むことがあるので、調整は大事です。

取っ手をつなぐカンとオサエは、既製の7000番のオサエとカンはダイキャストにメッキをかけたものですが、ネジ式のカンにして真鍮で作り変えてもらっています。どうしても金属どうしが擦れるところは長く使うと磨耗するのでいつか修理をすることになる部分で、ネジ棒にすることで、修理の時間と費用がかからなくてすみます。ネジにする前はフレーム部分全体を交換しなければいけなかったのですが、このネジ式のカンに変えたことで、お持ちいただいたその場でネジ棒を交換するだけで済みます。

コバ底鋲.jpg時々お客様で、ドクターバッグの底のコバの部分に写真のような底鋲を付けて欲しいと言われる方がおられます。ル・ボナーではそれはお断りしています。付けることで底の部分が傷みにくくなると思われているようですが、付けると重力の関係で同じ高さになろうとするため、底鋲を付けた部分だけ変形してしまうのです。変形を生みやすい作りは極力しないようにしています。

革に無理をかけたデザインや工夫は、長く使い続けたいと考えるなら避けた方が良いと思う。
革に優しいデザインや工夫をしてゆきたい。そうすれば良くなめされた革であれば、長く使い続けることができます。

2006年11月04日

太ダレス、もうすぐ完成

11,4ダレス.jpg
久々のハードなメンズバッグの量産もあと少しで終わり。
ル・ボナーの太ダレスはオーソドックスな形のダレスバッグ(ドクターバッグ)ですが、縦と横のバランスが独特です。一般のブリーフケースには少ない四角に近いバランスなのです。
かっこ悪く見えるギリギリまで縦を高くしています。これはダレスの場合、上がしぼんだ形でマチも内側に入れ込む形をしているため、見た目より容量が少なくなってしまうまうので、マチの幅がしぼんでゆく場所より下の部分で、B4書類が収まるようにしたいためです。
余った上の部分にセーターなどが収まります。このサイズバランスはあまり見ないはずです。

今まで使う革を1,8ミリの厚みに割って本体を作っていましたが、革の質感が薄っぺらく感じるという意見があったので、今回からは厚みを2ミリで作りました。そのため厚み感は増したのですが、少し重くなりました。それでも同じサイズの他社のダレスバッグに比べれば
まだまだ全然軽いダレスバッグです。

11,4ダレス手縫い.jpg

トップの枠を手縫いでつければ完成。
ミシンでも枠を縫いつけることは出来なくはないのだけれど、しっかりと枠を縫い付けたいので手縫いします。
手縫いという作業は、ミシン縫いに比べて時間は途方もなく消費しますが楽しい作業です。
コストを考えなければ、カバン作りの作業の中でこれほど楽しい作業はない。
カバンの手縫いは、靴や洋服と違い見せる手縫いなので、縫う職人の個性がでます。手縫いのステッチを見れば、縫った人の性格判断がある程度できるくらい違いがあります。
面白い作業です。

2006年11月07日

修理完了のA4サイズのグラス

A4グラス.jpg
7,8年前に特注でブッテーロを使って作ったA4サイズのグラスが修理で里帰りです。
取っ手を付ける根革の部分が切れかかっていて、その交換です。
前のベルト部分を取り、かぶせ部分の糸をほどいて、新しく作った根革部分を付け替えて元どうり縫い直して、磨き直してできあがりです。今回は今まで付いていた根革より厚みを増した根革にしました。これで大丈夫。

それにしても、ブッテーロは良い革です。この年月使い続けると、多くのタンニンなめしの革鞄は老化した人の肌のようになっているモノを多く見るのだけれど、ブッテーロはまだまだしっとりと油ギッシュ。薄い色だけに、シミやキズは年月に準じてあるけれど表皮は元気そのもの。これからも頑張ってくれるでしょう。根革だけが新品の革で今は違和感がありますが、数年経てば最初からこの根革であったと思うほど同化していることでしょう。

このカバンの場合、現在も定番で使っているブッテーロなので修理のための革を心配することはありません。今は使っていなくて昔使った革のカバンの修理も困らないように、ル・ボナーでは革を残しています。私たちがこのお店を続けている間は、修理は同じ革でやれます。私たちの年齢が増すと共に、里帰りの日数がどんどん増していってしまいますが、丁寧に修理しますので、長い里帰りを我慢していただければいつまでも使い続けてもらえます。

