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鞄職人松本氏の優雅な生活 アーカイブ

2005年10月04日

迷犬チャーのプロフィール

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仕事で店を離れる時以外は、いつも私と行動を共にしている次男のチャーです。
今年で6歳になる彼は薩摩ビーグルという犬種で、
猪狩のために、江戸時代に薩摩犬とイギリスのビーグルを交配してできた犬種だそうです。
そのため気性が激しくて、よく吠えます。
犬嫌いの人はル・ボナーでの買い物が落ち着いて出来ないとおもいます。
よく吠えるのを見かねたお客さんに警察犬の指導をしている人を紹介してもらったのですが、
ビーグルは無理といわれ、それ以来野放し状態です。
それでも可愛い我が家の次男坊チャー。


2005年10月22日

迷犬チャーの遠吠え

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チャーの我が家での指定席です。彼は居心地のいい場所を見つける名人です。
彼の吠え声は素晴らしく嫌になるほど大きいので、甘やかしている私たちは色々な
制約をうけます。
彼が来てからの6年間、家族で一緒に外食をする事は一度もありません。
外食をする時は誰かがチャーと留守番です。
いい猟犬か番犬にはなる素質はあると思いますが
集合住宅で暮らす我が家では無用の長物です。
愛玩犬に程遠いこいつとこれからも付き合っていきます。

2005年10月24日

私が愛用している革小物たち

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私は使い込むと馴染んでくれる革小物がすきです。
19歳の時初めて茶利革というタンニンなめしの革に出会った時から30年間そのことは変わっていません。タンニンなめしの革は思い出も一緒に染み込んで自分色に変わってゆきます。
ただ100パーセントピュアタンニンでなめされた革は少なく、合タンの場合馴染みません。
クロームなめしの革もよくなめされた染料染めの革は、タンニンなめしの革とは違った形で馴染んでゆきます。
ただ、私のようなカジュアルな生活をしている者にはタンニンなめしの革小物があっているように思うのです。

2005年10月26日

エトランゼの住む街六甲アイランド

シェラトンホテルから見たリバーモールイースト
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真ん中に見える三角の塔の下辺りにル、ボナーのショップが在ります。
此処にショップを出して13年になりました。
安藤デザインのこの建物も現代建築でありながら、日本の文化が感じられて気に入っています。
この人工島には外国人居住者が大変多く、おそらく関西で一番多いと思います。
左の方に見えるオレンジの高層ビルは外国人専用賃貸マンションです。
阪神やオリックスの外国人選手もここに住んでます。
英語が話せない私たち夫婦は、日本語で外国のお客さんに接しています。
神戸の中心の三宮から少し離れているこの街は商売をするにはハンディが多く、13年前一緒に出店した仲間の大部分は店を閉め、今も続いている所は数えるばかりです。
ただ、人工島でありながら緑が多く春夏秋冬を感じさせてくれて住みやすい街だと思います。
明日は週に一度の休日です。ハミとチャーと一緒にビーちゃんに載って再度山公園に鋭気を癒しに行きます。神戸の外国人墓地のあるところで私たちのお気に入りの場所です。そこで食べるおばあちゃんが作るやきそばが大好きなんです。
その後、もし今日阪神が勝ったら日本シリーズ第五戦を甲子園に見にゆきます。
お願いだから阪神勝ってください。

2005年10月27日

今日は再度山(1)

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阪神4連敗で私の甲子園デビューは夢と消えました。来年は必ず行くぞ!
今日は再度公園にいきました。
三ノ宮から車で15分ほどでこんな別世界に来れてしまいます。
神戸の良いところです。
此処で深呼吸をするとカラダに良いものを吸っているって感じます。

今日は再度山(2)

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この先に外国人墓地があります。
神戸の文化はこの先にある墓地に安眠してるエトランゼが作ったものだと思います。

今日は再度山(3)

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外国人墓地は部外者は入れません。外からやっと撮れた写真です。

今日は再度山(4)

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ビーナスブリッジから見た神戸です。ここから見る夜景が神戸では一番と言われているビューポイントです。
神戸は小さな街だけれど、豊かな街だと思います。
少し足を延ばせば自然があり、街には沢山のカラフルな色があり、こだわっているお店がいっぱいあります。時計、宝飾のカミネ、婦人帽子のマキシム、靴の銀座堂、他にもいっぱい、名前をあげればきりがありません。
この街でこれからも鞄を作って行こうとおもいます。

2005年10月29日

私の仕事椅子

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私は今まで仕事用にいろいろな事務椅子を使って来ましたが満足する椅子には出会えませんでした。一年ほど前初めて満足出来る椅子に出会えました。それがこの椅子です。米軍払い下げの家具を扱うお店で出会いました。クッションがないのに座ってみると全然お尻が痛くなく自然な姿勢ですわれました。私には少し高かったけれど買ってしまいました。
一年経った今でも非常に気に入ってます。
日本の60代より上の鞄職人の多くは床に腰をおろし仕事をしていたのですが、私たちの世代は机で仕事をするので自分にピッタリ来る椅子に出会えることはけっこう大事なことです。
あとで分かったことなんですが、同メーカーの椅子をアメリカの画家のノーマン、ロックウエルも使っていたようです。彼の絵にもでてきます。
作業用の机は科学の実験室で使っていたものを使ってます。カッコウはよくないですが安定感があるので気に入っています。

2005年11月17日

休日の私達

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休日は特別な用事がない時は、いつもチャーを連れて夫婦で六甲アイランドの南端にあるマリンパークまで散歩します。今日は空気が冷たく澄んでいて空は雲一つない晴天。
住宅地を囲うように遊歩道が周回し一周すると5キロになります。遊歩道の両側に色々な木々が植えられていて、今日はオオシマザクラの紅く紅葉した葉が目につきました。
マリンパークでは必ず釣りをする人がいます。ただ3,4年前まではほんとによく釣れたのですがここ数年魚が少なくなりました。ハミと娘のモモも一時釣りに凝っていて、朝の5時頃からマリンパークに行き、結構大きな魚を釣っていました。
その後ハミは水彩画の教室に行き、私は車の手入れかお昼寝をして夕方からの戦いに備えます。実は私の一番の趣味は囲碁を打つ事なんです。毎週木曜日の午後5時から10時の間シェラトンホテルの一室を借りて囲碁をうっています。私がこの囲碁クラブにはいって5年になりますが、メンバーのなかで一番弱くて実力は一級程度です。少しでも上をめざしてがんばっているのですが、なかなか勝てません。しかし囲碁というゲームはほんとに面白い。私は模様をはり大きな夢を碁盤に描く碁が好きです。実力が伴わないと勝てない美しい碁です。だから私はなかなか勝てません。
今日も1勝2敗で負け越しました。

2005年11月19日

チャーの恐怖

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チャーはカメラを向けると怒りの表情にかわります。その顔がこれです。魂を抜き取られるとでも思っているのか、カメラに向かって本気で怒りだします。
あと、仕事場でハミと今日はチャーをお風呂に入れようなどと話していると聞き耳を立てていて、家に帰る時間になってもなかなか帰りたがらず、なだめすかしてなんとか家までたどりついても家の中に入ると私に食ってかかってきます。格闘の末風呂に入れると今までの凶暴なチャーは影を潜め、哀願するような切ない鳴き声に変わり、お願いだからお風呂だけは許してとなきつづけます。それほどお風呂は嫌いです。
それ以上にチャーの最大の恐怖は獣医さんのところへ行く事です。チャーの主治医のオタニ動物病院に車で行く時、チャーは病院の10キロほど前から指定席のリアシートから立ち上がり私の肩に前足を置き声も出せずに震えだします。ただの予防注射に行くだけなのに
彼には幼い時の恐怖の体験が甦るのでしょう。それはオカマになった手術です。
彼の前足から伝わる震えは笑ってしまうほどの彼の恐怖のほどを伝えます。
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弱虫のくせに闘争心丸出しのチャーとは違って、前に飼っていたクークーはほんとに優しい犬でした。彼女はいつもいっしょに飼っていた猫のあかねとその娘のヒラメと犬小屋で仲良く寝ていました。クークーを留守番させて家族で泊りがけの旅行に行った事がありました。
家に帰ってみると家の中はグチャグチャに荒らされていて、泥棒に入られたのです。
近所の人は誰も気付かず、どうやらクークーは泥棒さんと仲良くなったようで吠えもしなかったようです。結局金めのものはなにもなく、グチャグチャにされただけで何もとるものがなくくたびれ損だったようです。。そのクークーは今は海の見える芦屋霊園の犬の形の石造のペット共同墓地に眠っています。

2005年11月20日

私のメガネ

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私はメガネが好きです。ただ勉強をあまりしなかった事が幸いしてか、目がアフリカの人なみにすこぶる良く、メガネとは無縁の45年間でした。
それがここ2,3年遠視が進みメガネを使うようになりました。
その間作ったメガネは5本。作り過ぎと言われますがそのとうりです。ごめんなさい。
今4本のメガネを使っています。写真の上から
自宅で新聞を読んだりする時につかいます。革まきはオリジナルです。
その下は手縫いなどの細かな仕事をする時に使います。小さなメガネで、万年筆より少し大きめのケースに入ります。アルミのケースに革巻きしました。
その下のメガネが一番よく使うもので、仕事中はこれをかけています。
一番下のは外出用で中遠両用で、ドイツ製のおしゃれなメガネです。
これからもメガネは買って行くと思います。
そんなにいらないと言われればそのとうりです。
でもまた買ってしまうのです。
私は10代の頃からジョン、レノンが好きで、彼のような雰囲気を持った大人になりたいと思っていました。しかし現実は厳しく30代前半に店をつぶした時の心労が黒髪の長髪をハゲオヤジに変え、神戸での飽食の生活が50キロ台のスマートな体型をデブな中年に変え、
ジョン、レノンになるのを諦めました。諦めたときにメガネの必要な人になりソコだけジョン、
レノンしてます。
後から分かった事なんですが私の乗っている白のビートル68年式はビートルズのアビーロードのアルバムの写真の4人が歩いている後ろに止まっているビートルと同じ年式、同じ色なんです。それも当時ジョン、レノンが乗っていたくるまなんです。他人が聞けばどうでもいいことなんでしょうが、ジョン、レノン好きの私にはその偶然に感動で震えました。
ナチュラルな生活に憧れながら、色々な欲をすてきれない私です。

2005年11月22日

安藤忠雄氏の建物

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私は安藤忠雄氏が設計した建物に、住吉の長屋がマスコミで紹介された頃から興味があり、現代的でありながら日本の美意識を具現化した建物に大いなる刺激をうけました。
13年前お店をここに出す事にした最大の理由は、安藤忠雄設計事務所が設計した建物にお店を出せるという事でした。一番安藤建築らしさが表現されていると、私が思ったスペースを借りるために、建築途中から下見に行き、この場所をかりました。なけなしのお金をかき集めての出店だったので、広さは9坪程度で、現在のお店の広さの半分以下でした。この場所に決めた1番の決定打がこのカーブした壁です。
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写真では伝えきれないのが残念なんですが、ほんとに表情のあるコンクリート打ちっ放しの壁なんです。
石をスライスして磨いたような硬質な表情があります。それは13年経った今も全然変わりません。安藤建築以外のコンクリート打ち放しはどれを見てもただのコンクリートです。後で知ったのですがコンクリートを枠に流し込むとき、安藤設計の建物の場合何度も締め付けてコンクリートの密度を高める作業を繰り返すそうです。
他のお店がコンクリートの壁を覆う内装をする中、壁が活きる内装を心がけました。
その年の大晦日の夜、お忍びで安藤忠雄夫妻が愛犬を連れて来店されました。13年間の中で一番ドキドキしたお客さんでした。
今は隣のお店との仕切りの壁を抜いて広いお店になりました。隣のお店の内装をそのまま使わせてもらっているので、お店と工房が統一感のないものになっていますが、目線の先には硬質な文様を持った壁が13年変わらずあります。

2005年11月24日

朝来へドライブ

今日はハミの要望で、朝日新聞で日本のマチュピチュとして半分冗談で紹介された、私の故郷、朝来にある竹田の城跡に、チャーを連れてビーちゃんに乗ってドライブです。
竹田の城跡に行くのは小学6年の時以来37年ぶりです。
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城壁のすぐ傍まで車で行けるとは知らず、下から登って着ました。結構へばりました。
素晴らしい風景です。遠くの山々が水墨画のようです。
空気は冷たいけれど優しい感触です。
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その後神子畑のイチョウの木を観に行きました。
夏に来たときに見つけたのですが、年をとったイチョウだけの特徴である、枝からオッパイのような部分がいっぱい下がっているんです。そのイチョウを見ると拝みたくなる神々しさを感じてしまうのです。そのイチョウは銀杏の実がなっていたので、女性でした。合掌。
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最後に、多々良木にある芸術の森美術館に。彫刻がいっぱいあり見てて楽しいのですがそれ以上に石を途方もなく積み上げたダムが圧巻です。
充実した休日でした。

2005年11月30日

20代はラグビーに夢中だった

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私の24歳の誕生日の、ハミのプレゼントはラグビークラブの申込書でした。
私は昔からラグビーが好きで、してみたかったのですが、学校のクラブにはラグビーがなく、その後は職人人生、見るだけで我慢していました。そんな時、このプレゼント。うれしくてすぐ申し込みをしました。入ったクラブはのっぺラボウズという草ラグビーチームで、西荻窪のすし屋の常連が作ったチームでした。のんべいが作ったホドホドラグビーをエンジョイする程度のものだろうと考えていたら、これが社会人が趣味でやるレベルではなく毎週猛練習の連続、ヘドは出る、足はつる、さぼろうとすると電話はかかるし、迎えに来るで学校のクラブなみなのです。月曜日は体中筋肉痛で仕事にも支障をきたすありさま。それでもやればやるほどラグビーの虜になってゆきました。私のポジションはNO11のウイングです。足が速いのでこのポジションを任されたのですが、決して得点力のあるウィングではありませんでした。ただディフェンスには自信があり、タックルに命かけてました。
メンバーは雑多で、鉄工所のおやじ、特許庁の職員、ファイト一発のCM撮ってるカメラマン、一級建築士、家具職人、お金が貯まると海外を放浪する日雇い労務者、東大の学生など色々な人種が集まってました。皆懸命に走ってました。
夏の2泊3日の山中湖の地獄の合宿は午前も午後も練習、練習、夜は筋トレ、遊びの粋は完全に越えていました。
そのかいあってチームは徐々に強くなり、私がお店を出し日曜日休めなくなりチームをはなれた後、都のクラブチームの大会で準優勝する強いチームになりました。ただその時のレギュラーは大学でラグビーをやっていた私の知らないメンバーで、一緒に走っていた雑多な連中は裏方をやっていました。良い時にこのクラブでラグビーが出来たなあとおもいました。ヘタな私でもレギュラーでやれた時期に。
今はテレビで見るだけですが、ラグビーは一番好きなスポーツです。近くに神戸製鋼とワールドの練習グランドがあり、ラガーマンのお客さんも何人か来られます。そんな時ラグビーのことを話すのが、大好きなわたしです。

2005年12月03日

ハミが書いた絵

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私はハミの描く絵が好きです。
この写真の絵は、ル・ボナーが三ノ宮のギャラリーで展示会をしたときポスター用に数分で描いた絵です。
伸びやかで物語を感じるこの絵が特に好きです。
私の妻であり鞄作りの相棒であるハミがいなければ、鞄職人をつづけていなかったと思います。金銭的に苦しい時も、精神的に行き詰った時も、ずっと傍に居てピュアーな心を持ち続け柔らかな人であり続けた。感謝しています。
ハミの作る鞄は、ハミの描く絵と同じで自由で柔らかな感性を表現してます。その時々の流行とは無縁のデザインで、好きなものをつくります。
それに比べ私は俗人で、これ見よがしの鞄を作ったりします。
ル・ボナーの工房の壁には少しずつハミの絵が増えて行きます。もっともっと描いて欲しいなー。私の宝物です。

2005年12月04日

ル・ボナーの家具

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私はフランスのアンティック家具がすきです。写真の鏡台とテーブルもそうです。
フランスのものはウォールナット(クルミ)が多く使われていて、硬質な木目がわたしは好きです。日本に輸入されるヨーロッパのアンティック家具はイギリスの物が多く、イギリス物はオークを使った塗料の厚塗りの家具が多くて、好きになれません。
特に写真の鏡台はクルミの根をつかった象嵌細工を表面に使った手のかかったもので天板の大理石の年代から推測して200年は経っているとの事。テーブルはフランスのウォールナットの家具らしいキメの細かい木目を松脂のワックスで磨き上げ、それぞれの足に控えめな彫り物がしてあります。
この鏡台とテーブルは東京の国立にあるタイムジャックというフランスアンティック家具を専門に扱うお店で購入しました。お店は小さいのですが、郊外に3箇所倉庫があり、そこには宝物がいっぱい隠してあります。それに都内のお店に比べて値段が安くて、質がいいのです。
ル、ボナーの年末の大掃除の仕上げはこの家具たちをフランス製の松脂のワックスで磨き上げることです。
家具も鞄も革も人の手仕事は、それぞれの国の文化や民族性に起因していると思います。百花繚乱だから面白いのです。グローバルスタンダードという言葉は私には無機質なつまらないものを感じます。好き嫌いは別として、色々あるから楽しい。無駄は豊かさだと思う。

2005年12月05日

傷心のチャー

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チャーは先週の木曜日の散歩で、足の裏の肉球を何かで切ってしまったらしく、今日もびっこをひいて歩いています。足の裏を見るとそんなにたいした傷ではないので、過保護ゆえにオーバーな態度をとって甘えているだけだとほっておいたのですが、よくならず、獣医さんに見てもらいにゆこうかと声をかけると急に元気な足どりになります。獣医さんに行くのがチャーにとって最大の恐怖で、獣医さんのところへ行くぐらいなら、傷みは我慢できるという精一杯のチャーの意思表示なんでしょう。
今週の木曜日にはどちらにしてもオタニ動物病院に連れて行きます。ついでにお腹にできたデべそのようなおできも切ってもらおかな。
チャーはちゃんとお座りと言わないと写真のようなお座りをするだらしないビーグルです。
骨がまがっているのかと最初は思っていましたが、親のナナも同じ姿勢でお座りをするのを見て血筋だと分かり安心しました。
体重は20キロを越えデブビーグルです。

2005年12月07日

身の丈の幸せ

15年前の私たち家族
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私は今幸せです。好きな鞄作りを生業とし、家族4人が食べて行ける。
身の丈にあった私の幸せです。この幸せを充実したものにすればそれでいい、もっともっとと欲張ろうとは思わない。
大きな夢を求めて高みを目指す人は美しい。しかし自分の金銭欲や名誉欲を満たすためにもっともっとと走りつづける人は悲しい。目指すものが抽象的なためにいつまでも求め続けもっともっとと走りつづける。多くの人を踏みつけて登った高みの先にはもっと高い欲望という高みがあり、それは永遠につづく。
それに比べ身の丈の幸せを規定できると自由になれるように思う。背伸びして前だけ見てると見えなかったいろいろなことが見えてきます。五感が自由になるのです。その時その時を感じながら生きていける。美しいものが見えてくる。
私はずっと宝くじを買っています。2年ほど前まではもし当たったら人生が変わると色々想像していました。それがこの頃、もし当たっても大きく変わらないなと思うようになりました。
決してお金持ちになったからではなく、求めるものが変わったからだと思います。
身の丈より少し背伸びしたものを買うときのドキドキとする幸せ感。それに比べどんなに高いものでも余裕で買ったものにはそれはない。
事業拡大をしようとした時期もありました。それが私の身の丈を越えていたことを悟ったとき自由になれました。今その時その時を感じながら生きてます。

2005年12月08日

休日のル、ボナー

今日はビーちゃんに乗ってチャーの足を診てもらいに兵庫の山手にあるオタニ動物病院に
行きました。途中郵船ビルが見えました。親しいお客さんがこの3階の海が見える場所に事務所を持ちます。仲のいい連中の隠れ家風に使うとのこと。遊びに今度行ってきます。
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オタニ動物病院ではチャーの激しい抵抗にあい、押さえ込むのに大変な体力をつかいました。やはりチャーの右足の肉球は深く切れていて、レントゲンと注射2本と沁みる消毒とチャーにとっては悪夢の時間でした。今日はいつもより早めに車の中で震えだしました。その後に起こる悪夢の時間を予期していたかのように。
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帰り道、お世話になっている人に贈り物を買うためにまずは大井肉店へ。神戸ビーフを買うならここでと言われている老舗の神戸ビーフ専門店です。創業明治4年というまだ肉を食べた事のない日本人が大部分の頃からやっているという事。偉い
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その後六甲道にあるメツゲライ、クスダというハム、ソーセージ専門店へ。専門店は売っているものへの思い入れが違うので好きです。あれもこれもと買っているうちに結構な金額になってしまいました。猪肉のパテは買わずにはいられなかった。
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最後に阪神御影駅前のケルンというパン屋さんへ。神戸は人口あたりパン屋とケーキ屋が日本一多い都市と言われています。私たちはここのパンが好きです。とくにコッペパンは絶品です。お昼ごはんは猪肉のパテとコッペパンにごぼうサラダをはさんだサンドイッチとコーヒーでした。美味しかった。
写真は御影駅の高架下の入り口です。昔この先に多くの個人店舗があり、にぎわっていたのだろうなと想像し、今はその賑わいはなくその寂しさをこの扉が象徴しているように思えました。
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今夜は囲碁クラブの懇親会です。一番若くて最後まで生きているだろうからと幹事をさせられています。結構雑用が多くて後悔してます。

2005年12月10日

パソコンとのお付き合い

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パソコンと毎日接するようになったのはブログを始めるようになってからです。
それまではキーボードもマトモに打てませんでした。今もパソコンのことは全然無知で、分からない事があるとコンピューター関連の会社に勤めている親しいお客さんに助けてもらってます。色々説明してもらうのですが頭の中が固くなっている私には、馬の耳に念仏で何も頭に入りません。それでもブログはつづけられているのですから、パソコンは偉いです。
私は形から入るタイプなので、マックのパソコンが欲しかったのですが、みんなにそれはやめろと言われ、しぶしぶマックに少し似ているデルのこのパソコンにしました。
17インチの画面で老眼の私でも見やすくて気に入っています。ただデルは基本の状態は安いのですがアレも欲しいコレも欲しいとオプションを加えていくとあれよあれよと高くなり、
必要のないオプションいっぱいの厚化粧パソコンになってしまいました。まあいいか。
高校の頃勉強が嫌いだったので、授業中も小説ばかり読んでいて、物書きになれるといいなあとぼんやり考えていた文学少年だったので、ブログを毎日更新するのは全然苦になりません。
ただパソコンにアクシデントが起きたときはあたふたします。親しいお客様の暖かいご協力なしには私のパソコンライフは維持しません。みんなありがとう。
ホームページは大和出版印刷というところに頼んで作ってもらいました。元々そこの社長さんや社員の人たちがル・ボナーのお客さんで、ホームページを作ったほうが良いよと勧められ善意で作ってもらいました。今年中にリニューアルします。楽しみです。
それとル、ボナーのポスターを今、大和出版印刷で製作中で、それを印刷技術を競うコンクールに出品するそうです。完成するのが楽しみです。

2005年12月13日

チャーは元気になりました

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足のケガから立ち直り、元気なチャーに戻りました。
チャーは本来臆病な性格なのですが、それを隠すためによく吠えます。お店に訪れた若い女性には吠えないのですが、おじさんとかには吠え続けます。商売の上ではお店においておきたくないのですが、まだチャーが若い頃、家に一匹で留守番させようとした時、遠く離れた場所まで、鳴き声が響いてこのまま留守番させると近所に多大な迷惑がかかると諦めて以来、毎日お店に連れて来ています。
お店のアイドルというには程遠く、お客さんが来るたびに吠えつづけています。
夫婦ゲンカをするたびに、ハミは私に対して、あなたはチャーそっくりと言われます。娘曰くそのとおり。その言葉を聞くと私は何も言えなくなります。いくらなんでもあんな甘えたでかんしゃく持ちのチャーといっしょにするなと心の中でつぶやいています。(涙)
チャーは散歩の時鼻を地面にするほどに近づけて匂いを嗅ぎながら歩きます。カッコ悪くて下品なので何度もやめさせようと試みたのですが直りません。今日はその罰が当たったのでしょう、小石を鼻の中に吸い込んでブヒブヒもがき苦しんでいました。ざまあみろ。今日で3回目です。
今夜もチャーを連れて帰宅途中、ニコニコしながら婦人とワンちゃんが近づいてきます。ほんとは仲良くしたいのですが、私はニコニコしながら手で静止のポーズをとって離れます。
チャーは至近距離に入ると、吠えまくり威嚇します。婦人と可愛いワンちゃんの恐怖する(あきれた)顔を見たくないのです。
彼は体重で分けると中型犬ですが、犬種的には小型犬の部類に入ります。ここなら大丈夫と思い鋳物でできたベンチにチャーをつないで離れたところに居ると、彼はそのベンチを引きずりながら近づいてくるのです。彼の鬼気迫るパワーに呆れてしまいました。
そんなチャーとこれからも一緒に暮らして行きます。

