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独立系鞄職人の独り言 アーカイブ

2005年11月02日

エルメスという孤高の皮革ブランド

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エルメスは皮革製品を扱うブランドでは別格です。
私もエルメスを研究し多くの影響を受けました。素晴らしいところは多々あるけれど、すべてを認めているわけではありません。
エルメスは他メーカーと違い組み立て段階からは一人一人の職人に完成まで任すため職人の技量の差が製品にはっきり出てしまいます。
若い職人が最初に手がけるのがボーグレネクーシュベルという皮革のためか、作りがいまいちの製品を多く見受けられます。それに比べ貴重品革を使った製品は震えがくるほど素晴らしいものを見ることができます。
また、エルメスは自社製品は全て手縫いと謳っていますが、実は皮革製品の大部分がミシンと手縫いの併用で、オールミシンの物も少なくありません。総手縫いの物は貴重品革に見ることが出来ます。
私はエルメスの素晴らしい部分は、手縫いをしている事より麻糸で美しくミシンステッチをいれる事。厚みのある革では使いにくい、いせ込み技法を使って縫製している事。革の性格を知り尽くしたうえでの贅沢な裁断。そして皮革製品の高級の世界基準を確定したこと。
ル、ボナーはエルメスに多くを学び、影響を受けました。
今、エルメスを卒業し、ル、ボナーの個性を創造しようとしています。見守っていてください。

2005年11月04日

手縫いにつての私考

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鞄好きの人には手縫いの鞄に憧れる人が少なくなくおられます。
私なりに手縫いについての考えを記したいと思います。
手縫いは時計のトゥールビヨンという機構ににています。
懐中時計であった時代には画期的な機構であったトゥールビヨンも、腕時計全盛の現在では複雑な機構のため組上げれる職人が限られ手間がかかり、そのため時計好きの憧れとなっています。
手縫いも、進歩したミシンが出回っている現在、鞄が手縫いである必要はないのだけれど
手間のかかる作業で、手縫いをする職人が少なく希少価値として欲する人は少なくない。
手縫い鞄を私なりにコスト計算してみると、ブリーフケースで30万円前後の価格で作らないとあいません。10万円前後で手縫い鞄を売っていたとしたら、作り手が無理をしているか誤魔化したものだと思う。
私も一時、手縫いに夢中で取り組んだ事があります。その時出来た鞄にどうしても高い値段が付けれずに苦しんだことがありました。その時思ったんです。
妥協せずに手縫いするなら、妥協しない値段をつけるべきだと。その代わり注文したお客さまの満足できるレベルのものを誠心誠意追求する。
手縫いはミシンと違って、運針を二度するようなチェーンステッチになります。
手縫いは右上がりのステッチになり、ミシンは左上がりのステッチになります。
ミシンで右上がりのステッチを縫おうとすると、ミシンの構造上糸が擦れて切れてしまうのです。ただミシンでも菱目打ちをして丸針で縫えば、手縫いモドキになり、素人には判別しにくくなります。
手縫いのステッチは一寸6目、8目までは初心者でもほどほどのステッチが縫えますが、一寸10、11、12、13目と細かくなるにつれてテクニックと精度が必要になります。
テクニックと精度を上げるとステッチは鋭利なものになってゆきます。
菱目打ちの良し悪し、菱切りの研ぎ具合、糸の選択と蜜蝋の含み具合、メリケン針の太さすべてステッチに影響します。
今まででこの手縫いだけは真似出来ないと脱帽した手縫い鞄がありました。
それはエルメスの80年前ほどに作られた横幅60センチほどの大きなソフトトランクで一寸11目のステッチ幅を、その幅より太い麻糸で革、板を突き抜いて縫いきったもので、ステッチ幅と糸の太さのセオリーを無視し、それでありながらステッチは安定した角が鋭利な四角に近い菱形の連続。その手縫いの迫力は今も私の脳裏にしっかり刻まれています。
手縫いからは少し距離をおいている今の私ですが、手縫いをやめてしまったわけではありません。手縫いという作業は非常にワクワクする作業ですから。

2005年11月06日

ル、ボナーの内縫いの鞄

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ル、ボナーの内縫いの鞄の特徴は、鞄を正面から見た時、正面後面とマチとの間を仕切るタマブチが前を向いてマチが額縁のように縁にみえることです。一般的な内縫いの鞄の場合は正面、後面とマチの間45度の角度にタマブチが見え、正面から見るとマチがやせています。この違いは鞄を実際に比べて見たとき大きな違いがあると思っています。
私は15年ほど前に鞄ブランドの企画として型紙を起こし初期サンプルを作り工場と打ち合わせをする仕事をしていた時期がありました。
その時一緒に企画をしていた金田さんという先輩がいました。
金田さんは元々オートクチュールの洋服を作っていた人でパターンを起こす事に秀でた人でした。金田さんにはパターンが創造する広がりと豊かさを教えてもらいました。
その金田さんがしようとしていた事が洋服の縫製技法を鞄作りに応用する事でした。
特に、いせ込みという技法を鞄で使えたら豊かな表情を生み出すと、力を入れていました。
いせ込み技法とは、スーツの袖と本体を縫い合わせるときなどに使う技法です。
これを鞄に応用する場合生地では計算にいれずにすんだ厚みも計算にいれないと適正パターンが出せず、その上革の固さが工場で量産した時に、豊かな表現を拒みました。
いせ込み技法を使って内縫い鞄を作っているのは、私の知る限りエルメスだけです。
この技法を使うとマチの厚い部分が外部とあたる事になり耐久性を格段に高め、
何より同じ鞄が別物のような豊かな表情をみせる。
私はル、ボナーを始める時、やっとこの技法を使った鞄作りが出来ると思いました。
少しの手間と工夫で手作りだから出来る表現方法を手に入れる事ができます。
手作りで鞄を作っている人には外縫い鞄を得意とする人が多い。内縫い鞄には豊かな表現方法が隠れているので試しで作ってみてください。

2005年11月12日

私の尊敬する1970年代のブランド

私は尊敬する職人が多くいた60から70年代のヨーロッパのブランド、特に下記の3ブランドは色々な意味で影響をうけました。
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グッチ一族が経営権を持っていた頃のグッチのハンドバックです。私がいちばん注目したのはへり返しの厚みです。これだけ革を厚いまま綺麗にへり返すのはこの時代のグッチが一番です。日本の職人も綺麗なへり返しをしますが革を薄く漉いてへり返すので耐久性が劣ります。フィレンテェ職人の繊細な力仕事です。ステッチの糸はコットンでショルダーの部分のステッチはすぐ擦り切れてしまいますが、ヨーロッパ鞄の伝統を守って使っています。
この時代のグッチはエルメスにも劣らない存在感があり色香がありました。
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バレクストラはメンズバックを作る上で、バランスとセンスの良き教師です。かぶせのブリーフのサイズバランスは絶妙だと思います。そんなバレクストラが一番輝いていたのが、70年代であったと思います。私が二十歳の時バレクストラのシンプルでありながら高級を醸し出すソフトアタッシェのプルミエールを見て感動したのが、今でもこうして鞄作りをつづけているはじまりでした。今でもプルミエールは作っていますが30年前に見た時の感動はありません。何かちがうのです。写真のブリーフも黄金期のものです。革はフラスキーニのボックスカーフのようにおもいます。
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エルメスが高級鞄の世界基準になる前の一品です。エルメス的でないデザインですがハンパではない技術力を見せつけてくれます。ゆるみがまったく感じない緊張感のある鞄で恐れ入ります。この時代より前のエルメスの鞄を何度も見てるために、私にとってエルメスは特別なんです。
1970年代、ヨーロッパのほんとの高級鞄を手に入れることの出来る人は限られた人で、
その人たちを満足させるに十分な鞄がありました。今は色々なブランドの鞄が簡単に手にいりますが、オーラを感じる鞄は逆に見つけにくい時代になったように思います。
ファッションの名の下に大量消費されて職人の手仕事も宣伝広告のためで、ほんとに大事な事だとは思っていない。
そんな時代だから、逆に私たちのような個人の鞄職人が高い意識を持って鞄作りをしていかないとと思う今日この頃です。


2005年11月15日

鞄職人になりたいと思っている人へ

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鞄は、靴や洋服に比べて基礎技術の鍛錬をあまりしなくても作れます。簡単に作れるだけにプロでやってゆく上で逆に大変なんです。
私は19歳の時、手作り鞄のグループに加わり鞄作りのスタートをきりました。
その後、21歳で結婚し独立してオリジナルの鞄の卸しを始めました。
手作りの、技術の幅のない鞄は色々な制約を受け、生活は苦しいものでした。
その頃は朝の8時から夜中の2時まで働いていましたが、それでも貧乏でした。
その後多くの物づくりをする人たちと出会い鞄作りの技術の幅を広げることで、
何とか30年続けられたのだとおもいます。
鞄職人の大半は問屋の製造を担うメーカーの組上げを歩合でやっています。
月に一人で200個ぐらい組上げれないと食べていけません。
私も一時やっていましたが量産のシステムを把握していないと、苦しいだけで無理があります。しかし大半の鞄職人はこのシステムに組み込まれています。
私たちのような鞄職人は隙間産業のようなもので、食べていけてるのはほんの小人数だけです。絶滅危惧種みたいなものです。
私も一時事業欲に燃え鞄職人になりたいという若者を何人か雇いいれていた時期がありました。しかし私に経営能力がないことを痛感し、今は夫婦二人でやってます。
鞄作りの教室に通って一生懸命覚えれば、センスの良い人なら月に2,3個の素晴らしい鞄は作れるようになると思います。しかしそれでは食べていけません。
一点一点鞄を作る作業は楽しいものです。しかし芸術作品ではないので、どんなに素晴らしい鞄を作っても数十万円です。それもブランドでない私たちの作るものは手間に比例します。手間に比例してつけた値段でもお客さんが納得しなければ一銭にもなりません。
それでも鞄作りに夢を描ける人は頑張って欲しいと思います。
お店に遊びに来たら、アドバイスは出来ると思います。

2005年11月18日

コバを磨くとは

コバ処理をしているところ
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メールでル、ボナーの鞄は本磨きですか?と言う質問がありました。
私は何を指して本磨きというのか解らないので、私なりにコバ(革の裁断部分)磨きについてお話します。
革のコバを処理する方法として大きく分けて、ヘリ返し、バインド、コバ磨きの3つに分かれます。
へり返しは一般に売られている財布などによく用いられる方法で、繊細な感じにみえます。ただ薄く漉かないと折り返せないので、カドの部分が擦り切れた場合ごまかすことはできても修理は出来ないのでル、ボナーではあまりやりません。
バインドは、テープの革が別部品なので、交換修理が可能なので使う事があります。
コバ磨きはよく使います。コバ磨きには染料磨きと顔料仕上げがあり、究極の磨きと言われるのが蜜蝋と熱ゴテを使った染料磨きですが、私の知っている製品でこの磨きをしているものは知りません。私たちも一時この磨きを使っていたのですがあまりに手間がかかりコストに反映することが出来ず今は使っていません。主にル、ボナーでは染料磨きを使いますが顔料仕上げのものもあります。染料の場合コバ色が黒か濃い茶になるので、カラフルな色の革のコバには向かない事があり、その時は顔料をつかいます。どちらにしても下処理に手をかけると美しく仕上がります。ただ顔料を使う場合厚塗りは避けます。早いうちに顔料がひび割れて取れてしまうからです。
切り身の処理は早かれ遅かれ痛みます。お手入れ、修理をしてくれるショップで買えば磨き直してくれるので心配いりません。美しいと感じれるものが良い処理です。手をかけた処理です。
ル、ボナーでは製品がより良く見えるようなコバ処理を心がけています。

2005年11月27日

鞄を作り始める前に

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私は鞄を作り始める前に図面のような絵を書きます。
デザイナーはイメージをスタッフに伝えるためにデッサンのような絵をまず書きますが、私の場合、サンプル製作を自分でするので、イメージを人に伝える必要がなく、絵は実際のバランスを見るために書きます。4分の1で正確に書くように心がけています。それを何度か書き直して、それから型紙を起こします。絵の段階の鞄は100以上あります。いつか形にしてあげたいと思ってます。
型紙になって1度は作ったことのあるものは数百はあると思います。ただ型紙を残しているのは100ちょっとです。財布などの小物は別に100ぐらいはあると思います。
ル・ボナーは統一感がないと言われることがあります。そのとおりです。
ただそれでいいと夫婦二人思ってます。ハミとわたしで作りたい鞄のタイプが違うし、好きで鞄を作っているので、企業ではないので、我がままな鞄作りを通していこうと思ってます。
ハミはドイツのシュリンク、カーフが好きで、このカラフルな革を生かしたバックを次から次へと作っています。それに比べて私は少しスランプ気味。そのため店内はカラフルなシュリンク、カーフ花盛り。私も頑張らないといけません。

2005年12月02日

フラスキーニのカーフが届きました

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フラスキーニのカーフが届きました。このしなやかでねっとりとした手触りはフラスキーニ独特のものです。フラスキーニのカーフ革は、なめす時に漬けるクローム液を交換することなく、継ぎ足し使っている他のタンナーではやらない方法でなめすことで有名です。老舗のうなぎ屋の秘伝のタレのようなものです。
そして時間をかけてなめし、うわさではクローム液に牛の血をまぜることでフラスキーニ独特のねっとりとした触感を生み出しているといわれています。最高のイタリア、カーフです。
革屋の常務になぜフラスキーニの革をあまり輸入しなくなったのか聞いてみると、値段が高くてもイタリアカーフの良さを知ってもらいたいから、ほんとは輸入したいそうなんです。しかし現在のフラスキーニの主な取引先がトッズというブランドで、そこの指示で顔料厚塗りの革をメインに作っていて、本来フラスキーニを代表していた染料仕上げのねっとりとした革はあまり作っていないのです。無理を言って染料仕上げのねっとり革を作ってもらっても、イタリア人のいい加減な性格が災いして、顔料仕上げを送ってきたりするそうで、そのため昔のようには輸入出来なくなったそうです。イタリア、カーフは過去の遺物になろうとしているようです。寂しいことです。クロームなめしのタンナーはどこも厳しいようです。クロームなめしの革はある程度大きな規模を持つタンナーでないとつくれません。そのため規模を維持する経営をするには大ブランドに従う革作りをしていかなければならず、それぞれのタンナーの個性を無視した利益追求を最大の目的の革を作ってゆく。それが自分の首を締め上げてゆくのを知りながら。それに比べ小規模でもやれるタンニンなめしのタンナーは元気です。スエーデンのポルケ、ベルギーのマシュア、イタリアのバトラッシー、ワルピエ、個性的な革を作り続けています。
今回入手できた革は4000デシ程度。鞄約40個分ぐらいです。大事に使ってゆこうと思います。この素晴らしい革が活きる鞄を作ってあげないと革がかわいそうです。

2005年12月18日

20年来の相棒TE-2S

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私は20年以上ミシンはセイコーの上下送り半回転のこのタイプを使っています。
神戸にお店を出した時、ヨーロッパの鞄職人は大部分ドイツ製のアドラーを使っていると聞き、見た目を大事にしてしまう私は、同じタイプの国内ミシンの、値段が倍程度する総合送りの全回転のアドラーをローンで買って使っていたことがあります。
同業者の人にはいいミシン使ってますねと憧れられるのですが、買ったのは間違いでした。
量産するにはいいのでしょうが、私のように数個ずつしか作らない、手回しを多用する職人には機構が複雑で機械音痴の私には手に余るミシンでした。
違うミシンを買ってみて、やはり私にはセイコーのこのミシンがピッタシくるとわかりました。
現在、工業用ミシンで半回転のものは生産されていないそうで、新品のTE-2Sは手に入れることは出来ません。もう浮気はしません、自分の手の延長のように動いてくれて、締りの良いステッチを奏でてくれるこのミシンを、私が鞄職人を辞める日まで大事に使ってゆこうと思います。

2006年01月02日

独立系鞄職人

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日本の大部分の鞄職人は、鞄問屋に鞄を供給するメーカーに組み込まれています。
それとは別に少数の独立系鞄職人が存在します。
前者は少しでも早く、品質の均一な大量生産に専念し、デザイン、営業、材料在庫などは、問屋、メーカーに任せ、分業による効率化で生産力を求めます。
後者は職人、メーカー、問屋の仕事を全部まかなうことで独立性の高いオリジナルを作ろうとします。
独立系鞄職人は、夢大きくて現実は厳しく生きています。
多くの場合、手縫い鞄の教室や同工房の出身で、量産システムを経験することなく、プロとして卸しやお店をしています。労多く実少ない経営を強いられます。
それでも鞄作りの素朴な喜びは充分味わえ、そのためそれ以外は目をつぶってしまいます。
また独立系鞄職人は組織や組合との関係も薄く、独立独歩、横のつながりのない人が多い。そのため、鞄作りの新しい知識、幅を広げにくい環境にあります。
私は独立系鞄職人どうしの横の交流を持ち、技術、経営のあり方などを話し、そのうえでそれぞれの個性を表現し、オリジナリティの花を咲かせ、競いあえればいいなあと思うのです。
今は鞄業界で何の影響も与える事の出来ていない、独立系鞄職人の存在が、全体的にレベルアップすれば、これからの日本の鞄作りに刺激を与えるグループとなり、若い感性のある職人たちが多く生まれてくると思うのです。

