30代前後に私たちの作るカバンは大きく変貌した。
20代に作っていた手作りチックなカジュアルバックを卒業して、
紳士淑女が持つカバンを作るようになっていった。
その頃気になるメンズバッグブランドは
「バレクストラ」「マーククロス」そして「タナクロール」でした。
その中でもタナクロールは特別でした。

男の一流品という雑誌で紹介されていたその英王室御用達の「タナクロール」が作り出す鞄が素敵に思えた。早速展示してあるという日本橋三越のVIPルーム(その頃はそういう名のスペースに展示されていた)に見に行った。
その当時の素晴らしいブライドルレザーで作られたワイルドだけれど上等な特別を伝えるタナクロールの鞄たちに魅了された。アングロサクソンが作り出す繊細ではないけれど豊かな表情を持った鞄たち。
私は大いなる影響を受けてイギリス風メンズバッグをブライドルレザーを入手して作るようになった。
その頃のブライドルレザーはよくなめされていて頑強で作り手に腕力と握力と体力なしには縫製出来ない特別な革であった。さすがアングロサクソンが作り出す革だと関心したものだった。
しかしそのイギリスらしいブライドルレザーも徐々に軟弱ななめしの革となり、
頑強な面構えは同じでも長い年月生き続ける革ではなくなり、私たちは使わないようになった。
タナクロールも青山にあった正規輸入代理店が輸入をやめ日本で見ることも少なくなった。
そのタナクロールの代表的なハンティングキットバッグを先日お客様が私に見せたいと持ってきてくださった。久しぶりに見るタナクロールのバッグです。重いのに持って来て頂いてありがとうございました。

迫力あるワイルドさはイギリスバッグが群を抜く。
アングロサクソンの怪力が生みだす力仕事とイギリス人の趣向が、
イギリスバッグの独特の個性を表現する。
しかし私の知っている20年ほど前に見たタナクロールとは残念ながら変わっていた。
聞くと5~6年前に購入した品だそうです。その年月の使用にしては痛みも激しい。
カタチは100年以上作り続けたタナクロールの代表的なハンティングキットバッグではあるけれど、革は変わっていて一枚仕立てのベルトの厚みは薄く質も違っている。
現在の多くのイギリスカバンと変わらぬ革になっていた。
ブライドルレザーの質の変化が、タナクロールの鞄たちも変えた。

私は東京出張で時間があるとエース東京本社にあるバッグ博物館を訪れる。
そこには創業当時のバレクストラや全盛期のマーククロスのバッグたちが展示してあり、
70年代のタナクロールのハンティングキットバッグも。
展示してあるタナクロールのバッグは私が三越で初めて見たタナクロールのバッグたちと同じで、
人間の移動と結びついた夢や未知の可能性への期待を包み込んでくれる、
持っているだけで自由にイメージトリップが楽しめるカバンだった。
もう私が一時期嫉妬すら感じたイギリスのバッグは現行品で見る事は出来ないのだろうか。
久しぶりにル・ボナーの棒屋根ボストンを作りたいと思った。

それにしても、この金具は素晴らしい。
真鍮削り出しのこの金具が入手出来るなら、私はすぐにでも棒屋根ボストンを作りたい。
タナクロールは私のカバン作りの中で大事にしているノスタルジー。
ピカデリーの近くにあったタナークロールのお店もなくなってしまいました。イギリスのものづくりは大変な状況にあるようです。ロンドンの街を歩いても、これという存在感のある鞄にはとんとお目にかかれません。やっぱり神戸に帰省したときに探さなきゃだめなようです。
Re: ぴこりん さん
いつかロンドンのアンティークショップをめぐって、私の過去の思い出の中にはしっかり残っているイギリス鞄たちと再会したいと願っています。
ル・ボナー松本