いつまでも使い続けたいと思ってもらえる鞄を作り続けたいと思ってます。

2006年11月10日

寝台急行銀河A寝台で東京出張

銀河外観.jpg

寝台車に乗って東京に行ってきました。
時間の使い方、過ごし方のうまい息子に勧められ、今回それを実現させました。それもA寝台。

1日を最大限有効に使う東京出張として考えた時、深夜バス利用という方法が経済的で有効です。何度か利用しましたが、体力消耗が激しく疲れが残るので、もうよほどの事がない限り、これからますます老いてゆくので使うことはないでしょう。
他の方法で有効なのが寝台車利用。それも最も安楽なのがA寝台利用。しかしこれは新幹線のグリーン席利用と同じ程度お値段が高い。決して経済的ではないのです。

しかし私は、まだ東海道に新幹線が走ってなかった頃、一流企業の部長さん以上の出張でしか利用できなかった銀河A寝台での東京出張を敢行しました。
古い車体はよく揺れ、値段に見合ったスペースとサービスではないようにに思うのだけれど、JRが国鉄であった頃のレトロな風情をあじわいながら、やはり熟睡モードには入れぬまま東京駅に午前6時40分に到着。面白い経験でしたが、1度でいいかな。

煙突工房内部.jpg

今回の出張の目的はフラソリティー・バイ・ル、ボナープロジェクトの最終サンプルその他の打ち合わせで猪瀬さんのところに行くことと、古山画伯たちと計画している秘密の企て?を相談することなのであります。

最初に古山画伯の煙突工房のある、茨城県の牛久へ。これが結構遠い。常磐線を乗り継ぎ牛久へ、途中降りる駅を間違え迷いつつも煙突工房に到着。
煙突工房は広々としたビルの建築予定地に孤立無援に建つボロボロのプレハブのアトリエ。
中もグチャグチャなのだけれど広い。今日は絵画教室の日で、生徒さんたちがはるばる東京からやってきて絵を書いている。その絵がみんな良い。生徒さんたちの絵に見入ってしまいました。
そのど真ん中で、古山画伯との密談。はたしてこの計画うまくいくかな。計画が始動し始めたらブログで公表します。ワクワク、ドキドキ、、、、、、、、

それにしてもなぜなんだろう。グチャグチャ、ボロボロの煙突工房の空間に身を置くとき感じた居心地の良さは。団塊の世代の青春時代、学生運動やフーテン(ヒッピー)があった。それに遅れてきた私達の世代にはその空気への憧れがあるのかもしれない。それが煙突工房の空間にはあるのです。また訪れたい空間です。煙突工房は、ビルがいつまでも建たずに存在し続けてほしい秘密基地です。

その後堀切の猪瀬さんのところへ。フラソリティー バイ ル・ボナー プロジェクトも最終サンプルを製作してスタート間近です。ホームページ新しく作りますので楽しみに待っていてください。
それにしても、(株)猪瀬の工房は若者とベテランの職人さんがレトロな建物で活き活きと鞄を作っていていつも訪れると、鞄作りの情熱をいただいて帰ります。私もがんばらなければいけないと。
furuyamagahaku.jpg

今日お店で仕事をしていると宅急便が大きな荷物を届けてくれました。開けてみると古山画伯からの、鞄と物々交換した絵が。昨日会った時には出来たの一言も言ってなかっただけに、突然届いてワクワクドキドキしながら包みを開くと、ご覧の絵が!
私達夫婦、絵を見入ってニコニコ大感激。

2006年11月22日

フルール久々登場

フルール11、22.jpg

私がイタリアを楽しんでいる間に、フルールが久々登場。
今回はブラック本体にライトグレーを合わせたものとライトグレー本体にバイオレットを合わせたタイプを新しく加えました。
お待ちいただき、ありがとうございました。

2006年12月01日

美しい日本の自然と独立系鞄職人

上空から.jpg

海外から帰って感じることは日本の自然は豊かだということ。
温帯の地域で、これほど変化があり緑豊かな国は他にないのではと思う。
イタリアを北から南に南下したのですが、田舎の風景はモナリザの絵のバックに描かれたような風景が続きます。初めて見るとき、魅力的に見えるのですが、そんな感じの風景がナポリまで続きます。
それに比べ、日本の風景は春夏秋冬変化があって、自然もバラエティー。
日本の場合、街は経済最優先の影響で、個性を見つけ出すのは難しくなって、つまらない街並みが大部分ですが、田舎や自然は先進国の中では一番変化にとんでいて、豊かなのではと思う。
海外旅行は、そんな日本の魅力を再発見する意味でもありました。
私は日本人に生まれて良かったと思います。私は日本の自然が大好きです。