2005年12月16日

レマン湖のライトアップ

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ライターのNさんが独立時計士の取材でスイスに滞在されていて、スイスからメールが届き添付されていたライトアップされたレマン湖の写真です。幻想的な、日本ではなかなか見ないライトアップです。冷たく美しいロマンチズム。
今神戸の旧居留地では、神戸の冬の最大イベントのルミナリエがおこなわれています。ルミナリエは暖かなライトアップです。
私は冬が好きです。幼い頃、雪降る町で育ったためか雪が好きなのです。東京に住んでいた時も、雪が見たいだけのために信州まで車をとばしたことが何度もありました。
雪の積もった世界は音が雪に吸い込まれ、無音の世界になります。その世界がたまらなく心地良いのです。、日本の雪国の冬は暖かさが心に残る、寒い季節です。
神戸の数少ない不満は、六甲山が邪魔して雪ガ積もらない事。雪を求めてこの冬も雪降る町に車を走らせるでしょう。

2005年12月19日

大和出版印刷が作ったポスター

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大和出版印刷は同じ六甲アイランドにモダンな社屋を持つ、才能ある若き社員が集う印刷屋さんです。社長さんを筆頭に多くの社員の人たちがル、ボナーの鞄を買っていただき、大和出版印刷の人たちは制服の変わり?にル、ボナーの鞄を持って貰ってます。
そんな印刷屋さんの今年の最後を飾る行事が、印刷技術のコンクールにポスターを出品する事で、その素材にル、ボナーを使うことになり、決定したポスターの原案をパソコンからプリントアウトして持ってきてくれました。実際に出来上がるポスターは最新の印刷機の限界に挑戦するので、色も図柄も超鮮明になるそうですがこれでも十分カッコいいです。
バックには革の表面を撮影し、色加工したそうで、出来上がりを見るのが楽しみです。
ル・ボナーのホームページも大和出版印刷に頼んで作ってもらいましたが、センスのいい美しいホームページに仕上がって私は大満足で、頼んで良かったと思ってます。
文化祭のノリで、大和出版印刷の若い才能を結集したポスターがコンクールで何かご褒美が出ることを祈ってます。

2005年12月21日

形にして表現したい心

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ハミの姪が作った陶器のオブジェです。私は彼女の作るオブジェは、彼女の心象風景をよく伝えていて大好きです。
物を作って表現することは人間にとってプリミティブな喜びです。
しかし、その事で食べてゆくのはむずかしいことです。
芸術家は世の中が評価しなければ一銭にもならないし、職人は数をこなさなければ、どんなに素晴らしい物を作っても貧乏のまま。それでも作りつづける。自分がこの世に生きている証だから。
アマチュアとプロの違いは逃げる場所があるかないかだと思います。プロは逃げれないから、世の中と折り合いをつけて物作りをせざる終えない。妥協出来ることは妥協しながら前に進む。その先にある自由な世界を夢見ながら。

2005年12月22日

S君の彼女への結婚指輪

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神戸に雪が積もりました。神戸に住んで13年、雪ガ積もったのは数えるほど。
雪好きの私はチャーと一緒に銀世界に飛び出して、飛び跳ねていました。
今日は休日を返上してクリスマスイブに間に合うように鞄作り。サンタクロースになったような気分で仕事してました。
昨日、お店をオープンした頃からのお客さんのS君が、彼女の両親へのクリスマスプレゼントを買いに、二人で来てくれました。
S君はお母さん、お父さんと相次いで亡くされて,一人息子のS君の悲しみを、春の風のように柔らかな心の彼女が和らげました。
お父さんの一周忌を済ませた後、二人は結婚します。
お母さんがS君名義で残してくれたお金を、そのまま使わずにいたのですが、そのお金全部で結婚指輪を購入するそうです。天国のお母さん、お父さんもそんな使われ方が一番喜んでもらえると。
爽やかな風が吹き、私たち夫婦も幸せを頂きました。
二人にとって恋人としての最後のクリスマス。
メリークリスマス。

2005年12月24日

ル、ボナーの忘年会

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昨夜は友人や親しいお客さんと三宮の繁華街で忘年会。
夜の三宮は久しぶりです。神戸の安くてうまい店を知り尽くすお客さんの若夫婦の案内で、まずは割烹の富へ。20席ほどの2人でやっている小さなお店ですが、小奇麗で爽やかなお店です。美味しくお腹いっぱい食べました。中でも鍋ものは絶品。だしが絶妙のバランスでまろやかなのです。飢えた子供のようにいつも私が最初に箸をつけていました。私はアルコールが全然ダメですが、酒の席は嫌いではありません。よく、飲んでるヤツより酔ってるみたいと言われます。その時々を楽しまなくては。
その後、1度は是非行きたかった神戸の老舗のバー、ヤナガセへ。
ヤナガセは神戸のクラシカルな雰囲気を今も残すバーで、暖炉があり、その薪の燃える火を見ながらカクテルを飲み、静かに時間を過ごす、大人のお店だと聞いていて、是非行ってみたいお店でした。
行ってみてそのとおりのバーでした。それがまずかった。団体でガヤガヤ騒ぎながら行くところではなかった。静かな室内に私たち団体客の声だけが聞こえていました。ヤナガセのみなさん、ごめんなさい。
次からは場をわきまえます。今度はハミと2人で来よう。私はアルコール抜きのカクテルを注文して。昨夜は午前さまでした。

今日はクリスマスイブ。我が家の今夜の食卓にはシェラトンホテルで買ったクリスマスケーキと友人から貰ったダニエルのショートケーキが並んでいます。ケーキが一杯です。
なんとなく幸せなクリスマスイブです。

2005年12月25日

港町神戸の海

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六甲アイランドの南端にあるマリンパークです。チャーとのいつもの散歩コースです。
神戸の港は、大型のコンテナ船が着岸できるように、沖へと港が拡大していきました。
阪神大震災後、船舶が他の港を利用するようにになり、その船舶は神戸港に戻って来ず神戸港は寂しい港になりました。神戸市は経済の復活を神戸空港に託していますがどうなることか。私は神戸が経済力のない地方都市になっていいと思ってます。ただ神戸の個性が残れば私はここに居ます。東京から神戸に引越して13年、神戸は根無し草が根をつけやすい地です。元々何もなかった地に港が出来、エトランゼが集まり住み、産業が根付き豊かになった資本家が豊かな文化を生んだ。現在の経済至上主義の世の中からは、金が金を生むだけで、豊かな文化も生活も生まれてこない。
写真の中央あたりに見える白い建物はフィールという1階がレストランで2階は美容室になっているお店です。犬を連れって行ってもいいレストランなので時々利用するのですが、商店街から離れた、六甲アイランドの端の端にあるこのお店がやっていけてるとはどうしても思えません。きっと他で儲けたお金でやっていると思うのですが、こんなお店を呼び込む魅力が神戸にはあるのでしょう。
神戸には他の地方都市にはない個性的な老舗のお店があり、個性的な新しいお店が生まれています。心豊かな神戸の人がそれを支えています。神戸に住む一人一人が作った文化です。
そんな神戸を包み込む海は年々きれいになっているように思います。

2005年12月27日

心の時間

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10代は1日が長かった。放課後家に帰るまでの2時間あまりの時間でも、充実して遊べた。夏休みは思い出いっぱい作りました。
20代からは時間がどんどん加速して、50歳を目の前にした現在の私にはあっという間に1年が過ぎて行きます。
私には、心の時間の半分以上を10代の10年間が占めているように思う。
社会の歯車に組み込まれる前の10年間私は自由で無駄だらけの毎日でした。
その時自分が形成され、その後社会との順応性が少しついただけで、あまり変わらないと思います。時間だけは加速して行きます。
この頃思うのです。忙しいのが偉いわけじゃない。忙しい事もエンジョイできる心を持って時間を過ごそう。年齢とともに短くなる心の時間がそうでないともったいない。
私の思い出作りの日々がつづきます。

2005年12月29日

CL90のレストア

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40年ほど前のバイクです。5年ほど前まで動いていたのですが、その後鼓動を止めて我が家のベランダで眠っていました。その間、海風にあたり、あちこち錆びてしまいました。
このバイクを再生させます。エンジン、足回りはビーちゃんの主治医の名整備士、古川さんに任せ、私はせっせと錆びとりです。シートは革に私が張替えました。
ホンダの創世記の傑作CL90が春には復活します。楽しみです。
私はどうしてもコンピューターで制御された機械に愛情を持てないのです。レトロ趣味だと言われればそのとうりなのですが、スパーマンでない、そんな機械たちは人間と同じ喜怒哀楽を示し、オーナーの愛情があれば永遠にがんばってくれます。
優しい時間をそんな機械たちが彩ってくれます。

2006年01月01日

2006年が始まりました

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2006年が始まりました。年末恒例の格闘技を真剣に見ていたら12時近くになってしまい31日のブログを書かずじまいで、年が明けてしまいました。
みなさん、明けましておめでとうございます。
神戸の新年は神戸港内の船舶の汽笛が一斉に響き渡って始まります。
今年で私も50歳になります。1年1年を大事に過ごしてゆこうと考えています。
今日もお店に行かないといけないようです。私らしい年の始まりです。

2006年01月09日

ラチエン通りの卓袱堂

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私の”ル・ボナーの一日”によく登場してもらっている、20年来の友人の陶芸家の卓袱堂の卓ちゃんが、なけなしのお金をかき集めて購入した神奈川、茅ヶ崎ラチエン通りにある店舗兼工房兼ワインバー?兼自宅です。年末、年始、卓ちゃんと仲間たちは資金難を自分達の体力で補いつつ内装工事に没頭しているそうで、プロバンス地方出身のフランス人がデザインした和風?をイメージしながら、お店の内装をやっているそうです。完成したら南フランスを味わうために泊まりに行こうと思ってます。
卓ちゃんはお金がなくても、生活を楽しむ天才です。陶芸家としての卓ちゃんは陶芸素人の私には未知数なのですが、人生を楽しむことにおいては卓越した才能を感じます。文才があれば、椎名誠の怪しい探検隊よりおもしろい物語がいっぱい書けるほどです。
初めての霧が峰での越冬キャンプも卓ちゃんと6歳になった息子の一穂と私たち夫婦で行きました。敷き布団持参でのキャンプでしたが、他の装備がディスカウントショップで揃えたお粗末な物だったので、マイナス15度の夜はたいへん厳しいものでした。ランタンの光があんなに暖かいものだとは、それまで知りませんでした。
富士山の西湖でキャンプした時も、卓ちゃんは歩くことより泳いでいる方が楽だと言い放つので、じゃあ西湖を泳いで往復してみろよと言うと彼はほんとにやってしまいました。望遠鏡で確認していたので事実です。私は藻に絡まって溺れそうになりました。
卓ちゃんは湖を見ると泳ぎたくなる習性があり、十和田湖を泳いでいて、線路が湖底に向かって伸びているのを発見したそうです。素もぐりでその先がどこまで伸びているのか確認しようとしたのですが息が続かず諦めたそうです。誰かスキューバーダイビングの出来る人で、もの好きな方、線路がどこまで伸びているのか教えてください。
人生の価値はお金をどれだけ儲けたかとかどれだけ有名になったかとかではなく、思い出をどれだけつくったかだと思っている私には、かけがえのない刺激を与えてくれる11歳年下の友人です。


2006年01月12日

神戸堂の帽子

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今日は休日。神戸の中心地の方に用事があり、その帰り神戸堂という老舗の帽子屋さんでこの二つの帽子を買ってきました。
私は頭が禿げているので、冬は防寒のため、夏は直射日光から頭を守るために、ファッションのためではなく必要なのです。
ベレー帽は毎日かぶっていて脱色したため同じフランスの同メーカーのグリーンを買いました。毎日かぶる帽子は何個も買って交代でかぶる方が経済的です。
ツイードの帽子は衝動買いです。前から欲しかったタイプのものがたまたまあったので買ってしまいました。外出の時かぶろうと思ってます。
私は神戸で帽子を買うなら、神戸堂でと思っています。
神戸堂は神戸の老舗が軒を連ねる大丸神戸店の向かいの区画にあります。ここにはカミネ、セリザワ、神戸シャツなどがあります。それぞれ神戸を代表するお店です。
神戸堂も紳士帽では神戸を代表するお店で、銀座のトラヤより品揃えしていると思います。
他で買ったベレー帽がきつくてかぶっていなかったのですが、そのことをご主人に話すと持ってきたらサイズアップしてくれると言ってもらいました。
お言葉に甘えて今度持っていきます。その時、昔から欲しかったイギリス製のボーラハットを頼みます。ボーラハットは中原中也や宮沢賢治がかぶっていた形の帽子で、本物のしっかり固いフェルトのタイプは見かけないのです。念願の帽子なのです。
物を買う時、その物についての豊かな会話が売り手と出来ると幸せな気持ちになります。
今日もそんな時間を持てました。

2006年01月24日

ポスターが賞を取りました。

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大和出版印刷のみんなが作ったル、ボナーをイメージしたポスターが印刷技術を競うコンクールで、大手印刷会社を押しのけて、審査員特別賞を受賞しました。
若き情熱ある社員の人たちが、がんばって勝ち得た賞です。自分達の事のように私たち夫婦も嬉しくなります。会社は利益追求が最大の目的かもしれませんが、夢や希望を内包しつつ進んでゆければ幸せです。
大和出版印刷という会社は、社員の平均年齢が若い会社ですが、技術力とセンスの良さを武器に、地に足をしっかりつけて歩みを進めている印刷会社です。外野から見て羨ましく思える会社です。
印刷業界で大和出版印刷は規模は大きくなくてもあそこは特別と思われる美しい夢の描ける会社になってゆくような気がします。
商いをしていて、経済的な喜び以上に人と人とのつながりから生まれる出来事が私を幸せにしてくれます。大和出版印刷の人たちと知り合えて、金欠の私たちには作りたくても作れなかったル・ボナーのポスターを作ってもらったりして、すごく幸せな気持ちをいただいて、その上そのポスターが賞をとってしまう。楽しいことがいっぱいあります。
一昨日の日曜日はあまり売れなかったのですが、気心の知れたお客さんたちが重なって来店され、みんなで色々なお話が出来て楽しい時間を過ごすことができました。ル、ボナーというお店が人と人をつなげる場所になれば、なんて幸せなことか。
小さな幸せの積み重ねが、思い出の中で大きな幸せに変わってゆきます。
知り合った人たちの幸せなお話を聞くと、私たちも幸せな気持ちにさせてもらえます。
大和出版印刷のみんなが作ったル・ボナーのポスターを差し上げます。幸せの御裾分けです。

2006年01月26日

絶品、鳥鍋を食す

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昨夜、前々から食べたかった富の裏メニューの鳥鍋を食べに行ってきました。
この鳥鍋は、4人前を鶏7羽を使って3日間じっくり煮込んでだしをとるため、予約していないと食べれない品で、いままでずーと食べたかったのですが、機会を逃していました。
やっと念願かないました。人生を楽しむ達人の、ル・ボナーのお客さんでもある若夫婦と、印刷屋の若社長とおやじと呼ばれる一番年長者の私の4人のメンバーで行きました。
食べてみると、若夫婦が言っていたとうり、鳥の臭みが全然なく、旨みだけが凝縮されたスープなのです。そこに自家製柚子胡椒をおとして食するのですが、ささみのしゃぶしゃぶも、鳥団子も、野菜も、そのスープに絡まって美味しいのです。最後にそのスープでのラーメンが締めです。これは絶品で、鍋そのものは、ラーメンの前奏曲だったのです。お見事!
若夫婦のご主人と、若社長は幻の焼酎をガバガバ飲んで、もうギブアップというほどみんなお腹いっぱいになって、しめて2万円ちょっと。そんな値段でいいのかと心配になってしまうほどの充実したお食事でした。
富のご主人の作る料理は、すべて誠意というスパイスが効いていて、優しい気持ちもいっしょにいただきます。
バージンブリーズ.jpgバージンブリーズ
シャーリーテンプル.jpgシャーリーテンプル
その後バーへ
わたしはアルコールが全然ダメです。だのにバーが好きなのです。
今回いったバーはマスターがプロレスラーの蝶野を小さくしたような人で、ヤナガセと違って緊張せずに居られるお店でした。私はアルコールの入ってない2種類のカクテルを頼みました。
バカラのグラスにはいったカクテルを見つめながら、時間が静かに流れてゆきます。
人生の甘い苦いも経験して、静かに何事も受け止められる真の大人に憧れますが、私は死ぬまで喜怒哀楽を表に出して、右往左往しながら子供のままこれからも生きてゆくのだろうなと思います。

2006年01月31日

喫煙者受難の日々

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私はタバコを吸います。それも結構ヘビースモーカーです。
世の中はますます喫煙者が肩身を狭くして生きてゆかねばならなくなっています。
タバコの入った綺麗にデザインされたケースも写真のようにセンスの悪いシールが貼られてます。
タバコを吸うと死にますよとソコマデ言わなくてもわかってます。分かっているけれど吸っているのです。
非喫煙者の迷惑になるのはいけないことだと思ってますが、その配慮をすれば、もっとのびのび吸わしてもらいたいものです。あまのじゃくの私は、喫煙人口が少数になり、阻害される世の中になっても、この不健康な嗜好はやめません。絶滅危惧種にあこがれているのです。
喫茶店ですら喫煙できないお店が増えてます。お茶してタバコを吸うから喫茶店と言うのじゃないのか。それに比べバーはいい。気にせずタバコが吸えるから。
健康オタクが多いUSAから始まった禁煙運動は日本を直撃しています。少し不健康な方が文化的であった時代は遥か昔に終焉をむかえました。
そんな私も新幹線に乗る時は禁煙車両にします。喫煙車両の空気は私でもきつい。

2006年02月18日

学士会館

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昭和3年に建てられた学士会館は少し前まで旧帝国大学の卒業生しか利用できなかったのですが今は誰でも泊まることが出来るようになりました。
私はクラシックな建物に泊まるのが好きで、同じ趣味を持つ名古屋に住む息子に学士会館のことを教えてもらい、今回の東京出張の宿としてここに泊まることににしました。
フロント横のサロンでは老齢の紳士が英字新聞を読みながら、静かな時間を過ごしてます。
4階にあるシングルの客室の真鍮のノブの鍵を開けると、映画で見るイギリスのパブリックスクールの寄宿舎のような、こじんまりしているけれど重厚な部屋になっています。後からお風呂を無理やり作ったことがいただけないけれど、それに目をつぶれば後は最高にクラシカル。勉強したくなるような部屋です。
建物の中を散策し、シックな空気をいっぱい吸って、眠りの床に就きました。
学士会館(1).jpg学士会館(4).jpg学士会館(3).jpg
精養軒が作る朝食を一階のダイニングで食します。
私はホテルの朝食はプレーンオムレツと決めています。これがないホテルに泊まってしまった時は、すべてが台無しに思えてしまいます。学士会館にはちゃんとありました。ニコニコ。
ダイニングに集まる宿泊客の多くが現役を退く年齢の紳士で、その中に見たところ70歳ほどの老夫婦が二人で食事されていました。ご主人はブレザーにアスコットタイをし、奥様は年齢より若々しいワンピース姿。二人を包む静かな時間が豊かに見え、羨ましく思えました。
ハミと一緒にこんな静かで豊かな時間を持ちたいと思いました。
スノッブな私には、豊かな時間を過ごせる、雰囲気のあるホテルでした。
朝食付きで9,200円です。東京出張の常宿はここにします。


2006年02月19日

茅ヶ崎の卓袱堂にて

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東京出張2日目は、渋谷の藤井さんに会う予定にしていたのですが、休みだと知り急遽、卓袱堂の卓ちゃんのところに行くことにしました。
卓袱堂のある茅ヶ崎は東海道本線で約1時間。横浜まではすぐなのですが、それからが時間を感じます。
陶芸家の卓ちゃんとは10歳違いの20年以上親しくしている友人です。私が多摩の聖跡桜ヶ丘で初めてお店を持った時、高校生だった卓ちゃんがお店でアルバイトをして、それからずっと親しくしています。
卓ちゃんは走行距離13万キロの、今では存在していたことすら忘れ去られている不人気車のホンダ、キャパで茅ヶ崎駅まで迎えに来てくれました。

茅ヶ崎、ラチエン通りにある卓袱堂は今、改装中です。卓ちゃんとその友人たちがドゥー イット マイセルフでやっているのでまだまだかかりそうです。陶器のショップ兼工房兼ワインバーの卓袱堂は4月頃のオープンになりそうです。オープンパーティには是非行きたいと思っています。

卓ちゃんと会うのは1年半ぶりです。遊び上手で、女性にモテモテなのは今も変わらないようですが、陶芸に対しては真摯に取り組んでいるようです。物作りに対して多くの事を話しました。
誰が見ても美しいと思える絶対美を表現出来る数少ない天才は別として、物作りをする多くの人はそうではない。味感の中に自分を表現しようとする。味感の好みは千差万別なので、時代に乗らないものは評価されないまま、消えてゆく。それでも、先の見えない不安をかかえながら、物作りをする人間は自分を表現するために作り続けます。物を作るという苦しいけれど楽しい作業を。
しかし人は食べていかないといけません。そのため妥協もします。自分以外の周りの人も幸せにしてあげないと、一人よがりの身勝手になってしまいます。
お昼ごはんは卓ちゃんが、料理名人の腕を生かして、ペペロンティーノを作ってくれました。
卓袱堂の2階のすっきりした和風の居間で、多くの事を話しました。私は私らしさを表現した鞄をこれから作ってゆこうと思いました。
卓ちゃんの所にはチョコレートがいっぱいありました。私はハミがくれた義理チョコのみです。
また一緒にキャンプに行きたいねと言って茅ヶ崎を後にしました。

2006年02月23日

神戸温泉事情

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神戸の温泉と言えば、有馬温泉を思い浮かべる人が多いと思いますが、私の住む六甲アイランドから車で10分以内で行ける温泉が市内に4箇所程度あります。それぞれ泉質が違い、色々楽しめます。その中で灘温泉は建物の雰囲気では一番です。JR六甲道駅のすぐそばにあり、泉質は炭酸泉で、シュワーと炭酸の粒がお湯から出てきます。

結婚したばかりの頃、私たち家族は風呂なしのアパートに住んでいて、長男を乳母車に乗せて銭湯に行ってました。目黒の油面や清水商店街にその頃数件の銭湯があり、利用していました。その後都下の府中の風呂付の一戸建てに引越してからも、調布。府中あたりの銭湯は大部分行きましました。家のお風呂にくらべて、あの大きな湯船に浸かっているとリフレッシュ度がまるで違い、夜の熟睡度が全然変わってしまいます。
それが温泉ならなおさらで、気持ち良いのです。
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ここの所、よく行くのは”なぎさの湯”です。
ここはオープンして、間のない温泉で、県立美術館の近くにあります。
最新のスパで、情緒はないのですが清潔感があり広々しています。特にサウナはほんとに広く、気持ち良いのです。神戸港を見ながら入る、露天風呂の温泉は、鉄分を含んだような茶色の、少し塩分が入った炭酸泉です。昨夜は雨が降っていて、雨に打たれながらの優雅な入浴でした。この気持ち良さが700円で味わえます。

2006年03月09日

神戸人の帰神

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先日、神戸生まれの神戸育ちで、転勤で東京に住むお客さんのN氏がお店に立ち寄ってくださって、成田一徹著のトゥー・ザ・バーという本をプレゼントしていただきました。
N氏は帰神(神戸に帰ってくることをそう呼ぶそうです)すると必ずバーに立ち寄るそうです。N氏は肝臓を患ったためアルコールはだめで、タバコも健康のためにすいません。それでもスコッチウイスキーと葉巻の香りが好きで、バーに行き、バーテンダーとの会話を楽しみ、好きな香りに包まれた空間に身を置くことが居心地がいいそうです。

私は神戸に移り住んで14年になろうとしていますが、つい数年前まで神戸の良さがわからず、東京に戻りたいと思っていました。しかし、神戸を愛する人たちと出会い、ずっと神戸に居続けたいと思うようになりました。皆が皆そうだとは言えないけれど、神戸を愛する人は中庸の豊かさを求めます。頑張りすぎて、はるか先の豊かさを求めて目の前の日々を犠牲にするような生き方はしません。身の丈にあった幸せを合理的に感じ取って生きてます。
モノを買うときも、時間とその空間も含めて買います。ファッションはシックな色の中に、ポイントとしてカラフルな色を好みます。生活をエンジョイするのが上手な人が多くいます。

