ル・ボナーの一日

永遠を思いながら永遠でないモノたち

2007年06月24日

%E3%83%9E%E3%82%A4%E9%9D%A9%E3%82%B0%E3%83%83%E3%82%BA.jpg 私が日々酷使している革製品たち 日々の生活の中で酷使されるモノは、永遠を求めるのは厳しい。 大好きなアンティーク時計や万年筆を見ているとモノは何代にも渡って生き続けると思ってしまう。 しかし日々同じモノを使い続けた場合、どんなモノでも永遠では有り得ないと思う。 身の回り品は特に顕著です。 スーツは年に1~2着誂え続けても、その人の半生で完結する。次の代に残るのは使用頻度の少なかった厳冬用のコート程度。 靴だって1足を毎日履いていたら1年もたない。10数足をコンビネーションしながら靴底修理しながら丁寧に履いたとしても一生は厳しい。履かずにコレクションしているのならば永遠も可能だけれど。 毎日使われるブリーフケースなどのカバンを購入される時、「一生持ちますか?」と問うお客様がおられます。毎日使われた場合はいかに耐久性を考えて作ったカバンでもそれは無理です。 利用頻度の少ない旅行用のボストンバッグなどはお手入れと保管に気をつければ次世代に残すことはできると思いますが、毎日使うカバンの場合はスーツや靴と同じように何個かのカバンを交代で使わないと持ちません。 それでも私たち職人は永遠を信じてカバンを作りつづけます。より長く生き続ける革を使い、壊れた時修理が可能な縫製方法をチョイスし、そして何より大事な事は使う人が大事にしたくなるようなカバンを作ることを標榜すること。それが何より長持ちさせると思う。 ル・ボナーのカバンは本体を構成する革が死なない限りは、付属その他の補修は修理代と時間をいただければ可能であります。 革製品は使う人の思い出と歴史を内包する時を、同じように年老いていけば良いと思います。早く年老いるのはいけません、使う人と同じ歩調で年老いていかないと。 私は消費サイクルという企業論理を優先したモノ作りには抵抗を感じています。永遠を求めてモノ作りしてゆきたい。

Le Bonheur (21:28) | コメント(5)

Comments

  1. アバター めだか より:

    初めて書き込みさせていただきます。めだかと申します。
    「永遠を求めてモノ作りしてゆきたい」
    これ、良い言葉ですね。良い物は、必ず後々に残るもの。そして、必ず今よりも後々の人の方がより多く良さに気付くもの。
    美しい革小物に、しばし見とれました。

  2. アバター ル・ボナー松本 より:

    めだか さん
    コメントありがとうございます。嬉しいです。
    私達は独立系鞄職人の中では特異です。オーダーで一点作りが主な工房と違って、ある程度まとめた数量で作ることが主です。しかし一点一点心を込めて作っています。作り手は永遠の可能性を求めて作り、素晴らしい使い手に出会った時に次世代まで残る何点かのル・ボナーの鞄があれば幸せです。
    今TAKUYA君の作っためだかモデルのペンケースにKENSAKI入れてぶら下げております。KENSAKI用のグリマルディーが出来上がったら博士用に復帰です。

  3. アバター orenge より:

    人間と同じでいいモノは,美しく年齢を重ねてゆくものですね。

  4. アバター ノブ より:

    人に永遠がないように、自然のものはいつか自然に帰るものなのでしょう。そのもの持つ限りの時間を大切にしたいですね。そうすればたくさんの想い出が残りますから。私の恩師が20年前に亡くなりましたが、恩師が大切に持ち歩いていた鞄は、今でも鮮明に覚えています。タニザワの明るい茶のブリーフです。仲間と恩師の話をするとき、鞄に詳しくない仲間もその鞄を持って現れる姿は誰もが覚えています。その鞄と共に現れると思わず背筋に力が入り、空気が変わりました。私がブリーフにこだわる原体験でもあります。私の生き方が後輩にどのように映るか聞くことは怖くてできませんが、ル、ボナーの鞄は強烈ですよ。

  5. アバター ル・ボナー松本 より:

    orenge さん
    長く大事に使いたくなるような革製品を作っていきたいと思っています。味わい深める革製品は作り手と使う人の共同作業だと思っています。
    ノブ さん
    私にとっての革鞄の原体験は、父親が使っていたタンニンなめしの革をグレーぽい茶色にオカ染めした姫路革の学手風のブリーフケースです。一枚仕立てのクラシカルなカバンです。出張から帰ってきた時、そのカバンからお土産のクラウンチョコレートが出てくるのがたのしみでした。実家のどこかに今も残っていると思うので頂いて来る事にします。そのカバンを復刻してみようかなぁ。親父が購入したのは50年以上前だと思う。私が小学校低学年の頃の思い出です。そんな親父の昨日は命日でした。

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