2006年01月03日

ノブさんへのお返事

2日のコメントへの私なりの考えを書きます。
鞄の好みはその人の趣向に起因するので、何が良くて何が悪いとは答えられません。
ラフな縫製をしたものを、ワイルドだと好む人もいれば、丁寧な仕事の鞄を爺くさいと思う人もいます。
価格にしても、人それぞれ基準が違います。
自分の趣向にあっていて、その物の価格が納得できればよいと思うのです。
丈夫さだけで鞄を選ぶ人は少なく、多様な要素で多くの人は選びます。
作る側も同じで、基本的には自分の作りたいものを作っています。 
作りたい鞄を作って、希望どうりの値段で売れれば最高です。
しかし現実はそうはいかず、そこでそれぞれ工夫します。その工夫も千差万別です。
時計を選ぶ場合でも、正確さだけならクオーツを選べばいいのだけれど、時計好きは機械式を欲しがります。それとおなじです。
エルメスの鞄が職人差があることも、作る側から見ればみえてくるけれど、買う人には分からない。分からなければエルメスを買ったということで充分満足できます。知りすぎるとややこしく考えるだけで、損をすることもあります。
ブランドについても、私の好き嫌いはあるけれど、良い悪いは買う人の判断です。
手間のかかる縫製をしている、していない。良い革かそうでないか。長持ちするかしないかといった部分的な事柄の判断は出来ても、良い悪いは人それぞれが決めることだと思います。個々の判断で満足のゆく物を購入すれば、丁寧に扱うので、長く付き合ってゆけると思います。
個人でしている私たちのような鞄職人は、試行錯誤しながら鞄を作ってます。
何が良くて、何が悪いかという判断も作りながら感じ、それぞれ違うと思うんです。

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明日から、2006年のル・ボナーの始まりです。
1日1日充実した鞄作りの日々を過ごして行こうと思ってます。
今年の第一目標は充実した品揃えです。それと妥協のない一品物を作ってゆくこと。
有言実行でいきます。見守っていてください。

2006年01月08日

独立系鞄職人の独り言(1)

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この機械は革のコバ(切り口)を磨く時に使うバフ機です。この機械を使うことでコバ処理が数段楽になります。値段は2万円ちょっとです。それでもコバを処理するのは鞄作りの中で多くの時間を使うのでもっとスムーズにこの作業が出来ないものかと考えつづけながら鞄作りをしています。
そんな時、大手ミシン屋さんで、効率良く綺麗にコバ処理の出来るイタリア製のコバ磨き機を輸入していると聞き、見にゆきました。ヨーロッパの大手鞄メーカーの大部分がこのコバ磨き機を使っているとの事で、実際に持ち込んだ革をその機械で磨いてみると、コバ処理工程のある程度のところまではスムーズにゆきます。しかし多くの場合小ロットで鞄作りをし、染料で仕上げる私たちのような職人には必要がないと分かりました。このコバ磨き機はアタッチメントの交換が手間で、量産工場でパートの人に顔料仕上げで任せる場合はいいと思うのですが、値段が50万円強します。それだったら素人では難しいけれど、2万円のバフ機を数台買ってアタッチメントの交換をしなくて済むようにした方が独立系鞄職人の効率は良くなるとわかりました。
そのミシン屋さんに、コンピューターに型紙を記憶させて、効率よく裁断する機械がありました。これは2000万円で、よく売れているそうです。
このように、鞄作りの業界でも機械化が進んでいます。職人の技術をスムーズにさせる機械はいいと思うのですが、効率優先の機械化はどうかと思います。鞄作りもシステムエンジニアとパートの人が機械をスムーズに稼動させることを最優先させながら作るのが一般的になり、鞄職人という職業は絶滅するのではないかと思います。
効率最優先の中、昔からの優れた技術を効率が悪いからと放棄した鞄作りが横行しています。独立系鞄職人は優れた技術を後の時代に残す役目を担っているように思うのです。

2006年02月04日

大正時代の鞄カタログ

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大正時代の鞄のカタログが20年ぶりに私の元に帰ってきました。
このカタログは、鞄問屋の青木が創業100年を記念して、昔のカタログを復刻したものです。渋谷のフジイさんに20年ほど前にお貸していて、お互いそれを忘れていて、フジイさんがル・ボナーを来店された時それにお互い気が付いて、返還の運びとなった代物です。
ファスナーがなかった時代の鞄は威風堂々とした風格があります。この時代、庶民の大部分は風呂敷を使っていて、革鞄は高級品でした。トランクが帝大卒の初任給と同じ金額だったそうです。鞄職人も充実した仕事ができる環境にありました。
ダンボールと鉄枠を革で包み込んだトランクは元々イギリスが発祥なのですが、現存しているものは大部分、日本製です。日本製は縦、横のサイズが畳からきていて1対2で外国のものは3対5サイズなので分かります。日本の鞄作りの技術が戦前は世界トップレベルであった証です。昔、日本製の戦前作られたトランクを分解したことがありましたが、強度を高めるための独特の工夫を見ることが出来ました。
戦後の日本は大量生産、大量消費の時代がはじまり、戦前の職人の技はどこかに忘れ去られてしまいました。戦前の日本の鞄を復刻したいなと、このカタログを見ていると思ってしまいます。

2006年02月07日

旅に誘う鞄

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海を見ていると、海外行きたい病がでてきます。どこよりイタリアに行きたい。アドリア海を見てみたい。一週間、目をつぶっていれば行くのは簡単なことなのだけれど、目の前の仕事が気になって行けないでいます。誰か押してくれる人いないかな。今日もグーグルアースでイタリアの町々を見ています。
海外に旅立つ人たちの多くが鞄の底にゴロゴロいうタイヤで、伸びる取っ手が付いた鞄を持ってでかけます。確かに荷物をいっぱい入れて移動しても楽です。でもかっこ良くは見えないのです。センスのよいあのての鞄を作れたらと常々考えているのですがなかなか形に出来ません。その最大の理由は、鞄を引きずってもつという姿自体がよろしく見えないということがあります。それに加え、既成の伸びる取っ手とかゴロゴロタイヤがプラスチッキーで、よしんば取っ手の横のバーが金属製だとしても安っぽいため、本体をかっこよく作っても、それらが台無しにしてしまうのです。その部品を特注で作るとしたら、あまりにコストがかかり私には現状無理です。良い既製品の部品が登場するのを待つしかありません。
私は大きな革製のボストンバッグをもって、旅には行きたい。
そのボストンバッグに思い出をいっぱい詰め込んでかえってきます。
きっと重くて、途中で放り出したくなるかもしれないけれど、気に入った皮製ボストンバッグならそいつと会話しながら旅をつづけることが出来ます。ゴロゴロ旅行鞄はあとから付いて来るだけで会話は楽しめないのではと思うのです。
大正時代の鞄のカタログをみていて、ファスナーがなかった時代の旅行鞄は威風堂々としていて、持つ旅人の姿にポエムを見ます。現代の旅人にもポエムを演出できる旅行鞄を持って欲しい。私たち鞄職人はそういう旅行鞄を作り出さなければいけません。
多少不便な方が雰囲気があるのは確かです。機能とロマンチシズムのバランスを考えて現代の旅行鞄を作り出さねば。

2006年02月09日

鞄作りのプロを養成する学校

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渋谷にあるヒコ、みずのという専門学校の方がこられました。
いよいよ来年からバッグメーカーコースという鞄作りのプロを養成するコースを始められるそうです。今まで文化服装学院しか、しっかりとした鞄関係のコースを持った学校がなかったので、ヒコ、みずのさんには期待しています。
鞄関係の仕事に就きたい人の門戸が広がることで、閉鎖的な日本の鞄業界に新鮮な風が吹き込み,魅力ある職種に変わることを望んでいます。
私が協力できることは、手伝っていきたいと考えています。
独立系鞄職人の中では珍しく既存の鞄業界と関わり続けてきた私は思うのですが、鞄関係の専門学校に行く人の多くが、鞄メーカーの企画として就職し、デザイナーになることを夢見ていると思います。それはそれでいいと思います。しかし現状の鞄メーカーの企画の仕事は素材を選びデザイン画を書くだけで、サンプル作りは工場に丸投げのようです。そのためイメージだけが先行した鞄になりがちです。
洋服のデザイナーズブランドのように、デザイナーはデザインだけでなく、パターンも起こせるし、縫製もできる。出来るけれどシーズンごとのコレクションをデザインするだけで手いっぱいなので、スタッフといっしょにやる。コレクションのサンプルの洋服を作る所までは自社内でまかないます。
鞄メーカーの企画も、パターンを起こし最終サンプルまでを自社内で作るような企画に変われば、もっと魅力的な鞄が既存の鞄メーカーから生まれてくるように思います。
デザイナーを志すとしても、鞄をしっかり作れるようになった上で志してもらいたいと願っています。そうすれば日本の鞄業界が魅力的に変わって行くと思います。

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2006年03月07日

独立系鞄職人、バゲラ・高田夫妻

バゲラ・アタッシェ.jpg
http://www.bagera.jp/

先週、バゲラというブランド名で、神戸の垂水で、オーダーメイドで鞄を作っていられる高田夫妻が娘さんを連れて、ル・ボナーに来てくださいました。
作られたものを何点か見せてもらいましたが、丁寧な仕事に感心しました。私たちが高田夫妻の年齢の頃、作っていたものといったら、全然中途なもので、今思うと恥ずかしくなってしまいます。
独立系鞄職人の場合、作るものが偏る場合が多々見受けられるのですが、高田夫妻の場合、作るもののバリエーションも豊富で、オーダーする人も安心して自分の希望を伝え、満足のゆく品が出来上がってくるだろうと思いました。それは夫婦二人で作っているからと思うのです。

高田夫婦を見ていると、わたしたち夫婦の若かった頃を思い出してしまいます。
子供を育てながら、プロの職人として自己流で鞄作りを夫婦でつづけるのは、色々な壁にぶつかります。今考えると、ぶつからなくても良かった壁もたくさんありました。
高田夫妻もこれからも色々な壁にぶつかり、乗り越えて前に進んでゆかれることでしょう。そんな時私たちが少しでもお手伝いできれば幸いです。

ル・ボナーではフルオーダーは顧客の仕事で手一杯なので、新しいフルオーダーは休んでいます。小物は定番商品のみでフルオーダーはやっていません。そのためお断りするケースが多く、せっかく来店していただいたお客様の希望をかなえられないことがあります。そんな時バゲラさんであれば安心して紹介することが出来ます。良い仕事をされているから。

個人でモノ作りをする上で、ハンデのある地方都市。そんな地方都市、神戸で独立系の鞄職人、高田夫妻、靴職人の鈴木君など若い才能が育っています。一緒に刺激を受けながら、切磋琢磨して神戸が独立系職人が多く集う町になり、イタリアのフィレンツェのような町になればなんて素敵なことでしょう。

人は多くの夢を自分の人生の中に描きます。一生懸命生きていれば、その中の大事な何個かの夢はかないます。かなうようにしなければいけません。夢を現実にするため、一歩一歩着実に進んでゆきたい。

2006年05月28日

若き鞄職人たちの明日

http://www.flathority.com/about.htm

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猪瀬さんは三代つづく老舗の鞄メーカーです。
ル・ボナーは通販の仕事でお世話になり、2年近くお付き合いをさせてもらっています。
東京出張の時は、必ずといっていいほど顔を出しています。
社屋は下町の綾瀬にあり、昔懐かしい木造校舎のような建物で、気の良いベテラン職人と鞄作りに夢をもった若者が働く、居心地の良い職場です。

日本の多くの鞄メーカーは、鞄問屋の企画をどう効率良くこなしてゆくかを考え、鞄作りの本来の楽しさに目をつぶって、商売の部分ばかりが目に付く会社が多いように思います。海外に工場を作って、国内に若い鞄職人が育ち難い環境を作っているメーカーも多くなりました。

そんな中、猪瀬さんは若い人の感性と、ベテラン職人の技術を合体させて、オリジナルブランドを立ち上げました。それがFlathorityです。
いくつかの鞄メーカーで、オリジナルのブランドを作っていますが、特にメンズ系の鞄メーカーは既存の縫製方法と型紙を使って、素材を変え、目先を変えただけのものを多く見ます。
猪瀬さんのFiathorityは違います。型紙の段階から工夫と努力が見えてきます。若い感性が感じられます。商売ではない、鞄作りの楽しさがFlathorityの鞄たちにはあります。

営業部分を持たない鞄メーカーがオリジナルブランドを始め育てるのは、実りが目の前には見えない、五里霧中を歩むようなもの。でも、希望の光を信じて、投資を続ける。
独立系鞄職人と違って、鞄業界の中枢である鞄メーカーは背負っているものが大きいから
保守的な部分も守らなければならない。

Flathorityのプロジェクトはワクワクします。
一度は諦めた一つの夢が、この企てのせいで、私の中にフツフツとわいてきました。
デザインする人が、実際に作ることで生まれる鞄には一貫性があり、製造の現場では老いも若きも対等のデスカッションがなされて鞄が生まれる。
文化祭のようなそんな現場が羨ましい。
お金ではない、夢を紡ぐそんな共同作業のお仲間に入れて欲しいな。

2006年06月04日

エルメスのバーキン

バーキン特大.jpg
ル・ボナーのお客様のお持ちのエルメスの大きなバーキン。素材は、成牛をシュリンク加工したデュ、プイ社のラグーンブルでした。エルメスではトリオン・クレマンスという名称の革で、大きな鞄を作る時に良く使われている革です。
エルメスの場合は、流れ作業ではなくて、縫製を一人の職人がこなすので、製品の良し悪しが個々差がでます。このバーキンは丁寧な仕事で、美しい仕上がりでした。収め難いラグーンブルのフワフワしたコバを顔料での処理ですが美しく収めているし、麻糸のミシンステッチも素晴らしく、当然手縫いの箇所も美しい。素晴らしい技術を見せて頂きました。

エルメスは生地で作ったトートetcなんかの量産品以外の鞄作りの姿勢は尊敬しています。多くの事を学びます。あの値段を出せる人には一押しのブランドです。

昔、光輝いていたブランドが色あせてきたように思います。
多くのブランドが大資本のグループの傘下に収まり、利益追求が最大目的となり、作り出すモノが魅力的でなくなったように思います。
20年ほど前は、強い色香を放っていたヨーロッパのブランドが作る作品が、利益追求のための商品にかわり、夢や憧れを求められなくなってきたように感じます。
その中で、エルメスは独立独歩、色香を放つ作品を創り続けている数少ないブランドだと思います。
私はそんなエルメスに刺激を受けます。

適正価格の商品のニセモノはつくらないし、技術力のいるすぐニセモノだとばれてしまうモノは、ニセモノが出回らない。
良い仕事から生まれるモノは、かけがいのない価値を持ってます。
そんな仕事をしていきたい。

2006年06月09日

手縫いの馬蹄型小銭入れ

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手縫いのオーダーをする前には、手縫いの感覚を取り戻すために、試運転的にこの馬蹄型小銭入れを作ります。手縫いはリズムが必要で、時々しかしない私には試運転が必要なのです。
鞄や小物の手縫いは、スーツや靴と違って見せる手縫いです。一目一目気を使います。
楽しい作業ですが、工賃換算すると割のあわない作業です。でも面白くて夢中でしてしまいます。

馬蹄型小銭入れは多くのブランドから出ています。斜め縫いは手縫いの専売特許だと思っていたら、斜め縫い出来るミシンがあることを知り、恐れ入りました。
馬蹄型小銭入れも、外国製のものは大きくて、日本製のものはそれより小さめのものが多いです。
ル・ボナーではその中間ほどのサイズのパターンで作っています。
また日本人はキューと締まるのを好みますが、外国ではそのことにあまりこだわりません。エルメスの作る馬蹄型小銭入れはゆるゆるプカプカです。私は日本人なのでキュッと締まることにこだわってしまいます。