フィレンツェにはモノ作りの天使たちは居るけれど、鞄作りの天使たちは見つけきれませんでした。特に独立系鞄職人のような立場で、鞄を作る余白はないように感じました。
フィレンツェの街を歩き、独立系の靴工房は確認できるのですが、鞄工房は見つからない。
イタリアにおいては、日本以上に鞄のニーズが高級ブランドのものか大衆量産品のどちらかで、私達のような存在を必要としていないように思えました。

そのヨーロッパのブランド品を半分以上買っている日本という国においては、独立系鞄職人の作る鞄に魅力を持つ人たちが少数ですが何人かはいて、切磋琢磨して鞄を作り続ければ認めてもらえる環境があるのではと思う私です。
きっと経済至上主義の日本において、非効率な手作業が必要からではなく、心の癒しとして存在意味を持っているのではと思ったりする。ヨーロッパの独立系時計師も、日本という市場がなければ大変でしょう。
なくても困らないけれど、存在することで豊かさを感じてくれる人たちがいる日本。そんな日本の特に神戸という街で、アナログな鞄作りを続けられていることに感謝します。

ヨーロッパの高級ブランドの鞄は系列化し利益最優先で魅力は色あせ、日本の鞄問屋はアジアに生産の拠点を移行し大量生産を加速させる。そんな日本で逆に、鞄作りに興味を持つ若者は増えている。渋谷にある専門学校には鞄のコースが新しく出来るし、フィレンツェのサンタクローチェ・レザースクールの生徒さんは日本の若者ばかりだったし。もしかして鞄作りの天使たちは日本に引越しして来ているのかも。独立系鞄職人が魅力ある鞄作りの努力と工夫をした時、一番評価されやすい環境の国は日本なのかもしれない。


2006年12月05日

2006年も師走

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人影まばらな六甲アイランドですが、ル・ボナーのあるショッピング街の大家が何を勘違いしたのか大奮発、頑張ってご覧のようなクリスマス・イルミネーション。クリスマス気分に勝手になっている私であります。
旧居留地では今年も阪神・淡路大震災の鎮魂のために始まったルミナリエが始まります。
神戸に住んでいるのにまだ一度も見に行ったことがありません。今年こそは見ておきたいイベントです。神戸はイルミネーションが似合う街です。
なにより神戸の夜景は一年中イルミネーションみたいな感じで、私は大好きなんです。

ル・ボナーの12月は相当がんばって作らないといけない月になりそうです。
イタリア旅行前に作っておかないといけなかったカバンも未完成のまま旅立ち、そのつけを12月に持ち越したため自業自得。自身の尻を叩いています。
東京で製造卸しをしていた頃は朝の8時から夜中の2~3時まで毎日作業していたことを思えばへっちゃらと言いながら、15年の歳月は年齢を増やしたことに反比例して気力と体力の減退をいやでも感じさせられる私であります。

裁断.jpg

今オーダー品の裁断をまとめてやっています。裁断した後、割り(革の厚みを部品ごとに変える作業)は大阪の山西さんにお願いしているので、まとめて裁断して割りに出さないと非効率になるので。

裁断の時は捨てる部分が少なくて済むよう取都合を意識する私と、捨てる部分が多くても良い所取りのハミの考えがぶつかります。ここのところハミの贅沢な裁断方法が優位を占めています。大断ちの白線、お尻の部分なのだからあと10cm右位まで裁断したいと思ってしまう私なのですが、ハミはそれを許しはしない。高価な革を、贅沢に裁断してカバンを作る。それが許されるのも自分のお店を持っていればこそ。ありがたいことです。

私たちの作るカバンを待っているお客様がいる。それは私たちの幸せ。
それに応えるため、私たちはカバンを作り続ける。優しいカバンを作り続けてゆきたい。
と思いつつ、ル・ボナーの師走はてんやわんや。

2006年12月07日

新聞記者S氏のFujeeのショルダーバッグ

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新聞記者のS氏が来られました。今回はなんのために来られたかよく分からないまま、ル・ボナーの店内をスケッチをしながら1時間ほど居られて、映画見なきゃぁと言ってあわてて帰っていかれました。
新聞記者のS氏は不可思議なおじさんです。