その中でも、センスの良い老夫婦が目立ちます。年をとっていても身なりに気を使い、夫婦で時間を楽しんでいる様子は、豊かさを共有させてもらえます。三宮のバーに立ち寄ったとき、シックな老カップルが静かにその場の時間を楽しんでいる様は、あまりにも絵になっていました。

街を楽しむ達人たちが多く住む神戸。そんな神戸で私たち夫婦も年をとってゆきたい。日々楽しみながら。ボヘミアンの旅もどうやら神戸が終着駅になりそうです。

N氏にいただいた本に、海文堂のカバーがしてありました。海文堂は昔は海関係の本しか扱っていなかった本屋さんで、元町商店街にある神戸らしい本屋さんです。神戸をあまり知らなかった頃歩いた道も、今歩くと違って見えます。あちらこちらから神戸らしさが顔を見せます。

2006年03月11日

モスのシドニーが欲しい。

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テントを造形芸術の域まで高めたビル・モスの最高傑作のシドニーです。
20年ほど前、このテントが発表された時、私は衝撃をうけました。それまでテントは機能を優先するものばかりで、こんな無駄なフォルムのテントが世に出るとは思いもしませんでした。
私は猛烈に欲しかったのですが、その頃私は大変貧乏で、シドニーは超高価なテントで高嶺の花でした。その後モスのテントもなくなり機能優先のテントばかりになってしまいました。

私はその後、シェラデザインズを創業したジョージ・マークスとボヴ・スワンソンが、ノース・フェースに買収されたため、新しく作ったブランドのウォーラスの最初に発表したオービットというテントを15年近く使っていて、それはそれで大好きなテントで、私のキャンプのマストアイテムでありつづけています。

しかし、シドニーは欲しい。こんなテントは他にありません。
インターネットオークションでモスのシドニーを検索するのですが今まで一度も見つかりません。

私は想像します。私にとっての理想のキャンプを。
収納力のないビーちゃんにキャリアをつけて、小川が横を流れる草原のキャンプ地へ。テントはモスのシドニーとウォーラスのオービットがあり、ターフはモスのヘキサゴンを張ります。その中央に木で革張りのデレクターズチェアとテーブルがあり、その横には石で組んだ釜があり、夜になるとその火を見ながらシェラカップでコーヒーを飲む。そんなキャンプスペースを照らすのはコールマンの赤い200Aランタンです。
このシチュエーションにどうしてもモスのシドニーが必要なのです。
私は貧乏で、テントはホームセンターの5000円のもので、ターフは工事用のブルーシートを使っていた時(その頃一番キャンプに行ってた)でさえ、キャンプの空間をより快適にするため努力しました。ブルーシートをターフとして美しく張る工夫をし、5000円のテントでもより快適な睡眠を求めて、ダンボールと敷き布団を持ち込んだりしました。
私ももう50歳です。理想のキャンプ空間を体験したい。

2006年03月16日

安心できる散髪屋を求めて

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私は今までハミに髪は切ってもらっていたのですが、旅先の散髪屋に入ってから、散髪屋さんで髪を切り髭を剃ってもらうことがことのほか気持ちよいことだと知り、今では月に一度散髪屋さんに行くようになりました。私の場合ハゲているので、髪はバリカンを使って2ミリで揃えてもらい、あとは髭を剃ってもらうだけなので、仕事としてはいたって簡単だと思います。ただ髭はどうしても剃ってもらいたいので、美容院ではだめで、理髪店なのです。しかし安心して任せられる散髪屋さんがまだ見つからずにいます。
マイ散髪屋さん探しは月に一度の行事になっています。ここ2ヶ月は恐怖の散髪屋2連続でした。

先月入った散髪屋は若いお姉さんとお兄さんがやっているお店で、お姉さんは目の周りを真っ黒に塗った厚化粧の女性で、そのお姉さんが担当したのですが、バリカン2ミリで揃えてと頼むと、7ミリの刃しかないので、はさみで揃えていいかと言うので、ちゃんと切り揃えることが出来るならいいですよと了承すると、2ミリに揃えることは出来ずひどい虎刈り、その上髭剃りは剃り残しだらけ。それで値段は4500円。酷すぎると思いつつその場を早く逃げ出したく、言われるままにはらいました。外に出てから心の中で二度とこんな床屋に来るものか、バカ野郎と叫んでいました。

今月は前回の失敗の反省から、じっくり吟味して散髪屋さんをチョイスしようと思い、マイ散髪屋さん探しを始めました。しかしその日はどこも休みで、行きたいと思うとどうしても行きたいと思う性分のため、次の日もマイ散髪屋さん探しをしました。なんと運悪く、月一度の週休2日の週で、開いていません。それでも開いている散髪屋さんはないかと街を彷徨った末に、住宅街に見つけました、営業している散髪屋さんを。

入ると、そこのおやじは、待つお客のいない椅子にコートを着て横になってテレビをみてます。電気代の節約のためか暖房を切っているのです。私を見るなり、いらっしゃいではなくアーと一声。よほど客とは無縁の店のようで、客が来たことに驚いている様子。私はまた失敗したと思いつつ散髪椅子に付きました。腕の方は予想していたより良かったのですが、あまりにも汚い、不衛生なお店で、鏡周りの棚はほこりが層を作っており、使うことの少ない道具はサビがでていて恐怖を覚える不衛生感。変にモダンな電動で出てくる洗面台も、収める時途中でモーターが空回りしておやじが手動で納めていました。
値段は1900円で2000円を出すとおつりがないと言うのでそのままおつりの100円をもらわずにその散髪屋を退散しました。

私は散髪屋さんによほど縁がないのだと思ってしまうここ2回の恐怖の体験でした。
来月はもう少し下調べをして、マイ散髪屋さん探しをつづけようとおもいます。衛生的で、安心して任せられて、写真のような昔懐かしい散髪屋さんはないのかな。少しぐらい遠くてもいいから探し出したいものです。

2006年03月18日

迷犬チャーの今日この頃

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昨夜はチャーの大嫌いなお風呂に入れました。
月に二度のこの行事はいつも繊細な注意を払って行います。彼は私たちの気配で今日はお風呂の日であることを察知するので、そのことについての会話は彼の前では絶対してはいけません。でないといつもはピョンピョン跳ねながらの帰途も、足取り重く、仕事場に戻ろうとするし、家の前まで来ると、ご主人さまであろうが誰であろうが、鬼のような顔になって暴れまくります。
獣医さんからもらう薬用シャンプーで二度洗い、そのシャンプーは無臭なので、最後に私たちが使っているシャンプーでもう一度洗います。チャーが綺麗になった代償に、彼の死にそうな悲鳴と彼のもがいた痕跡であるつめ傷を私はいただきます。

彼は冬場、家に居て一家団欒のとき、いつもコタツに頭を突っ込んで、お尻だけ出して寝ています。のぼせないのかと心配になるのですがそうしてます。きっと、野外で一夜を過ごすと凍死するでしょう。
夜、寝る時も彼は私のベットにもぐりこみ、私の右手を枕に高いびきで寝ています。寝相が悪く、熟睡のままベッドから落ちたこともありました。過保護に育てた私たちの責任だとあきらめています。

チャーは猫を見ると追いかけようとします。ある日垣根に隠れている猫を見つけ飛びかかろうとしたとき、猫はとっさに前足を目に見えないほどのスピードで振り下ろしました。チャーは静止して固まっています。そしてチャーの額が斜めに切れて血が流れ出しました。野良猫恐るべし。その日からチャーは猫を見ても見て見ぬふりで、避けて通ります。
彼の数少ない野生はその時を境に終わりを告げ、ペットになりました。

今日は一日中雨でした。昨夜チャーを洗った、あの努力はなんだったのか。

2006年04月06日

桜の季節

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遅ればせながら、神戸もやっと桜が咲き始めました。
関東はもう散り始めていると聞いています。関西の春は関東より遅く始まったようです。
六甲アイランドは、生まれて20年弱の街なので、桜の木はみんな小さく桜の花のトンネルもまだまだですが、10年、20年と経った時、私たちの思い出とともに成長して、立派な桜の花のトンネルになっていることでしょう。

六甲アイランドは住宅街を囲むように一周5キロの遊歩道が整備されています。遊歩道には色々な木々や花が植えてあり、四季それぞれに目を楽しませてもらえます。
その道を、散歩やジョキングを日課にしている人がいっぱいいます。
今は桜とユキヤナギが目立つ遊歩道です。

この街は、関西では一番外国人が多く住む街だと思うのですが、エトランゼたちは日々の生活を楽しむ名人です。今居る場所で精一杯楽しもうとする姿勢は、街を彩ってくれます。
野外で遊ぶ子供たちもカナディアン・スクールの子たちが、街の中で目立ちます。

そんな六甲アイランドに住み、お店を開いて14年になります。
ここは商売するには厳しい所ですが、神戸の中心の繁華街の三ノ宮、元町の喧騒から距離をとった位置にあり、そのバランスが絶妙なのです。高級住宅街のある山の手は、庶民には歳をとると坂道が厳しそうで、この人工島が住み良い。
10年、20年後もここに住み、お店を続けたい。その頃には、立派になった桜の花のトンネルを私たち夫婦は散歩しています。

2006年04月13日

4月13日の休日

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今日は休日。雨がちらほら降っていて、ビーちゃんで外出するには少しの不安を感じつつ(ビーちゃんは雨に弱いのです)出かけました。
まずは、チャーの大嫌いなオタニ動物病院に、狂犬病とワクチンの注射。案の定チャーは恐怖で金縛り状態でした。

その後、前から一度は顔を出したかった田中ミシンさんへ。
田中ミシンさんは新品から中古まで多くの工業用ミシンなどを扱っておられて、修理調整に定評があるミシン屋さんです。手入れの行き届いたマシーンが並んでいて、気持ちの良いお店です。70歳代の社長ご夫妻も下町の良い味がにじみでてます。
今では生産されていないミシンを捜していただくお願いをしてきました。倉庫の奥にあったコンパクトでクラシックな箔押機も手に入れたいな。

その帰り道、北野坂にあるインド綿を使って、オリジナルの婦人服を売っているSATORIへ。
ハミはこのお店の洋服が気に入っていて、コムセギャルソン風の洋服を10分の1ほどの価格で数枚買いました。その間一時間、私とチャーはビーちゃんでお留守番。

ケルンのパン.jpg
ケルンでパンを買って、家で遅い昼食。
神戸はほんとに沢山パン屋さんがあります。全国区のパン屋さんも多く、レベルも高いです。
そんな中で、私はケルンのパンが好きです。異論はあると思いますが、私はケルンです。
肩肘張らずに、能書き言わずに優しいパンを作っているケルンが一押しです。
特に、ここのコッペパンは美味い。コッペパンが美味いと思ったのは、府中刑務所の近くにあったパン屋さん以来です。
今日は、私の大好きなコッペパンの間にごぼうサラダを挟んだサンドが売り切れていて残念。

神戸での私たち夫婦の休日は静かでゆったり過ぎて行きます。

2006年04月19日

村田ご夫妻との出会い

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私が鞄職人として独立して間もない、20代半ばの頃、10歳年上の村田ご夫妻と知り合いました。
その頃村田ご夫妻は、国立で自分達で作った革製品のショップを開いておられました。今は自分達の好きなインディアン・ジュエリー中心のお店に変わりましたが、30年近く村田ご夫妻のお店は内装を何度か変えながら、今も個性を放って国立の街になくてはならない存在としてあります。

今はスタジオT&Yという名に変わりましたが、出会った当時はホワイトホエルという名でした。
その当時、私の仕事場兼自宅が府中で近かったので、頻繁にお伺いしていました。
まだまだ職人として未熟だった私は、多くの事をご夫妻に教えていただきました。
初めて聖跡桜ヶ丘にお店を出せたのもご夫妻の紹介だったし、ファーラウトという夢のような職場を世話していただいたのもご夫妻でした。
村田ご夫妻の、さりげない心遣い、私たち夫婦は今も感謝の気持ちで思い出します。

去年、久しぶりに村田ご夫妻にお会いしました。15年ぶりです。
ご夫妻は、昔のままです。お店もご夫妻の個性を感じる、居心地の良いショップです。違いと言えば、ワンちゃんが3匹も我が物顔でいることで、それもまたご夫妻らしい。
ご自宅に泊めていただき、朝方まで色々な話をしました。
15年ぶりに会うのに、全然違和感なく、昔のまま。優しい時間を過ごさせていただきました。

私たち夫婦は、村田ご夫妻のように、自由で柔らかく生きたいと常々思っています。
軽やかで変なこだわりは持たない生き方。なかなか真似できません。

中央線の沿線で、一番お洒落な国立の街で、スタジオT & Y は村田ご夫妻の個性を表現しつづけています。

2006年04月23日

私的自動車考

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今日は、お店のすぐ傍の会場で、外国車の展示会があり、お店を抜け出してちょっと見物してきました。
私は68年式ビートルを手放す気はないのですが、普通の車も欲しいと思っています。
ビーちゃんは家族の一人で、移動のためにもう一台。
普通に走る車が1台あればそれで充分ではないかと言われれば、ごもっともなのですが、無駄な所有欲だと笑ってください。分かっているのですが、この我儘な欲求は捨てられないのです。

私が自動車に求める最も重要な要素はインテリアです。コンパクトに収まっていて居心地の良い空間。シートその他が質感のある革で仕上がっていて、上質な包まれ感のある空間。
理想はマセラティのクーペです。上質の革に包まれた空間は絶品です。しかしマセラティはあまりにも非現実的です。誰か乗っている人がいたら、載せてもらいたいな。

アルファ147が気になっています。今日もドライバーズシートに座ってみました。
革シートの質感と包まれ感のあるコックピットは絶品です。
去年、アルファ147が欲しいと、家族会議にかけたところ、娘はセミのようなフロントマスクがイヤだといい、ハミは安心して載れないイタリアの車はイヤと2対1で却下されました。
ハミが美しいと言っていたジャガーXJにも座ってみましたが、家の応接間のようなインテリアは私の好みではなく、そのうえ広すぎて包まれ感がない。その前に値段が、私の欲しいアルファの4倍近く。
革も贅沢に使っているのですが、顔料がいっぱいのった私の嫌いなタイプの革。これではいけません。
それに比べ、アルファの使用する革は手入れ次第で、良い艶がでてきそうで、経年変化を楽しめそうな革です。ランボルギニーが使っている革と同じだと思います。

調べてみると、アルファを作っている工場は、イタリアの物作りを一手に担っている北イタリアではなくて、美味しい料理と、仕事ほどほどで井戸端会議をする人たちしかいないと思っている南イタリアのナポリ近郊にあるのです。
アルファの営業マンは、この車は問題は多々あるけれど、面白い車ですよとセールスする。日本車のセールストークでは、決して言わない、割り切った言葉。
怖いもの見たさに似た魅力?も含めてアルファ147は面白い。

アルファ147の1600ccMTにオプションでタン色の革のタイプがいい。
マイナーチェンジをしてセミのような顔ではなくなった( 私自身は残念な事 )ので、もう一度へ理屈を考えて、家族会議に提案してみようかな。
イタリアおやじに憧れる私には、あのエンブレムが魅力なのです。
ル・ボナーの常連のお客さんと一緒に見に行ったのですが、アルファのエンブレムの絵柄はすぐ剥げるんだそうです。そうなのかぁー、でもそれもアルファ・ロメオ。

2006年04月27日

チャーの夢

うたた寝チャー.jpg
チャーは家での定位置で、うたた寝です。
時々寝言を言ってます。彼はどんな夢を見ているのだろうか。
彼が凛々しく、目をぱっちり開けて、いつものだれたお座りではなくて、ちゃんとしたおすわりをする時間があります。

松本家のマイホームは3LDKのマンションで、少し変わっているとしたら、リビング、ダイニングには何も置いてなくて、畳の6畳間にすべて集約しています。長方形の堀コタツを中心に、テレビも、パソコンとその周辺機器を設置している机も、チャーの安楽ソファーも、本棚も、この6畳間にあります。昭和40年代の家族団らんをイメージして、そうしました。
家に居る時は、チャーを含めて家族みんな、だいたいここに集まっています。

当然食事もこの6畳間のコタツでします。
チャーがお座りした時の目線の先の同じ高さに夕食のお皿が並びます。
その時だけ、しつけの良い犬に変身します。定位置はハミの横。食い入る様に,微動だせず、お皿のおかずを見つめています。
それに負けて、ハミはチャーにおすそ分け。
ビーグルは食べ物への固執が特別強い犬種だと言われていますが、チャーは特別です。
その結果、彼の体重は小型犬のビーグルとしては、あってはならない20キロオーバーです。そのため年に一度の注射も高くなりました。

ル・ボナーの親しいお客さんが飼っているジャック、タッセル、テリアのカノンちゃんが5匹赤ちゃんを産みました。今飼っていただける人を捜しています。生後1ヶ月ちょっとです。
映画のマスクで有名になった犬種で、マツダのプレマシーのCMにも出ている、人気の犬です。
子犬を抱いてしまうと飼いたくなるのですが、チャー1匹でテンヤワンヤしている私たちには2匹は無理です。

生後1ヶ月.jpg  5匹の赤ちゃん犬.jpg

夜、家路の途中、わぁー可愛い子犬のシェパードと言いながらおばさんが近づいて来ました。チャーを見て何だビーグルかと言ってそのおばさんは去って行きました。ビーグルで悪かったな。失礼なおばさん。
当然、チャーは島一番の良く響く吠え声で威嚇しつづけました。

2006年05月04日

シンプリシティーとダドグラフ

デュフォー表ウエブ.jpg

デュフォー裏.jpg

昨夜、NHKのハイビジョンで何年か前に放送されたフィリップ デュフォーとアントワーヌ プレジウソの違った形での時計作りの日々を中心に綴った” 独立系時計師たちの小宇宙” という番組のビデオを見ていて、ますます時計が魅力的に思えて、次の日。
お客様が持って来られました。フィリップ デュフォー氏の作ったシンプリシティーとランゲ アンド ゾーネのダドグラフを。見て 触って 音を聞きました。

フィリップ デュフォー氏のシンプリシティーは、昨夜ビデオで製作風景を見たばかりだったので、特別の感慨を持って見てしまいます。
シンプルな3針時計の部品一つ一つに丁寧な仕事の手が加わり、誠意を人に伝えてくれます。
ハンドメイドが高い次元で、技術と調和しています。
値段を考えず、一つだけ手に入れられるとしたら、私は迷わずこの時計を選びます。
しっかりと響く音色が、心地良い。

ダド表.jpg ダド裏.jpg

ランゲ アンド ゾーネのダドグラフはシンプリシティーとは全然違う感動を与えてくれます。
ドイツの強さ、洗練されていない愚直な美しさ。
すべて丸見えの複雑なムーブメントに圧倒されながら、部品一つ一つの硬質な厚み感に驚かされます。
写すのがヘタなため、ムーブメントの凄さを伝えられないのが残念です。
それにしても、ケースがプラチナであることも相まって、なんて重い時計なのだろうか。

この2つの時計の唯一の共通点は、ムーブメントの素材がジャーマンシルバー(洋銀)だという事。この素材、なかなかいいのです。
鞄に使うオリジナル金具の素材としてどうか、調べてみよう。

私は今日、時計の中に夢をみました。
私の作った鞄の中に、お客様が夢が描ける、そんな鞄を作っていかなければ。
作るものは違っても、同じ職人なのだから。

2006年05月06日

設営禁止場所でのキャンプ

公園でキャンプ.jpg
我が家の前の公園にテントが一棟、朝起きてベランダ越しに見えました。
治安が良くて、水道もトイレもあるので、街中でのキャンプ地としては、良い場所かもしれない。
ゴミさえちゃんと持ち帰っていただければ、いいのではと私は思っています。
季節が良くなると、ここにテントを設営したり、バーベキューをしたりする家族を何度か見ます。
私もテントを張って、一夜をすごそうかと思ったりするのですが、目の前の集合住宅の一員であるのに、設営禁止場所にキャンプするのは、いかがなものかと躊躇っています。

私も何度も設営禁止場所でキャンプをしました。貧乏だったので、少しでも節約するという単純な理由と、体制への抵抗?という、とって付けたような大義名分で。

千葉の館山の海水浴場でのキャンプでは、夜、暴走族の大集団が通りかかり、此処はキャンプ禁止場所ですよーと石の集中砲火。多勢に無勢、私たちはテントの中でじっと我慢していました。

木曽福島の浦島伝説で有名な寝覚めの床のある公園では、夜遅くテントを張り、目覚めるとそこは一面の芝生、そこに管理人のおじさんが立っていて、こっぴどく説教されました。

芦屋カントリークラブ前の芦屋川はキャンプをするにはベストの場所でしたが、図々しい猪に悩まされました。

あと、牧場の隅で、牛の糞と牛の襲撃に注意してキャンプをしたり、真冬にスキー場のリフト乗り場の横にテントを張ったり色々な設営禁止場所でキャンプをしました。
設営禁止場所でキャンプをするのは、守られたキャンプ場でキャンプするより、体力も、図々しい精神力も必要です。でも記憶に残ります。

私は体力の衰えとともに忘れていた事がありました。
人生において、思い出作りが一番大事と言いながら、物欲に心がシフトしていました。
モノは、それぞれの思い出の脇役なのです。
自動車工場の期間従業員をしていた頃、夜勤明けの朝、寝ずに家族や仲間とキャンプに行っていた体力はもうないけれど、あの頃一緒に遊んだ仲間は、声をかければ今でも喜んで一緒に思い出作りをしてくれるだろう。
大事なことを、見失わないようにしないと。
50歳からの思い出作りの日々が始まります。


2006年05月12日

F夫妻のローマ

ヴェネト通り.ブログ.jpg

ル・ボナーの常連客で、私の神戸学の先生のF夫妻が、ゴールデンウィークにローマに行って来ました。去年の秋にフィレンツェに行ったばかりなのに、またまたイタリア観光旅行です。
F夫妻の旅行は、基本的に街を歩き続けます。朝から晩まで街を歩き続け、観光マップにはない、マイ、スポットを見つけ出す旅です。そのため歩く総距離はハンパではありません。
そんなF夫妻も、ローマの荒れた石畳は、相当きつかったようです。
パンプスで、平気で一日中歩き続けられるF婦人も、途中でギブアップして、スニーカーを購入したそうです。パリの旅行の時のように、足の親指だけが腱鞘炎になってしまったような事態にならずに良かった、良かった。
ピンチョの丘から.ブログ.jpg

私はイタリアが好きです。まだ行った事のない私ですが、行った人の話しを聞くと、ますます好きになります。過去に素晴らしい文化を築きながら、優等生と劣等生が入り乱れて混沌とした万華鏡のような国。そして職人の神様は、イタリアに居ます。

F夫妻のローマの旅の話しを聞きながら、私はフィレンツェに心は飛んでます。
年に一度秋にイタリアで開催されるリニアペレ(ヨーロッパのタンナーが一同に集まる世界最大の革の見本市)に、革屋の常務をそそのかして、同行させてもらって、フィレンツェとその近くにある、タンナーのワルピエやバトラッシーがある美しい村に行きたい。
職人の神様は、そのあたりに住んでいるように思います。

2006年05月14日

ポンテペルレ

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フィアット500ウエブ.jpg


年に一度、六甲アイランドをスタート、ゴール地点にして開催されていたクラシックカーのイベントが、今年から、神戸フルーツフラワー・パークが出発到着地点となり、見ることができません。
6年間、六甲アイランドで開催されるイベントの中で、一番楽しみだたのが、このポンテペルレでした。

去年のポンテペルレで、私が選ぶベストオブ車は1937年式ジャガーSS100です。あまりに完璧すぎるレストアに驚かされます。この状態にするまでにどれほどの手間とお金をかけていることか。
敢闘賞は習志野ナンバーの1964年式フィアット500でしょう。このイベントに出場するために、千葉からこの小さな車で来て、3日間ポンテペルレで走り続け、千葉までまた帰っていくのです。凄いと思います。

静岡から1959年式ベンツ300SLロードスターに載って来られるご夫婦は、前日の夜、必ずル・ボナーに立ち寄ってくださる、6年前からのお客さまです。
毎年、このイベントに参加して、ル・ボナーに立ち寄るのを楽しみにしてくださったこのご夫妻も、今年は会えませんでした。
ベンツ.JPG
このハイソなイベントに一度は参加したいと思い続けました。
去年は本気で参加しようと準備を進めました。
私の1968年ビートルでは、クラシックカーのお仲間には入れてもらいそうになく、ビーちゃんの主治医の古川さんに相談したところ、俺は恥ずかしくて出場する気はないけれど、1956年式のポルシェのロードスターなら用意できるから、貸してくれると言ってくれました。
助手席に座る友人も確保し、ワクワクしながら申し込もうとしました。
その時分かったのです。参加費用がいることを。それも16万円です。
ハイソな人たちのお仲間に入るには、この程度の費用は余裕で払えなければ、いけないのだ。
見てるだけで、我慢しないといけない。でも今年は見ることもかなわなかった。