馬蹄型は小銭入れの中の王様だと私はおもっています。バランスが絶妙な小銭入れです。
ダービーハット.jpg話は変わって、この帽子ボーラー(ダービー)ハットと言います。昔からこの形の帽子が欲しかった。 私の普段のスタイルで、この帽子はアンバランスなのは分かっているのですが、この形が大好きなのです。
本格的な英国製のボーラーハットはウールフェルトを型だししてその後表面をバーナーで焼き固めるので、叩くとコンコンいうほど硬い帽子です。
日本では戦前、かぶっている人は普通にいたみたいですが、今では芸人さんが舞台でかぶるのを見るぐらいで、巷では見かけることはまずない帽子です。
神戸堂のご主人に相談したところ、英国の老舗ブランドのボーラーハットをオーダー出来るとの事。
帽子は自分が似合うと思ってかぶり続けると、どんな帽子も似合ってくると信じて、私は本格的な英国製ボーラーハットを入手します。
この帽子をかぶっている私自身を明確には想像出来ないのだけれど。

2006年07月10日

ハミの贅沢な裁断

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ハミが裁断するとこうなります。真ん中の綺麗な場所から裁断を始め、周りを多く残します。こんな裁断方法が許されるのはエルメスぐらいです。取り都合から考えれば最悪ですが、出来上がった鞄の行く末を考えるとベストな裁断方法です。

コンピューター裁断機だったら、1,5倍は取りきるパーツの量が違うでしょう。
昔、製造卸しをしていた頃の私だったら、もったいないと烈火のごとく怒っていたでしょう。しかし今はお店を持って売っているので、鞄にとってはベストの裁断方法なんだからと私もハミの影響を受けて、私の裁断も同じようになってきました。

革は放射線上に伸びません。それに反した方向に裁断すると伸びます。端にいけば行くほどその性格は顕著にでます。取り都合だけを考えて裁断すると、伸びてしまうパーツも多くなるので芯材を多用してそれを防ぎます。裁断に気を使えば、伸びるのを防ぐための芯材を使わなくて済みます。
革の表情感を損なわずにカバンを作る場合、出来るだけ芯材は使わない方が良いと私たちは考えています。

ル・ボナーのカバンは統一性がないとよく言われます。その通りだと思います。
しかしそれで良いと思っています。それぞれの革が一番活きるであろうデザインと縫製を大事にしてカバンを作ろうと、ハミと私は思っています。

2006年09月09日

青砥の名人

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丁寧なコバ処理。顔料仕上げ(上)と染料仕上げ(下)。丁寧な処理をしたモノだと違いを見極めるのは素人の方では難しいと思います。


私たちのように小ロットでカバンを作る職人は独立系の職人かサンプルを専門にしている職人ぐらいで、大部分の鞄職人は多くの数をまとめて作ります。工場でなく個人の工房でも最小30個、普通100個ぐらいをまとめて作ります。
数をまとめて作る場合集中力の持続と合理的な生産システムが必要です。
特に集中力の持続というのが私には不得手で、丁寧な仕事をする量産職人の人を尊敬しています。

そんな量産職人の中の名人が東京の下町、青砥に居ます。
その名人は私より少し年上で非常に頑固な職人です。どんなによい工賃の仕事でも、自分の手を汚す仕事と思うと受けません。量産職人の場合、工賃×数が収入のため、いかに名人と言えども仕事を選り好みしていると収入はそんなに望めません。

数年前に、老舗鞄問屋のカバンで亀のようなデザインのものがありました。腕のよい職人を多く擁する老舗鞄問屋でも、この亀カバンは美しく組み上げる職人は見つからず青砥の名人に声がかかりました。
みんながねをあげたと聞くと、反骨精神の塊である青砥の名人はやる気満々。苦労はしたようですが見事美しく組み上げました。当然工賃は名人の言い値のため、その亀カバンはヨーロッパの高級ブランド並の値段になりました。

基本的に青砥の名人は、メンズのコバ磨きのカバンを作ります。
コバの処理は顔料での仕上げなのですが、その仕上げの美しさは他の追随を許しません。表面張力と熱ゴテによる仕上げはまるで漆器の塗りのようです。
30個ほどのダレスのコバ処理をする時は、集中力を高め一気に処理するそうなのですが、それが終わった後必ず熱が出て、そのあと1日寝込んでしまうそうです。
私は染料での仕上げが良いと考えていますが、青砥の名人は顔料仕上げの俺のやり方が本磨きだと言います。顔料仕上げだといくら美しくてもコバにのっかった顔料がいつかポロっと剥がれるじゃないですかと言うと、俺の魂の入った顔料磨きは絶対剥がれないと烈火のごとく怒ります。使い込まれた名人作のカバンを見ていないので、それ以上のコバ磨き論争はクワバラクワバラ。

量産職人は名人と言えども、デザインはしません。青砥の名人の作る鞄のデザインの多くは、日本らしい平凡な形の紳士鞄です。コバの美しさ、緻密なステッチの締り具合、手断ちでないと見ることの出来ない、革のパーツとパーツの連続性。そういった部分を感じ取れなければ、ただの平凡な鞄です。青砥の名人はどんなデザインの鞄であろうが、より美しく組み上げることに全力投球して、今日も鞄を作っています。

仕事をお願いすることは今のところかなわないけれど、今度東京に行く時にはお会いして刺激を感じたいと思っています。

2006年09月21日

独立系鞄職人の独り言(3)

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私たちはひと世代若い独立系鞄職人の日下さんご夫婦と親しくさせていただいています。
日下さんご夫婦は、札幌で鞄作りをされています。一度神戸に来られ、そのやわらかな人柄に好意を持ち、メールその他で今も交流をつづけています。
日下さんの友達で同業の鮎藤さんという方が工房兼ショップを新宿にオープンしたそうです。
日下さんに鮎藤さん、と川口で鞄作ってられるGOさん。横の関係で長く仲間(同志)として付き合えていいなーと思います。

利害関係のない同業の仲間が居てくれるのは心強いものがあります。
独立系鞄職人は、個性の強い人が多いので、孤立しやすい。個々の個性を尊重し、その上で交流が持てれば良いのだけれど、なかなか難しいことです。

私は独立系鞄職人として鞄作りをしていますが、既存の鞄業界にも関わり続けているので、中途半端なポジションに居ます。ただ両方を経験しているので、両方の魅力や問題点が少し見えています。

プロとして独立系鞄職人を続けていく時、教室やオーダー中心の鞄作りになってしまうのはしかたのないことだと痛いほど分かるのですが、自分らしいオリジナルの鞄を出し続けて欲しいと思う。そしたらなんて楽しことだろう。お互い切磋琢磨して刺激を受け合って。

私の一つの夢は独立系鞄職人の同志が一同に介して、展示会を開くこと。それぞれの自信作を持ちよって展示会を開くことが出来れば、一人ひとりは小さくても集まればパワーを持ち、話題性が生まれ、評価されると思うのです。
参加条件は、鞄作りを生業とし、自分の手で作った鞄。そんな文化祭をやってみたい。
横のつながりで、多くの独立系鞄職人の交流があれば、なんて素晴らしいことでしょう。

2006年10月02日

豆カンナと念引き

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私達がコバを処理する時、豆カンナと念引きは必需品です。
豆カンナはコバの角を削るため必要なのですが、私達は刃の厚みが薄くて、削る部分に真鍮の板がついているタイプのものが良いと考えていますが、道具屋さんでは見かけなくなってきました。刃が厚くて真鍮の板が着いていないものは沢山あるのですが、それだと繊細な削りがし難いのです。
最近の鞄は、カンナをかけずにコバを処理しているものを多く見ますが、やはりカンナがけは必要だと思うのです。

念引きはコバとステッチの間に念を入れるため引く道具です。念を引くことによってステッチが締まって見えます。タンニンなめしの革の場合はそのままでも引けるのですが、クロームなめしの革の場合熱を加えてひきます。一手間かけることで鞄が良くなります。

こういった、大量生産だとあまり使われなくなった道具は、手に入れにくくなってます。
手縫いに使う一寸13目の菱切りも作れる職人さんがいなくなったようで、一寸12目までしか売っていません。
より早く作るための道具は進化しつづけるのですが、より良く作るための道具は消えていきます。

会社は利益を求め続けなければいけない宿命を持っています。それは鞄業界の会社も同様です。だから非効率な作業や道具は消えていく方向に向かいます。
ただ独立系鞄職人の場合は食べてさえいければ、自分の信じた方向性で我儘なカバン作りが可能です。そんな私達が古き良き時代のカバン製造技術を守ってゆく役目を担っているのかもしれません。


2006年12月01日

美しい日本の自然と独立系鞄職人

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海外から帰って感じることは日本の自然は豊かだということ。
温帯の地域で、これほど変化があり緑豊かな国は他にないのではと思う。
イタリアを北から南に南下したのですが、田舎の風景はモナリザの絵のバックに描かれたような風景が続きます。初めて見るとき、魅力的に見えるのですが、そんな感じの風景がナポリまで続きます。
それに比べ、日本の風景は春夏秋冬変化があって、自然もバラエティー。
日本の場合、街は経済最優先の影響で、個性を見つけ出すのは難しくなって、つまらない街並みが大部分ですが、田舎や自然は先進国の中では一番変化にとんでいて、豊かなのではと思う。
海外旅行は、そんな日本の魅力を再発見する意味でもありました。
私は日本人に生まれて良かったと思います。私は日本の自然が大好きです。

フィレンツェにはモノ作りの天使たちは居るけれど、鞄作りの天使たちは見つけきれませんでした。特に独立系鞄職人のような立場で、鞄を作る余白はないように感じました。
フィレンツェの街を歩き、独立系の靴工房は確認できるのですが、鞄工房は見つからない。
イタリアにおいては、日本以上に鞄のニーズが高級ブランドのものか大衆量産品のどちらかで、私達のような存在を必要としていないように思えました。

そのヨーロッパのブランド品を半分以上買っている日本という国においては、独立系鞄職人の作る鞄に魅力を持つ人たちが少数ですが何人かはいて、切磋琢磨して鞄を作り続ければ認めてもらえる環境があるのではと思う私です。
きっと経済至上主義の日本において、非効率な手作業が必要からではなく、心の癒しとして存在意味を持っているのではと思ったりする。ヨーロッパの独立系時計師も、日本という市場がなければ大変でしょう。
なくても困らないけれど、存在することで豊かさを感じてくれる人たちがいる日本。そんな日本の特に神戸という街で、アナログな鞄作りを続けられていることに感謝します。

ヨーロッパの高級ブランドの鞄は系列化し利益最優先で魅力は色あせ、日本の鞄問屋はアジアに生産の拠点を移行し大量生産を加速させる。そんな日本で逆に、鞄作りに興味を持つ若者は増えている。渋谷にある専門学校には鞄のコースが新しく出来るし、フィレンツェのサンタクローチェ・レザースクールの生徒さんは日本の若者ばかりだったし。もしかして鞄作りの天使たちは日本に引越しして来ているのかも。独立系鞄職人が魅力ある鞄作りの努力と工夫をした時、一番評価されやすい環境の国は日本なのかもしれない。


2007年05月15日

私は鞄職人です。

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昨夜電話でTAKUYA君と鞄作りについて色々話しました。話しながら自身の鞄作りの現状と夢と妥協を思い浮かべました。
30年間鞄を作り続けて七転八倒し、多くの人たちと知り合ったことで多くのことを学び現在に至り、今が今までで一番幸せな状態ではあると思うのですが、鞄職人として作りたい鞄を作っているかと自分自身に問うと、ハイとは素直に答えることは出来ない。

TAKUYA君はプロとして革製品を作り始めてまだ日が浅いけれど、純粋にハンドメードで革製品を作ることをビジネスとして成立させている。これからの技術の蓄積が、より豊かな革製品作りにつながってゆくだろうと思う。彼の革製品作りの姿勢は、私に多くの刺激を与えてくれます。

それに比べ私は30年間七転八倒しながら鞄作りをしてきて多くの知識は蓄積されたけれど、作りたい鞄を素直に作るという部分には目をつぶっているように思う。
流行を意識し、価格バランスも考えながら、自分達の趣向もそのバランスの中で入れ込んでいくカバン作りをしていてそれはそれで楽しくやっているけれど、カバン職人としての自我はひとまずしまっています。

多くの独立系の工房とは違って、ル・ボナーの多くの製品は量産工房の職人さんたちに手助けしていただきながら、その共同作業から製品を生み出しています。
その合間に、オールハンドメイドの鞄を作っているというのが現状です。

オーダーメイドでお客様の要望に沿った鞄を作る工房とは異なり私たちの望む形態が、オリジナルデザインの鞄作りをしていきたいというもので、そのためには価格も考えないといけないし、スムーズな生産システムも構築しないといけない。夫婦二人ですべての鞄をオールハンドメイドで作るのは無理な状況になっています。

そのため現在の形態でル・ボナーの製品は生み出されています。
しかし、私たちは鞄職人です。純粋に作りたいという欲求を強く持ち続けています。
TAKUYA君と話をしていると、その欲求がますます強くなってゆきます。
鞄職人としてこの時代を生きた痕跡を、特別な鞄たちという形で残さなければいけない時期にさしかかってきたように思います。そんな鞄たちを作る日々を想うとワクワクします。
革棚に蓄積された大好きなデッドストックのヨーロッパ皮革を使って、技術のすべてと夢を紡ぎ入れて。

2007年08月18日

アイデンティティー

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古い時計は非防水で衝撃にも無防備です。コンピューターもなかったので、職人の技術と経験が頼りです。しかし使う人の思い入れに比例した古時計は100年の時を越えて現在も存在しています。
私はそういったモノが好きです。一生を共に過ごしてゆきたい。仕事中はいつもこのウォルサムの懐中時計。100年時を刻み続けています。

結局人は限られた人生の時間を、いかに充実した時として過ごすかに尽きると思うのです。
人がなんと思おうが自身納得し楽しければそれが最高。モノを購入する時だって、面白くて楽しくなければその時間がもったいない。思い入れいっぱいで購入するモノは、値段とは関係なくその後大事にするしその後の思い出の1シーンに参加することになる。

ここのところ年齢と共に時間のスピードが日増しに速くなっていると感じる。
これからの人生、時間を無駄遣いするともったいない。あと30年我儘に充実した時を送ってゆきたいと思う。途中で終わっても後悔しないよう。
人の人生、50歳までは予行演習50歳から本番と言っていた友達がいました。
50歳からの本番は個々のアイデンティティーを表現するモノをチョイスして武装することとで、より豊かな時間を過ごせるのではないかと思う私であります(屁理屈)。なくても困らないけれど、あれば楽しい。
私は名声やお金より楽しい時間を選びます。楽しいモノを選びます。自身のアイデンティティーに沿って。

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私は今日も鞄を作り続けています。私にとってこれからも鞄作りに一番多くの時間を使うでしょう。
その時間が一番大事。楽しく充実したものでなければもったいない。これからもっと我儘に鞄作りしていきます。
私のアイデンティティーの最大の表現方法がル・ボナーのカバンたちです。
お気に入りのモノたち(ウォルサムの懐中時計、TAKUYAのペンケースに入ったKENSAKI万年筆、ダンヒルのオイルライター、カザールのメガネ)で武装?して鞄を作っています。

実際よく使う万年筆はシェーファーのタルガで、フルハルターの森山さんのところに調整にまだ持ち込めていないKENSAKIはまだお飾り状態。
時計も外出時にはSTOWAのアンテアかセイコーのロードマーベルを付けて出かけるので、ウォルサムの懐中時計はあまり時間を確認することのない仕事中の安心グッズ?。それでもなくてはならない私の仕事中のアイテムとなっています。
あれ、アルファの赤いキーが目立っています。これもビーちゃんの鍵と一緒に、仕事中もベルトキーホルダーで腰からいつもぶら下げております。ないと落ち着かなく思うようになってしまいました。

50歳を過ぎたランドセルを背負ったオヤジは、日本の慎ましやかなアイデンティティーの表現に憧れを持ちつつ、恥ずかしくなるほど自己主張している。かっこ悪いけれど、それが私。まあいいかぁ~。
アイデンティティー(主体性)と言う言葉はこれからの私の人生にとって需要なキーワードであります。


2007年09月08日

久々、独立系鞄職人の独り言

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多くのカバンを作る職人は、段取り全般をするメーカーから裁断されたバッグの部位と付属品を受け取り組をみ上げることに集中することを仕事としている。鞄1個の縫製工賃×数で収入は決まる。そのため効率の良い生産システムを組める一部の人しか高収入は得られません。そんな中、一人で量産職人として丁寧な仕事を心がける職人さんを私は尊敬しています。そういった職人さんたちは高齢化が進み、若い人は育っていません。日本のカバン業界はこれからメーカー自身が工場ラインを構築して作っていかないと、鞄売り場にはメードイン ジャパンのカバンはなくなってしまうよな危惧を持つ私です。

私も20年ほど前に一時メーカーから請け負った量産のカバン作りをしていた時期がありました。レノマというブランドのカバンでした。月に200個作り上げないとまともな収入にはなりません。月200個作り上げるため朝の8時から夜中の2時まで同じ形のバッグを作り続けましたが、200個は厳しい。
その時分かりました。私には多くの量産職人の方たちのようには満足な量を、均一なレベルで作ることで鞄職人としての道を進んでいくことは無理だということを。