そんなS氏。今回は東京・渋谷の藤井さんに注文していたショルダーバッグが出来上がり、出来立てホヤホヤのそのバッグを持って来られました。S氏は万年筆菌だけではなく、カバン菌にも侵されているようです。古山画伯が発症元のように思われます。定年退職前のおじさんに伝染させるとは、罪なお方です。

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イギリスに昔からある狩猟用のパートリッジバッグをアレンジした形のバッグです。
丁寧に仕立てられた総手縫いのカバンで、内貼りをしないと手を抜いたように思われがちなのですが、このカジュアルなカバンはそれが自然に感じられるほど美しく仕上がっています。

藤井さんとスタッフ2人の作るカバンを見るたびに、刺激を感じさせていただいています。
カバンを作る側から考えた時、Fujeeのカバン作りは美しいと思う。
方向性は違うけれど同じ独立系鞄職人。私たちもがんばらねば。

年末の土曜日に、関東の片田舎の全学連のアジトのようなアトリエで、頑固職人の会なる集まりがあり、私も光栄にも招待されました。人間国宝の漆職人さんも参加する由緒正しき会?で相当偏屈な怪しいお歴々が集まり、昼間から大宴会だそうです。
藤井さんも参加されるそうなので、行きたいのは山々ですが、製造小売業を営む身には年末の土曜日は1年で一番の稼ぎ時。それにイタリアに視察旅行?に行ったばかりで、ハミ一人にお店を任せるなんて、いくら私が我儘身勝手だとしても言えない。怪しい頑固職人のお歴々は、年末の土曜日の昼日中から宴会ができるものだと感心してしまいます。羨ましい~。
私は頑固職人なんかではないのでと強がりを言って、泣く泣く断念しました。

私は椎名誠の怪しい探検隊シリーズが好きです。
あんな風に、ヘンテコに一生懸命で、無我夢中に馬鹿馬鹿しく生きる50過ぎの怪しいおやじたちの集いは楽しい。来年は、そのお仲間として是非参加させてもらいます。
ちなみに新聞記者のS氏も職人でないのに、頑固職人の会に参加しております。基準は非常にゆるい頑固職人の会なのであります。


2006年12月09日

復活した栃木レザーの革

キペロン.jpg

久しぶりに日本のタンナーがなめした、魅力的な革に出会いました。
復活した栃木レザーがなめしたタンニンなめしのカーフ(日本ではキップ)です。
栃木皮革の説明では、3ヶ月ほどかけて10ほどの濃度の違うタンニン槽(ビット)に漬けては乾かしを繰り返して作った革だそうで、確かに良くなめされていて、素晴らしい質感を持った革に仕上がっています。

日本のタンナーの革なめしの技術は世界トップレベルです。しかし価格競争に走り、見た目だけ良い、中途半端ななめしの革を低価格で作っているタンナーが多くをしめているのが現状です。
栃木レザーはタンニンなめしの革のシェア最大のタンナーで、20年ほど前は私達も使っていましたが、なめしの甘さから色々な問題点が発生し、ヨーロッパ皮革を使うようになった原因を作ったタンナーです。

その後栃木レザーは倒産し、革部門だけは復活しました。心入れ替えて作った革がこの革です。
元々技術力のあるタンナーなので、世界トップレベルのタンニンなめし革を作るノウハウは持っているのです。その技術を使わなかっただけなのです。
この革で鞄を作ってみたいと思いました。ただ本生産した革が、このサンプル革のレベルで出来上がってくるかという不安があります。倒産前の栃木レザーの革がそうであったから。

でも、きっと頼むことになるでしょう。
ヨーロッパの革も、良いと思う革が少なくなってきています。
去年、素晴らしい日本的なクロームなめしのカーフを作っていたテイカというタンナーが、良い革を作っても日本の市場は認めてくれないと言ってタンナーをやめてしまった、悲しい出来事がありました。良い革を作ろうとがんばろうとしているタンナーは応援したい。

来年この革をオーダーするまで、革コレクターの私の革棚にしまっておきます。
良い革は年月とともにワインと同じように熟成されます。新生栃木レザーが作ったこのキペロンという革はそんな良い革です。