私にとって、1968年式ビートルはオモチャです。移動手段という機能はおまけなんです。
身の丈相応です。ポンテペルレの仲間に入るのは、まだまだ敷居が高いようです。

2006年05月18日

ストーヴァのアンテア

アンテア表ウエブ.jpg

アンテア斜めウエブ.jpg   アンテア裏ウエブ.jpg
 
ドイツのストーヴァ社のアンテアです。シンプルなバウハウスデザインの、ドイツ時計らしい腕時計です。

私が時計に興味を持ち始めるきっかけになった時計です。

35年前に親に高校入学の記念にセイコーの自動巻きの腕時計を買ってもらって、それをすぐに紛失して以来30数年、腕時計には興味がなく、持っていませんでした。
しかし、ル・ボナーに来店するお客様たちの、魅力的な時計や、センスの良い時計を見ているうちに強く興味がわいてきました。

そんな時、出会った時計の中で、飾り気がなく、質感はそれなりにある優しい時計と私は感じた、このストーヴァのアンテアに出会いました。価格も手頃で、誠意を感じます。
高価な時計を色々お客様たちに見せてもらい、感動をいただくのですが、美術館で絵を見るような感じなんです。私の腕に巻く時計ではないのです。

本命の手巻き3針の時計は年末のお楽しみで、こつこつ小遣いをためている途中なのですが、常連のお客さんたちに、趣味思考がお子ちゃまと言われている私はどうしてもシースルーバックの夢捨て切れなくて、ストーヴァーのアンテアを買ってしまいました。

手元に届くまで実物を見ることが出来ない不安と、長く使っていく上でのメンテナンスの不安から躊躇していたのですが、スイスから写真付きのメールを送っていただく、時計において絶大な信頼をおいているライターのN氏の推薦と、機械時計新入生の私の最初の時計としては、入門しやすい値段とが後押しして、購入することにしました。

それから3ヶ月忘れた頃に、ストーヴァのアンテアは私の手元に届きました。
実物は想像以上の質感で、非常に満足しています。ただベルトが値段なりの出来で、自作のベルトに変えました。これからも色々な革で時計ベルトを作って楽しもうと思ってます。
年末に本命の時計を購入しても、普段はこのアンテアを付けます。私らしい時計だと感じています。


2006年05月22日

T氏の優雅な趣向

エル、プリメロウエブ.jpg
親しくしている印刷屋の若社長のT氏が、奥さんの積み立てをくずして買ったゼニスのエル・プリメロです。
エル・プリメロはここのところデザインが毎年派手になってゆくので、欲しい人は今のうちかもしれません。
それにしても、このタイプでも充分派手で、その上45ミリの大きい方で、目立つ時計です。40ミリの小さい方でも大きく感じます。日本人で45ミリをつけてる人はめったにいないと思います。
秒針はエスケープメントが表から見えるようにくり貫いた窓のところにあり、目をこらさないと動いていることすら確認できません。
その針が秒針であることを、買った本人は知らなかった。

T氏に初めて会ったとき、関西商人丸出しのしゃべり口調にたじろぎながら、ナチュラルな考え方が面白くて、序々に親しくなってゆきました。
第一印象は、車はベンツ、時計は金無垢のロレックス、鞄はルイ・ビトンというお決まりのお金持ちのぼんぼんだと思っていたのですが、知れば知るほどT氏独特の美意識を持っていることを知りました。

T氏は直感の人です。
普通男は、大事な一品を購入するとき、念には念をいれて、ディテールを調べ、歴史を調べ、躊躇を繰り返しながら決断します。彼にはその躊躇がないのです。自由で柔らかなのです。

T氏はブランドの名前に迷わされない、自分の直感で選んだ質の良いシックな品で身の回り品をそろえていて、鞄、革小物等はル、ボナーのものです。が、時計だけは彼なりの美意識で選んだ、目立つ派手なものをチョイスします。
家族を愛し、会社とそこに働く若く才能ある社員を大事に考えながら、働きつづけるヤングエグゼクティブのT氏が、腕に巻いたからくり人形のようなエル・プリメロを見るとき、子供の心に戻れ、安らぎを感じるのかな。

そんなT氏と知り合って、豊かさのバランスを教えてもらいました。
彼は生粋の神戸人だと、私は感じています。


2006年05月26日

至福の時間

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お店を終える前、この葉巻を吸います。私にとって至福の時間です。
海外旅行のお土産でお客様から頂いて、最初は香りに抵抗があったのですが、何本か吸ううちに、この高価な嗜好品の魅力に負けてしまいました。

葉巻一本で、紙巻煙草数箱分の値段。紙巻煙草のようには吸えません。大事に大事に吸ってます。
お酒を飲まない (飲めない)私なので、葉巻はお許し下さい。
健康には害があるでしょう。でも私よりヘビースモーカーだった親父は76歳まで生きました。私も煙草吸いながらその位生きたら充分です。

五感の中で、臭覚は一番気にされていない感覚のように思います。
その部分を刺激する嗜好品は、豊かな時間を提供してくれます。
モーツァルトを聴きながら、コーヒーを飲みながら、葉巻を一本燻らせる時間。その時私は無です。何も考えていません。それが私の至福の時間です。

昨日の休日は、久しぶりに再度山公園でリフレッシュ。ビーちゃんは山道の爽やかな空気の中、気持ち良さそうにコーナーを抜けてゆきます。
帰る途中、一ヶ月分の葉巻を元町商店街にある杉本酒販で購入。煙草の種類の多さは神戸で一番です。何にするか迷いつつ、結局吸い慣れているダビドフを。
その後、神戸堂で夏用のベレー帽を購入。ボルサリーノのストローハットが魅力的ですが耐久性に不安を感じつつ、あの値段は出せません。
神戸はディープな嗜好を満たしてくれるお店が色々とある、大人のワンダーランドです。

2006年06月01日

F夫妻のセレブな体験

老舗三角地帯.jpg

大丸神戸店の前の三角形の場所には、神戸の老舗が軒を並べています。セリザワ、神戸堂、神戸シャツ。そしてその中でも特別なお店が、高級時計と少しの宝飾品を扱うカミネです。本店は決して広くなく正直狭いのですが、ここの2階に行くのは勇気がいります。置いてある時計が高級すぎて、冷やかしではあがれません。ここの会長さんはAIHH(国際高級時計協会)ジュネーブ本部の理事をしているほどの格式高い時計屋さんなのです。

今年でカミネは創業100年を迎え、その記念の行事の一つとして、今週の日曜、月曜にホテルの会場を使って、顧客のみに招待状を送り、大商談会がありました。お金持ち相手の商談会は違います。土曜、日曜ではなくて、日曜、月曜なのです。ほんとの上客は月曜なのでしょう。カミネ3店舗はその2日間は店を閉めてます。

その選ばれし者たちのサークルに、いつも ル・ボナーの一日 に話題を提供してくれる常連客のF夫妻は行ってきました。F夫妻は決して金持ちではありません。普通の共稼ぎ夫婦です。が生活を楽しむことにおいては貪欲なのです。今回も、数年前にカミネで買った、アクセサリーによる参加です。

会場は次元が違っていたそうです。
高級時計や宝飾品がいっぱいあって、特にブレゲは力が入っていて、2億円の時計を筆頭に、ツールビヨンの時計も20本近くあったそうです。指の巾より大きい宝石のついた指輪をしているご婦人、2000万前後するツールビヨンの時計を数本、腕にあててみて商談している人。そんなお金持ちがいっぱい居たそうです。

F氏はサービスのコーヒーを飲みながら、いつもは一番安いダビドフを吸っているのに、ここ一番高級手巻きのダビドフ葉巻を吸いながら(セレブなサークルでは喫煙は市民権がまだあるようです)、買うことの無い高級な機械式時計の説明を聴き。
奥様は、数百万のネックレスを何点も首にあててみて、もう少し見てから考えると席を立ち、手頃な値段のアクセサリーを購入。セレブのサークルに参加するにはほどほどの参加費。
F夫妻は、一番の目的のスイス観光とオーデマピケの工場見学の旅の抽選に応募して、選ばれし者たちの集うサークルを後にしました。

私はそういった場には行けません。ドギマギして居心地悪くて、楽しむことが出来ないのです。
F夫妻のように楽しむことはなかなか難しい。
神戸を楽しむ秘訣は、そのあたりにあるような気がします。

私は安テントでアウトドアを楽しむおじさんで居続けます。
お客様が話してくれる、そんな別世界の出来事をお店で楽しく聴きながら。

2006年06月02日

6月1日の優しい休日

6・1ビーちゃん.jpg
昨日の休日は朝一番、チャーの散歩で、ハミと一緒に遊歩道を歩いてきた後ドライブ。
午前10時、六甲アイランドを出てすぐの神戸製鋼ラグビー部のグランド前の交差点で信号待ちをしている時、牛乳で一杯になったステンレスのタンクに写った愛車のビーちゃんをパチリ。やはり可愛いなぁー、でも暑い。走っていると三角窓から入って来る風が心地良いのだけれど、止まると暑い。ビーちゃんはもう少ししたら夏眠に入ります。関西の真夏は厳しく、私はこのエアコンの付いていない愛車に乗るのは出来るだけ遠慮しています。

山手の道を走って目的地へ。住吉から新神戸に抜ける道沿いには神戸の美味しい食べ物を作って売っているお店が多くあり、プラタナスの並木が優しい、私が好きな神戸です。
兵庫の大倉山あたりで発見。私好みのレトロで清潔そうな床屋さん。今度いってみようっと。

チャーをオタニ動物病院に連れてゆきます。恥ずかしながら前足の爪を切りに行くのです。
チャーの前足の爪を前回自分達で切った時、深く切りすぎて血が噴出してきて、それ以来私たち家族はチャーの爪を切るのが怖くなってしまったのです。そのため伸びすぎた爪は巻いてしまうほどになりました。弱虫松本家のメンバーはオタニ先生にお願いすることにしました。診察台に乗って数秒、震えるチャーには気も留めず、チョキチョキと素早く切ってもらいました。やはりプロは違う。

その後、ハミの好きな長田商店街で、お昼に食べるおこあご飯と私の大好きな豆大福を買って、途中ビーちゃんの主治医の西土居モータースの古川さんの処へ。
まだ昼前11時半なのに、古川さんはお昼の休憩でいません。1時半までは戻ってこないので今日は待たずに帰ちゃいます。レストア中の初期型カルマンギアも少し進展したようです。今まで置いてなかった古いミニが数台あり、少し気になります。西土居モータースはいい。油の匂いと、雑多な道具と、甦るのを待っているボロ車たちが、居心地の良さを演出してくれる。ここはばばちくても、それも雰囲気。
フィールにて.jpg
夕方、朝も来た六甲アイランド南端のマリンパークへ。
海辺のカフェテラスのフィールでのんびり午後のテータイム。ここはペット同伴でもOKなので時々利用します。海風と汽笛の音色が心地良い。ハミと二人、あまり会話もすることなく、柔らかな時間を楽しみました。

若い頃は、休日はめいっぱい遊んでいました。
この歳になると、ゆっくり時間が流れる休日がいいな。昨日の休日は平凡だけれど、良い感じの休日でした。

2006年06月06日

アディダスカントリー

アディダスカントリー.jpg
私はアディダスカントリーを25年近く代替わりしながら、履き続けています。
最初に履いたカントリーはフランス製で、すごく気に入ってボロボロになるまで履き続けました。
その後、中国製になり、今はベトナムで作っていますが、初めて履いたフランス製の感動が忘れられず、全然違った靴になってしまっている現在のカントリーですが、今も愛用しています。

高校時代、アイビー全盛期、皆はローファーやタッセルの革靴を履いていましたが、私はオニツカタイガーのリンバという青いベロアのジョキングシューズを履いて通学していました。
その後、仕事柄革靴の知識も豊富になり、何度か購入意欲がわいたことはありましたが、未だに革靴はアウトドア用しか持っていません。あっ あった。冠婚葬祭用の、友人にいただいたマドラスモデーロの靴。
その靴を持たなかった頃、ご近所のお爺さんの葬式があり、その時は困った。黒い長靴を履いてお通夜にいきました。お昼にある本葬は、長靴であることがバレてしまうので勘弁させてもらいました。

20万円前後のフルオーダーの手縫いですくい縫いをする紳士靴は別として、ミシンで底縫いする既成紳士靴の場合、セオリーに忠実に作ったものは10万円前後の高級ブランド靴と3万円前後の国内靴の差が分からないのです。どちらも美しいのです。
顧客のお客様が履いていたプレーントゥの靴が良く見えて、その靴はジョンロブですか?と聞くと国内の某メーカーのものでジョンロブの3分の1程度で買える靴でした。靴は履く人の雰囲気やお手入れ方法で決まるとその時思いました。

紳士靴はアッパーを縫製した後、木型に巻き込んで成型するので、縫製段階よりステッチが美しく見え、その状態で磨き処理をするので革の表情も良く見えます。素顔と化粧をした後の女性のような違いです。
それに比べ、鞄は型を使う工程がないので、革は素顔のままです。美しく見せるためにはパターンが重要になってきます。

私は普段はずっとアディダスカントリーを履き続けるでしょう。
もしフランス製のカントリーのデッドストックの26センチ前後のサイズのものが手に入るなら、喜んで大金をはたきます(限度はありますが)。
しかしこの歳になると、冠婚葬祭用にチャンとした紳士靴も一足買わないといけないなぁと考えています。
いつまでも友人に頂いたゴム底の磨り減ったマドラスモデーロではいけないような気がします。
買うとしたら、ジョンロブ似の某国内ブランドの黒のプレーントゥにするでしょう。革もヨーロッパの有名ブランドが使っている革と同じものを使っていますから。

2006年06月10日

デジタルについていけない世代。

CATV.jpg

世の中のデジタル化に、私は全然ついていけません。
今日も、地上デジタルに対応させるための、ケーブルテレビの工事が我が家でありました。今日から我が家は70チャンネルほどが視聴出来るようになるのですが、リモコンの操作を覚えるだけで、頭がパニックを起こしそうです。私の老化しつつある頭脳は説明書なるものに拒否反応を起こします。

同業者を見渡した時、私の年齢あたりを境に、年寄りはデジタル機器に弱い者ばかり。それに比べ若い人たちは自分でホームページも作り、パソコンの保守点検も自分でしている人が多く、デジタルを上手に使っている。私はブログは好きで続けていますが、なにかパソコンに異変が起こると、必要以上にパニくって、専門家の助けをお願いしてしまいます。
今回のテレビデジタル化も、我が家の中の模様替えで、テレビの位置を変えてアンテナの差し込むところが変わるたびに調整が必要らしくて、そのたびにデジタル音痴の私は、ケーブルテレビジョンの人にお願いしないといけません。なんと不自由なことか。

一度、進化するデジタルネットワークを知ってしまうと、それのない生活に戻れなくなってしまいます。どのあたりが良いバランスなのか冷静になって考えて、折り合いをつけていかないといけません。

電化製品の技術的進化は急激で大容量で変わっています。しかしテレビが白黒からカラーになった時、ビデオデッキが登場した時のような感動は得られません。なくてもいい技術を押し付けられているようなところもあります。選択する知識が必要なのですが、なかなかそれも大変です。
私はデザインに着目しています。技術で大差ないなら、デザインというアナログなものでの選択の方が豊かにその電気機器と一緒に暮らしていけるように思うのです。

数ヶ月に一度来られる、70歳を越えられた仲の良いご夫婦が今日来られました。ご主人へのプレゼントでパパス、ショルダーを買って行かれました。ご主人の腕に古いオメガの手巻きの3針時計が。聞くと50年ほど前、奥様と婚約した時に結納返しで購入した時計だそうです。
文字盤は少しくすんでいますがそれも良い感じ。50年近く一度もメンテナンスに出した事はないのに、順調に時を刻み続けているそうです。
50年、ご夫婦の歴史と一緒に歩み続けた時計。拝みたくなる味わいのある機械でした。
年輪を刻んだアナログなモノはやはりいいな。


2006年06月13日

老化と肥満

お店裏の公園.jpg
お昼の食事を終えた後、チャーと散歩するのが日課です。
店裏にあるこの公園に、よく来ます。誰も居なくて静かでホッとさせてもらえます。
数十分、なにもしないで柔らかな空気感じていると、そんな時間が愛おしく感じます。

昨日は私の体に異変が起きてしまいました。
午後になってフラフラするのです。真っ直ぐ歩けないのです。そんな状態が3時間近くつづき脳梗塞じゃないかと不安になって、かかり付けのお医者さんにフラフラしながら行って、そこで紹介状を書いてもらって総合病院でCTでの検査。脳の中はからっぽだけど異常なし。理由を特定出来ないまま、その後も目眩で頭クラクラ。
そのため、ワールドカップ、サッカーの日本戦を観ないで寝てました。さすがにヘビースモカーの私でも、タバコは吸う気になりませんでした。
一夜明けた今日、調子は回復したのですが、ハミがどうしても調べてきて欲しいというので、隣の人工島にある、神戸で一番大きな病院に行って調べてもらいました。

診断の結果、お医者さんが言うには、老化と肥満が原因なのだそうです。
東京から神戸に引っ越してきて14年。食べるものが美味しくて1年1キロのペースで肥満の道を進んできました。ウエストも90を越えています。
脂身の肉が大好きで、夕食後は必ずデザートでアイスクリームを食べる日々は、もう若くない体に、注意信号を灯したのです。

こういうことがあると、健康が一番大事と痛感させられます。健康でさえあれば、残りの人生楽しくやっていけます。少し摂生していこうと自覚した昨日今日でした。今日のタバコは美味しい。


2006年06月15日

雨の休日

6,15車内のチャー.jpg
今日は雨の休日。
散歩だよというと、喜んでいつも吠えまくるチャーも、雨の日は別です。私が靴を履いてもリビングでぐずぐずしています。おやつでつっても来ません。ハミが玄関まで、チャーのお尻をずるずる押してようやくの散歩です。散歩にでても要をたすと一目散で帰りたがります。
水がほんとに嫌いなのです。

車は別です。車に乗るよというと雨だろうがなんであろうがへっちゃらです。リアシートの指定席に一目散です。チャーは車に乗ると、獣医さんに行く時は別として、自分が一番偉くなったかのように、散歩中のワンちゃんやヘルメットを被ってバイクに乗っている人を見ると吠えまくります。ほんとに困った犬です。

雨の日は基本的にビーちゃんには乗りません。今日はどうしても買い物にいかなければならず、久々に雨の日のドライブです。
何故雨の日は乗らないようにしているかというと、危険だからです。
まず、デフロスターが役目をはたさない。フロントガラスのくもりはタオルで拭き拭き運転します。大雨での運転で、深めの水溜りに突っ込んで、ビーちゃんは床上浸水、ドラムブレーキはまるで効かなくなり、死ぬのを覚悟?したことがありました。それ以来、雨のドライブは苦手です。
ハンドルとメーター.jpg
しかし、ビーちゃんの運転席まわりは良い。おせいじにもコックピットと言えませんが、シンプルなメーター周りとクラシックなハンドルが心を和ませてくれます。ガソリン臭が網目のところから出てこなければ、他の多くの問題点は目をつぶる事ができるのですが。雨の日もそのガソリン臭のために、窓を開けて走らないといけません。当然濡れます。
この相棒と何時までも一緒にいるように思います。多くの問題を含み込んで。

2006年06月19日

自家製ハンバーグ

ハンバーグのクレープ.jpg
我が家では、ハミがハンバーグを作った翌日の夕食はクレープと決まっています。
ハミの作るハンバーグは独特です。ミンチ肉はつなぎ程度に入れるだけで、大部分野菜を細かく刻んだもので、一般的なハンバーグではありません。私の体を心配してではなくて、ハミが肉嫌いで、そんなハミでも食べれるハンバーグを試行錯誤した結果なのです。これが美味しくて、正直肉好きの私でも、このハンバーグらしきものを食べると、レストランのハンバーグは食べれません。

作った当日は、キノコを一杯入れた和風ソースと大根おろしで食します。ついつい食べ過ぎて、野菜一杯ヘルシーなんだけど、たくさん食べてしまうので肥満対策の効果はありません。
翌日は、残した前日の特製ハンバーグやほうれん草のバター炒め、生の野菜、チーズなどを焼きたてのクレープに包んで、特製ソースでいただきます。これが我が家の決まり。
クレープの夕食の時だけは、私の健康の事を考えて止められているアイスクリームもOKで、バナナと生クリームをクレープに一緒に包んで食後のデザートです。至福のひと時。

私たち夫婦は30年近く一緒に仕事をしている共稼ぎ夫婦なので、当然家事も分担してやるべきなのですが、私はまるで手伝いません。30年近くハミは私の屈折した性格を修正することに力を注ぎ、共同生活者としての責務の事までは頭が回らず、私は修正不可能な家事の出来ないおやじのまま一生を終えると思います。
料理を作った記憶はここ久しくありません。洗濯機は操作方法がわかりません、触ったことがないのです。食べた後の洗い物ぐらいはしてと頼まれて、私のとった行動は、食洗機の購入。2週間ほどは面白くて食器をセットしていたのですが、すぐに飽きてしまい今はやっていません。

ハミが泊りがけで家を留守にした時、一瞬家事から解放されますが、帰ってからが悲惨。洗濯物が山と貯まり、食器が流し台に山とつまれ、室内はチャーの毛だらけ。そんな時ハミは爆発します。私にはなんの弁解の余地もありません。部屋の隅で小さくなって嵐の過ぎ去るのを待っています。

私はチャーと同じように、過保護で我儘なまま歳をとってゆきます。ハミのおかげで少しは良くなったと思いますが、一人では生きていけません。これからもハミにお世話を掛け続けると思います。子供のままおじさんになってしまった私です。

2006年06月22日

囲碁

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休日の夕方からは、シェラトンホテルで囲碁を打ちます。このクラブで囲碁を打ち始めて7年ほどになりますが、なかなか上達せず1級を目の前にして足踏み状態が続いています。
勝負にこだわると上達しないし、美しい碁を打とうとするとなかなか勝てません。奥が深くて魅力的なゲームです。

会員の平均年齢が70歳を越えるクラブで、私以外はみんな60歳を越えています。
私が入会した頃は20人以上いた会員も、今は13人ほどです。最後まで生き残る可能性が高いという理由で、このクラブの幹事(雑用、経理)をさせられています。

夕方の5時から5時間ほど、4試合ほどします。日本棋院が決めているポイントで、ハンデを決めての試合になるのですが、7段の上級者でも、負けると本気で悔しがります。
私も初段になるまではやめられません。攻めと守りのバランスが良くなれば初段にはなれると思うのですが、それが難しい。

今日の対局者は、私と同レベルの82歳の横浜生まれのダンディーな老紳士。長考を重ねる人で、2局しか打てませんでしたが、2連勝しました。気分良く家路につきました。

木曜日の5時から、シェラトンホテルで囲碁を優雅に楽しむクラブに参加しませんか。
RIC囲碁クラブの幹事をしているル・ボナーの松本までご連絡下さい。


2006年06月24日

週末の六甲アイランド

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神戸の東の海に作られた人工の島、六甲アイランドは街の中央に六甲ライナーと言う名の新交通システムが高架を走り、その線路の下に人工の川が南北に流れ、その周りが公園のようになっています。ル・ボナーはそれを観るような位置にあります。

週末の夜は、毎週あちらこちらで野外ホームパーティーをしています。目の前のオレンジ色の高層マンションが外国人専用賃貸マンションのためなのか、野外でホームパーティーをしているのは、外国の人と日本人が半々ぐらいです。この街は関西で一番外国の人が多く住んでいる街なのです。数日前も阪神タイガースのウイリアムスが家族で店の前を歩いていました。

夏になると、この人工の川だと、安心して小さな子供を遊ばせることができるので、若い家族が多く訪れます。川の水は浄水して繰り返し使われます。欧米人の子供は10月の涼しくなった時期でも泳いでいたりします。日本人とは体温が違うのではと思ってしまいます。

この街に住み始めた頃、すべてのものに人の手が加わっていて自然なものがないことに抵抗を感じていましたが、20年ほどの時間が街を熟成させて、住む人と一体感を持って愛すべき街になってゆきました。隣の人工島の先輩、ポートアイランドは街として、少し翳りを感じますが、六甲アイランドは魅力的な街へ成長しています。
住民みんなで、新しいふるさとの歴史を作っています。

スーパーマーケットは3軒あり、ホテルも2つ、総合病院もあり、学校も大学まですべてあります。映画館も大きなプールもあります。
ないものと言えば、魅力的なお店。その部分をル・ボナーが頑張らないといけません。
個性を大事に育ててゆくお店がこの街に増えてゆけば、この街は完成形です。