最近、若い人で鞄職人になりたいと思っている人が多くなっているように思う。しかし量産をする職人ではなくて、私たちのような独立系のオリジナルのバッグを作ったり、オーダーの一点モノのバッグを作る職人になりたいと。収入はそんなにいらないから1点1点満足のいく鞄を作り上げるような鞄職人になりたいと願っている。その思いを貫けるならそれはそれで素晴らしいことです。

ただ鞄は芸術品ではありません。夢を食べて生活はできません。
私は独立系鞄職人の道を選びました。それは苦肉の策です。量産職人の道は、自身の個性を表現できないもどかしさと量がこなせなくて収入がすくなかったこととで無理だと思い、オリジナルのバッグを生産し自身のブランドを立ち上げ卸しをしようとしたこともありましたが、それも事業としてのビジネスプランが甘く、立ち行かなくなってしまいました。

ショップ兼工房を持って自分の目の届く範囲内での鞄作りが最善だと思いました。
ありがたいことに、いろいろな経験をし多くの人たちと知り合えたことで、鞄作りの技術の幅は持っている鞄職人ではあると思っています。それに量産職人の方たちほどは早く鞄を組み上げることはできないとしても、気合と根性で数をこなすことができるというバックボーンは、私にとって大きな支えです。職人にとって長く続けられる秘訣は、単調な仕事の繰り返しに耐えることのできるというのは大事な要素だと思っています。

こんな風に書くと、夢も希望もない鞄職人の世界と感じている人も多いと思います。それが現実なのです。しかしそれでもなおそこに夢と希望を描ける人が、鞄職人として育ってゆくことを望む私です。
鞄を作るというのは楽しい作業です。本当の鞄作りの醍醐味は、苦しみを土台にしたとき、より実感できると思います。スポーツ選手が日々の苦しい練習の繰り返しの先に、栄光の歓喜を味わえるように。
そんなたくましい鞄職人が多く育つことを望んでいる私です。私も頑張って鞄作りしていかないといけません。まだまだ鞄作りの面白さを味わいつくした訳では全然ありません。まだまだ奥深くミステリアス。

2007年10月29日

独立系鞄職人への道

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私の独立系鞄職人としての30数年の大部分は七転八倒紆余曲折、お世辞にもカッコ良いモノではありませんでした。21歳で結婚し、すぐに子供が生まれ、それまで居た手作り鞄のグループは大変楽しく面白可笑しく鞄作りが出来る環境ではあったのだけれど、給料が安すぎて私一人の収入では、これから生まれる子供も含めて3人の生活には無理でした。

そこで独立して鞄を作って卸しをすれば生きていけると思い、無謀にも21歳で独立したのです。鞄を作り始めて2年目のことでした。その頃つくっていた鞄を今見ると恥ずかしくて目を覆いたくなるモノばかりでしたが、都内のモノ好きな鞄屋さんにおいてもらって、モノ好きなお客様が少しは買っていただいて、なんとかやっていけました。しかし大変貧乏でした。

その後も神戸にお店を持つまで、本当に貧乏で、何度鞄作りをやめようかと思ったことか。そんな時私の相棒のハミは「心の貧乏人になるのだけはイヤだ」と叱咤激励し、私達夫婦は貧乏と付き合いながら鞄作りを続けました。
ただその間、多くの人と知り合うことが出来て多くの技術を学び、自分達の作った鞄たちが、私たちの思いを表現できる技術力は身につけることが出来ました。

その後、神戸にお店兼工房を持ち、ほどほど余裕ができると、鞄職人を育てたいという野望を持ちました。ハミは反対したのですが何人かの、鞄職人になりたいと思っている若者を雇いいれました。自分が無給から鞄作りを始めた苦い経験から、雇うなら普通の給料は払いたいと思いました。しかし給料と職人見習いの生産力が見合いません。それをコントロールするのも私の仕事なのかもしれないけれど、その能力は私にはありませんでした。10年近く続けて破局しました。
その10年の苦い体験から、もう人は雇わないで私達夫婦だけでル・ボナーを守ってゆこうと決めました。それが私たちには身の丈に合っているようです。今が一番幸せなル・ボナーです。

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私達は鞄を作る日々を楽しんでいます。私自身で作るカバンが私自信を表現し、それを糧にして生活出来る日々に感謝しています。モノ作りは楽しい作業です。鞄作りしながら普通の収入があれば、それで十分幸せです。

私たちは不器用で頭が悪かったから大変遠回りしました。もっと楽に独立系鞄職人としてやっていける方法はあるとは思うけれど、独立系職人は気合い(情熱)と根性と、少しの感受性(センス)が基礎にないとプロとしてやるには難しいです。へらへら笑ってしまうほど作り続ける体験を繰り返した後に本当のカバン作りの面白さが見えてくると思うのであります。

マイホームを工務店や建築事務所に頼むのでなく、少し高くても大工さんにお願いするのと同じように、工業製品でない、アナログで生産効率の悪いモノ作りに価値を感じる人がいる日本という国は、私たちのような存在を容認してくれる国です。そんな日本で、カバン作りを通じて表現しながら生活出来ることを幸せに思っています。

百花繚乱、色々なタイプの独立系鞄職人と知り合い、楽しい企てをしたいなぁ~。

2007年11月21日

ドイツ車VSイタリア車

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10年一緒にいた1968年式フォルクスワーゲン・ビートルが、神奈川の茅ヶ崎の陶芸家の卓ちゃんの所に旅立って1か月と少し。ようやく車検が通って機嫌良く湘南の海岸線を走っているよと、連絡がありました。神奈川は兵庫より車検が厳しいようで、大変であったようです。新しいご主人と仲良くやってくれることを願っております。

そんな卓ちゃんがビーちゃんのことをホームページのダイアリーに書いていた。私はイタリア女に夢中のスケベオヤジだそうです。なるほどアルファロメオ145クワドリフォリオ前期型は女性名詞だったのかぁ~。アル君ではなくてアル子なんだぁ~。
確かに私は現在イタリアの悪女に夢中です。これから起こるであろう色々なアクシデントを乗り越えて愛し続けます。

昨夜、第2回金属プロジェクトの会合が三宮のお好み焼き屋さんでありました。
その席で、ドイツ車派とイタリア車派に2分して、どっちがいいかなんてどうでもいい論争に発展してしまった。感と愛嬌のイタリア車好きは私とアルファ147GTAのイタリアチョイ悪Y氏だけかと思いきや、今回から参加した固ぁ~い粉の会社の社長さんが、なんとランチャ・デルタ・インテグラーレに乗っていることが判明。完全なイタリア車のエンスーだぁ~。ポルシェの最新の車に乗っていても、もうドイツ車の美点をいくら並べたとしても、問題多々あるこのイタリア車の名前がでたらお話にならない。

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スペックや性能を考えた場合ドイツ車には全然かなわないイタリア車です。だから現在のイタリア車も正常な進化としてドイツ車的になっている。これはイタリア的な車を愛する者には許せない。面白くないのであります。子供がゴーカートで遊ぶように、公道でドライブをエンジョイしたい時の大人?の玩具でイタリア車はあり続けて欲しい。この少数意見を具現化している車が、デルタであり私の145です。
職人が楽しんで作っていることが感じられ、使い手も心して乗らないといけない。修理やメンテナンスを楽しむ心意気が必要です。

イタリア的な車は、子供の頃感じたワクワクドキドキした感じを呼び戻す、中年オヤジのタイムマシーンです。ボディーの剛性感のなさは、子供の頃皆で裏山に作った秘密基地のような危うさ。これがいい。
それに比べドイツ車は大人のおもちゃです。大人はドイツのおもちゃを。

2007年12月16日

不易を求めて

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メンズバッグとレディースバッグは同じモノを入れるカバンですが、根本的に違うなぁ~と思うのです。

メンズを作る場合、多くの決まりがまずあり、それを崩して作ることは出来ません。
まず入れるものに制約されたサイズ。こだわりを持ったディテール。物語り性を持ったバックボーン。
ビジネスシーンで使うバッグにおいてはそれにスーツや靴との相性も加わります。
そういった制約の中で、個性を創造する難しさがあります。

ただメンズバッグは作る職人のセンスと技術の差がはっきり同じような形の中で比較できるので、
怖くもあり面白いカバン作りです。
デザイナーとしての関与は部分的で十分です。

写真の被せのフタブリーフや今作っているダレスバッグはメンズの定番中の定番の形で、
どのカバンメーカーでも作っている形ですが、デザインではなく、センスや技術で差が如実にでます。
またこういった形のものは流行り廃れがないので、長く作り続けることによって、
より進化した工夫を加えることが出来ます。

それに比べレディースバッグはデザインの部分が大きい。
女性の場合、直感的に可愛いとか美しいというのが第一でサイズはその後。
入れる物を工夫してでもデザインが気に入ったバッグを選択するところがあります。
それも洋服に合わせて多くの種類のバッグをこだわりなく購入されます。

そのためデザインの自由度はメンズバッグに比べ制約がすくなく、楽しくデザインで遊ぶことができます。
しかし流行り廃れが激しく、新しいデザインを創造することの方が重要で、
新しい形を要望される場合が多々あるのがレディースバッグの宿命です。


革製のバッグを購入する男女比は圧倒的に女性が多い。
しかし独立系鞄職人はメンズバッグをメインで作る人が多い。
それは上に書いたような理由が影響しているのだと思う。デザインし続けることより、
技術的な部分に魅力を持って独立系鞄職人になりたいと思う人が多いからなのでしょう。

かくいう私も、デザインよりディテールやバックボーンにこだわるモノ好きであります。
ハミはそんな私とは正反対の感覚の持ち主です。いい意味でカバン作りで自由に遊んでおります。


ル・ボナーのカバンたちはそんな二人が作っているので、いいバランスを保っているように思っていますが、いかがでしょうか?。
遊び過ぎているオヤジがいるから、レディースバッグばかりがお店に並んでいる~!という声も聞こえますが、その言葉を謙虚に受け止め、これから日夜カバン作りに励む所存でありまぁ~す(残業はもう勘弁、昔やりすぎたぁ~)。

どちらにしても、デザインすることは表面的な差異であって、求めるのはその奥底にある不易。
ル・ボナーの不易(不変のアイデンティティー)を表現する鞄作りを求め続けています。メンズであれ、レディースであれ。それはカバン作りを続ける限り、終わりなき探究。だからモノ作りは魅力的なのではと思っています。


2008年02月15日

2008年初めての独立系鞄職人の独り言

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やっとめどが立った革小物を作っていただく職人さん。これから順次作ってもらいます。
私はその職人さんに作ってもらう長財布のサンプルを作っておりました。ついでに何個かお店に並べる品も一緒に作りました。あとコバを磨いて念を入れれば出来上がり。職人さんに作っていただく前にお店の品が売れたらいけません。エレファントやクリスペルカーフ(小物を作る大きさはまだあります)で作って展示します。値段が高いから簡単には売れないでしょう。

ル・ボナーの革小物へのこだわりはコバをヘリ返さずコバの切った部分を磨くこと。
それと限界まで薄く内側の革を割ってそれでいて丈夫に作る工夫をすること。
そのこだわりを理解してやっていただける職人さんは本当にいなくなった。そんな面倒くさい仕事しなくても、得意のヘリ返しで内側合皮や生地の革小物で十分いっぱい仕事がある。
従業員がいた頃は工房内で革小物も作っていたけれど、現在二人になったル・ボナーのお店に小物を充実させるには、そんな私たちのこだわりを面白いと思っていただける職人さんが不可欠なのであります。そんな職人さんがやっと見つかったぁ~!。どんどんサンプル作って我儘なこだわりの革小物を作ってもらわないと。

数年前まで作ってもらっていた職人さんは、その技術をかわれて中国の工場の技術指導者として行ってしまった。大量生産で低コストを求めるとアジアに工場を作るのが正解なのだろうけれど、優れた技術の流出は日本国内の業界の弱体化を招いている。

私は独立系鞄職人としては珍しく、色々な立場を経験している。
量産の仕事もやったし、サンプル職人、鞄ブランドの企画生産、大手商社と関わったことも。お店を持ったけれどつぶしたし、ブランド作って卸もした。鞄職人30数年、ここでお店やって15年になりますが、その前15年あまりは色々なことに関わった。
独立系鞄職人は鞄業界の中では隙間産業。大手カバンメーカーに刺激を与える力は残念ながらもっていない。でも鞄作りの一番楽しい部分を満喫できる。収入は別にして。

私は独立系鞄職人として鞄作りしながら、多くの人たちと関わりながらやっていきたいと願っている。
いいモノを作ろうとする職人さんやメーカーの人たちと一緒に鞄作りしてゆきたい。
そこから日本の中で豊かなモノ作りの出来る方法を生み出すことができれば、なんて素敵だろう。
自分自身が作ったモノだけというこだわりより、多くの”かたち”を創造出来た方が楽しい。
多くの”かたち”を多くの同志と一緒に作り、私たち2人は特別なモノ作りをする時間を作りだそうとする。
その両方を楽しくバランス良く。

今日平日だのに多くのお客様に来ていただいた。フルオーダーを休止してから久しい。私たちが創造した”かたち”を支持していただけることがうれしい。これからも多くの同志に助けてもらいながらル・ボナーの”かたち”を沢山登場させてゆきたいと思っています。


2008年02月28日

プロダクトアウトとマーケットイン

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ウォレットポーチを現在製作中。
長財布の役目と携帯電話と煙草が入ればいい小さなポーチがあるといいなぁ~と何人かのお客様から要望があったので作ってみました。これなかなか良い。携帯電話とコンパクトな手帳と名刺入れぐらいは入ってしまう。パスポートケースとしても使えます。ブリーフケースにも抵抗なく納まるサイズです。


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このポーチは3センチ強のマチ幅が絶対で、その上内部にコバが出っ張らない縫製方法でないといけないので、このような本体とマチの結合方法になったのですが、ル・ボナーにある旧式のアームミシンだと縫えません。ミシンで縫えないので手縫いで仕上げました。ぐるっと一周手縫いするのに6時間ほどかかってしまいます。そのため価格は安くありません。ポストミシンがあれば問題なくスムーズに縫えるので、この品も職人さんと相談しながら合理的な縫製方法を使って価格を下げてフラソリティー バイ ル・ボナーで販売しようと考えています。


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エレファントの黒2つ(157,500円)フラスキーニのデッドストック革のバーガンディー色1つ(84,000円)ブッテーロ革のオレンジとネイビー色各1つ(77,700円)の5個作りました。
製作途中なのですが、エレファントとフラスキの各1つは予約が入ってしまいました。残り3本です。前回の長財布みたいに展示前に売り切れるのは寂しいので、実際に来店していただける人限定での販売とさせていただきます。

プロダクトアウトとマーケットインという考え方があります。
プロダクトアウトとは作り手の考え方や技術を我儘に小ロットで生産販売する時や、作ってもらいたい人の希望をかなえるために一点モノを作る時などにこの考え方に沿った価格設定がなされる。合理的ではないけれど特別なモノを生み出す可能性。車でいうとフェラーリやアストンマーチン、限定販売の万年筆なども、カバンでいうとフルオーダーの一点モノなんかがそれ。価格は割高と感じる。
マーケットインは数を沢山売るためにデーターを元に適正価格を設定し、その価格にするための生産システムを構築し取捨選択して合理的にモノ作りする時の考え。車でいうとトヨタ、工業製品の多くはこの考えに沿ってモノ作りをしている。良質な品が出来あがるのであれば、どちらが良い悪いという事ではない。

独立系鞄職人の多くはプロダクトアウトという思考で鞄作りしている人が多い。ル・ボナーもその部分を大事にしたいと思っています。ただ色々な形を表現したいという思いが強い私たち。二人だけだとお店を色々なバッグでいっぱいに出来ません。両方の生産方法をバランス良く融合させて、信頼する職人さんや仲間と一緒に楽しく鞄作りしていこうと思っています。

2008年04月07日

がんばれ!若き独立系職人たち

福岡で革小物を作っているという人からメールが届いた。
ホームページを作ったのでリンクさせて欲しいという内容が書いてありました。
私はその人と会ったことがない。ホームページを開いてみると、丁寧な仕事の革小物たちを見ることができます。私は承諾のメールを送りました。

ここのところ独立系の若い鞄、靴、革小物職人の人たちや、なろうとしている人たちと接する機会が多い。カンダさんや、安田君も少し前に進んだようです。みんな頑張って素敵な製品を作り続けて欲しいと思っています。
それにしても皆良いモノ作っています。私たちが独立した時は本当にヘタでした。