2006年12月14日

半年に1度の神戸堂

ベレー帽.jpg

今日は木曜日。ほんとなら休日なんだけれど、午前中は雑用で三宮に行き、午後からは待ち合わせている人がいるので5時まではお店を開けて仕事をしています。5時からは囲碁倶楽部の納会がシェラトンホテルであります。私は倶楽部の幹事をしているので大忙し。今回のシーズンは初めて私が優勝しました。初段まであと4回勝ちが上回ればなれます。がんばらねば。

半年に一度、私は神戸堂で帽子を購入します。訪れるのは、夏にメッシュのベレー帽を購入して以来です。同じはげちゃびんのF氏がボルサリーノのストローハットを神戸堂で買って、毎週のように見せびらかされ、私は羨望の眼差しでその帽子を見ていました。

今回神戸堂にて入手した帽子は、ボルサリーノのベレー帽。今まで毎年フランス製のベレー帽を買っていましたが、今回は少し奮発してボルサリーノ。優しい柔らかさで大満足。このかぶり心地を知ってしまうと来年も冬の帽子は、神戸堂でボルサリーノのベレー帽を買うのでしょう。

11月のイタリア旅行に行ったとき、ボルサリーノのお店にも行きました。被ってみるのですが何か違和感を感じるのです。帽子が私のはげ頭にしっくりこないのです。そのため買わずに帰りました。
神戸堂で同じボルサリーノを被ってみるとしっくりきます。やはり私は神戸堂です。
神戸を代表する老舗の帽子専門店、神戸堂は私にとって必需品の帽子を、居心地の良い接客で、安心というおまけ付きで提供していただける。

神戸の街を歩くと他の都市より、上等な帽子を被った老紳士を多く見るように思う。
神戸堂はそんな神戸人と、二人三脚で存在する帽子屋さん。神戸堂の老紳士二人は帽子学の素晴らしい先生。私は半年に一度訪れるのが楽しみです。

その時、杉本酒販でシガリロをまとめ買い。イタリア旅行の時まとめて買ったダビドフのシガリロが底をつき、今回はダビドフのB品のジノのシガリロ。ダビドフのシガリロを吸っていると、ジノは風味、味とも劣る。
しかし日本で買うと、ダビドフ2800円に対してジノは1000円。コストパフォーマンスはジノ。1日5本程度の喫煙ならばダビドフでもいいのだけれど。今の状況ではまだまだ。

神戸はおじさんにとって、居心地のよい街です。

2006年12月16日

新プロジェクト途中経過

 新ホーム.jpg
                            
フラソリティー バイ ル・ボナープロジェクトは今年中に通販のホームページをアップしようと考えていましたが、1月末か2月初めスタートとなりそうです。
私のサンプルの製作が遅かったことで、全体の流れが遅れてしまいました。

本生産は現在フラソリティーで始まっていますが、ゆっくり時間をかけて作ってもらうようお願いしています。モノ作りは効率よく作ることは大事ですが、焦るとろくなことはありません。

私のホームページを作ってもらった大和出版印刷のスタッフに今回のホームページもお願いしているのですが、個人情報保護法のからみから、ネットで販売する場合セキュリティーが何より大事で、その下調べに多くの時間がとられたようです。今回はデザイン会社も参加しての大がかりなホームページ製作となっています。表紙その他の撮影はシェラトンホテル内で撮りました。どんなホームページになるか、私自身も楽しみです。

ホームページアップ時は4型各3色ですが、順次新作を増やしていこうと考えています。

今回プロジェクトは、フラソリティーと大和出版印刷とル・ボナーが力をあわせてやっています。
それぞれの役割を誠意を持ってこなしていて、良い感じです。誰かが突出してでしゃばってしまうと、良い計画も、進行途中でギクシャクしてしまい、皆が楽しい計画にはなりません。
このまま時間はかかっても、気持ち良くスタートをきり、時が経つとともに充実していくプロジェクトにしたいものです。ゆっくり丁寧に。

2006年12月18日

エルメスのカードケース

エルメス名刺入れ.jpg
エルメスの名刺入れです。横浜から来られたお客様がお持ちでした。
10年以上前にロンドンのエルメスショップで購入されたそうで、日々お客様のお供をしているそうですが、まだまだ現役です。表に使っているボーグレネクシュベールとエルメスでは呼んでいるカーフの型押しの革の型は消えかけていますが、ひび割れなどの致命傷はまだ大丈夫だし、中に貼られた裏貼りの革は今でもしっとりしています。さすがエルメス。