2006年07月03日

コイーバの香り

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お店を早退して、絶品鳥鍋の富に行ってきました。今回は予約を入れず突然だったので4日前に予約していないと食せない鳥鍋は残念して、表メニューの鴨のハリハリ鍋をメインにその他色々を注文しました。
メンバーはいつものF夫妻と、私のことを鞄のお父さんと慕ってくれている、可愛い鞄職人見習いのMちゃん。
いつ食べても、富の料理は鮮度抜群、真心いっぱい、スープが特別。それでいて心配したくなるほど値段は良心的。次回は予約を入れて鳥鍋です。

その後、バー、パパヘミングウエイへ。バーは大人が静かに時と空間を楽しむ場です。ある種ストイックな酒場とでもいいましょうか。しかしパパヘミングウエイは楽。プロレスラーの蝶野似のマスターは、どこかとぼけていて場を優しくさせてくれます。今日も体育会系のパワフルなシェイクです。

私はいつものバージンブリーズを頼み、本命の葉巻を吸います。今回はコイーバの葉巻。今度スギモトに葉巻を買いに行く時、値上がりが心配です。この一本が今でも1600円なのです。
バーで吸う葉巻は特別。場と葉巻の香りが至福の時を提供してくれます。

料金は4人で9,700円。10、700円出してお釣りはいいよとしゃれ込む?つもりだったのに忘れていた。残念。当然のように帰りは午前様と相成りました。

2006年07月07日

カファレルのチョコレート

カファレル、チョコ.jpg

http://www.caffarel.co.jp/kitano/index.html

家のパソコンの調子が悪く、ブログの更新に支障をきたしております。だいたいブログは家に帰って夕食後に書いているのですが、今はそれが出来ません。素人のわからんちんがいじると余計に訳のわからない状態になってしまいます。ここは専門家のお友達に助けてもらうことにします。

昨日の休日はトアロードにあるカファレルというチョコレート屋さんに行ってきました。
カファレルはイタリアのトリノに本店のある、3世紀つづくチョコレートの老舗です。そのカファレルが日本で始めて神戸に直営店を出しました。ベルギーなどのチョコレートと違って、ポップでカジュアルな感じで、それでいて味は本格派。私たちお気に入りのチョコレートです。

神戸は洋菓子激戦区です。そんな神戸にあえて日本唯一の直営店を出したカファレルの心意気にエールを送ります。チャーをビーちゃんで留守番させて、ハミとチョコレートを見ていたら、店内でもチャーの一人にしないでというせつない吠え声が響き渡って、落ち着いて買い物もできません。困ったバカ犬です。

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ワールドカップのために私は寝不足の日々がつづいています。
準決勝に残った4チームでイタリアとポルトガルを応援していました。ドイツとフランスはカッコ良くて共感を感じないのです。それに比べ私の応援する2チームはカッコ悪いほどひたむきに見えるのです。
ポルトガルは演技過多で負けました。イタリアはスタミナ勝負で走り勝ちました。最後は気合と根性が勝負を決めるんです。わたしはガッツーゾという選手が好きです。イタリアがんばれ。

2006年07月14日

高島野十郎という画家

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東京に行ってきました。今回の目的は三鷹市美術ギャラリーの高島野十郎展を見に行くことでした。
私が高島野十郎という画家を知ったのは、つい最近,美の巨人たちというテレビ番組で紹介されて知りました。その番組をハミと二人で見て、その画家の生き方とそれを伝える絵に深い感動を感じました。

その画家の絵が100点以上、実際に見れるのです。個人所蔵の絵が多いため、これだけの点数を揃えるのは大変だと思います。静かな絵が多くの事を語りかけてきます。最後に展示された、画家を代表する月と蝋燭を描いた何点かの絵を見たとき、感極まって目頭が潤んでしまいました。
心洗われる2時間あまりでした。

私は今まで絵ではフェルメール、陶芸では板谷波山というように、絶対美を表現する芸術家の作品が好きでした。そんな私が不覚にも画家の生き様に感動し、その生き様を伝える絵に刺激を受けてしまいました。

帰りの電車の中で考えました。自己を表現するっていうことはなんて素晴らしいことか。
私は自己を表現する名もなき多くの人たちにエールを送りたい。

私は今日からいつもの様に鞄を作ります。心を少しリフレッシュさせて。

2006年07月16日

東京

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東京駅は丸の内側が好きです。昔の丸ビルがあった頃は必ず丸ビルのショッピングモールを散策しましたが、今はその丸ビルも変わってしまい序所に思い出の風景は、心の中にだけ残るものになります。

私は17年間、東京に住んでいました。
東京には多くのチャンスがあり、多くの挫折も経験しました。
必死で生きていた東京での17年間。
現在、神戸の人となって、時々東京に来ると、住んでいた時には見えなかった東京が見えます。時々自分を見つめ直すのに東京は悪くない。でも2,3ヶ月に一回でいいかな。

三鷹の高島野十郎展を見た後、浅草橋の金具の問屋が集まる三筋に。
このところカジュアルな製品をあまり作らなかったので、久しくご無沙汰していた柳場美錠に。社長は覚えていてくれました。昔のアウムさんねと。
ル・ボナーの取引先の多くが、なぜかビジネス的な一生懸命さがありません。柳場美錠もその最たる金具屋さんで、真鍮の金具では日本一有名な金具屋さんだと私は思っているのですが、そのブランド力をうまく使って事業拡大とか全然考えていない風で、周りの金具屋さんが新しい社屋に建て替える中、柳場美錠は昔のままです。
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その後、鞄メーカーの堀切の猪瀬さんのところへ。
猪瀬さんの古い木造校舎のような仕事場はいつ来ても、いいのです。一階の裁断場には、裁断職人40年のベテラン、上岡さんがニコニコしながら迎えてくださいます。二階の縫製場では忙しくサンプルと量産をこなしています。
仕事として、今年一番楽しみにしている企てを猪瀬さんたちとやるのです。どんな内容かは秋には公表します。形にするまで、楽しいけれど大変な日々がつづきます。今回はその相談で行ったのです。

夜は、日本橋の老舗の蕎麦屋さんに、Mさんとお食事。
Mさんとは、専門学校のヒコ、ミズノさんがバッグコースを開設する関係で知り合い、東京に行く時は会いたくなるお人です。今はトラバーユし、大手外資系企業の中枢で働いておられるのですが、江戸の下町を愛する好中年。
江戸前の蕎麦はちょっと特別。せいろとざるの違いは色が違う。のりはざるにも乗っていなくて、ざるの蕎麦の色の方が薄くて、せいろの蕎麦の色の方が濃い。海苔は別に頼んで漆器の小箱に入ってきます。江戸っ子の粋な蕎麦の食べ方は、箸ですくったそばの端を少し蕎麦つゆにつけて、蕎麦の味を楽しむというけれど、現実は蕎麦つゆがだし醤油なみに濃くて、蕎麦を全部蕎麦つゆにつけて食べると、濃くて食べれたものではないのです。

そんな蕎麦屋で楽しくお話して、いつもの東京の定宿、学士会館へ。やはり私にとっては居心地の良い宿です。今回の東京2日目は、午前9時には新幹線の中でした。蒸し暑くて早く神戸に帰りたくなりました。新神戸の駅に降り立つと、空気が優しかった。


2006年07月18日

ダイソン友の会

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私はダイソンというイギリスの掃除機を一年ほど前に購入しました。
最初、ダイソンという掃除機を知ったとき、こんな高い値段の掃除機を買うなんて冗談じゃないと考えていたのですが、使っている人の話しを聞いたり、掃除機だけを真剣に作っているダイソンの心意気に感銘を受けて、買ってしまいました。

私は家電製品を購入してこれほど惚れたものは他にありませんでした。
ダイソンは相当うるさいタービン音を代償に、良く吸います。いつも貯まる得たいの知れない微粒子をゴミ箱にかき出す時、よくそこまで吸ってくれたと感謝すら感じてしまいます。

デザインも秀逸で、まるでSF映画に出てくる機械のように嘘っぽく非現実的で、家の中で目立っています。このデザインが面白くて、我が家ではリビングにいつも鎮座しています。

今日、横浜に戻った店長(あだ名)からメールがあり、彼もダイソンを買ったそうです。やっと大人の選択?の買い物が出来るようになったねとメールを送っておきました。
私は親しくなった人たちにダイソンを勧めています。その甲斐あって知っているだけで10人ほどは買いました。私はダイソンの営業マンではありません。しかし豊かさを共感してもらいたくて勧めています。

私は、販売員の誘導にそそのかされて、オプション部品いっぱいの一番高いタイプの紫色を買いましたが、黄色のタイプで充分。吸うパワーは変わらないし、紫色のより黄色の方が可愛い。紫色のを選んだことが少し後悔。

しかしなんであれ、このダイソンはよくがんばってくれます。いつまでも吸引力が落ちない唯一の掃除機というキャッチフレーズが事実かどうか、これからが楽しみです。掃除機にこれほどまでに思い入れをもったのは初めてです。変だと言われれば確かに変。

マックのレトロ・モダンなデスクトップパソコンのデザインに衝撃を受け、色々な事情で諦めて以来、久々にデザインに一目惚れした電気製品がこの掃除機。性能良し、メーカーの心意気良し。

2006年07月22日

チャーのバランスはアンバランス

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座布団とか載せていて、今にもすべり落ちそうになっているのに、チャーは我が家での安住の場所のソファーで、寝ようとします。座布団などを蹴飛ばし落として寝ればいいのに、そういったモノを抱え込んで寝ようとしています。バランスが悪くて寝にくいと思うのだけれど。

彼を見ていると、時々犬のぬいぐるみを着た人間の子供ではないかと思うことが多々あります。
喜怒哀楽がストレートで、吠え方は何種類もあり、ことばを覚えきれていない子供の感情表現のようです。
もしかしたら頭の良い犬かもしれないと思いつつ、ネコと同じ身勝手で、人間様には従順な頭の良さではないので、一生彼の頭の良さはわからずじまいで終わるのでしょう。

彼の大好物はアイスクリームです。
私がアイスクリームを食べ始めると、彼は瞬きもせずじっと見ています。口からはいつもはあまり出さないよだれが零れ落ちます。少し残したアイスクリームを彼にあげると、彼は陶酔したようなまなざしをして、なめてます。その真剣な姿は少し怖い。
肥満対策のため、私にアイス禁止令がでているため、彼もここのところ大好きなアイスを口にしていません。

昨日の夜、お客様がお店に入って来ると吠えました。初めて来店したその女性のお客様は商品を見ることなく、怖ーいと言って店を出て行きました。
閉店時間が近づいていて、チャーは帰宅モードになっていて、いつもは吠えない若い女性にも吠えてしまったのです。彼の人様に従順でない我儘な態度が、ル・ボナーのお客様になったであろう人を失います。怒ると反抗する我儘犬です。

散歩中、遠くに見える他のワンちゃんが気になって、溝に落ちました。
野生を忘れた、バランスの悪い犬です。

2006年07月24日

私の自転車

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子供の頃、同級生のみんなはライトが一杯で変速機がついた、その頃流行の自転車に乗っていました。私は兄弟のお下がりの自転車でした。ライトも一つ、変速機もついていなかった。流行の自転車に乗りたかったけれど、怖い親父には言えなかった。
それがトラウマになって、自転車には思い入れがあります。

この自転車は10年ほど前に購入したもので、京都のナチュラルサイクルというところのもので、色や部品を自分好みにチョイスして組み上げてくれるのが気に入ってえらびました。見た目を大事にする私は、サドルはイギリス製の革のものにしたのでお尻が痛く、タイヤはロードスポーツ用の細いものにしたので、土道だと滑ってしまいます。それでも乗っている人を見たことがないので気に入っています。
ハミも同じメーカーの女性用の自転車を、こちらは柔らかなシート、普通のタイヤ、泥除けカゴ付きで実用的に乗っています。

ここのところ、自転車が安くなったなーと驚かされます。前後サスの付いた部品盛り沢山のマウンテンバイクが、シンプルな私の自転車より安く手に入れることが出来ます。海外の安い賃金の国で大量に作るからでしょうが、国内で地道に自転車を作っているメーカーは大変です。オリジナリティーを育てていくしかありません。

自転車には、少し距離のあるホカ弁屋さんにお昼ごはんを買いに行く時位しか乗っていません。昔、自転車で目黒から権の助の坂を越えて赤坂の仕事場まで通勤したり、自転車に二人乗りして都内のどこへでもドライブ、デートをしていた私は、今では運動不足のデブなおやじ。運動不足解消にまた自転車に乗ろうかな。六甲アイランドの外周道路は一周8,9キロはあります。この距離をフルスピードで漕ぎきったら、今の私は酸欠状態でたおれるでしょう。

2006年07月27日

窓越しに見える雨のリバーモール

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今年はほんとに雨がよく降ります。
例年だと、もう梅雨が明けてもいい時期なのに、降り続けます。
水が嫌いな迷犬チャーは雨も当然嫌いで、雨の日は散歩にも出たがりません。彼にとって集中力が必要なウンチも、雨が邪魔して出来ず、いつもは一日三回する犬が、雨が二日続いた時は、二日間ウンチがでない便秘犬でした。

私は極めつけの雨男で、子供の頃運動会はいつも雨模様だったように記憶しているし、遠足もよく雨だった。大人になってよくキャンプに行ったけれど、必ず雨が降っていた。それゆえに工事用のブルーシートのタープ貼りは名人です。
雨は嫌いではありません。特に垂直に落ちてくる雨が好きです。ボーと見てて何もしたくなくなります。心が休まります。

昨日も晴れていたのに、急に雨が降ってきました。窓越しに見える人工の川では夏になると子供を遊ばせています。
1キロほど続くこの人工の川は水を浄水して繰り返し使っています。浅いので安心して子供を遊ばせることが出来ます。週末には島外からも、小さな子供を連れた親子連れがたくさん来ます。
急な雨の中、子供たちは気にせず楽しんでいます。お母さんたちは六甲ライナーの線路の下で雨宿り。

梅雨時から真夏にかけて革には厳しい季節です。革には湿度が大敵です。
エアコンは革のためにつけ続けています。革の臭いもこの季節が、一番強くなります。

でも今日はうって変わって暑い。休日の今日は、カンカン照りの中、ハミの大好きなホームセンター回り。
チャーと私はビーちゃんの中で待っています。
ハミがホームセンターに行くと1時間は戻ってきません。炎天下の駐車場でエアコンのないビーちゃんで日なたぼっこ。脱水状態寸前で待っています。
現在社会の都会で、エアコンの付いていない車に乗ることは自殺行為に近いかも。
もう涼しくなるまでビーちゃんには乗りません。


2006年08月06日

六甲アイランドの夏

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ル・ボナーの工房の前の人工の河で、エトランゼの親子が水遊びしています。
すぐ傍に、高層の外国人専用マンションがあるので、よく目にする光景です。
その横の方では、カナディアンスクールに通う子供たちが、薄いビニール袋に水を入れて、雪合戦ではなくて、水合戦をしています。この街はエトランゼが元気です。

この人工の街は良く出来ていると感心します。
街の中央を人工の河が流れ、その周りが1,5キロ近く公園状態になっていて車は通れません。
それゆえに、子供たちを安心して遊ばせることが出来ます。
河の両側にお店が集中的にあります。下のマップの左右、マップに載っていないところに住宅街の多くがあります。

マップ・ウエブ.jpg
住んでいる多くの人は、この街を気に入っています。しかし此処でお店をしている人の多くは、選択を誤ったと思っています。
神戸の観光スポットからは離れていて、島外からこの島にお客さんを呼び込むネタが少ないため、商圏としては厳しいところです。
此処にお店を出して良かったと言っているのは、親しいお店の中では、クラシコイタリアのオーダースーツを作っているお店と世界からペットグッズを専門に仕入れているお店の店主たちと私ぐらいです。
と言うことは、特徴のあるお店ならやっていける場所だということです。
個性あるお店が多く出店して、既製ぽくない商店街になったらなんて楽しい事だろう。
この街で、お店を始めた最古参の私は思っています。

ここのところイタリアの本を夜な夜な読んでいます。
ベニスはアドリア海の浅瀬に、人力で作られた不思議な街です。ベニスに住む住民が育て豊かにした人工島です。ベニスに足を踏み入れるのが楽しみです。新鮮な驚きが待っているような気がします。
六甲アイランドも住民と事業者が協力して、21世紀の日本のベニスになると良いなぁー。豊かさは時が育ててくれると信じて。

2006年08月11日

ランドセルを背負ったオヤジ

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親しい連中に、松本さんはランドセルを背負ったまま50歳のおやじになった人と言われました。
人の話は上の空で、自分の興味あることだけに夢中になり、社会と協調しようとせずに生きていると言うのです。

良識ある大人は、まず人の話に耳を傾け、巾のある考えや行動を吸収身につけ歳を重ねていくもの。
それに比べ、私は人生自転車操業、目の前の興味だけに必死で取り組み、大局を見ることなくいい歳になった。私の囲碁の問題点と同じ、視野が狭い。

言われなくても、分かっているのだけれど、このまま年老いていくのでしょう。
子供の頃、中間、期末テストはなんとか一夜漬けでそれなり出来たのですが、実力テストは実力ないから全然ダメ。長く続けられたことと言えば、カバン作りと結婚生活ぐらい。前者は不器用な私は、それ以外の生き方を見つけられなくて、それが功を奏した結果。結婚の方は、ひとえにハミの辛抱。

私は益々、子供の頃のように好きなことしかしなくなっています。あと人生20年か30年。折り返しました。それもハイスピードで時間が過ぎてゆきます。我儘に生きちゃいます。ただ回りの人には、出来るだけ迷惑をかけない様に配慮して。不可抗力はお許しあれ。

お盆も休みません。長期の休みは何か目的があるか病気にならない限り取らないでしょう。
週休一日で充分。カバンを作る事とお客様とお話するのは大好きな事の最たること。
好きなことしかしない私は、ル・ボナーのお店兼仕事場に居続けます。

イタリア旅行は楽しみです。子供の頃、田舎を一緒に冒険遊んだO君とのイタリア旅行。小学生だった頃のワクワクドキドキをもう一度体験出来るような予感がします。当たり前のように、多くの人が何度も海外旅行を楽しんでいる昨今。それに比べ、私たちは諸事情がその事を許さないまま50のオヤジになってしまいました。そのため特別な思い入れがあり、修学旅行の前のような、ときめきを今から感じております。そのように、私は目の前の事や楽しみだけに目がいきます。我儘なイタリア旅行をしようと思っています。

私の作ったカバンには、ランドセルを背負ったオヤジの後ろ姿を、タグ・デザインにして刻印しようかな。
ハゲおやじがランドセルを背負った後姿。気持ち悪い。

2006年08月17日

チャーの真夏の夜の悲劇

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帰宅途中、子猫を3匹つれた猫親子に遭遇しました。
チャーが威嚇するのを避けるため、その場を足早に通り過ぎました。
すると突然チャーの悲鳴。見ると母猫が音もなくチャーに襲い掛かって爪を立ててチャーの背中に乗っかっているのです。突然のことでチャーは逃げ惑い悲鳴をあげ、私はその光景を瞬時には理解できず呆然としていました。

子供を連れた母猫恐るべし。何もしていないチャーに、音も立てずに後ろから襲い掛かるなんて卑怯だぞと後で思ったのですが、その時は子供が襲われると勝手に思い込んだ母猫の母性本能のすさまじさに圧倒されていました。

その場を何とか逃げ延びたチャーはビッコをひきながら、しっぽを下げて、後ろをちらちら母猫がまた襲ってこないか気にしながら、足早に家路を急ぎました。
家に帰って、チャーの体を調べてみるとあちこちに母猫の爪痕が。

チャーは猫とは相性が悪い。額に三日月型の爪傷を受けたり、今回の出来事。
体重は倍以上あるのですが俊敏さがまるで違う。なにせチャーは野生を忘れた、強がりはするけれど臆病なペット犬なもので。私にそっくりという声が、後ろの方から聞こえてきます。

2006年08月22日

醤油味比べ

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醤油の味比べをしました。
小豆島で丹波の黒豆を使って天然醸造で作ったヤマロクの菊醤(きくびしお)。この醤油はテレビのどっちの料理ショーの厳選素材として紹介された、気合のいった一品。
それと醤油の聖地?和歌山の湯浅の天保12年創業の老舗、角長の火入れしてなくて保存がきかない濁り醤(にごりびしお)と火入れして保存がきくようにした手作り醤油(もう少し気の利いた名をつければ良いのに)。コレも両方天然醸造。
それとスーパーでも売っている寺田家の有機さしみ醤油(本醸造)。あと普通の市販醤油。

なめてみると確かに違うのです。
菊醤は爽やかな旨みがあり、突出したところがなくてまろやか。濁り醤は日本酒のような、みりんのような独特の香りがして既存の醤油とは違う。手作り醤油はそれに火入れしたことで独特の香りが弱くなり濃厚な旨みに変わる。
寺田家のは若干の旨みは感じる程度で柔らかな感じ。市販の醤油は他の醤油に比べて塩分が特別強い。

確かに味覚がお子ちゃまと言われる私にでも、なめてみると違いは分かります。
ただ、冷奴をそれどれの醤油で食してみると私にはどの醤油も同じ醤油に思えました。

相当な味覚の持ち主か、木の樽で発酵させ、機械を使わずすべて手仕事にこだわった作り手の思いに強く共感できる人にはお勧めです。
小豆島のヤマロクに行って直接買えば、ご主人の天然醸造の醤油にたいする熱き思いを聞くことができますし、湯浅の角長に行けば、古き良き時代の醤油屋を体験できます。

天然醸造の醤油は要冷凍のため、家の小さな冷蔵庫は醤油ビンがスペースを占めてます。醤油はそんなにすぐにはなくならないので、当分はこの根性の入った醤油たちと付き合うことになりそうです。

2006年09月11日

新聞会館とかつ丼吉兵衛

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今日は新しくパスポートを申請しに三宮にある旅券事務所に。
ビルの高層階にある旅券事務所の窓から、昔新聞会館のあった場所に新しく建ったミント神戸というビルが見えました。旧新聞会館とは似てないと思うのだけれど、なぜか旧新聞会館を思い起こさせます。
阪神大震災で壊れるまで、三宮駅のホームから見える風景の一部としてあの少しぼろいビルは大事な存在でした。

私が10歳の頃始めて、県の公務員をしていた親父が神戸に連れて来てくれました。その時の記憶は強く残っています。但馬の田舎で育った私はそれまで年末に姫路に買い物に連れて行ってもらうぐらいで、神戸には行った事がありませんでした。三宮の駅に着いて最初に目に付いたのが旧新聞会館でした。それ以来なんのヘンテツもない雑居ビルの旧新聞会館を目にすると、神戸に来たという気持ちになりました。
初めての神戸の時、親父は栄町あたりの外国の船乗りさんが多く利用するタバコの煙がたち込める酒場のようなレストランに連れて行ってくれました。その時初めて外国の空気を感じました。
あの頃の神戸の空気は薄れましたが、今も残っています。趣味人の大人のワンダーランドとして。

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パスポートの申請を終えた後、急ぎ一駅先の杉本酒販へ徒歩で。
ここは酒販と名乗っているのにメインはタバコ。神戸一葉巻を揃えています。愛煙しているダビドフの葉巻をきらしていたのでまとめ買いです。途中何軒かのお店に立ち寄りたい衝動にかられながら急ぎ足で杉本酒販に一目散。今回はちょっと太めの葉巻も何本か入手。

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最後に今日の最大の目的、かつ丼吉兵衛で昼ごはん。このお店いつも行列して並んで待たないと食べることができない人気のかつ丼屋さんです。ここのかつ丼は大変旨いのですが、それ以上に店主の手際の良い仕事を見ているだけで楽しいのです。吉兵衛の店主のかつ丼を作る時のスピードは神業です。その無駄のない仕事ぶりを見ているだけで、帰ったら仕事がんばるぞーという気持ちにしてくれます。並600円で充分お腹いっぱい。950円のだぶるを一度頼んだことがあるのですがこれは相当な大食漢でないと厳しい。

あーいけないいけない。神戸の中心地に来てしまうと色々なお店に立ち寄りたくなる。神戸にはまだまだ私が行ったこがない本物の名店がありそうです。一駅分歩いただけでも魅力的なお店をあちこちみつけられます。街歩きが楽しくなってしまう街、神戸です。
神戸にも街を見守る天使たちが居る様に思えます。

2006年09月13日

30代前半、不遇の時代

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        30歳前半頃作っていたフレームトップのボストンバッグ

私は20代後半初めてのお店を聖跡桜ヶ丘に持ち、ほどほど順調だったのに、さらなる野望に燃え高級住宅街で有名な世田谷の成城駅前にお店を出しました。それが大失敗で、全て失いました。その後も何度か野望に燃えては失敗を繰り返し、やっと50歳になって落ち着いたかなという感じ。ハミは私が変な野望をまた抱かないかと今でも気は許していません。