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20年ほど前の私たち二人

私は独立して鞄を作って食べていこうとしたのは21歳の時でした。
その頃作っていた鞄は手作りであることを売りにしたラフな鞄でした。素人が自己流で作ったカバンは未完成の味わい?と、置いてあげないと自殺しそうな私を哀れに思う慈悲深い鞄屋のご主人に支えられて独立系鞄職人としての道は始まった。

私の鞄職人としての成功の論理は理路整然としていて、成功間違いなしと思えた。ただ私自身の実力は考えていなかった。ゆえに現実は七転八倒いばらの道。技術力がない、生産力がない、ビジネスのノウハウがない、お金は当然ない、ないものだらけで、あるのは裏付けのない夢だけ。

借家の家賃滞納は常習犯、食費にも困る日々。でも良く働いた。朝の8時から夜中の2~3時まで夢を食べて働いていた。その時思った事は気合と根性だけでは現状を変えることは出来ないという事。気合いと根性は大事だけれど。あの頃のようには今の私は働けなくなったなぁ~。

そんな私は多くの才能ある人たちと知り合い、その才能のエッセンスを吸収し反芻することで少しづつ鞄職人の体をなすようになっていった。しかし生活は楽にはならない。少し上向きになると、私は自分の器以上の夢を求めて、また元のもく闇。その繰り返しの悪循環。「心の貧乏人にはなりたくない!」とハミは言った。それが金欠独立系鞄職人の家族の家訓でした。

ハミのモノ作りの才能は認めていたけれど、私自身の夢が大事でハミの事は後回し。ハミが好きな鞄を作れるようになったのはつい最近。それまで、私の我儘に振り回され続けた年月でした。

才能ある若い独立系鞄、靴、革小物職人の人たちから刺激を受けながら、私たちも頑張っていこうと思う。私たちが独立系の鞄職人として始めた頃は、他の皆も手作り鞄の領域で作っていて、それだからなんとか才能なくてもやる気があればやっていけた。今の若い人たちはその頃の私たちに比べて高いレベルでモノ作りしている人たちが多いことに驚かされる。

ル・ボナーに来店されて、普通のお客様と違うバッグの見方をしている方を見かけます。きっと同業者だと思うのだけれど、名乗らず帰られる事が多い。名乗って欲しい。そしたら革の事、鞄の事色々話しましょう。接点を持てれば、お互い刺激を受ける事ができるじゃないですか。

75歳で現役の美容師をしているル・ボナーのお客様がおられます。生き生きとした可愛いおばあちゃんです。長く作り続けることが大事だと思う。鞄職人として人生全うしたいと願っています。長く続けることが支持してくださるお客様たちへの最大のサービスだと思う。何十年かぶりで思い出して訪れた時、思い出のままの形でお店が存在していた時、幸せな気持ちになれると思うから。
そのためには、後世になってから名を残す芸術家ではないのだから、楽しく仕事を続けられるぐらいのビジネスプランを持って作り続けて欲しい。30年遠回りしたバカな先輩からの一言。

2008年08月26日

カバンの価格

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昨日も静かなル・ボナーでありました。
私たちは地道にカバンを作っております。

昨日、会ったことのないベルトを作って売っている独立系の方からメールで尋ねられました。
「価格を決める時、どうやって決めていますか?」と。

一般的には製造原価(工賃+材料費+メーカー手数料+etc・・・)に対して
流通費と販売営業費を加えて上代は決定します。
現在ではその掛け率もどんどん高くなっているようです。
アパレル系から販売される鞄は、もっとです。

その価格のお金の配分の内訳は、製造する人が40%以下(材料材その他も含めて)で
問屋が20%以上、小売店が40%以上となっています。
つまり一番汗を流す製造者には20%以下の金額しか入りません(材料代その他を出費するので)。

前にも書いたと思いますが、プロダクトアウトとマーケットインという考え方があります。
プロダクトアウトとは作り手の考え方や技術を我儘に小ロットで生産販売する時や、
作ってもらいたい人の希望をかなえるために一点モノを作る時などに、
この考え方に沿った価格設定がなされる。
合理的ではないけれど特別なモノを生み出す可能性。
車でいうとフェラーリやアストンマーチン、限定販売の万年筆なども。
カバンでいうとフルオーダーの一点モノなんかがそれ。価格は割高と感じる。
マーケットインは数を沢山売るためにデーターを元に適正価格を設定し、
その価格にするための生産システムを構築し取捨選択して合理的にモノ作りする時の考え。
車でいうとトヨタ、工業製品の多くはこの考えに沿ってモノ作りをしている。
良質な品が出来あがるのであれば、どちらが良い悪いという事ではない。
この違いが小さな腕時計と車が同じ値段だったりする。

マーケットインの考え方を推し進める場合、大量に作り売れる前提が必要です。
少ししか売れない革鞄などは、昔ながらの職人さんの家内工業的な
国内生産に頼ったままの業界の体質なので、
プロダクトアウト的な考えでモノ作りしなければと思うのだけれど、
価格を決める問屋は、マーケットインの考え方で決める。
その価格にするための負担は小売店も問屋も負わず、製造者まかせ。
国内で鞄を作り続ける製造者は、ますます疲弊してゆきます。
こんな関係が続けば、日本の鞄作りの文化は小さくなるばかり。

私は「フラソリティー バイ ル・ボナー」で、
プロダクトアウト的手法での量産を試みました。
特に絞り技法のペンケースの場合は、
二枚の革を張り合わせた状態で機械絞り出来る職人さんは唯一で、
その老職人さんに希望の工賃でやっていただいたので、高め価格になってしまいました。
それでも予想以上の支持を得ることが出来て、
プロダクトアウト的な手法での量産の可能性の道筋が見えてきました。


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独立系鞄職人の場合は上記のような既存の価格設定の手法とは違ってきます。
自身の表現手段として鞄を作り、収入の折り合いを後から考えている人が多い。
基本的に数を作る事の苦手な独立系鞄職人は、問屋と小売店も含み込むことで、
粗利益の割合を高めて鞄作りと生活の折り合いをつけている。
オーダーでの生産はその最たるもので、
1個のカバンのために型紙起こして、非効率な1本作り。
見た目よりは高いお値段になってしまうのも当然。
しかし作り人の工賃を加えて原価を計算してみたら、
価格は製造原価の1倍だったりすることもよくあることです。
これでは苦肉の策で小売と問屋部分の利益を加えた業態にしてもしんどいです。
私たちも長ぁ~い間気付かずにその形態でやっておりました。

少し量が作れる独立系鞄職人は、店舗維持と接客の負担を回避して、
問屋の役割を含んで卸しを直接する。その場合価格の決定は大きな問題です。
自身の生産力と損益分岐点の関係や、自身のブランド価値も含めて、
価格を決めていかないといけません。そして売る工夫もしないといけない。
この形でも私たちはやっておりましたが、仕入れていただく小売店の意向が強く、
それをコントロールできなかったので、大変でした。
小規模自営業者は特別でないと、立場は弱いのです。

これは作る製品の良し悪しとは関係ありません。
趣味で作るのではなくて、作りたいモノを作りながら生活するために
考えなければいけないことなのです。

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50ミリ単焦点レンズでF氏撮影

私たちの場合は、念入りな打ち合わせをしながら何人かの量産職人さんや
フラソリティーの猪瀬さんに、私たちの創造する形を作っていただきながら、
自身の鞄作りと折り合いをつけて、ル・ボナーの世界を作っています。
売れる価格、売りたい価格の相克を吟味して、価格は決まります。
あとはその品をお客様が、価格以上の価値を感じていただけるかです。

2009年04月25日

タナクロール ・イギリス鞄の残り香

30代前後に私たちの作るカバンは大きく変貌した。
20代に作っていた手作りチックなカジュアルバックを卒業して、
紳士淑女が持つカバンを作るようになっていった。

その頃気になるメンズバッグブランドは
「バレクストラ」「マーククロス」そして「タナクロール」でした。
その中でもタナクロールは特別でした。

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男の一流品という雑誌で紹介されていたその英王室御用達の「タナクロール」が作り出す鞄が素敵に思えた。早速展示してあるという日本橋三越のVIPルーム(その頃はそういう名のスペースに展示されていた)に見に行った。
その当時の素晴らしいブライドルレザーで作られたワイルドだけれど上等な特別を伝えるタナクロールの鞄たちに魅了された。アングロサクソンが作り出す繊細ではないけれど豊かな表情を持った鞄たち。

私は大いなる影響を受けてイギリス風メンズバッグをブライドルレザーを入手して作るようになった。
その頃のブライドルレザーはよくなめされていて頑強で作り手に腕力と握力と体力なしには縫製出来ない特別な革であった。さすがアングロサクソンが作り出す革だと関心したものだった。
しかしそのイギリスらしいブライドルレザーも徐々に軟弱ななめしの革となり、
頑強な面構えは同じでも長い年月生き続ける革ではなくなり、私たちは使わないようになった。

タナクロールも青山にあった正規輸入代理店が輸入をやめ日本で見ることも少なくなった。
そのタナクロールの代表的なハンティングキットバッグを先日お客様が私に見せたいと持ってきてくださった。久しぶりに見るタナクロールのバッグです。重いのに持って来て頂いてありがとうございました。

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迫力あるワイルドさはイギリスバッグが群を抜く。
アングロサクソンの怪力が生みだす力仕事とイギリス人の趣向が、
イギリスバッグの独特の個性を表現する。

しかし私の知っている20年ほど前に見たタナクロールとは残念ながら変わっていた。
聞くと5~6年前に購入した品だそうです。その年月の使用にしては痛みも激しい。
カタチは100年以上作り続けたタナクロールの代表的なハンティングキットバッグではあるけれど、革は変わっていて一枚仕立てのベルトの厚みは薄く質も違っている。
現在の多くのイギリスカバンと変わらぬ革になっていた。
ブライドルレザーの質の変化が、タナクロールの鞄たちも変えた。

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私は東京出張で時間があるとエース東京本社にあるバッグ博物館を訪れる。
そこには創業当時のバレクストラや全盛期のマーククロスのバッグたちが展示してあり、
70年代のタナクロールのハンティングキットバッグも。
展示してあるタナクロールのバッグは私が三越で初めて見たタナクロールのバッグたちと同じで、
人間の移動と結びついた夢や未知の可能性への期待を包み込んでくれる、
持っているだけで自由にイメージトリップが楽しめるカバンだった。

もう私が一時期嫉妬すら感じたイギリスのバッグは現行品で見る事は出来ないのだろうか。
久しぶりにル・ボナーの棒屋根ボストンを作りたいと思った。

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それにしても、この金具は素晴らしい。
真鍮削り出しのこの金具が入手出来るなら、私はすぐにでも棒屋根ボストンを作りたい。
タナクロールは私のカバン作りの中で大事にしているノスタルジー。

2009年10月27日

誇り高き箔押し職人

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ル・ボナーに箔押し機という新兵器が加わった。
これは刻印の素押しや箔(金、銀他色々)を革に熱を加えて印字する道具です。
タンニンなめしの革は、革を濡らしてハンマーで刻印を上から叩くと印字出来るけれど、
クロームなめしの場合は熱を加えながら圧力加えないと印字出来ない。
金や銀の箔を使った刻印の場合は、どんな革でもこの箔押し機がないと印字できない。

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革に印字するには刻印を作る。
前の亜鉛の刻印は3ミリ製版で安く作れる。
後ろの真鍮の刻印は亜鉛の刻印に比べて何倍も高価だ。
印字した時の違いは耐久度が数百倍違う事と、
印字した時の線のエッジが鮮明に刻印される事だそうだ。
ただ同じ刻印を長く使うより安価な亜鉛の刻印を作り直す方が効率的だし、
刻印の鮮明さは素人目には違いが良く分からないし、
多くのユーザーはその部分を気にすることはまずない。

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万年筆の書き味にこだわったリスシオ1紙で作ったダイアリー用革カバーを現在作っておりますが、その時入れる3社のトリプルネームを始めてこの箔押し機で入れる事になった。
今まで外注で頼んでいた作業をボンジョルノ自身が初めてやってみました。

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初めての事は何でも少しドキドキする。
何十枚か押した段階でPen and message.の刻印を逆さまに押しているのに気づいたぁ~。
数十枚の逆さの刻印はそのままで作っちゃおうかなんていうよこしまな心が少し脳裏をかすめたけれど、やはりそれはまずいと革を新しく裁断し刻印のし直し。
あぁ~革がもったいない。俺のせいだぁ~。

今までネーム入れは東京堀切の猪瀬さんに頼んでいた。
でも一個あたりのネーム入れの価格がやけに高いのだ。
「いつも市場より高いネーム入れ代を請求するから箔押し機買っちゃた」と猪瀬3代目にいやみを言うと、猪瀬3代目は頼んでいる箔押し職人の事を話してくれた。

その箔押し職人は50年以上箔押し一筋の人で、猪瀬さんは先々代からの長い付き合い。
猪瀬さんが長くメインでやっていた大手カバン会社の指定箔押し屋さんで、
その会社のカバンを作る時はその箔押し屋さんにネーム入れを頼まないといけなかった。
ただ箔押し代はその大手カバン会社が支払っていたので単価は最近まで知らなかった。
カバン業界では伝説のその大手カバン会社の先代の会長がその箔押し職人の仕事に惚れこんでいたようだ。

その後色々な会社の仕事をするようになった(株)猪瀬さんは、その箔押し屋さんのネーム入れ代金を始めて知った。猪瀬さんも高いと思った。

しかしやはり誰も気にはしないことだけれど、その箔押し職人さんの押したネームはすっきりくっきりで、箔ははげにくい。
長らく付き合い続けている大手カバン会社の仕事以外のネーム入れも、
その職人さんに頼み続けている。

「今度ボンジョルノの東京出張時にはその箔押し屋さんのところにお連れしますよ。きっと感動してもらえると思いますよ」と猪瀬3代目は言う。
私の知っている限り箔押し機は電気式でトップの画像のような形だと思っていた。
その浅草下町の箔押し職人が使う箔押し機は、なんと電気は使わず加熱するのにバーナーの火を使う形式で、その上巨大な鋳物の塊で、戦前から使い続けている蒸気機関のような形したまさに重機なのだそうだ。
その箔押し機は、使う職人の長年使い続けた経験と感によってのみ生かされる。

そこで頼んだ箔押しは剥がれにくいと定評だ。
その職人さんに聞くと箔も良し悪しがあって、それを目と手触りで取捨選択し、
その箔の手触りと印字する革の質で、押す時の温度と時間を五感によって調整するそうだ。

刻印は頼むメーカーが所有し、押す革と刻印を渡して箔押しを頼む。
この頃亜鉛の3ミリ厚製版で作った刻印でネーム入れを頼む事が多くなっている。
小ロットの品のネーム入れはそれで十分事足りる。
何度かリピートを繰り返す製品のネーム入れをその亜鉛の刻印で頼んでいた猪瀬さんは、
ある時押す革は送ったけれど、その刻印を渡すのを忘れていたので持っていくと、もう箔押しが終わっていた。
亜鉛の刻印で押すと満足な仕上がりにならないから、自費で高価な真鍮の刻印を作って押していた事がわかった。
人が評価するしないは関係なく、満足できる仕事がしたい市井の箔押し職人なのだ。
その後(株)猪瀬は刻印は高くても出来る限り真鍮の刻印でお願いするようになった。

今度の東京出張の時にはその箔押し名人と巨大でバーナーで加熱する戦前の箔押し機に会いに行きたいと思うボンジョルノです。
そしてこれからも大量のネーム入れは高いけれどその箔押し職人さんにお願いしようと思った。
そして刻印は高いけれど真鍮で作ろうと思った。


2009年11月27日

覚醒したいと願うボンジョルノ

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今年もあと1か月ほど。
人工島・六甲アイランドの木々も色づき落葉し始めた。
1年が過ぎるのが本当に早くて、まだ半年ほどしかたっていないのでは?という感じだ。
一日一日をもっと充実させて生きていかないともったいないと感じている。

二人のル・ボナーになってもう何年経っただろうか。
その間多くの人たちに助けて頂きながら、毎年少しずつ売り上げを伸ばしてきた。
少しずつ販路も広まり、新しいお取引きの話も向こうから訪れたりする。
現在多くのル・ボナーの製品は気心知れた信頼する職人さんにお願いして作ってもらっている。
なので二人だけのル・ボナーだとしても、事業を大きくする事は可能な状態ではあります。
でもこれで十分だと感じている私たちです。
それより現状の中でより充実したル・ボナーでありたいと思っています。

50歳になるまで、何かしらのプレッシャーを感じながらカバン作りしていた。
それは金銭関係だったり、人間関係だったり色々だったけれど、
無我夢中でその眼の前のプレッシャーを解決しようとすることで、
気付かぬ内に鞄職人としての仕事の領域を広げる事が出来た。
そんな50歳までの格闘を糧に、ここ何年間かの二人のル・ボナーは平和な日々。