私はこのシンプルなデザインの中に高級を演出してしまうエルメスの縫製力に敬意を表します。エルメス得意の手縫いではなくミシンで縫っています。しかし糸は麻。この細い麻の糸を美しくミシンで縫うのは大変なことです。あと この薄い仕上げ。裏に張っている革の厚みは0,1~0,15ミリ程度です。日本で革の割りを頼む時、0,3ミリが失敗しないギリギリで、0,2ミリで割ってもらうと相当数の失敗を覚悟しなければいけません。
またなめしの甘い革を薄く割って裏貼りに使うと、摩擦で擦れて早い時期に破れます。10数年この薄さで破れることなくしっとり感を保ち続けているということは凄いことです。

厚くて丈夫は当たり前ですが、薄くて丈夫はむずかしい。それをさりげなくしてしまうことでエルメスはシンプルな高級を演出している。勉強になります。

今年のル・ボナーは、小物の補充が充分でない1年でした。安定して売れる小銭入れ付き折財布にいたっては、半年以上欠品が続いています。クリスマス・プレゼントで一番革小物が売れる時期に全然ないのです。
来年は、小物の充実を最重要課題と考えています。ル・ボナーらしい小物を揃えていきたいと思っています。そんな時エルメスの小物は色々なヒントを教えてくれます。

2006年12月24日

2006年のル・ボナーのクリスマスイヴ

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ル・ボナーのクリスマスシーズンはオープン以来初めて、忙しさにかまけてクリスマスの飾り付けをせぬままクリスマスイヴを迎えてしまいました。元来クリスマス好きの私は、28年ほど前に独立してカバンの製造卸を始めた頃、最初につけた屋号は”サンタクロース”でした。お客さんにクリスマスシーズン限定のかばん屋なの?と言われること多々あり、1年ほどで名前変えました。

そんなル・ボナーの今年のクリスマスイヴは寂しい1日となってしまうのかと思いきや、多くのお客様が来店していただき、接客でテンヤワンヤ。革小物が壊滅的に品薄状態のル・ボナー。そのためか多くのお客様がプレゼントにカバンを買いに来られた中年以上のご夫婦での来店でした。ほんとにありがとうございました。

今、オーダーのカバンの製作を中断して、急ぎペンケースを仕上げています。
このペンケースは25年ほど前から作り続けているル・ボナーの定番中の定番の革小物です。
ペンケースにしては大き過ぎると言われながら可愛いフォルムが好評で、ル・ボナーのお客様たちに愛され続けている品です。今年27歳になる息子は15年以上使い続けていますがまだ現役で、良い感じに経年変化をしています。
縫い合わせた部分のコバを磨いて、ファスナーのひっぱりを付けて完成です。

万年筆に興味を持ち始めてから、筆記具が1本1本個別に分かれたペンケースをル・ボナーの小物のアイテムの一つとして加えねばと考えています。私自身も欲しいので。
私の知っている万年筆好きの人たちの何人かは、万年筆並みの値段の1本差しの万年筆ケースを首からアクセサリーのように提げている。あれはいかがなものかと思っておりましたが、今はそんな風にぶら下げたくなる気持にも共感する私です。まずい、、、、、、。

我が家のケーキ.jpg

夜、ハミと娘とチャーと私のクリスマスイヴ。小さなケーキに優しいキャンドルの光。
東京に住んでいた頃は、毎年仲間のみんなが集まってきて、ワイワイガヤガヤ朝まで騒いでいた。今は静かに家族だけのクリスマスイヴ。歳とって体力なくなったから昔みたいには無理だから良い感じ。

年末に手巻き3針の時計を購入すると宣言して、軍資金は用意しました。しかしその時計の購入は少し先に延ばすことにしました。その顛末は次回に。
そのため軍資金の大部分は手つかず。と思いきやハミがそのお金の半分は私に権利があると主張。ハミと娘のために使うことになってしまいました。躊躇思案することなく素直に時計買っておけばよかったと思いつつ、ハミの主張も一理ある。