その最初の失敗は、私たち夫婦に2人目の子供が産まれ、ハミが仕事から離れていた時に起こした私の暴走だったのです。その後、借家の庭に8畳ほどのプレハブを建て、そこを仕事場にしてオリジナルの鞄の卸で再出発をはかりました。しかしこれがなかなかうまくいかず、家庭経済は悲惨な状態になってしまいました。今ならネットでの販売とかあるのでしょうが、その頃はまだインターネットが世の中に普及していませんでした。

その時、この窮地を脱するには、私が体力勝負の副業をし、ハミが子育てしながらカバンを作り、私が副業の余った時間手伝うという案でした。
私が選んだ副業は自動車工場の期間従業員でした。拘束時間の割りに賃金が良くて、六ヶ月働くと失業保険もついてくるのです。夜勤の時は昼カバンが作れて、その営業にも行ける。睡眠時間が人間には必要だということを考えずに、これで経済危機を脱することが出来る素晴らしい妙案と自画自賛。

実際に自動車工場で働き出して、現実は厳しかった。
わたしに与えられた仕事はプレス機でボンネットを成型して部品をそれに取り付けること。結構重いボンネットを抱えながら作業はつづきます。
あの頃、毎日朝起きるとボンネット掴むような形で指が固まっていました。指をほぐすのが毎朝の日課でした。指がこるという経験はあの時しか経験したことはありません。

六ヶ月働き辞める時、また働きにおいでと言われましたが二度と行く事はありませんでした。私はその時、分かったのです。自動車工場で働かされたレベルでカバン作りをすればなんとかなると。しかし人間は強制されてするのとは違い、自主的にやるのは難しい。それでも天職としたカバン作り、がんばらねば。それから朝8時から夜中の2時までカバン作りすることで、我が家の経済危機を乗り切りました。今では想像出来ないほど、あの時はよく働きました。

工場の夜勤明けの朝はそのまま寝ずにキャンプへ。8時から夜中の2時までカバン作っていた時も、納品できた後にはキャンプ。いつもその時には、11歳年下の仲間の誰かがが一緒だった。貧しかったけれど、仕事も遊びも体力限界まで使っていた。あの頃に戻りたいとは思わないけれど、よく働きよく遊んだあの頃を思い出すと懐かしい。

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     一緒に遊んだ11歳年下の仲間たちとの貧乏キャンプ

2006年09月15日

9月の休日

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昨日の休日は秋の爽やかな風を感じる静かな休日でした。
朝、六甲アイランドの一周5キロの遊歩道を、チャーを連れてハミと2時間かけてゆっくり散歩。歩道沿いには萩の花が可憐に咲き、オリーブの実がたわわに実ってます。
島の南端マリンパークで釣り人を見ながらのんびり一服。

東京から離れた神戸に居てよかったと思う。
鞄業界の多くの人と知り合った東京。狭い業界だけにその知り合った人たちと万華鏡のように複雑に絡み合う東京人間模様。商売をするには東京がいいだろうけれど、私はもう戻らない。神戸で静かに夫婦二人でカバンを作っていようと思う。
時々聞こえてくる雑音はあるけれど、思い出は良い形で心に残したい。

散歩の途中お店に寄ってメールのチェック。親しいお客様からの何通かのメール。
その中にエルメスの立命館大での経営理念についての講演の内容を参考にまでと添付していただいたものがあり熟読。大グループに加わった多くのブランドがグローバル化の流れの中で目先の利益を求めて利益最優先の経営をしなければならない中、エルメスの経営理念はヨーロッパのモノ作り文化を守り、職人の技術を後世の時代に残すことが最大目的という考えだと。私はそんな考えを持つエルメスが好きです。豊かだと思う。

夕方からはシェラトンホテルで囲碁。私もやっと1級の仲間入り。このままスムーズに初段になれるといいな。初段になれれば囲碁はそれで充分。あとは美しい碁が描ければ満足。
勝ち負けよりも、気持ちの良い戦いがなにより。とは言いながら、今日は3戦3勝、ニコニコしながら家路につきました。

2006年09月24日

古山画伯来店

手縫いショルダー.jpg
画家の古山さん が来店されました。前回来られた時より細身でお洒落になられたと大喜びのハミ。スケッチブックと一杯の万年筆。
万年筆とカバンの陽気なコレクターの古山画伯の今日のお供のカバンはフジイさんの工房で作った手縫いのショルダーバッグ。オール手縫いで仕上げられた独特の形状をしたカバンは迫力充分。刺激を受けます。お見事。

画壇の異端児、古山画伯の絵は不思議な魅力があり、いつかほしいね!と考えていることを画伯に話すと、カバンと物々交換しようとの画伯からの提案。私たちには願ってもないこと、喜んでその提案に乗りました。不思議なキャラクターの動物や人物がル・ボナーのカバンを持っている絵を描いていただけるそうです。ル・ボナーの店の壁にその絵が飾られる日が楽しみです。個々の基準で価値を認め合うから出来る物々交換は、現金を介するよりワクワクします。物々交換なんて大阪のミシン屋のオヤジと過去の遺物のような古いクリッカーとカバンを交換して以来です。

画伯は憂いでいます。多くのカバンをコレクションしていて、戦前の日本で作られたカバンたちが素晴らしいことに気づくのだけれど、その技術が現在に継承されずにきている。
大正時代のボール紙を革で包み込んで手縫いしたトランクは100年近くの年月を経た現在でも使用に充分耐える状態で残っている。トランクの元祖の国イギリスのモノは現存するモノをあまり見ない。日本の手をかけた技術がいかに素晴らしいものだったかを日本の大正時代のトランクは物語る。
そういう技術を戦後の鞄業界は大事にしようとしなかった。何処の国でもよく似たようなものだけれど、日本もまた鞄職人の技術の継承に資金を投入せず、職人が日本で枯渇しそうになるると、海外に工場を作りその場しのぎして、利益追求に邁進する。鞄作りも他業種の多くと同じように、日本国内での作る現場の空洞化が進んでいます。そこのところを今のうちに声高に発言していかないと、ほんとにいなくなってしまう。鞄作りをしている私もそう思う。鞄を作るという仕事は楽しい行為です。楽しいだけではすまないけれど、若い鞄職人が多く育ち刺激を受けながら新陳代謝を繰り返す業界になってほしい。

そんな話をしながら楽しい5時間ほどを過ごし、古山画伯は帰ってゆきました。

2006年10月05日

迷犬チャーも熟年?

だれ犬.jpg
彼ももう7歳半で、人間でいうと50歳過ぎ。私と同じです。
深みを増さなければいけない年齢なのですが、ランドセルを背負ったおじさんと顧客から言われる私と同様、チャーも変わらず迷犬として磨きをかけています。ペットは飼い主に似ると言いますが、私はチャーが私に似ているなんて全然思わないのですが、ハミも娘もお父さんそっくりとよく言います。

上の写真を見てください。チャーの寝相の悪さは天下一品です。
私たちが寝る時も、ソファーでそのまま寝てればいいのに、ベットの真ん中で小さいくせに一番偉そううに図々しく寝ます。私とハミはそれぞれすみで小さくなって寝ています。

彼は由緒正しい?薩摩ビーグル(江戸時代に薩摩犬とイギリスのビーグルをかけ合わせた犬種)ですが、一度別の家に貰われて行ったのですが、吠え声がうるさ過ぎると戻されたのを、貰いました。元来臆病な犬なのですが、若い頃は気性が荒い方が強く出ていて、自分より相当大きなシベリアンハスキーを追い掛け回したりしていましたが、臆病な本来の部分が歳と共に強くでてきています。宿敵のコーギーに吠えられて、吠え返そうとした時裏声になってしまったり、チャーが他のワンちゃんに気づかず匂いをかいで歩いている時に、急に吠えられたりするとシッポをさげてびびっています。だのに車の中とか仕事場のガラス越しだと偉そうに立派な声で吠えてます。それカッコ悪い。

良い寝姿.jpg

チャーはウンチをする時、動物園の欲求不満の白熊と同じように、同じ場所をぐるぐる回ってなかなかウンチをしてくれません。数日前、やっとウンチポジションが決まったと思ったら、両後ろ足が滑ってシリモチ。犬がシリモチをつくなんて聞いたことがない。恥ずかしいやら、可笑しいやら。

迷犬 チャー でグーグルで検索してみたら、ル・ボナーの一日がトップでした。チャーも世界デビュー?です。ちなみにフィレンツェ 鞄職人で検索してみたら2番目でした。検索で遊べるとは思わなかった。

迷犬チャーは今日も我儘に過ごしています。食べ物を目の前に持ってきたときだけ従順になる自分に素直な犬です。お父さんにそっくりと言う声が聞こえてきます。


2006年10月11日

大事にしたくなるモノ

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我が家で毎夏がんばってくれている、1970年代につくられた扇風機です。
数年前に買った仕事場で使っていた扇風機はもうこわれました。それに比べ羽根とスイッチ以外は鉄で出来ているこのレトロな扇風機は40年ほどがんばってくれています。
そこまで頑張ってくれると、モノは大事なモノになります。

私は特別なモノって何かと考えます。この基準は人によって違うと思いますが、人の手が加わっていて、作った人と使う人の思いが共鳴した時大事なモノになると思います。そして時間と思い出が熟成させます。
世の中益々便利になってゆきます。合理的で豊かな生活、、、、豊かって何だろう?

現代社会が高度になればなるほど、人を感じれるアナログなモノや変わらぬ自然に、心の平安を感じる人がいる。私もそういった人間の一人で、長い時間を経ても使われ続けるモノに愛おしさを感じ、変わらぬ自然の中に身を置く時、心は洗われる。
高度化する社会に多くの人は順応してゆく。しかし息苦しい。そんな時アナログなモノはガス抜きの役目を担う。

独立系鞄職人の作るカバンもそんなモノの一つです。私たちも私たちなりの思いを注いでカバンを作り続けます。作った私たちと使う人が共鳴し合うカバンであって欲しい。

私たちのカバン作りは前時代的なもので、ゆっくり時間が過ぎていき、私たちの生活にストレスはないように思うけれど、私たちは私たちなりにノーテンキな頭が情報の洪水に翻弄されそうになることがあります。そんな時アナログな人の手が加わったモノが救ってくれる。

消費されてゆくモノではなくて、一緒に歳をとってゆくモノたちは愛しい。
手間隙がかかっても、長く共に生きていけるモノは大事にしてゆきたい。

2006年10月13日

毒薬には毒薬で?

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私は高校2年生の時、親に隠れてタバコを吸い始めてから今日までタバコを吸い続けてきました。
アルコールを全然受け付けない私ですが、その分タバコは一日2箱吸います。体に良いわけないし、減らしたいとは考えているのですが、なかなか難しい。

しかし、最近紙巻タバコがまずいと感じて吸う量が減っております。体調が悪くなったからではなく、実は
葉巻の紙巻タバコサイズのシガリロというモノを知ったためです。
悪い顧客の一人の、海外旅行土産とし貰ったのが最初で、吸ってみても全然興味は持たなかったのですが、20本入りの箱が空になる頃には、その旨みと香りの魅力にはまってしまいました。その後紙巻タバコを吸っても美味しく感じなくなったのです。私は紙巻タバコからシガリロに変えようと決心しました。

ただその変更の前には大きな問題がありました。それは値段です。何種類かのシガリロを吸った結果、一番私が旨いと感じたのはダビドフでした。しかしこのシガリロ、20本入りで2800円です。今まで吸っていたピース・アコースティックの9箱分です。これは経済が許しません。
その後も色々なシガリロを試してみて、ありました。ダイビドフのB級品ジノというシガリロ。1000円で旨みがある、対費用効果がベストのシガリロ。それでも1000円します。
私はこのジノというシガリロを吸うため、一日10本で収める努力をしなければなりません。
ついでに10本の喫煙だと少し健康的だと自分を納得させようとするのですが、フィルターなしのシガリロのニコチン量は相当なものだから本数が少なくなったからといってはたして、、、、。ただタールは少ないはずです。紙で巻いていないタバコなのだから。勝手に納得。

まずは一日10本を目標にがんばって、いつか一日5本程度で済むようになれば、喫煙するということに制約さず、私の紫煙人生も豊か?に味わえることでしょう。一日5本であればシガリロの王様ダビドフも手が届きます。葉巻というモノが高価でよかった。楽しむためには色々な制約を設けて、自分を律しなければいけないから。紙巻タバコのようにプカプカ吸っていたら経済がもたないということはメリットです。辛いけれど痩せ我慢。

私は新たなる紫煙人生のスタートをきります。禁煙が世の中の流れ、今時タバコなんてやめるべきなのは重々承知なのですが、そんな時代に遠慮しながら、お許しください。

2006年10月22日

さよなら銀座堂

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親しくしている印刷屋さんの若社長は暇があると、社長室で靴磨き。靴好きにとってお気に入りの靴を磨く時間が至福の時のようです。神戸っ子の彼が磨いている靴は三ノ宮高架下の銀座堂で買ったクロケット・ジョーンズ。神戸の靴好きには特別なお店です。

その銀座堂が今年の8月末でお店を閉めました。
神戸だけでなく、靴好きであれば知る人ぞ知る特別なお店です。扱う靴は世界の一流品と言われる靴は全部と言っていいほどの品揃え。初めて銀座堂に足を踏み入れた時、靴がブランド別に専門店化する時世に、このお店はどうやってこんなに色々な高級靴を揃えれるのか驚きでした。
でありながら店構えは三ノ宮高架下らしい庶民的なものです。雑多に並べられた靴をよーく確認しないと、プライスを一桁間違いそうになります。

店主の金岡さんに、ル・ボナーのカバンを卸さないかと言われたことがありましたが、その時は丁重にお断りしたのですが、銀座堂というお店には尊敬を感じていました。
金岡さんの迫力と、圧倒的な品揃えが独特の銀座堂ワールドを築いていました。

神戸の名店がまた一軒消えました。残念です。寂しいです。
40年間、靴好きの聖地であった銀座堂は最後に大盤振る舞い。3分の1以下の値段で在庫一掃したそうです。ジョン・ロブも、エドワードグリーンも、ベルルッティーも、持ってけ、持ってけ。何足もまとめ買いする顧客でにぎわったようです。

ありがとう、そしてさようなら銀座堂靴店。

2006年10月24日

モノって面白い

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コンピューター関連の会社にお勤めするF氏は、デジタルカメラが好きではなく、アナログなフィルムのカメラ、それも一眼レフカメラではなくコンパクトカメラのこだわったタイプが好き
数ヶ月前にブログ上でボロチンカメラと書いてお叱りを受けたT3とTixも知る人ぞ知る名機だそうで、カメラについて何も知らない私は失礼なことを書いてしまいました。
そんなF氏が今回購入したカメラがこのTC-1。性能は私にはチンプンカンプンなのですが、チタンで出来たボディーは質感があり、絞りが手動式で可愛いアナログなカメラです。
F氏はデジタルのスペシャリストなのにカメラはなぜコンパクトフィルムカメラなのか聞いてみると、楽しみで写真を撮る場合、より楽しむにはフィルムカメラが良いそうです。デジタルカメラだと撮ったその場で確認できてダメな写真は削除することが出来る。それに比べフィルムカメラはその場で確認できないし、失敗写真を撮ったとしても現像されるまで分からない。そのためお金も時間もかかるけれど、その分シャッターを押す1回1回が真剣勝負、楽しみも倍増すると言うのです。その説明に納得。
じゃあ一眼レフでないのはなぜと聞くと、大きいのを首からぶら下げて持つのがどうしてもできないからだそうです。さりげなさを大事にするカメラマニア?なのであります。
私はカメラ好きではないのですが、もう少しブログの写真のレベルアップを望んでおります。そのためF氏推薦のGRデジタルをいつか欲しいなぁーと考えております。その前に撮影技術の上達が先かな。弘法筆を選ばず。
セルロイド筆箱.jpg
夜、カズボン(ハンドルネーム)さんが来店して、ブログを見て今加藤セイサクジョ・カンパニーに興味をお持ちのようだからと、ハミと私にこのセルロイドの筆箱をプレゼントと言って買ってきてくださった。なんと加藤セイサクジョ・カンパニーの加藤清爺作のセルロイドの筆箱。
私は狂喜乱舞。加藤さんは筆箱も作っていたのか。こだわりのないモノ作りの姿勢に拍手喝采。どこかの工場を使って作ったモノだと思いますが、きっとセルロイド加工技術のノウハウでは世界有数の人物、大事に扱えばこの色合いを永遠に持ち続けるセルロイドの筆箱でしょう。
プレゼントしていただいたのに、失礼は承知の上で値段を聞くと1000円以下だったそうです。加藤さんが作ったデッドストックの万年筆が置いてあるナガサワ本店のすぐ近くのクロワッサンという雑貨屋さんにあったそうです。特別なセルロイドの筆箱です。

その後カズボンさんはナガサワ本店の5階の万年筆売り場に行き、担当の吉宗さんに加藤セイサクジョ・カンパニーの万年筆のことを聞くと、誰からお聞きになったのですか?もしかして六甲アイランドのかばん屋さんですか?とニッコリ。確かに私たち夫婦も含めてル・ボナー関係者が相当買ったようです。私は作った人の思いが、押し付けでなく感じれるモノはその人にとって宝物になると思うのです。加藤さんの作るモノはそれを感じれるのです。
ナガサワにも加藤さんの作った万年筆はあとわずかのようです。

モノって面白い。人それぞれ好みは色々。若い人はまだ試行錯誤の途中だから定まらないけれど、歳と共に持ち物がその人の思いや趣向を伝えてくれる。
そんなモノ好きがル・ボナーに集う。そんな人たちのお話は楽しい。


2006年10月26日

時間がゆっくり過ぎて行く

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母親の看病で、千葉の実家に行っていたハミが戻ってきました。
8日間行っていたのですが、その間私と娘とで家事を分担してなんとかしたのですが、普段はハミに頼りきっていることを痛感する8日間でした。家庭が機能不全に陥り、日を重ねると共に悲惨な状況を呈します。私にいたっては洗濯機の使い方すら分からず、あらためて家事をまるで分担していなかった自身を反省いたしました。
ハミが戻って来た我が家は空気の鮮度も違います。

今日は休日。久しぶりに休日の朝の定番、ハミとチャーと私で六甲アイランドの遊歩道1周散歩。途中マリンパークで一服。
釣り人は何人か来ているのですが、数年前のように一杯色々な魚が釣れる場所ではなくなっています。埋め立て工事が原因なのか何なのかわからないけれど。
でもここでボーっと日向ぼっこする時間は心地良い。

吉田拓郎とかぐや姫の何十年ぶりかのつま恋コンサートをテレビでやっていた。
3万5千人の団塊の世代が集まって熱狂していた。私もハミも吉田拓郎やかぐや姫が特別好きな訳ではないけれど、私たちも参加したいよねとハミと話しました。
若い頃、ハミはジャニス・ジョプリンとローリング・ストーンズが好きで、私はサイモン・アンド・ガーファンクルが好きでした。

人は充実した生を求めます。その形は色々だけれど、短い人一人の人生、死ぬ前自身の人生を振り返った時、まあまあ楽しかったと思いながら死にたい。
充実した生を送るために、ひと時の休息。水面に跳ねる光の粒を眩しく見ていると、純粋な形で光の粒一つ一つも生きているんだと思う。

みんな好きな事やって、生きてたらいい。それが、ベリーハッピーやがなと万年筆職人の今年80歳になる加藤清爺は言います。波乱万丈の人生を送った加藤爺の言葉は心に残る。

私たち二人にとって、カバンを作ることが自己を表現する大事な事で、日々の中での躊躇や妥協は、その事をより良い状態にするためのモノでありたい。
まだまだ満足できる状態ではない。楽しみながら(苦しみながら)より良いカバン作りを求めて生きたい。これから先も試行錯誤を繰り返しながら、ル・ボナーの世界を創造していきたい。
時々自分に言い聞かせないと、寄り道をしてしまう私なので。

気持の良い、秋晴れの朝でした。


2006年10月29日

ハロウィン・パーティー

ハロインパーティー.jpg
昨日、今日とル・ボナーの店舗前では収穫祭。
六甲アイランドは人工の島なので、当然古くからの祭りなんてないので、住民の人たちが意図的に祭りを作り出します。その中でこの収穫祭は私がこの島にお店を持った頃からずーっとつづいているお祭り。

子供たちにハロウィンの変装をさせてコンクールしたり、何組ものアマチュアのジャズバンドに演奏してもらったりして、結構盛り上がります。出店も一杯出て、子供連れの家族で賑わいます。
この島はエトランゼの住人が多い街で、一緒に楽しんでいます。

ジャズバンドはアマチュアでも結構ジャズしていて、いい感じの演奏だとハミはいつの間にか、お店を抜け出し最前列で聞き入ってます。
私は製作が遅れ気味のため、そんな余裕はありません。ジャズの演奏を遠くで聞きながら、リズムをとって鞄作っています。

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そんな日曜日の夕方、親しくしているお客さんのS氏来店。カバン買ってくれるじゃなくて、このシェーファーの万年筆の事で。

来週、ナガサワ文具店で川口大先生のペン・クリニックがあるので書き味の悪い万年筆を調整してもらえることを前に話したら、その時神戸にいないからお願いと頼まれたのがこのシェーファー。一人2本までなので、今回ペンクリニックに持ち込むのは、この漆塗りのシェーファーと店長(ニックネーム)から貰ったモンブランのスマートな万年筆。どちらも見た目はカッコ良いのだけれど、書き味が引っかかる。これが満足な書き味になったら、ペンクリニックにS氏共々ハマリそう。

S氏は仕事ほどほどに、ゴルフばかりしているノホホーンとしたサラリーマンと思っていたら運転手付きのセルシオを条件?に横浜から単身赴任で関西の大手企業に請われてトラバーユした有能なビジネスマンであることをつい最近知りました。
S氏はル・ボナーの顧客となってから、それまで買い物をすることにあまり興味をもっていなかったのですが、カバンだけではなく他のモノも買うまでの時間を楽しむようになられました。
そんなS氏が昔から、関わったプロジェクトが無事終了するたびに、自分に御褒美と買い続けたのが万年筆。しかし万年筆のペン先を調整するということを知らなかったそうです。
そんなS氏の万年筆を見事調整してもらい、S氏の感動するお顔を見るのが楽しみ。

その前に今作っているカバンを完成させないと。今週は相当忙しくなりそうです。

今夜の食卓で、なんでそんな話しになったのか分からないのだけれど、ハミと娘と私で、忍者は明治以降どんな職業についたのか?。特殊技術を生かして警察官になったのでは。それとも薬屋さん?。どうでもいい事なのだけれど、疑問が解決できないともどかしくて、ますます熱い議論。インターネットで調べてみてもすっきりした答えは見えてこない。
3人とももどかしさ一杯。誰か教えて。


2006年10月31日

お祭り好き

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私は今やっているカバンたちを今週中に終わらせようと、集中モード。
平日は特に人影まばらでというよりゴーストタウンのようで、仕事ははかどります。もうひとがんばりします。

私は子供の頃から協同で何かをするということが好きだった。
小学校の卒業文集の編集委員に選ばれた時も、今度一緒にイタリアに行く幼友達のO君は編集委員長でありながら、ほどほどサボって遊んでいるのだけれど、私は夢中でガリ版の原稿をガリガリ書いていた。
高校の文化祭でも、クラスで落語をやることになり、変なぐらい長い落語を必死で覚えた。他の連中は15分あまりの短い落語なのに覚えてこないで、カンニングしながら棒読みする中、私は観客のつまらねーぞ途中飛ばせー!のやじを受けながらも1時間しゃべりつづけました。観客が途中退席する中意地になっていた気もします。
社会人になって草ラクビーチームで、何もここまでハードな練習をしなくてもと思いつつ、ゲロを吐きながら下手なのに夢中でやってました。

そんな風に私は元々仲間と一緒に何かをするということが大好きなのです。
社会人になり仕事において一番楽しかった時期はいつかと聞かれたら、ファーラウトという会社で企画をしていた1年余りの時期だと答えます。
世界に通用するカバンブランドを作るという大志を持って、少数精鋭のスタッフの一員として熱く仕事した1年でした。
しかし、それも潤沢な資金力のあるスポンサーがいたから。実際、自分でそんな文化祭をやるのは大変。

ここにお店を構え、何人かのカバン作りを志す若者を入れて、小さいながらもファーラウトでかなわなかった夢を私の手でと思ったのですが、現実は厳しい。私の会社経営力と管理能力のなさを痛いほど感じることになってしまいました。
ここ3年ほどの間のように、私が暴走しないようにハミに監視してもらいながら、夫婦二人でのんびりカバン作っているのが一番平和な状態であることは痛感しております。

でも、ちょっとだけお祭り好きの虫を満足させたい。
もう主役になるのは諦めます。実は今まで一度も主役にはなったことはない。小学校の学芸会の白雪姫でも私は小人の一人、王子さまはO君。ああ無常でも私は司教さまでした。
親しい連中がやろうとする魅力あるプロジェクトの末席で参加させていただきます。

2006年11月03日

散髪屋さん決定!