ただここのところ感じていたどこか満たされぬ思い。
それは30年以上カバンを作っている私ではあるけれど、
お店にはル・ボナーのカタチがいっぱい展示出来てはいるけれど、
自身ですべて作った鞄たちが少ない。
そして新作のバッグも年に2~3個しか出せていない。

毎月多くの仕事は背負っている。
でも日々追われる仕事も取捨選択し、スムーズな流れを考えれば、
もっと豊かな品揃えも出来るはずだろうし、
もっと多く自分たちがすべて作った品も増やしていけるはずだ。

鞄職人として生きてきた。これからも鞄職人として生きてゆく。
でも鞄職人として生きる人生も折り返し地点を過ぎてしまった。
注文の品の納期に追われ、ヘロヘロになりながら作り続けた日々を思い出しながら、
カバン作りとの関わりの中で、充実した日々を過ごせたらと思っています。

丁度毎年末恒例の太ダレスの制作が始まる。
今回は例年以上に大量の注文となってしまったけれど、
これを作り上げる事で、鞄職人として覚醒したいと願っています。

今歯が痛くて眠れなくて、こんな夜中にブログ書いております。
明日またそのズキズキ痛い歯を抜きます。2か月連続。
このまま歯を抜き続けて総入れ歯になるのだろうかという不安を抱きつつ、あちこちガタがきている事を痛感しながら、充実したモノ作り人生を全うしたいと願うボンジョルノでありました。

2010年02月19日

顔料仕上げのコバ処理

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太ダレスの本体で一番厚みのある部分のコバ処理中。
革製品の場合、裁断した断面は収まり良くするために処理しないといけない。
今まで染料を塗って磨き上げる処理方法を主に使っていたル・ボナーですが、
厚みのあるコバの場合は顔料での処理の方が傷みにくいと思うに至った。

今まで顔料での仕上げを使わないでいた理由は、
既存の顔料を厚塗りした仕上げの鞄のコバの表面に塗られた顔料の被膜が、
一年も経たないうちに剥げ落ちた品を何度も見てきたのが大きな理由。
しかし下処理の仕上げをきっちりしてから顔料を革の断面に染み込ませる工夫をすると、
染料仕上げにも負けない仕上がりと、染料仕上げだと使い続けるとコバの断面の重なりが分離するという避けて通れない問題が緩和される。
そんな理由から顔料での仕上げもするようになった。

顔料を使うようになったきっかけは、エルメスのコバ。
顔料で処理しているのに、その顔料がはがれにくいのに驚いた。
その上染料だと仕上げると黒ないしは濃茶のコバ色になってしまうのに比べ、
顔料だとカラフルなコバの色も可能。
シュランケンカーフなどのカラフルな色の革にはカラフルなコバ色が似合っている。

顔料での仕上げは染料での仕上げより美しくないという固定観念が今まであったけれど、
綺麗な仕上げは、顔料でも染料でも下処理次第だと確信した。
綺麗に収まって剥離しなければ顔料仕上げの方が利点は多い。
特に厚みのある重なった断面の場合はより効果的だ。
その断面に芯材などの異素材も一緒にコバ処理する時などはなおさら。


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コバの断面を切り揃えて、豆カンナで角を削り、その後何種類かの荒さの違う紙やすりで断面を滑らかに揃える。ここまでは染料であれ、顔料であれ、収まったコバにするには同じ作業。
その後顔料磨きは顔料を塗布して熱と紙やすりを使って滑らかにし、その工程を収まり良い状態になるまで繰り返す。美しく仕上げるには近道はなかった。

ただ顔料での仕上げの場合、厚塗りは避けたい。厚塗りは剥離を助長させる。
あくまで顔料は薄塗りで、革の断面にしみ込ませる仕上げが頑強。

そんな風に太ダレスのコバ処理を、今回から顔料仕上げでしています。


2010年02月23日

オール革の最薄革小物への挑戦

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チャーの仕事場での寝床の位置を変えた。
このところ店内まで日が差し込む午後になると、勝手にお店側の玄関口あたりで日向ぼっこするようになってしまった。これではお客様があまり来ないお店だといってもいけません。ますます入りづらいお店になってしまう。そこでハミの仕事机の下の引き出し部分を移動して、そこをチャーの寝床にした。ここだと外が見えるし、ハミと私の仕事机の中間に納まった状態で、淋しがり屋のチャーも気に入るはず。案の定寝床移動計画決行後、お客様が入ってくると「おやつくれぇ~!」と吠える悪知恵が定着してしまったチャーではあるけれど、いつもよりそのトーンが弱いような。相当気に入っているようだ。


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多くの皆様方にお待ち頂いていながら、
製作が遅れに遅れている名刺入れの試作が出来上がりました。
今まであったル・ボナーの名刺入れと同じに見えるけれど、型紙全面改装しています。
サイズは横巾だけ5ミリ増やした。それとマチの折目を変えた。これで少ない名刺の量を入れた時でもマチが干渉せずに、名刺の角を傷めないはず。
そして今回作る名刺入れの最大の挑戦はオール内貼りも革を使った革小物において、最薄の厚みでの仕上がりに挑戦しました。革製品はある程度の厚みある革の方が質感あって丈夫だ。しかしル・ボナーのお客様の年齢層は高めで、薄い革製品を要望する人が多い。内装を合皮や生地を使って作る革小物であれば、それはそんなに難しくはないのだけれど、オール革で作るとなると大変だ。その質感と強度も考慮して薄く仕上げるとなると、より工夫が必要だ。

革は薄く割ると紙のようにもろくなる。特に0,5ミリより薄くすると極端にもろくなるように思う。しかしオール革での薄仕上げにするには0,3ミリまで割る必要がある。それも何重にも重なる部分はもっと薄くする必要がある。0,3ミリ割で縁斜め漉き。これは私には到底出来ない領域で、割り漉き専門の職人さんにお願いしている。斜め漉きの最端は0,0いくつかの世界~。

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上の写真は0.5ミリ割りで縁を斜め漉きした内側に使うパーツ。常時刃をみがきながらの割り漉きによって、削っているのではなくて切った断面は、革のコシを残す。

革を0.3ミリで割ったパーツでも強度をだすために、その薄さのパーツは2枚ベタ貼りして圧着して使う。そうすると0,5ミリの強度のあるパーツとなる。1,0ミリの1枚仕立てより、0,5ミリの2枚圧着ベタ貼りのほうが全然強度がある。そして薄い。そういった強度のある薄いパーツを思考することで、オール革での薄仕上げの革小物の限界に挑戦してみたのが今回の名刺入れです。

内側に使う革は革の表皮が強いクロームなめしの革を使う。
内貼りを生地や合皮を使って作る場合に比べて3倍ほどの革が必要になる。

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4月の声が聞こえる頃には店頭に並びます。
今回は定番のブッテーロは勿論、それ以外にシュランケンカーフ、クリスペルカーフ、イタリアンバッファローの革でも作っています。もうしばらくお待ちください。
特別な薄い仕上がりで、それでいて丈夫で革の質感は十分感じられるル・ボナーの名刺入れはもう少ししたら登場です。

2010年04月13日

エージングして特別に

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ル・ボナーのお客様きってのブッテーロ革お手入れ名人のFさんの名刺入れを、新品の同色の品と一緒に撮りました。このエージングは素晴らしい。ブッテーロという革は使い人の接し方(お手入れ方法)で大きくエージング具合に差が出る革です。

Fさんの名刺入れはまだ1年経っていない。それでこの状態は凄い。日々ハンカチで磨き上げているだけだそうです。使っていると爪傷などは目立つ革ですが、磨き上げればその傷も目立たなくなりこのエージング。素性は抜群に良い革であるブッテーロですから、皆様愛情持ってお手入れしてみましょう。それに応えてくれる革です。磨くだけで良いのです。でもその継続が実は大変。私は途中で挫折しました。でも時々の手入れだってそれなりの味わい深める。


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ブッテーロに比べるとミネルバリスシオは楽していてもエージング強烈。
玉ブチの交換修理でル・ボナーに里帰りしていた旧ビィジーも修理完了。
このタバコ色の旧ビィジーは相当過酷に使用されていたようですが、深いエージングをしている。決してまめに手入れされていなかったようだけれど、皮革オイルや防水スプレーとかで間違ったお手入れするよりはしない方が良い。修理終わって濡れたタオルで汚れを拭き取って、その後乾いた生地で磨くと相当良い状態に復元する。
本体の革はまだまだ元気な状態なので、これからも使い続けていけます。

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革は本体部分の表皮にひび割れが出てくると復元力がなくなった瀕死状態という事です。その状態を回避出来れば、他の部分は修理交換して使い続けられます。愛情持って厳しく接して、素敵なエージングを楽しんでください。その能力を持った革たちをル・ボナーでは使っています。


2010年04月19日

時代のトレンドに逆行して

此処のところ、秋に大々的に登場させたいと思っている革小物シリーズのサンプル作りに集中しています。バウハウス的デザイン思考で作る革小物と言っていたアレです。しかし私の描き出すフォルムやラインは、バウハウス的なエッジが効いたシャープなイメージとは相容れない事に作り始めて気が付いた。だからこれからはバウバウ言わない事にした。そして出来上がったファーストサンプルは、バウハウスではなくてボンジョルノ的?革小物として、創造出来たのではと自画自賛。

私はこの頃流行の金具ジャラジャラいっぱい付いたバッグや、多機能と銘打ったポケットいっぱい付いた革製品に抵抗を感じております。ある大手通販会社に金具ジャラジャラのバッグを作ってもらえないかと頼まれた事がありましたが、それを私に頼むなんてお門違い甚だしい。私の標榜する革製品のカタチはシンプルでありながら必要十分な機能を満たし、丁寧な職人仕事が感じられる品を作りたいと願っています。、耐久性においても革の質感を楽しむ上でも、装飾のためだけの付属品は無い方が良いと思っています。

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良い革の魅力を最大限伝えるには、料理しすぎない事。美味しいお鮨のような革小物作れたらと思った。職人の包丁の切り方でも味が変わる。手を加えていないようで下仕事をきっちりしていないと生まれないナチュラルな美味しいお鮨。そんな革小物を作り出せたら最高にハッピー。今そんな思い持ってサンプル作っています。

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革の質感を最大限生かす工夫してシンプルに仕上げる。それでいて機能的にも十分な革小物。ル・ボナーの新しいカタチ生まれそうな予感感じて、いつもと違って?夢中で仕事しているボンジョルノです。

秋には堂々10~15型のアイテムをトータルに登場させる事が出来ればと思っています。現在7型のファーストサンプルが出来ました。お客様に出来上がった品の感想を聞きながら改良加えてカタチを詰めているところです。作り手側の視点だけで作ると間違った思考に陥りやすい。使い手側の視点は刺激受けます。ご意見を選択しながら完成形までの工程の中に加味していこうと思っています。今回は出来上がるまでブログでは公開しないぞと思っていましたが、一点だけファーストサンプルを公開~。

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筆記具を巻いて収納するタイプのペンケース。
これは前々から頼まれていたタイプのペンケースなのですが、革の質感を十分感じれながら機能も犠牲にしないこのタイプのペンケースを創造出来なかった。でもこのバウハウス的デザイン思考の革小物シリーズをと考え始めて、お鮨のような革小物シリーズとして完結したこのトータルデザインを考えていたら出来ちゃった。まだまだ部分的には改良しなければいけない部分多々あるけれど、良いのではないでしょうか。海苔巻きなんて単略的な感想を言った人もいたけれど、革の質感感じられて上質感あるロールタイプペンケースが発想出来きたのではないでしょうか。

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このロールタイプのペンケースがこの小物群の中でも一番異端。でもコンセプトとしては共通している。この革小物群の名前は一応決まっている。「ZANSHIN(残心)」いかがですか?。「ZANSHIN」とアルファベットだと「斬新」を思い浮かべる。「残心」だと「私馬鹿よね、おバカさんよね~」と歌ってしまう「心残り」が思い浮かぶ。しかしどちらもかけている部分は無きにしも非ずではあるけれど違う。ウィキペディアで「残心」を調べるとその言葉の深い意味に感動する。まさに日本の美意識。私が今回の革小物群を創造する上で表現したいのは正にこの「残心」。バウハウスよりこっちだった。オーバーなぁ~なんて言われればまったくその通り。でも名に恥じぬシリーズにしていく所存であります。その自信あります。

2010年05月15日

ボックス革の魅力感じながら、なぜか赤ステッチ

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もう何年経っただろうか。イタリア・フラスキーニ社のデッドストックのブレンダボックス革で作った折財布をお買い上げ頂いたお客様に、それと同じ革でロールタイプのペンケースを作って欲しいと頼まれ遅くなりましたが作りました。これは濃いグリーン色です。素敵な微妙な色出しされた革の色と質感を伝える写真を撮るのは本当に難しい。出来上がったロールタイプのペンケースは、秋に一挙登場予定の革小物シリーズの「ZANSHIN 残心」でも同じ仕様で登場させる予定。ただフラスキーニの最後の傑作であるブレンダボックスというボックスカーフ系のクロームなめし革では登場させるだけの革は残っていません。

出来上がってそのねっとりした質感と深い色合いに改めて感動した。イタリア人が思い描く本当の高級革の答えがあるように思えた。素晴らしいクロームなめしの革を少し前までイタリアでも作っていた。ムスタング、ビューカーフ、パペーテ、そしてブレンダボックスなど、フラスーキーニの作るクロームなめし革は本当に特別だった。しかし今はもう作っていない。

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今私は秋登場させる革小物シリーズの「ZANSHIN 残心」のサンプルを、自らモニターになって使っている。何種類かの革で作る予定にしているけれど、その中のドイツ・ペリンガー社の作るクリスペルカーフで作ったサンプルを使い始めた。使い始めて実感した。この革本当に凄い。

使い手の接し方で差異が出る良いタンニンなめしの革とは違い、良いクロームなめしの革は新品時に「私は良い革です」と主張していて、その状態を維持する工夫をしながら楽しむ革です。クリスペルカーフは現在も生産されているクロームなめしの革の中で、最も凄みを感じる革だと私は思っている。過去にはいっぱい素敵なクロームなめしの革はあったけれど、今は本当に少なくなった。

そんな魅力を感じている革たちの質感を最大限生かす事を主眼において、秋発売予定の革小物シリーズ「ZANSHIN 残心」は発想した。使い勝手を犠牲ににせず、最小限のステッチングで組上げたパターンの妙。クリスペルカーフの生ゴムのようなコシ感と漆塗りのような表面の上質さを伝える上で、この革小物シリーズのコンセプトには最適にマッチングしていると思う。

それにしてもなぜなのだろう。ル・ボナー界隈では大ブームが発生している黒革に赤ステッチに対して少々否定的であったボンジョルノだったはずだのに、なぜか日々使う品を見渡すと多くなっている。それも凄く気に入ってしまっている。

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そして気にもかけていなかったのだけれど、我が愛車のアルファロメオの内装は非常にチープなのだけれど、ステアリングとシフトノブだけは非常にフィット感のある黒のイタリアンレザーで、大変気に入っているのだけれど、そのステアリングとシフトノブをよく見るとなんとこれも赤ステッチだったのだ。

クリスペルカーフのネットリした肌触りに酔い、黒革に赤ステッチの誘惑が重なり、この「ZANSHIN 残心」シリーズは革の素敵を表現する方法論として間違っていないと確信しました。

このシリーズの詳細は7月中頃詳しくこのブログにて公開します。
そして発売開始は8月末頃からの予定です。

2010年07月05日

大好きなペリンガー社が作り出す革たち

世界的にクロームなめしのタンナーは厳しい。スウェーデンの大手タンナー・ボルゲ社が廃業し、それ以外のヨーロッパの大手タンナーも厳しい状態だ。経営健全化をめざし効率良く有名ブランドの要望に沿った皮革を作る体制に方向を転換すれば、一時しのぎは出来るけれど良い革を作る技術と伝統は置き去りにされ、結果的にはボルゲ社と同じ運命を辿るだろう。個々のタンナーの持つ伝統的な技術を大事にし、それを評価する市場をタンナー自身が構築する営業努力が必要な時代を迎えているのではないだろうか。

そんな中ペリンガー社は小規模で大資本グループに属さず家族経営で来たから、こんな時代でも素敵なクローム革を作り続けているヨーロッパにおいても珍しいタンナーだ。そんなペリンガー社のUlrich Ludwig Perlinger社長が年に一度来日するようになって3回目のミーティングが先日東京浅草のサライ商事で行なわれた。