2006年のクリスマスイヴの夜は更けてゆきます。

2006年12月27日

ル・ボナーのカバン作りは自由気まま

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久々に名刺入れが店頭に並びます。今回からワルピエ社のブッテーロを表に、内側に貼る革は薄く割っても破れたりしないためにフラスキーニのブレンダボックスを使いました。あと外側の後部分にポケットを追加しました。今まで以上にポケット一杯の名刺入れ。
そんなこんなで、この名刺入れのお値段は9,660円での販売です。

黒のパフが売れました。ハミがデザインして作ったハンドバッグで、ル・ボナーを代表するカバンの一つです。独立系鞄職人の工房ではこういった洋服のようなバッグを作っているところは少ない。重厚なカバンも好きだけれど、パフのような自由な発想のデザインがル・ボナーのカバンの幅を広げてくれている。

パフに使用している革は、フランスのボダンジョア社のブロンジェというシープ・ナッパで、革のシルクと呼ばれています。パリのオートクチュールで革の洋服や手袋に使われている革です。原皮はピレネー山脈のフランス側で育った子羊の皮。スペイン側の子羊より厚みがあって肌が綺麗だと言われています。
非常に高価な革で、サンプルで少量仕入れたのですが、もう少ししか残っていません。
パフもこの革で作れるのはあと数本。代替の革を探さないといけません。

ハミと私のカバン作りにおいて思うことは、売れるカバンを作るということより、作りたいカバンを作ってゆきたい。ヨーロッパの良き時代のカバンを参考に作るモノも、売れる売れないではなくて、美しいから作ってみたいという思いからです。
カバンを作ることで生活していますが、作ることが楽しくなければイヤです。
それが私たちのアイデンティティーなのだから。ル・ボナーらしさを創造していきたい。

1つだけ残っていた黒色の学手風ブリーフケースも売れてしまいました。オーダーも相当数残しているので、次はいつ店頭に並べられるか。でもル・ボナーらしいカバンは一つずつでも店頭に並べていたい。それにしてもル・ボナーの学手風ブリーフは良い味でてると自画自賛。作らないと。

ル・ボナーのカバンはトータル感がないと言われます。そう言われるのを望んでいる私たちです。作りたいカバンを自由に作っている私たちですから。
来年は色々なカバンや革小物でお店の中いっぱいにしたいなぁ。

2006年12月29日

2006年のル・ボナーを振り返って

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三宮のお店を閉め、夫婦2人で再出発して3年あまり、2年間は右往左往しながら、それまでの負の遺産を整理することに必死でした。ようやく落ち着いて今年は少し心に余裕を持って日々を過ごせたように私達は思っています。

そんな私達にとって、2006年を振り返って一番強く感じたことは、ル・ボナーのカバンとお店を通じて、多くのこれからもずっと親しくしていきたい人たちと知り合えたことです。こんなに多くの人たちと知り合えた1年は、今までなかった。
特に仲の良いご夫婦たちと、カバンは勿論の事それ以外のモノ好きの人たちと多く知り合いになれました。

ご夫婦お2人での来店はほんとに多くなりました。常連客のご夫婦は皆さん魅力的で、どこか変?で、お客様というよりお友達のように接してしまいます。いけない、いけない、親しい仲にも礼儀有り、お客様と店主の関係だのについ。
ル・ボナーに集う仲の良いご夫婦たちと、イタリアはちゃめちゃツアーなんかが出来たら楽しいだろうなあなんて勝手に想像している私であります。

モノ好きの人たちとも多く知り合いました。
カバンは勿論のこと、時計、万年筆、車、靴その他etc、、、、
私も少し余裕が出来たのか、本業以外のモノに対して非常に興味を持ち始めた1年であったことも相まって、モノにこだわるオヤジたちとそれを作る人たちと親しくなりました。
その屈折した?こだわりは半端なものではありません。私の革好きに匹敵します。私は革とカバン以外はそこまでこだわることはない?と思いますが、そんなオヤジたちのモノへのこだわりは面白い。来年はそんな人たちと一緒に、色々な企てを計画しています。楽しみです。

私達夫婦は、ル・ボナーというお店が気心があった人たちが集うサロンのような場所になることを望んでいます。まだまだ工房兼ショップのル・ボナーはそのバランスを試行錯誤している途中ですが、そんなお店になってゆく出発点であった1年目だったように思います。

見えない目標に向かって走らされていた3年前まで。
その頃のことを思い返し、この1年の平和な日々を愛おしく思う。
これからも、静かに着実にカバン作りを楽しもうと思う。利害関係のない親しい人たちと一緒に。