サン・バーバー.jpg

私は散髪屋さんに縁がなかった。ただバリカンで2ミリに揃えてと頼んだだけなのに虎刈りにされたり、よく磨がれていない剃刀でヒゲをそられたり、散々な思いを何度か経験してきました。私にとって安心して任せられる散髪屋さんを見つけ出すのは悲願のようなものでした。

ル・ボナーの一日の安心できる散髪屋さんを求めてを読んだお客様に教えていただきあちこち散髪屋さんに行ってみるのですが、帯に短したすきに長しでここで決定と言うまでには至っておりませんでした。

今回は何人かのお客様に紹介されていたのですが、なぜか今まで行っていなかったサン・バーバー。JR六甲道近くの国道2号線沿いにあります。車で行くと通りすぎてしまいそうになるほど散髪屋さんっていう感じがないサロン風なお店。レトロな散髪屋さん風を好む私には少し躊躇があったけれど、清潔な店内と身奇麗な御主人と息子さんは好感を感じました。

息子さんに担当してもらったのですが、安心して任せられる至福のの時間。こんな近くにこんな居心地の良い散髪屋さんがあったとは。終の散髪屋さん決定です。
確かな技術で仕事をし、居心地の良い時間を提供してくれる散髪屋さんがやっとみつかりました。

散髪が終わったあとエスプレッソをサービスで頂きその後、私の乗って来た68年式ビートルの話しに。息子さんは親父さんから譲り受けた76年式ビートル・カブリオに乗っていて、私と同類の車好き。親子と私でマニアックなビートル仲間の会話で盛り上がりました。
楽しい時間をありがとうございました。これから月に一度サン・バーバー。

2006年11月12日

優しいつながり

単身赴任しているS氏の横浜の奥様からメールがありました。
前回ナガサワであった万年筆クリニックに持ち込んだS氏のシェーファーの書き味に満足されたようで、その思いを奥様に葉書に記して投函されたみたいです。
メールや電話でこと足りる時代、万年筆で書いた葉書を送ることはより特別で豊かな心を一緒に送ります。
アナログなモノたちが作り出す豊かな世界のお仲間でいたい。そんなモノをつくってゆきたい。

S氏は持っている万年筆(30本ほど)を順次調整していって新しい万年筆はいらないとおっしゃっていますが、ペンクリニックに行くようになると、必ず新しい万年筆を買ってしまうのです。万年筆菌はペンクリニックで増殖するのです。私も注意しないと。

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ライターのN氏からメールが届きました。添付されていた写真はストーヴァのプロデュースをしている独立系時計師のヨルク・シャウアー氏の写真。
今来日していて、ストーヴァのアンティーク時計を多く持ち込みミニ・ミュージアム風のイベントが新宿であって、インタビュアーとしてN氏も参加されていました。その時写した写真。俳優かと思うぐらいカッコ良い。シャウアー氏の後ろに写っているタペストリーかTシャツが欲しいなぁーと思っているミーハーなわたしです。

私のストーヴァ・アンテアは時計のライターであるN氏の推薦で購入した時計です。良い時計です。心豊かにいつも身に付けています。N氏から値段とは正比例しない豊かなモノを教えていただきます。
そのモノに対する見方は共感します。またお会いして色々なお話をしたいなぁ。

ここにお店を持ってから多くの人たちと知り合いました。
私達夫婦がこれからどんどん年齢を重ねて、商売でない楽しみとして鞄が作れるようになって、お店にはモノ好きな人たちが遊びに来てくれるサロンのようなお店になって行けば、なんて幸せなことでしょう。
そんなお店として、神戸という地に根付きたい。昨日も姫路のOさんと西宮のAさんが長く居られました。今日もF夫妻がいつものように来てくれました。なんか幸せ。

13日から20日まで営業時間を午前11時から午後7時までとさせていただきます。
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご容赦お願いします。

2006年11月29日

色々な人たちが来店された一週間

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イタリアから戻り一週間あまり、旅行の余韻を楽しむ間もなく色々な方が来店されました。
古山画伯に紹介されて、取材で来られた初老の新聞記者のS氏。週一回一ヶ月新聞に私とル・ボナーのことを記事にして載せるための取材で、今のところ5時間あまり2日間来られました。取材中カセットテープを回し続けるのですが、テープが何本も必要でした。
しかしその10時間あまりの録音の中身は大部分、新聞記者S氏のお話。一日目は私は六甲山のじねんじょ(山芋)堀名人のお話その他。2日目はばんから新聞記者の武勇伝、その他恋エトセトラ。インタビューされる側の私の会話はほんの少し。あんな取材で新聞の紙面を4回分埋めれるのか心配です。でもたいへん愉快な時間をすごさせていただきました。

そんなSさんに、興味がおありのようなのでと見せていただいた万年筆コレクション。1年半前古山画伯と知り合ってからのコレクション。半分ほどはモンブランですが、鳥取の万年筆博士や、松本の万年筆屋さんのもある。なんと手前のは、幻のKENSAKI 1号ではありませんか。素晴らしい品揃え。1年半でこのレベルの万年筆をこの数揃えたなんて、完全に万年筆菌に冒されている。これは完全に古山万年筆菌です。私も気をつけないと。

そんな愉快な新聞記者S氏は、団塊の世代の悪趣味か反骨精神か。アメリカ空軍が着ていた女性のセミヌードのイラストが背中に描かれた革ジャンパーを自慢げに見せびらかしながら去って行きました。私はきれない。

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ライターのN氏が来られました。N氏は時計をメインに活躍されていて、私の時計学の先生です。忙しい仕事の合間をぬって顔を見せていただきました。イタリア旅行直前のフィレンツェ情報とお計らいありがとうございました。非常に助かりました。
そんなN氏の時計のコレクションの一部を見せていただきました。
見せていただいた時計は、N氏のお気に入りの時計たち。決して高価な時計ではありません。良い仕事の時計たち。時計を見続けた人の誠意を感じるコレクションでした。

写真の懐中時計は、N氏がスイスで見つけたアンティークで、ケースは金無垢。シースルーバックではないのに手の込んだ裏蓋を開けて見せてもらうと、御覧のように美しい仕上げ。
誠意を感じる仕上げです。そんな清い時計を何本もみせていただきました。ありがとうございました。お金では買えない素晴らしい時計が一杯あるのですね。

そんな感じで、常連の多くの顧客の人たちも来店された、私が帰国してからの一週間あまりでした。
決して売り上げにはつながらないし仕事も遅れがちになりますが、私達夫婦にとっては至福の時間。色々な人たちが集うお店であり続けたい。
私は本腰いれて鞄を作り始めないと。生産計画は大幅に遅れています。仕事、仕事、頑張らないと。

2006年12月03日

若き家具職人

注文家具(2).jpg

丹波の工房で家具を作っている難波行秀さんに家具を特注でお願いしていました。
ハミがサイズと希望を伝え、製作者と相談しながら、作ってもらいました。
今年の春に頼み、夏は木が暴れるからと、晩秋を迎える頃から製作していただきました。

家具を特注で作ってもらうのは、初めの経験でしたが、作ってほんとに良かったと私達夫婦は大満足。必要で買ったシステム家具や趣向から入手したアンティーク家具などでは得られなかった愛おしさに似た柔らかな心で満たされました。

すべてチェリーの木で組上げてもらい、合板は隠れた部分でも使っていません。オイルフィニッシュで仕上げてもらったので、年月と共に色艶が出てくるのを楽しめます。
チェリーの木のほのかな香りが、我が家のリビングを満たしています。
家具の売り場の臭いとは全然違う心安らかになる香り。

特注家具(3).jpg

丁寧な仕事です、作った職人の誠意を感じます。
最初はこの上にテレビを置こうと考え、低めに作っていただいたのですが、重いテレビを上に置くのは、この丁寧な仕事の家具に可哀相に思えて何も置かないことにしました。
上に寝転んだり、座ったりしながら、この家具が届いた日の夜は夫婦二人柔らかな心で傍にいてニコニコ。
しっかりした作りなので寝転んだり座ったりしても全然平気です。低さが逆に、狭い我が家のリビングを広く見せているようです。

奇をてらう事ない難波さんの家具作りが私たち夫婦は好きです。
お金が貯まったら、次は食テーブルと椅子をチェリーの木でお願いしたいなぁーと思ってます。

家具職人の難波行秀さんの連絡先は
            669-3166
             兵庫県丹波市山南町小野尻428
                 Tel Fax 0795-76-2335
                  http://www.tanbananba.com/

2006年12月10日

チャーに見つめられると

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午後のおやつタイム。今日は熱い日本茶にアンパン。
いつもだとカメラを向けると魂を吸い取られると思っているのか、怖い形相で吠えまくるチャーです。が食べ物を前にするとカメラは眼中になく従順な瞳で、僕にもちょうだいよと訴えかけてきます。この潤んだ瞳に負けて少しおすそ分け。そんな風に甘やかし続けて、彼はビーグルなのに20キロオーバー。チャー恐怖のオタニ動物病院に連れて行くたびに、太りすぎを指摘されます。

彼は9ヶ月で金玉取ったので発情しなくて、食欲のみのオス犬になったはずなのに、このところ普段より興奮気味。発情したオス犬のようによく吠えます。
お店にお客様が来店するたびに吠えて、商売の邪魔をするし、散歩中はみっともないほど鼻を地面に擦り付けながら匂いを嗅ぎます。しつけという経験をしないまま8年の月日が過ぎて行きました。

夜 ハミが帰った後、マセラティを不運な事故で全損となり、その後も懲りずにアルファ147GTAを購入したイタ車病のY氏が来られて、怪しい?企てを話している間も、このバカ犬チャーは吠え続ける。ほんとにうるさい。

Y氏にプロジュースしてもらって、ル・ボナーのために日本で初めてのモノを作るべく行動を起こしてもらってます(私は日本で初めてが好きなのです)。儲からないのに面白そうだからと参加していただいた金属加工会社の社長さんや、最高のメッキ塗装をするため金属の表面の洗浄のための水にまでこだわっている職人さんなどに参加していただきこの企ては現在進行形。形になったらこのブログで伝えます。面白いですよー。

そんな大事なお話をY氏としている間ずーとチャーは吠え続けている。落ち着いて話せない。なんとか吠えさせない方法はないかと考えて、、、、ありました。
お菓子をチャーの目の前に置いて待てと言えばいいのだ。彼は食べ物の前では従順であった事を忘れていた。

2006年12月14日

半年に1度の神戸堂

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今日は木曜日。ほんとなら休日なんだけれど、午前中は雑用で三宮に行き、午後からは待ち合わせている人がいるので5時まではお店を開けて仕事をしています。5時からは囲碁倶楽部の納会がシェラトンホテルであります。私は倶楽部の幹事をしているので大忙し。今回のシーズンは初めて私が優勝しました。初段まであと4回勝ちが上回ればなれます。がんばらねば。

半年に一度、私は神戸堂で帽子を購入します。訪れるのは、夏にメッシュのベレー帽を購入して以来です。同じはげちゃびんのF氏がボルサリーノのストローハットを神戸堂で買って、毎週のように見せびらかされ、私は羨望の眼差しでその帽子を見ていました。

今回神戸堂にて入手した帽子は、ボルサリーノのベレー帽。今まで毎年フランス製のベレー帽を買っていましたが、今回は少し奮発してボルサリーノ。優しい柔らかさで大満足。このかぶり心地を知ってしまうと来年も冬の帽子は、神戸堂でボルサリーノのベレー帽を買うのでしょう。

11月のイタリア旅行に行ったとき、ボルサリーノのお店にも行きました。被ってみるのですが何か違和感を感じるのです。帽子が私のはげ頭にしっくりこないのです。そのため買わずに帰りました。
神戸堂で同じボルサリーノを被ってみるとしっくりきます。やはり私は神戸堂です。
神戸を代表する老舗の帽子専門店、神戸堂は私にとって必需品の帽子を、居心地の良い接客で、安心というおまけ付きで提供していただける。

神戸の街を歩くと他の都市より、上等な帽子を被った老紳士を多く見るように思う。
神戸堂はそんな神戸人と、二人三脚で存在する帽子屋さん。神戸堂の老紳士二人は帽子学の素晴らしい先生。私は半年に一度訪れるのが楽しみです。

その時、杉本酒販でシガリロをまとめ買い。イタリア旅行の時まとめて買ったダビドフのシガリロが底をつき、今回はダビドフのB品のジノのシガリロ。ダビドフのシガリロを吸っていると、ジノは風味、味とも劣る。
しかし日本で買うと、ダビドフ2800円に対してジノは1000円。コストパフォーマンスはジノ。1日5本程度の喫煙ならばダビドフでもいいのだけれど。今の状況ではまだまだ。

神戸はおじさんにとって、居心地のよい街です。

2007年01月02日

ボルサリーノの中折れ帽

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今日は雨の中、親父の墓参りを決行。
雨天のドライブは色々なアクシデントを発生させてきた68年式ビートルなので、少し不安を感じつつ出発。大人4人と1匹にはビーちゃんは狭くてぎゅうぎゅう。アクセルも吹かし気味。ワイパーもキーキー鳴っている。
墓参りの帰りに姉の家でお食事。姉は料理名人で美味しく頂きました。
チャーも図々しく一緒に着座して、物欲しそうに料理を見つめています。こら!チャー、よだれがぁー。

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帰路途中、神戸堂に。
息子は名古屋で森林水文学という、私にはチンプンカンプンな学問の研究をしていて、やっとお給料がいただける身になりました。レトロ趣味のそんな息子が欲しかったのが中折れ帽。中折れ帽を買うのであれば、やはり神戸堂でしょう。
いつものように老紳士二人に出迎えられて、中折れ帽をかぶってみます。同じ品でも被った感じが微妙に違うのです。息子が選んだ帽子は、ボルサリーノのうさぎのフェルトのもの。イギリスの中折れ帽に比べてソフトできめ細かな肌触り。息子の安給料には負担が大きいけれど、妥協せずに気に入ったモノを買った方が、大事にするし、かけがいのないモノとなる。
正月早々、良いお買い物に付き添いました。まだ20代だのに鉄道と温泉を愛するおじさん臭い息子です。
ちなみに、娘はゴスロリファッションが大好きです。これには私はついていけないのであります。

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帰途雨が上がり、大渋滞を突破しスムーズに走り出したかと思いきや、走行中の車内をキーンという異音がし始めました。アクセル、クラッチ、ブレーキ、ハンドルに異質な感覚はないし、途中止めて下回りをチェックしても変なところは見当たらない。
我が家に辿り着くまでそのキーンという異音は続き、その音にあわせるようにチャーが吠え続け、もう大変なドライブ。ビーちゃんの主治医、西土居モータースの古川さんに見てもらわないと。あっそうだ、今古川さんは長期休暇中。古川さんが仕事再開するまでビーちゃんはお休みさせておきます。古い車はやはり世話がかかります。可愛いけれど。

2007年01月06日

神戸人 N氏のブルー

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里帰りしていたN氏が、注文されていたブルー色のブッテーロに黄色のステッチをきかせた太ダレスを受け取りに来られました。
神戸生まれのN氏は、東京の虎ノ門で働く神戸人。神戸を愛するN氏は、色を愛する。
N氏の色は中年チョイ悪風なブルー。イタリアンブルーです。
時計はお祖父さんが使っていた初期型のグランドセイコー。それにブルーのクロコの時計ベルト。現行のGSの手巻きより良い感じ。それにブルーのクロコで合わせるのが神戸風?。
万年筆はブルーのアウロラ。これはフルハルターの森山さんにペン先調整してもらった1品。書き味なめらか、インクはパステルブルー。
それにブルーのル・ボナーの太ダレスが加わります。大変満足していただいて私もニコニコ。
そんなN氏の選択に私も共感します。ちなみにN氏の愛車はブルーのプジョーだそうです。


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お土産にダビゾフのNO2の葉巻を2本。私にとって何よりのプレゼント。1本の葉巻で1時間ほどの至福の時を過ごせます。ゆったりした心持の時楽しみたいと思います。
葉巻とモルトウイスキーの香りを愛するN氏はその後、神戸に帰神すると必ず訪れるバー バランザックへ。2日連チャンでの訪問のようです。

2007年01月10日

TANBA NANBA のホームページオープン

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本棚を作っていただいた若き家具職人難波さんのホームページがオープンしました。
難波さんのホームページを見ながら、私達の注文した本棚はこんな感じの仕事場で作られただぁーと思いつつ、我が家のリビングに鎮座するこの家具への愛情が今まで以上に深まってきます。私達は難波さんに作っていただいたこの本棚を大変気に入っております。

1点1点作るモノ作りは魅力的であり楽しい。でも大変です。
工芸品と世の中の人が認めたモノ以外のモノ作りは労働に見合わない。それでもその仕事を愛しているから続ける。家具の場合、多くの量産品は合板と補強金具で組上げられていて、それでいながら見栄えは良くて高い値段で売っていたりする。そういったモノたちに私は愛情を持てないのです。

切磋琢磨して難波さんの個性と技術を注ぎ込んだ家具を作り続けて欲しいです。
お金が貯まったら、次は食テーブルと椅子をお願いしようとハミと話しています。
誤魔化していないモノたちが私達は好きです。誠意を感じるモノが好きです。
そういったモノを作っていきたいし、そういったモノに包まれていたい。

多量生産大量消費の現在社会の経済システムから少し距離を置いた、独立系の職人たちが作り出すモノは、非効率だけれどかけがいがないと私は思うのです。

2007年01月11日

ライターN氏の突然の訪問

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ライターのN氏が今1番気に入っているマサズ・パスタイムで組んでもらった時計

私の時計学の先生、ライターのN氏が突然来店。
今回は知り合いの吉田スーツさんの仕入れに同行して、2人で来ていただきました。
そのためか、初めて見るスーツ姿での来店。ただお二人供ちょいと個性的なスーツです。

ライターのN氏のコレクターぶりは多岐にわたります。時計の100~200個は仕事を理由に許される範囲?だし収納スペースをそんなに必要としない。カメラ、シャープペンその他小物も同様。問題はギターです。100本ほどのギターが部屋を占領しているそうです。
このコレクターぶりはやはり病気と言わざるおえません。

ライターのN氏は、街の片隅で眠っている価値あるモノを、その価値を知らずに安く売っているお店を見つけ出し購入することに喜びを感じる人です。
両国の洋服屋、神田須田町の靴屋、四谷の文房具屋、青山の帽子屋。デッドストックの名品の格安モノが店の片隅に眠っているそうです。次回の東京出張の時には、お宝探索ツアーに私を招待してくれるそうです。楽しみです。

N氏がよく行く、新宿の楽器屋さんに9800円均一で沢山のギターが山積みで売られていたそうです。その中に何本かの名品も一緒にあり、価値の分かる私が買ってあげないと可哀相と思い、5本も一度に購入。奥様に呆れられながら。
そのお店での価値ありながら安売りされていたギターの最安値購入価格は3500円だそうです。ハードケース付き。

N氏は万年筆にはそんなに興味がないと言いながら、聞いてみると数十本はお持ちのようで、その中には私が欲しいモンブランのヘミングウェイも未使用で持っておられて、困ったものです。
元来持っていた私のモノ好きの虫がくすぶり始めています。危ない危ない。


2007年01月17日

神戸に来て14年

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私達が東京から神戸に来て14年になります。
今日で、阪神淡路大震災から12年目になります。あの出来事は決して忘れない。多くの人が傷つき、心も傷ついた経験を共有した日々は、故郷を持たなかった私達夫婦が、神戸という地を終の棲家と考えたきっかけでもありました。たまたま私達家族は全員無事でしたが、もし半年前まで住んでいた芦屋の長屋に居たら無事ではすまなかったと思います。1月17日の日は、朝起きると黙祷します。

神戸の街の良さは全てがコンパクトに収まっていることだと、神戸を愛する人は言います。
馴染みの物販のお店も、三宮を中心とした繁華街に集中していて徒歩で回れる範囲。飲食のお店のレベルも高く、安くて美味しいお店が多い。港は身近に感じられて、海水浴場も市内にある。自然もすぐ近くに六甲山があり、お金持ちの場合、自宅から20~30分車を走らせたところに、自然いっぱいの別荘を持つ事ができるのです。
そんなコンパクトな街を、少し距離をおいて接することのできる六甲アイランドは、私達には神戸を好きになるのに良いバランス。

神戸は震災で多くの古い建物が壊れ、神戸らしい味わいを残した街並みは少なくなったけれど、神戸を愛する人々と、神戸らしいお店が、神戸を彩る。新しくなった街並みの路地裏に、ハイカラ好きの神戸人とエトランゼが作り出した文化が今も脈々と続いている。
そんな神戸が大好きです。私達はそんな神戸で年老いてゆきます。


2007年01月19日

大和出版印刷がおもしろい

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ル・ボナーのホームページを作ってくれている大和出版印刷は、若い社員の才能を生かして、ここのところ色々な新しい試みをしています。
その一つがノートその他紙製品。長年の印刷技術と紙の知識と若い社員のセンスで、一味違う紙製品を生み出そうとしています。
ダイアリーノートも、去年いただいたモノとは中身が全然違いデザインされています。使いやすいかどうかはこれからの検討課題ですが、楽しくなる美しくデザインされた1ページ1ページ。手がかかっています。
メモ帳もロディアを意識はしているけれど、その域を越えようと苦心していて、あともう少し。
煮詰め込んでKOBEメイドの特別なメモ帳が生まれる予感。
ル・ボナーの新年の年始に配るために作った卓上カレンダーは神戸の石屋さんに頼んで黒御影石を削って作ってもらったスタンドにシンプルなカレンダー。センス良くデザインされていて特別な感じ。

新しい試みをつづけ、見ていて楽しい会社。私はそんな大和出版印刷に関わりながら、楽しく無責任に遊ばせていただきます。

今年も印刷技術を競うコンクールにル・ボナーのカバンのポスターで出品します。去年は無欲で審査員特別賞を受賞しました。今年は欲いっぱいでの出品。はたして、、、、。

フラソリティー バイ ル・ボナープロジェクトの原稿の催促が大和の若い担当者からメール。
ホームページのシステムとデザイン、構成は大和さんのセンスに任しているけれど、中の文章は私の仕事。夜な夜なライター気分。
大和出版印刷の社内では、KOBEメイドのショッピングモールを作る計画があり、私達のフラソリティー バイ ル・ボナーはその挑戦のファーストモデルです。
誤魔化しのないほんまもんが好きやが若社長の思い。
是非成功させたいフラソリティー バイ ル・ボナープロジェクトです。今年のル・ボナーの最も大事な企画です。それだけに、あせらず万全の状態でスタートを切りたい。

一つの目的のために多くの人が力をあわせて作り上げる日々は、紆余曲折あるけれど大好きです。そんな関わりを繰り返し、何度も失敗している私ですが、文化祭好きの私の性分は死ぬまで直らないようです。だって面白いんだもの。

2007年01月25日

1月25日の休日

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今日はル・ボナーはお休み。休日恒例のハミとチャーとの散歩。
今年の冬は耳が痛くなるほどの寒さはまだ一度も味わっていない。今日も風がなくて良い天気。日向ぼっこをしながら、ル・ボナーの今年の方針の2者と1匹会談?。

その後私は行かなければいけない所があり、ハミとチャーをお店に残し、1月2日以来久しぶりにビーちゃんのエンジンを始動。走り出しても、あの恐怖の異音はしません。あの時の異音はなんだったのか。
実は私の必需品シガリロがきれてしまっていたので、杉本酒販にまとめ買いに行ったのであります。ついでに元町商店街にある帽子屋さんが店じまいセールをしていることを、常連客のF夫妻に聞いていたので、帽子好きの私が行かないで済ませるわけにはいかないのであります。

その前に、マイ散髪屋さんに決定した六甲道の2号線沿いにあるサン・バーバーに。
同じビートルに乗っていることで、初めて訪れた時から楽しい時間を過ごせました。今日も予約なしで突然訪れたのですが、すっきり。剥げている私はバリカンを購入すれば、散髪屋さんに行く必要はないと言えばないのですが、カミソリでヒゲをそっていただく時、任せられる安心感が気持良いので、月に1度は行きたいのであります。

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その後、杉本酒販でジノを10箱買って、店じまいセールをしている帽子屋さんに。
買ってしまいました。チョコレート色の中折れはウールフェルトですが2000円です。ツイードのハンチングはボルサリーノ製で4500円。買わないわけにはいきません。
問題は兎毛のフェルトの中折れ。イギリス製で綺麗な帽子。デパートで買えば3~4万円以上はする品が7500円。しかし小さいサイズしかなくて被れない。でも諦めきれない。
ハミならぴったしサイズのはずと勝手に判断して、私の趣向の押し売り決定。ハイ、プレゼントとハミに手渡しましたが、私には似合わないと拒絶されてしまいました。うーん、まいったなぁ~。