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前回までは少し緊張ぎみだったペリンガー社長も、今回は相当慣れたようでアットホームなミーティングとなった。私たちの時間は今回は気心知れたタクヤ君とカンダミサコさんとの3人で。要望やオーダーそれにヨーロッパの皮革業界の現状など色々話した。こういったヨーロッパのタンナーと私たちのような小規模にモノ作りしている者たちの意見を反映させる場を作ってくれるサライ商事という皮革問屋の姿勢には心から感謝している。そしてクロームなめし革のメインタンナーをブランド力のあるフランスのデュ・プイ社から内容重視でペリンガー社に変更する決断を下したサライ商事には感服します。

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クロームなめし革を作るタンナーはボックスカーフ系の革を見ると、そのタンナーの技術と姿勢が分かると私は思っている。私の知る限り現在作られているボックスカーフ系の革でペリンガー社のクリスペルカーフが最高峰だと思う。この質感には惚れ惚れする硬質な色香がある。その上昔あったイタリアンカーフを思わせるねっとり感も持ち合わせている。クリスペルカーフはコードバン並の高価な値段するけれど、使いたいと思ってしまう素晴らしいカーフだ。そして来年のミーティング時には、私たちが大好きだった今では作られていないカーフ革たちの復刻をお願いしようと思っている。ペリンガー社ならその希望を叶えてもらえそうな気がしている。

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現在クリスペルカーフで作った品で店頭に展示してあるのはポーチ・ピッコロだけになっている。これからクリスペルカーフの製品を増やしていきたいと思っています。その手始めは今秋発表する「ZANSHIN残心」シリーズの革小物たち。色々な種類の革で作る予定にしているけれど、主役はこのクリスペルカーフ。サンプルを数カ月使ってみました。ヨーロッパ旅行でも酷使しましたがこれは良い。クリスペルカーフの質感が生きる革小物シリーズだと実感した。

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ペリンガー社のシュランケンカーフはル・ボナーのレディースバックのメインレザー。カラフルな色いっぱいあって神戸らしさを表現するのに無くてはならない素敵な本シュリンク革。メンズバッグでもカラフルなシュランケンカーフ使って作るようになった。ル・ボナーの定番中の定番のパパスショルダーでも作るたびに定番のミネルバボックスの3色以外に、シュランケンカーフでも作る。前回はライムグリーンとオレンジで作ったけれど残りオレンジ1本になった。次回はジーンブルーとトープで作る予定。


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ミーティング終わって記念写真。輸入皮革のスペシャリストのサライ商事の社長と常務はこのブログ初登場。二人とも若くて大きい~。それにしても我々3人は普段着で失礼してしまった。でも暑いんだものクールビズでしょう。梅雨のないドイツ人のペリンガー社社長も、日本の蒸し暑さに相当参っているご様子。でも充実したミーティングでありました。これからもペリンガー社の革にぞっこんのボンジョルノでありました。

2010年07月30日

オール日本製の牛革「クロザンカク」

私は本当は使う革も日本製を使えるものなら使っていきたいと思っている。
良い革を作れる技術力を日本のタンナーは持っている。
でも価格ばかりを意識した革作りのため、何度も失望させられてきた。
でも希望は失っていない。

輸入皮革を主に扱うサライ商事の常務から、
「面白いオール日本製の革がみつかったのだけれど」と話があった。
国産黒毛和牛を原皮に、姫路革の伝統なめし技術である白なめし技法を使い、
それに漆を擦り込んだ革があると言うのだ。

聞いただけで興味を強く感じた。
しかし値段は日本製牛革としてはめちゃくちゃ高価だし、サンプルの革は見ないままの発注は勇気がいる。サンプルを見ての発注ですら今まで何度も日本製の革では失敗してきた経緯もあって躊躇するボンジョルノであった。
しかし頼んでしまった。そしてその革が今日届いた。

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国産黒毛和牛の革を白なめし(菜種油その他ナチュラル素材と大量の水を使ってなめす姫路革の伝統的なめし技法)で仕上げ、その真っ白な革に水性染料を染み込ませ、その上にセミアニリンを塗り、その後薄く型押しして革表面を締め、そして手もみして馴染ませる。それから本漆を4回塗る。驚くほど手間をかけて作った革だ。

実際見て良いと思った。
革と漆のコンビネーションは、鹿革に文様を漆使って判押しした甲州印伝がある。
しかし印伝は漆部分がひび割れてくる。その弱点もこの革はないように思える。
どんな経年変化を見せるかは分からない。分かっていることは日本らしい革を誠意を持って作ったと言う事。


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革と漆のコラボレーションに興味を感じていた。しかし柔軟性のある革と硬質な漆という塗料は難しいと感じていたけれど、この革はそれを絶妙のバランスで結びつけている。タンナーが売れる売れないは度外視して、作りたくて作った日本の革だ。

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元々剣道などの武具のパーツの材料としてこの革は作られ、色は黒のみだった。
武具のパーツの材料として使われたという事は革の強度は十分あるはず。

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そして今回初めてブラウンでも作る事に成功した。
2色揃えば色々な革製品でも使いやすくなる。
シャーク(スティングレー)革の質感持った光沢ある牛革。

まずは秋に登場させる革小物シリーズ「残心ZANSHIN」で、
この漆革をカタチにしようと考えています。
素敵な日本をこの革で表現したい。
この漆革の名は「クロザンカク」黒ザン革。ザンは木ヘンに残のツクリ。
手書きパットなるツールがあることを教えて頂き何とか書けた「黒桟革」。
「桟」は「かけはし」でいけるようだ。

2010年10月27日

久々トランク制作中




トランクを現在制作中です。革はブッテーロのワイン。ステッチは薄ピンク。総手縫いなので手縫いの定番の麻糸使っても違和感は生じないけれど、糸色優先でビニモの1番の太い糸。ビニモの方が丈夫な糸なので、手縫いは麻糸というこだわりは私の場合持っていません。ワイン色の革に薄桃色のステッチで縫い上げると、白ステッチがワイン色の革で少し染まったような味わい。久々の大物なので、作りながらドキドキしています。

トランクはアタッシェと違い、木箱に革を貼って組み上げるのではなくて、厚ボール紙を何重か貼り合わせ金属枠で補強して、その上に革を貼って作り上げます。木箱に革を貼るアタッシェの方が丈夫そうに思うでしょうが、耐久性はトランクの方があると思います。骨董屋さんには明治、大正時代に作られたトランクは今も売っていますが、アタッシェは見ません。それは弾力性の違いが大きい。トランクは柔軟に衝撃を逃がしますが、、アタッシェは一定以上の衝撃が加わると修復不能な状態を生じてしまう。日本のトランクは100年以上前イギリス製のトランクを見本に日本でも作られるようになったのだけれど、現存するトランクの大部分は日本製です。それは日本の職人さんの工夫が大きい。トランクを作り始めた頃、古い日本製のトランクを分解してみた事があるけれど、芯材の厚紙に何重にも新聞紙を大和糊で貼り合わせているのを見た時、その工夫と手間をかけた仕事に頭下がる思いを感じた。そんな見えない工夫が永遠の命を宿したトランクを生む。


トランクはアタッシェと違い、成型しながら重ね貼り合わせて強度を高めていきます。私は手縫いはあまりしない鞄職人ですが、トランクを組み上げる時は強度を高めるためオール手縫いでの組み上げです。なので時間はいっぱいかかってしまいます。せっかく手縫いで組み上げるので、手縫いでないと生まれないフォルム意識して組み上げています。革を曲げが可能なギリギリ厚い状態で貼って、曲げた場所が直線的でなく、外へ向かって広がるような曲線持った箱になればと工夫試みています。上の写真だとよく分からないと思いますが、本体正面部分も四方から中心に向かって小山のような膨らみ生む工夫してみました。

力仕事で外観が思い描くカタチになれば、その後の仕事は丁寧に完成目指す。私は戦前のファスナー使った鞄がなかった時代の鞄たちが好きです。そんな鞄たちを私なりの解釈加えて復刻したいという思いも持っています。鞄作れるのもあと10~15年。作りたい鞄を我儘に作り始めないと。今ワクワクしながらトランク作っています。

2010年11月15日

「鞄仙人」小林哲夫氏に会ってしまったぁ〜。


今回の「アファンの森で語る会」に参加して、前々から気になっていたけれど会う機会がなかった鞄職人の方と会う事が出来た。道もまともに通っていない山奥で、木こり兼業で個性的な手縫い鞄を20年以上作り続けているカバン職人・小林哲夫氏だ。氏の作る鞄は自己流の極めだ。でも全ての制約から解き放たれて作られたその鞄は、氏のアイデンティティーを強く感じ取る事が出来る。


その鞄たちの一つがこれ。厚みのあるヌメ革しか使わない。手縫いしかしない。注文主の要望は最小限しか聞かない。ラフな鞄です。でも孤高の魅力感じる鞄だ。聞くとヌメ革は最初汚れやすいので、組み上げる前に何度も馬油と特殊な動物性オイルを塗り込みその問題を解消していると言う。そしてボンド使った仮止めをせずに手縫いで組み上げるという。その事がどれだけ意味があるのかは別にして、それらのこだわりと仙人のような生活から、唯一無二な個性的な鞄たちがゆっくり生まれて来る。この特別なヌメ革の鞄を愛用する古山万年筆画伯や万年筆くらぶ会長・中谷でべそ氏たちが言うには、小林氏を「鞄仙人」と命名したのは私らしい。でも本人もそのあだ名を気にいっておられるようなのでまあいいか。



その小林哲夫氏がこのお人。40歳までは大手有名店の革製品のバイヤー。その後何を思ったのか、人里離れた山奥に工房を構え孤高の鞄仙人に。本人金はないけれど今が最高に充実していると言う。会う前私は仙人のような身なり(作務衣?)を想像していた。全然違って爽やかアウトドアなオールドマンではありませんか。しかし日々の仕事と生活を聞くと面白過ぎます。食べ物は基本自給自足。そのナチュラルな日々は十分ノンフィクションの物語の主人公。だから自由に生きられる。自由に鞄を作れる。現代社会の閉塞感から解き放たれた氏の生き方に憧れ感じる私です。でも俗な私には出来はしない心豊かな生き方。


その小林氏はつい最近新車を買った。4WDの軽トラだ。普通の車だと底打ちして途中で車を放棄して歩いていかないとたどり着けない山奥に住む氏にとって車は4WDが絶対だ。そして今後買い替えないで済むとしたら、この選択しかない。そんな道具としての軽トラが素敵だと思った。アメリカの田舎人がボンネットトラックを誇らしげに乗っているように、日本の田舎暮らしには4WDの軽トラが良い。話しを聞くと特別なエコポイントで格安購入出来たらしい。田舎暮らしするなら、公共の恩恵を最大限利用する事が大事だ。私の愛車・アルファ・ロメオとは対極に位置するチョイス。


その軽トラの助手席に乗って色々お話しした。貧乏自慢から社会の有り様?まで。あっ忘れてた。当然鞄の事も。独立系鞄職人ではあるけれど業界の中枢とも関わり持ちながら鞄作りする私とは対極に位置する鞄仙人。でも不思議なぐらい気が合う。それが心地良い。

小林哲夫氏の作る鞄に興味を持たれた人がおられたとしても、簡単にはアクセス出来ません。もし何とか連絡とれて実際に作った鞄が欲しいと思ったとしても今は売ってくれません。来年の5月に開催する東京・恵比寿での展示会に向け月1.5本ペースで作り続けている途中。その為今売ってしまうと展示会に並べる個数が減るからと。来年5月の展示会が私も楽しみです。是非とも私も表敬訪問したいと思っています。

間違いなく無二の鞄たちです。そして無二の鞄職人です。
でもナチュラルな人が作る、ナチュラルな鞄です。

2011年02月16日

私にとってのカバン作りの醍醐味。

カバン作りをしていて、職人それぞれ一番楽しい作業は違う。私の場合は、デザインが決まった後、その狙いを実際にカタチにするパターンと無理なく縫製する為の工夫を試行錯誤する時が一番夢中になる。



ポーチ・ピッコロは大変だった。何でもないシンプルなメンズポーチだけれど、バッグinバッグにもなるサイズでありながら、十分な収納力を持ち合わせたポーチにする為に、内側にも外側にも出っ張りが出ない縫製方法でないといけないと考えた。ポストミシンを使った縫製だと上手く行きそうな感じだったけれど、実際にポストで縫ってみるとコーナー部分のマチが出っ張りスマートなイメージに組み上がらない。シャープさが出ない。何度も試作を繰り返し、平ミシンでもこのカタチに縫い上げる事の出来る縫製手順の工夫を導き出せた時は感激だった。このポーチ・ピッコロはデザインするだけのデザイナーには生み出せない、職人がデザインし縫製の工夫まで考えたから生まれたカタチだと思っている。このポーチ・ピッコロも現在数個しか在庫がない状態で、只今製作中でもう少ししたら出来上がってきます。クリスペルカーフのブルーステッチ、シュランケンのバイオレット、スカイを待っておられる皆様、もうしばらくお待ちください。


表にはショルダーベルトの中央を走るステッチ以外ステッチを見せないで組み上がったショルダーバッグ「ペーパームーン」はボンジョルノの真骨頂。分解しても縫製方法が理解しにくい難解なパズルの様なパターンのバッグ。最初に私がサンプルで作った品とパターンを提示した時、作って頂く職人さんは手順を覚えるのが大変だしポケットいっぱいで手間がかかりそうだからと断られた。でも諦めず説得を繰り返し、慣れるとスムーズで数が上がる事が分かって頂けた。その後大手通販会社にて販売し、相当年齢層が高ぁ〜いお客様に支持されて、ル・ボナーのバッグの中で一番いっぱい作った。要望があるのでこのペーパームーンは復活させたいといけないと思ってます。実はこの同じ考え方で、リュック、トートバッグ、ブリーフケース、縦型ショルダーバッグも何年も前に型紙は起こしていた。日の目を見せてあげたいものです。


大人気のパパスショルダーも新型に変える時に、本体サイズ変えずに口元をどうしても広げたかった。A4ファイルが入るサイズだのに、口元狭い為収めにくい。これをどうしても改善したかった。ショルダーの付け根部分のパーツの形状変更。この工夫で口元が4センチ広がって、A4ファイルがスムーズに収める事ができるようになった。何度もパーツの形状を変えて作ってみて、その結果このカタチに。これがミシンで縫えるぎりぎり。ミシンは手縫いと違い色々な制約がある。ステッチの内側7ミリ幅の押さえが走るスペースが必要で、それをギリギリのところでクリアーした苦心のパーツ形状。

縫製方法まで考慮してカタチを生み出す事で、ル・ボナーらしさが生まれる。そのスタンスでこれからも理解して協力してくださる職人さんたちと一緒にル・ボナーのカタチを生み出して行きたいと思うのでありました。カバン作りは面白い。

2011年04月18日

アイデンティティ




先日久しぶりに大和出版印刷の若社長が来てくれた。何時もは陽気な話しに終始する社長@大和氏なれど、その日の話しは深く私の心に染み入った。去年後半から社長の決断で会社規模から考えるとオーバースペックかと思ってしまうほどのハイレベルの印刷機器へと移行している。会社は当然利益を出す事が大事で、自社内で印刷しなくても営業力があれば利益を生み出す事が出来る。でもそれだけでは印刷屋という家業を続ける企業価値の部分が満たされない。現在でも兵庫県内では高い印刷技術を誇る大和出版印刷株式会社ではあるけれど、日本にはそれ以上にプロの目で見ると素晴らしい印刷物を作り続けている誇り高き印刷屋さんがある。印刷機がどんなに素晴らしくても、取り扱い説明書通りだとその高みには及ばない。印刷業界は現在では最もハイテク化している業界の一つ。ただ操作する職人の経験と研究心から生まれる絶妙な塩梅がその機械をより生かす。要は最後は人(職人)。その職人が思う存分経験と技術を生かす事が出来る環境を整えた。4代家業として続く会社である大和出版印刷は、印刷屋さんとしてより高みを目指す。プロが別格と認める印刷のレベルを求めて。プロカメラマンが写真集を出す時などに名指しされるような印刷屋さんになる日は近い。それが社長@大和氏が願う自社のアイデンティティ。

そんな社長@大和氏から思いがけない素敵な仕事の依頼があった。デザインや仕様はボンジョルノにお任せ。唯一の要望は指揮棒ケースの入るサイズのブリーフケース。制約の少ないこういった仕事はワクワクする。脳下垂体が刺激され即座にイメージが湧いた。この依頼はず〜と考えていたけれど実現できなかったル・ボナーらしさ表現した高級ソフトブリーフケース誕生のきっかけになる予感。



早速発想したイメージを4分の1縮小サイズで描いています。革の厚みも考慮して絵にします。デザインは悶々と考え続けてもなかなか生まれない。背中を押してもらうと、すっと生まれたりする。今回が正にそんな感じ。社長@大和氏の申し出が、沈滞気味だった鞄職人の魂を目覚めさて頂いた。小さな個人企業のル・ボナーだけれど、私たちのアイデンティティも思い起こさせてもらった。

