ル・ボナーの一日

20代はラグビーに夢中だった

2005年11月30日

のっぺブログ.jpg 私の24歳の誕生日の、ハミのプレゼントはラグビークラブの申込書でした。 私は昔からラグビーが好きで、してみたかったのですが、学校のクラブにはラグビーがなく、その後は職人人生、見るだけで我慢していました。そんな時、このプレゼント。うれしくてすぐ申し込みをしました。入ったクラブはのっぺラボウズという草ラグビーチームで、西荻窪のすし屋の常連が作ったチームでした。のんべいが作ったホドホドラグビーをエンジョイする程度のものだろうと考えていたら、これが社会人が趣味でやるレベルではなく毎週猛練習の連続、ヘドは出る、足はつる、さぼろうとすると電話はかかるし、迎えに来るで学校のクラブなみなのです。月曜日は体中筋肉痛で仕事にも支障をきたすありさま。それでもやればやるほどラグビーの虜になってゆきました。私のポジションはNO11のウイングです。足が速いのでこのポジションを任されたのですが、決して得点力のあるウィングではありませんでした。ただディフェンスには自信があり、タックルに命かけてました。 メンバーは雑多で、鉄工所のおやじ、特許庁の職員、ファイト一発のCM撮ってるカメラマン、一級建築士、家具職人、お金が貯まると海外を放浪する日雇い労務者、東大の学生など色々な人種が集まってました。皆懸命に走ってました。 夏の2泊3日の山中湖の地獄の合宿は午前も午後も練習、練習、夜は筋トレ、遊びの粋は完全に越えていました。 そのかいあってチームは徐々に強くなり、私がお店を出し日曜日休めなくなりチームをはなれた後、都のクラブチームの大会で準優勝する強いチームになりました。ただその時のレギュラーは大学でラグビーをやっていた私の知らないメンバーで、一緒に走っていた雑多な連中は裏方をやっていました。良い時にこのクラブでラグビーが出来たなあとおもいました。ヘタな私でもレギュラーでやれた時期に。 今はテレビで見るだけですが、ラグビーは一番好きなスポーツです。近くに神戸製鋼とワールドの練習グランドがあり、ラガーマンのお客さんも何人か来られます。そんな時ラグビーのことを話すのが、大好きなわたしです。

Le Bonheur (21:45) | コメント(0)

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