無謀な結婚は、情熱が冷静な判断を狂わせた結果だと思う。
私たちの結婚はまさにその最たるもので、
すぐに破局をむかえるであろうとみんなが思った。
私の一目惚れだった。
夢を語り、過剰なアプローチの結果二人は恋に堕ちた。
貧乏な二人のデートは自転車の荷台に座布団をくくりつけた特等席に
ハミを乗せて二人乗りで東京都内をドライブ。
仕事に行く前の早朝、落ち合って誰もいない明治神宮外苑あたりを散歩したり、
一日1000円あれば二人で十分楽しめた。
そんなデートをハミは面白いと思い、私とならこれからの人生楽しく過ごせると誤解し、
結婚へ一直線。冷静な判断がまだ出来ない若さだった(今も同じという声がぁ~)。

結婚式の時の二人
結婚したら、現実はまったなし。
その上すぐに長男が生まれ、経済状態最低の日々。
それでも鞄作りを続ける以外の道は、私たち二人には考えられなかった。
夢を語る事は得意だけれど現実は伴わない私の鞄職人成功への道。
何度も挫折失敗しながら、それでも鞄を二人で作り続けた。
ハミが相棒でなかったなら、とっくの昔に鞄職人をやめていただろう。

30年ほど前のハミと息子
銭湯に行くお金もなくて、ハミが泣いたこともあったなぁ~。
それでも今思い返すと、元来のノーテンキな性格のためなのか、
その頃の極貧生活が、不思議とノスタルジィー。
今日は31回目の結婚記念日です。
よく31年目を迎える事が出来たものだ。
ひとえにハミの辛抱と忍耐強さのおかげなのか。
ず~と結婚記念日は過ぎてから気が付く31年間。
いつも目の前の事で一杯いっぱいで、余裕なく過ぎ去った31年間であった。
だから、結婚記念日なんて改まって考えた事がなかった。
でもなぜだか、今年の今日は思い出した。

結婚して最初に住んだのが目黒通り沿いの風呂なしアパート。
その後文化薫る国立の境界線ぎりぎりの府中の朽ち果てた借家に住み、
知り合いが海外出張の間だけ格安で借りた多摩の100㎡オーバーのマンションに住んで、
高級住宅地として名高い芦屋の端の端のボロ家に少し居て、
今は現代のエトランゼが多く住むモダンな六甲アイランド。
私たち二人には似つかわしくないと言えば、まさにその通りだけれど、
どうやらここが終の棲家になるような。
若かった頃一緒に自転車二人乗りして都内をドライブしていた頃と、
私のハミに対する気持ちは、31年経っても全然変わっていない。
ただ諸般の事情と慣れによって緊張感が薄れ、横柄な態度を時々とってしまう。
しかし願っています、ハミと一緒にこれからも喜怒哀楽を謳歌したいと。
結婚記念日おめでとうございます。
本気で、お世辞抜きに内面からのカッコ良さが出ているお二人。
お二人みたいになりたいとは思わないっていうか、思えない。
重ねた人生が違うし、お二人にはなれないから。
苦労さえも楽しい思い出に出来る、心の豊かさが、現在の作品に表現されているのだと、確信しています。