2011年05月27日

クロームなめしの革の魅力は手触り

クロームなめしの革はタンニンなめしの革のように使い込んだ時に大きな変化は期待出来ない。でもよくなめされたクーローム革は使い込んだ時にタンニン革とは違う魅力を持っている。


もう使い始めて1年になるシュランケンカーフのライムグリーンのパパスは、今まで使っていたパパスの定番革のミネルバボックスにはなかった魅力を感じている。ミネルバボックスのエージングは特別凄くて、それがパパスの魅力の一つである事は間違いない。シュランケンカーフで作ったパパスにはその部分は期待出来ない。しかし一年使い続けて腰が抜けてそれでも革は痩せていないから、身体へのフィット感やもっちりした手触りが心地よい。その上汚れも吸収するタンニン革と違って、新品時より艶は出ているけれど汚れは感じない。



クローム革の良さを再確認したのがこのクリスペルカーフ使った残心小銭入れ。私が使っている革小物の中で一番ヘビーな使い方をしている品だけれど、その馴染み具合が大変気に入っている。写真左が新品で右が半年以上ハードに使っている品。写真だとその変化は分かりにくい。でも触るとその違いに驚いてしまう。ねっとりしたゴムのような質感に変化している。これからも長い年月革の生命力を維持するであろう事を感じさせる変化だ。



表面をアップで見ると使い込んだクリスペルカーフの表皮は、細かなシボ(ボックス)が新品時よりはっきりしてくる。多くの型押し革は使い込むと、熱を加えて押されたその文様が薄くなる。よくなめされたボックスカーフ系の革は、その逆に変化をするようだ。

ボックスカーフは牛革の最高峰。タンナーはその技術力をこのタイプの革に全力投球する。だからタンナーの技量はボックスカーフを比較すると一目瞭然。ペリンガーが作るボックスカーフが私の知る限り現行の革の中では最高だと思っている。ただボックスカーフは靴用なので、私たちが使うのはその後もう1工程加えたクリスペルカーフ。靴は最終工程においてスミ入れとバフ磨きがあるけれど、カバンや革小物の場合は革の段階でその工程を加えたボックスカーフを使う。そうでないと起毛などの問題が出てしまう。

使い込んだ時に、よくなめされたタンニンなめしの革は、革の魅力をストレートに伝えてくれる。よくなめされたクローム革は革の持つ豊かさを大人っぽく伝える。目ではなくて手触りで。



この所革靴履いて仕事している。そして初めてアッパーがボックスカーフの革靴が加わった。それも初めてのグッドイヤーウエルト製法の紳士靴。マッケイ製法の靴はスリッパ感覚で地面を革底から感じられて気に入っていたけれど、このイギリス靴は足を包み込む感覚で安定感がある。これはこれで面白い。そんな事よりボックスカーフのアッパー部分の事だ。良質なボックスカーフは手ごわい。歩く度に曲がる部分の凸凹が足の甲部分と接触して痛ぁ〜い。親指付け根がその為擦り剥けた。これを靴が噛むというらしい。それでも我慢して履き続けると徐々にフィットしてきて痛くなくなってきた。アッパーに使われている革が上等である事を感じれる。それにしても靴は革の素性が如実に影響を及ぼす革製品だと思う。スニカー党で長らく来た私ではありますが、革靴が面白いと感じ始めている今日この頃。やはりアッパーは良質なボックスカーフが面白そう。苦行を乗り越えないとフィットしてこない根性持った革だけれど。

よくなめされたクローム革の魅力は奥が深い。


2011年06月21日

ブッテーロという革には今でも驚かされる

ブッテーロのエージングは驚くほど清潔感を持った変化をする。そのブッテーロ革のお手入れにおいてル・ボナーのお客様の中で名人級は何人かいて、ハンカチ使った磨きにおいては、グリーンのブッテーロ大好きのFさんが最高峰。ハンカチで磨き続けると革が締まり艶やかな深みを増して行く。昨日雨の中お友達ち連れて来店頂いたYさんは、ブラッシングによるお手入れ名人。初めて見るタイプのブッテーロのエージングをした、ワイン色のフラボナの3本挿しのペンケースの変化具合に驚いた。ブッテーロという革のエージングは、使い手によって千差万別。その潜在能力にはまだまだ新しい驚きを感じる。











左がYさんがブラッシングし続けている三本挿しで右が新品。あきらかに違う。その上初めて見るエージング。ブラッシングだと表面をあまり締めつけないで、気孔から内側に含まれているオイル分が染み出て不均一に表面を飾り、不思議な光沢を生み出している。











このエージングは今まで見た事がなかった。ハンカチの乾拭きにしろブラッシングにしろ、その刺激によって内部からオイルが出て来て表面をカバーした状態を生み出した場合は、水拭きはしない方が無難なようです。この地道なお手入れは私には出来ないので、私は水拭きしながらほどほどのお手入れでブッテーロ革使った製品は楽しんでいる。それでも十分楽しめる。でもそのレベルでは満足出来ない方はFさんのハンカチ磨きやYさんのブラッシングのようにブッテーロの潜在能力を引き出して楽しんでください。でもこれは相当根気が必要です。でも間違いなく特別です。











革小物の場合は磨く面積がまだ少ないので満遍なく摩擦を加える事はまだ可能だ(私は出来ないけれど)。カバンサイズになると相当大変。でもそのサイズでもお手入れに励んでいる方たちが何人かおられる。ブッテーロのカバンを美しくエージングさせる事に成功した人は、お手入れ名人より凄いからお手入れの達人だ。それにしても手間暇かけたお手入れしたブッテーロの製品のエージングは美しいなぁ〜。

そのYさんが持参していたマーレの初めて見た万年筆が良かった。上2枚の写真の中央に鎮座する万年筆。カーボンとシルバーのコンビネーションなんて驚いてしまう。さすがイタリア万年筆の仁義なき美意識。この万年筆いいなぁ〜。




2011年07月08日

フェルディナンドカーフのレジェ・ボストン




フェルディナンドカーフという革があった。北欧で作られたそのカーフ革が私たち二人は大好きだった。表皮の摩擦強度は決して強い革ではなく、荒い使い方をすると無残な状態になるけれど、しっとりとした上等な質感が大事に使わないとと使い手に思わせるだけのオーラを持った革だった。そのフェルディナンドカーフ使って作ったレジェ・ボストンが里帰りしている。修理とかお手入れとかでの里帰りではなく、久しく品切れが続いていたレジェ・ボストンを再生産するため見たくなった。親しいお客様に使って頂いているので、無理を言っての里帰りです。それにしても良い表情している。


レジェ・ボストンにこのフェルディナントカーフの相性はピッタリだ。ただこの革でこのボストンバッグはこの一本しか作っていない。タンナー自体がなくなり在庫で持っていたフェルディナンドカーフで数年前に作った最後の大物。もう革小物しか作れない大きさしか残っていない。

このタイプのカーフが現行品で探せなくなっている。大手ブランドが数年は合皮なみに傷つかないビニールのような表情の革を望みタンナーも迎合する。その事で使い手の気配りで特別な表情に生まれ変わっていく上等なクロームなめしの革が減った。本来革が持っている耐久性と魅力を犠牲にして、便利や安易に扱える方向に革も悲しいかな進んでいる。五感を刺激する革素材が私は好きだし、素材が革である事の意味だと思うのだけれど。

レジェ・ボストンをシュランケンカーフを使って復活させます。フェルディナンドカーフのネットリした質感は望めないけれど、厚みと発色で新たな魅力を持ったレジェが登場するはず。このレジェ・ボストンに荷物を詰めて旅に出たら、一杯の想い出も一緒に持ち帰る事が出来るような気がする魅力的なフォルムのボストンバッグ。

2012年01月09日

トスカーナの若きアルチザン

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フィレンツェの伝統皮革工芸品の代表格はタンロウ革(タンニンなめしの無染色の革)を木型に添わして作る絞り技法の革小物たち。木型に三重に革を濡らしてはり合わせその表面に染料で後染めしワックスを塗布して磨き上げた革小物。その表面の独特の艶こそイタリアだと私には思えた。3度フィレンツェを訪れたけれど、その度にその革小物たちをお土産に買った。しかしこの革製品はその手のかかった独特の技法とモノとしての上等な質感にしては、イタリア国内は勿論国際的にもそんなに有名にはなれていない。家内工業的な零細な生産体制しかなく、保守的で革新的なフォルムを創造する工夫がないため、フィレンツェのお土産物レベルで細々残る技法だ。私はそれが凄くもったいないと思っている。だってこのフィレンツェの独特な革小物たちを見るたびに、大きな可能性を感じるボンジョルノ松本なのです。

トスカーナでその革小物を作っている工房で働いているという、日本人の若者がル・ボナーを訪れた。ワーキングビザを取得し職人としてこのフィレンツェの伝統皮革工芸品を作っている。浮ついていない地に足をつけて職人としてイタリアで生きて行こうしている若者だ。そのAさんが作っている革小物を見せてもらった。

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やはりこの技法は面白い。少し工夫を加えれば無限の可能性を秘めていると私には思える。トスカーナのアルチザンと一緒に企てが出来れば面白いと思った。このイタリアの絞り技法を生み出すトスカーナの職人集団と鞄職人ボンジョルのコラボ。クールなフォルムの革小物とこの技法を使ったカバンの創造。ワクワクする企て。そしてこれを進めていくという事は、正々堂々イタリアへの出張?も可能だ。これは新春から今年は面白くなりそうな予感。

2012年03月14日

独立系職人の鞄を欲する人と作る職人のギャップ

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先日久々にフルオーダーで大きなブリーフケースを作った。使い手の要望を聴いて、デザインから全て自前でのオートクチュール的な鞄作りだった。一個の鞄の為にパターンを起こしサンプルまで作るので、その費やした時間もすべてその一個にかかる。一日8時間労働で純粋にその仕事だけに費やした工賃を割り出し(15日)、それに材料費を加え、そして営業経費をかけて価格を割り出したら60万円也。その価格にになった最大の理由は工賃。もっと早く作ればその価格にはならいないけれど、非効率なオーダーメイドの一点作りを私がする場合、作り上げるまでにその時間が必要だった。しかしその価格は却下された。その時その鞄を収める化粧箱は12,000円しても納得したのに(同じ化粧箱を50個ほど頼むと1個1,000円ほど)。まあ楽しい仕事だったから受け入れた。その代わりこのカタチを量産する事で折り合いをつける事にした。システムをしっかり組んで量産すれば月30個は作れる。そうすればデザイン&パターン&サンプル作りにかかった時間は数に等分することになる。その結果同じ鞄が10万円前半の価格で卸しも可能になる。

前述のように今も時々は自分でも作るけれど、多くは信頼する職人さんに頼んで作ってもらっているプレタポルテ的生産体制で鞄作りを今は主にしている。それ故に余計に独立系鞄職人が自ら作る鞄を欲する人と作る職人とのギャップが見えて来る。

鞄以外のモノ作りを見てみるとその事がよく分かる。良く似た職種の靴で見てみると、ハンドソーのオーダーメイド靴を名ある独立系靴職人に頼むとだいたい30万オーバーというあたり。材料費も鞄に比べてかからない靴がなぜそんな値段がするのかと思っていたけれど、これは工賃を正当に計算するとなってしまうという事なのだ。その結果同じ革を使った紳士靴でも30万オーバーから3万までの差が生まれる。海外の雲上ブランドでオーダーすると100万円以上するが、それでも企業として全うな経営が成り立っている。それが靴の場合成立して市民権を得ている。

鞄の場合はどうか。日本のトップクラスの独立系鞄職人が自ら作ったフルオーダーの総手縫いのブリーフケースだとしても、50万の値をつけると多くのそういった鞄を欲する人でも躊躇する。実際に制作にかかった時間を計算して、それと材料費を足して営業経費をかけるという当たり前の価格計算をしてみると、100万円ほどで注文を受けないと成立しない。だのに50万円でも現実は躊躇される。そのギャップが現実に存在する中で、作り続けたいと願う独立系鞄職人はその作業のみでは生活をしていけないのが現状だ。方法はある。その技術を強くアピールし100万円でも注文する人たちをつかむブランド力を持つか、ある程度の量産体制を整えて欲する人との価格ギャップを埋めるシステムを構築して、個性を持ったオリジナルを生み出していく工夫をするか。どうしても手縫いにこだわる場合は前者の方法でフルオーダーを受ける道しかない。世界トップの鞄ブランドが手縫いとミシン併用で作る百万円オーバーのバッグが売れる日本なのだから、工夫次第で適正価格での手縫い鞄を作る方法論が必ずあるはず。その事に拘らなければ後者の方法で個性を表現する工夫が可能になる。ただその場合独立系の鞄職人であるだけではいられないけれど。

作り上げる為にかかった仕事量を適正に反映した価格で作り、その価格以上の満足を提供出来る関係を作っていかないと、独立系鞄職人の明日は見えて来ない。少しその場所から距離を置いているボンジョルノ松本は思うのでした。

( コメント頂いた皆様へ )

多くの皆様からのコメントを頂きありがとうございます。
多く頂いたので纏めて返信とさせて頂くご無礼をお許しください。
私は30万で靴をオーダーする事は金銭的に出来ませんが、
事実それが成立している世界があります。
それと同じでカバン作りにおいてもそうある事を願うのです。
その事が市民権を得る為には、
より魅力あるカバン作りをする努力をしていかないといけない訳で、
その方が職人側から考えても厳しい道だと思うのです。
そしてその緊張感から素敵なカバンが生まれて来ると思っています。
プロとしてカバン作りを生業としている訳ですから。

2012年05月03日

神戸の若き独立系鞄職人は素敵だ

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親しくしている同業の「カンダミサコ」の神田さんご夫妻が、昨日から大丸神戸店の一階でのイベントに参加している。これは表敬訪問しなくてはとハミが行った。いつも人が少ない六甲アイランドで仕事をしている私たちなので、人がいっぱいいる場所へ行くとドギマギする。大丸神戸店の一階も沢山の人でまごつくハミ。でも奥にある神田さんたちのブースになんとか辿り着いた。このイベントの為に普段以上に頑張って作り上げたオリジナル革製品が並ぶ。どれも神田さん夫妻の感性がカタチになった品々。プロのハミが見た時、群を抜くレベルの縫製力と美意識を感じると言っていた。だから「カンダミサコ」のブースに興味を持つお客様の層も、他とは少し違っていたとハミは言っていた。私も時間を見て行かないと。頑張れ神田夫妻!。

人をかき分け辿り着いたカンダミサコブース、彼女はお買い上げ商品を梱包中。私の目に焼きつく程お客様の表情がキラキラしていて彼女に話しかけている。会話の内容は分からずもお客様の興奮気味笑顔を見ると、探し求めていたバッグに出会えた喜び、加えて素敵な作者に出会えた嬉しさを感じとれた。ご主人の強引でなく(これ、大事)優しい接客に、私たちがお店を構えた頃の原点を思い起こさせてくれた。短時間ながら気持ちが豊かになった気がする。素敵な二人です。


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その時やはり同業の「Bellago(ベラゴ)」の牛尾君のお店へもハミは行った。牛尾君のショップ兼工房は、ブランドショップが集まる旧居留地にある。ビルの4階で知っている人しか来ない立地だけれどオシャレで広い。一人で鞄作りしているけれど、自分らしさを表現しながらプロの独立系鞄職人として着実に前に進んでいる。彼もまた素敵に自分らしさをカタチにしている。

初めて訪ねる電電ビル。4階に上がり右手にBellago。広く開けられた扉の奥には接客中の彼。いつもと変わらずの笑顔だ。悩み、思いめぐらせる事を着実に自分の力にして前に進んでいるように思った。どんな時でもあの笑顔なんだろうな、きっとそうだろうな。心の中に一本、凛として佇む力強さが彼の作り出す物と笑顔に出ているように思う。

ハミの話しを聞いていて清々しい気持ちになった。「バゲラ」の高田夫妻も含め神戸の若き独立系鞄職人の面々は、捨ててもいい拘りと絶対曲げれない拘りのバランスをとりながら、プロの表現者としてそれぞれの個性をカタチにしている。これがなかなかできない。それも高い次元で。私が皆と同じ30台前半の頃に作っていた鞄と比較すると恥ずかしくなる。

地方都市・神戸の街で若き独立系鞄職人たちが切瑳琢磨しながら、素敵にプロとして生きている。そしてそれぞれ個性をもっているから共存できる。それを街がバックアップする。神戸一の格式あるデパートの大丸神戸店の一等地の一階フロアーでのイベント。そこで小さなモノ作りブランドのブースを集めて何週にも渡ってこのイベントを開催している。モノ作りする若者を応援しているそんな神戸のデパートも素敵だ。神戸に根を下ろして鞄作りをして良かった。

(ハミとボンジョルのの共同ブログ)

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