少し寄り道して、元町高架下商店街を覗いてきました。三ノ宮の高架下は震災後綺麗になってしまったけれど、モトコウ(元町高架下商店街を地元民はそう呼ぶ)は神戸らしい怪しさを今も残す私好みの場所です。何軒かのアンティーク時計屋さんを冷やかしてきましたが、初期型のGSが目に止まりました。値段は12万。少し悩みましたが、良し悪しを冷静に判断することが出来ない怪しさがモトコウにはあるのです。やめました。

2007年01月31日

鳥取へ

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特急はくと5号で鳥取へ。神戸から鳥取まで特急はくとだと2時間ちょっとで着いてしまいます。案外近いのであります。駅弁を食べながらうとうとしていたら、鳥取にあっという間に到着。鳥取は子供の頃、親父が家族旅行で鳥取砂丘に連れて来てくれた時以来です。
24時間睡眠なしの一日がスタートを切りました。

今回の鳥取行きは”万年筆の達人”の古山画伯が、鳥取のハンドメイド万年筆で有名な万年筆屋さんの”万年筆博士”の社長さんが革製品に興味を持っているので、是非行くべきだから私と一緒に行きましょうという誘いに乗った次第であります。商談?のための鳥取行きなのであります。

鳥取駅で古山画伯と合流して、万年筆の聖地”万年筆博士”へ。
古山画伯ともう一人、万年筆関連の革小物の製作では、知る人ぞ知るTAKUYA君が東京から参加。TAKUYA君とは初めて会ったのに、旧知の友のように不思議なほど自然。

”万年筆博士”は山陰の地方都市の商店街の中で、独特の存在感を醸し出すお店です。
店内の片隅の工房では、万年筆職人の田中晴美さんが無言の存在感をかもしだしながら轆轤(ろくろ)で万年筆の胴を削っています。田中さんは中屋万年筆の松原さんと双璧の日本を代表する轆轤職人です。轆轤で万年筆の胴を削るのは日本独特のもので、大部分の万年筆は旋盤で胴を削ります。私とTAKUYA君は田中さんの熟練の技術に見入ってしまいました。

田中さんが作り出すかけがいのないハンドメイド万年筆、1本は持っていたい。
私だったら、ニュージェードグリーンのセルロイドとオランダ水牛のコンビがいい。

万年筆博士で、田中さんとお話をしたかったけれど、仕事に集中していて話せなくて残念。でも新しい出会いと未知の世界に触れる充実した時間を過ごした後、鳥取の民芸運動の指導者、吉田璋也のコレクションを集めた鳥取民芸美術館に立ち寄った後、夜のカニ三昧の宴会にそなえて、今夜泊まる宿の温泉に入ってしばしの休息。鳥取市内に温泉が沸いています。知らなかった。


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鳥取港近くで新鮮なカニを食べて飲んで充分満足して、古山先生ごちそうさまでした。
宿に戻り、古山画伯はそのままおやすみなさい。私とTAKUYA君は革製品談議。
彼の作る革小物は丁寧な仕事の品で、好感を感じます。話しは盛り上がり、翌日の朝を迎えました。眠気を吹き飛ばすため朝風呂に入ったのですが、出てから気持ちよくて逆に眠気が増してくる。いけない、いけない。
初夏を迎える頃には、ル・ボナーにもTAKUYA君の作る手縫いの革小物が並びます。関西では初めてお目見えすることになります。

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是非、見せたいモノがあるからという古山画伯の案内で、智頭で途中下車して石谷家住宅を見学することになりました。
古山画伯が見せたいというだけに、ほんとに素晴らしい日本家屋。映画の”犬神家の一族”はここでロケをしたのではないかと思ってしまう地方の資産家の住宅です。
ここの持ち主が、万年筆博士の社長と知り合いで、そのよしみで去年はこの住宅の大広間を使って万年筆サミットなる会合を開いたんだそうです。素晴らしい趣味人たち。
個人住宅の庭とは思えない、素晴らしい庭を見ながら縁側でコーヒーを頂いていると、あまりの気持良さに、TAKUYA君と私は昨夜のオールナイトの会談のため眠気が襲ってくる。

石谷家以外の町屋も素晴らしい智頭の街並みを散策し、鳥取を後にしました。
車中の昼食は、私以外の二人はカンチュウハイと豆の詰め合わせ。私はコーヒーと柿ピー。TAKUYA君が夢の中を彷徨っている間、古山画伯と私は、TAKUYA君の爽やかな好青年の表の顔に隠された、悪魔の裏の顔について語り合っておりました。嘘です。

昼過ぎにはル・ボナーに戻っていた私なのですが、強烈な眠気が襲ってくる。もういい年なのに、自分をコントロールできない。店を8時まで頑張った後、家に戻って爆睡。

田中晴美さんの仕事をする姿が心に残る。黙々と確実な丁寧な仕事。
名声も、それをマネージメントすることも、職人には関係がない。目の前の仕事に向き合うことがすべて。今度会うときはお話がしたいなぁ。

2007年02月18日

ディープなワンダーランド、 モトコー

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元町高架下商店街(通称 モトコー)は今でも怪しげなメリケン神戸の風情を残す数少ない商店街です。
古着屋さんや中古のモノを売るお店が多く、粗大ゴミを拾ってきて売っているのではないかと思うようなお店もあって、掘り出しものがありそうな気配と酷いものをつかまされる気配がごちゃ混ぜになった一種異様な空気をかもしだすショッピングアーケードです。

錠前プロジェクトをプロデュースしていただいた、屈折したアルファ好きのY氏はイタリアちょい悪おやじ風ではなく、ちょい悪まっしぐらのお方です。
旧居留地のレトロなビルヂィングに事務所を構え、日々元町に行っているのに、モトコーには今まで足を運んだことがなかった神戸人でした。
そんなY氏が始めて、仕事の合間にモトコウを訪れました。

Y氏は古着屋に架かっている革ジャンパーがきになりました。馴染んでヤレた感じが良い感じ。
今風のファッションに身を固めた若い店員さんの説明では、この革ジャンはドルガバ (ドルチェ&ガッバーナの事らしい) の下請け工場がイタリアのミラノにあって、そこで作られた革ジャンで、ブランド名はMILANO。非常に説得力のないセールストーク。ブランド名がMILANOが怪しすぎる。でもよく見てみるとゴートスキンと記してあるし、メイド イン イタリーと書いてある。
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このデザインと革質が気に入っていれば、安ければ店員さんの説明はさておいて買いかとY氏は判断し、17,000円という充分安い値段を、ドスの効いた大阪弁で値切り交渉。
店員さんはいいっすョと言いながらはじき出した値段は7500円。安すぎる、最初の値段はなんだったといいうのかぁ~。

Y氏はこのMILANOの革ジャンが気に入ってしまい、アルファ147GTAに乗る時にはこの革ジャン。イタリアちょい悪おやじへまっしぐら。

私もモトコーで中古のアンプを買ったことがあります。
その中古家電店は洗濯機から高級オーディオまで色々あって、その頃中学生だった息子がオーディオアンプが欲しいというので買いに行きました。音を聞きたいからスピーカーにつないで聴いてみたいと店主に頼むと、大部分のお客さんは音なんて聴かずに買ってゆく船乗りさんが多いから面倒臭いとぶつぶつ不満そう。大部分のアンプがボリュームのつまみを回すとガーという音がする不良品。そんな中ガーと言わないアンプを3000円で買ったことがあります。今はもう我が家にないけれど。

モトコーは面白い商店街です。神戸のディープなワンダーランドに是非一度訪れてみてください。また訪れてみたいと思う、モトコーパラノイアにはまってしまう人と、2度と行きたくないと思う人に2分されると思います。濃いですよぉ~。

2007年02月24日

ボーラーハットを買ってしまいました。

東京出張の二日目はフリータイム。前の日の夜古山画伯に、是非フルハルターに行くべきだと言われておりました。イリジュウムの大粒を付けたペン先をパイロットに特注し、いかようにもペン先の研ぎ上げの達人が仕上げてくれる森山スペシャルが今なら3万円で手に入れることができますぞと誘惑する。今までこの口調にのって私のマイ万年筆は数を増やしてきました。今回も非常に魅力的なお言葉ではあったけれど初心貫徹、私は青山学園前の帽子のYAMADAへ。

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私はボーラーハットに昔から憧れていた。文学少年だった私は、宮沢賢治や中原中也が被っていた帽子が大好きで、いつか被ってみたいと思っていました。あの時から35年、その思いは消えずに持ち続けてはいたのだけれど、なかなか手に入れる機会に恵まれなかった。

神戸堂でも購入することはできるのですが、取り寄せなので躊躇していました。帽子は同じような形でも自分の頭の形に合わない時があるので、実際に何個かを被って比べて選びたいのです。
そんな時、ライターのN氏が帽子のYAMADAであればボーラーハットを常時何種類も置いてあると教えていただいた。N氏は帽子には興味がないと思っていたら、ボーラーハットも数個お持ちだそうで、N氏の広範なモノ好き恐るべし。
本当だったらライターのN氏主催の東京お宝探索ツアーの中の一軒として行くはずだったのですが、私の東京出張が予定より遅くなってしまい、連絡したらN氏はドイツ取材中。

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ボーラーハットはアメリカではダービーハットといい、日本では山高帽と言います。戦前の日本ではよく見かけた帽子ですが、現在ではあまり見かけなくなりました。
帽子のYAMADAには何種類かのボーダーハットが置いてあり、やはりウサギの毛のフェルトをバーナーで焼き固めた本格派が気に入りました。ただ本場イギリス製は日本人の頭の形に合わないようで、選んだのはイタリア製。まずはオーソドックスなブラック。

被って鏡でその姿を見ると、間違いなく違和感を感じる。元々正装の時被る帽子なので、カジュアルな服装しかしない私にはアンバランス。しかし帽子は被り続けることで、その人に馴染んでくると思い込んでる私は、冬場はこれからはこのボーダーハットでいきます。少し恥ずかしいのだけれど、周りのみんなは似合うと言ってくれるので、そのお世辞に気をよくして、名探偵ポワロになった気分で被り続けます。


2007年02月27日

久々のノックダウン

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自宅マンションのベランダからの風景

日曜日から体調が崩れ、夜には39度を記録。お店を早退して、翌日は午前中病院に行った以外はずーとベットで寝たきりの身。
風邪で休むなんて久しぶりです。今まで41度になった時は、熱に強い私でも参ってしまいましたが、39度程度だったら頑張れない事もないのですが、今体の中で戦ってくれて浄化しようとがんばってくれているのだから、休んでいなさいとハミに言われて、今日も休んでおります。

人間眠れるものなのですねぇ。お店を早退してから40時間ほどの大部分寝てました。
私は熱とか痛みに対して強く(鈍感)、風邪で仕事を休むのはいつ以来か思い出せません。去年、目まいが止まらずビックリしたけれど、それも普段元気なため未経験の症状だったゆえ。今日は熱も下がり仕事が出来る状態ではあるけれど、もう1日休んで万全の状態で明日から、がんばりまーす。

2007年03月02日

大和出版印刷が一等賞!!

いつも私の企てを面白がって一緒に真剣に遊んでいただける大和出版印刷の若社長と若きスタッフの皆さん。今年も一緒に進める面白い企てがいっぱい。
そんな大和出版印刷が一等賞を取りました。

去年、ル・ボナーのポスターで、審査員特別賞を得た印刷技術を競うコンクールで、今年は時計のポスターで金賞です。
今年の大和出版印刷のスタッフのこのコンクールへの取り組みは相当なものでした。
去年の受賞に気を良くして、今年はそれより上の賞を狙って徹夜もいとわず作り上げた汗と涙?の集大成です。
大手印刷会社が、コンピューターを駆使して作るポスターの中、大和出版印刷は素朴に撮影技術と高度な印刷技術で勝負しました。小手先に走らず、本道で勝負して金賞という一等賞の栄冠を得た訳です。

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私は今回のコンクールで金賞に輝いた大和出版印刷の皆さんに心からのおめでとうを言います。
ビジネスは技術力を提供する仕事でも、その技術力の良し悪しとは関係ないところで成否が決まることが多々あります。儲かる儲からないという部分はそうでも、技術に対する純粋な向上心は本当の豊かさを得ることができます。お金では手に入れられない職人(技術者)のアイデンティティー。高みに導いてくれる道しるべ。

大和出版印刷は技術力というアイデンティティーを大事に内に秘め、若い才能を伸ばしながら、印刷業界の中、独立独歩輝いています。

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それにしてもポスターの題材は、若社長の趣味そのもの。来年は靴のポスターで防衛戦か?。
今回ル・ボナーのポスターも、黒の中の黒というイメージで社長一押しで出品したのですが、残念ながら選外でした。
今年中に黒色の革で、凄いカバンを作るので、そのカバンで来年のコンクールも黒の中の黒で再挑戦していただきたいと思っています。若社長と私のリベンジです。

今年は、これから大和出版印刷の皆とやらなければいけないプロジェクトが続きます。
一緒に力合わせて、良い結果を出してゆきたい。楽しく真剣に。

2007年03月08日

久々ハミとお買い物

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今日は完全休養日。久々にハミと二人でお買い物。
我が家では、この過保護でどうしょうもない甘えん坊犬にしてしまった迷犬チャーが居るために色々な制約を受けます。チャーを一匹だけ家に残して外出するというのは、何度か挑戦しようとしましたが、あまりに切なく遠くまで響き渡る鳴き声に負けて、この8年出来ないまま時が過ぎて行きました。
今回は娘が居たので、先に散歩に連れ出してもらっている間に出てゆくという小細工を弄して、近所のショッピングセンターへほんとに久々の夫婦二人でのお買い物です。やれやれ。

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私たち夫婦ほど一緒に居る時間の長い夫婦も少ないと思うけれど、それでも私は本当はイタリア旅行にしても、出張にしても一緒に行けるものなら行きたいのだけれど、チャーを筆頭に諸事情が許してくれない。ハミはそんな風には考えていないようだけれど。
だから、ちょっとしたこんな二人でのお買い物も私はワクワクニコニコ。

今回は外反母趾のハミの足でも痛くないスニーカー購入が一番の目的。ドイツ製の足に優しい靴を購入するまでのあいだ、我慢しなくても気持良く履けるスニーカーを求めて出発。
私はスニーカーが好きです。靴以外はイギリス紳士風が好きだのに、靴だけはいつもスニーカー。どう考えてもアンバランスなのだけれど、フランス製のアディダスカントリーを履いて以来、これだけは変えれない。冠婚葬祭の時も、出来れば黒のスニーカーが履きたい。

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そんな私が選んだ、足に優しいスニーカーはアディダスカントリー。このスニーカーは女性が履くと特に可愛いのです。それに指先に余裕があって楽なスニーカーです。
私が長きに渡って履き続けていたのに、ハミは今まで一度も履いたことがなかったのです。
外反母趾でも、ほどほどグリップしている方が楽なはずです。

あれ、タイタンがあるじゃないですか。それも私の足にぴったし。
ヌバック革で出来ているこのタイタンというスニーカーが前々から欲しかったのです。それも7000円です。ハミのスニーカーを買いにきたのに、ハミの買ったモノより高い買い物になってしまいました。

途中寄った堀萬昭堂(文房具屋さん)で、ウィスキーを熟成させた後の樽の木で作ったシャープペンシルが目に止まりました。良い風合いだったので買うことにしました。
その後、スーパーで食材をのんびり色々購入。

なんでもない買い物だけれど、楽しい時間でした。いつもは私かハミのどちらかが車でチャーと居て、あわただしい買い物となってしまうのですが、今日はのんびり買い物を楽しめました。

帰ってチャーの様子を娘に聴くと、始めは玄関でキュンキュン切ない鳴き声を出していたけれど、途中から諦めてふて寝していたとのこと。娘が居てくれたら短い時間の夫婦二人での外出は大丈夫そうです。今日のチャーは、昨夜お風呂での大格闘の末思い切り洗ったので、毛がサラサラで臭くなーい。

2007年03月13日

いつもゴチャゴチャの仕事机

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私はいつも出歩いているわけではありません。多くの時間をこの仕事机の前で過ごしています。従業員は二人だけの製造直売の零細企業のかばん屋なので、カバン作りがメインであるのは当たり前なのだけれど、接客や事務処理など雑多な仕事も多くて、工房はいつもゴチャゴチャ。出したものは使った後はすぐかたづければいいのだけれど、几帳面ではない私たち二人の仕事場、特に仕事机は積み上げられた書類や革でいっぱい。
でもそんな仕事場だけれど、一番居心地の良い場所。

夜になるとル・ボナーのショップの灯りだけがポツンと目立つ、野中の一軒家のような状態になってしまっているショッピングモールで人影も少なく、時々不安にはなるのだけれど、居心地良いからまあいいかぁ~。
日曜日は記録的にお客様が来店されて、伝票を見ると10人以上のお客様に買っていただいて、ル・ボナーとしては凄いことです。ほんとうにありがたい接客三昧の日曜日でした。

平日はカバン作り頑張らないと。今シャークスキンのブリーフケースを作っています。
年に一個必ずオーダーしてゆく10年以上のお付き合いになる顧客の方の注文品ですが、半年以上納期が遅れちゃっています。頑張らねば。あっ、その前に太ダレスの修理をしなくてはいけません。14年もこの地でカバン作りを続けていると、修理のない月はありません。今回はダレスのトップの枠に巻いた革が擦れて破れたので、その交換です。
トップは手縫いしているので、交換修理も時間を要します。本体の革が死んじゃわなければ、あとは修理可能です。少しお金はかかるけれど。

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シャークという革は、エレファントに似た経年変化をする革です。エレファントが一時ワシントン条約の関係で使えなくなって、その代替として使い始めました。
シャークの問題点は幅がなくてブリーフなどのサイズの場合、縫い繋がないと本体の盤面をとる事ができません。その上暴れん坊のシャークなので傷が多い革で、非常に無駄が出ます。一つのブリーフケースを作るのに約3倍のシャーク革が必要になります。
シャーク革は、表皮を擦ってヌバック状態にしたものを使う事が多いのですが、今回は擦らずに吟面を残したままのシャーク革を使って作ります。薄い革なので、質感を出す工夫が必要です。結構好きな革です。良いカバンに仕上げないと。

もう時効だと思うので言ってしまいますが、2週間ほど前の39度の熱で仕事を三日間休んだ病名はインフルエンザだったのです。お客様にうつってはいけないからと、自宅で軟禁状態。家族やお客様でインフルエンザになった人はいなかったようで良かった、良かった。
今話題のタミフルを飲んで早期に回復しましたが、異常行動はしなかったと思いま~す。


2007年03月15日

ハミさんの書いた葉書

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ハミは昔からの友達と葉書のやりとりをしています。書いた葉書をこそっと撮りました。
ハミらしい可愛い絵です。私はそんな、ハミの描く絵が大好きです。
50過ぎの少し老人性痴呆がでてきたオバサンですが、描く絵はこんな感じ。私がランドセルを背負ったオヤジなら、ハミはこの絵のままのオバサンです。

私はハミが天才であると思っております。何の天才であるかは定かではないですが、感受性はぴか一です。私と一緒になったために、この30年経済苦の連続。それでも感受性は失わず、ハミの作るカバンは豊かな表情を見せます。私の作るカバンが、鞄の歴史やセオリーに起因して想像するのに対して、ハミは頭に浮かんだ、自分が持ちたいと思う鞄を自由気ままに作ります。自分が持ちたいと思わない鞄は全然作れません。

私はこの30年以上の鞄職人としての人生の中で、多くの人と出会い技術的な刺激を受けながら鞄作りは変わってきました。それに比べハミは多くの人と知り合いながらも、基本的には全然変わっていなくて昔出会った頃の感性のままで、今も鞄作りをしています。驚異的な頑固さです。
私が一番影響を受けたのは、そんなハミからであることにこの頃気づきました。悔しいけれど。
 
カラフルで内縫いのソフトなカバンがル・ボナーに多いのはハミの存在が大きい。私だけがカバンを作っていたら、ル・ボナーの商品構成は全然違ったものになっているでしょう。
柔らかな発想のモノ作りがル・ボナーの大きな特徴だと思うのですが、男は経験や知識に固執したモノ作りをする。自由に作れた方が楽しいはずなのに。

私たち夫婦は今年で30年目を迎えます。真珠婚式です。
ランドセルを背負ったオヤジと呼ばれる私と一緒になったことで、右往左往しながら30年の歳月が過ぎてゆきました。私にとっては最善の選択であったけれど、ハミにとっては最悪の選択かもしれなかったけれど、これからも二人で生きてゆくのでしょう。

私は娘からも田舎育ちのお坊ちゃんと揶揄されるように、仕事だけで、家事や子育ては全てハミまかせできた駄目夫です。ハミはこの30年の間、そんな私の行いを諭し続け、少しは私もまっしになりましたが、まだまだ人並みではありません。
夫婦の後半戦が始まります。これからも末永くお願いします。

2007年03月16日

本パナマの帽子

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昨日はお店がお休みだったので、ハミとチャーと一緒にビーちゃんに乗って神戸元町の繁華街にお買い物。小雨まじりのハーバーハイウェイを68年式ビートルは快調に走る。
もうしばらくしたらアルファロメオに代替わりすると思っているのは、我が家で私だけなのだろうか。

最大の目的は私の夏用の帽子。
一ヶ月ほど前にフェルトの中折れ帽とハンチングを安く購入したイートンズへ。
店じまいするので、現在在庫を売り切っているところ。良い帽子が一杯あるのにお店がなくなってしまうのは残念なことだけれど、帽子好きの人間にとっては今がチャンス。気に入った帽子があれば今のうちにまとめ買いしておかないと。

夏物の帽子もお店に並び出したことは、神戸通のF夫妻から聞いていたのですが、東京出張の時に憧れのボウラーハットを買ったばかりだったので、行くのを躊躇しておりました。
しかし普通に本パナマのストローハットを買うと3~4万してしまいます。扱いが乱暴だとすぐ破れてしまうストローハットをその値段を出して購入するのはずーっと躊躇っていたのだけれど、やはり夏の帽子は本パナマのストローハット。今買うしかありません。

ストローハットは子供の頃被った麦わら帽子と変わらない感じの物から、すこぶる上等な物まで色々ありますが、本パナマの素材を使うかどうかで大きく違います。
イートンズに行くと、本パナマのストローハットが一杯あります。それも安い。しかしお店にストローハットが並び出してから、時が過ぎたためサイズのあう帽子が少なくなってしまっています。その中からサイズが合う本パナマのストローハットを二つ買いました。ついでにイタリアに行った時なくしてしまったメッシュのベレー帽を2点。
白いイタリア製が8,925円、本パナマだけれどベージュの日本製のが5,250円、それとベレーが2,888円でした。この値段ではなかなか買えません。

数年前に亡くなられた神戸の老舗の不動産会社の会長さんは、正に神戸人らしいお洒落な老紳士でした。細身で長身で、夏にはグレーの麻のスーツにグレーのパナマ帽を被ったお姿を思い出します。私は背が低く太ってしまっているので、まず無理だぁ~。

その後、念願の”ぼんてん”で餃子を買いました。神戸B級グルメを自認する多く人が、神戸一うまい餃子専門店と言うお店。食べたいと思っていたのだけれど、開店が午後1時というのがネックでなかなか食べる機会がなかったのですが、やっと食すことが出来ました。
チャーがいるためお店では食べられなくて、二人前だけ焼いてもらって車に戻って食べて、残り10人前は焼いていないのを家に持ち帰り晩御飯で食べました。
ル・ボナーに集う神戸B級グルメの皆様がおっしゃる通り、美味しかったで~す。

2007年03月29日

N若夫婦の決断

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時々顔を見せていただくN若夫妻が飼っているビーグル君です。我が家の次男坊チャーと似ていて、特別な甘えん坊の迷犬で、2匹のビーグルの性格の類似点が有り過ぎて、Nご夫婦が来られるとその話で盛り上がります。もしかして兄弟なのかと思ってしまいますが、彼は14歳で赤の他犬です。

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Nご夫妻は、ル・ボナーに集まる多くのお客様同様モノ好きなご夫婦です。そんなNご夫妻がル・ボナーに久しく来られていないと思ったら、夫婦の静かなモノ好き人生を覆す一大決心を、ご主人がしてしまったのであります。

Nご主人は10年弱勤めた安定した公務員生活にピリオドをうち、家具職人になるため飛騨高山の学校に出発するのです。2年間は別々での生活です。
徒弟制度現代版のような2年間。先の保障は何もない。やる気次第です。

ここのところ、独立系のモノ作りの職人になりたいと思っている人たちに会う機会が多い。
そう望む人が多いことは、私にとって喜ばしいことです。作るという行為は、お金では買えない人間だけが得ることのできる素晴らしいこと。そのことで生活するには、苦しいことの方が多いと思うけれど、作るという行為が全てを許容出来るはずです。

明日飛騨高山に、理解ある奥様と甘えん坊のビーグル君を神戸に残して出発です。
数年